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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
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084 血の盟約と禁断の魔薬②

 イータフェスト内、ゼッケンベルク領。

 領都イータフェストの隣にあり、シュトラール・グラーフ・ゼッケンベルクが治める領地だ。

 この領地は山間部にある為、イータフェストよりもだいぶ気温の低いところ。

 イーターフェストでの季節は春だと言うのに、この街を歩く領民は厚着をしている。

 風が吹けば肌寒さを感じてしまう程なのだ。


「ここ最近だと、ゼッケンベルク領の景気はそんなに良くないですね...盛り上がっているのは歓楽街くらいですよ」


 領地の憲兵らしき人物が、ベラベラと滑らかに口を滑らす。

 隣には、その部下らしき男性が背後で手を組み、その話をただ黙って聞いていた。


「この領地の山からも金が掘れれば違うんでしょうが、手に入るものは使い物にならない加工の出来ない金属だけ...」


 もしも、この山が金鉱山ならば、贅沢な資金源として領地も潤っていたと言うのに、そんな都合の良い事は起きない。

 他領で金鉱石を独占しているヒンドゥルヒ領が羨ましいと言ったところだ。

 しかも、この領地で手に入る鉱石は、人の手では施しようがない物。

 焼いても、叩いても、煮ても、濡らしても、あらゆる手段を用いてもビクともしなかった鉱石。

 その為、この領地では使い物にならないクズ鉱石と呼ばれていた。


「そうなると楽しみは、やはり女ぐらいしか無いですね。知っていましか?ここ最近入った娘で、もの凄く淫らな娘が居ることを?コイツなんて、その娘と出会ってから毎日通ってますよ」


 親指だけ立てた拳を背後の男性の方へと二、三度向けて、淡々とした口調で語る。

 その親指を向けられた男性は、何処か恥ずかしそうに「ポッ」と頬を赤く照らしていた。

 どうやら、この領地では何か特別な特産品がある訳では無いが、酒、ギャンブル、女、この三つの資金源で成り立っているようだ。

 その三つの資金源を確保する為にも明確なルールが取り決められており、領地営業として法治されていた。


「ただまあ、何と言うか行為の前の反応が少しオカシイんですけどね。目が蕩けていると言うか、呂律が回っていないと言うか...まあ、そんな事がどうでも良くなるくらい、物凄く感度が良いんですけどね。悦ぶと言うか、悦ばせてくれると言うか、何度も何度も求めて来てくれるので」


 こんな下世話な話で盛り上がっている男性達。

 と言うよりかは、誰かに対して一方的な報告をしているに過ぎないのだが、言わなくても良い事まで余計に口を滑らす。

 だが、ようやく此処に来て、初めてその相手から反応が返って来た。


「目が蕩けて...呂律が回っていない...だと?...そんな女を採用した報告など受けていないのだが?」


 両者のやりとりの間で初めて言葉を返した人物こそ、この領地を治る領主その人。

 この領内にて、酒、ギャンブル、女の全てを牛耳っており、この領地における法そのものである。

 相手の身なりを見ても、治安を維持する為の正義の味方の憲兵も買収済みと言う事だ。

 金があれば何でも出来るとは、正にこの事だろう。

 ただ、先程の会話の中に、ふとした疑問を覚える領主。

 これまで歩んできた人生の中、そのよく似た症状を発症させていた人物に覚えがあった為だ。


「...シュトラール様が、知らない情報ですか?この領地の中で、そんな事があり得るのですか?」


 「まさか!?」と驚いた表情を見せる男性。

 この領地を牛耳っているシュトラールは、文字通り自身と関わりを持つ一人一人の人物の性格から食の好みまで、果てはその性癖全てを把握している。

 しかも、この領地において、カジノ、風俗といった経営は、シュトラールの了承が無い限り決して営業は出来無いし、その店における人員も碌に増やす事が出来無いのだ。

 そう。

 ただ、一人を除いては。


「ふむ...息子のダミアンが関わっている事かも知れんな。次期領主としての経営参画。これは私にとって喜ばしい事だが...何やら最近、私に隠れてコソコソと何かをしているみたいでな」


