081 冒険者と悪食の山椒魚⑨
※残酷な表現、不愉快な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
僕達は今、カッパフルス海からの帰り道。
快適な馬車移動を満喫しながら領都へと帰っている最中で、僕の前世を含めて旅行と言うものを初めて体験して楽しんでいたところだ。
あの頃の僕は、自分の意思で自由に身体を動かす事が出来なかったのだから。
そんな僕にとって、これはとても嬉しい体験であり、こんなにも楽しいものだと知る事になった出来事だ。
まあ、こうなると、カッパフルス以外の領地にも行ってみたいという欲が出て来るんだけどね。
こうして馬車の中では、そんな事を思い浮かべながらも皆と談笑し、会話に華を咲かせていたところ。
その馬車の外では、運転する事がすっかりと気に入ったギュンターが鼻歌交じりで巧みに馬車を操っていた。
「♪♪♪〜」
見るからに陽気な気分が溢れていた。
外の景色を満喫しながらとても楽しそうだ。
「ん!?...突然何だ?」
馬車を運転しているギュンターは、ふいに周囲の異変を感じ取った。
震度は高くないけど地震のように揺れている地面。
遠くの方から聞こえて来る様々な魔物の鳴き声が入り混じったハーモニー。
これは明らかな異常事態だ。
「...地鳴りに、魔物達の鳴き声?方向は...領都の方か?...あれは煙?」
どうやら、これから帰る場所にて、その異変が起きているようだ。
領都の方を見渡すと複数の煙が立ち上がっている。
微かにだが、肉が焦げたような臭いが風に漂って香っていた。
「おい、ルシウス!何だか領都の様子が可笑しいぞ?」
ギュンターが、魔法具を通して馬車の中にいる僕達に話し掛けて来た。
その様子はとても慌しく、その声色だけで焦っている事が伝わった。
「領都の様子だって?...何だろう?」
ギュンターの様子からも、すぐさま不穏な雰囲気を感じ取った。
僕は窓を開けて外の様子を確認する。
そして、魔力圏を最大限に広げて状況を明確にする。
「えっ!?何だこれ?」
広げた魔力圏に引っ掛かる複数の反応。
これは領都に住まう人々の見せる反応では無い、通常とは異なる反応だった。
「どうしたんだ、ルシウス?」
「...何があったの?」
一緒にギュンターの報告を聞いていたメリルにさくらは、不安な表情で僕に様子を伺って来た。
先程の僕の驚いた表情を見て、どうやらただ事では無いのだと感じ取ったようだ。
メリルは眉間に皺を寄せながら僕の言葉を待っていた。
さくらは胸の前で両手を握りながら眉尻を下げて心配をしていた。
「どうやら、大量の魔物達が領都カッパフルスへと押し寄せているようです...何だこれは?...戦線が三つに分かれているのか?何かの...イベントなのか?」
広げた魔力圏を通して状況がハッキリして行く。
異常な数の魔物が、しかも様々な種類の魔物達が領都へと押し寄せて来ていたのだ。
それはゲーム時代のイベントで起きる魔物のスタンピードのように。
領都の外壁を隔てて、その外側で迎え撃つ三つの勢力が存在した。
ゲーム時代では、イベントやギルド対抗戦で良く見慣れた光景なのだが、これが現実となるとそうもいかない。
「イベン...ト?」
さくらが、聞き慣れない僕の言葉を拾っていた。
首を横に傾きながら頭の上にハテナマークを浮かべて。
「ああ、ごめん。その言葉は気にしないで」
僕が独り言のように呟いた言葉だ。
誰かに聞かれない音量で喋ったつもりだったが、しっかりと聞かれていたようだ。
耳、良過ぎじゃないのかな?
「...ええっと、街の冒険者や領兵が総出で魔物と交戦中なのかな?」
この戦況に居合わすは、不揃いな格好をした者達。
どうやら、全総力を懸けて、この状況に対処しているようだ。
「交戦中だと!?一体どうしてそうなったんだ?」
交戦中と聞き、一気に緊張が高まるメリル。
携帯している武器に手を掛け、いつでも戦闘に参加出来る体勢を取っていた。
「...あの巨大な魔物のせいなのか?あれは...蜥蜴なのか?」
明らかに魂位の高い巨大な魔物。
見た目は爬虫類なのだが、その特性が交じり合っていて良く解らない生物に見えた。
蜥蜴にしては身体の表面が湿っているようだし、似たような生物で山椒魚だとしても鱗に牙が生えている筈だ。
しかも、プロネーシス曰く、ゲーム時代のデータにも該当しない魔物らしい。
これは変異種なのかな?
「巨大な...蜥蜴だと?」
メリルは、蜥蜴と聞いて少したじろいでしまう。
それは、前回何も出来ずに気絶させられた相手が同じ爬虫類の蛇だったから。
見事に、爬虫類に対して苦手意識を植え付けられてしまったようだ。
「ええ。一際大きな魔物が最後尾にいます。あれは古代遺跡で戦った大蛇よりも遥かに大きいですね。正確な状況は解りませんが、どうやら様々な種類の魔物達を引き連れて領都を襲っているみたいですね」
僕は、今現在解る範囲を皆に説明して行く。
その場に居ないので詳しい戦況は解らないけど、解る範囲での情報を共有する為に。
「何だって!?そんな巨大な蜥蜴が現れたのか!?...まさか伝説の...ドラゴンだとでもいうのか?いや、それよりも領都は無事なのか!?」
メリルは自身の身体を小刻みにブルブルと震わしていた。
僕達から見えない身体の一部には鳥肌を立てる程に嫌悪感を抱きながらだ。
もともと爬虫類に苦手意識を持っていたメリル。
しかも、以前に戦った大蛇よりも大きいと来たもんだから、その見た目を想像をしただけで気持ち悪くなってしまったのだろう。
だが、現在の危機的状況を鑑みては、すぐさま我へと返る。
そんな場合では無いのだと。
「...今のところは、何とか持ち堪えているみたいですね。ギュンター!!僕達の話を聞いていたでしょ?」
把握出来る範囲で言えば、この戦いも始まったばかりのようだった。
だが、この状況がいつまで維持出来るのかは想像がつかない。
身に纏う魔力量の多さは魔物側に分があるのだから。
「おう!!わかっているさ!!既に準備は万端ってところよ!!」
馬車の室外から僕達の話を聞いていたギュンター。
不穏な雰囲気を感じ取った時点から、馬車を最高速度へと切り上げていた。
「流石はギュンターだね!!頼んだよ!!」
誰かの指示を待たずとも、自らが考えて行動をする。
これはスラム街を纏めていた人物だからこその、リーダーを経験しているからこその判断。
とても頼りになる男だ。
「じゃあ、僕達は領都に着くまでの間に作戦を立てておきましょうか?」
[領都防衛戦・領軍]
領都のすぐ傍では、領地お抱えの軍隊が防衛に当たっていた。
規律正しくびっしりと隊列が組まれている防衛線。
良く鍛え上げられている事が、その編成を見ても伺える。
「防衛線をこのまま維持しろ!!魔物を一匹たりとも取りこぼすな!!」
指揮をするは領軍・防衛総隊長。
この戦況に置いて一番の責任者だ。
