079 冒険者と悪食の山椒魚⑦
「今からおよそ二日後。変異種の山椒魚による領都カッパフルスへの襲撃に備え、領都の防衛から魔物の討伐と、カッパフルスに存在する全ての冒険者に協力を要請致します」
ギルドマスターの真剣な表情。
それに伴った言動や動作から、幾ばくかの緊張が伝わって来る。
「ギルドにて冒険者のランクに応じた編成を組み、それぞれの役割を担当して貰います」
今説明をしている場所は、領主が住まう城の中の応接間。
相手は勿論、カッパフルス領の領主となる。
この領主はギルドマスターと同年代の男性。
ギルドマスターが武の人間としたら、領主は知の人間である。
「その中で高ランクの冒険者には連合攻撃隊を編成して貰い、変異種の山椒魚討伐にあたります」
纏めた資料を広げながら、これからの対応を説明している。
驚くべきは、変異種の山椒魚が成長をしている事だ。
既に被害は深刻なもので、今も尚広がり続けている。
此処で動かなければ、カッパフルスに未来は無いのだ。
(...連合攻撃隊?冒険者達が?)
領主は、これまでに聞いた事の無い言葉を受け取って頭の中で疑問を浮かべた。
普段群れる事の無い冒険者。
三〜四人のパーティーを組んだとしでも、連合と言う程の規模は無い。
言い換えれば、それ程の相手だと言う事だ。
「冒険者同士で連合チームを編成し、変異種の山椒魚を倒そうと言う事か?」
「はい、領主様。その通りです」
縦に頷くギルドマスター。
領主の目を真っ直ぐ凝視めている。
「成る程...では、私達は何をすれば良いのだ?カッパフルス領の冒険者達が、如何に優秀かは知っているつもりだが、相手は変異種なのだろう?冒険者だけで対峙するのは、いささか危険では無いのか?」
領軍が居てこその規範の維持。
冒険者が居てこその領地の繁栄。
お互いに無くてはならない存在で、どちらも重要な役割を担っている。
そこに敵対関係などは無く、お互いを尊重している。
領内には一部、傲慢な輩や荒くれ者も存在して居るが、そう言った人物の方が稀で大体早死にしているようだ。
他領地では、関係が完全に分断されているところもある。
「領軍には領都の防衛を頼みたいと思っております。調査の結果、変異種の山椒魚は災害級に該当します。その為、変異種の山椒魚から逃げ惑う魔物達が厄介となります」
領地の命運を懸けた防衛戦が始まる。
それぞれ冒険者側と領軍側で役割を分担する必要があった。
「故意では無いにしろ、別の魔物を引き連れて来ていると言う事か...」
直近で領地内に魔物の氾濫がある事を耳にしていた領主。
その理由が、今回の騒動と結び付いたところで納得をしたようだ。
「はい。襲撃をして来る魔物のランクはバラバラであり、その数も特定出来る物ではありません」
災害級の山椒魚から逃げるのは、何も人間だけでは無い。
魔物同士でもそうなのだ。
今現在のカッパフルス領では、変異種の山椒魚が頂点に立つのだから。
「...変異種の山椒魚だけを倒せば良い、とはならないのだな?」
此処で注意すべき事は、変異種の山椒魚を倒しただけで終わらない事だった。
そもそもが災害級の魔物が相手なので未曾有の事態に当て嵌まる。
どう対応すれば良いのか解らないまま、思い付く限りの対応を迫られている状況。
否が応にも頭を抱えてしまう領主だった。
「全ての魔物を殲滅せねばなりません。魔物も死にもの狂いで襲い掛かって来ますので」
生き残る為に必死なのは、何も人間だけでは無く魔物達もだ。
「特定出来ない程の魔物か...数千単位での魔物が立ち憚ると言う事か...」
資料に正確な数字を書けない程の相手だ。
少なくとも千を軽く超える魔物達と言う事になる。
「はい。我々連合攻撃隊が変異種の山椒魚を惹き付けて討伐致しますので、領軍には他の魔物達の殲滅、領都の防衛をお願い致します」
