お風呂と真相
歓迎会を終えたアックスは巨大な実験施設を案内されていた。というのも、この島で唯一、貴族を通せるような客間が存在するのがここだからである。今日からアックス達はここで寝るように指示されていた。もっとも、戦場を常としてきたアックス達にとっては、野宿でも苦ではないのだが。
「この施設では本国で栽培されている農業作物の実験も行っているのですよ。ほら、ブランド種のアップルトマトご存知でしょう? あれはここで品種改良して生み出されたものでして」
「知ってます! 甘くておいしいですよね!」
「でも、大丈夫なんですか? 勝手に変な植物作っちゃって、生態系への影響とかは」
「おほほっ、ですからこの孤島で実験しているのですよ。安全を確かめるためにもね」
「なるほど」
優秀な科学者でもあるヨーマ。彼の説明にクレーバスや知識欲のある部下は興味津々。だが、アックスとトゥエルはとても眠そうだった。
「アックス失礼だよ。せっかく説明してくれているのに。ちゃんと聞きなよ」
「そうは言ってもなあ」
「おほほっ。英雄殿はお疲れのようですね。どうです? 近くに露天風呂があるのですが。とてもいい景色ですよ」
「風呂か! いいなあそれ!」
アックスはお勉強が好きではなかった。風呂と聞いて喜んでうなずいた。そして大臣は内心ほくそ笑む。風呂ならば、男女別だ。邪魔な女を引き離せる。
月明かりに照らされて。大自然の中で湯につかる。憩いの一時。
「はぁー、生き返るー」
隣にはクレーバスが漬かっている。心配そうにアックスを見ている。
「ねえアックス、気付いてる?」
「ふふっ、ハニートラップ、だろ?」
自信ありげに答えるアックス。クレーバス含めてアックスの部下6名の男全員、とても驚いた。
「アックス、そんな難しい言葉知ってたんだね」
「バカにするなよ! 俺だってスパイが出てくる演劇くらい見たことがある!」
「なるほど。そういう知識は覚えられるんだ……」
「何か失礼な言い方だなあ?」
ハニートラップとはつまり、スパイ等の女性が自らの肉体の魅力を使って、敵方の男性からいろいろ抜き出すことである。ナニを抜くことである。
「だけどアックス、僕はもう1つ気になることがあったんだ」
「なんだ?」
「この島の人達、顔の似た人が多すぎない?」
「そうか? ……言われてみればそうかもなあ。つってもアダチ人なんかは誰でも同じ顔に見えるしなあ」
「閉鎖的な島だから、遺伝子パターンが少ないのかもしれないけど。それにしては顔や体格のパターン自体は多いと思うんだ」
「うーん。難しいことは分からんけど、そんなに気にしなくていいんじゃねえか? 俺も何か知らんが銅像の英雄アレックスに顔が似てるしさ。他人の空似ってこともあるんじゃないか?」
「いや、だけどさあ……」
納得しないクレーバス。だが、彼の発言を遮るように、女たちが出てくる。
「お背中お流ししまーす!」
「うわーっ! 立派なお身体!」
「私が英雄様の背中流しまーす!」
「ダメダメ! 私が!」
女達は20人強、ゾロゾロと出てきた。全員が裸である。年齢は20前後が多い。が、最も若いのは10歳くらいにも見える。見た目はどれも選りすぐりの美女、美少女である。
「ありがとう。だけどもうちょっと浸かってから」
英雄であり貴族でもあるアックスは、女性に背中を流してもらった経験がある。だから違和感なく対応できた。が、女達の勢いは止まらなかった。
「じゃあ私も一緒につかりまーす!」
「きゃーん! おんぶしてー!」
「抱っこしてーっ!」
「ちょっ、当たってるんだけど。うひゃっ! ちょっ、股に抱きつくのはダメだって」
次々と襲いかかる女達。アックスはハニートラップと分かっているが、受けてしまう。悪意や敵意を感じないし、相手は裸なので、力で払い除けることができない。そういう発想も湧かない。
「だから、股間がっ」
「ええーっ? そんなことで緊張してるんですかーっ? もっと先に進んでも、いいんですよ?」
