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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
81/85

080 冒険者と悪食の山椒魚⑧

「この度の防衛戦に当たり、攻撃連合隊は五つのチームに分かれて貰う。それぞれのチームがAランク冒険者をリーダーとしたチーム分けだ」


 丁度今、ギルドマスターが防衛戦に参加する他のAランク冒険者に作戦を説明しているところ。

 此処に居るAランク冒険者は、ギルドマスターを含めて全部で五名。

 これは、カッパフルスに六名存在するAランク冒険者の内、五名がこの場所に集まっている。

 残念な事に、カッパフルスで一番の強者である、Aランク冒険者のリリスが今回の攻撃隊に参加しない事は大変な痛手ではあるけれど。

 それでも、リリスを除いた最上格の冒険者が連合隊として参加をするのだ。


「変異種の山椒魚サラマンダーから逃げるように領都へと先行して来る魔物が多数確認されている。先ず我々は、その魔物に対して、防衛隊の負担を減らす為にも魔法による爆撃を行う」


 領都に向かって来ている魔物達はランクもバラバラで、中にはAランクの魔物も確認されている。

 防衛隊に就いている冒険者はBランク以下の為、出来るだけ被害を減らす為の援護攻撃だ。


「その後は、それぞれのチームが所定の位置に到着次第、順次変異種の山椒魚サラマンダーへの攻撃を開始する流れだ」


 五組のチームが、変異種の山椒魚サラマンダーを囲むように五角形の頂点に移動をする。

 囲んで攻撃する事で相手の意識を拡散させて、その場に止めて討伐をして行く流れだ。


「魔法使い隊は魔力が許す限り、一定時間毎に魔法攻撃を放って行く。その際、各々の判断で回避行動を取るように動いてくれ」


 連合攻撃隊に参加するのはBランク以上の冒険者。

 その為、各自の判断に任せたところで、間違えても仲間同士で相討ちをするような事は起きない。


「以上が、今回の作戦となる。その都度イレギュラーはあれど、我々はこの領地最強の攻撃隊。後は結果を出すだけだ。では、それぞれ準備を頼む!!」


 こうして説明が終わったところで、各々がそれぞれのチームを率いる為に行動を開始した。

 Aランク冒険者を筆頭に、Bランク冒険者が五名、その内三名が魔法使いのチーム編成。

 同じような組み合わせで計五組のチーム編成。

 Bランク以上の冒険者が全員で三〇名に及ぶ、変異種の山椒魚サラマンダーを討伐する為だけの連合攻撃隊だ。


 [連合攻撃隊・ギルドマスターチーム]

 ギルドマスターチームは、自分達の持ち場へと進みながら談笑をしていた。

 即席のチームを纏める為、お互いを知る為の交流も兼ねてのものだ。


「まさか、ギルドマスターと一緒のチームで戦えるだなんて大変光栄な事です。なんたって、あの伝説のの狂戦鬼と一緒ですからね」


 Bランク冒険者の一人が、ギルドマスターに話し掛ける。

 普段、業務以外の事で話し掛ける機会が全く無い為、此処ぞとばかりに話をする事が出来て嬉しそうだ。

 この会話を皮切りに、他の冒険者達も混じって来る。


「ええ。その武勇はカッパフルスで知らぬ者はいないですからね。なんたって、カッパフルスにおける古代遺跡ダンジョンを一人で踏破した初めての人物ですから!!Aランク魔物の討伐数の実績から、新種の魔物発見とカッパフルスで一番の実績を持っていますからね」