役割はどちらも重要になるのだが、より危険な方は、直接変異種の山椒魚と対峙する方だ。
相手の正確な情報が無い中で、未知数の強さを持った魔物を相手しなければならないのだから。
「ふむ。私達は魔物達の殲滅に領都の防衛をすれば良いのだな?...そうか、すまないな。いつも損な役割を担って貰って」
敢えて、冒険者達側が討伐の役割を担う。
領地の事を考えれば、統制の取れた領軍に領都の防衛に就いて貰い、攻撃力の高い冒険者達に山椒魚討伐をして貰う事は、とても理に適っている事だ。
適材適所であり、そうなるべくしてなった役割だろう。
「いえ。どちらも領地を護る事に変わりはございません。損も得も無い事です。それに、私達は犠牲になるつもりなどありませんよ?」
此処で、ギルドマスターが不敵に笑った。
先程よりも少しだけ砕けた表情。
何だか二人の距離感や雰囲気から、お互いに親しみを感じる間柄。
「そうだったな...お前はそう言う奴だったな」
領主が軽く「フフッ」と微笑んだ。
此処に来て、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。
領主として迫り来る脅威に様々な対応をしなければならないのだが、もうやるしか無い状況に来ている。
あれこれ考え過ぎても、悲観してても状況が良くなる訳では無いのだから。
「ええ。領主様なら、昔からご存知でしょう?」
二人は旧知の間柄。
お互いが貴族院の同学年であり、切磋琢磨をした仲。
誰よりもお互いの事を知っている。
「うむ。私達も協力は惜しまない。出来る事は全てやらせて貰おう」
まるで、学生時代に戻ったかのような顔つき。
考え過ぎて老け込んでいた表情が、いつの間にか若返ったような、そんな活気に溢れていた。
「ありがとうございます。では、細かい部分を決めて行きましょうか?先ずは...」
後は、作戦の細かいの部分を詰めるだけ。
学生時代、お互いに研鑽し合ったように話を進めて行く二人。
状況は危機的なのに、何故か楽しそうに見えるから不思議だ。
この後、夜遅くまで話し合いが続いた。
冒険者ギルド、訓練室大広間。
この場所には、カッパフルス領に所属しているBランク以上の冒険者達が集められていた。
その中で、一際強そうな冒険者が二人目立っている。
どちらもAランク冒険者。
「今回の要請は災害級の魔物討伐だってよ?て言うか、緊急依頼の要請なんて、この領地初めての事じゃないのか?」
ライオンの鬣のような髪質の男性。
体内の魔力が漲っており、筋骨隆々の身体が逞しい。
傍から見ても、一目で強者だと解かる佇まいをしている。
だが、周りよりも一回りくらい身長が小さい為、本人はその事を気にしている。
「ああ、長い事冒険者をやっているが、緊急依頼要請は初めてになるな。お前は知っていたか?有史始まって以来の祭典が中止になるかも知れないって」
こちらは対照的に長身で細身の男性。
眼つきが鋭く、手足が長いのが特徴だ。
遺物である槍(魔法具)を背負っており、武器から魔力が漏れ出ていた。
「嘘だろ!?そこでしか出会いが無いって言うのに...だったら尚更、討伐しないとな?」
それが本心なのかは解からないが、不純な動機が多分に混じっている。
最高位のAランク冒険者なので、女性からモテない訳では無いのにだ。
どうやら、自分から女性を口説く事の方が好きらしい。
「ああ。それにしても高ランクの冒険者が、こんな場所に一同集まるだなんて、ただ事じゃないな」
此処での光景は、Aランク冒険者から見ても圧巻だった。
自分達とは力量差があれど、Bランク以上の冒険者が集まっているのだから。