分隊長へと的確な指示を飛ばし、ここまで防衛線の維持、機能をさせていた。
「隊長!!散在している魔物が多過ぎます!!第一防衛線、間も無く突破されます!!」
報告を上げるのは総隊長補佐官。
分隊の情報を逐一収集し、情報を纏め上げる(報告する)重要な役割を担っている。
「うむ!第一防衛線の戦力は、第二防衛線に結合!!改めて防衛線を作り直し、流入して来る魔物に対処しろ!!第一防衛線の戦力が第二防衛線の位置まで後退ができ次第、街壁の上から魔法隊による大規模魔法攻撃を行う!砲撃支援の範囲を拡大する!!」
防衛線を三段階に分け、魔物からの侵略を防ぐ作戦だ。
消耗した戦力を下がらせる事も、後ろの部隊に結合する事も出来る。
これは、相手の出方に合わせた防衛を行える為、今行える中では最良の戦術だった。
「はい!!」
補佐官が指示を受け取ると、直ぐに行動へと移した。
他の分隊へと連絡が行き渡るように諜報隊に指示を飛ばし、その脚を使って各分隊に連絡を回す。
これは随分とアナログな手段だが、現代社会のように離れた場所から指示を飛ばせるトランシーバーや、連絡を取れる携帯電話のような物が無いので仕方が無いのだ。
この世界にもそう言った魔法具はあるのだが、全体に普及出来る程の予算も数も足りていなかった。
それは王家に一個あるか無いかの魔法具なのだから。
「防衛隊に告ぐ!!直ちに第一防衛線を放棄し、第二防衛線まで後退せよ!!後退の確認が取れ次第、魔法隊による大規模魔法攻撃を発動する!!繰り返し連絡をする!直ちに第一防衛線を放棄し、第二防衛線まで後退せよ!!後退の確認が取れ次第、魔法隊による大規模魔法攻撃を発動する!!」
「「「はい!!!」」」
補佐官は受け取った指示を繰り返し、それぞれ諜報隊を動かして行く。
そうして指示を受け取った諜報隊はすぐさま散り散りとなり、各分隊へと連絡をしに行動して行った。
それを確認した総隊長は、外壁の上部に待機している魔法隊に指示を飛ばした。
「魔法隊詠唱準備!!防衛隊の第二防衛線までの後退が確認でき次第、魔法の連結発動を行う!!」
防衛隊の後退と魔法隊の詠唱による魔法発動のタイムラグを無くす作業。
僕達とは違って詠唱の簡略化、省略化(勿論、無詠唱)が出来無い為、事前に詠唱だけを済ませてしまうのだ。
ただ、此処で注意しなければならない事は、詠唱が早すぎると部隊が後退する前に誤発動を起こしてしまうので、そのタイミングの見極めが重要となる事。
早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目なのだ。
魔法の効果を最大限発揮出来るように、部隊連携の編成練度がものを言う。
「隊長!!準備が整いました!!」
指示を出してから、たった数分の事。
第一防衛線を護っていた部隊は、最速で第二防衛線まで下り、部隊の結合を済ませていた。
「うむ!では、魔法隊による連結魔法発動を行う!!放てー!!」
無駄の無い連携がとても美しかった。
こんな時に不謹慎だか、惚れ惚れする部隊の練度だと感心している総隊長。
これまでに厳しく鍛えて来た成果が、此処で本領発揮されたのだ。
領兵の力を信じ、領軍の規範を作り上げた男だ。
その自信が、佇まいや雰囲気を重厚なものに仕上げていた。
「では、このまま第二防衛線を維持し、引き続き領都の防衛を行う!!我等は、領民の盾であり、絶対防衛線!!文字通り突破される事など許さん!!」
[領都防衛戦・冒険者]
防衛戦が始まってまだ数分の事だった。
それなのに犠牲となった冒険者は数え切れなかった。
こちらの冒険者に至っては、魔物が元気な状態で相対する為、その犠牲は領軍よりも多かったのだ。
戦場では、幸先が徐々に暗くなって行く事を感じ取っていた。
「くっ!!魔物の数が多過ぎる!!このままだとチームそのものが維持出来ないぞ!!」
冒険者同士チームを作り魔物の殲滅に当たっているのだが、次第に魔物を倒す事が難しくなっていた。
これは、出現する魔物のランクが様々で、その強さも違う為だ。
物理攻撃しか効かない相手もいれば、魔法攻撃しか効かない相手もいる。
本来なら、物理攻撃による力押しでも倒せる相手なのだが、此処に居る冒険者達は主にBランク以下の冒険者のみ。
その為、この魔物が入り乱れる戦場で攻撃か魔法のどちらか効くのかを判別するのは至難の技だった。
「チームが崩れたのなら、自分の居る場所から一番近いチームに合流するんだ!!良いか!!個で戦おうとするな!!必ずチームで戦うんだ!!」
防衛戦の総指揮を任されている副ギルドマスター。
必死に声を張り上げて指示を飛ばす。
だが、その指示の大半も魔物の移動による地鳴りで掻き消されていた。
(このままでは不味いな...チームを作る人数そのものが足りなくなって来ている。辛うじて機能出来ているのは、リリスがいるおかげか)
普段、冒険者達は自分達と相性の良い相手としかパーティーを組まないものだ。
だが、領都の有事と言う事で相性などを無視したチームで組んでいるのだが、事の他上手く機能をしていたのだ。
これは、「領都を護らなければ!」と言う、全員で共有する意思が一つの為だったのか?
しかしそれも、チームを組める程の人数が居た時までの話なのだ。
今となってはチームと言うよりも、個の集合体にしかあらず、それぞれが我武者羅に攻撃をしているだけ。
それで何とか機能しているのは、この領地最強のAランク冒険者のリリスが居るおかげだった。
何故、彼女が攻撃隊に参加しなかったのかは謎だが、それが防衛戦側に取ってはありがたい結果を生んでいた。
「フォイヤーシュトゥルム!!」
リリスは前方に火の嵐を生み出し、魔物を一掃して行く。
一瞬にして広範囲の魔物の身体を燃やし、周囲へと飛び火を発生させて二次災害を生み出す魔法。
渦巻く火の嵐はゴオゴオと燃え上がり、その地帯の気温までも上げていた。
近くに居る冒険者達は熱気による汗を掻き、水分を急速に失う程にだ。
この領地で最高位の魔法使いだ。
(それでも...たった一人の強者ではどうしようも無いのだ)
戦況を見渡すと、明らかにこちらが不利だった。
最強と言えど保有魔力は有限なのだから。
しかも、未だに魔物が途切れる様子が無い。
追い詰められているのは、こちら側だった。
「くっ!!敵味方の判別が出来る訳では無いわ!!死にたくなければ私の傍に近寄らないで!!」
高威力魔法による殲滅。
その為か、範囲も大きくなり繊細なコントロールが効かない。
リリス自身、望んで味方が居る方向には魔法を発動させていないが、この先の状況ではそうも言ってられなくなる。
既に突破された魔物は数知れずであり、もしも挟み撃ちに合えば困る事になるのはリリス自身なのだから。
(魔物の殲滅が間に合わない...想定よりも魔物の数が多過ぎる!!このままでは、我々そのものが壊滅してしまう?)
