講習
三人とも提示された条件に同意の意思表示に記名した書類を、またドアを壊しそうな勢いで入ってくる軍服コスプレおっさん――鈴木さんに渡した。
「まずは検査だ」無駄に大きな声の鈴木さんに連れられ部屋を出た。
何時間も俺たちは色々な精密検査を受けた。学校で受ける健康診断が鼻くそに思えるほど、体の隅々まで調べつくされデータを取られた。どうやら俺は普通の人より善玉菌が多いらしい。どうりで便通がいいはずだ。
検査が終わり、初めの部屋に戻ってきた。机の上には分厚い紙の束が置かれていた。
「よし。これから任務の説明をする」
どんなルビふってんだよ。せめてひらがなにしとけ。
「まず、お前らの前に置いてある紙を見ろ」
言われた通り置いてある紙を見た。
「……」
「返事はどうしたああぁぁぁ!」
いやいやいや、あんたがどうした。急に大声出すからビクッとしちゃったよ。
「……はい」
「声が小さぁぁぁぁい。あと返事はヤッヴォールだ。モルモットどもめ」
ド、ドイツ語だと。それとやっぱり軍人スタイルで行くのか。
「ヤッヴォールであります、教官」
剛は大声を出して立ち上がった。
順応するのが早すぎだろ。なに、俺もやんなきゃいけないの?ほら、静流だってやってないし、静かに座ってるし。
やっぱり恥ずかしいよね。俺も中学二年生の頃を思い出すからやりたくない。
俺は異議ありと机をたたいた。
「何でそんなことを言わなければいけないんですか!」
「馬鹿め、労働条件通知書に『アルバイトをするにあたって弊社が出した条件を無条件で受け入れる』と書いてあったろ」
鈴木さんが労働条件通知書を見せてくる。
「ちっさ。何ですかこれ!文字がものすごく小さいじゃないですか!せこいですよ!大人の癖にやること汚いですよ!」
「うるさぁぁぁい!そもそもこのバイトを受けた時点でモルモット承知で来たのだろうが」
「どういうことですか。俺はゲームのモニターだと聞いて……」
「確かにゲームはしてもらう……が、メインは没入型VR機器が人体に与える影響の実験だ」
……はっ!そういえば静流に誘われたとき珍しくどもったと思ってたけど、あの時本当はモニターじゃなくてモルモットて言おうとしてたのか!
俺は静流の方を慌てて見た。
静流は俺と目を合わそうとしない。
友達と思ってたのは俺だけだっのか。
「それに、読む時間を短く設定したのもこの一文を小さな文字にしたのも全部辻宮の案だぞ」
「ヤッヴォール」と静流は立ち上がった。
全部お前だったのかい!
大きな返事で誤魔化そうとするな。てかドイツ語腹立つ!昔はかっこいいと思ってたのに。今むっちゃ腹立つ!
