没落貴族の令嬢は家族との生活を守るため魔術師を目指す ~貧乏になった私には双子の妹と弟がいて、生きるためにはお金がいるんです。だから先生、私を弟子にしてください!~
穏やかな朝。
日差しの眩しさで目が覚めたけど、ほんのり暖かな陽気に包まれていて、身体は起きたくないと言っている。
チラッと時計を見たら、まだ朝の七時だった。
「ふぅわ~」
まだ眠いけど、私はベッドから起きて大きく背伸びをする。
ベッドの横にある机の上には、これから着替える服が用意されていた。
寝ぼけている身体を起こすためにも、ちゃんとした服に着替えた方がいい。
私は寝間着を脱いで、用意された服に着替えた。
鏡を見ながら身なりを整える。
お母様と同じ薄黄色の髪と青い瞳は、私の自慢だったりする。
「よし。二人ともまだ寝てるかな?」
頭に思い浮かんだのは、すやすや寝ている可愛い寝顔だった。
私はくすりと笑い、部屋を出て二人の元へ向かう。
大きく広い廊下を歩いているのは私一人。
朝早いからでなくて、いつものこと。
それから、二人の寝室の前までたどり着き、トントンとノックする。
「ライカ! レナ! 入るよー」
ドン、トントントン――
飛び降りたような音がした後、小さな二つの足音が聞こえてくる。
そのままバタンと勢いよく扉が開いて、二人が私に跳びかかってきた。
「うわっ!」
「姉ちゃんおはよー!」
「おはよう! アリスお姉ちゃん!」
「びっくりした~ 二人とも急に出てこないでよぉ」
「姉ちゃんビックリしたって! 大成功だなレナ!」
「うん! 大成功だねライカ!」
やれやれ。
二人とも朝から元気いっぱいみたいだ。
私の五つ離れた弟と妹。
二人は双子で、男の子のほうはライカ、女の子はレナ。
タンポポみたいな黄色い髪と目は一緒で、分け目が逆という以外は見分けがつかない程そっくり。
性別も同じだったら、お姉ちゃんの私でも間違えてしまうかもしれない。
「二人ともまだ寝間着じゃない。早く着替えて」
「「はーい!」」
二人はいそいそと部屋に戻っていく。
私も一緒に部屋に入って、二人の着替えを手伝ってあげた。
二人ともしっかりしているけど、まだ五歳なんだ。
出来ないことは、お姉ちゃんの私が手伝ってあげている。
「着替えたよ姉ちゃん!」
「ライカそれ反対だよー」
「ん? あ、ホントだ~ レナもボタン外れてるー」
「レナは今から付けるの!」
ワイワイ言いながら着替え終わる。
「お姉ちゃん今日は何して遊ぶ?」
「まだよレナ。その前に、お母様に朝のご挨拶をしないと」
「そうだったー」
「じゃあ行きましょう」
「「はーい!」」
私の右手にライカが、左手にレナが掴まって部屋を出る。
誰もいない廊下を話しながら歩いて、一番奥の大きな扉の前で立ち止まる。
トントンン。
ドアをノックすると、中から透き通るような綺麗な声が返ってくる。
「どうぞ」
「失礼します」
その声を聞いてから、私はドアをよいっしょと開けた。
扉を開けた先は、大きくて立派な机がある。
机に向ってお仕事をしていたお母様が、私たちを見てニコリと笑う。
「おはようございます。お母様」
「「おはようございます!」」
「ええ、おはよう。三人とも早起きで立派ね」
この人が私たちのお母様。
クレイスター家現当主、フレア・クレイスター。
見た目通り優しくて、とっても綺麗な人。
ライカがお母様に言う。
「お母様は今日もお仕事なの?」
「ええ」
「えぇ~ レナ、お母様とも遊びたいよぉ」
「ごめんなさい。お仕事が終わったら行くから、それまでお姉ちゃんが遊んでくれるわ。お姉ちゃんと遊ぶのは好きでしょ?」
「うん! 大好きだよ!」
レナは元気よくそう言ってくれた。
私は嬉しくて、ついついニコニコしてしまう。
「でもお母さんとも遊びたいよー」
「私もよ、ライカ。頑張って早く仕事を終わらせるわ。終わったらすぐ行くから」
「本当? じゃあ待ってるね!」
「ええ」
「やったー! レナ遊びに行こう!」
「あ、待ってよライカ!」
はしゃぎながらライカが駆け出して、レナもそれについて行ってしまった。
私は慌てて二人を追いかけようとする。
「二人とも待って」
「アリス」
すると、後ろからお母様が私の名前を呼んでくれた。
私はドアに手をかけたまま振り返る。
「いつもありがとう、二人の相手をしてくれて。お陰でお仕事も捗るわ」
お母様はそう言って微笑みかけてくれた。