リリスを除けば、この戦場で誰よりも魔物の前に立ち塞がっている副ギルドマスター。
それでも、一人の力で、個の力で出来る事などたかが知れていた。
結局は、それ以上の数で攻め立てられてしまえば、数の少ない方はどうしようも無いのだ。
目に見えて冒険者達は減っていた。
「魔物の数を減らす事が最優先だ!!標準などいらん!!とにかく魔物を蹴散らせ!!」
今出来る最大限の指示は、必死に身体を動かさせ、魔法を発動させ、無我夢中に魔物を倒す事だけ。
これが戦術と呼べるものでは無いのだが、それしか方法が無かったのだ。
すると、次第に頭によぎってしまう絶望という文字。
既に皆の身体は傷付き、それぞれが自分自身に鞭を打って必死に動かしているだけなのだから。
「ウォォォォオ!!!」
それでも冒険者達は、自分の住まう領地を、故郷を護る為に動き続ける。
目の前で仲間が死んで行ってもだ。
「くそったれ!!」
「ふざけるなよ!!次々に突っ込んで来るんじゃねえよ!!」
魔物の突進が鋭くなって来た。
いや、冒険者達の攻撃の手が緩まり始めたのだ。
「くそ!?チームの攻撃網を突破された!!このままだとCランク、Bランクの魔物が大量に領都へと向かっちまう!!」
徐々に魔物達との戦力差が開いて行く。
冒険者達は押し寄せる魔物達に抵抗出来ず、行き止まりへと追いやられ抜け出せない。
足掻くほど底なし沼に囚われて行くような、身体の不自由さを感じながらだ。
「構うな!!Aランク以上の魔物さえ取りこぼさなければ、防衛隊の方で何とかなる!!目の前の敵に集中するんだ!!」
自分で言っていて情けなくなる副ギルドマスター。
この言葉は気休めでしか無いのだから。
「「「はい!!」」」
根性論。
これで何とかなるのなら戦略も戦術も要らないだろう。
それこそ地球の歴史が証明している事なのだから。
(とは言っても、Aランクの魔物に気を取られ過ぎたようだ。それ以下の魔物の取りこぼしが多ければ防衛隊の負担になってしまう...くそっ!リリス級のアタッカーがもう二人は欲しいところだな)
最初の攻撃が上手く行った事が、余計にそうさせてしまった。
全員が協力すれば、格上のAランクの魔物だろうが倒せてしまったのだから。
しかし、その時点で冒険者達の余力はほぼ無くなっていたのだ。
今は、頭の中の幻想にすがるようにAランクを倒したと言う栄光のみで戦っていた。
「なっ!?魔物の死骸を盾に突っ込んで来るぞ!!俺等じゃあ手に負えないぞ!!」
魔物達も馬鹿じゃ無い。
同じ事だけを繰り返す訳では無く、その都度考えて行動をしているのだ。
自分達が生き残る為には、どうすれば良いのかと。
人間達と同じくらいに、いや、それ以上に生存本能に忠実なのだから。
「くそ!!この遮蔽物をどうにかしてくれよ!!身動きが限定されて動けたもんじゃ無い!!」
魔物を倒しても死体はその場に残ったままだ。
その死体が、冒険者達からすれば邪魔者以外の何ものでも無かった。
「うわああ!!こっちに来るな!!痛えええ!!身体が喰われる!!」
絶望と言う文字が、ハッキリと浮かんで来る。
あらがう事の出来無い死。
それが目の前で手招きをしているのだから。
「おい!!大丈夫か!!」
「うぎゃーーー!!たすけ...助けてくれー!!!」
時間が経つにつれ、更に減って行く冒険者達。
あらがえない者は、目の前で魔物に喰われて行くのだから。
頭が潰されては、その頭蓋骨から脳漿が飛び出る。
腹を裂かれては、踊るように内臓が零れ落ちる。
至る所から血が吹き出し、様々な液体がその場に飛び散る。
この光景を見る者にトラウマを植え付ける程の衝撃。
ああ、「これが地獄なのでは?」と。
「くっ!...ふざけるなー!!!」
それでも死にたく無いと抵抗をする。
生きる為には戦うしか無いのだから。
「来るな!!来るなよー!!!」
「いやだー!!こんなところで死にたくねえよー!!」
様々な思いで戦う冒険者達。
だが、この場を支配している感情は絶望。
「なっ!?魔物の数が増えただと!?」
止まらない魔物達を見て、必死に生へとしがみつく心までもが折れて行く。
この現状を変えるのは無理なのだろう。
魔物に抵抗するのは無駄なのだろう。
待ち侘びる結果は無残なものでしか無いのだと。
「崩壊...ギルドマスター...私では、これ以上統率が執れそうにありません...」
[領都防衛戦・紅蓮天翔]
同じ戦場で、低ランクなのに必死に抵抗しているチームがあった。
此処最近一番の昇り調子である、『紅蓮天翔』の面々だ。
「ローレンツ!!前に出過ぎるなよ!」
ローレンツは最初から全力だった。
自分の持てる力を出し惜しみせず、目の前の事だけに集中していた。
双剣を巧みに使い魔物と相対していたのだ。
此処までチームとして機能しているのは、此処まで生き残れて来たのは、『紅蓮天翔』の連携力のおかげ。
各々の技量や能力はまだ低いけれど、阿吽の呼吸として連携がほぼ完成されているものだからだ。
「ああ、ブルトス。私は大丈夫だ!!それよりもモニカの方を気遣ってくれ!!」
三人は逆三角形を維持し、お互いの弱点を補い長所を活かしていた。
格上過ぎる相手には通用しない戦法だが、それでも三人が揃えば一匹を倒す事など造作も無い事。
これ迄、魔物に囲まれる前にその作業を延々と繰り返して来ていたのだ。
「モニカ!!無理をするなよ!!俺達の後ろで倒せる魔物だけを相手するんだ!!」
それでも疲労は溜まって行く一方だった。
魔物は倒せど倒せども一向に減りはしない。
目に見える情報だけでも、全く終わりが見えないのだから。
「ええ...ブルトス。大丈夫よ。ありがとう」
常に肩で息をしている三人。
それでも、お互いを励ましながら此処まで生き残って来たのだ。
「だが、次から次へとキリがねえな!まったくよ!!他のチームはとっくに壊滅しているじゃねえか!!」
冒険者内の力関係で言えば『紅蓮天翔』の面々が此処まで生き残れている事の方が不思議だった。
周りには、自分達よりも強い冒険者など幾らでも居たのだから。
だが、この時になりようやく、個人の力よりも協力する力の方が優っている事を思い知った瞬間でもある。
「このまま連携を保つんだ!!お互いにカバーし合えばここを乗り切れる!!」
こればかりは自信の無い発言で、全く根拠の無いものだ。
だけど、この三人で居る限り、ローレンツは妙な無敵感を感じており、希望を抱かすにはいられなかった。
皆が居れば乗り越えられれるのだと。
皆が居れば此処を生き残れるのだと。