「まあまあ、落ち着けって拓海。お前はゲームが出来ればそれでいいんだろ」
「まあ、そうだけど……」
「もう書いちゃったものはしょうがない。しっかり読まなかった俺たちが悪い。だったらもうこの状況を楽しむしかないだろ。それに何があったって一人じゃないんだ、何とかなるって」
剛の言う通りではある。もうここまで来たら進むしかない。どうとでもなれだ。
「ヤヴォール!」
俺はやけくそに叫んで立ち上がった。
「よし、ではこれから三十分時間をやる。自分たちで読め。分からないことがあったらたとで質問するように」
「いやお前が説明するんじゃないのかよ!」
ついつい俺は教官にツッコミを入れてしまった。
「甘えるな!人生、常に他人から与えられるわけじゃない。与えられたとしてそれが必ず身につくわけじゃない。自分の力で為して初めて貴様らの血肉となるのだ」
「……ヤヴォール」
言ってることは間違っていないと思ったから、大人しく目の前に積み重なってる紙に目を通し始めた。
というか、絶対これ三十分で読み終える量じゃないんだけど。
大丈夫?さっきみたいにトラップ仕掛けられてないよね、これ。
説明の内容は専ら俺たちがやるゲームのことだった。
そのゲームの世界はほぼ現実に忠実に作られているらしく、俗にNPCと呼ばれるゲーム世界の住人も俺たちと変わらない思考、行動をするらしい。
時代としては西暦1600年ぐらいをモデルで、現代日本人の俺らでも心地よく生活できるよう設定されている。具体的に言えばトイレがしっかり存在しており、窓からごみと一緒に投げ捨てられるなんてことはないようだ。
三十分経ったのを確認した教官は座っていた椅子から立ち上がり、ゲームの説明以外を話し始めた。
「いいか、仮想世界でお前らモルモットにはおおよそ十年間過ごしてもらう。超簡単に説明すると、リアルと比べゲームの世界では時間を早く進める。リアルの二週間がゲームの中の十年間だ。没入型の新しい機能、時間加速がリアルの体にどんな影響を与えるのか確認するのが目的の一つだ」
ほぼ精神と時の部屋だな。
「質問よろしいですか教官」
剛が手を言ってみろ
「よし、南条いってみろ」
「一週間も飲まず食わずだったら、俺たち死ぬんじゃないですか」
「安心しろ。点滴で栄養を送るから死にはしない」
マジで実験動物だな。現実世界に戻った後の一週間は落ちた筋肉を取り戻すためのリハビリや仮想世界で受けた影響の確認をするらしい。
俺も気になることがあったので手を上げる。
「ゲームの中から自分たちの意思でリアルに戻ることはできないんですか?」
「いい質問だ。原則、十年経たなければゲームの世界から出ることはできない。が例外がある。それはゲーム内で死んでしまった場合だ。セーブとかコンテニューとか甘っちょろいものは存在しない。一回こっきりのライフだ、死なないように努力しろ」
何でワンチャンスなんだよ。厳しすぎじゃないか。
「まあモンスターとか存在しない世界だがら早々死ぬことはない。安心しろ」
そうなのだ。全部は読めていないがモンスターのモの字も出てこなかった。
「その世界で俺たちがやることってないんですか?魔王を倒せとか、そういう感じの……」
「ない。ただ漫然と生活していればいいだけだ」
どうぶつの林タイプか。
「ゲームの世界に入るにあたって、お前たちには自分の分身であるアバターをつくってもらう。それに際して目的の二つ目である仮想世界にはどのタイプのアバターが適しているか試してもらう。
一つ目は現実と変わらないステータスだが、職業を選びその職業専用のスキルがあるタイプ。
二つ目はレベルタイプ。敵を倒したり成長するごとにレベルが上がりステータスも上がるタイプ。
三つ目はステータス割り振りタイプだ。リアルのステータスを好きなように再分配するタイプ。それとタイプ三には初期の服装や持ち物とは別に一つだけ好きな装備を選べるようにした。お前たち三人はこの三つからそれぞれ選んでもらう」
「三つの種類の違う設定のキャラが同じ世界に存在できるんですか?」
「問題ない。詳しいことは辻宮に聞け。自分より詳しいはずだ」
良く解らないが大丈夫と言っているし大丈夫なのだろう。
「今日はアバターを作成してもらい、明日、仮想世界に入ってもらう」
教官は教卓の上に三つのタブレットを置いた。
「右からタイプ1、タイプ2、タイプ3だ。私はもう退出するからその後に三人でどのタイプにするか相談し、そのタイプのタブレットでアバターを製作するように。別にこの部屋で作る必要はない。自分に割り当てられた部屋に持って行ってもらっても問題はない。ただ零時までには作り終えデータを送信するように。明日は午前八時にこの部屋に集合だ。遅刻した奴は罰ゲームとして好きな女の子をカミングアウトしてもらう」
修学旅行の時の罰ゲームか!
「以上解散」