078 冒険者と悪食の山椒魚⑥
「先ずは、現状のおさらいからしようかな...」
現時点での僕の状態のおさらい。
ゲーム時代のキャラクターに転生している為、能力はそれに順じているが、生まれ変わっているので初期状態からのスタートだ。
むしろ、赤児からやり直しているので初期状態よりマイナスのスタートになる。
「キャラクターの初期状態は、種族が天使で、職業が魔法使い。背中に翼がある事からも間違いは無いと思うけど...ただ、本来の翼とは違うんだよね。普段も羽の無い翼で可視化されていないし、魔力によって具現化する翼。本来持っている天使特有の白い翼じゃ無いんだよな...」
ゲーム時代との設定が異なっている為、僕の種族が天使なのか、いまいち解らない。
翼の隠蔽から、魔力による翼の具現化。
これは、ゲーム時代の設定から逸脱した能力であり、天使族が保有(常時展開)している白い翼とは明らかに違うものだ。
一応、背中に翼があるので天使(?)族だとは思っているけど。
魔法については言わずもがなで、魔力の属性変化が出来無い為、魔法を直接的には扱えない。
非効率で魔力の無駄使いになるが、魔法陣を無理矢理魔力で模り、それを介する事で魔法を放つ事が出来る状態だ。
間接的な使用法で、正規の使用法では無い。
その為、他人が魔力を一消費して魔法を放つとしたら、僕はその百倍の魔力が必要になる状態。
魔力そのものを放った方が、効率が全然良い。
もしくは、何かに魔法陣を刻んで使用出来れば、今よりも魔力消費を抑えられるが、今のところそれに耐え得る素材が無いのが辛いところ。
正直、原因は解らないけど、それでも魔法が使えているので僕にとってはありがたい事だ。
その分、限度はあるけど魔力総量を増やせば良いだけだから。
『魔力の性質によって色を変える翼です。これは、ゲーム時代には無かったもので、マスター限定の翼(能力)だと思われます』
プロネーシスの記憶に無い情報の為、新しいもの(情報)、もしくは、未知のもの(情報)となる。
ただ、自分自身何かを忘れている気がするのも確かだ。
それを抜かして考えても、種族が変異でもしていなければ、キャラクターのままの転生となるので、天使に変わり無い筈だと。
「まあ、そうなるよね...じゃあ、次になるけど、個人によってステータス値には初期能力の違いもあるみたいだし、魂位一の状態と言っても他人によって違うよね?僕とメリルさん達とでは、潜在能力や成長値が異なるで良いのかな?」
体感的に僕のステータスは、ゲーム時代に照らし合わせれば、もう直ぐで種族進化が出来る魂位の格だと思っている。
ただ、ゲーム時代の魂位やステータスが、そのままこの世界に反映されている気がしていない。
ゲーム時代では、魂位一の状態でオリンピック金メダリスト並の能力があったからだ。
周りの人物を見ても、それ相応の能力を持ち合わせてはいないし、一般人は、あくまでも一般人レベルでの能力しか無い。
その事からも、同じ魂位一の状態でも能力差(個体差)があると言う事だ。
『はい。マスター。英霊級の魂位と、一般級の魂位に分かれている為です。ゲーム時代でもNPCの殆どは一般級。もし、魂位の格がマスターと同等の場合では、その能力値に差が生じます』
どうやら、ゲーム時代の設定によれば、魂位の潜在値は細かく等級が分かれており、英霊級の中でもG~Sとランクが定められているようだ(一般級も同様)。
但し、一般級でも魂位を上げれば、能力は軒並みに上がるし、種族や職種に合わせて魔法や戦技、スキルを覚える事が出来る。
ゲーム時代のNPC(一般級)でも魂位を最大値まで上げれば、各々の能力値は英霊級に及ばなくても、使用出来る(覚えられる)、魔法や戦技、スキルに差異は無かった。
そして、メリルやギュンターは一般級に当たる。
「確かに、エインヘリャルとして復活した存在がプレイヤーだもんね。まあ、この世界でもプレイヤーとは別に英霊級も存在するって事か...さくらは、明らかに英霊級だもんな」
さくらは、その中でも特別な存在。
ゲーム時代には無かった固有スキルを使用出来る上、能力値や成長値的にも僕(英霊級)と同等の人物。
物語の中の主人公やヒロインに成り得る存在だ。
映画なら、傷付いた主人公を癒すヒロイン。
アニメや漫画なら、魔法や歌を駆使して悪と戦う主人公。
小説なら、気が付いたら世界を救っていた系の時代の寵児。
実際、どのルートを選んでもそうなれる潜在値を持っている。
あれっ?