だが、それも他の冒険者達と比べて、最初からチームとして連携を取っていたアドバンテージに過ぎなかったのだ。
「ローレンツ、援護するわ!!」
此処に来て疲労の所為か、モニカが想定に無い動きをし始めた。
これも視界がぼやけた為であり、普段よりもローレンツが定位置から前に動いたように見えた為だった。
モニカからすれば、その動きに合わせただけの事だったのだ。
「おい、モニカ!!それ以上突っ込み過ぎるな!!」
ブルトスがその異変を感じ取って必死に叫ぶ。
もしも、これが男性だけのチームだったなら、皆が同じような体格の人間だったなら、こうはなっていなかっただろう。
そもそもの体力が違った話で、疲労の蓄積も平等では無かったのだから。
もしも、少しでも休憩を取れていたのなら。
もしも、少しでもモニカの異変を先に感じ取れていたのなら。
この結果は違っていただろう。
「えっ!?キャッ!?」
不用意に飛び出した結果、チームとして最悪な事態を招いてしまった。
モニカは魔物の群れに呑み込まれてしまったのだ。
悲痛な叫び声がこだまする。
そして、飛び散る鮮血。
「モニカ!!」
目の前の魔物と戦う事に必死で、飲み込まれてしまったモニカをすぐさま助けに入る事の出来無いブルトス。
仕方の無い事だ。
今動けば、自分も危うくなるのだから。
「ローレンツ!!モニカが負傷した!!このままだと、やばいぞ!!なっ!?」
それでも、今の状況を必死にリーダーに伝えるブルトス。
これまで機能していたチームから一人でも欠けてしまえば、今の状況など一瞬にして崩れ去ってしまうのだから。
だが、彼は勘違いをしていた。
それは既に起きていた事だった。
モニカが呑み込まれた時点で『紅蓮天翔』は機能していないのだから。
そして、ブルトスまでもが魔物達に呑み込まれてしまった。
「モニカ!!ブルトス!!どうした!?何があったのだ!?」
ローレンツは、振り返って背後を確認する余裕が無かった。
声だけを頼りに、お互いの生存を確認する事。
これは、この戦いが始まる時に決めていた約束事だった。
しかも、常に声を掛け合う事で、お互いを励ます効果を生み出していたのだから。
「...」
(反応が無いだって!?...そんな...まさか...)
二人からの返事が無い。
そこから考えられる結末は一つだけだった。
そうして、口に出したく無い言葉を考えた時、何故か、三人との思い出が頭の中でグルグルと駆け巡っていた。
三人とこれまでに共有して来た喜怒哀楽の全てが。
「ぐっ!!『紅蓮天翔』だいげんそく!!...うわあああああ!!!」
ふと、涙が溢れて視界が滲む。
もう呂律も上手く回らない。
言いたい事が何なのか、何だったのかも良く解らない状況。
ただただ必須に声を荒げる事しか出来無いローレンツ。
気が付いた時には、無謀にも魔物に突っ込んでいた。
今の状況でそんな事をすれば、己に返って来る結果は一つしか無いのにだ。
だけど、そうせざるを得なかったのだ。
既に、頭で考えるよりも感情の赴くまま衝動で動いていたのだから。
体力の限界を超えて闇雲に切り付ける双剣。
息を吐く事が辛くても、肺が軋んで無酸素になろうとも、その身体を必死に動かす。
ああ、腕を振るうのが重い。
ああ、脚を動かすのが重い。
それでも、それでもだ。
魔物を倒す事を一度も止めなかった。
ああ。
周囲は既に魔物に囲まれている状況だ。
自身に迫り来るは無数の牙に爪。
何故だろうか?
身体の疲れを感じ無いのは。
何故だろうか?
痛みを感じ無いのは。
何故だろうか?
考えている事は、モニカの笑顔とブルトスの笑顔なのは。
「ぐはっ!!」
口から溢れ出る血。
何故だろうか?
意識が遠のいて行くのは...
(モニカ...ブルトス...)
[連合攻撃隊]
「魔法により足止めは成功した...だが、ダメージが無いだと?」
巨大な山椒魚の勢いを止める事には成功した。
だが、複数同時発動魔法によるダメージが全く無かったのだ。
「何を突っ立っている!!先ずは山椒魚の意識を散らせろ!!五組それぞれで交互に攻撃を与えて行くのだ!!」
魔法による攻撃は決して一撃が高いものばかりでは無い。
それでも、普通の攻撃よりは断然威力があるものだ。
正直、これで傷一つ無い事が想定外だった。
だが、此処に居るのはこの領地最強の攻撃隊だ。
この連合攻撃隊で倒せないのなら、最初からこの領地に未来などは無いのだから。
「「「「「はい!!!!!」」」」」
五組全員が同時に返事をする。
綺麗に合わさったその声は、爆音を鳴らしていた。
指示を受けてからは順次行動に移って行く攻撃隊の面々。
その中でもBランク冒険者が先行をする。
「なっ!?山椒魚に攻撃が通らない!?」
全力で攻撃をするが、その体表を覆う硬い鱗に簡単に阻まれてしまった。
しかも攻撃した側の腕を反対に痺らせる程に。
この時点で、Bランク冒険者には山椒魚に対して為す術が無い事を表していた。
「どけー!!怪力!!剛力!!破壊力!!!」
そこにライオンの鬣のような男が割って入って行った。
言葉を叫ぶごとに膨張して行く身体の筋肉。
怪力で両腕。
剛力で上半身。
破壊力で全身。
不気味な程に、その身長に見合わない筋力が隆起していた。
「蹴散らせ!!天地爆砕の一撃!!」
巨大な斧を上段から勢い良く振り下ろした。
力だけで無理矢理空気を切り裂き、物凄い風切り音と共に叩き付ける一撃。
山椒魚に攻撃が当たった時の衝撃が空気を揺らす。
魔法や、Bランク冒険者での攻撃ではびくともしなかった鱗が、攻撃が当たったその範囲を綺麗に剥がし落としていた。
「くそ!!鱗を剥がすので精一杯かよ!!」
納得のいかない表情。
それもその筈で、今までどんな魔物も、その一撃で葬って来たのだから。
だが、攻撃が当たるのだ。
ダメージを与える事が出来るのだ。
それを感じ取って「ニッ」と笑った。
「こちらも行きます!!一点集中!!」
長身細身の槍使い。
魔物に向けて助走を取り、その狙いを脚一点に絞る。
これは相手の機動力を奪う為だ。
「渾身の一撃!!シュタイフェ・ブリーゼ・シュトゥルムアングリフ!!」
その技の宣言と共に、物凄い速さで相手に駆け寄った。
この動きは、Bランク冒険者では目に追えない速さ。
山椒魚自身も、何もする事が出来ずに攻撃を受けるしか無かった。
「!?」
いや、山椒魚は何もする必要が無かったのだ。
相手の動きが見えなかろうが、反応出来なかろうが、山椒魚には大した問題では無いのだから。
「硬すぎる!!」
鱗を一枚剥がすだけで終わった攻撃。
速さはあっても、攻撃に威力が無かったのだ。