ちょっぴり申し訳なさそうな感じがして、切なげな笑顔だった。
きっと、二人の相手をしてあげられないことを後ろめたく思っているのだと思う。
幼い私は何となく、直感的にお母様が悲しんでいるように見えて、思わず言う。
「ライカとレナのことは私に任せて! 私はお姉ちゃんだから!」
「アリス……そうね。任せるわ」
「はい!」
私は大きく返事をして、扉から部屋の外へ出る。
閉まる扉の隙間から見えたお母様は、真剣な顔で机に向っていた。
お母様は毎日、お仕事で頑張っている。
だから私も、お姉ちゃんとして頑張ろうと思った。
お母様が少しでもお仕事に集中できるように、二人のことは私がしっかり見ておかなきゃ、と。
それから中庭に行くと、二人が駆け回って遊んでいた。
私が来たことに二人は同じタイミングで気付いて、勢いよく駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん遅いよー」
「お母様と何話してたの?」
「内緒だよ」
「「えぇ~」」
ずるいーという二人は可愛くて、見ているだけで和む。
「ふふっ、今日は何して遊ぶの?」
「えっとね~ じゃあかくれんぼ!」
「レナとライカが隠れるから、お姉ちゃんが見つける人ね!」
「いいよ。じゃあ十数えるから、その間に隠れてね? 屋敷の外は駄目よ?」
「「はーい!」」
私は近くにあった一本の木に顔を伏せて、大きな声で数を数える。
「いーち! にーい!」
ドタドタと周りで走る音が聞こえて、六つ目を数えるくらいには、近くで音はしなくなった。
中庭から出ていったようだ。
「はーち、きゅーう、じゅう!」
くるっと振り向くと、もう二人はいない。
まだ外にいるのか、室内へ入ったのか。
「どっちから探そうかな~」
ふと、視線は屋敷に向いた。
貴族にしては小さめの屋敷に、私たちは四人だけが暮らしている。
この屋敷は元々、別荘だった。
本当の家はもっと大きくて、お城に近い所にあったんだ。
だけど今は、ここが私たちの家。
元名門貴族クレイスター家に残された唯一の屋敷。
「中から探そうかな」
私は二人を探すため、屋敷の廊下を歩き回る。
扉を開け、部屋を覗いても、そこには誰もいない。
執務室はお母様がお仕事中だから、邪魔しないように避ける。
食堂から浴室まで、テクテクと探し回った。
「ここにもいない。二人とも隠れるの上手くなったな~」
かくれんぼは何度もしていて、いつも私が探す役だった。
初めての頃はすぐ見つけられたけど、回数を重ねるごとに上手くなっている。
どこだどこだと探している内に、一つの部屋に入り込む。
そこには、家族五人で撮った写真が飾られていた。
お母様と、私と、ライカとレナ……そして――
「お父様……」
二年前まで、私たちはこの国でも五本の指に入るくらい大きな大貴族だった。
その頃はお父様もいて、たくさんの使用人も一緒に暮らしていた。
お金もあるし、人もいる。
物は何でも揃えられて、不自由なんて感じない暮らしだった。
それが当たり前だと、私も思っていた。
だけど、ある日突然終わってしまった。
お父様がいなくなって……
お父様はとても凄い魔術師だった。
大きな学校を出て、国家魔術師の資格を持っていた。
王国のため、人々のために悪い人たちと戦ったり、毎日仕事に追われて大変そうだった。
ほとんど家にいなくて、偶に返ってきても忙しそうで。
そんなお父様だったけど、私たちにはすごく優しくしてくれた。
何より、魔術師として働くお父様は、世界で一番格好良く見えたんだ。
だからこそ信じられなかった。
お父様がいなくなったこと……
そして、お父様が悪い人たちと関わりを持っていて、王国のお金を持ち去っていたということにも……
国はお父様を反逆者として指名手配した。
私たち家族も非難されて、念入りに調査をされた。
結果、関わっていたのはお父様だけで、私たちは無関係だと判明したらしい。
それでも同じ家に生まれた者として、周りの目は冷ややかだった。
名門としての名は廃れ、財産のほぼ全ても国に没収されてしまった。
残されたお金では、使用人たちを養うことも出来ない。
最後に残ったのは、この屋敷と私たちだけだった。
「あ、いけない探さないと!」
思い出したように、私は二人を探し始める。
屋敷の中をぐるっと回ったけど見つからなくて、最後に残ったのはお母様がいる執務室だった。