「ちょっ、仕事で来てるからっ」
「もーう! こんな場所で仕事の話なんてしないでください!」
「うぷっ。キスはマズいって!」
「えへへっ。いただきまーす!」
形としてはアックスに10人、残りの男に2人ずつの女がついた。そして積極的に、裸でご奉仕する。もともと戦ばかりで女に免疫がなかった男達だ。あまりの勢いに何もできない。突然の快楽に抗えない。女はさりげなく下腹部のアレも刺激するのだ。男達は興奮してもうアレが立派になってしまう。時折、中身が出て賢者モードになっても、すぐにおバカさんになってしまう。これが若さである。
しばらくおバカになったまま固まっていたアックス。だが不意に、湯に浮かぶ真っ赤な血に気付く。急に戦闘モードに入り、女達を払いのける。
「血だ! 誰かがやられたのか!」
アックスの怒声と剣幕に女達も身を引き、血に目を移す。その流れの大元は、アホ面で鼻血を流しているクレーバス。
「クレェエエバアアアアアアス! 大丈夫か! 何があった!」
「うへっ、うへへへっ。右にも肉房、左にも肉房、うへへっ……」
彼はあまりの気持ちよさに正気を失っているだけだった。だがアックスは気付かない。クレーバスは非常に頭がいいからこういう弱さはないと思い込んでいた。ではなく、きっとどこかで鼻を打って意識が朦朧としているのだと思ってしまった。
「皆! 包帯か何かを! 俺はクレーバスを部屋に連れて行く!」
「は、はい!」
女達は、何故クレーバスが鼻血を流しているか気付いていたが、アックスの迫力の前に従わざるをえなかった。こうして風呂場でのうれし過ぎる危機は去ったのである。
裸でクレーバスを部屋に運んだ後、女が持ってきた服に着替えて行くアックス。女も空気を読んで服を着ていく。
「ちょっ、ちょっとアックス。何があったの? すごい声が聞こえてきたけど」
その着替えの途中、トゥエルが中に入ってくる。彼女はしっかり服を着ていた。
裸で倒れるクレーバス。幸せそうな顔で鼻血を出している。他の男は着替えの途中。一部の男は股間を押さえている。この状況、トゥエルの中で何かがつながる。
「な、なにやっとんじゃ貴様等あああああああああ!」
トゥエルは怒りのままに暴れ回った。女達はキャーキャー言って逃げて行った。そして男達はたんこぶを作る。
「別に何もやってないって言ってるだろ。向こうがしてきただけで。殴ることないじゃないか」
「いーや、ダメだ! 足りない! きちんと断れ! 英雄としての自覚を持て! アックス!」
その後もトゥエルは長々と男達に説教した。特にアックスに。もちろん彼を他の女に奪われたくないからである。
説教が終わると、アックスは「夜風に当たってくる」と言って外に出た。部屋でジッとしているのは性分ではない。風に当たると自由を感じられて心地いいのだ。また、長い船旅でなまった身体を動かしたいのもあった。幼少期から続けている訓練はもはや日課となっている。やらないと心身共に気持ち悪いと感じてしまうくらいに。
「やっ、はっ、ほっ」
「アックス、私も混ぜてくれ」
「ああ、いいぞ」
途中、トゥエルも訓練に加わった。そして軽く汗を流す2人。
「また汗かいちまったか。風呂入り直すかな」
「そうだな……」
訓練を終えて、地べたに足を投げ出して座るアックス。隙だらけである。早く動かなければ、他の女に取られるかもしれない。トゥエルは、内心心臓が飛び出るかと思うほどドキドキしながら、覚悟を決める。汗を拭う仕草に混ぜて、さりげなく上を脱ぐ。上半身の裸体が露になる。
「なあアックス。ど、どう思う?」
内心の緊張の割に、素直に言葉が出た。トゥエルは自分を褒めたくなった。
「ん? すばらしい筋肉だな。よく鍛えられている」
ドキっとするトゥエル。特に鍛えすぎて太くなった腕は彼女のコンプレックスなのだ。それを褒めてくれるのはありがたい。ありがたいが、そうではないのだ。
「バカ! アックスって本当バカよね! バカ!」
