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17話・答え

 部屋を出ると、扉の横に背を預けてステラが立っていた。

 わかっていたことだったが、若干の気恥ずかしさがあって、シェリアはなんともいえない顔をする。


「成長したな」


 しみじみと呟かれた言葉は照れくさくて、つい口をへの字にしてしまうとステラはくすりと笑って背を翻した。


「私達も部屋に戻ろう」


 男であるリースとは別に二人部屋を取っているステラとシェリアは、歩き出したステラにしたがってシェリアも後ろを歩く。

 そっとシェリアが凛と背を伸ばして歩く尊敬するもう一人の師であるステラに声をかけた。


「先生、処罰、どうするんですか……?」


 コルタリア皇統国では街の外での殺しと街の中でも私怨以外の殺しは罰せられない。

なので、正式な処分対象にリースがなることはない。今回は発言してくれるかはともかく、探せば絡まれていた女性もでてくるだろうから正当防衛として処理されるだろう。その辺りはステラもシェリアも気にしていなかった。

 存外に心配気な声になったことに、シェリア自身は気付かなかった。

けれど、ステラはそのシェリアの心持も察して、見えないように口の端をあげると、さてなと肩をすくめた。


「明日のあいつの態度次第、かな」


 さして広くない宿屋だ、そんなやり取りの間に部屋についてしまって、ステラから「疲れただろう、早くシャワーをあびて寝るといい」といわれれば否やもない。

 帰ってこないリースを探し回ったのはステラも同じなのだが、遠くに探しに行ったステラと近くを探していたシェリアではステラのほうが疲れていると思うし、あの現場の後始末をしたのもステラだからなおさら気疲れしているのではないだろうかとも思うのだが、そこは基礎体力の差だろう。

 ありがたくうなずいて、シェリアは替えの服をもってシャワーを浴びに浴室に入った。


「全く、本当に子供の成長は早いものだ」


 ラキトが拾ってきた当時、一度だけ顔を合わせたシェリアは誰も信用しない信じないといった態度を隠しもせず、本人も言うとおり敬語のけの字もない子供だった。

それどころか読み書きすら怪しく、とてもではないが魔術師として大成するのかステラは疑問に思ったものだ。

 だが、同時に、幼馴染であり親友である魔術師ラキト・ルツ・ギルナンドの慧眼を知っていたステラは黙って成り行きを見守った。

 とはいっても当時から旅から旅にという一箇所に落ち着かない生活を送っていたステラは時折よこされるラキトからの連絡でしかシェリアの成長を知らなかった。

 そうしてシェリアが十四になって、成人まであと二年となったころ。唐突に帝都に呼び出され、願われたのが、シェリアに世界を見せること、だった。

 その頃にはぼさぼさだった髪も艶をとりもどし、男児と見間違えるほどにガリガリだった子供は少女らしさを見せていた。

 赤いポニーテールを結ぶ白いリボンはステラが旅の途中で出会った職人と商人の国、ステランディス中立国からきたというキャラバンから買い求めた魔術的、精霊的加護のある値の張る一品だ。

 その頃には魔術師としてのお墨付きをもらっていたシェリアは酷く驚いた顔をしていたが、一人前になった祝いだといえば、照れくさそうに笑って身につけてくれた。

 ラキトからもこれだけの品を探すのは大変だっただろうと礼を述べられたが、そこは偶然見つけたものだといえば、全くもって君は本当に運に恵まれているね、と若干呆れ混じりにいわれたりもしたものだ。

