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第二話 親友として

 ──高橋(たかはし) 啓斗(けいと)。小学校からの腐れ縁。要は親友である。そいつは昔から人気者で、足が速かったし、何よりルックスもピカイチで、ある程度の人となら直ぐに仲良くなってしまう頭一つ抜けた社交性があった。少なくとも学力は並みだが、それでも補って余りあるほど、彼はいつでも周囲の人を惹きつける魅力を兼ね備えていた。俺が啓斗に初めて関わったのは、少年サッカークラブに所属して間もない頃。当時から俺は太っていたため、サッカーに対してというか、スポーツ自体に苦手意識があった。しかし、そんな消極的で孤立気味だった俺の手を、彼は積極的に引っ張ってくれて、仲間の輪に入れてくれたりもした。

 その結果、昔よりは格段に明るくなれたし、今のように運動への自信が持てるようになった。依然として太ってはいるものの、動けないデブではなく、動けるデブとして周りから認知されるくらいには、社会的な地位は上がったのだ。あいつは俺を変えてくれた。そして今も、あいつはサッカー部の副部長として、俺をフォローしてくれる。最高な親友だ。


「──えっと……待って」


 そんな、今の俺を形成するきっかけにもなってくれた、大事な親友である高橋 啓斗のことを、もしかして今、芹沢さんは好きって言ってなかったか。


「その……芹沢さん。もう一度、さっきのこと言ってくれるか」

「あ、えと。はい……実は私、あなたの親友である高橋くんのことが好きなんです……?」

「…………あー」


 もう、俺はそこで理由を察した。何故、俺が芹沢さんみたいな高嶺すぎる花に放課後の屋上へ呼び出されたのか。


 ()()()()()()という、そんな醜い希望なんぞ、叶う筈がない。明らかに、周りからすれば豚に真珠だ。てか誰だよこのことわざ作ったやつ。今の俺と芹沢さんの関係を的確に捉え過ぎて泣きたくなったわ畜生め。


 後、そもそも前提条件として、芹沢さんが俺のことを好きになる理由が見当たらない。何せ俺も彼女も、今日が初対面な訳なのだから。しかし、啓斗は風紀委員会に所属している。多分、そこで同じ風紀委員である芹沢さんと馴れ初めたのだろう。


 今まで接点もなかった冴えないデブに、いきなり学校一の美少女とも評されるような子がアプローチをかけてくるという欲望の欲張りセットみたいな、俗に言う今も量産され続けている男性のオ◯ニー小説のような展開なんて、この世に起こる筈がないのだ。


「は、はは……」

「え? ど、どうしたの橘くん」


 現実は残酷である。そんな常識さえも知らず、勝手に一人で「あ、もしかしてこんな俺にも春が来たんじゃね! デブでも彼女出来んじゃね!」と、舞い上がっていたなんて……返って、本当に無様な自分に嗤えてくるぜ全く。


 しかし、悔し過ぎる気持ちがある反面、嬉しい気持ちがあるのが複雑なところだ。それは腐っても俺の親友に芹沢さんみたいな素敵過ぎる彼女が出来るチャンスが到来しているのだ。親友としても、芹沢さんみたいな超絶ヒロインとサッカー部のイケメン副キャプテンであり親友でもある啓斗の完璧なカップルが誕生して欲しいし、応援したくなる気持ちが芽生えてきてしまうのだ。


 いや、したくなるではない。ここは親友として、男として、しなければならないだろう。


 先程、親友への恋心を俺に告白して、彼女から直接ではないものの、間接的にフラれたのだ。

 ラノベ展開であれば、ここで『いいや、それでも諦めない! 彼女を振り向かせてみせる!』と意気込むだろうがナイーブな俺には無理な話だ。

 しかし、男であれば。その時点で彼女への恋を諦め、彼女の幸せを願い、親友との恋を応援せねばなるまい。


 さて。では何故、芹沢さんが『あなたの親友である高橋くんのことが好きなんです』と、親友である俺を態々屋上に呼びだしてまでそれを告白してきたのか。少し考えれば察しがつくことだ。彼女が、親友への恋心を告白した俺へ、この後どういう願いごとするつもりなのか、簡単に予想出来る。


