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ステラの旅路  作者: 久遠れん


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15話・人殺し

「……なにやってんのよ、アンタ」


 どれほど茫然自失としていたのか。

 助けたはずの女性も、襲ってきていた男達もいなくなって。

 かけられた声はとてもとても、見知ったものだった。気付けばあたり一面暗闇が落ちていて、唯一の光源はシェリアが手にともしていた魔術的な灯りだった。


「あーあ、血まみれ。服はもうダメね」


 事も無げにそんなことをいって、血黙りにしゃがみこんだシェリアに、リースは両手で買ってもらったばかりの剣を握り締めたまま、震える声で、告げた。


「お、れ……ひと、を、こ、ろし、た」

「わかってるわよ、そんなこと。あんたの剣の先にいまだに突き刺さってるのが見えないと思ってるの?」


 そうだ、リースは人を殺した。

 己に振りかぶられたナイフに本能的な恐怖を根源的な畏怖を感じて、思わず剣を抜いて、けれど剣の扱いなど何も知らないリースはただ前に突き出しただけだった。

 だが勢いよくナイフを振り下ろそうとしていた男にはそれで十分だった。奇しくも男の心臓部に剣は突き刺さり、溢れる血をリースは頭から被って。

 シェリアの言葉に恐る恐る視線を上げれば、剣の先には事切れた男がだらりと下がっていて。


「ひっ」


 喉の奥から引きつった悲鳴が漏れる。硬直が解けて思わず剣を離せば、べしゃりと地面に横たわる冷たい四肢。

 それをリースがおびえた目で見る中で、どうしてかシェリアは意にも介さない。

 それどころか、男からリースの剣を引き抜いてぶんと振って血を飛ばすとそのままリースの血にぬれた手を取って立ち上がらせた。


「アンタ、怪我は?」

「……たいした、こと、ない」


 搾り出すようにそれだけ告げる。口にした後で頬も左腕もずきりずきりと痛んだが、それ以上に、人を殺した事実のほうが恐ろしかった。


「そ。でも一応回復呪文かけといたげる。これ、貸しだからね」


 そっけなくいいつつも、確りと回復呪文がかけられる。体の奥から熱くなって、傷がふさがっていくのが感覚でわかった。

 恐る恐る頬の怪我をした部分に触れる。

 男の血でぬめりはしたが、痛みはなかった。それは左腕も同様。治ったことに、安堵はできなかった。

 それよりも、心が悲鳴を上げていた。


「ほら、宿屋にかえるわよ」


 そういってシェリアに手を引かれて宿屋に戻る。

 シェリアが目くらましの魔術でもかけてくれたのか、宿屋のロビーでも受付でもなにもいわれることなく、部屋にはいることができた。

 部屋にはいってまず、シェリアが窓をあけて小さく何かを呟く。

 恐らくはステラへの伝言だろう。夜もとっぷりと更けているのが感覚でわかった。きっと探してくれていたのだということも。

 それから「血で汚れるからしばらくたってなさい」といわれてその場にたちつくす。

 なにも考えられなかった。いや、考えたくなかった。

 シェリアが戻ってきたときには桶にたっぷりのお湯と浸したタオルをもってきた。

 それをテーブルにおいて、温かに濡れたタオルで顔を拭われる。白いタオルはすぐに朱に染まった。

 その色に、あの光景を思い出して。

 思わずその場にうずくまってえづいた。


「うっ、は、あ」

「吐きなさい。我慢すると窒息死するわよ」


 シェリアの言葉に甘えて、一気にせりあがってきたものをその場にぶちまける。なんともいえない饐えた匂いが立ち込めたが、血の匂いに比べれば全くもって些細なことだ。

 それでもまだたりないと胃液も吐くリースの背を撫でる手がある。細い手だ。温かな手だ。故郷の村で、決してリースには向けられなかった手だった。

 一通り吐いて、吐くものがなくても吐いて、ようやっと落ち着いたリースにずいとコップが差し出される。中身は白湯だった。

 口をすすぐ気にもなれず、吐いたとき特有の独特の苦さとすっぱさを感じながら、唇を湿らせる程度に口をつける。

 それ以上リースが白湯に口をつけないのを見て取って、リースの手から白湯が奪われる。

 のろのろと視線を動かせば、テーブルの上にコップを置いたシェリアがドアのほうを見ていた。つられて視線を動かせば、ギィと錆びた音を立てて扉が開かれる。

 現れたのは、ランタンの灯りの中でも眩い金髪を持つステラだった。

 リースとシェリア、そして吐瀉物に桶とタオル、それらを一瞥してステラはなにもいうことなく部屋の中にはいってきた。


「あ、し、しょう……」


 喘ぐように師を呼べば、はじめてみる表情のない、否、表情の読めない顔でステラはリースに近づいてきて。

 叱責をされると、殴られると、見放されると。様々な恐怖からぐっと目を閉じたリースの頭に、ただ、ぽん、と手を乗せられた。

 それは許しではなかったけれど。

 決して褒められているわけではなかったけれど。

 それでも、リースへの否定ではなくて。

 それが、たまらなく、うれしくて。

 顔の血はシェリアに拭ってもらったとはいえ、いまだ衣服も髪も血まみれのまま、リースは人を殺した恐怖に初めて声を上げて大声で泣き声をあげた。

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