「我が一撃は電光石火!!」
その間にギルドマスターが大剣を天に掲げた。
太陽の光が大剣に反射して、周囲を眩ます。
「我こそが巨大な魔物を断つ剣。斬怪刀・瞬撃!!」
「カチャッ」と大剣を持ち直し、刃を魔物の方へと向けた。
その巨大な大剣は、怪物を斬る為だけに作られた剣。
扱う者にパワーもスピードも無ければ、決して扱えない代物だ。
そうして勢い良く駆け抜けては、その首を断ち切る一撃を放つ。
「なっ!?爪で防がれただと!!まさか爪を斬る事すらも出来ないのか!?」
だが、その攻撃は首に到達する事無く、山椒魚の爪によって防がれた。
特殊鉱石により作られた斬怪刀(遺物)よりも強靭な爪。
しかも、その攻撃を防げる程の速さなのだから。
すると、次の瞬間、突風が身体を突き抜けた。
「!?」
風が起きたのはギルドマスターの背後のようだ。
ふと、背後を振り返えれば、山椒魚の尻尾が揺れていた。
「なっ!?尻尾を振るっただけで四分の一が壊滅だと!?」
背後の空間で倒れている無数の冒険者達。
ある者は遠くまで弾き飛ばされて。
ある者は地面に減り込んで。
攻撃を食らった者は、ほぼ瀕死の状態だった。
「くっ!!魔法使い隊!!第二射、放て!!」
予め詠唱の準備を済ませていた魔法使い隊。
これは先程よりも強力な一撃だ。
だが。
「嘘だろ!?あの攻撃をお構い無しだって...う、うわああああ!!来るなあああ!!」
こちらの魔法を、攻撃を意味成さない相手。
Bランク冒険者は、たちどころに戦意を喪失した。
もはや動きたくても身体が言う事を利かないのだ。
その場で震えるだけで、何も出来無い。
無慈悲にも程無くして喰われてしまった。
「な!?人間を喰って喜んでいるだと!?」
山椒魚の歪んだ笑顔。
この場に居る冒険者達は、噛み応えのある美味しい餌なのだと言わんばかりの表情を見せる。
口の端から滴る血。
それがとても不気味に映った。
「くっ!!全力で事に当たれ!!出し惜しみなど無意味だ!!我々が突破されれば、領都の壊滅を意味する!!何としてもここで討ち取るのだ!!」
[領都防衛戦・領軍]
どの戦況も、苦しい戦いを強いられていた。
気が付けば領軍も、最終段階へと追いやれていた。
「隊長!!第二防衛線までもが突破されました!!最終防衛線まで後退致します!!」
補佐官による状況報告。
此処まで来る事は予め予想していた事だ。
だが、想定していた事態よりも遥かに悪い状況だった。
「これが文字通り、我々の最終防衛線。これ以上の突破は領都の壊滅を意味する。大規模魔法の発動準備はまだか!?」
様々な手を尽くし、出来る限りの戦法を全て使用して来た。
それなのに、魔物の勢いが全然止まっていないのだ。
「魔法隊の魔力枯渇により、これ以上の魔法発動が出来ません!!」
既に、魔法隊の魔力は事切れていた。
これまでの間に休み無く発動をして来たのだから、仕方の無い事。
他領地との戦争なら、とっくのとうに問題無く防衛に成功している戦法だというのに。
それが、魔法を発動出来無い程までに追い詰められていた。
「くっ!!魔法隊は直ちに後退。弓兵と入れ替えが完了次第、総射撃を行う!!何としてもこの戦線を死守するのだ!!」
此処からは、尤もアナログな戦術で立ち向かうしか無い。
命中精度、威力共に低い弓による射撃で地上を援護するしか無いのだ。
「はい!」
分隊に伝令を回す補佐官。
この時点で、最悪な状況を意味していた。
弓による援護攻撃など雀の涙程の効果しか発揮しない。
これまでの戦いで一度も選択した事の無い命令であり、それ程不慣れな援護射撃なのだから。
(冒険者側も、領軍側も精一杯戦っていると言うのに...こんな事があってたまるか!!領民を護るのも、領都を護るのも、領地を護るのも、その全てが私達に懸かっているのだから!!)
領都に住まう全員が、限界以上のものを発揮して戦っていた。
それだというのに戦況は悪くなる一方で、しかも、気が付けば最終防衛線。
「どうしてこうなったのだ?」とその場で頭を抱えたくなる境地。
「隊長!!これ以上は防衛線を維持出来ません!!」
隊長が聞きたい報告はそんな事では無いのだ。
防衛線の維持が出来無い?
そんな馬鹿な報告をするなと苛立つ。
「出来る出来ないでは無い!!是が非でもやり通せ!!領民を護るのは我等しか居ないのだぞ!!」
そんな報告をする暇があるのなら、「一匹でも多くの魔物を倒せ!」と心の中で叫ぶ。
何故なら、そんな事をこの場で言っても皆の指揮を下げるだけだと解っているのだから。
既に知っているのだ。
この先の結果を。
ならば、自分が率先するしか無い。
力のある者が行動で示すしか無いのだ。
「ですが、これ以上は!?」
「ああ!馬鹿者が!」と報告した人物を殴りたくなった事を心の中で必死に抑える。
護るべき生命を護れずして、生きる意味など無いのだ。
それを知らないからこそ、簡単にそんな事が言えるのだと。
「自分の身を盾にしてでも護るのだ!!」
外壁を攻撃し始めた魔物を、その身体を挺して護る。
すると、魔物の牙が身体に食い込んでしまう。
「なっ!?隊長!!」
「身体の傷なら時が経てば癒す事など出来る!!だが、心の傷は時が経とうが癒える事など無いのだ!!死んでいった者が生き返る事など無いのだから!!」
腕や脚が失くなれば話は別だろうが、目に見える傷の痛みは所詮時間が経てば消えるもの。
それよりも辛いものは、自分の大切な存在を護れなかった時なのだ。
妻も子供も亡くしている総隊長は、その事を身を持って知っている。
その時の心の傷は未だに消える事が無いのだと。
選択の後悔。
過去の呪縛。
進めない未来。
延々と続く悪夢。
そして、感情を失った人生。
もう二度と、あの頃に戻る事は出来無いのだから。
「隊長...」
不意に目頭が熱くなる。
だが、感傷に浸っている暇は無い。
「うをおお!!!仕切り直すのだ!!」
心を失おうと、身体を失おうと、二度と大切なものを奪わせない。
自分が死んだとしても、それ以上の数の魔物を道ずれに。
最初からそんな決意を持って望んだ戦いだ。
私の思いは広がるのだと。
きっと、後世に託されて行くのだと。
そうして、誰よりも身体を動かし、魔物と戦って来た総隊長。
「外壁を突破されます!!このままでは領民に被害が!!」
「!?」
だが、現実は上手く行かないものだ。
家族を失った時も、親友を失った時も、結局、自分一人の力ではどうする事も出来なかったのだから。
(ああ...待ってくれ...外壁を突破するな...それ以上...進まないでくれ!!)