チートってこう言う事かな?
『はい。マスターと魂の回廊が繋がった事で、尚更かも知れません。ですが、能力や固有スキルについては説明がつかない事の方が多いですが』
プロネーシスの中で立てられる予想は幾つもあるのだが、今持っている情報では断定が出来無いそうだ。
僕との魂の繋がりが生まれた事で能力値が上昇している事は間違い無いが、それでも常人では収まらない存在。
周りから見たら、きっと僕もそう見えるのだろうが、僕と同じように稀有な才能を持った人物だ。
もう直ぐ六歳になるのだが、その見た目どおりでは無い人格と才能の持ち主。
まあ、それ以上に、本人の努力があっての能力なのは間違い無いけれど。
「言葉にすると、軽く聞こえるかも知れないけど...感受性の豊かさに、それを表現する事が出来る創造力と独創性。その能力に付随する音楽的才能は言うまでも無いんだけど、幼いながらも責任感の強さと周囲に対しての思い遣り。僕が言う事じゃ無いんだけど...歳相応の子供と話している感じはしないんだよね...」
その場の雰囲気や感情を音に乗せて歌う表現力。
曲の流れを読み取り、メロディに合わせた強弱の付け方。
どれも他人から逸脱しており卓越したものだ。
但し、その才能に身体の成長が追いついていない為か、まだ完璧では無いようだ。
曲によっては、若干のリズムのブレが生じてしまう。
これは肺活量の問題なのか?
それともブレスを入れる位置なのか?
僕には解らない事だ。
ただ、それを含めたとしても、歌(曲)を一貫して聞いた時に音(声)の心地良さを感じるものではあるけれど。
その事からも、音楽的才能は誰しもが驚愕するものであり、他人と比べても稀有な才能である事は明白だ。
それに、それ以外の部分でも常人には無い能力の持ち主だ。
それこそ人生を一度経験しているかのような感覚の持ち主で、僕と同じように“転生を経験しているのでは無いか?”と思ってしまう程。
あれっ?
人生何周目だ?
『年齢に対しての言動や行動が歳相応では無く、理解力、応用力が大人と同等、もしくは、それ以上の能力を発揮する為だと思われます。但し、マスターと対等に会話が出来る事からも、良き理解者である事は間違いありません』
僕には現代知識があっての、更にはプロネーシスのサポートがあるからこその能力、優位性だ。
それ以外の事で他者と比べて優れている点は、自分では直ぐに思いつかない程。
生まれ育った環境による痛みに対する耐性(我慢力)と...死ぬまで没頭してしまう集中力くらいか?
はっきり言って、初期状態でのチート具合は、さくらの方が遥かに上だ。
「だからこそ、負けたくないんだよね。それこそ、僕が頑張る動機の手助けになるし、史上最強の英雄を目指す上で避けて通れないから。それに...才能に胡坐をかかず、あんなに努力を重ねているんだから」
幾ら有能な才能やスキルがあったとしても、活かせなければ意味が無い。
そして、努力をせねば、それらの能力が伸びる事は無い世界だ。
頑張る事が自分の能力へと還って来る世界。
だがらこそやりがいがあるのだ。
『生前を含めて、能力の伸びも、努力する事もマスターの方が断然上です。誰にも負ける事はありません。それに、私が付いておりますので』
珍しく、プロネーシスがムキになっている?