 シュトラールが溺愛する息子のダミアン。

 彼は後々に自身が治る領地を引き継ぎ、グラーフの爵位を受け継ぐ事になる人物。

 今はまだ親が持っている別の爵位を拝借し、ダミアン・フライヘル・ゼッケンベルクを名乗っているようだ。

 どうやら、イギリス式の爵位制度が混じっているみたいだ。


「...なるほど。確かに、ダミアン様ならシュトラール様が知らずとも自由に出来ますね」


 憲兵の男は、顎に指を重ねて軽く二、三度頷いた。

 現時点では、ダミアンとあまり接点の無い様子の男性。

 本人と会えば挨拶を交わすくらいの仲ではあるが、いずれこの領地を受け継ぐ人物。

 近々、自身の上司となる御方である。

 懇意にしておいて損は無い。


「少しばかり、その女性の事は気になるが...私も、もう歳だ。今の内にダミアンが色々と経験を積んでくれれば、引退後も安心して暮らさせると言うもの」


 此処ゼッケンブルクは、一つの家系により代々受け継がれて来た領地。

 イータフェストの建国から共に歴史を刻んでおり、名実共に十分な成績を残している名家なのだ。

 表向きは特に目立った問題も無く、年々税収が上がっている領地として映っていた。

 だが、それはシュトラールが裏で結果を操作している事であり、偽装を重ねての事だった。


「シュトラール様が引退とは、何だか寂しい気持ちになりますね...私が、親父からこの仕事を受け継いでまだ日は浅いですが、シュトラール様のおかげで今がある事を十分に理解しておりますので。何たってシュトラール様は、この領地の救世主様なのですから!」


 これは、シュトラールが領主を引き継ぐ以前の話。

 この領地には名物となる物や特産品となる物が全く無く、過去に積み上げて来た実績やその栄光のみで治められて来た。

 その為か、他の領地と比べても新たな人口が増える事も無く、これ以上税収が増える事も無かったのだ。

 しかも、当の昔に財源などは底を尽いており、今後の領地の存続自体が危ぶまれていたのだ。

 そんな危機的状況を救った人物と言うのが、シュトラールである。

 決してそのやり方は褒められたものでは無いが、未来を危惧して領地存続を選んだ結果。

 いわゆる善行だけでは食べて行く事が出来無かった為なのだ。


「ふっ。そんなものはどうでも良い事よ。人を腐らせたままに労働力や収入源を失う事の方が死活問題。例えそれが、国の定める正規の仕事では無いとしてもだ」


 本人が望むやりたい事や、世の中にある正しい事を選ばなければ仕事は幾らでもあるのだ。

 それも悪事なら尚更に。


「さて、そろそろ業務に戻る時間だろう?いつも通り、これは自由に使うが良い」


 シュトラールは話が一段落したところで、机の上にドサッと金貨袋を置いた。

 これは解り易い賄賂なのである。

 この金貨袋を渡す事で、憲兵は全ての悪事において黙認すると言う図式。

 金があれば憲兵達もオイシイ思いが出来るからこそ、両者共にウィンウィンの関係と言える。


「シュトラール様、ありがとうございます。これは、この領地の平和を守る為に、大事に使わせて頂きます」


 金貨袋をガッシリと手に取り、頭を深く下げる。

 相手にその表情が見えないところでは、「ニヤッ」と口の端を上げて醜悪な笑みを浮かべていた。

 それはそうだろう。

 これだけの大金が本人の意思のもと自由に使えるのだ。

 それこそ毎日ギャンブルをしたとしても、女遊びをしたとしても、お金が足りなくなる事は無い程に。

 

「それでは、失礼致します」


 そう言って挨拶を交わしたところで、二人は屋敷から姿を消して行った。

 これは毎週、秘密裏に交わされている裏取引の一部始終。

 領地内では、こう言った行為が横行しているのだ。

 だが、結局は自分の手元に戻って来る事になる金でもある。

 シュトラールから憲兵、憲兵からお店、お店からシュトラールへと、三者間を駆け巡っているだけの金に過ぎない。


「...さて、ダミアン。これからお前が何を成すのか、見させて貰おうか。だが、決してその判断だけは間違うなよ」


 シュトラールは、他に誰も居ない部屋の中で息子に対しての期待を呟いた。

 頭の隅に浮かぶ一抹の不安を残して。




 場所は変わって恵みの森の広場。

 僕はこの場所で一人仰向けになりながら頭の中のプロネーシスと会話をしていた。


「ねえ、プロネーシス?どう思う?」

『マスター。食材を活かした事業を展開するとの話ですが、なにぶん設備も人員も揃っていない状態。食材だけありましても、それらを調理する道具も、扱える料理人もおりません』