嘆き。
苦しみ。
悲しみ。
(私の身体よ!!動いてくれ!!もう、あの時と同じ事を繰り返したくは無いのだ!!)
交差する負の感情。
それを振り払う為にも、目の前の現実に抗う力が欲しいのだと、何度も何度も神に祈りを捧げ来た。
(動けよ!!動けよ!!動いてくれよ!!)
だが、その願いが届いた事など一度も無い。
もしも、願いが叶っているのならば、愛する妻も、愛する子供、親しい友人も、失う事など無かったのだから。
(領都が...領民が...殺されてしまう...)
領都の外壁をぶち壊し、今か今かと進入しようとする魔物達。
頭の中に浮かぶ光景は最悪なものばかりだ。
手を伸ばすが魔物に届く事は無い。
神に祈りを捧げるが叶う事は無い。
何度絶望を経験すれば、その呪縛から抜け出す事が出来るのか?
解らない。
しかも、その呪縛は、自分を戒める枷は、増えて行く一方なのだから。
それに今回ばかりは、自分が助かる見込みも無い。
もう、どうすれば良いのかも解らなかった。
「♪♪♪~」
この危機的状況の中、何処からとも無く聞こえる歌声。
それは、この世の者ならず美しい歌声に聞こえた。
(...歌?...血を流しすぎたのか?...これが、私の最期なのか...)
それは死を前にした幻覚にさえ思える程の美しい旋律。
それ程、この空間には似つかわしく無いものだった。
「♪♪♪~」
だが、段々とハッキリ聞こえて来るその歌声。
しかも、勝手に耳が聞く事を止めないのだ。
痛みよりも一音一音逃がしたくない感情が支配する。
「!?」
「見ろ!!魔物達が」
すると、目の前の魔物達が何らかの力で倒されて行く。
何かの塊が縦横無尽に動いては、その一撃の下に魔物達を倒してしまった。
あんな必死に攻撃を加えていた自分達が恥ずかしくなる程に、とても簡単にだ。
(...天の遣い?)
認識出来るのは、美しい歌声に空を舞う人物。
密集する魔物の間をダンスを踊るように駆け抜けては、ナイフや何かの塊を動かしては殲滅をして行く姿。
今までの経験上で、「神は居ないのでは無かったのか?」と、今の助けられている状況に疑問を浮かべる程の光景だった。
「♪♪♪~」
(綺麗...だ。血に塗れた...戦場だと言うのに...)
きっと、此処に居る全ての人物が同じ事を思っただろう。
目の前に見えるのは救世主なのだと。
天からの遣いであり、もしも、この世に存在する人物ならば聖女なのだと。
「!?」
傷付いた身体は、いつの間にか傷が塞がっていた事に驚く。
これは信じられない事態だ。
今までに、その場で直ぐに回復する術など道具を使用してもあり得なかったのだから。
「身体の傷が癒えて行く...?それに...力が湧き上がる!!」
傷の回復だけで止まらずに、身体の底から自然と湧き上がって来る力。
全員が、今なら先程よりも強くなっている事を実感していた。
(...あの御方は...白の女神なのか?)
この国の古くから伝承にある白の女神という傑物。
誰しもが、「目の前の人物がそうなのでは?」と感じていた。
「一人で、あの数の魔物を!?凄い!!凄過ぎます!!」
「防衛線が押し戻されて行きます!!凄い!!これなら!!」
気が付けば、最終防衛線が引き上げられていた。
一人の力ではどうしようも無いと思っていたのに、一人の力だけで、どうにかしてしまった目の前の人物。
だが、今ならもっと動けるんだ。
もっと魔物を倒す事が出来るんだ。
全員がそう思った時、皆は行動に移していた。
「白の女神に続くのだ!!今の内に防衛線を立て直すのだ!!」
[領都防衛線・冒険者側]
時を同じく、絶体絶命の状況。
仲間と呼べる冒険者は、ほぼ肉塊へと変わり果てていた。
「チームを維持する力も無い...ばらけた個」
戦場に点々と立つ冒険者。
どうやら、生き残りは少ないようだ。
「こうなると、リリス独りではどうしようもない...」
この状況で、未だに戦えているのはAランク冒険者のリリスだけ。
それ以外の冒険者は立っている者さえ見えなかった。
「ぐはっ!!」
魔物に脚を喰われていた。
厳密に言えば齧られただけなのだが。
「...どうやら、私も...ここまでか」
生憎、この戦況を覆す術は無い。
副ギルドマスターの心は挫け、これ以上身体を動かす事が出来そうに無かった。
覚悟が決まらないままに己の現実を知る。
そうして、死を思い浮かべた瞬間だ。
何処からとも無く風が吹いた。
「うおおお!!武虎装攻・疾速の“風”!!」
この戦場を誰よりも速く駆け回る“何か”。
そうして、次々と倒されて行く魔物達。
「何だ...これは?何が起きている?」と疑問が浮かぶ。
「!?」
気が付けば、脚に齧りついていた魔物が死んでいたのだ。
「私は助かったのか?」と、周囲を見渡す。
そこでようやく、その“何か”が目に見える瞬間があり、それが人物なのだと初めて気が付いた。
「なんだあの速さは!?それに、魔物が一撃だと!?」
驚きが隠せない。
あのAランク冒険者のギルドマスターを持ってしても、こんな芸当が出来る筈も無いのだから。
密集している魔物相手に限れば、あのリリスよりも強い。
「おら!おら!おら!おら!おら!!」
戦場に響く叫び声。
声だけを置き去りにし、その姿を捉える事が出来なかった。
「...誰なんだ?...あいつは?」
「...Aランク並みの能力?いや、それ以上か!!」
どうやら、生き残りの冒険者は何人か残っていたようだ。
それならば、ここからやる事は一つ。
「体制を立て直す!!動けるものは今一度集まるのだ!!決してあの方の邪魔をするな!!」
ばらけて邪魔をするよりも、固まって纏まる方があの方の動きの邪魔をしない。
ただでさえ足手纏いだというのに、これ以上の足枷になる事を防ぐ処置だ。
「これで、一通り助けたのか?...間に合わなかった奴はすまねえな...」
この戦場の中、不自然な空間が空いていた。
そこでようやく冒険者達にも余裕が生まれた瞬間だった。
たが、助けられなかった人物を嘆くギュンター。
その怒りを、エネルギーへと変換して行く。
「なら、ここからは魔物の殲滅だ!!武虎装攻・侵略の“火”!!」
身体に紅い魔力を纏う。
その魔纏状態の攻撃に火属性を付与するギュンターオリジナルの固有戦技だ。
「うおおおお!!!」
身体の内側からほとばしる魔力。
怒涛の勢いで魔物を殲滅して行った。
(誰か助けに来たようね...それに、どうやらあの御方の匂いがするわ)
正直、魔法職であるリリスも限界が近かった。
既に保有魔力は底をついていたのだから。
リリスの物理攻撃はたかが知れたもので、これ以上の戦闘はジリ貧だったのだ。
己の知らない人物だというのに、助けられた事を憂う。
しかも、リリスが気になる人物の匂いを纏っているのだから尚更だ。
(ああ...この感じ。疼くわ...心が...身体が!!)
