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24話・守護龍

 皇宮のさらに奥、森の中にあるぽっかりと開けた空間はさんさんと日差しが差し込んで暖かい。

動物達が端々で日向ぼっこをしているのを視界の端に収めながら、声を上げようしたラキトは直前でステラに口に手を当てられた。


「私がやる」


 そういったステラに頷いて、半歩下がる。

 動きやすさよりも派手になりすぎない、ぱりっとした正装を選んだステラは今真っ白なドレスに身を包んでいた。腰から下は何枚もの薄い布が重ねられてグラデーションになっていき、最終的にオレンジ色におちつくという少し変わったデザインだ。

剣術で生計を立てているために体のあちこちにある傷を隠すため、露出は最大限抑えられている。

 それに普段サイドだけをシェリアに編んでもらうのをラキトの屋敷のメイドの手によって短い髪ながらもふんわりと飾ったステラは贔屓目なしに美人と評していい。

元々顔の作りも美麗なステラは纏うものによって大きく雰囲気が変わる。

今ここにいるのは、金色の傭兵と恐れられ畏怖される存在ではなく、ただの深窓の姫君のようだった。


「我らが国を守りし守護龍よ、我が願いとし我の前に姿を現したまえ」


 薄い絹の手袋に包まれた両手を捧げもつようにあげての言葉には、すぐに反応があった。

 上空に影が差す。見上げたラキトは陽光を受けてきらきらと眩いばかりに光り輝く巨大な存在に目を細めた。


 ――全く、私が呼ぶと待たせるというのに、本当にステラには甘い


 内心で最高神に愚痴を呟きつつも表情には出さず、降下してくる守護龍を見据える。

 空中で人の姿をとり、ふわりと降り立ったのはステラとはまたちがった色合いの金の髪に蜂蜜色の瞳を持った三十台半ばの美丈夫だった。

竜が人間の姿を借りる際にはその属性が現れる。

例えば、火属性の赫き竜ならば真っ赤な髪と紅の瞳になるだろう。その点で目の前の男の纏う色は金だ。それは彼が光属性であることを示している。

 その齢は当に千年を超えており、長年にわたりこの国を守護しているとは思えぬほど凛々しい。

 が、やはりラキトの内心はそっけない。


 ――かっこつけ


 である。そもそもが、ラキトが呼べば年相応の姿かたちが楽だと言う理由で、白髪の爺さんの姿ででてくるのに、ステラが呼んだらこれである。ラキトでなくとも一言くらいいいたくなろうものだ。


「おお、久しぶりだな。ステラ。元気にしていたか」

「はい、加護のお陰で健やかに」


 特別この守護龍と仲のいいステラは彼の前だと子供のような笑みを見せる。


「おにいさ……いえ、守護龍様もお元気そうでなによりです」

「そう言い直すな。寂しいではないか。昔のようにお兄様と呼んでくれていいのだよ」


 そう、なにを隠そうステラの剣の師は目の前で目を細めて娘の成長を喜んでいるような顔をしている守護龍なのだ。

 ステラ当人は当時知る由もなく、のちのち守護龍と知ったらしいが、幼いステラが「お兄様」と呼び慕っていたのが守護龍だと知ったときのラキトはリアルに卒倒した。

屋敷では何事かと騒がれたが、訳を話すこともできずに悶々としたのも今ではいい思い出……なのかもしれない。

 そんなわけで、守護龍との関わりがあり、旅の道中何かの折につけてどこどこの竜と面識ができた、などとけろっとした表情で話すステラであるからこそ、赫き竜のことも一縷の望みを託して、それでも心配だったので釘をさし、送り込んだのだが、結果がアレだと予想できただろうか。いや、できまい。

 本来守護龍の加護を直接受けるのは皇家の直属の血を引くものだけだ。

傍系ですらはじかれるというのに、幼いステラはなにをしたのやら。そのあたりは本人も記憶があいまいで気付いたら「お兄様」として認識していたというし、ラキトがステラがいないときに守護龍を問い詰めてものらりくらりと交わされ、最終的には「関係ない」と冷えた目で切り捨てられたのだ。全くもって謎だった。