「確かにな...他領地と戦争でもするのかと思うくらいだ。カッパフルス領に所属する全ての冒険者だろ?殆どはBランク冒険者ばかりだが、その中でもAランクの冒険者がちらほらと。それ程やばい相手だって事か」
この場所に居るAランク冒険者は、何も彼等二人だけでは無い。
隅の方で静かに待っている奴も居れば、他の冒険者と楽しそうに談笑している奴も居る。
どちらも二人と同じ位の力量で、競い合っている仲ではあるが。
「ああ。それ以外にギルド長も居る。それに...どうやら、リリスもいるみたいだ」
この場所には、全員で六人のAランク冒険者が存在していた。
Aランク冒険者は、一人で一個師団相当の戦力を有すると言われている。
その事からも、「戦争でもするのかと思うくらい」とは、あながち大袈裟では無いのだ。
「嘘だろ!?あの天上天下唯我独尊、自由奔放、奇天烈摩訶不思議の魔性の女が参加するのか!?」
Aランク冒険者と言えど、強さには差がある。
ゲーム時代と比べれば雲泥の差となるが、ランクの強さの目安を魂位の格で表すと次のようになる。
Gランク=一~五(本来は一~一〇)。
Fランク=六~一〇(一一~二〇)。
Eランク=一一~十五(二一~三〇)。
Dランク=一六~二〇(三一~四〇)。
Cランク=二一~二五(四一~五〇)。
Bランク=二六~三〇(五一~六〇)。
Aランク=三一~(六一~)。
必ずしも全員がこの数字に当て嵌まる訳では無いが、参考値としては良い目安になる。
だが、このように上限がAランクまでしか無い為に、同じAランクでも天と地の差が開く。
「...誰が魔性の女なのかしら?」
リリスと呼ばれるこの女性。
古代遺跡に居た人物だ。
魔性の女と呼ばれる所以は、時が何年経っても見た目やスタイルが変わらず、その美貌を保っている(むしろ魅力は増している)為だ。
噂では、生き血を啜る事で美貌を保っているとか?
真相は定かでは無い。
「うわっ!?後ろに居たのか?」
筋骨隆々の男性が、驚き飛び跳ねた。
気配に全く気付かなかった事もそうだが、悪口に近い言葉を聞かれてしまい、この後に起こる仕返しを恐れた為だ。
「いや、一瞬で移動して来たよ。...相変わらずの速さだな」
長身の男性の方は、先程、部屋の中に居た事を確認しているおかげで驚きはしなかった。
「あらっ?動きが見えるようになったのなら、少しはマシになったみたいね?」
二人の事を舐めている訳では無いが、あまりにも自身と能力(魂位の格)が離れている為、気に留める相手では無かった。
だが、速さについていけると言う事は、それに見合った成長をしていると言う事。
「いや...全然見えなかったよ。君を追いかける事は出来そうも無い」
リリスの居る場所は解っていたが、瞬きの内に移動をしていた。
それこそ瞬間移動のように。
到底、追う事など出来そうも無い。
「そう。それは残念だわ」
感情の篭っていない言葉。
それに、微塵も残念に思っていそうも無い態度だ。
二人に興味が無い事は明白だった。
「ってか、リリスがこの場に来るなんて珍しいな?緊急依頼要請と言っても、お前はAランク。個人での裁量権を持っているのに」
Aランク冒険者は、貴族と同等の権限を持つ。
命令を聞く必要も、他人からされる必要も無い。
原則として何者にも縛られないのだ。
「ええ。そうなんだけど、少し気になる御方がいて...」
二人の話を、話半分に聞きながら周囲をキョロキョロと探している。
自分の話をしている事が聞こえた為、二人に近寄ったが、既に二人に興味は無かった。
「リリスが...気に掛ける人物だって?」
「そんな奴がいるのか?一体どこのゴリラだ?」
リリスの強さはAランク冒険者の中でもダントツ。
魔物に苦戦する姿など見た事が無い。
そんな人物が気に掛ける御方とは誰なのか?