無機質では無い、感情らしい感情の吐露。
何だか、僕自身が認められたようで嬉しいな。
「...ありがとう。じゃあ、そろそろ古代遺跡の攻略と行こうかな?」
この古代遺跡は、全六階層の古代遺跡。
どの階層も水辺に生息する魔物が出現する。
一階層、ザリガニ型の魔物。
二階層、海月型の魔物。
三階層、海老型の魔物。
四階層、貝型の魔物。
五階層、蛸型の魔物。
六階層、烏賊型の魔物。
僕の目的は、四階層の貝型の魔物。
魂位上昇を狙いながら四階層を目指す。
「ねえ、プロネーシス?やはり魔物が弱体化している?」
これは、ブラウクロコディールと戦った時にも感じた事だ。
ゲーム時代のブルークロコダイルなら通らない攻撃も、この国のブラウクロコディールだと攻撃が通る。
僕がこれまでに戦って来た魔物全てが、体感的にゲーム時代よりも弱体化していたのだ。
その見た目や特徴からも、ゲーム時代の魔物と同一の存在である事は間違い無いのに。
『はい。マスター。ゲーム時代では、それぞれの魔物に設定として規定魂位値が定められていましたが、現実化した事により、その設定諸々の枠組みが壊れています。古代遺跡内で再生産する際、種族として存在出来る最低値で新たに生まれる為、ゲーム時代よりも能力値が低いのです』
ゲーム時代ではプログラムにより魔物に規定魂位が設定されていた。
ブルークロコダイルなら魂位値が十五~二十の間として誕生する。
そこに多少の誤差はあれど、大体同じ強さを維持していたのだ。
だが、ゲーム世界が現実となったこの世界では、その規定魂位値が無くなっていた。
但し、ダンジョンコアにより生み出される魔物が決まっている為、種族として存在出来る最低値からのスタートになる。
ブルークロコダイルはクロコダイルの進化系であり、その為、存在出来る魂位として最低値の一〇からのスタートのように。
「そう言う事か。要は、僕達と同じって事なんだね。そうなると魔物が魂位を上げる方法は、冒険者を倒す事くらいか。共食いのような特性があれば別だけど...だから弱く感じるのか」
設定が崩された事の生態環境による弱体化。
現実化した事で、なるべくしてなった結果だろう。
となれば、強者はより強者になっている可能性もあるけれど。
『その為、魔物を倒した時に得られる魂の力(経験値)も減少しております』
相手の強さに応じて得られる魂の力(経験値)は変わって来る。
そして、相手との魂位の格差が開けば開く程減少する。
基本、自分よりも弱い相手を幾ら倒したところで魂位が上がる事は無いのだ。
中には、魂位差があっても魂の力(経験値)をくれる例外も存在するけれど。
「まあ、それでも僕との魂位差は明らか。これなら種族進化を十分に狙えるね」
僕は、古代遺跡を進みながら魔物を倒して行く。
一回層の魔物は、ザリガニ型の魔物でグロースクレプスと呼ばれている。
両腕の大きな鋏による攻撃が特徴で、鉄の塊程度なら簡単に千切る事が出来てしまう。
殻の分け目が脆いのと、引っくり返せば弱点が剥き出しになるので鋏だけ気を付ければ問題無い相手だ。
二階層の魔物は、海月型の魔物でヘーレクヴァレと呼ばれる。
水の中では無くても、地上でも生息出来る魔物。
糸のように細い触手だが、その身体を十分に支える力があり、宙に浮かんでいるように見える。
自由自在に触手を動かす事が出来るのだが、動きがかなり遅いので攻撃を食らう事は無いだろう。
ちなみに、全部の触手を使えば一〇〇kg程度なら持ち上げる事が出来る。
三階層の魔物は、海老型の魔物でフンマーと呼ばれている。
尻尾を上手に使い、地面を立ち上がる。
その強靭な尻尾で地面を蹴り上げる事で、ダーツのように勢い良く突き刺す攻撃をして来るのが特徴だ。
しかし、攻撃が直線的なので読み易い。
そして、ある程度探索、討伐を続けたところで一休み。
丁度、小腹が空いたところで休憩だ。
マジックバックから干し肉を取り出して一齧り。
...塩っぱい。
「こうやって古代遺跡に潜っていると、食事や水分補給の重要性が解るよね。かと言って、衛生的にも、環境的にも料理する事は難しいし...」
古代遺跡の中は、魔物がひしめく世界。
