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2話・境遇

「ところで、弟子にとるのは構わないが、明日には私たちはこの村を発つぞ。リース、お前はどうするつもりだ」

「当然! ついていく!!」

「親御さんは?」

「……なにも、いわない。と、思う……」


 ステラの当然の問いかけに、先ほどまでの元気さはどこにいったのかという具合に表情を一変させたリースにステラは大方の事情を悟った。

 こういった村において、男手は確かに重要だが、それ以上に子供は口減らしの対象だ。見たところ、リースは骨と皮ばかり、とまでは言わないが、かなり痩せている。


「リース、お前いくつだ」

「十六になった」

「そうか……」


 この国では十六歳で成人と認められる。ならば、リースは村でもそれなりの仕事についていなければおかしく、先ほどステラに告げたような皇宮の騎士になるといった夢を持てる年齢ではないのだ。だが、現にリースは強い口調で己の夢を述べた。そして、旅立つステラたちについてくることも一瞬たりとも迷わなかった。それは、ある意味でこの村にリースの居場所がないことを示していた。


「リース、お前の家はどこだ」

「どこって……」

「お前を弟子にとって旅立つということは、お前を預かることと同義だ。成人したばかりならば、親御さんには筋を通しておくべきだろう」

「いや、そんなのは」

「いいから教えろ」

「でも……」

「教えちゃいなさいよ。こうなったら、先生引かないわよ」


 ナップサックから取り出した水で喉を潤しながらのシェリアの言葉で踏ん切りがついたのか、リースは窓から村を指差して「入り口から三つ目の赤茶けた屋根のぼろい家」と答えた。


「リース、夕食はともに食べるか?」

「え、あ、うん。師匠たちが構わないなら……」

「シェリア、リースと一緒に夕食を頼む」

「はーい、先生いってらっしゃーい」

「え、おい、え?!」


 困惑するリースを置いてけぼりにさっさとステラは宿屋という名の廃屋を出て、リースに教えられた家へと向かった。

 リースのことはシェリアにまかせていいだろう。最初こそ噛み付いた言い方もしたが、ステラが決めたことにはシェリアは基本的に逆らわない。ステラが弟子だと告げたときに、シェリアの目に諦めと仕方ないといった感情が浮かんでいたのは見て取れた。

 早足に日が暮れつつある村の中を歩く。

 途中見かけた、農作業帰りらしい村人を一人、引きとめた。がっしりした肉体を持つ、いかにも農夫といった男だ。リースを伴って宿屋という名の廃屋に向かう道中で、この男だけが他の村人とは違う眼差しで自分達をみていたことをステラはきちんと気付いていた。


「すまない、少し尋ねたいことがあるのだが」

「ん? なんだい、姉ちゃん」


 人のいい笑顔で答えた男をさっと眺める。ありきたりな洋服に農作業のためだろう、ドロがついているが、元の服はそれなりだと見えた。

 雰囲気も悪くはない。ステラはあえて遠回りな言い方をせずに直球で尋ねた。


「リースという子供のことなのだが」


 ステラの言葉に、農夫はぴくりと眉をあげたが、それだけだ。困った雰囲気で軽く首を傾げる。


「リースが騒ぎを起こしたってのは聞いてるよ。そんなに迷惑だったかい?」


 その声音に、リースを嫌悪するものは含まれていない。だからこそ、さらにステラは言葉を重ねた。


「いや、特に問題はない。ただ、彼の人となりを知りたいと思ってな」

「んー、リースの小僧は……」


 口ごもる男に一歩近づいて、こそりと告げる。


「私は剣士なのだが、剣士になりたいと弟子入りを志願してきた。聞けば成人しているというではないか。人手はあっても困らないだろうに、この村ではリースは要らぬ子か?」


 ド直球なステラの言葉に農夫は目を丸くしいて「こいつぁ、困ったな」と首の後ろをかいた。


「そこまで直球にいわれちゃあ、隠すもんも隠せねぇわなぁ。……リースの坊主自体は、いい奴だよ。村で嫌われ者なのは事実だが、それでも性根は曲がっちゃいねぇ。ただなぁ、この村は守護龍信仰が根強くてな」


 後半はトーンを落としての言葉に、ステラもふむ、と首を縦に振る。


「精霊は邪神という考え方か?」

「話が早いね。そういうこった。どうにもリースの坊主は精霊がみえるらしくてな。常に見えてるわけじゃねぇんだろうが、それでも見えてることに変わりはねぇ。リースの一家はこの村でもとりわけ守護龍信仰に熱心で、精霊がみえるってだけでリースは邪魔者扱いさ。それでもリースを捨てるのは村長が食い止めてた。……内緒だがな、村長も精霊がみえるってんだ。重ねてるんだろうなぁ」