 何故、突然こんな話をしているかと言うと、僕が冒険者と言う事に関係をしている。

 その特性柄、他の仕事と比べても冒険者というものは移動の多い仕事であり、気軽に食事をするという事がままならないのだ。

 その為、冒険者は携帯食を常備する事が殆どなのだが、その携帯食に問題があるのだ。

 このご時世で食材を携帯する為には、その日付を持たせる為に食材に塩漬けをして水分を飛ばした物。

 食材に含まれる水分こそが菌を繁栄する為に必要な悪要素だからだ。

 食材にとって温度と水分と栄養は大敵なのだ。

 その所為で携帯食は、極端にしょっぱかったり、水分を飛ばして乾燥させている為にカチカチに硬くなった物が殆どで美味しくないのだ。


「そうなると道具の入手が最優先か...料理人に関しては最悪、僕達で育てれば問題無い事だからね。なんたってプロネーシスの記憶の中には、世界各国の料理レシピがある訳だし」

『はい。マスター。以前の世界においてネットに記載されていた物に限りますが、元の世界の三大料理は勿論。各国の伝統料理から郷土料理まで、果ては家庭料理まで全てを網羅しております』


 世界三大料理とは、フランス料理、トルコ料理、中華料理の三つを指している。

 何故この三つの料理が、世界三大料理と呼ばれているかは、諸説はあれど宮廷料理だと認知されている事にあるのだ。

 三つの料理に該当する事なのだが、歴史上において宮廷で食されて来た料理であり、その味の美味しさや人気に好みはあれど他国に影響を与える程のものであり、古くからの歴史を持つ料理だからだ。

 それぞれ三つの国は歴史の分岐点の中で交易の中心地や通り道となっている為、各国から様々な素材や調味料、または調理法が伝わって来たのだ。

 宮廷でそれらを召し上がって来た貴族達が、もっと美味しい食材を、もっと美味しい料理を追及した結果、その国々の料理が発展していった事に関係する。

 そうして発展した料理が、いつしか他の国々に広まり、他の国の料理の礎になったと言われている歴史的影響を持つ料理だからだ。


「となると...冷蔵設備の確保が最優先だね。調理道具ならまだ僕の手でも作成する事が出来るし」


 優先事項は、食材の天敵と言っても良い温度管理をどうにかする事。

 食材の菌数を増やさない(腐らせない、痛ませない)為にも、冷蔵設備の確保が最優先となる。

 これは物にもよるのだが、基本的に食材を常温で放置する事は菌数を何倍も増やす事に繋がり、食中毒を引き起こす原因となるのだから。


『出来れば、冷凍設備も欲しいところです。ですが、この世界は電力の普及していない世界。勿論、電化製品がある訳ではございません』


 現代社会のように、どの家庭においても電化製品が使用出来る程、社会基盤が整えられていない世界。

 そのインフラストラクチャーが整備されていない現代人からすれば、この世界はとても不自由な社会となるだろう。

 今からそれらを何も無い状態から整備するとなると、国を挙げて何年も、何十年も掛かるものだ。

 直ぐにどうこう出来る物では無い。

 だが...


「電化製品は無いけど、魔法具のある世界。しかも、そのエネルギー源はこの世界にありふれたもので世界に無害な魔力ときている。まあ、その魔法具の発揮効果にはよるのだろうけど、基本は環境に優しいものだよね」