休憩するにしても、周囲に気を張らなければならず、油断すれば即殺されてしまう環境だ。
戦いの中で如何に休むポイントを作るのが重要になるのだが、纏まった時間を休む事は難しい。
その為、保存食を携帯し、簡易な食事を取る事でお腹を満たす。
それに、古代遺跡で料理をする事は危険を呼ぶ行為だ。
一番は、料理の匂いに釣られて魔物を誘導してしまう事。
そして、清潔な環境では無い為に食中毒を引き起こし、自身を苦しめる事。
手洗いをするにも貴重な水を使用するし、料理をするなら専用の機材も、それ相応の食材も必要となる。
全員がマジックバックのような異空間収納が出来る訳も無く、それを持っている人物も高ランクの冒険者と限られる。
古代遺跡で料理する事は、実用的では無い。
「冒険者は、一攫千金狙いの遺物目当てで潜る事が殆どで、他人によっては何日も潜るみたいだね。魔物から取れる素材や核を売れば生活が出来るとは言え、一度潜れば生命懸け。流石に、塩漬けの干し肉やピクルスばっかりだと辛いよな...」
この世界では、自分が生きて行く為に冒険者になる事が殆どで、人助けの為、国の為と言うのは限られた人物のみだ。
その為、生活をする上で魔物の素材や核を収集し、冒険者ギルドなどに買い取って貰う。
大体の冒険者は、その日暮らしのあぶく銭しか稼げずに生きるので精一杯。
中堅の冒険者も、死なない事が前提なので決して無理をしない。
ベテランや、高ランクの冒険者となれば、個別で稼ぐ方法を知っているので別となるけど。
但し、自分よりも格下の魔物が相手だろうと不慮の事故は起こるし、魔物からすれば人は簡単に死んでしまうもの。
Bランクの冒険者が、遥かに格下のEランクの魔物に囲まれて殺されたなんて話も満更では無いのだ。
そして、古代遺跡ともなれば、安定して魔物が出現する場所。
お金を稼ぐには持って来いの場所だが、その分死ぬ冒険者が一番多いところでもある。
遺物を入手すれば一攫千金が狙える場所でもある為、夢見る人物が多い事でも確かだが。
「もっと、持ち運び出来る食事が充実すれば良いんだけど...持ち帰りのお惣菜みたいな?」
食材の天敵となるものが菌だ。
菌が増える条件として、水分、温度、栄養の三項目がある。
冷蔵庫を持ち運び出来る訳では無いので、ナマ物はNGとなる。
それに、他の食材(栄養)を媒介にして菌数が増えてしまう恐れがある為、携帯出来る食材が限られてしまう。
乾燥させたり、塩漬けにして水分を抜いたものを携帯するのだが、正直、美味しくない。
百貨店の地下みたいなお惣菜を持ち運び出来ればだいぶ変わるけど、保存方法や保冷(保温)方法がネックとなる。
まあ、その条件が達成出来れば面白そうだけど。
「まあ、食事そのもの改善の方が先になるか...」
この国の料理は、美味しくない。
調理法が焼くと煮る位しか無いので、似たような料理ばかりになるのだ。
調味料も普及していない事が大きいけど。
「さて、一段落もしたし、そろそろ再開しようかな」
水分も取ったし、お腹も少しは膨れたところ。
またまた探索の再開だ。
僕は、目的地の四階層へと進んだ。
「いた!アレだ!」
四階層に出現する魔物は、貝型の魔物でゲデヒトニスムッシェルと呼ばれている。
さくらへのプレゼントを作る為にも、僕が欲しい素材の貝殻だ。
カタツムリみたいな中身でヌメヌメした魔物。
火魔法で焼いてしまえば一発なのだが、そうすると貝殻も焼き上がってしまう。
そうなると色が変わってしまう為、見た目が美しくない。
そこで重要になるのが、中身だけを取り出す事だ。
「水分を奪って密閉してしまえば勝手に腐って行くんだけど、それだと今回は時間が足りない。ここは裏技の出番だな。塩をかけて中身だけを取り出そう」
貝から中身だけを綺麗に取り出す方法。
この魔物だけに有効な手段。
貝の中身がほぼ水分で出来た魔物の為、塩を掛ければ縮んで行くのだ。
素材採集を行う為の裏技で、運営の遊び心。
その代わり、大量の塩が必要になるけれど。
マジックバックから塩を取り出し、貝の中身に振り掛けて行く。
此処では、資源の無駄だと遠慮はしない。
ガンガンに塗して行く。
その時に縮んで行く様は、とても不思議なもので面白い。
「これで、後は中身を捻って取り出すだけだ」