「な、何だよ急に?」
トゥエルはそう吐き捨てて、部屋へと走って行った。
涙ぐんだ顔で部屋に入り、ふとんにくるまるトゥエル。アックスの部下の1人が彼女に声をかける。
「ぼ、僕は好きですよ! トゥエルさんのこと! 性的に! ア、アックスが嫌いになったら、ぜ、ぜひ、僕とお付き合いを!」
トゥエルがふとんから出てくる。涙ぐんでいるが、顔は怒っている。
「の、覗き見するなー! セクハラだー!」
「あぶうっ」
そしてトゥエルに告白した部下は、拳骨一発で綺麗な放物線を描いた。
さてアックスは、1人でひっそりと風呂に入っていた。先ほど来た時と道筋が違う。誰にもバレていない。邪魔されない憩いの一時。だが不意に、別人が風呂に入ってくる。
「あーっ、くっそーっ。あの英雄とかいうやつ、俺達にとっちゃ悪魔だよなー」
「本当、余計なことしかしねえよなー。平和がいいって、そりゃあ平和で儲けてるやつの言い分だろ? 戦うために作られたクローン兵はどうなるってんだよ!」
島の若い男子2人だった。彼等はとても気になる話をしていた。クローン兵。戦争のために培養され育てられた兵士。ここは禁忌の島。平和を嫌い戦争を望む者達。
アックスは衝撃を受ける。と同時にハッとする。歓迎パーティで武を見せつけようとした男達。自分を誘ってきた女達。彼等の真意は、単に俺に取り入るためのハニートラップではなく……。
翌日の早朝。アックスはヨーマに頼んで島の住民全員を歓迎会を行った場所に集めた。そして演説を始める。
「君達は、勘違いをしている! 君達に罪はない! 生まれてきたことそれ自体に罪なんてない!」
「し、しまった」
焦るヨーマ。呆然とするクローン兵達。アックスの仲間達はそんな彼等を楽しそうに見つめる。
「ここに約束しよう! 俺は、君達を見捨てない! クローン兵だって皆と同じように生きていていいんだ! 君達の住む場所、生きる場所は、俺が保証する! だから、俺を信じてついてきてくれ!」
「な、何を言ってますかねー? 英雄様は? クローン兵?」
ヨーマが無駄な茶々を入れようとするが、それを遮るように拍手が響く。その主はトゥエルと筆頭としてアックスの仲間達。その拍手に答えるように、クローン兵達も、1人、また1人と拍手する。クローン兵は権力者に従うよう訓練させられている。アックスは英雄だが権力は強くない、よって従うべきではない、という刷り込みがなされているはずである。しかし、そんな浅い刷り込みでは防げない何かが、アックスの言葉にはあった。それは若さに満ちたエネルギーが、自信あふれる瞳か。ヨーマのような、汚い大人しか知らないクローン兵達は、彼の生き様に感動してしまう。たくましい姿に、魅入られる。すがりたいと思ってしまう。
「うおおおおおおお! アックスばんざああああああい!」
「アックス!」
「アックス!」
「アックス!」
クローン兵はアックスとの口約束により、彼の部下または領民という形になった。だが数は1000人もいる。全ての兵に仕事を与え生活を回して行くのは、簡単ではないだろう。勉強嫌いのアックスにとっては特に苦手な分野だ。だが心配することはない。彼にはクレーバス筆頭に多くの『そういうことが得意な仲間達』がいる。彼等の知恵と人脈と行動力をもってすれば、簡単に乗り越えられる壁だろう。
「アックス様あー! 感謝の気持ちを込めてキスしまーす!」
「抱いてくださいー!」
「アックス様ぁー! 私もお背中お流ししたいですぅー!」
なお、クローン女達は、特に変わりなくアックスの身体を狙い続けた。
あれ? 変わってなくね? とツッコミたくなるアックス。
「お前達、絶対そっちが本音だったろ!」
「キャー」
「出た! 暴力女!」
「ちょっ、何で俺までー!」
そしてトゥエルの拳骨が見事に突き刺さり、アックスはお空の星になった。
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