 魔法具と言う道具の根幹と成す物が魔核と呼ばれる物だ。

 これは魔物の心臓であり、物によっては属性を秘めたエネルギー源となる。

 とある場所では魔石と呼ばれていたりもするので、そちらの方が想像し易いかも知れない。

 魔核は、魔力を放出する性質と蓄積する性質を持ち合わせており、リチウムイオン二次電池のような充電可能な高性能電池と似た役割を果たす。

 勿論、魔核に負荷を与え過ぎた場合、電池と同じように劣化はするし、場合にはよっては壊れたり、発火や爆発したりもする。

 どちらも取扱注意な事に変わりない。


『魔法具の役割と魔力のエネルギー変換によりますが、従来の電化製品よりは環境に悪影響を与える事はありません。但し、用法、用量を正しく守っての範囲に限りますが』


 基本は電気と同じ性質であり、魔核からエネルギーを生み出す事で魔法具を稼働させている。

 その際、魔法具の付随効果として不要なガスを一緒に生み出さなければ環境に悪影響を与える事は無い。

 一昔前のフロンガスによるエアコンなどがそれに当たるが、これは設計や構造により対処が出来る事。

 それに、現代社会のように電気を生み出す為の資源が不必要な事も大きい。

 火力発電や原子力発電と言った環境に悪影響を与える物では無いからだ。

 もし、何らかの都合で大量の魔力が必要な場合はその限りでは無いのだが、自身の魔力で使用出来る魔法具ならば再生可能なクリーンエネルギーで運用出来るという物だ。


「何事も、善用するか、悪用するかは使い手によるって事だね」

『はい。マスター』


 道具の使い方一つで、人々の生活を補助する電化製品のような便利道具になるのか、人々を殺害する戦争兵器になるのかの違いだ。

 それは使い手次第という事。


「冷蔵庫も、冷凍庫も欲しいけど...今の状態でどうやって作り出すかだよね」


 冷蔵庫と冷凍庫の違いは、主に室内の温度の違いが挙げられる。

 冷蔵庫は、常時五度前後に保たれている場所であり、冷凍庫は、常時マイナス一五度以下に保たれている場所といった違いだ。

 これは、食材の腐敗を抑制する為に定められた温度設定で、その用途によって分けられている事。

 冷蔵庫の場合、食材を凍らせない程度に冷やして保存する為の物で、鮮度を保ったままで長期保存する為の温度設定。

 主に、魚や肉、野菜、卵や乳製品と言った物を鮮度を保ったまま長期保存させる物だ。

 温度を一〇度以下に設定する事で、細菌の繁殖を抑制し、食材の腐敗を遅らせる事が出来る。

 冷凍庫の場合、食材を凍結させる事で、冷蔵商品よりも長期保存する役割を持っている。

 こちらの場合、魚や肉は勿論の事、氷やアイスクリームと言った物を作り出す事も出来る。

 温度をマイナス一五度以下にする事で、細菌の繁殖をほぼ停止させる事が出来るのだ。

 瞬間冷凍の場合はその限りでは無いのだが、基本的に食材の細胞が壊れたり、解凍時に水分(旨味成分)が抜け出てしまうので味の劣化は、ほぼ避けられない事が難点だ。


『どちらにも共通して必要となる主要機器は「圧縮機」「凝縮器」「膨張弁」「蒸発器」の四つです。これらを用いて冷気を作り出し、庫内に放出する仕組みで冷却が行われています』


 冷蔵庫の冷却サイクルは、エアコンとほぼ同じ現象。

 電気エネルギーで駆動する「圧縮機コンプレッサー」で、冷蔵庫内に収容された気体冷媒を圧縮する。

 その圧縮により高温高圧となった冷媒ガスは「凝縮器」を通ることで液化するのだ。

 液化した冷媒は「膨張弁」を抜け、圧力が急激に低下し沸点が下がる。

 沸点の低下した液体冷媒を「蒸発器」に通し、冷媒を気化させる。

 この「液体が気体に変化」する瞬間、気化により大きく熱を奪う特性がある。

 この「蒸発器」の部分を冷蔵庫内に配置する事で、冷蔵庫内を冷却し、低温空間を維持出来るのだ。

 

「仕組みは理解出来るけど...実際にそれらをどうやって作るかだよね。魔核の大きさによって効率も効果も変わるだろうし、プログラムみたいに魔法陣を刻まなくちゃならない...そして、その付加に耐えられる素材も用意しなくちゃだよね?」

『先ずは電気と同じように、「導体」「半導体」「絶縁体」の三つが必要になります』


 物質が、電気を通せるかを基準として「導体」「半導体」「絶縁体」に区分されている。

 電気を良く通す物質が導体。

 通さない物質が絶縁体。

 その中で半導体は少々特殊な物で、導体と絶縁体の中間に位置している物だ。


『基本、冷蔵庫は二十四時間毎日稼動させる物。故障や事故の原因を防ぐ為にも、魔力エネルギーの排熱が必須です。圧縮時に生み出される熱エネルギーを放熱させる為にも、庫内に侵入させない為にも、現在確認されている素材で作るには大掛かりな機器となる事を予想します。現時点では小型化は不可能です』