 そんなどうでもいいことをつらつらと考えているとステラから一通りの話を聞いたらしい守護龍がふむと腕を組んだ。


「あれは元から気性が荒い。その分一度懐に入れたものにはとことん甘いのだが……今回はそれが裏目にでたようだな。主を傷つけようとは、我が牙をむいてやろうか」

「ご冗談を。これは人間のしでかしたことが元凶。なれば、我ら人間がけりをつけねばなりません」


 いや、目が笑っていない。本気だ、ものすごく本気だ。

 軽やかにステラが笑い飛ばした守護龍の本気を悟って、光の守護龍と赫き竜がガチで激突した場合の被害総額、人民の避難経路などをとっさに脳裏で計算してしまうのは、悲しいかな皇宮勤めの性だった。


「ああ、こんなにも生命力が薄れて……ラキト、貴様なにをしておった」


 そっとステラの頬をなぜた守護龍が嘆くようにいう。

それはラキトの懸念でもあった。日ごとに持ち直しているが、いまだステラの生命力は万全とはいえない。それだけ、絞りきるように赫き竜の子に渡してしまったのだ。

守護龍の加護もちであり、ステラほどの清廉な気の持ち主の生命力を注がれたならば、通常ならばそれだけでどんな重症も癒えよう。

 けれど、相手も竜だ。どれほどの傷なのかにもよるが、ステラが毒を受けていたことを考えれば、その可能性もあり、あまり明るい見込みは立てられなかった。

 ギロリと睨みつけられたラキトはぴんと背筋を伸ばして「申し訳ありません」と頭を下げた。

目の前の守護龍がステラを溺愛しているのは皇帝にも秘密のことなのだ。叱責を受けるのはラキトのみだ。

 一国の守護龍が一人の娘に入れ込んでいるなどと知れれば、たちまちステラは国を巡った権謀術数の餌食になる。

 それは守護龍もラキトも本意ではない。

 ようやく家からときはなたれたステラには自由が似合うと、それは守護龍を一人と数えてよいならば、二人の共通見解であった。

 だからこそ、力のなさを不甲斐ないと詫びるラキトに否はない。

 今回はラキトの判断ミスだ。ステラ個人を過信しすぎた。いや、信頼しすぎた。きちんとした兵を送り込むべきだったのだ。

 ……それが、たとえ、取り返しのつかない事態になろうとも。

 それだけ、二人はステラが大事だった。だが、当の本人はそうではない。そうであってくれたならと二人を嘆かせるほどに、己に関して頓着しないのがステラという人間だ。


「お兄様、ラキトは間違ったことはしていません。あの場にもっとも近く力を持っていたのは私です。現場での判断ミスの責はどうか私に」


 そういって頭をたれるステラを視界の隅に収めて、下げた頭はあげぬまま、変わらないなと苦く笑う。

 自分を優先してくれたらいいのに。我が身可愛さで、赫き竜から逃げて、傷など負わずにいてくれれば、いまだって怖かったと恐怖に泣いて縋ってくれればよかったのにと思ってしまう。

