22話・心配
「懐かしい、夢をみた」
ゆるりと瞼を開いてぽつりと呟く。幼い日の夢を見た。遠い過去の夢。出会いの日。あれがきっと、運命の分かれ道だった。
目を細めて夢の余韻に浸っていると、ドアが開かれる。ノックがなかったのはステラがまだ寝ていると思ったのだろう。
入ってきた人物――ラキトはステラが首を動かしてラキトを見たことに目を丸くして、花がほころぶように笑った。
男に使うには些か以上におかしな形容詞だが、この美丈夫にはそういった形容詞がよく似合う。
ステラの前にいる銀髪の美丈夫は女以上に女のような優しい面立ちの顔なのだ。
「迷惑を、かけてしまったな」
「ああ、喋らないでください。まだ体調は整っていないでしょう」
掠れた声で謝罪を述べれば、止めるように言われて口を閉ざす。口の中が酷く乾いていた。だが、起き上がるのは億劫だ。
そんなステラに気付いたのかラキトはサイドテーブルから水差しをとってステラの口元に近づけた。
こくりこくりと嚥下できるだけの量を少しずつ注ぎ込まれて、もう十分だと視線で告げる。
アイコンタクトを正確に受け取ったラキトは水差しを戻して、サイドテーブルの近くに置いてあったイスに腰を下ろした。
本当は一晩ずっとここで寝ずに看病していたのだが、それは言わないほうがいいだろう。ステラがそういったのを気にする性格なのは、長い付き合いでいい加減わかりきっている。
「このような体勢で恥ずかしいが、報告をいいだろうか」
「いいえ、大丈夫ですよ。シェリアと貴方の弟子だというリースという少年がきちんと報告してくれました」
「……そうか」
僅かに視線を伏せたステラが憂うのは竜の子を害そうとした連中と、赫き竜の怒りだろう。
だが、それより前にラキトにとっては大切なことがある。
「ステラ、無茶をしすぎです。私は視察を、といっただけで対話を望んだわけでも原因究明を頼んだわけでもありません」
「だが」
「私は、視察を、頼んだのです」
「……悪かったよ」
拗ねるような声音でそれでも非を認めたステラにラキトは軽くため息を吐き出して、言葉を続ける。
「シェリアの悲鳴のような呪文と共にゲートが開いたときは何事かと、本当に焦ったんですよ」
「……ああ、空間転移の術を使わせてしまったのか。それは、シェリアに後で詫びねば」
「シェリアはともかく、リースの方が落ち着きがありませんね。後で二人を連れてきます。二人とも貴方の顔を見れば少しは落ち着くでしょう」
「そういえば、リースの声で危険に気付けたんだったな。あいつらは完全に姿を消していたのに、リースはなぜ気付けたんだろう」
リースが気付けたものにステラが気付けない道理がない。たとえ目の前の巨大なる存在に意識の大部分が割かれていたとしても、だ。
不思議そうに呟いたステラに、ステラが昏睡していた三日間で大騒ぎがあったことを思い出しつつ、それには触れずに簡潔に答えだけを告げた。
「精霊が孵化したのですよ」
「は?」
「彼の剣、精霊の石がついていたでしょう。それが孵化して彼に危険を伝えたのです。で、彼はそれをそのまま貴方に伝えた。彼自身、まだ己の精霊と上手くコンタクトがとれていないようですがね」
精霊術は私も専門ではありませんから、屋敷中の書物をひっくり返して今勉強中ですよ。とも告げる。
その勉強はステラが気になって仕方がなくて遅々として進んでいないようでもあったけれど。
「しかし、タイミングがよすぎないか?」
「火の眷属だったようですから、赫き竜に感化されたのかもしれません」
タイミングがよすぎると告げるステラにさらりとラキトは返す。
そんなものか、とぼやいたステラは起き上がれないものの、きりりと眉を吊り上げてラキトを見た。
「この一件、国はどう動く。竜を害そうとしていた連中は組織的なものだろう。竜に対抗できるほどの装備を身に着けていた」
赫き竜の業火を一度は防いだ盾の類を思い起こし難しい顔をするステラに、重々しくラキトも頷く。
「それですが、皇帝から直々にこの件は私が任されました。貴方が寝込んでいる間にシェリアとリースから聞いた情報と貴方に残留していた毒の成分の解析結果を元に捜査したところ、武器と毒の流出元はステランディス中立国から、盗賊もどきはアルドリア国の騎士崩れですね。結構な金額が裏で動いています。バックについているのは……頭の痛い話なのですが、恐らくは昨月横領の罪により地位と権威、そして貴族階級を剥奪された者ではないかと。ひとまず身柄は拘束していますが、いまだ口を割りません」
「己が没落したからと、自国の竜に喧嘩を売ってどうするというんだ」
「自分だけではなく全て滅びてしまえばいい、そんな浅はかな考えだと思いますよ」
ラキトの推測はおそらく当たっている。やけっぱちになった人間は、時に何をしでかすかわからないものだ。
重く深いため息を二人揃って吐き出して、やりきれない胸の内を整理しようとする。
竜に守護され平和が保障されているこの国で、次期守護龍と名高い竜に喧嘩を売るなど自国を売り払ったに等しい行為だ。
その罪は、一族郎党全て処刑でも償いきれないであろう。
ともかく、その馬鹿貴族の処遇はラキトと守護龍が決めることだ。気を取り直して顔を上げたラキトはステラに告げた。
「ついては、守護龍の元に参ろうかと」
「私も行ってもいいか」
「私に聞く必要はありませんよ。貴方は加護つきなのですから」
穏やかに笑うラキトにステラも表情を柔らかくする。
だが、それを狙ったかのように「しかし」と打てば響く声。
「いくら守護龍の加護があるからとはいえ、自らの命を投げ出すような真似は感心しません」
「加護のお陰で死ななかった。結果オーライじゃないか」
「そういう問題ではありません!」
ぴしゃりとステラの言葉をはねつけたラキトからその後、ゲルバーが様子見に来て声をかけるまでみっちりとお説教を受けたのだった。




