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14話・ヒーロー

 店主が気を利かせて綺麗にラッピングしてくれたイヤリングをズボンのポケットに押し込んで、今度こそ宿屋に向かう。

 店先での一件ですっかり暗くなってしまったから、遅刻だろうと走って向かっていれば、路地裏から女性の悲鳴が聞こえた。

 素通りすることもできなくて、つい覗き込めば、無頼漢三人に囲まれた女性の姿。

 着ている服は乱れていないが、ここで放置すればそうなるのも時間の問題だとわかる。

 慌てて周りを見回すも、時間帯が悪いのか場所が悪いのか、人っ子一人いない。

 ここで見捨てていけるほど、リースは薄情ではなかった。

 嫌がる女性の手を掴んで、なにやら迫っている男達に大声で声をかける。


「なにやってるんだ!!」


 思った以上に響いた声にリース自身が驚きつつもそれでも態度だけは凛として見据えれば、リースの存在に気付いた男たちがいっせいにリースをみた。その凶暴極まりない顔立ちに思わずびくりと肩がはねる。だが、いまさら後に引けるはずもないし、引くつもりもない。

 ずんずんと路地裏に歩いていって、男達と対峙する。

 怯えた目で縋るようにこちらを見てくる女性を安心させてやりたいけれど、リースではそこまでの気は回らない。


「その人嫌がってるだろ! 離せよ!」

「なんだぁ、このガキ」

「大人の時間なんだよ、ガキは引っ込んでろ」

「ガキじゃねぇ! 俺はもう成人してる!」


 ついムキになって言い返す。

 だが、男達はリースを上から下までじろじろと見て、鼻で笑うだけだ。

 リース自身も自覚しているが、生まれ育った村は西の最果てと呼ばれる場所で食料も満足になくて、特に末っ子でごく潰しとよばれていたリースは十分な食事を取れていなかった。

 だからいまだ体は細いし身長も平均より低い。

 それでも最近は改善の傾向にあるのだ。それもこれも、押し入るように弟子入り志願した剣の師であるステラが健康面に気を使ってくれているのと、食べた肉を無駄にせず体に身につけさせるように鍛練をほどこしてくれているからだった。

 とはいえ、ここでステラの名前をだすつもりはない。

 いらぬ迷惑などかけるわけにはいかなかったし、いくらステラが名の通った傭兵でもリースが語るだけでは効果は薄いことも承知していた。

 だから、リースはこの局面を自身の力で乗り越えなければならない。


「いいから! その人離せよ! 女の人に相手して欲しいなら、それなりの礼儀があるだろう!」


 それくらいは女性にあまり縁のないリースにもわかる。

 こんな嫌がる女性を無理やりするようなことは言語道断だとも。

 ステラが「性質が悪いのが多い」といっていた意味を遅まきながら理解して声を荒げるリースに男達も不快が募ったようだった。


「ガキがぎゃーぎゃーとうっせぇなぁ」

「さっさと始末しちまえ。どうせ証拠は残らねぇ」


 リーダー格なのだろう、女性を掴んでいる男の言葉に他二人の男がリースの前に立ちはだかる。

 暴力沙汰になろうとしてようやくリースは理解した。

 リースには対抗手段がない。腰に剣を下げているとはいってもそれは剣の重さに存在になれるためのもので、手にとって振るったことなど一度もないし、第一にステラから禁じられている。

 かといって徒手格闘などやったこともない。

 村で同年代の子供と喧嘩したことくらいならあるが、基本的にはリースの負け続けだった。やせっぽっちのリースはそれだけで不利なのだ。

 ギリリと歯を食いしばったリースは、覚悟を決めた。勝てないなら、逃げるだけだ。

 大きく振りかぶられた拳が目の前に迫る。背を低くしてそれを避ける。その隙に男の一人の横を通り過ぎて。

 二人目の男が手にメリケンサックをはめてこれまたリースの顔面めがけて振り下ろされるのを、右にサイドステップで避ける。体が軽かった。脳裏に描いたとおりに体が動く。嘘のような感覚。けれど現実だ。

 ステラの厳しい指導は身についているのだと実感がわいて嬉しい。

 男二人を避けて女性の下へ走りこんだ。だが、もう一人残っている。

 リーダー格の男は大の男二人の攻撃を軽々とかわしたリースに驚いていたようだが、すぐに女性の手を離すと、懐から大振りのナイフを取り出した。女性が一層顔色をなくす。

 鋭く突きつけられたナイフは辛うじて避けたが、頬を掠めていった。

 ぴりっと熱くて痛い感触。それから血の匂い。

 傷は浅いだろうが、それ以上にリースが驚いたのは男の動きだった。

 先ほどの男二人とは明らかに違う、場慣れした空気。それはステラには到底及ばないものの似通ったものだ。

 奥歯を噛み締めるリースの前で男がにいやりと笑う。


「せっかくのお楽しみに水を差されたんだ。それなりの覚悟はしてもらうぜぇ」


 下卑た笑い声が響く。後ろは男二人にふさがれて狭い路地では逃げ場がない。

 どうする、とリースが思案するより早く、再びナイフが繰り出される。

 反射的によけたリースだが、ナイフは今度は左の腕を切り裂いた。痛みが襲う。だが、それ以上に恐怖がある。

 顔をこわばらせたリースになにを感じ取ったのか、男は余裕綽々の笑みでリースを一瞥し、「お」と声を上げた。


「ひんそーなガキのくせに、腰にはいいモンぶらさげてんじゃねぇか。いっぱしの騎士きどりかぁ?慰謝料にその剣いただくぜっと!」


 そういってまたも突きつけられるナイフ。

 とっさに屈んだリースは男の足の間をくるりとすり抜けることに成功した。意図した行動ではなかったが、それはシェリアがカスグニーとの闘いでみせた動作に酷似していた。


「こっち! はやく!」


 呆然とつったっている女性の手を引いて、その場から遁走する。

 とはいえ当然相手も追いかけてくる。

 リース一人ならばわからなかったが、女性はどうやらヒールのある靴を履いていて、それも走りなれていないようだった。

 路地をでるかでないかというところ、女性がつまずいて転んだのに引きずられてリースも尻餅をつく。

 とっさに体を反転させて後ろを見上げれば。


「ヒーローごっこも終わりだぜ、小僧!」


 逃げられたことに酷く腹がたったのかそういって振り上げられた、鈍く光るナイフが夕日をはじいて目にはいって。

 そのあとのことは、記憶に、ない。

 気付けばあたり一面血の海で。

 リースは頭から生ぬるい液体を被っていて。

 女性の甲高い悲鳴と、男達の野太い絶叫が、どこか遠くに、聞こえて。


「人殺しだ!」


 その言葉が、脳裏に、胸に、ずぶりとナイフのような鋭さで、切り込まれた。

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