その結果、人間では無いと考えたようだ。
「...貴方と一緒にしないでくれるかしら?」
言葉に怒りが込められていた。
殺気が漏れ出したかのように、魔力に気圧されてしまうその付近に居る冒険者。
一瞬の内に、息苦しい空間へと様変わりした。
「その御方は、貴方達と違って芳醇な果実。それなのに、まだまだ熟れていない果実なのです」
粘り気のあるような、聴覚を刺激する甘い声。
その人物を思い浮かべた時、急に悶え始めたリリス。
トロンと惚けた瞳に、唇の端から覗く濡れた舌。
光悦な表情へと変わり、甘く厭らしい匂いが周囲を包み込んだ。
リリスが居るだけで、人間の五感全てを刺激されてしまう。
「なっ!?誰がゴリラなんだ!?」
相手に気圧された為、理解が一瞬遅れて反応を返す。
腕まわりの筋肉や見た目はゴリラに見えるので、あながち間違いでは無いのかも知れないけど。
「リリスにそこまで言わせるのか...そいつは凄い人物だな。同じAランクと言っても、俺達とリリスでは天と地の差がある。...そいつが羨ましいよ」
出会った者、全ての人物が惚れてしまう程の魅力を持つリリス。
二人とも例に漏れなく惚れており、出来れば距離を縮めたいと思っている。
「どうやら...この場にはいないようですね。匂いがしないわ。初めて出会った方ですし、この領地の冒険者では無いのかしら?」
解り易く、とても残念そうに落胆している。
他の者など一ミリも視線に入っていないのに、直接出会った事も無い人物を懸想していた。
「リリスが知らないのなら、そうなのだろう。それよりも、連合隊に加わるのだろう?」
色々と話が脱線してしまったが、この場の集まりは災害級の山椒魚討伐の為の集まり。
「...ここまで足を運んでますので、そうしたいのはやまやまですが...私は、防衛隊の方へ回らせて頂きますわ」
探している御方が連合隊の集まりに居ないのなら、防衛隊の方に居るだろうと考えての事。
(もしかしたら、そちらの方にいるかも知れませんので)と心の中で思っていた。
「そうなのか?まあ、後ろにリリスが控えてくれるなら安心出来るか」
リリスが連合隊に参加しない事は、討伐にマイナスとなる。
だが、防衛に就いてくれるなら領都は安全が確保されたようなもの。
「フフっ。ゴリラさんは、少しは頭を使って下さいね?」
「なっ!?」
猪突猛進な性質の冒険者。
今以上を目指すなら、頭を使う事が必要になる為、気紛れに近いものだがちょっとしたアドバイス。
「では、お二人とも頑張って下さいね」
そんな言葉を残し、足早にこの場から退席をして行った。
考えている事は別にある。
思う事は懸想する一人だけ。
(ああ、早くお会いしたいですわ)
「領都では最近、冒険者の出入りが激しくなっているのか?」
街の様子の異変を感じ取ったギュンター。
その内容までは把握していないが、不穏な空気を感じている。
「何だか、大雨後の川の氾濫があった後では、良くある光景みたいですよ?」
この領地特有の光景。
自然の猛威が振るう、魔物の氾濫。
「土地柄ってやつか。そう考えると、イータフェストは随分と長閑な場所になるんだな」
ギュンターが、自分達の住む場所と比べる。
イータフェストでは、あり得ない光景だからだ。
「私は、ジメジメしていないからイータフェストの方が好きかな?」
カッパフルスは雨が良く降る土地柄と言う事もあり、湿度が高い。
さくらは、雨季以外ではあまり雨の降らないイータフェストの方が好きみたいだ。
「魚介類は美味しいと思うけどな...これなら、イータフェストでも毎日食べたいくらいだ」
メリルのお気に入りは魚介類。
イカ料理が有名なカッパフルスだ。
生で食べても、焼いて食べても、揚げて食べても美味しい食材。
此処での調理法は、焼くしか無いのだが。
「安定して仕入れる為には、別途でコストが掛かりますからね。毎日は流石に難しいと思います」
冷蔵、冷凍での運搬が出来無い現状。