貝の中身をナイフで突き刺し、貝の巻きに沿って捻って行く。
すると、中身だけが綺麗に取り出せるのだ。
ちなみに、食べても美味しい。
「よし!目的の品、ゲデヒトニスムッシェルを無事に入手出来た!後は臭みをしっかり取れば問題無い...時間はまだあるのかな?」
『はい。マスター。想定していた時間よりも、一時間程早く達成する事が出来ました』
此処まで来るのに、時間がもう少し掛かると思っていた。
だが、魔物が弱体化しているので、思ったよりもスムーズに進む事が出来たのだ。
「それなら...時間の許す限り、魂位上げを頑張ろうかな?また、あのような存在に出会ったら大変だし...」
古代遺跡の一階で出会った女性。
今現在、僕が出会った中で一番の強者だ。
悪意や害意を感じなかったので敵対する事は無いのかも知れないけど、戦ったら一〇〇%負ける相手。
少しでも対策(魂位上昇)が必要だ。
『それでしたら、私にお任せ下さい。時間の許す限り、ギリギリまで魔物の討伐を行いましょう』
「うん!目的の品も手に入ったし、後は遠慮が要らないね!」
貝の中で、一番美しい形をした物を手に入れた。
素材は一つあれば十分なので、後はどうなろうが関係が無い。
魔力での攻撃がし放題だし、貝を傷付ける事を気にせずに剣も振るう事が出来る。
僕の糧になって貰うだけだ。
そうして魔物を何体か倒していると、ようやく魂位の格が上昇する感覚を得た。
相手の魂を吸収する行為。
これはゲームで言う経験値。
魂の器の規定値を超せば、魂位の格が上昇する。
「よし!...力が漲るぞ!!」
俗に言うレベルアップだ。
筋力トレーニングや魔力トレーニングとは別の強化(能力値アップ)で、魂そのものの強化。
強くなる手段として、最も効率の良い方法だ。
「っ!?...おかしいな。種族進化もクラスアップもしない?」
残念ながら、現状ではゲームの時のようにステータス画面を見る事が出来無い。
それでも、プロネーシスの記憶(情報)を頼りに、先程の魔物の魂を吸収したところで、種族(天使)や職業に対する魂位が一〇まで上昇している。
これまでの能力の上昇具合から、それは間違い無い筈。
「もしかして、既にしているのか?...天使なら種族進化をすれば大天使...魔法使いならクラスアップをすれば魔導士...それなら固有スキルの飛行が使える筈だ」
これはゲーム時代に経験している事であり、他のプレイヤー達からも確認している事である。
天使からの種族進化は一つしか無く、大天使への進化のみ。
同じように、魔法使いからのクラスアップは魔導士のみだ。
そして、魔導士の場合、目に見えて解る固有スキルが無い。
大天使なら進化して直ぐ覚える固有スキルがあり、それが飛行となっている。
宙を漂う浮遊とは違うので解り易い。
「ダメだ...宙を浮くだけで飛行が使えない...」
『理由は解りませんが、どうやら種族進化もクラスアップも出来ていない状態です』
空中を自在に飛ぶ事が出来る飛行。
大天使に進化していれば使用出来る飛行が使えていない。
魂位が上がっている筈なのにだ。
「ステータス画面を開けない弊害か?」
ゲーム時代はステータス画面を開いて、自分で進化先を選択していた。
ものによっては、進化先が枝分かれしていたからだ。
「いや、メリルさん達は自動でクラスアップしていた...何故、僕だけ?」
魔法も使えない。
ランクアップも出来無い。
種族進化も出来無い。
理由が解らない。
「もしかして...これ以上、魂位も上がらないのか?」
『マスター。もう一度、魂位を上げてみましょう』
僕が弱気になっているところ、プロネーシスが間髪入れずに進言をした。
確かに、試せば解る事だ。
此処で嘆いていても仕方が無い。
「...それなら、どんどん進んで魔物を倒してみよう」
僕は階層を無駄に進み、魔物を倒し続けた。
すると、再び魂位が上昇する感覚を得る。
だが、これは可笑しな現象。
何故なら、魂位には最大値が設けられているからだ。
ランクアップをしていないのに、種族進化をしていないのにだ。
限界値である、一〇以上に上がっていると言う事。
いや、ステータスを開けないから僕が間違っているのか?