匂いに敏感なリリスだからこそ、その匂いも嗅ぎ分ける事が出来るのだ。
すると、リリスの白い肌は薄っすらピンク色に火照っていた。
目は蕩けてしまい、閉じる事の出来無い半開きの口。
その開いた口から、うっすらと覗くトロンと濡れたピンク色の舌。
そうして人知れず光悦とした表情を浮かべていた。
どうやら、その匂いを嗅いだだけで、リリスは己の限界を超えたようだ。
気が付けば、底をついていた筈の魔力が漲っていた。
「さあ、あの御方にお逢いする為、貴方達には死んで貰います!!」
[領都防衛戦・紅蓮天翔]
「モニカ...ブルトス...」
魔物に押し寄せられ地面に埋もれて行くローレンツ。
身体が重い。
もう、これ以上動く事が出来そうに無かった。
「ローレンツ!!まだ諦めるな!!」
遠くから聞こえて来る女性の声。
何処か聞いた事のあるような声だ。
(この声は...)
「シュナイデン・クリンゲ!!」
剣を横に斬り払えば、真空刃のようなものがそのまま伸びて行った。
ローレンツと離れた位置から、その範囲の魔物を一閃した。
「...メリルさん?」
ようやく、その声の主を思い出したローレンツ。
まさか、この戦場で再開するとは夢にも思っていなかった。
「モニカもブルトスもまだ生きているぞ!!リーダーである、お前が諦めてどうする!?」
メリルは、ローレンツに活を入れる。
魔物を前にして情けない姿をさらしてどうなるのだと。
「モニカも...ブルトスも...まだ、生きている?」
地面に平伏した身体を無理矢理起こし、周囲を確認する。
すると、同じように必死に身体を起こしているモニカとブルトスがそこに居た。
それを確認した瞬間、「ああ...良かった」と勝手に涙が零れていた。
「お前の心に掲げた大原則は何の為にある!?」
メリルがローレンツに問う。
大層な事を掲げるのは良い。
だが、「それを実践しないでどうするのだ?」と。
「『紅蓮天翔』大原則...」
胸に手を当てて、今一度己の理念を確認する。
自身が掲げた理念を体現する為の大原則なのだから。
「ここは私に任せろ!!足手纏いのお前は仲間と合流し、領都まで後退するんだ!!」
メリルが、三人の様子を確認したところで、ローレンツ達を後退させる。
これは単に三人の身を案じての事だが、自分が動き易くする為のものでもあった。
不躾な言葉だが、思いやりに溢れたものだった。
「邪魔が居ない方が、私も動きやすいんでな!!ヴィンドメッサー!!」
メリルの周囲に無数の風の刃が出現する。
魔物を微塵に切り裂く風魔法だ。
「...魔法?...それも動き回りながらだと?」
ローレンツのこれまでの常識が覆された瞬間だった。
あれだけの剣技で魔物を圧倒していると言うのに、それだけに止まらず魔法まで使用しているのだ。
しかも、その威力に精度が普通じゃない。
「詠唱は...どうしたのだ?」
ローレンツにすれば不可解な出来事だった。
メリルのその剣技だけを比べて見ても、この領地で最高クラスの戦闘職を誇るだろう。
だが、その発動した魔法も然りなのだ。
この戦場に居る、どの魔法職の冒険者よりも素晴らしい能力なのだから。
「魔法と...戦技の同士発動...そんな事が可能なのか?」
ローレンツは、この場を後退しなければならない自分の能力の低さが悔しかった。
確かに己の腕では、メリルと並んで戦う技量など無いし、足手まといになる事は明白だったから。
だが、行幸な事に、自分が目指すべき姿が明確にもなった瞬間てもあった。
「使えるものは全て使う...これこそが、大原則を体現する為の近道なのだな...私の理想だ」
窮地を救うだけでは無く、その人物の思想までをも救ったメリル。
ここから魔物達への反撃が始まった。
[連合攻撃隊]
全部の戦況が覆っている時、その最前線では一番のピンチを迎えていた。
攻撃が効かない。
魔法が効かない。
その上、再生するのだ。
「ちっ!!力の差がありすぎる!!」
舌打ちを鳴らし、どうしようも無い現状に苛立つライオンの鬣のような男性。
「未だに動けているのはAランク冒険者のみ...既に仲間の半数も喰われた...」
周囲を見渡し、亡骸さえも無くなった仲間を嘆く長身細身の男性。
「ふざけるなよ!!弄びやがって!!あんな顔で仲間を喰いやがって!!」
山椒魚に怒鳴ったところで言葉が解る訳でも無いのに、己が抱える苛立ちを抑える事が出来なかった。
やるせない気持ちだけが無性に募って行く。
「この領地最高のAランクだと言うのに...何も出来ないだなんて」
ギルドマスターも同じ気持ちだった。
「Aランク冒険者とは何なのか?」と自問自答する程、自分の存在に価値を見出せないのだから。
「こちらの動きばかり鈍って行く!あいつは何なんだよ!?」
長身細身の男性は、現状を変える手がもう無い事を悟っていた。
それなのに、最初の頃よりも強くなっている変異種の山椒魚。
まるで、喰った者の力を自分の力に変換しているようだった。
「えっ!?」
「おい!?止めろ!!止めてくれ!!」
どうしようも無い事態が、一瞬にして絶望へと落とされる瞬間。
仲間で生き残っていたAランク冒険者が、山椒魚に捕まってしまったのだ。
「うぎゃー!!」
その身体が変な形にひしゃげて行く冒険者。
骨は粉々に、内臓は潰され、身体から弾けるように血が噴出す。
そして、周囲に飛び散るその冒険者らしき残骸。
「...Aランク冒険者までもが...餌食に」
「我々では...この化け物に勝てないのか?」
潰れた挽肉のような物体を、地面ごと丸呑みにする山椒魚。
食感が変わった事が嬉しそうにその全てを喰らっていた。
「なけなしの包囲網が...崩れた...」
こんな状態の中、Aランク冒険者の五人だけで山椒魚を包囲し、何とか足止めをしていたのだ。
もはや後ろに控えている魔法使い隊は、既に魔力切れで動けない状態。
それが、崩れ去った瞬間なのだから。
「!!!」
どうやら、山椒魚を足止めしていたと言う事実はこちらの勘違いだったようだ。
真実は、ただ単にその場で遊んでいただけのようだ。
そうして包囲が崩れ去った瞬間、瞬く間に後ろに控える魔法使い隊を喰い始めた。
「これは...戦いじゃない...一方的な虐殺じゃないか」
動けない仲間が喰われて行く光景。
これこそが地獄絵図なのだと思い知る。
これは戦いでは無かったのだと。
一方的な捕食であり、虐殺なのだと。
「うわあああああ!!」
「あ...あ、ああ」
喰われて行くBランク冒険者の魔法使い隊。
それを受けても、Aランク冒険者の面々ではどうする事も出来無い状況だった。
この状況を引っくり返す手段が欲しいというのに、山椒魚を倒さなければ、この領地に未来は無いというのにだ。