「さすがにここじゃない……よね?」
と思いつつも、私はこっそり中を覗いてみた。
机に向いながら、お母様が真剣な顔でお仕事をしている。
目が疲れているのか、眉間を時々触りながら。
お父様がいなくなってから、お母様は毎日お仕事をしている。
いなくなったお父様の代わりに、この家の当主になって、お父様が請け負っていた仕事の一部を請け負っている。
何をしているのかはわからないけど、たくさんの書類が積まれていて、難しい文字を読んでいた。
「お母様……」
大変そうだけど、私には難しくて手伝えない。
それが歯がゆくて、悲しくて。
「ん? アリス?」
「あっ」
お母様が私に気付いて、扉まで歩いてくる。
「どうした?」
「あ、えっとごめんなさい。かくれんぼして、二人を探してました」
「そう? ふふっ、二人とも隠れるのが上手くなったのね」
「はい。私全然見つけられなくて」
「じゃあ私も一緒に探してあげるわ」
「え、お母様が?」
私は目を丸くして驚いた。
お母様はそんな私に優しく微笑みかけてくれる。
「ええ。でもすぐに見つかるわ」
「え?」
そう言ってお母様は、私の耳元でこっそり話す。
「後ろ、見てみて」
「うしろ?」
パッと振り返る。
すると、そこには二人の影がチラッと。
「あぁー! 二人とも見つけたー!」
「わっ、見つかっちゃったよ!」
「ライカが隠れないからだよ~」
「えぇ~ レナだってお母様が見たいからって近づいた癖にぃ」
「ふふっ、ずっとアリスの後ろをついてきてたのね」
「そ、そうだったんだ」
全然気づかなかった。
道理でどこを探しても見つからないわけだ。
「ねぇねぇ! お母様も遊んでくれるって本当?」
「ええ。少しなら時間もあるわ」
「やったー!」
「じゃあ今度はお母様がレナたちを探してね!」
「いいわよ~ アリスも隠れて」
「はい!」
お母様が大きな声で数を数える。
私たちは急いで隠れる場所を探した。
「姉ちゃんこっち!」
「違う! アリスお姉ちゃんはこっち!」
「ひっぱらないでよー」
お母様のお仕事は、たぶんまだ終わっていない。
それでも遊んでくれるのは、お母様の優しさそのものだと思う。
お父様がいなくなって、何もかも変わってしまった。
それでも――
楽しい。
そう思える。
お母様がいて、ライカとレナがいる。
屋敷は一つあれば良い。
大きくなったら、私も働いてお母様に楽をしてもらおう。
早く、もっと早く大きくなりたい。
みんなと一緒に、楽しく暮らしていくために。
でも……悲しい出来事は一度で終わるとは限らない。
二年後――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うぅ……」
「お母様……お母様……」
「ライカ、レナ」
二人が泣きながら、私に抱き着いている。
私たちの目の前にはお母様が眠っていた。
安らかに、心地よさそうに。
だけどもう、お母様は目を覚まさない。
何度呼びかけても、答えてはくれない。
お母様が病死した。
ずっと前から無理をして、体調が良くなかったそうだ。
私たちは気づけなかった。
咳き込んで、血を吐いて倒れる前日まで、お母様はいつも通りにお仕事をしていたから。
「姉ちゃん……」
「大丈夫よライカ、レナも泣かないで」
「でも……お母様が」
「うん。わかってる」
私は必死に涙をこらえた。
お母様がいなくなって、私たちは三人だけ。
これからは、私が二人を守らないと。
子供だからとか言ってられない。
お母様が私たちを守ってくれていたように、今度はお姉ちゃんの私が――
「ライカとレナは、私が守る!」
この日、私は大人になる決意をしたんだ。
お母様が亡くなられたことで、私の家はついに貴族の名も失ってしまった。
今の私たちは没落貴族の生き残り。
身寄りもなく、そうでなくとも裏切者の子供だからと、誰も助けてはくれなかった。
お金は、お母様が残してくれた分がある。
きっとこうなる未来がわかったていたのだろう。
私たちが大人になるまで生きて行けるように、お母様は無理をして頑張っていたのだと知った。
お陰で、数年は何とか生きていける。
でも永遠じゃない。
お金は使えばなくなってしまう。
当たり前のことだけど、その当たり前を改めて思い知る。
私がお母様の代わりに、二人を守っていく。
そのためには、お金を稼ぐために仕事をしないと。
でも、十二歳の私を雇ってくれる所なんてない。
