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27話・取引

「シェリア、覗き見は感心しませんね」


 屋敷に戻って一言。ラキトが告げた途端、透明化の魔術が背後で解ける。

呆れた眼差しを向ければ、ラキトの一番弟子がてへへ、と居心地悪そうに頭をかいていた。


「そんなに心配されるようなことはなにもしていませんよ」

「だってラキト様、目が笑ってなかったですもん。万が一リースがラキト様の機嫌を損ねて、追い出されたら、先生が悲しみます。それは、私は嫌です」


 シェリアの危惧はあたらずとも遠からず、といったところだった。

 もし、庭園でリースの問いにラキトが及第点を出せなかったら、その場で西の最果ての村、シェリアがリースの故郷だと教えた場所にゲートを繋げ放り込む気満々だった。

 そんな胸のうちがあるために今度は僅かにラキトのほうが視線をそらしたが、それでも弟子を窘めるのは忘れない。


「だからといって、貴方透明化の魔術までつかって、その上ステラに教わったのでしょうが、気配まで消してついてきますか。第一、使うならどちらかにしなさい。まぁ、魔術は行使した時点で私にばれていますけどね」

「ばれるの目的でしたから。ラキト様を牽制したかっただけです」


 けろりとした表情でそんな言葉を吐き出すシェリアに、ラキトは頭痛がするのを感じた。ステラに預ける前は「ラキト様ラキト様」とひな鳥のようにラキトの後ろをついて歩いていた子供が、たった二年でステラに骨抜きにされている。……気持ちがわかるだけに、苦言が言いにくいのがさらにやりづらい。


「全く……まぁ、貴方も憎からず思っているようですしね。イヤリング、もらえてよかったですね?」


 だからこんな風に大人気なく言い返してしまったのは大目にみてもらいたいところだ。

 ラキトの言葉に先ほどまでの取り澄ました様子から、一気に慌てた様子で落ち着きがなくなったシェリアの「いや、ちが。そうじゃなくって!あくまで先生の気持ちがっ!」という声を聞きながら、ラキトは特大のため息を一つ吐き出したのだった。






 翌日、魔術師としての正装、まぁつまりは普段どおりの格好に身を包んだラキトと見慣れない格好をしたステラがいた。

 昨日のドレスも白が基調だったが、今日こそ全身真っ白といっていい。そこに金の刺繍の入った実にきらびやかな格好だ。ステラの好む動きやすさ重視の服装とはかけ離れている。

 その意味を知らないリースが疑問を口に乗せれば、ステラは苦笑して説明をしてくれた。


「これは守護龍に仕える者の証だ。まぁ、格好からはいった、ということになるかな」

「え、師匠、守護龍様に仕えているんですか?」

「いや? 加護は受けているが、基本的に自由だよ」


 改めて己が弟子入りを志願した人物の規格外なところを見せ付けられて、リースが言葉もない横で、シェリアが「ベールは?」と問いかける。

 本来ならこの服装に顔を隠すベールがつくのだ。


「必要ない。赫き竜の前で顔を隠すことは非礼に当たるだろう」


 あえてつけないのだと告げるステラに納得したようにシェリアが頷く。


「さあ、行きますよ」


 すでにゲートを開き準備しているラキトの差し延ばされた手を取って二人は心配そうな弟子と屋敷の執事やメイドたちに見送られながらゲートをくぐった。


「全く、皇帝も厄介ごとは全てお前に押し付ければいいと思っているのだろうな」


 ゲートが閉まり、帝都と遠くはなれた地に降り立ったステラは気に食わないと言いたげに鼻を鳴らす。

 ラキトはその仕草に苦笑するしかない。


「ここはアルドリア国ではなくコルタリア皇統国ですからね。魔術師の地位が低いのは仕方がありません」


 ラキトが例えに出した魔術と精霊の国、アルドリア国ならばじきに魔法使いへなれるだろうといわれるラキトなど羨望の的であろうが、竜を唯一神とするコルタリア皇統国では神官のほうが強い発言力を持つ。

 そのせいで、魔術の才が幼い頃からあったラキトが幼少時なにかと苦労したのを知っているステラはますます気に食わないのだ。


「お兄様に邪魔だと一掃される連中がなんの役に立つ」

「役に立たないから私の出番なのですよ」


 赫き竜を刺激しないために麓に降り立ったが、そのために歩きにくい山岳をなれない服装で上らねばならないステラを手助けしつつラキトが告げれば、はんとシェリアそっくりにステラが吐き捨てる。


