文句縛神(後編という名のオチ)
※センシティブワード注意
俺とササキ父は、無言で、ササキの部屋に入っていった。何かの単語を、たまたまでも、三回言ってしまうと、ササキの行動を縛ってしまうと思ったからだ。
ササキは相も変わらず、ベッドの上で、死んだように眠っていた。
ササキ父が、俺に、ササキの前に近づくよう目配せをした。
俺は頷いて、眠っているササキの前に立つ。
呪いの解除のためには、ササキが広辞林にマークした単語を、三回、唱えなければならない。
もし、俺の言った単語が間違っていたら、ササキの救出は更に困難になるだろう。
緊張のあまり、俺は一瞬、視線を横に逸らした。たまたま、俺の視界内に、ササキの机の上の様子が映る。ササキの机の上には、保健体育の教科書が、無造作に置かれていた。
俺は肺に大きく息を吸い込み、その単語を叫んだ。
「セックス! セックス! セックス!!」
「コノヤロォォォォ!!!」
ササキ父がすごい剣幕で、俺の胸ぐらを掴んだ。
「ゆるじでぐだざいおじざんこれぐらいじがおもいづがなぐで(許してください、おじさん。これくらいしか思いつかなくて)……」
「このクソガキィ! 責任取るってそういうことか、そういうことか!」
と、その時だった。ササキ父の剣幕に紛れるように、おどろおどろしい声が、ササキの声に響き渡った!
『畜生! よくも当てたな、よくも当てたな。悔しい、悔しい!! 我の呪いが解けてしまうー!!』
次の瞬間、ガコン、と足元から、何かが落ちる音。
ササキの頭に張り付いていたはずの広辞林が、ベッドから床に落ちたのだ。
広辞林は、あるページを開いた状態で、床に落ちていた。ササキ父の手が、俺の胸ぐらから離れる。俺は思わず屈んで、広辞林に手を伸ばした。
そのページには折り目が付いていた。どうやら「せ」から始まる単語のページのようで、ずらずらと並ぶ単語の一つ、「セックス【sex】」に赤い丸が、手書きで描かれていて……。
バン!
突然、広辞林がものすごい勢いで閉じられた。
俺はゆっくりと顔を上げ、閉じた本人の姿を捉える。
そこには、長い眠りから覚め、ベッドから飛び出し、顔を真っ赤にしたササキがいた。彼女は広辞林を抱えあげ、ちらりとこちらを見やる。
「……見た?」
「「見てない見てない」」
俺、ササキ父は声を合わせて首を振った。
後日談だが、あの辞書は、いまだにササキの部屋に置いてあるらしい。守屋が持ち帰りたがったが、悪用されては困ると、ササキ父は頑なに拒んだ。お焚き上げも考えたそうだが、傷つけられることが発動条件の呪いの辞書だ。本物の祓屋さんが見つかるまで、触らぬ神に祟りなし。丁寧に保管することになった。ササキ母を通して、事の顛末をササキ本人にもこっそりと伝えたので、もう同じような悲劇は起きないだろう。
ちなみに、守屋は事の顛末を知らない。信用ならない男だし、今回のエピソードが外に漏れたら、きっとササキは傷つくだろう。守屋はしつこく聞いてきたが、ササキの両親も、俺も真相は話さなかった。適当に、きっと霊力の強い人がいたから霊が逃げたんだろう、と話をでっち上げ、ササキ父がお札を三千円で買うと、満足したように帰っていった。
俺はササキの両親に、形式的に夕食に誘われたが、実家で俺の両親がご馳走を作って待っているし、ササキ二日間何も食べていないササキの看病もあるし、後相当気まずかったので、やんわりと辞退した。
ササキは三日後には元気を取り戻し、俺は改めて彼女に会うことができた。
俺の、二度と忘れられない、奇妙で不気味な夏休みは、こうして始まった。
ほんっっとすみませんでした。
最初は「デート」とか、「好き」とか「恋人」とかにして、いい感じに終わらせたかったんです。
でも、ついさっき、中学の頃使ってた世界地図帳が、書庫からたまたま出て来ましてね。折り目のついているページを開いてみたら、オーストラリア付近の地図で「エロマンガ島」に赤ペンで丸印がついていたんですよ。
これは! やるしか! と思った次第で、はい。結局こういう形になってしまった、と。
申し訳ありませんでした。
一旦、第一章終わります。
第二章も制作中です。ご期待ください。
読んでいただきありがとうございました。