 冒険者として、輝かしいスタッツを刻んで来たギルドマスター。

 他の領地に行けば、上には上がいるのだが、このカッパフルス領では間違い無く一番の実績だ。

 まあ、それも実務から離れた事で、程なくしてリリスに抜かされてしまうだろうけど。


「私達は、ギルドマスターの指示の下、その役割を全うしたいと思います!」


 Bランク冒険者と言えど、Aランク冒険者との力の差は明白。

 一応、この国の住人ならば、頑張ればBランクまでなら辿り着ける境地ではある。

 だが、その上のAランクとなると、決して頑張っただけでは辿り着けない極地になるのだ。

 ギルドマスターとの力量差を解っているBランク冒険者達は、自分達の役割を全うするだけだと宣言をした。


「うむ。カッパフルスの命運は、この防衛戦に懸かっている!各々の力を発揮すれば、必ずしも乗り越える事が出来よう!!」


 力強いギルドマスターの言葉。

 その表情からも相当な気合が伝わって来る。


「私自身...危険な依頼は、これまでにも何度も経験をして来たつもりです。もちろん、今回の防衛戦のような大規模な依頼を受けた事はありませんが...」


 今回の防衛戦は、カッパフルスに在籍する冒険者が総動員する事案だ。

 Bランク冒険者達が、これまでに経験して来た戦いとは全くの別物であり、想像もつかない未知の戦いとなる。

 そうなると、見えないものに対して、考えが及ばないものに対して恐怖が生まれるように、どうしても不安に思ってしまう気持ちが勝る。

 想像の中で相手を勝手に誇大化してしまい、更なる恐怖を生む。

 人目を憚らず、ブルブルと身体が震えてしまう程に。


「そう気負わずに普段通りの力を発揮すれば問題無い。前衛と後衛の力を合わせれば、災害級の魔物だろうと戦えるだろう。何故なら、私達はこの領地、最強の攻撃隊なのだから」


 戦場で必要な事は、平常心を保つ事だとギルドマスターは言う。

 Aランク冒険者ともなれば、ちょっとした事で崩れる事は無いが、Bランク冒険者にとっては望んでその状態になる事は難しいのだ。

 だが、此処に居る自分達なら、カッパフルスに所属する冒険者達なら、力を合わせればどんな困難でも乗り越える事が出来るのだと信じているギルドマスター。

 そのギルドマスターの立ち振る舞いは、周囲に不安を感じさせないものだった。


「...ですよね。そうですよね!」


 ギルドマスターの立ち振る舞いに感化された冒険者は、その声のトーンに力強さが増して行った。

 先程までの自信を失って俯いていたこうべも、いつの間にか正面を向いており、真っ直ぐにギルドマスターを見据えて握り拳を掲げていた。

 「やってやるぞ!」と、「俺達なら出来るんだ!」と、やる気に満ち溢れて。


「失敗が許されない戦いではある!だが、巡り巡って自分自身の為になる事!!皆で、やり遂げようぞ!!」


 此処まで来たのなら、自分の力を信じるしかない。

 目の前の事を、しっかりとやりきるしかないのだ。

 誰かの為では無く、自分自身の為に。

 頭の中で悩むだけでは解決する事など出来無いのだから。


「はい、我等が身命を懸けて挑ませて頂きます!!」


 その発言を受けたところで、ギルドマスターが全員の顔を見渡した。

 すると、先程までとは違って、皆の表情が最初の頃の悲愴な面持ちと比べて活力に漲っていた。

 この状態は、各々の心に沸々と燃え上がる火が灯っている状態。

 これは一人一人では種火のような弱いものかも知れない。

 だが、そんな小さな種火だとしても、全員の火を重ねれば更に燃え上がる炎となるように、そんな心地良い一体感に包まれていた。


(頼りなさはもう無いようだ。これならば良い状態で挑めそうだな)


 人知れず、心の中でニヤッと笑ったギルドマスター。

 これが、チームでコミュニケーションを交わす事の重要性だった。

 このやり方は、ギルドマスター自身これまでの人生経験の中で得たもので、自分自身、自覚をしていないが何となくで必要だと思った事だ。

 大事な一戦の前では、特に重要な行為だと認識していた。

 そして、丁度今、自分達の持ち場に辿り着いたところ。

 後は、この場所で魔物が現れるのを待つだけだ。


「うむ。では、魔法使い隊は、魔物がいつ現れてもいいように詠唱の準備を始めておいてくれ!!」

「「「はい!!!」」」




 [連合攻撃隊・ライオンの鬣のような男性チーム]