「——その……まあ、なんだ。なんで芹沢さんがここへ俺を呼び出して、啓斗が好きな気持ちを伝えたのか大体察しがついた」

「!」


 と、そう言った俺を驚いた表情で見てくる彼女。

 いや、そんな『なんで分かったの!?』 みたくビクつかなくても。

 ……え、もしかして俺って普段から、そんなに学年中に知れ渡るほど鈍感だと思われてるのか。鈍感系でヒロインからモテるんだったら鈍感系を突き通すけど。


「まあ要は、親友である俺に芹沢さんの恋をバックアップっていうか、応援してほしいってことだろ。例えば、あいつの……高橋 啓斗の趣味とか、好きなこととか、好みのタイプとかの情報提供その他諸々」

「え!? は、はい! 当たってます。すごいですね橘くん。今までの流れで、そんなに私が言おうとしてたことを当てるなんて」

「まあな。これでも、人一倍普段から、伊達に周囲に気を遣ってることだけはあるからな」

「まあ! そうなんですね。確かに、橘くんは流石高橋くんの親友だけあって、凄く優しそうですし」

「……」


 ねえ。この子天然たらしなの? 危うくまた堕ちかけるところだったじゃん。なんでサラッとそんな言葉出てくるのよこの子。末恐ろしいわ。


 一瞬、心が揺らされて、会話の間が少し空いてしまったが、気を取り直して彼女からの素直な褒め言葉への恥ずかしさを振り払うように咳払いし、俺は胸を張って豪語する。


「ま、まあ? みんなにデブだからってウザがられてないかなーとか? ほら、啓斗って人気者だから、あいつを結構普段から独占してる俺に向けて、クラスの女子たちにSNSで『#◯ね デブ』的なハッシュタグつけられて、Fワードバリバリ使われてるような陰口大会開かれてたらどうしよーとか? 色々とみんなからの視線というか空気も大事にしてる節もあるからな」


 照れ隠しの要領を超えていっそ引くことしか言ってないぞ俺。どうすんだよ。


「……え、えーと。そう、なんですね。あ、あはは」


 うん。ごめんね。うまく笑えないよね。でもここで少しでも場を和ませようと苦笑してくれる芹沢さんの優しさが、尚更俺の心に沁みて痛いです。

 でもマジで高校生になると周囲からの視線が気になるお年頃じゃないか。例えば、昔はしょっちゅう漫画ばりにリーゼントで髪型キメてケンカしてたらしいけど、今に至ってはケンカした瞬間みんなから避けられる時代だからな。ある意味、今の高校生って理性的というか、冷徹な部分もあると思う。特に未だに世間のデブへの目が冷たい。もう少し寛容になってほしい。


 ま、それが嫌なら痩せればいいんですけどね。でもダイエットとか、『今も痩せてるけど、食事制限とかダイエットして頑張ってるワタシってすっごい頑張ってる女の子ぉ♡ 』的な、周りからの承認欲求にまみれたファッションダイエットしてるミーハー女子を連想するんだよね。


 偏見です。すんませんした。


 とにかく、今は芹沢さんへ「その恋は親友として心から応援するぜ」的なことを伝えなければ男が廃る。複雑な気持ちだけどね。うん。なんなら今すごく、腹が煮え返るほどだけども。だって今でもこの子のこと好きだもん。正直諦めがついて無いんだもん。


 だけどこれだけは言える。


 ……もしも芹沢さんの好きな人が親友である啓斗じゃなかったら、心からは応援出来なかったのは確かであると。



 たとえ親友でなくとも、芹沢さんが好きになった人がどんな人であれ、心から応援するし協力するよ! 