宛てもなく、誰かに頼りたくても、助けてくれそうな味方はいない。
せめてお父様が……
「そうだ。私も……魔術師になれば」
お父様のことを思い出して、一つの可能性が浮かぶ。
国家魔術師。
それは、選ばれた人間だけがなれるエリート。
特別な学校に三年間通って、卒業できたものだけが国から国家魔術師として任命される。
お父様もその一人だった。
養成校には、十五歳から入学できる。
それに在学中も見習いとして、任務を受けられると聞いた。
学校に通いながら、お金も稼げる。
これしかないと思った。
幸い私は貴族で、お父様の子供だったから、他人より魔力量には自信がある。
「魔術師になろう……そうすれば二人を守れる」
その日から、私は魔術の勉強を始めた。
お父様が読んでいた本は、今でも屋敷の書斎にある。
魔術について書かれた本をかき集めて、一日中読み漁った。
そして、早々に自分の限界を知ってしまう。
私は、術式を持っていない。
魔力を術式に通して、様々な効果を発揮する。
魔術師とは術式を操る者のことで、その術式は魂に刻まれている。
生まれながらに持っているか、相性の良い相手から継承しなくてはならない。
私は魔力こそ優れていたけど、術式は持って生まれなかった。
そもそも、女性はあまり魔術師には向かないのだという。
男性のほうが魔力を操るセンスが優れているとか、女性は魔力量が少ない人が多いとか。
理由はいろいろあるみたいだけど、私にとっての問題は術式のことだった。
「何かないの? 他に……」
術式を手に入れる方法を探した。
調べていく中で、術式なしで国家魔術師になれた人間は二人しかいない。
その二人も特別な二人で、私とは違う。
いくら努力しても、術式を持っていなければ学校にすら入れてもらえないかもしれない。
そうなったら私たちは……ライカとレナがひもじい想いをする。
お母様がいなくなって、二人の笑顔も減ってしまった。
このままじゃ……
コロン。
書斎を探していると、どこからか透明な玉が転がってきた。
「水……晶?」
ただの水晶かと思って、私はそれを手に取った。
すると、私の魔力が一瞬でぐっと吸われて、水晶が輝き出す。
「な、何!?」
書斎を覆うほどのまばゆい光が放たれ、私は目を閉じた。
次に目を開けると、そこは別世界。
小鳥が鳴いている。
緑が生い茂って、空からは眩しい日差しが注がれる。
見たことのない花が咲いていて、ツルと木も形が特徴的だった。
幻想的で、神秘的で。
思わず声に出てしまうほど――
「綺麗」
そう、綺麗な場所だった。
どうしてこんな場所にいるのかという疑問が薄れるほどに。
空気も澄んでいる。
「おや? 珍しいこともあるものだね。ここにお客さんがくるなんて」
「へ?」
不意に声が聞こえて来た。
私は後ろを振り向く。
するとそこに、銀色の長い髪をなびかせて、ニコリと微笑みながら一人の人が座っていた。
男性にも女性にも見える容姿だけど、声からして男性だと思う。
「あ、あの……」
「君、どうやってここにきたの?」
「えっと、水晶が……」
「水晶? ああ、あの片割れは君の所にあったんだ。ずっとなくしたと思っていてね。まぁ探してはいなかったんだけど」
どこか不思議な雰囲気の人だった。
そこにいるのに、いないような違和感もある。
自然に囲まれていて、一体になっているように溶け込んでいて。
気を抜けば、見失ってしまいそうな……
「えーっと、君は……」
「あ、わ、私はアリスです! 突然お伺いしてごめんなさい」
「いや良いよ。君の反応からして、偶然水晶が発動したんだろう? あれは強い魔力を持つ者が手にすると、勝手に発動してしまう粗悪品なんだ」
「そ、そうなんですか?」
「うん、ただ早々そんなことないはずなんだけどね。つまり君は、相当優れた魔力を秘めているということだ。いいねぇー未来有望だ」
そう言って彼は笑う。
フワフワとした笑顔で、どこか悲し気に。
「それより大丈夫? ここにいると、気持ち悪くなるかもしれないんだけど」
「え、別にそんなこと」
「へぇー」
私が答えると、彼はじーっと私のことを興味深そうに見つめた。
「そうか、ここにいて平気なのか。君は僕の術式と相性が良いのかもしれないね」
「術式?」
「そうだよ。この空間は、僕の魔術で構成されているんだ」
「こ、これが?」
私のいる場所が、魔術で作られている?