「役に立たん税金泥棒など必要ないというのに」

「そうもいえないのが、政治です」

「全く、困ったものだな」

「ええ、本当に」


 そんな軽口を交わしながらゆっくりとした歩調で進んでいく。

 前回の三倍ほどの時間をかけて山頂にたどり着いた二人は、姿を隠すことをせず、堂々と歩み出た。


「懲りずにまたきたのか、人間」

「今日は守護龍からのメッセンジャーとして参りました。皇宮に仕えるラキト・ルツ・ギルナンドと申します。以後、どうぞお見知りおきを」


 慇懃無礼に優美に一礼をするラキトのとなりで、しずしずとステラが歩み寄る。


「あのときの小娘か。我が子の餌になる気にでもなったか?」


 鼻で笑う赫き竜に気後れすることなく歩み寄り、ステラはラキトと同じようにコルタリア皇統国式の正式な礼をする。


「先日の不躾な訪問は、礼を欠いていたことをお詫び申し上げます。誇り高き赫き竜よ、どうか我らが守護龍よりの伝言をお聞きくださいませ」


 言葉も態度を一変させてのステラの物言いに何を感じたのか赫き竜が目を細める。その下で、ピィピィと小さな鳴き声がした。


「……ふん、我が子がお前の話を聞いてやれとせっついておる。いいだろう、要件はなんだ」


 自分はあの人間のお姉さんに助けられたから、あのお姉さんが生命力をくれてから体がずいぶん楽になったから、話を聞いてやってほしいと可愛い可愛い我が子に懇願されては赫き竜も無下にはできない。


「失礼ながらお触れしてもよろしいでしょうか。守護龍からそのようにせよと言付かっておりますれば」

「……よい、許す」


 ゆるりと細められた瞳は値踏みするものであったが、真っ直ぐに視線はそらさない。

ラキトは警戒はいくら隠そうとも気取られるだけだとあえて無防備にステラの背中を見送る。それでも万一の場合には体張ってステラを助けるという決意はあった。


「では、失礼を」


 そういって、赫き竜の赤黒い鱗にそっとステラが手を添える。

 途端、閉じられた赫き竜の紅の瞳。仄かにステラの体が輝きだす。その輝きは先日のものととてもよく似ていた。

 数分。たった数分が、これ以上ないほどに長い。

 緊張し佇むラキトの前でかっと目を見開いた赫き竜がゴウと吼えた。


「あの忌々しいクソ爺めがっ!」


 その怒りの咆哮にとっさにラキトが隠し持っていたロッドを構えるのと、ステラがラキトを振り返って必要ないと首を振るのは同じだった。


「全く忌々しい! なにが取引だ! あのクソ爺が!」


 どんなやり取りがあったのか、尾をびたんびたんと地面に叩きつけて怒り心頭の様子の赫き竜は、だがステラやラキトに手を出そうとはしない。

 ただ、尾を叩き付ける度に地面がぐらぐらと揺れるので慣れない服装のステラがよろめいたのはとっさに走りよったラキトが支えた。


「ああ、全くもって忌々しい! そこの人間ども! あのクソ爺に伝えよ! 承諾したとな!」


 忌々しいと吐き捨てながらも、最後は逆の言葉を放った竜に思わずステラとラキトは顔を見合わせたが、昨日の守護龍との会合を思い起こして、子の安全を優先させたのだろうと納得する。

 その頃には尾による地震のような揺れもおさまっており、真っ直ぐに立ったステラとラキトは、揃って赫き竜に頭を下げた。


「その言葉、確かに守護龍に届けます」

「此度はありがとうございます」

「礼などいらぬ! 疾く去れ! 忌々しい!」


 心底腹が立っているのか唸るように言われたので一つ断りを淹れてこの場でゲートを開くことにする。

 帝都に繋がっていると見て取ったのだろう、最後の足掻きのように赫き竜が咆哮をあげる。

 

「次もこのようにいくと思うな、老いぼれめが!」


 その咆哮はおそらくゲートを通して帝都全体に響き渡ったに違いなかった。おそらく帝都は大混乱だろうが、そこは騎士達の役目だ。

 ラキトとステラはなにも言われぬのをいいことに、そのままその場を辞す。

 立ち去る二人の耳に風に乗って『ありがとう』という、とても幼い声が聞こえた気がした。

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