新鮮な食材を仕入れる事が難しい。
此処が改善出来れば、食の流通も豊かになるのだが。
「でもよ...このバーベキュー(?)って言うものは、楽しくて美味しいものなんだな!」
海辺で取った食材を焼いて食べる。
火力が不十分や、衛生管理を徹底出来無い場合は食中毒を引き起こしたりするが、景色を眺めながら食べるバーベキューは格別なもの。
楽しくて美味しいものなのだ。
「それは本当にそう思うな。まあ、それだけじゃなく、やはり、ルシウスのご飯が一番美味いからだろう。ルシウスなら、これだけでも一生食いっぱぐれないだろうな」
最近のメリルのささやかな楽しみ。
食事の美味しさを知ってからは、食べる事に夢中なのだ。
「そんな事ないですよ?これらは、簡単に覚えられる物ばかりで、皆も直ぐに作れる物ですよ?」
現代知識(プロネーシスの記憶から引き出せる情報)を持っている僕にとっては、当然の出来事だ。
現段階では限られた食材や調味料しか無いが、その中で工夫して作る料理。
ただ、レシピがあれば誰でも作れるようなものだ。
「...私は、食べる専門で良い」
決して、料理が得意な訳では無いメリル。
作れば意外と上手に料理する事が出来るのだが、食べる方が好きなのだ。
「俺も、料理はどうもな...食べるだけが楽で良い」
ギュンターは、料理と言うものを全くした事が無い。
基本は、「焼けば食える」と思っている。
「私は、もう覚えたよ。ルシウスと一緒にご飯作るのは楽しいから」
さくらは、僕と一緒に料理をする事が多く、こう言った作業も嫌いでは無い。
むしろ料理は好きな方かも知れない。
一度一緒に作った料理は率先して料理をしてくれるし、自分自身の気分転換にもなるみたいだ。
「さくら、手伝ってくれてありがとう。でも、火の使い方だけは気をつけてね?」
僕も、さくらと一緒に作る料理は楽しい。
自分一人で作るよりも余分にだ。
「うん!」
さくらの明るく元気な返事。
この笑顔に癒される。
そして、食事も済み時間が経ったところ。
僕とギュンターは二人で海辺に、さくらとメリルは日陰で休んでいる。
「いやあ、海は良いもんだな...最初は塩っぱくてビックリしたけど、こんなにも綺麗な場所だなんて」
ギュンターが、海の水平線の向こう側を想像しながら景色を楽しんでいる。
日差しに照らされた肉体美が眩しい。
「後先考えずに、海に飛び込んだ時はビックリしたけどね。今は、まだ水温が低いから海の中に入るのは無謀だけど、夏になれば心地良いと思うよ?」
春先だと言うのに、水温の低い状態で海に飛び込んだギュンター。
サウナ後の水風呂に入るかのように、気持ち良さそうに満喫していた。
ギュンターと二人の時は、ボスと子分の関係であり、歳の差は関係無く、実力主義での関係。
「服のまま入って滅茶苦茶怒られたからな...金属を持っていなくて、本当に良かったよ」
海には塩分が含まれている為、手入れをしなければ金属を錆びさせる。
服もべたつきが残り、痛んでしまうものだ。
「ギュンターは、もう少し躊躇があった方が良いね。メリルさんに愛想つかれるぞ?」
二人の関係は最初の頃よりも進展をしている。
ギュンターだけの一方通行では無いのだ。
だが、考え無しの無謀な男のままでは、これ以上の進展は難しい。
「いつもフォローばっかり、すまねえな。まあ、もう少しちゃんと出来るようにするよ」
自分の欠点。
だが、地道にその欠点を改善しているギュンター。
それ程、メリルの事を思っているのだ。
「...でも、ここならスラムの皆も楽しめるだろうな」
海を満喫していると、自然とスラムの仲間の事が思い浮かんだ。
此処には僕や、さくらや、メリルが居る為、ギュンター自身は楽しめている。
だが、ふと寂しさを感じてしまうのだ。
一緒に育って来た仲間の楽しむ姿を想像しながら。
「次は、ギュンターが率いても良いんじゃないのか?皆頑張っているから、その労いとしてね。それに、孤児の皆とも仲良くやっているみたいだし、安心したよ」