 丁度、別の場所でも同じようなやりとりが行われていた。

 このチームは血気盛んな荒くれ者が多いチーム。

 今か今かと、魔物(強敵)と戦う事を待ち侘びている冒険者達だ。


「さあ、ここで生き残るか、殺されるかは俺達の行動次第だ。お前らはどちらを選ぶんだ?」


 このチームを率いるAランク冒険者が、真剣な表情で語って皆に問い掛けた。

 それでなくても自分達よりも格上のAランク冒険者の言う事。

 皆が自然と注目し、話を聞きながら自分の胸に問い掛けている。


「そりゃあ勿論、生き残る事だろう?だったらやる事は一つしかねえ。殺される前に相手を殺す事だけだ」


 同じような性格をした冒険者達は、話を聞きながら共感していた。

 目の前に居る人物は、自分達の進むべき道の最高峰にいる人物なのだから。

 自然と血が滾って行く冒険者達。

 血管は浮き上がり、ギラギラと闘志が燃えている。


「お前らは一体、何の為に冒険者になったんだ?力の誇示か?名誉を得る為か?それとも金か?とびきりの女か?」


 メンバーの一人一人を見渡し、全員に問い掛ける。

 きっかけや動機は他人によって違うもので、今一度その時の感情を思い出させる為に。

 己の欲望を満たす為の願いは何なのかと。


「ハハハッ!!どれか一つを選ぶだなんて、そんな生温いものじゃ無いだろう?欲しいものが一つで納まる事なんてねえよな?...全てだろう?俺達は、その全てを手に入れる為に冒険者になったんだ!!」


 身振り手振りの言動や態度。

 その一つ一つに力が込められており、見る者の視線を奪う。

 口から吐く、欲に塗れた言葉は聞く者の耳を奪う。

 グツグツと湧き上がる昂揚感。

 気が付けば、底知れぬ自信が漲っていた。

 

「さあ、お前達!!勝利をする事で、その全てを手に入れるぞ!!」

「「「「「はい!!!!!」」」」」




 [連合攻撃隊・長身の男性チーム]

 また別の場所では他のチームと同様に、戦いを前にした話し合いが行われていた。

 このチームはどちらかで言えば物静かな方で、黙々と与えられた仕事をやり遂げる職人気質な冒険者達。

 れっきとした、Bランクまで上り詰めた強者達であった。


「...皆さんには、愛する人、愛すべき人がいますか?」


 このチームを率いるAランク冒険者が、最初に口を開いた言葉がこれだった。

 思い掛けない突然の質問に困惑するメンバー達だが、頭の中では、その質問に該当する人物を思い浮かべ始めていた。


「両親。兄弟。姉妹。恋人。夫婦。それは他人によって違うものでしょう」


 Bランク冒険者達それぞれが思い浮かべた人物は、見事にバラバラの人物。

 だが、その思い浮かべた人物の為ならば全てを投げ出せる程の覚悟を持っていた。


「この戦いは、愛する人、愛すべき人を守る為の戦いです。もし...私達が負けたら、その人達はどうなってしまいますか?」


 優しい口調で語り掛けている為、声がすんなりと耳に入って来る。

 聞こえて来る言葉からは、否が応にも連想をしてしまう不思議な力があった。

 そんな事など考えたく無いのに、負けた場合の最悪の結果を思い浮かべてしまった。


「戦いに勝ったとしても、私達が死んだらその人達はどう思いますか?」


 何も戦いに勝つと言う事は、自分が生き残る事では無い。

 自分が負けた(死んだ)としても、誰かが変異主の山椒魚サラマンダーを討伐すれば、溢れている魔物を殲滅すれば、戦いとしては勝利になるのだから。

 勝つ=生き残るでは無く、死=負けでも無い。


「戦いに勝利するだけでは駄目なのです。自分達だけが生き残っても駄目なのです。愛する人がいて、愛すべき人がいて、そして自分自身がいる。この全てが揃わなければ、完全なる勝利ではありません」