 しばし沈黙が落ちる。ややおいて深いため息が吐き出された。


「よい、顔をあげよ。ステラ、主に非はない。ラキト、貴様を咎める気もまたない」


 ステラへの言葉は本心であろうが、ラキトへの言葉は表面上のものであろう。

再びラキトの采配ミスでステラが怪我をするようなことがあれば、今度こそ目の前の守護龍は竜としてラキトへ牙を向こう。


「お心遣い、痛み入ります」


 それでも態度は慇懃に。

 さらに深く頭を下げたラキトに守護龍は浅く顎をひいただけだった。


「お兄様、此度の件、失態を犯した私にも引き続き同伴させてはもらえぬでしょうか」


 ステラがここにきたのは、一重にその許可を得るためだった。

 ラキトにいくら言い募っても却下されたそれを守護龍が許可するならば、さしものラキトもなにもいえまい。

 だが、ステラの嘆願に守護龍は押し黙るのみ。


「お兄様」


 けれど、守護龍はステラの懇願には滅法弱かった。

端で一応頷くなと視線で釘をさすラキトなど目にはいらぬとばかりにゆったりとした袖元に手を入れて丸い球を取り出す。

 光などなくともひとりでに光り輝くそれは龍の力を凝縮したものだとステラにさえわかった。ラキトの息を呑む声がやけに大きく聞こえる。


「これを赫き竜に渡すがよい。そして、付け加えよ。次代を貴様が守護龍として担うならば、その子に我の加護を授けようと」


 基本的に火水風土属性の竜たちは相性が一巡している。

火属性は水属性に強く、水属性は風属性に強く、風属性は土属性に強く、土属性は火属性に強く、といった具合だ。

 それは精霊にも共通していることなのだが、今は割愛するとしてそこから切り離された存在である光属性というのはとても稀有だ。

 相反する存在として互いの存在を相殺しあう闇属性があるとされるが、闇の竜は竜信仰の根付いているコルドアリア皇統国において災厄の象徴とされているため、光属性の竜はとても珍しい。

 そしてまた、内に秘める力も莫大なものだ。

 その力を凝縮したといって過言ではない光の球は金銭に変えることなど到底出来ない途方もない価値を誇る。

 さしものステラも目を見張り言葉を失うが、守護龍はひょうひょうとしたものだ。

「いずれ説得に赴かねばならんと思っておったところだ。多少強引ではあるが、次期守護龍は確保せねばならんしな。あちらも我が加護を授けた子に手を出そうとした後ろ暗さはあろうよ」

 ステラが説明していない、というより知らないことである「ステラを食わせろ」という旨も把握しているかのような物言いだ。

 いや、把握しているのだろう、と冷静になった頭でラキトは考える。

 こうやって赴いたのもステラの口頭での説明を聞いたのも、いわば儀礼的なものだ。そうせねば国という枠に縛られる守護龍は力を自由に振るえない。

 守護龍なのだ、国全体を守護する龍。

竜から龍に至った高等なる存在。

国の端でおこったいざこざであろうと、そこに次期守護龍として名の挙がっている赫き竜と、なにより加護をさずけたステラがいるのならば把握しているのも道理である。


「お、にいさま……」


 震える声のステラの手を取って、守護龍が光の球を握らせる。それはステラの手に触れた途端とろけるようにさらなる光を放ってステラの中へと消えていった。

恐らくはステラの一度は消えかけた命の灯火が再びあたりを照らし出すように輝きだすまでの守りの意味ももっているのだろう。

 慌てるステラをなだめるように守護龍はステラの頭をなでて、ことさら優しい声音で言う。


「赫き竜に伝えなさい。お前の加護の中に私の意思があると。そして彼の竜と……そうだな、手でも握るといい」

「手、ですか?」

「触れた場所から先ほどの光を通して私が彼の竜と対話を行おう。なに、説得してみせる。安心しているがいい」

「は、い」


 ステラとしてもそんな大役を任されるとは思ってもみなかったのだろう。

 目を白黒させてるステラを優しい眼差しでみつめて、人の形をとった守護龍はばっと手を開いた。

 それは、とあることの合図で。

 ああ、またやるのか、とラキトは思わず人を殺せそうな目で守護龍を睨み付けた。


「ありがとうございます、お兄様!」


 だがステラはためらわず両手を広げた守護龍の腕の中に飛び込んだ。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめているのがちくしょう、うらやましい、とはラキトの心の中の念だ。

 こういうことをするから、本音としてはステラと守護龍を会わせたくないし、よほどのことがない限りこの森のある帝都から出ることのない守護龍と会わせないためにステラの放浪を許しているようなものだ。