「...」
これは、どう言う事なのだろうか?
プロネーシスが上昇回数を数えている為、そんな筈は無いのにだ。
『マスター。残念ながら、お時間です。今戻らない場合、全員に不審に思われてしまいます。マスターが計画した折角のサプライズが台無しになってしまいます』
検証も中途半端なまま時間が来てしまった。
もしかしたら、僕が魔法を使えない事に起因しており、大天使に進化しているが飛行だけ使えない可能性もある。
もしかしたら、魔導士にランクアップして、そっちの格が上昇しているだけかも知れない。
自分を鑑定する術が欲しい。
「...うん。サプライズをする為にも帰ろうか。優先する事は、さくらのお祝いをする事だから」
情報から推測する事は出来ても、確実では無い。
プロネーシスの記憶(情報)があっても、僕に限っては解らない事が多いようだ。
だが、魂位は上がる。
今の僕にとって、それだけが救いだった。
正直、後ろ髪を引かれる思いだが、時間が来てしまったので戻るしか無い。
そうして僕は、宿屋へと帰って行った。
日が変わってギルドマスターの部屋。
机を挟んで相対している二人の男性が居た。
一人は、Aランク冒険者として活動しているギルドマスター。
一人は、Bランク冒険者として活動していた副ギルドマスター。
副ギルドマスターは、金髪オールバックの青年。
額の中央から、チョロッと束ねた毛が飛び出ていた。
ギルドマスターを心より崇拝しており、ギルドマスターを支える為、冒険者ギルドに身を置いた人物。
「こちらが、当ギルド職員による調査結果の報告書となります」
喋り方が丁寧で、佇まいも洗練されたもの。
だが、これは自身を装った姿なのだと。
若くして、Bランク冒険者として活躍する程の人物だ。
目の奥の眼光と、隠し切れないギラつきが、まだまだ青い。
机の上には、カッパフルス領で起きた異変を調べた資料が広がっていた。
ギルドマスターは、それを神妙な面持ちで凝視めている。
「今回出没した変異種の山椒魚ですが、最初に被害を受けた地域は、カッパフルス領最南端に位置する、離れ孤島でした」
副ギルドマスターは、資料に沿って調査結果を報告して行く。
大雨後の川の氾濫から魔物の討伐が発生し、その内容に異常があった事から始まった調査だ。
その結果、魔物討伐の異常発生は南の地域だけに絞られている事が解った。
そして更に、その原因を追究したところ(目撃情報も合わせて)、一つの変異種が関わっている事が解ったのだ。
その魔物は、本来弱小である筈の魔物。
山椒魚と呼ばれる魔物だ。
「その孤島では冒険者が二名、孤島に住む領民と、そこに居る全ての人々を捕食したようです」
鮮魚に溢れた、のどかな雰囲気の離れ小島。
その孤島はカッパフルスで一番魔物の居ない場所だった。
山椒魚が生息している訳でも無く、本来の特性からしても海を渡る事が出来無い筈なのに、何故かその場所から被害が始まっていたのだ。
その事からも、海を渡る能力を持ち、人を喰らう程の巨大さを持っていると言う事。
通常種とは違う、変異種だと言う事だ。
「孤島に住まう全てのものを捕食し終えた為に、海を渡りカッパフルス本土へと上陸したようです。丁度その時期に、魔物の討伐依頼が急増し始めた頃です」
一つの化け物が上陸した事により、本土に住まう生態系を崩し始めたのだ。
まるで、凶悪な外来種に在来種が侵略をされているみたいに。
「大雨の影響だけでは無かったと言う事だな...」
資料と照らし合わせて受け取った報告に頭を抱えるギルドマスター。
予想はしていた事だが、思っている想定よりも遥かに不味い事態だった。
「被害は尚も拡大中。犠牲になった冒険者は、Eランクが二八名、Dランクが一二名、Cランクが四名、既に亡くなっております。Bランクの冒険者が一人、変異種の山椒魚に攻撃を与える事が出来ましたが、反撃を受けて治療中との事です。但し、右腕と右足を喰われている為、回復の見込みは無く、先は長くないとの事です」
討伐依頼を受けた冒険者が知らずに巻き込まれてしまい、そのまま犠牲になるケースだ。
