12話・お目付け役
翌日も剣を身に着けている以外はこれまでと変わらない鍛練をこなし、朝食を平らげた一行はすぐに宿を出発した。
野営に必要なものは一揃えリースの分も含めて昨日のうちに購入してある。
さくさくと街道を歩くステラにシェリアが時折話しかけては雑談している。リースはその後ろを慣れない剣の重さに四苦八苦しつつついていく。
初めての野宿は新鮮だった。
道中で捕まえたごく普通のラビットの肉と塩で味付けされた簡素なスープに硬いパン。スープに浸しながら食べるといいといわれその通りにする。
実際硬いパンといっても、リースが実家で食べていたパンよりは柔らかかった。スープにいれなかったラビットの肉の残りは焼いてそのままかぶりつけ、と渡された。
なにをするにもまずは体作りだと真面目に言われて、リースはシェリアより低い己の身長を思って思い切り食べた。
もぐもぐと肉を租借して、ごくりと飲み込み、リースはシェリアに問いを投げた。
「そういえば、お前幾つなんだ?」
「私? 今年十六になるわ」
「俺のほうが年上か!」
「数ヶ月の違いよ!」
なんだか嬉しくて声がはねる。それに噛み付いてきたシェリアは気に食わないと言いたげに眉を寄せた。
話の流れで当然ステラにもその疑問はとんだ。
「私か?私は……今年で……」
「二十七ですよ、先生」
「ああ、そうだった」
どうやら自身の年齢を忘れていたらしい。
シェリアに教えられ、ぱちぱちと瞬きをしてからぽりぽりと頭をかく仕草は本気で忘れていたようで、リースは思わず眉を寄せた。
「自分の年齢忘れるものですか?」
「年なんか数えない旅をしているからな」
まぁ、それでも生きていけるんだから問題はない。
そんな回答に意外にもざっくらばんというか大雑把にすぎる一面を見て、リースが目を丸くしていると、ステラの隣に座るシェリアがはぁと大きくため息を吐き出した。
「そんなだから、先生は心配されるんですよ。ラキト様のこと、過保護だなんて言えませんよ」
「そうか? あいつは過保護だと思うがな」
「……ラキト、って?」
知らぬ名前がでてきたことに問いかければ、二人は揃って「ああ」といった顔をした。
「私の親友で幼馴染の魔術師だ。皇宮に仕えていて、シェリアはその弟子だ」
「え?」
「シェリアが魔術師として一人前になったから、世界をみせてやってくれと放浪している私に預けられたんだよ」
なんでもないようにそういってステラは夜空を仰ぐ。
雲ひとつない、星が綺麗な夜だ。
「実際のところは、先生のことが心配すぎて私が遣わされたんですよねー?」
「だから過保護だというのに」
「ほんと、先生と旅しててよく一人で生きてこれたなぁって私ラキト様のこと馬鹿にできなくなりましたよ」
それまでは話で聞く限り先生すっごく確りしてたように思えたから、先生みたいにラキト様は過保護だなって思ってましたけど。
と付け加えられたシェリアの言葉に夜空から視線を下ろしたステラが苦く笑う。
「全く、お目付け役が十四歳の少女だったときはどうしたものかと思ったがな」
「それでも魔術師としては一人前でした!」
「まあ、それはそうなんだが」
私はとてつもなく複雑な心境だったぞ。
と、ぼそりとこぼされた言葉にシェリアがころころと笑う。
シェリアの満面の笑みはリースは初めて見るもので、つい視線が釘付けになる。よくよく見なくとも、シェリアは整った顔立ちをしている。
燃えるような赤毛は高い位置でポニーテールにされて、赤い髪に映える白いリボンで結ばれていて。
機能性重視の服の中にもふとしたところに女の子らしさが見て取れる。
首からかけているネックレスなどその象徴だろう。
今日の夜空を切り取ったかのような、藍色の宝石のようなガラスの中に金色の三日月が閉じ込められた意匠のものだ。
ステラも右サイドの髪を三つ編みにしているが、短い間旅をともにしているうちにそれは早朝にシェリアが編んでいるのだと知った。
恐らくは金色の髪と碧眼の瞳にあう白と桃色の服もシェリアの見立てではないだろうか。もちろん、軽装とはいえ防護服ではあるのだが。
思わずじっと二人を見ていたら、先に視線に返してきたのはシェリアだった。途端に顰められた眉がなに見てるのよ、といっているようで、慌てて視線をそらす。
なぜか頬が熱を出したときのように熱かった。
「さて、寝るかな。二人ともほどほどにな」
無言のやり取りに気付いてか、それとも気付いていないのか。恐らくは前者だろうが、さっさと寝袋に入ってしまったステラに習って、二人もすぐに眠りについたのだった。