 どれか一つが欠けても駄目なのだ。

 誰かを失う事、悲しませる事、そんなものは必要無いのだから。


「良いですか?皆さん。戦いに臆病なままでいて下さい。ですが、決して慎重なままではいけません。格好悪くても生き残る為に必死になって下さい。それが、まわりまわって自分自身に還ってきますので。さあ、愛する人の為に、愛すべき人の為に、完全なる勝利を手にしましょう!!」

「「「「「はい!!!!!」」」」」


 このように他の二組でも、それぞれで同じようなやりとりが行われていた。

 チームの士気を上げる為に、特色に合わせた鼓舞の仕方を実践して。

 即席のチームの為、高度な連携を取る事など高望みは出来無い。

 だが、共有した感情がそれを上回る可能性がある。

 皆が皆、この事を理解をしてやった事では無いのだが、心を焚きつける事でチームとしての一体感を生み出したのだ。

 これから負けられない戦いが始まる。

 己の生死を懸けた、領地の存続を懸けた大事な一戦が。




 [連合攻撃隊]

「ギルドマスター!!魔物達が来ました!!」


 目の前から現れる魔物は、種族の入り混じった無数の魔物達。

 目視だけでは正確にその数を把握する事が出来無い程の数。


「嘘だろ...マジかよ...あの数の魔物を相手にするのか?」


 想像よりも遥かに多い魔物達だった。

 あまりにも数が多い為に、魔物達が動くだけで地面が揺れている。

 当たり前の事だが、こんな光景など見た事が無いし、こんな規模の戦いなど経験した事が無い。

 折角、奮い立たった気持ちも目の前の脅威を受けて意気消沈してしまい、見事なまでに怖気付いてしまった。

 その中で変わらずに立ち向かう人物が居た。

 皆の動揺を掻き消すように大声で叫ぶ。


「怯むでない!!先ずは山椒魚サラマンダーから逃げ惑う魔物を掃討する!!魔法使い隊!詠唱の準備は良いな?他の攻撃隊にも合図を出せ!!」


 数的不利な状況を前にしても一切様子の変わらないギルドマスター。

 胆力も然る事ながら、この場においてその姿は非常に頼もしく映った。

 ギルドマスターが居れば、「何とかなるのでは?」と勘違いをしてしまう程に。

 その指示の下、魔法使い隊による一斉攻撃の準備が始まった。

 そして、狼煙を上げて他の攻撃隊に合図を出す。


「魔法使い隊!!第一射用意!!放て!!」


 魔法使い全員が詠唱を合わせた魔法発動。

 多少の差異はあれど、体内から収束する魔力エネルギーは圧巻なものだった。


「「「フォイヤークーゲル!!」」」


 横一線に離れた場所から一斉に放たれた火の球。

 その火の球は、うねりを上げながら空気中の水分を蒸発させて行く。

 一つ一つは、そこまで威力の高い攻撃では無いが、それが重なる事で余計に火が燃え上がって行った。

 そうして、魔物に着弾すると対象を通過しながら周囲を燃やし始めた。

 焼けて行く魔物の身体の嫌な臭いと香ばしい匂い。

 その臭気が戦場を充満させて行った。


「これは圧倒的だな...火の球が連なり、重なる事で相手を焼き尽くす業火のようだ...」


 これだけの攻撃力を持ってしても、まだまだ魔物の数が減っていない。

 だが、相手の戦力を確実に削っているのだ。

 燃え上がる火は魔物に伝染し、防衛隊の負担を減らす。

 手負いの魔物は手強いが、必死なのはこっちも同じだ。


「さあ!周囲の魔物は居なくなった!各々のチームが攻撃を加える事を始め、これより予定通り魔法使い隊による第二、第三と順次爆撃を行っていく!さあ、山椒魚サラマンダーを討ち取るぞ!!」