 現時点で作れる冷蔵庫は、冷凍機能の無い物。

 それも、現代社会で世に冷蔵庫が誕生した時と同様、その品質や性質は最低限の役割しか果たさない物だ。

 消費魔力やエネルギー効率は劣悪で、何年も使用する事が出来無い物だろう。

 この世界には、アルミ等の金属が無い、プラスチック素材が無い、合成樹脂のウレタンフォーム(断熱材)が無い為だ。

 魔物の素材で代替出来ると言えど、同じ効果を求めよう物なら大型化は必須なのだ。


「まあ、そうなるよね...今は厳しいけれど、いずれは科学の力も利用したいと思っているから、現状の作業と平行して素材開発や技術向上を図るしか無いか...知り合いに土倭人ドワーフがいれば良かったんだけど、取り敢えずは精霊人エルフさん達に相談してみようかな」


 製鉄や鍛冶仕事に精通している土倭人ドワーフ

 彼等が居れば、想定している時間を掛けずにも簡単に製作をする事が出来るだろう。


『はい。マスター。当面の間は、木製の簡易な冷蔵庫で代用するのが宜しいかと思われます。氷の力を利用するだけの簡単な物ですが』

「無いよりはマシって事か...まあ、収穫したその日で食材を腐らせるよりは良いだろうけどさ」


 世界の歴史で、一,八〇三年に初めて登場した木製型の冷蔵庫。

 それは上段に氷を入れ、下段の庫内を冷やすといった物だ。

 氷の取り替えが大変なのと、冷蔵の効果が均一では無い事が問題点。

 正直、気休めに近い物があるけれど。


「調味料もだいぶ揃って来て、肉や魚の流通ルートも確保する事が出来る。これでちゃんとした料理人さえいれば、領都初のレストランが開けるんだけどな」


 調味料は果物を発酵させてお酢やお酒を作り、カッパフルスでは魚醤を入手した。

 肉、野菜、果物は恵みの森で、魚はカッパフルスで入手する事が出来る。

 後は、それらの食材を活かす事が出来る料理人がいればだ。


『現在のマスターの資金力があれば、土地単価の高い領都内だとしても場所の確保は容易に出来ると思われます。ですが、商業ギルドを巻き込む事が最善に繋がると思います。食材の確保から流通。領(国)内での同時展開。果ては国外への出店が最短で望めます』

「なるほど...そうする事が国の為、領地の為、一番は領民の為になるって事か」


 イータフェスト内で留めるだけなら、僕主体で出店をすれば良いだけ。

 だが、これを機に食品業界を築く上で先の事を考えた時、農家や酪農家との関係、食品の流通費、出店後の原価や人件費や利益と言ったものを踏まえると、商業ギルドと共同で事業を行う事が最善に繋がる。

 言い方は悪いが、安い飲食店が軒並みに広がるよりも、ちゃんと高利益の出る飲食店を展開する。

 企業努力による無駄なサービスや低価格を維持するのでは無く、飲食業に関わる全ての人物が裕福になれるように願っての事。

 勿論、料理の美味しさがあってこその物だが。


『最終段階は、持ち運び出来る料理の販売。冒険者の為の、古代遺跡ダンジョンを潜る為のもの。是非そこを目指して行きましょう』

「じゃあ、あとは...料理人がいればか。それを職業にしたい人物がいる事が一番良いんだけど、こればかりは本人のやる気次第だからな...ただ、それが戦える料理人だと嬉しいな」