「!?」
すると、突然。
山椒魚の巨体が大きく揺れた。
此処に来て、初めて痛みを感じる山椒魚。
この場にいる誰しもが、それを成す事が出来なかったというのに、何処からともなく放たれた攻撃は、それを簡単に成してしまった。
「誰だ!?」
ギルドマスターは、その攻撃が放たれた方向を確認し、その人物を探る。
そこに居たのは、漆黒の姿を纏った仮面の人物だった。
「犠牲者がこんなにも...間に合わなくてごめんなさい...」
僕は周囲を見渡し、現状を確認する。
あの時魔力圏で確認した人数よりも減っており、その屍すら残っていない現状だ。
急いで駆け抜けて来たというのに、助ける事が出来なかった。
僕が望んだ姿は、誰しもを助ける英雄だと言うのにだ。
「何だ?...まさか、嗤っているのか?...人を喰らっているというのに?」
『マスター?感情の起伏が激しくなっております』
此処に居た人は、既に山椒魚の腹の中。
今のこの状況になっても、魔法使いの格好をした人物を口の中で頬張っているような化け物だ。
その見せる表情は、両端の口角を上げニチャっと嗤うよう。
その不快な笑顔を見た瞬間、僕の感情から怒りが込み上げた。
「ドクン!!」と心臓を大きく鼓動させる。
「お前は...人間を...餌だと思っているのか?」
『マスター?これ以上の感情は...』
「ドクン!!」
自分では抑えられない得体の知れない感情。
「ドクン!」
思考に靄が掛かるような感覚。
「ドクン」
そして、急速に速る鼓動。
「だから...そんなに肥えているのか?」
「ドクン!」
僕が僕では無くなって行くような感覚。
「ドクン!!」
身体の底から湧き上がる暗い感情だ。
これは決して単純な怒りでは無い。
何かを喰い尽くすような、えも知れぬ感情。
「そうか...そんなに喰らいたいのか?...だったら、喰らわせてやるよ」
『マス...』
内側から溢れ出す、黒橙色の魔力。
すると、突然僕の背中から魔力が可視化する程の翼が広がった。
その際、飢えにも似た感情が急激に僕を支配して行く。
僕は目の前に居る悪食の山椒魚が許せなかった。
食べると言う行為は生存本能そのもので、生きて行く為には必要な行為だ。
だが、食べる事と喰らう事は違う。
飢えを満たす為の食が、己の欲を満たす為だけの喰。
人間を喰らう事で、己の欲(成長・進化)を満たして来たのだから。
それならば、相手を喰らうと言う事が、どういう事なのかその身を持って解らせる必要があるのだから。
「お前の満足が行くまで腹一杯にな!!」
その言葉を皮切りに、背中に生えた魔力が可視化する程の翼から周囲の魔力を吸収し、自身が使用出来る魔力へと変換して行く。
僕自身が持ちえる魔力容量を遥かに超越し、無尽蔵に生成される魔力だ。
周囲に魔力がある限り、尽きる事の無い永久機関。
僕は、その魔力を出し惜しみ無く放出する。
「あれは、どうなっているんだ?...一体、何が起きている?」
「私達Aランク冒険者が束になっても敵わなかったというのに...たった一人で?」
「あいつはカッパフルスの冒険者では無い...いったい何処の領地の者だ?」
僕の戦いを傍から覗いてるAランク冒険者達は驚愕していた。
自分達が山椒魚と戦っていた時でさえ、その力量に圧倒的な差を感じていたというのに、今ではそれ以上の力量差を思い知ったのだから。
「あれは...魔法なのか?」
「いや、魔力そのものをぶつけているんだ。それなのにあの威力...測り知れない」
冒険者達が初めて見る戦い方だ。
既存の魔法を使う訳でも無く、戦技を使う訳でも無い。
ただ純粋に魔力そのものを放出し、相手にぶつけているだけの行為。
これは技術など要らない力押し一択の戦法。
だと言うのに、その上で華麗な剣技による攻撃で相手の身体を斬り刻んでいるのだから。
「一撃、一撃が俺の全力攻撃よりも強いだと?...あんなにも魔力を巧みに操っているというのにか?」
「おいおい、それを言うなら、この場の誰よりも速いんだぞ?パワーもスピードも兼ね揃えているだなんてありえないだろう...」
Aランク冒険者で出来無い事なのに、誰が魔力をあんな巧みに操る事が出来ようか?
少なくとも、今までこの国にいた人間には出来無い芸当だ。
「あれは...魔法職なのか?戦闘職なのか?」
「この世に...両方を極める者なんて存在するのか?あれじゃあ、まるで...悪魔そのものじゃないか」
魔法職で無ければ、巧みに魔力をコントロールする事など出来無い。
戦闘職で無ければ、あんな動きが出来る訳など無い。
それは今までに冒険者達が築き上げて来た概念が打ち壊された瞬間だったのだ。
人は、己の理解が及ばぬ存在に恐怖をするのだという。
悪魔なのだと。
「さあ、存分に喰らうが良い!!その欲を満たすが良い!!満足がいったとしても、持ち得るその器を突き破るようにな!!」
お前は喰らいたいのだろう?
自身の欲を満たす為、腹を満たす為にお腹一杯に。
だったらその願いを僕が叶えてやろう。
飽きる事無く、その欲望が突き抜けるまで。
「まさか、お前がやった事をやり返されて、今更になって恐怖を感じているとでもいうのか?...だが、もう遅い。お前には更生の余地も、執行の猶予なども無い。お前にあるのは、この場で朽ち果てる事だけなのだから!!」
山椒魚は、この場から逃げ出そうと必死に身体を動かしていた。
悲鳴にも似た鳴き声がこの戦場に鳴り響きながら。
「ここに来て逃げ出すつもりか?いや、この場のものを喰らって更に成長するつもりなのか?」
戦場から離れては、領都に居る人間を、はたまた他の魔物を喰らって身体を再生させようと動き始めていた。
「あまいな...実にあまい。私がそんな事をさせると思うのか?」
此処に来てお前を逃がすと思うのか?
素直に何かを喰わせると思うのか?
そんな事を許す訳が無い。
「何だ...あれは!?」
「...魔法陣?」
「それも、この空間を埋め尽くすほどだと!?」
普段の僕なら魔力の無駄遣いになるだけなので絶対にしない事だ。
だが、今の僕なら空気中から魔力を無尽蔵に生成する事が出来るのだ。
その魔力を使用する事で空中に無数の魔法陣を描く。
それも、この領都付近に存在する(確認出来る)魔物を同時に殲滅する程の数を用意して。
こうして空を埋め尽くす魔法陣は圧巻だ。
そこから更に魔力圏を引き伸ばしては全ての魔物の位置を把握する。
こうする事により、百発百中の精密なコントロールを可能とするからだ。
「...言っただろう?お前にあるのは朽ち果てるだけなのだと!!さあ、全てを喰らい尽くせ!!デモンズゼーレ!!」
そうして、その魔法の発動と共に、この戦場に存在する全ての魔物の魂が消失した。