そう言われると確かに、微弱だけど魔力を感じる。
地面も、木も、草も、花からも。
「普通この中にいると、僕以外はふらついたり、吐き気がしたりするんだけど」
「あ、あの! 貴方は一体……」
「ん? 僕かい? 僕はフィンラル。二千年ほど前に賢者と呼ばれ、今では忘れ去られてしまった悲しい悲しい魔術師のお兄さんだ」
「賢者……様?」
偉大な功績を残した魔術師のことを、そう呼んで称えることがある。
それに、二千年前?
「二千年から……生きてるんですか?」
「そうだよ。一応断っておくけど、僕は人間だからね? 昔、魔女の呪いにかかってしまってから、死ねなくなってしまったんだ」
「魔女? 呪い?」
知らない単語が次々に飛び出して、頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。
その中で読み取れたのは、この人が只者じゃないということと、もう一つ。
「フィンラル様の術式と、私は相性がいいんですか?」
「ん? ああ、たぶんね」
「ほ、本当ですか?」
「うん」
術式の継承は、誰でも出来るわけじゃない。
その術式との相性が悪ければ、意思があっても受け継がれない。
だから基本、継承するのは血縁関係のある者同士とされているらしい。
私にとってはお父様がそうだったけど、お父様はいない。
「フィンラル様! お、お願いがあります! 私に……フィンラル様の魔術を教えてもらえませんか!」
「え、僕のかい?」
「はい。私、どうしても魔術師になりたくて、でも術式がなくてそれで……」
突然訪れたチャンスで、私は焦っていた。
言葉が上手くまとまらない。
「急にこんなこと言って、失礼だと思います。でも、でも!」
「少し落ち着いて」
私は大きく息を吸う。
話すのに夢中で、呼吸を忘れていた。
「事情があるんだろう? 話してくれるかな?」
そう言って、フィンラル様は優しく微笑む。
さっきとは違う笑顔で、お母様に少し似ていた。
思わず泣きそうになったけど、私は我慢して、事情を話した。
「そうか、なるほどね。だから僕の魔術を覚えたいと」
「はい……もう、頼れる人がいなくて」
「家族を守るために……か。すごいね、君は」
フィンラル様の手が、私の頭を優しく撫でる。
「へ?」
「まだ十二歳なんだろう?」
「は、はい」
「その歳で覚悟を決めたのか。中々出来ることじゃない。辛いことを我慢して、前を向いているのも、とても強い証拠だ」
「フィンラル様……」
そんなことを言われたら、私は涙を我慢できない。
瞳からポツリと、涙が一滴落ちる。
「これも何かの縁だ。いいよ、僕の魔術を教えてあげる」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。でも覚悟しておいてね? 僕の術式は難しい。今まで何人かに継承したけど、使えたのは僕を入れて二人だけだった。修行がとても大変だよ?」
「頑張ります。私がライカとレナを守らなきゃ! お母さんの分まで」
「うん、良い覚悟だ。じゃあ今は、好きなだけ泣くと良い。幸い見ているのは、僕だけだから」
また、優しく微笑んでくれた。
ずっと我慢していた。
涙で潤むたびに、むりやり手でこすって涙が出ないように。
「ぅ、う……お母様……」
フィンラル様に諭されて、思い出してしまったんだ。
お母さんとの日々を。
そうしたら、涙は止まらなくなった。
フィンラル様は、そんな私の頭をゆっくり撫でてくれる。
これが私たちの出会いだった。
偶然か、はたまた運命か。
世界から忘れ去られてた魔術師と、その弟子……
強く、優しく、希望に満ちた未来へ続く物語の――始まり。