 ……こんなことを素直に言えたら、俺も良い男なんだろうけど。だけど俺はそんなお人好しでもない。ただのデブである。


 だが、俺はそんな男前すぎることを素直に言えそうな男に一人、心当たりがあった。







 ──そう。それは芹沢さんが惚れたあの男だ。

 思えば、彼女は無意識に、そんな啓斗の中にある、最高の男の資質を見抜いたのだろう。


 尚更、あいつへの劣等感が湧き上がってくる。


「……ごめん。話は逸れたが。取り敢えず芹沢さん」

「あ……はい」


 しかしそんな劣等感も彼女が癒してくれる。呆けた顔だ。可愛い、デュフ。おっと失礼。


「先に言うけど、そんな畏まらなくていい。俺は芹沢さんの恋を心から応援するし、協力するよ」

「……!」


 目の前で分かりやすく見張った、その綺麗な瞳。やっぱり可愛いなあと思いつつ、良いなぁあいつと嫉妬する。こんな人に惚れて貰えるなんて……漢冥利に尽きるじゃねえか。


「あいつに関して知りたいこと、あいつと何かしたい時とか、あいつのことならなんでも俺に相談しに来てくれ。この学校で一番あいつのことを知ってるのは、小学校からの腐れ縁である俺くらいだからな」

「! 橘くん……──ふふっ」


 俺が精一杯のぎこちないウィンクしながらそう言うと、彼女はクスっと笑ってくれた。その後、その小さな頭をゆっくりと下げて、次にはこう言ってきた。


「……これからよろしくお願いします。橘くん」


 思えば、彼女から直接『私の高橋くんへの恋を応援してくれますか』とお願いされてない気がする。だが、それでも良い。正直、俺が芹沢さんの恋を応援することは自己満足に過ぎないし、間接的にフラれたが未だに諦めきれない俺の恋心に、せめてもの情けとして、彼女の側に、友人として居られるのであれば、それでも良いと言うエゴ的な理由もある。


 それに将来有望な女優候補の美少女の側に少しの間だけでも居られるという特権は、この今の限られた高校生活の時間でしか体験できないことだ。


「えと、恋の相談相手ってことは、友達ということでもいいのか? 一応」

「……はい、そうなりますね」

「じゃあ友達ってことなら、敬語はやめにしようぜ。なんか不自然じゃないか」

「えっ」


 内心、今死にそうなくらいバクバクしてる。こうして話せてるだけでも幸せだと言うのに。

 だけど、俺はどうしても彼女と本当の意味で友達になりたかった。彼女と何か繋がりが欲しい、我儘で醜い恋心からくる迷惑なことだとは分かるが、例えそうだとしても、俺は彼女の素を見てみたかった。いつも遠くから眺めることしか出来なかった、ステージ上で表彰されて、感想を淡々と述べていた他人行儀な彼女ではなく、友達としての、俺の知らない彼女に会ってみたかったのだ。


 そんな俺からの思い切った言葉に、彼女は少し驚いていたがやがて恥ずかしそうに目を逸らし、ボソボソと口を動かした。


「……え、えと、じゃあ。その、橘くん。これからも……よろしく、ね?」


 とても小さな声だった。しかし、初めて素で話してくれた彼女の声を俺が聞き逃すことは有り得なかった。


 可愛すぎる。だからこそ、もう親友だけど、今すぐ啓斗に呪いをかけたいくらいに妬いてしまう。


「あ、ああ! その、これからもよろしく。……芹沢さん」


 だけど、俺は見守っていこうと思う。この美少女の恋物語をな。格好付けたいけどデブだからね。結構本気で心の中でキメたけど、自分でもネタに聞こえちゃうのは何故だろう。





 ──こうして、冴えないデブな俺と学校ナンバーワン美少女な芹沢さんとの、奇妙な友達関係が始まったのだった。








 ほんとこれこそ、豚に真珠ってな。やかましいわ。


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