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29話・告白

「相変わらず、お前の屋敷の庭園は綺麗だな」


 軽装の上にケープを羽織ったステラをエスコートして、夜の庭園を回る。

 月と星明り以外にも、ここにはランプではなく魔法石が充填されたラキトの魔力を源に光源となっていた。

 仄かに明るく輝く庭園をきらきらとした瞳で見つめるステラ。

 亡き母が花が好きだったこともあり、ステラ自身も花が好きなのだ。それはカッツペラオに限った話ではない。


「向こうにはアルドリア国から輸入したアクサンドレもありますよ」

「みたいみたい」


 無邪気に子供のようにステラがはしゃぐのはラキトと「お兄様」の前だけだ。わかっているから笑みを深くして、ステラを案内する。


「大きな花だな」

「ええ、元々熱帯を中心に咲く花だそうで、魔力で補わなければすぐに枯れてしまうんですよ」


 だから一般流通はしないのだと告げるラキトの言葉にふんふんと頷いて、オレンジ色の花弁に手を伸ばす。


「つやつやしているな」

「それも特徴の一つですね。ああ、茎には棘がありますから、気をつけて」

「わかった」


 素直に頷いたステラがたがめすがめつ花を眺めるのをみつめながら、ラキトは微笑むばかりだ。

 しばらくして満足したのかくいっと袖が引かれる。それは幼い頃からのステラの癖だった。


「カッツペラオはあちらです」


 求められるままに足を進めて行けば、わぁ、と幼子のような声が上がる。

 ステラが寝ている間に念入りに魔力をこめた花々は月夜と魔力石に照らされて満開に咲き誇っていた。


「綺麗だ、すごく」

「そういっていただけると、私も嬉しいです」


 辺り一面を埋め尽くす桃色のカッツペオラの小ぶりな花弁に手を伸ばして嬉しそうにステラが笑う。

 花と戯れる姿は、傭兵などとは程遠い。深窓の令嬢のようであるのに。

 その細い体のどこにそれだけの力があるのかと疑うほどに、ステラは強いのだ。いや、強くなるしかなかった。

 父親には認知こそされたものの、最低限の教育しかほどこされず、腹違いの姉達の陰湿な嫌がらせを受けて。

 泣いていた子供は、もういない。

 ここにいるのは、守護龍を剣の師に強く立ち上がった一流の剣士だ。

 皇宮からのスカウトをラキトが笑顔で阻んだ数も数え切れない。とっくに両の手の数は超えている。


「ステラ、少しいいですか?」

「うん?」


 振り返ったステラの前に立ち、そっと首の後ろに腕を回す。

 されるがままなことに、信頼を感じて嬉しく思う。ステラは心から信じる相手以外に、こんなことを許さない。


「これを。前に渡したのは竜の子に使ってしまったそうですから」


 そういって、ステラの首に下げられたネックレスはステラの翡翠の瞳を取り出したかのような鮮やかなグリーンの色合いをしていた。


「これにも魔力が?」

「ええ。当然。今までのように使ってもらって大丈夫ですよ」


 なにかあればこれで連絡を、と。万一路銀が足りないときは売ってもいいと。そう言って、半ば無理やり持たせたのが、以前のイエロー・ダイヤだった。

 何気なくグリーン色の宝石を月にかざしたステラの目が見開かれる。


「中に、なにかはいってる……?」

「ええ、珍しいでしょう?水が中に閉じ込められているのです」


 ごく稀に。宝石の中に水を閉じ込めたものが発掘されることがある。

 馴染みの商人からその噂を仕入れ、わざわざその足で買い求めにでかけたのだ。

 月の光を受けてグリーン色の宝石の中で透明な水がきらきらと輝く。あまりに高価な一品に、顰められた眉は見ないふり。


「どうか受け取ってください。私の気持ちです」

「だが……」


 渋るステラの前に、さっと膝を折る。

 これまたステラが目を丸くしたのを気配で感じ取りながら、ラキトは膝を折って胸に手を当て、頭をたれる。


「我、ラキト・ルツ・ギルナンデスは、汝ステラ・カイリーンに婚約を求めます」