 自分達の進行方向を確保し、これから現れる山椒魚サラマンダーに備える。

 格上の相手と戦う為に練り上げた戦術が肝となる。


「連合攻撃隊!!準備は良いか!!これより移動を開始する!!」


 対山椒魚サラマンダー戦に合わせた攻撃陣形。

 山椒魚サラマンダーを囲む為に魔物を排除しながら進んで行く。

 すると、魔物達の遥か後方から現れる一際異質な魔物が見えた。


「来たぞ!!山椒魚サラマンダーだ!!」


 遠目からでもハッキリと解かってしまう巨大さを持ち合わせていた。

 一歩進むごとに地響きが鳴り、ドスドスと巨体を鳴らしている。

 動くだけで周囲を破壊する魔物だ。

 まさに災害級の名に恥じないもの。


「嘘だろ?...な、何なんだよ...あの大きさは!?」


 明らかに感じてしまう、逃げ惑う魔物達よりも圧倒的強大差と巨大差。

 しかも、その巨大の割りに素早い動き。

 震えが止まらない。

 ましてや、相手は言葉の通じない魔物だ。

 命乞いが効くとは到底思えない。


「あ、あれは、本当に...山椒魚サラマンダーなのか?さ、三〇mは超えているんじゃないのか?」


 通常の山椒魚サラマンダーとは違った特徴。

 この時、全員が変異種と呼ばれる理由を思い知った。

 鱗、爪、牙、水かき、発達した肢体。

 その姿はまるで、伝説上に存在する生物だ。

 伝承や伝記でしか聞いた事が無いドラゴンのようだ。

 地を這いながら蠢く化け物。

 逃げ惑う魔物など関係無しに、口に入るもの全てを喰い散らかしていた。


「あれを...止めなきゃならないのか?と言うか...あれと戦うのか?」


 山椒魚サラマンダーの、魔物のランク(強さ)を歯牙にかけない行為。

 自分以外のものは全て餌なのだと、自身を成長させる為の栄養なのだと言わんばかりの行為だ。

 どうやら、周囲の魔素を取り込みながら今も尚成長している様子。

 漏れ出す黒橙色の魔力がどす暗く、それが余計に不気味に映ってしまう。

 そうして、人々の恐怖心を更に煽る。

 誰かが言った。

 「この化け物と戦うのか?」と。

 その言葉には勝敗を求めた意味合いは含まれておらず、既に心が負けている証拠。

 これは、完全なる誤算。

 抗う事も出来無い程の力量差。

 だが、戦わなければ死ぬだけだ。

 それも無残なまでに非道な死に方を。


「良いか!絶対に山椒魚サラマンダーを絶対防衛ラインへと進入させるな!!魔法使い隊は詠唱準備!!動きを止めるのだ!!」


 正直、ギルドマスターの精神状態も今までに無いくらいの不安定なものだった。

 だが、誰かが動かなければ、この戦いは終わってしまう。

 それも、何も出来ずにだ。

 そうならない為にも、無理矢理にでも声を絞り出した。

 思いの根底にある領地存続の為、自分自身が生き残る為に必死に。

 願いを願いに留めず、その思いを類寄せるように。

 こうして、死闘が始まったのだ。




 [防衛戦・冒険者側]