自分達の手に負える力量での依頼を受けていた筈なのに、訳も解らずに突然現れた山椒魚に喰われてしまった。
危機管理も、危険察知も効かずに、ただただ犠牲となる。
台風や洪水などの予期せぬ災害で亡くなるようなものだ。
その中で唯一、高位の冒険者が反撃をする事に成功したらしいが、自身の被害の方が大きく、仲間の手助けによって何とか逃げる事が出来たそうだ。
「つまり...変異種の山椒魚を倒すには、Bランク以上の冒険者が必要と言う事なんだな?」
今の情報を参考とするなら、攻撃を与えられる可能性を持っているのがBランク以上の冒険者と言う事になる。
ただ、この領都に存在するBランク以上の冒険者は限られているのだ。
「はい。それ以外にも犠牲になった領民の数は一九,三五六名。一三年前の大災害で亡くなった人数と同等の被害です。ですが、尚も拡大している状況です」
進行方向上に存在する、村や町を襲った結果。
現時点で、過去にカッパフルスを襲った大災害と同じ規模の被害を受けている。
しかも、これに止まる気配が無く、今も尚拡大していると言うから、この先の損害が測り知れない。
「Bランク冒険者のパーティーが戻って来た結果。変異種の山椒魚は、通常の固体とは違って、進化をしているとの事です」
カッパフルスに生息する山椒魚は水棲の魔物。
両生類であり、皮膚には鱗が無く粘膜に覆われているのが特徴だ。
呼吸の大半を皮膚呼吸に頼っていて、皮膚が湿っていないと生存出来無い。
「進化だと?」
魔物も、人間と同じように幼体から成体に成長する事は知られている。
その中で固体差がある事までは周知の事実である。
だが、ギルドマスターは、これまでに魔物が進化をする事例など聞いた事が無かった。
「はい。変異種の山椒魚は、鰐のように全身に鱗が生えており、蛙のような水かきを持っております。そして、一番はその大きさ。目測ですが、一五mを超えるとの事です。今も尚進化しているとの事です」
変異種の山椒魚は、既存種の特徴をどれも凌駕していた。
皮膚には鱗があり、手足には水かきが目立つ。
水分の無い陸を自由に動けるほどの能力を持ち、爪や牙が鋭利なのも、本来の既存種との差異だ。
その中でも一番の違いは、その巨大さ。
既存種が一m~二m前後の大きさに対して、この変異種は一五m以上の大きさ。
今も成長をし続けている。
「...」
絶句。
ギルドマスターは、報告結果の衝撃が飲み込めなかった。
「現在の進路方向より、領都カッパフルスに辿り着くのも時間の問題です。この事からも緊急依頼の発令を申請するのが宜しいかと思われます」
自然現象で起きる災害は、神の意思に委ねられた天災。
台風や洪水は気象に左右されるもので、為す術き事は対策と対応。
後は、喉元を過ぎ去る時まで待っていれば、被害は最小に抑える事が出来るだろう。
しかし、その天災に匹敵する災害が己の意思を持った場合。
対策と対応も不十分で、今までの事例に無い未知のもの。
待っていれば、領地の破滅しかないだろう。
厄災だ。
「こうなると、領都に被害が出る前に早期発見出来た事を喜べば良いのか...これも『紅蓮天翔』のリーダー、ローレンツのおかげと言う事か」
事態に対して、何もせずに指を咥えて見ているだけなら、被害は増すだけ。
少しでも早い対応が今後の被害を減少させる事に繋がるのは明白だ。
ただ、それが正解か失敗かは、結果を見ないと解らない事ではあるが。
「これは、領地の存続に関わる危機です。領主様と協力をし、領兵の派遣、現存する冒険者全員で対処すべき案件です」
領地の未来が、存続するのか破滅するのか。
副ギルドマスターの進言は、子供でも解る未来予想図だ。
「うむ。今すぐに対処すべき事であろう。領主様には私がお願いをして来よう。お主は、緊急依頼の発令をお願いする」
事の大きさは想定外。
誰しもが予想出来なかった事であろう。
これは、領地一体となって対処せねばならぬ事態。
(ああ、やはり最悪な事態になってしまったようだ。それも...想像以上の事態に)