 息を呑む気配。けれど構うものか。決めていたのだ。次に彼女が屋敷に戻ってきたら、もう手放さないと。その思いは赫き竜の一件でいっそう深くなった。

 そっと手袋の嵌められていない、女性にしては硬い剣だこのある手をとる。


「答えを」


 縋るような声はだしたくなかった。

 それでもどこかそんなニュアンスを含んでしまった声音に、真摯な瞳を顔を上げてステラに向ければ、ステラは真っ赤な顔でしきりに瞬きを繰り返していた。


「ステラ」


 促すように名を呼べば、情けない声音が返ってくる。


「わ、私の家はとっくに落ちぶれていて……家名などないに等しいのだぞ」

「家名で貴方を欲しているわけではありません」

「私自身、その、はねっかえりだし、」

「そんな貴方がに惹かれたのです」

「か、髪! 髪だって短いしっ。貴族の令嬢のように長くないっ!」

「今から伸ばせばいいでしょう」

「……世間一般で言う、貴族の奥方になどには、なれんぞ」

「そんなのは百も承知です」


 打てば響くようにステラの言葉に返していけば、徐々に力をなくしたステラの声音。

俯いたステラの顔は屈んでいるラキトにはよく見える。

 泣きたいのを我慢している顔だ。ああ、一体いつぶりだろう。ステラのこんな表情をみるのは。


「私なんかを妻にしたら、世間で」

「どんな理由があろうとも、貴方がいい。ステラ、貴方を愛しています」


 断言すれば、ぱっと顔を上げたステラの顔からぼろぼろと涙がこぼれた。溢れてやまないその涙を拭ってやりたいのは山々だが、まだ答えを貰っていない。

 コルタリア皇統国の正式な求婚を途中で止めたくはなかった。立ち上がれば、正式な求婚はうやむやになる。

 最終的に望む答えをもらえるとしても、正式な仕来りに則った方法でステラと結ばれたかった。

それはいずれ、ステラを支えると確信があったからだ。己の出自を恥じてこそいないが、誇れないステラの自信の一つになると、信じているから。誰に後ろ指をさされることもない、正式な求婚をしたい。


「わ、わたし、なんて……っ」

「ステラ」

「妾の子だ。要らない子だ」

「ステラ」

「お前のように必要とされて、望まれた命じゃない」

「ステラ」


 宥めるように、穏やかに穏やかに、名を呼ぶ。呼び続ける。

 ひっくひっくと泣く様は出会ったあの日のようで。

 ラキトはわずかばかりの懐かしさを胸に、求婚を続ける。


「ステラがいい、ステラでなければダメだ。ステラしかいない」


 あえて、貴方、と呼ばずに。名を繰り返し繰り返し呼んで。

 自分に必要なのはステラだと、告げる。

 余計にぼろぼろと涙をこぼすステラに、ラキトは穏やかに微笑むだけ。


「どうして泣いているのです?」

『どうしてないてるの?』


 幼いあの日、涙を拭ってくれた手がここにある。

 この手をとりたいと願ったことは、数知れない。それは無理なのだと、ずっと自分に言い聞かせていた。

 だって、同じ上流貴族でも、決定的に身分が違う。

 ステラは妾の子でラキトは正妻の子で、ステラはいずれ捨てられるのが決まっていて、ラキトはいずれ家を継ぐことが義務付けられていた。

 父が女癖の悪さ故に身を滅ぼしたのをこれ幸いと、家の名を捨て旅に出た。世界を回るという名目は、ラキトの手を離すためだった。

 出会ってからずっと、いつだって傍に寄り添って、笑いかけてくれて、腹違いの姉たちに苛められては泣くステラの手を握ってくれた年下の幼馴染。

 ラキトが傍にいるだけで、元気になれた。笑いかけられたら泣きながらでも笑い返せた。

 心は温かくて屋敷に居場所のないステラの数少ない居場所の一つがラキトの隣だった。

 母が亡くなってもそれは変わらなかった。いや、母という絶対の庇護者がいなくなったことで、余計にラキトの存在は失いがたいものになった。ラキトがいればラキトの家名に守られて姉たちも手を出してはこなかった。ステラにとって、ラキトの隣は安息の場所でもあった。