 領都防衛戦では、Bランク冒険者の副ギルドマスターが指揮を執っていた。

 これから向かって来るのは、水辺に生息する多種類の魔物達。

 蛙、蛇、蜥蜴、山椒魚、鰐と無数の魔物達が、変異種の山椒魚サラマンダーから逃げるように駆けており、その通過点として領都がある形だ。


「魔物達が来たぞ!これより、防衛戦を開始する!!良いか!自分の隊を維持しながら殲滅に当たれ!!」

「「「「おう!!!!」」」」


 各々のランクに見合った装備を身に纏う様々な冒険者達。

 自分の得意な戦法で、魔物達と対峙して行く。

 剣や槍、斧やハンマーと言った前衛。

 弓や魔法と言った後衛。

 領都の存続を懸けた戦いに生命懸けで戦い始めたのだ。

 だが、開始そうそうに、その明暗が分かれてしまう。


「よっしゃー!!俺達冒険者の腕の見せどころだ!!」

「何だよ...この数は?」


 此処ぞとばかりに活躍をしようと張りきる冒険者。

 あまりにも魔物の数が多い為、恐怖して萎縮をする冒険者。

 冒険者達の中でも、このように反応が様々だった。

 全員が全員、戦う覚悟が決まっている訳では無かったのだ。


「おいっ!何してんだよ!?突っ立って無いで魔物と戦え!!」

「う、うわあ...あ、あんな数の魔物と、どうやって戦えって言うんだよ...」


 戦場で動く事の出来無いランクの低い冒険者。

 一度、萎縮してしまった冒険者は、魔物からすれば格好の獲物。

 魔物は、逃げている最中だからこそ、その穴(弱い人物)を狙うように生き残る為の最善ルートを選択する。


「おいっ!!」


 戦場で動ける者、戦える者が動きを止めた冒険者へと声を掛けるのだが、何の反応も帰って来ない。

 この場では、そう言った動ける者も、戦える者も、襲い掛かって来る魔物と戦う事で精一杯だと言うのに、わざわざ動きの止めた冒険者の所へと手助けに行く事など出来無い。

 今にも魔物が襲い掛かって来ると言うのに、その魔物を見ていないかったのだ。

 俯いたまま頭を抱えている状態。

 そうなると、この後の結果は一つしか無かった...


「ぎゃー!!」


 案の定。

 死を迎える。

 動きを止めた冒険者は、為す術も無く魔物に殺されてしまったのだ。

 これが、この防衛戦の至る場所で起きているのだ。

 頭を食われて無残に死に絶える者。

 生きたまま腹を割かれ、そのまま内臓を食われて死に絶える者。

 身体ごと丸呑みをされて魔物の腹の中で死に絶える者。

 生命を懸けた戦いだと言うのに、どうしても覚悟が定まらずに中途半端な思いで戦場に立ってしまった結果だった。


「くっ!?...いいか!!動きを止めるとやられるぞ!!必ず冒険者同士で固まって戦うんだ!!」


 戦場に副ギルドマスターの指示が飛ぶ。

 開始早々に犠牲者を出してしまった事で、歯を食いしばり悲痛な表情を浮かべていた。

 今この場で動けている者、戦えている者は、自分のすぐ傍で起きた死を目撃した事で尚更生き抜く決意を固めた。

 「俺(私)は生き抜くんだ」と、「領都に住む家族の為」と、人によって様々な思いを持って。

 お互いの生存を懸けて、殺すか殺されるかの戦いをしている。


「冒険者の!!カッパフルスの民だと言うプライドを懸けろ!!」


 戦場で戦う全ての冒険者の闘争本能を奮い立たせ、生存本能を刺激する。

 戦わないと言う選択肢は、生きる事を放棄する事なのだから。


「とにかく魔物を殲滅する事が目的だ!躊躇はするな!!迷った瞬間、死ぬのは自分だと思え!!」


 魔物臭さに、血生臭さ。

 咆哮と叫び声。

 これは戦場特有の光景で、否が応にも体験してしまう非常識。

 生死を懸けた戦いが始まったのだ。




 [防衛戦・紅蓮天翔]