 昔見た事のある映像の主人公。

 確かあれは...暗殺者を引退した料理好きの主人公が、自分のお店を開いて昔のいざこざに巻き込まれて行く話だった。

 その人物が自身の肉体一つで戦って行く姿が格好良かった事を覚えている。

 まあ、都合良く、そんな主人公のような人物がいる訳は無いだろうけど。


『マスター。では、道具の作成から始めましょうか?』

「そうだね。じゃあ...」


 こうして僕達の野望に向けての一歩が始まった。




 とある部屋の中、若い男性が机の上で作業をしていた。

 仕事も半ばの一段落したところで、目頭を押さえて「フーッ」と一息。

 だが、その様子が何処か可笑しかった。

 仕事の疲れとは関係無しに、何だか落ち着きの無い男性。

 妙にソワソワしている様子だ。

 すると、程無くして聞こえて来たのは「コンコン」とドアをノックする音。

 男性は、その音を待っていましたとばかりに、目を大きく見開いた。


「ダミアン様。お客様がお見えです。部屋の中へと、お連れしても宜しいでしょうか?」


 言葉遣いのしっかりとした男性が、扉の外で主の許可を待っている。

 部屋の中へと入る為の承諾をじっと待っていた。


「ようやく来たか...入れ!」


 ダミアンと呼ばれた男性は作業中の仕事を放棄し、部屋の中へと入る許可を出した。

 その返事を聞いた男性は、「失礼致します」と扉をそっと開けた。

 外から声を掛けて来た人物は、執事服を着た老齢な男性。

 顎に生やしたクルンと巻かれたちょび髭が特徴的だ。

 すると、間も無く部屋の中へと入って来た人物が二人。

 一人は身形の整った格好をしており、部屋の中の安全を確かめるように周囲を隈なく物色している。

 その男性は、赤児くらいの大きさの木箱をとても貴重な品を持つように大事に抱えていた。

 そして、その背後から現れたもう一人の人物。

 随分と珍しい格好をしており、見た目もこの世界に似つかわしく無いとてもファンキーな装いだ。

 おでこが他人よりも広く、髪の毛や髭がモジャモジャの男性。

 部屋の中へと入る瞬間、その男性は鋭い眼つきを放っていたが、ダミアンを確認した途端に大口を開けて笑った。


「やあ、ダミー!随分と、良い部屋じゃないか!!ご機嫌だな!!」


 両手を広げながら口の中から覗く金歯。

 ふざけた様子の陽気な声色に、全身を着飾る装飾品の数々。

 如何にも成り上がり者だと解る佇まいだ。

 だが、その陽気さとは裏腹に、何処か得体の知れない不気味さを感じてしまう。


「やあ、よく来てくれたな。まあ、先ずは座ってくれ」


 それを受けたダミアンの言葉遣いも崩れる。

 先程まで仕事をしていた作業机の目の前には、商談用のテーブルやソファが置かれていた。

 ダミアンから先にソファーへと腰を据えるのだが、その際、脚を組みながら深く腰を掛けた。

 そして、対面側のソファーへと手を伸ばし、二人に座るように指し向ける。


「「...」」


 ソファーへと座る前に目線を合わせる二人。

 その瞬間、空気が一変した。

 とても重苦しく、息苦しい空間へと。

 言われた通りに髭もじゃの男性はソファーに腰掛けた。

 だが、直ぐにでも立ち上がって動けるように浅く腰を落としただけだ。

 その様子からも、何かを警戒しているようで、先程までのふざけた感じが一切無かった。

 そして、その背後に立っていた身形の整った男性が、両腕に抱えていた木箱をテーブルの上へと置いた。

 だが、木箱からその手を決して離さない。

 そのままダミアンを無言のまま、じろっと睨み付けた。


「さて。ダミー。金は何処にある?」


 先程までの笑顔が一切無い、真剣な表情。

 声色も今までより一オクターブ程低くなった重厚な低音。

 その雰囲気だけで、普通の人物なら気圧されてしまうものだ。

 だが、ダミアンは大きく笑った。


「早速、取引の話とはな!!だから、貴方達は最高なんだ!!面倒事が一切無い!!」


 その威圧に物怖じせず、ダミアンは嬉しそうに会話を返した。

 どうやらこの男も普通の男では無いようだ。

 頭のネジが、何本も外れているらしい。

 「クフフ!!」と歪んだ笑いを見せながら親指と中指を擦り付けて「パチン!」と音を鳴らした。


「おい!持ってくるのだ!!」


 扉の前で待機をしていた執事の老人へと合図を出す。

 すると、老人はテキパキと動き出し、部屋の奥の金庫から大量の金貨が入った布袋を持って来た。


「金なら、この通り幾らでも用意出来る。貴方達の方こそ、準備は出来ているのか?」


 テーブルの上へと執事が運んで来た、ずっしりと置かれた大量の金貨袋。

 その用意が済んだところで、逆に取引相手を挑発するように煽り出したダミアン。 

 肝が据わっていると言うか、精神状態がイカれていると言うか、普通の男では無い。

 すると、その大量の金を見て、一瞬にして表情の変わった髭もじゃの男性。


「ダミー!最高だぜ!!こちらは、お前が望むだけ準備出来る!!それこそ、この部屋を埋めるくらいにはな!!」

「それを聞いて、安心したぞ!!では、この金貨は好きに使ってくれ。それこそ、この部屋を埋めるくらいに手配を頼む」


 部屋の中で笑い合う二人。

 こうして人知れずの内、何処かの部屋の一室で何かの取引が行われていた。

 此処から始まる、イータフェスト領全域を巻き込んだ新たな悲劇の始まりが...

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