065 冒険者と悪食の山椒魚⑤
※残酷な表現、不愉快な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
カッパフルス領、とある場所にて。
「くそっ!?どうなっているんだ!?」
剣士風の男性が、魔物と交戦中に声を荒げた。
焦りから目の焦点が定まっていない。
呼吸も荒く、額に薄っすらと汗が滲んでいる状態だ。
「この数は、いくら何でも多過ぎだろう!?」
魔法使い風の男性が、自分達の周囲に群がる魔物を目撃しては怯えている。
呪文の詠唱もままならず、逃げ回りながら自身の身を守るので精一杯だ。
「無駄口を叩く前に、早く攻撃しろ!グリューンフロッシュに囲まれる前に倒すんだ!!」
全身鎧に身を包んだ鋼鉄の槍士。
このパーティーのリーダーだ。
対峙しているのは、グリューンフロッシュと呼ばれる緑色の蛙の魔物。
ゲコゲコと鳴きながら、波のように押し寄せて来ている。
(これは、何が起きているんだ!?カッパフルスでは当たり前の、大雨後の討伐依頼の筈だろ?それなのに、倒しても倒してもキリが無いぞ!?)
例年通りの簡単な討伐依頼。
その程度の筈だったのに、想定していた事態を遥かに超えた脅威。
(...だが、どこか魔物の様子もおかしいのか?これは...何かから逃げているのか?)
押し寄せて来るグリューンフロッシュ達だが、誰かを襲う為の行動では無いようだ。
その証拠に、殆どのグリューンフロッシュ達は、冒険者達を脇目振らずに通り過ぎている。
進路方向に偶々居た事で攻撃を受けたような、そんな偶然性だ。
「リ、リーダー!?あれを見てくれ!?何か、奥にやばいのが居るぞ」
「!?」
グリューンフロッシュ達の最後尾に、一際、異質な雰囲気を醸し出している巨大な魔物。
体長は五mを超えた、カッパフルス領では一度も見た事が無い魔物だ。
「な...なんだ?あの化け物は?」
大地を這い蹲って蠢く爬虫類型の魔物。
現段階で似ている魔物は、山椒魚と呼ばれる両生類。
だが、皮膚には鱗のようなものがあり、鰐のような強靭な顎(牙)、蛙のような水かきを持っていた。
その魔物の周囲に漏れ出る魔力が、橙色をベースに黒や黄色が混じったくすんだ色。
それがとても不気味に映った。
「なっ、リーダー!?こっちに来ているぞ!!」
逃げ惑うグリューンフロッシュを喰らいながら、迫り来る山椒魚。
明らかに、自身の体積以上にグリューンフロッシュを呑み込んでいると言うのに、お腹は全然膨れておらず、まだまだ喰い足りない様子。
そして、冒険者達を見つけると、嬉々として近付いて行った。
「くそっ!?あいつから、逃げていたって事か!?」
此処に来て唐突に理解をする。
グリューンフロッシュ達も、自身が生き残る為だけに行動をしていただけなのだ。
化け物みたいな山椒魚から闇雲に逃げ惑い、偶然その進路方向にあったものを荒らした(襲った)だけなのだと。
冒険者達が出来る最善手は、山椒魚と戦う事では無く、逃げる事だけだと。
「アレはヤバ過ぎる!!総員退...!?」
「うわっ!?リーダー!!助けてく...」
一瞬の戸惑いから指示を出すのが遅れてしまった事。
各々の判断も正常に働かなかった事。
こればかりはパーティーを組んでいるとは言え、自己責任であり、自業自得の結果だ。
剣士風の男性が逃げようとした時には遅く、一瞬の内に山椒魚に噛み付かれていた。
「ぐあー!!!」
その鋭利な牙が、鎧ごと身体を貫通しており隙間から血液が漏れ出ている。
そして、その肉の食感と血液を美味しそうに啜っている山椒魚。
これこそ山椒魚が探し求めていた、極上の御馳走だ。
それでも死ぬ事を諦めていない剣士風の男性は、牙から逃れようと必死に身体を動かす。
「イヤだー!!死にたく無...!?」
だが、身体を動かした瞬間、自身の身体が、鋏で紙をスーッとスライドしたかのように斬れてしまった。
あまりにもお互いの能力差がある為に、山椒魚の攻撃力が、剣士風の男性の防御力を上回り、文字通り紙防御としてしまったのだ。
山椒魚の口の中で零れ落ちる新鮮な内臓。
そして、舌の上で跳ね回る肉の旨味。
その残った身体を余す事無く食す為、口を再度開き噛み砕く。
血の一滴すら、肉片の端材すら、一つの取りこぼしが無いように舌を上手に使いながら喰い尽くす。
「くそ!くそ!くそ!ふざけるな!!」
目の前で化け物に喰われて(殺されて)行く仲間。
そこから程なくして、魔法使い風の男性も「ギャー」と言う悲痛な叫び声だけを残して同じように喰われしまった。
(こんな事があって良いのか!?何も出来ずに、何も残せずに死んで行くだなんて!!)
自身がそうならない為にも、必死に脚を動かして逃げる。
だが、山椒魚の動きの方が断然速い。
思考も身体も冷たく、思い通りに動かせない事が歯痒い。
(いやだ...いやだ...いやだ!!こんなところで死にたく無い!!)