ギュンターなら、次はスラムの仲間達と一緒に来れるだろう。
スラムの仲間達も、それぞれが戦う能力を持っているし、ギュンターが居ればこの領地の魔物なら、先ず負ける事が無いだろうから。
「こればかりは、ルシウスのおかげだな。初めて会った時は、正直、危なさしか感じなかったけど...今では、全てにおいて感謝している。俺達を助けてくれてありがとう」
最初は僕の事を警戒していたギュンター。
目の前で死を叩き付けられた為、圧倒的強者には従うしか無いと感じてしまったようだ。
仲間を守る為にも、それが最善なのだろうと。
だが、それは思い違いで終わったのだ。
「...同じ、親の居ない人達ばかりだからね。まあ、でも一番は、ギュンターの人柄があってこそだよ。真っ直ぐで嘘が無いから、人として凄いよ」
僕達と同じ境遇で無ければ、環境が悪くても悪に染まらず誠実なギュンターで無ければ、こうなってはいなかった。
結局は、人との関係性によるものなのかも知れない。
「そうか?俺からしたら、お前の方が凄いけどな。こんなちっちゃい形をしているのに、誰よりも大きいんだからな。全く...ルシウスには敵う気がしないな」
「見た目で判断するな」と言う事を身体で教わったギュンター。
単純な力ではギュンターの方が上だ。
だが、戦いとなると太刀打ちが出来無い。
「ギュンターは、ようやく体幹がしっかりして来たところだからね。下半身と上半身の連動が良くなっているし、今じゃあ、すっかり手打ちがなくなったからね。重心の位置がいかに大切か、身に染みたんじゃない?」
一緒に訓練をするようになり、ギュンターの戦闘スタイルに合わせて訓練をして来た。
最初の頃と比べると、明らかに良い方へと変化をしている。
力任せの攻撃では無い、身体全身を使った攻撃。
「確かにな...ルシウスと模擬戦をすると嫌でも認識させられるからな。ただ、それ以上に近付けている気もしないけどな...」
「まあ、訓練を始めて一年経っていないからね?身体の成長は魂位を上げれば何とかなると思うけど、それに伴った技術が身に就くまでは、まだまだ時間が掛かるよ」
ギュンターに足りないものは、まだまだある。
一番は身体能力を活かせる技術を鍛える事。
反復して、状況に応じた選択(攻撃)を自然と出来るようになる事を目指しているのだが、そこに辿り着くまで時間は掛かるものだ。
「そう言うもんなのか?まあ、俺はメリルさんに勝てれば、それで良いんだけどよ」
何も、ギュンターは最強になりたい訳では無い。
メリルに認められる力が欲しいだけなのだ。
愛を成就させる為にも、夢見た家族を作る為にもだ。
「...勝てるかな?」
だが、メリルが目指しているところはだいぶ高い。
最強と言う訳では無いが、復習する相手はかなりの強さ。
自身が強くなっても、それ以上に不安に思う程の相手なのだから。
その為、同じスピードで成長をしていたら決して追い付く事は出来無い。
生半可な気持ちでは勝つ事が出来無い。
「えっ?何か言ったか?」
良く聞こえていなかったギュンター。
いや、これで言いのかも知れない。
メリルに勝てなくてもギュンターの思いが変わらなければ、復讐を達成した後なら、条件など関係無くなるだろうから。
「いや、頑張ろうって言ったんだ」
それに、訓練の質は向上しているし、本人のやる気も徐々に上がっている。
魂位が上がり、強くなっている事を実感しているからだろう。
上回る瞬間も来るかも知れないのだから。
「おう!任せろ!!」
ギュンターの白い歯を覗かせた笑顔。
これからどうなるのか、とても楽しみだ。
領都カッパフルスでは、変異種の山椒魚の襲撃に備えていた。
外壁の更に外側、領軍と冒険者達が囲むように守備に就いている。
その内訳は、両者が邪魔をし合わないよう別々に隊を組み、前後に配置している形だ。