「モニカ、躊躇するとやられるぞ!!」


 ローレンツが、モニカの動きの迷いを感じ取り注意をした。

 戦場では迷った者から死んで行くからだ。

 これは、普段の魔物との戦いでも同じ事で、他人の死を沢山見て(経験して)来たからこその言動。


「ええ、解かっているわ!」


 モニカもその事は十分に解かっていた。

 だが、自分の周りで魔物に殺されて行く冒険者達が多い為、理解はしていても心が追いつかないのだ。

 頑張って努力しても、幾ら強くなっても、魔物と戦う時は細心の注意が必要になる。

 連想してしまう死の連鎖。

 いずれ、自分自身に訪れるのでは無いのかと。


「所詮は魔物!!多様な戦術を駆使する訳でも無く、魔物同士で連携する事は無い!数が多かろうが、個の集まりでしかないんだ!!」


 これはローレンツなりの励ましだった。

 正直、自分達の力量では、この戦場を生き抜く事の方が難しい現状。

 行動した事が偶々上手く行っているに過ぎず、取捨選択した行動が生命を紡いでいるに過ぎない。

 枝分かれした無数の選択が、いずれは先細り選択肢も失って行くだろう。

 それでも、最後まで抗う。

 それが最期とならないように。


「そうだ!!俺達は魔物の個に対して連携して倒せば良い!!一人で勝てなくても、皆で勝てば良いのだ!!」


 ブルトスも便乗する。

 魔物の特性を利用し、人間の特性を活用した戦いを。

 もしかしたら、既に自分達の勝敗は決している戦いなのかも知れない。

 だが、この防衛戦での勝敗はまだまだ解からないものだ。

 最終的に領都が残れば、領民が残れば、この領地は勝利となるのだから。


「ええ。それが冒険者として存在する矜持。そして、貴族としての務めですわ」


 冒険者として生きて行く道を選択した時から、人の為に生きる事を誓った。

 そして、ローレンツもモニカも貴族出身の冒険者。

 強者は弱者を救済する為に存在をする。

 金、権力、力。

 その全てを、他人の為に使うのだ。


「『紅蓮天翔』大原則が一つ!!死地にこそ、生き残る為の活路あり!!絶体絶命の死地に追い込まれるからこそ、思い掛けない力が開花する!!そして、今がその時だ!!」


 火事場の馬鹿力。

 窮地に陥った時こそ、物事にのめり込み真剣になるのだ。

 集中力から生まれる、無意識な選択の迷いの無い判断力。

 そうして、傷付きながらも、血を流しながらも、必死に魔物と戦い始めた。




 [防衛戦・領軍側]

「魔物が北上中!このまま防衛軍と交戦します!!」


 冒険者達の網を抜けた魔物が領都へと襲い掛かって来る。

 それを待ち受けるのは、規則正しく隊列を組んだ領軍だ。


「ここからは私達の番だ!!隊列を維持したまま防衛に当たれ!!」


 総指揮官が指示を飛ばす。

 その一声に、全員が一矢乱れずに返事をした。

 迷いの無い揃えられた返事は訓練の賜物。

 皆が皆、武器を構えて、魔法の準備をして、魔物の到着を待つ。


「もうすぐ防衛ラインに到達致します。私達に護れるでしょうか?」


 総指揮官の補佐を務める男性。

 今までに見た事も、聞いた事も無い地鳴りを響かせる魔物の行進。

 勝手に身体が震えてしまい、身に纏う鉄の鎧がカチャカチャと音を鳴らしている。


「護れるでしょうかでは無い!!護るのだ!!さあ、来るぞ!領民の為、領都の為、そして、我々が住まう領地の為に力を尽くすのだ!!」


 やるかやらないの選択肢では無い。

 やり遂げるのだ。

 その言葉の力が領軍を鼓舞した。


「防衛隊!!かかれ!!」



 

 防衛戦が始まってから数分。

 連合攻撃隊も、防衛隊も、両者共に善戦をしていた。


「休まずに攻撃を続けるんだ!!」


 連合攻撃隊は、巨大な山椒魚サラマンダーを囲む事で足を止めさせ、前衛と後衛の攻撃を巧みに入れ替えて、上手い事相手の意識を散らしながら攻撃を与えていた。

 だが、硬い鱗に攻撃が弾かれてしまう。

 魔法も身体を燃やす事に至っていない。


「くそ!くそ!くそ!攻撃が効かねえ!!何なんだよ!!この化け物は!!」


 どうしようもない程の実力差。

 戦技アーツも効かない。

 連携も足を止めるだけで、ダメージを与える事が出来無い。

 相手は、動くだけでこちらに致命傷を与える事が出来てしまう。

 そんな理不尽さを受けて、次第に心が弱って行く。


「これで、どうすれば良いんだってよ!!」


 尻尾を動かすだけで傷付いて行く仲間達。

 装備している鎧は、身を守る為の防具の機能を発揮していない。

 それはそうだ。

 規格の魔物の強さを上回っており、そんな魔物と戦う事など想定して作られていないのだから。

 どうやら、この戦いは一方的なものになりそうだ。

 魔物の殲滅ではなく、魔物からの人間の殲滅。

 抗う事の出来無い蹂躙が始まった。

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