 けれど、ステラはそれだけでは足りなかった。ラキトと対等でありたいと望んだ。ラキトがステラにしてくれたように、ステラもラキトを守りたいと願ったから。

 無理を言って、守護龍と当時は知らなかった彼に弟子入りを志願した。

 腹違いの姉達のような貴族の令嬢としてでは、当時のステラは全てを守り包み込む強さは得られないと考えたから。

 安直に剣に走った。それが結果として功をそうしたのは幸いだった。

 いつしか立場は逆転して魔術師故に軽んじられるラキトを、ステラが庇うようになったけれど、それでもどこかで依存している自覚があった。

 いつまでもラキトに支えられていてばかりではいけないと、わかっていたから。けれど突き放すことなんて到底出来なくて。

 だから、徐々に距離をとるために旅という理由をつけて、あえて手を離したのに。

 でも、こんな風に手を伸ばされたら。


「わたしも、おまえがいい……!」


 伸ばし返さずには、いられない。

 どれほど、夢を見ただろう。この手をとれればと願っただろう。

 ラキトの隣にはいずれラキトに相応しい、深窓の令嬢が奥方としてたつ。その日を思って胸が痛まなかったことはない。それでも、それが、ラキトの幸せなのだからと唇をかみ締めて耐えてきた。

 夢に見たことも数え切れない。ラキトの隣で笑う己。温かな家族、家庭。でも、それは決して適わない、ラキトの将来を考えれば叶えては成らない夢だったから。

 想いは心の奥底に仕舞いこんで、決して誰にも気取られないように蓋をして、厳重に鍵をかけて。それでも兄にはばれていたように思うけれど、この瞬間まで、きっと兄以外の誰にも悟らせなかった、ステラの本心。

 母がいなくなったときから、ステラが守りたいのはラキトだけになった。二年前に紹介されたシェリアや弟子にとったリースも今ではその範囲だが、最初はただ、守りたかった。

 ラキトの将来を、憂いを払う役は私がやろう。そのための武器だ。そのための剣だ。

 だから、手が届かない場所にいってもいいから、笑っていてくれと、願っていた。

 隣に立ちたいなんて望みはしないから。ただ、幸せに。幸せに。母がついぞつかめなかった心からの安息と幸せを、ラキトに。

 そのためなら、なんでもやるから。この身が女として恥ずべきほどに傷だらけになろうとも、剣を取ることはやめはしない。

 ラキトの隣には立てない。でも、幼馴染として、親友として支えられたら十分だと、思っていたのに。

 想って、いたのに。

 こんな風に、ラキトから。切願するような眼差しで、温かさに満ち溢れた慈愛の表情で、愛しさが零れ落ちるほどの声音で狂おしく求められてしまって、どうして否といえるだろう。

 お前の将来のためにならないなどと、戯言を吐けるだろうか。

 だから、ステラは、覚悟を決めた。

 この先、きっと様々な困難が付きまとう。ラキトと結ばれれば落ちぶれたステラの実家の再興もなるだろう。業腹なことに、父は喜ぶだろうし腹違いの姉達を援助することにもなる。

 でも、それでも。

 困難は乗り越えて、苦境はなぎ払ってみせるから。

 ステラは、この、差し出された白魚のような傷一つない、温かさだけで作られたラキトの手がほしかった。

 ステラから差し出された手を恭しくラキトが掲げもち、口付けを送る。

 これで、婚約は成った。

 立ち上がったラキトは膝を払うことをせず、ぼろぼろと子供の頃のように泣き続ける幼馴染を力いっぱい抱きしめた。


「ああ、ようやく手に入れた」


 孤高に生きようとした高嶺の華を。ようやく、この手に。

 感慨深くさらにぎゅっと抱きしめたラキトにすがりついて、ステラはずっと我慢していた孤独を吐き出すように大声で泣いた。

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