即席で両者が混じり合って連携を取るには、あまりにも不十分な為、攻撃の得意な冒険者側と、守備の得意な領軍側で配置を分けている。
冒険者が魔物を取りこぼしても、その抜け出た魔物を領軍側が殲滅する、二段構えの守備。
各々の特性を十二分に発揮する為の陣形だ。
「皆の者、気を引き締めよ!魔物の進入を一度でも許せば領都は壊滅。我らカッパフルス領の一進一退を懸けた防衛戦となる」
領軍側の総合守備隊長。
内包する魔力が活性化されている為、同じ年代よりも若く見えるが、身に纏う雰囲気は威厳がある。
一目見て只者では無いと解る佇まいだ。
「隊長...冒険者達との共闘になりますが、上手く行きますかね?」
領兵の一人が話し掛ける。
どうやらこの人物は、総合守備隊長に物怖じせずに話し掛けられる程の地位には就いているようだ。
皆の聞きたい事を代弁するように、今回の作戦の要となる共同戦線について伺った。
「そんな事を考えていたのか?...くだらない質問だな。お前も知っているだろう?冒険者達は、決して私利私欲だけの人間では無い。生活の為に冒険者として身を置いているが、あの凶悪な魔物と戦ってくれているのだ。我ら領軍とその志は違えど、領地の為に懸命になっている事は変わりないのだよ」
領地によっては、冒険者と領軍が相反する場合もあるが、この領地ではそう言った事が全く無い。
お互いに尊重し合っている仲なのだ。
「さすがはカッパフルスです!!お互いに認め合っての繁栄ですね!カッパフルスが素晴らしい領地と言う事ですね!!私、一生この領地をお護り致します!」
領兵の目が一際輝き始めた。
領地に対しての誇りを持ち、やる気が漲ると言うものだ。
「うむ。では、準備の方を進めるぞ!」
防衛戦、別の場所では。
「それでは、お前達ここは任せるぞ」
カッパフルスのギルドマスターが、防衛戦に参加している冒険者達に声を掛け回っているところ。
一人一人に声を掛け、皆を鼓舞している。
「ギルドマスター自ら、防衛の戦線に立つとは。また、ギルドマスターの勇姿が見られるのですね」
副ギルドマスターが嬉しそうに、ギルドマスターを凝視めていた。
尊敬する人物の戦う勇姿。
堪らない思いだ。
「冒険者全員が領都防衛戦に集まっている。そなたは、副ギルドマスターとして防衛における戦術の手ほどきでもしてやってくれ」
全員が全員、防衛戦に慣れている訳では無い。
領都を護りながら魔物と戦う事は、何も無い状態で魔物と戦う事とは全然違う。
戦法も戦術も勝手が違うのだ。
「ギルドマスターと編成が違う為、この場に一緒に居る事は出来ませんが、副ギルドマスターとして、一生懸命に頑張らせて頂きます」
出来れば、傍で一緒に戦いたかったのが本音だ。
だが、自身がやるべき事を解っている為、我侭など言えない。
やるべき事は、出来る限りの生還を手助けする事だ。
「...ギルドがここまで機能しているのも、そなたがしっかり管理をしてくれているからだ。冒険者を経験した身として、皆の不満を改善してくれたからだろう?」
肩に力が入っているのを見越して、無駄な緊張を解す。
普段通りにしていれば、その能力を十二分に発揮出来るのだから。
「...マスター」
ギルドマスターに認められている事が解って、嬉しくなった副ギルドマスター。
目がウルウルと潤んでおり、今にも泣き出しそうだ。
「だからこそ、無理をするではないぞ?そなたは私と違って先が長い」
生も死も、人がコントロール出来るものでは無い。
今回の防衛戦では、それが尚の事。
出来れば誰も死んで欲しくは無いのだ。
「マスターこそ、Aランク冒険者と言えど、年齢を考えて下さいね?」
肩の力も抜け、冗談を言える程の精神状態に。
普段通りの笑顔が出ているので、もう大丈夫だろう。
「ハハハッ!私には老いなど、よく解らないからな」
見た目の老いが合ったとしても、精神も肉体も成熟をしている。
いや、今も尚、成長を続けているのだ。
「では、ご無事を願っております」