 遠い目をして呟く農夫の言葉に、リースの現状を正しく理解して、ステラは小さくため息を吐き出した。

 こういった小さな、それも辺境の村では貧しい生活、苦しい毎日を紛らわせるために守護龍信仰が熱心に行われるのは珍しいことではない。それにあわせて、広まるのが邪神の存在――精霊を忌み嫌うことだ。


「全く、精霊も世界の一つ。否定してどうこうなるわけもないだろうに」


 呆れた声音は隠せなかった。事情がわかっても、理解ができるかどうかは別だった。理不尽への納得はもっとできない。


「そうわかってるやつと、わかってないやつの差がでちまうよな」


 農夫もステラの言葉には賛成なのか小さく頷いてから、周りを気にしだした。ステラは懐から胴貨を一枚取り出して、農夫に握らせる。


「ためになった。礼だ」

「おう」


 周りに村人はいないとはいえ、村の中でするには危険な話をしてくれたのは一重に目の前の農夫がリースのことを案じているからだ。その心が伝わったからこそ、礼をこめてのステラの銅貨を受け取って、農夫は家路に着いた。

 目的地には予想以上に早く着いた。家の中からは温かな気配とにぎやかな声、美味しそうな料理の匂いがする。

 けれど、きっとリースにとって、この場所は孤独なのだ。

 ノックをすれば、玄関が開かれる。ステラの来訪の理由がわからないのだろう、訝しげにする父親らしき男に、ステラは内心で苦く思う。この男はリースの起こしたささやかな騒ぎも耳に入れていないのだ。


「すまない、傭兵をやっているステラという。話があるのだが、時間をいただけないだろうか」

「傭兵さんがなんの御用で?」

「ご子息のリースに関してのことだ」

 ステラの言葉に男の顔色が代わる。苦々しいという風情をかくしもしない表情だった。

「あの馬鹿息子が……!またなにか騒ぎをおこしやがったんで?あいつはもう成人してんだ、ウチとは関係ありやせん」

「そうか。彼が私の元に弟子入りを志願したため、大切なご子息を預かることからご挨拶に伺ったのだが」

「関係ありやせん」


 頑なな言葉。だが、それを壊す方法をステラはきちんと心得ている。

 決して、喜んで使いたい手段ではないのだが。


「そうか。では、ご子息がこれから働いて得られるだろう給金分を前払いしようと伺ったのだが、必要ないようだ」


 やや棒読み気味になるのは仕方のないことだろう。何を好き好んでこのような台詞を言わねばならないのか。遣る瀬無さが胸に募る。

 当然の結果として、男は顔色を変えた。ステラの格好を上から下まで検分するようにざっとみて、その格好が動きやすさ重視の軽装ではあるが上質な素材で作られた防護服であることを見て取ったのか、とたんに表情が変わる。


「い、いえ、関係ないといったのはあやまりで……!その、息子の給金分というのは……?」


 あまりにも現金なものいいではあったが、貴族連中ならいざしらず、国の最果てと呼ばれる村でのやり取りなどこんなものだろう。

 ある意味素直で可愛らしいじゃないか、投げやりな心境を気付かれないように注意しつつ、ステラは懐から道中で小分けにしておいたこの村までのキャラバンの護衛でもらった硬貨を取り出した。


「これだけあれば足りると思うがどうか」

「お、おお……!」


 小袋の中を覗き込んだ男が感嘆の声を上げる。小袋の中には皇宮の新兵が一月にもらう給金と同額が入っている。こんな果ての村ではそうそうお目にかかれない金額だ。


「あ、ありがてぇ……!食い扶持だけの役立たずがこんな……!このお金はこれから定期的にもらえるので?」


 あまりにもな言い草に、遠慮のない言葉。流石に不快感を隠しきれなくなったステラが、男を睨み据えれば、男はひっと喉を引きつらせた。


「勘違いしてもらっては困る。これは彼が独り立ちをするまでの間の給金の前払いに過ぎない。彼が独り立ちして職につけばその給金分は彼からきっちりと返してもらう。その後、リースが自身で手にした給金をどう扱うかはリースの自由意志だ」

「そ、そうですか……」


 目に見えてがっくりとうなだれた男を慰めてやる義理はない。むしろ苛立ちをぶつけてやりたいのをぐっと我慢して、ステラは踵を返した。


「あの、あいつがこの金を返せないときは……」

「そんな日はこない。安心しろ」


 それだけ言い捨ててステラはその場を立ち去った。

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