 そんな子供が、いまは迷い立ち止まろうとしている少年の背を押すまでになった。

 シェリアの言ったことがどこまでリースの心に響いたかわからない。

それでも、届いてくれていればいいと願う。

 己の出自をシェリアは誇ってこそいないが、恥じてもいない。それと同じ心をもってくれればいいと思った。


 出自など関係ない。したいことをすればいい。

 なにを恐れることがある、己に自信を持てば胸を張って生きていける。


 ステラが胸に抱く誇り。

 それは亡き母の意思であり、敬愛する兄の言葉であり、親友ラキトに背を押された言の葉である。


 ベッドにごろりと横になって、シェリアが浴室から出てくるまでの短い時間、ステラは遠い過去に思いを馳せた。




 翌日、全く寝れていないのが丸わかりの表情で早朝の鍛練に顔を出したリースは何度か口ごもったが、それでも己で出した答えを口にした。


「……俺は、自分がしたことが、間違っていたとは、思いません。それは人を殺したことではなくて、助けたことに関してです。人を……殺したことについては、やっぱり、悪いことだと、思います。相手がどんなやつでも、命を奪っていい理由には、ならないとおもうから……でも、でもだから! 俺は、自分に恥じない生き方をしようと思う! 自分に胸を張れる、そんな生き方をっ。そうしたら、きっと、人は俺を許さなくても、俺が自分を許してやれると、思うから」


 途中から敬語は抜け落ちていたが、生気に満ちた瞳で言い切ったリースにステラは小さく微笑んだ。


「うん、合格だ」

「……へ?」

「自らの非を認め、その上で前を向く。好ましい姿勢だ。これで自分は悪くないと一方的に主張するようならば、捨てていく気だったがな」


 満足げに頷いたステラにリースは僅かに目を見開いてから、泣きそうな顔で頷いた。ここで嬉しそうな顔をしないこともステラにとっては好ましい。


「そんなお前に、一つ私の訓示としている言葉を送ろう。

『出自など関係ない。したいことをすればいい。

 なにを恐れることがある、己に自信を持てば胸を張って生きていける』

 どうにもお前は自分の出自を気にしている節があるからな」


 いくらリースが気にしていない風を装っていたって、ステラにはお見通しだ。

 告げればリースはばつの悪そうな顔をして下を向く。やはり、農村出身でありながら、皇宮の騎士に憧れるということにどこか懸念をもっていたのだろう。そんな茶髪の頭をぺしりと叩く。


「今言ったことを早速忘れたか、馬鹿者」


 呆れたステラの物言いに、慌ててリースが顔を上げてぶんぶんと左右に首を振る。そうしてステラが告げたことを口の中で繰り返して、へにゃりと笑った。

 だが、それもすぐに真面目な顔に取って代わる。


「先生、俺の処罰は……?」


 きちんと昨日のことを覚えていたらしい言葉に、ふむとステラは頷いて。


「今日から一ヶ月、鍛練を三倍。剣の稽古もしばらくはお預けだ」

「……」

「なんだ? 文句があるのか?」


 大きく口を開いて間抜け面をさらしている弟子にステラが睨みつければ、慌てた様子で再びぶんぶんと首を振る。


「い、いえ! それだけで……いいのかな、って」

「それだけ、といえる口があるならば大丈夫だな。ちなみに鍛練が終わるのを私とシェリアは待たんぞ。先に行くから追いついて来い」


 流石にそれは迷子になると思ったのか顔を青ざめさせたリースに横で話を聞いていたシェリアがやれやれと肩をすくめた。


「アンタ、いつも身に着けているものとかない?」

「あ、っと……ない、な」

「そ、じゃあ……適当にそこらへんで石ころ拾ってきなさい。これくらいのサイズね」


 そういって人差し指と親指で丸を作る。中々の大きさだ。そのサイズの石を拾おうと思うなら、村の外に行かなければ行けないだろう。


「ほら、さっさといく!」

「わ、わかったよ!」


 シェリアにせかされて村の外に走っていく後姿を見届けて、ステラはシェリアに向かって首を傾げた。


「なんだ、やけに甘いな。惚れたか?」

「はっ?! な、なに馬鹿なこと言ってるんですか先生! 先生が目にかけてるみたいだからですよ!」

「ふむ、そのつもりはないんだがな」

「なにいってるんですか、そりゃあ今までだって農村の子供を弟子にしたらお金はとってなかったですけど、適当なところで働かせて剣代くらい自分で払わせてたじゃないですか」


 全面的にステラが金銭を支援したことなどなかった、という指摘にステラは顎に手を当てて考え込んで。


「ああ、そうか」


 あの瞳が、真っ直ぐにステラをみて疑わないその瞳が。

 おかしなほどに、あの過保護な幼馴染に似ていたのだ。

 だからついつい甘くなってしまったのだろう。

 そう一人納得して頷く師にシェリアは盛大なため息を吐き出した。


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