胸に拳を当て、真面目な表情へと戻った。
これから始まるのは死闘。
決して、負けてはならない戦いだ。
「うむ。そなたも」
同じように、ギルドマスターが思いを返した。
お互いの無事を願ってのやりとり。
さあ、後は領都を護るだけだ。
場所は変わって、領都防衛戦に参加している『紅蓮天翔』の面々。
今回の騒動は、カッパフルスにて活動する冒険者として到底看過する事が出来無い事態。
全員が一丸となって、事に当たる必要があった。
「ローレンツ...領都はどうなるのかしら?」
モニカの声が震えている。
これから起こる事態は、未曾有の事態。
誰しもが経験した事の無い事態であり、予想も出来無い事態だ。
いつ何時、死を覚悟している冒険者とは言え、勝ち目の無い戦いは避けるものだ。
だが、今回ばかりはカッパフルスの生存を懸けた戦いになる為、そうも言ってられなかった。
自分達よりも格上の魔物と対峙せねばならず、不安に思う気持ちが強まる。
「モニカ、大丈夫だ。この場には、私達よりも格上の冒険者に領都の要である領軍もいるのだから」
ローレンツが一度周囲を見渡し、モニカの不安を取り除くように声を掛けた。
だが、普段のローレンツなら「私に任せろ!」と大見得を切るところだが、今回の規模を考えれば生半可な事は言えないようだ。
「そうだぞ、モニカ。俺達は、俺達で出来る事をやれば良いだけだ。いつも通りに、倒せる魔物を倒すだけで良いんだ」
一番の年長者であるブルトス。
モニカへとゆっくり語り掛け、自分達のすべき事を諭して行く。
「ローレンツ...ブルトス...そうね。ここで弱気になっても仕方が無いわ。お姉さまのように凛々しくいなければ!」
こういう場面に陥った時、尊敬するメリルなら凛々しく優雅に戦う筈だと。
その事を想像した時、自然と震えが止まっていた。
「その通り!!『紅蓮天翔』大原則が一つ!!“騎士は食わねど陰奉仕”!!これは決して、やせ我慢をして見栄を張る事では無い!!非常に苦しい環境であったとしても、他人にはそれを見せず、気高く生きる事を示している!!人の陰から皆を支える為の格言だ!!」
“騎士は食わねど陰奉仕”。
日本の諺で、武士は食わねど高楊枝と言う言葉がある。
意味はほぼ同じ事で、国や文化によっての違った言い回しだ。
ローレンツは、自分自身を奮い立たせる為にも、皆を鼓舞する為にも口上を述べた。
相変わらずの格好良さ。
「領民に安心感を与えるためにも、不安な顔を見せるなって事か?...確かに、ギュンターならそうやって先陣をきるだろうな」
ブルトスは引き合いに、最近知り合って仲良くなったギュンターの事を思い浮かべた。
ブラウクロコディールと戦っていた時の姿がまさにそうだったから。
二人では実力に差があるのだが、今の目指すべき姿だ。
「ええ、お姉さまも同じよ」
モニカも同じように、メリルが戦っている姿が思い浮かんだ。
頭の中のメリルは随分と凛々しくなっているが、今この場に居たとしても頭の中のメリルと活躍は変わらないだろう。
「それは、私達も同じだ。やるべき事をやり遂げる!!白の女神様の加護は我にあり!!見てて下さい、さくらさん!!私が貴方に降り掛かる脅威を払い除けます!!」
あの人達に比べたら出来る範囲は狭い。
だが、そんな自分達でも出来る事はあるのだと、それぞれが腹を括った瞬間だ。
勝手に状態や思いを湾曲しているローレンツだが、それが自身の力へと変換されていた。
「...格好良い事を言っていたけど...あなたが格好付けたいだけなのね。...呆れたわ」
モニカの冷たい視線。
だが、本人は気付いてすらいなかった。
「うちのリーダーは、すっかりお調子者に成り下がったか...まあ、なるようになる...か」
ブルトスは天を仰ぎながら、その思いが言葉に溢れていた。
だが、緊張で強張っていた皆の身体は良い感じに脱力している。
それならば、後はやるだけだと。
「さあ!白の女神様の祝福を!!」