 そうでなければとっくに娶っている、とはラキトの心の中での叫びである。

 とはいえ、本当に心の中だけだ。口に出すにはまだラキトも命が惜しいし、なによりステラとそういう関係になりきれていない。

 そろそろ踏み出さねばと国の一大事も脇において真剣に思案するラキトの横にステラが戻ってきた。抱擁は終わったらしい。

 とたんにラキトも内心を綺麗に押し隠して箱につめ、きりっとした表情を浮かべる。


「お手を煩わせ申し訳ございません。このご恩は必ずや」

「よい。我はこの国の守護龍よ。この国のものが犯した罪は我が罪悪の一部と心得ておる。発端が人にあるというならば、我が加担したも同然のこと」

「そのようなことは!」

「よいのだ、ステラ。守護龍とはそういうものなのだ」


 思わず声を荒げたステラに慈愛の眼差しを送り、守護龍は空を仰ぐ。


「我も守護龍となって長い。そろそろ次のものに席を渡さねば、国が淀んでしまおう。その淀みがほころびとなり、此度零れ落ちたのだろう」


 竜が守護龍となるのは数千年を生きる長い時の中で竜たちにとってほんの一瞬、瞬きのような時間。

 数百年が限度とされている。それ以上一つの属性の竜が守護龍として君臨し続けると、気が淀むというのだ。

 気が淀めば風も腐り、大地は腐臭に溢れ、人間は人としての側を失うと伝えられる。


 ――少し我侭がすぎたかもしれんな。


 そんな言葉を内心に秘めて、守護龍は幼い頃から見守ってきた人間の子の成長を思う。

 上流貴族の父が戯れにメイドに手を出して生まれた子、それがステラだ。生まれのために、三人いる正妻の娘達からはいじめをうけ、よく泣いていた。

 気まぐれに散歩に出かけた先で、泣きじゃくる幼子を見つけて手を取ったのが始まりだった。

 その後は、その身に宿る清廉な気に引かれ、泣きながらも真っ直ぐに誰も恨まぬ気質を好んだ。生きる術が欲しいというから乞われるままに剣を教えた。

 守護龍となるより昔、戯れに旅の剣士に教わった剣術を指南すれば、幼子は面白いほどすぐに吸収していった。

 果てはいまでは負けはないといわれる最強の傭兵だ。

城に召抱えられれば偶然を装って会う事も今よりはできようとも思うが、そこはステラの幼馴染という魔術師の邪魔が入る。

 だが、それ以上に、ステラは自由を好んだ。父がその女癖の悪さから家を破滅に導いたとき、差し出されたラキトの手を振り払って、外の世界へと飛び出した。

 それからは、世界を見て回るといいながら世界中を放浪して回っている。路銀を稼ぐ手段として、傭兵をやりながら。

 全くもって、逞しく育ったと思う。あのなにかにつけては泣いていた幼子が。

 竜の中でも気性が荒いとされる赫き竜を前に一歩も引かなかったというのだから驚きだ。

 自身の存在のために、一般人より、それこそ皇族より竜が身近な存在であろうとも、あれを相手に引かぬ度胸はさすが自身が見初めた子供と誇りに思えた。

 だからこそ、加護を与えているのだ。それに相応しいと一個の竜としてみとめたがために。守護龍など関係なく、加護を与えた。

 それはいずれ、ステラの子にも及ぶであろうと想像に難くなかった。

 ステラをどこぞの男にやるのは業腹ではあったが、その男が常に食えない表情でひょうひょうとしながら、その実ステラのこととなれば国など投げ捨てる覚悟と決意を抱いていることを知っている。

 だから許せる。お前なら、と。それでも今一歩踏み出さぬから、情けないとあてつけを行うのだ。


「さあ、いくがよい。赫き竜のもとまでは、魔術師、お前が門を開けるであろう」

「はい」


 従順に頷いた瞳に燃える敵愾心すら心地いい。満足げに笑って、その身を本来の姿へと変える。


「さあ、ゆけ」


 一言告げて空へ舞い上がる。見上げる愛しい子。

 そなたらに幸多からんことを。

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