「ハア!ハア!」と言う自身の吐息が耳に残る。
だが、それよりも背後から迫り来る山椒魚の動作音の方に意識が割かれてしまう。
刻一刻と死の宣告を受けるように、迫り来る恐怖。
後頭部を刺激し続ける、冷ややかな不吉な予感。
そして、背中に感じてしまう、死そのもの。
「ふざけ...!?」
死に抗うように必死に叫んだ。
だが、その言葉を最後まで発する事は出来なかった。
そのまま意識が暗闇へと呑み込まれてしまい、ふと思い返す最期の光景。
リーダーの最も印象に残ったものだ。
それは人間を美味しそうに喰らう、山椒魚の歪で不気味な笑顔だった。
(プロネーシス。確か、この街と似たような場所が元の世界にもあったっよね?)
『はい。マスター。土地の広さはこちらの方が断然広いですが、イタリアにある水の都ヴェネツィアが近しいと思われます』
イタリア半島の付け根、アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾に出来た潟の上に築かれた都の事だ。
潟とは、湾が砂州によって外海から隔たられ湖沼化した地形の事。
建物の形式や、街の景観、ゴンドラでの移動、そのどれもがヴェネツィアに良く似ている。
(ヴェネツィアか...こことは造りが全然違うんだろうけど、それでも、こうして旅行が出来るんだから、何か嬉しいよね)
転生前の、寝たきりの僕では考えられなかった事だ。
こうして自分の眼で見る事も、実際に体験する事も、この世界に来れなければ出来ていなかった事。
未だに、「夢の世界からいつ醒めてしまうのか?」と不安に駆られる気持ちは拭えないけれど。
『...これからは自由に出来る事です。マスターが望む事が、誰にも縛られる事が無く、気兼ね無く出来るのです』
(...そうだね。そう出来ると...嬉しいな!)
僕自身がどうなりたいかはハッキリ解っていても、先の事はどうなるか解らない。
このまま皆と一緒に居れるかさえも解らない事だ。
それでも、こうしてその時々でしか味わえない体験を噛み締めるように、かけがえの無い時を満喫する事が出来る。
これが、ずっと続けば良いんだけれど...
「これは凄えな!イータフェストとは違って、置いているものも、売っているものも全然違うんだな」
ギュンターが、物珍しそうに街の中を見ている。
街の造りから建物の特徴まで、そのどれもがこの領地独自の物だからだ。
僕達は今、ゴンドラには乗らず歩きながら街の中を散策している状態。
不安定な船の上だと、否が応にも酔って蹲ってしまうギュンターの為だ。
地面の上を歩く事によって、初めて街の景色を楽しめている様子。
「昨日は、周囲を見ると言うそんな余裕も無く、船の上で蹲って項垂れていたからな。陸の上では随分と元気では無いか?」
メリルは、少しばかり皮肉っぽく言い返した。
本心からと言うより、悪戯っぽく相手の反応を楽しむためのものだ。
此処に来て、メリルとギュンターの距離がより一層近くなっていた。
一方は情けない姿を見た事で、一方は情けない姿を見せた事で、お互いの心の壁が取り除かれていた。
その内心までは解らない事だけど、一方は「私が居ないと駄目なんだから」と、一方は「変に気取る必要は無いんだ」と、そんな感じに見受ける。
ただ、二人の表情を見れば、そんなやり取りでもとても楽しそうに会話をしている事だけは伝わる。
「いやあ...自分でも、ああなるとは思っていなかったな。どうも不安定な水の上となると駄目みたいだな」
右手で後頭部を掻きながら照れている。
ただ、その後直ぐに、皆に迷惑を掛けたと申し訳無さそうに頭を下げた。
「全く...だがこれなら、ギュンターに手(肩)を貸す必要は無さそうだな」
やれやれと言った感じで、両手を横に広げた。
メリルからすれば、特に意味も無く喋った言葉だ。
だが、ギュンターはそう捉えなかった。
「俺に、手を貸してくれるだって?...それって、メリルさんの手を握っても良いって事なのか?」
真剣な表情のギュンター。
受け取った言葉から、どうしてそんな解釈を得たのかは解らない。
もしかしたら、此処ぞとばかりにチャンスだと思った行動かも知れない。
ただ、下心があったとしても、やましさの無い行動。
真っ直ぐとメリルだけを思っているのだから、誠実なのだろう。
「なっ!?な、何を言っているのだ!?そんな事...出来る筈が無いだろう...」
メリルは、顔を赤くさせてモジモジしながらそう答えた。
その事からも、決して嫌がっている訳では無く、まだ心の踏ん切りが着いていない状態。
メリルには、やらなければならない目標(復讐)があるからだ。
それを完遂するまでは、そう言った気持ちになれないだけ。
「...そう。そうだよな。俺も何を言っているんだろう。す、すまなかった」
お互いに、段々と近付いている距離感。
傍から見てもお似合いの二人だ。
醸し出す雰囲気も恋人同士そのもの。
人目を憚らず、二人だけの世界に入っている事は間違い無い。
「いや、謝る事では無い...ただ...その、そう言って貰えて、嬉しかったぞ?」
上目遣いのウルウルとした表情。
此処ぞとばかりの乙女の純情。
僕には、ギュンターの胸が「ズキューン!」と射抜かれる音がハッキリと聞こえた。
口から漏れ出る「はうっ!?」と言う言葉が、その証拠だ。
どうやら、更なる深い沼へと沈んだようだ。
ふーっ。
一体僕は、何を見せられているのだろうか?
「ねえ、ルシウス?ここには仮面が一杯売っているんだね?」
さくらの声、喋り方、雰囲気、存在。
その全てが心地良いものだ。
魂が繋がっているから、余計にそう感じるのかな?
癒して貰っていると言うか、癒させて頂いている。
「これは、カッパフルス領の伝統的な祭典に使用されるものだよ。どうやら、この時期になると他領地からも祭典に参加する人が多いみたい。だから、こうして仮面を販売をしているんだって」
ヴェネツィアに似ている部分はこう言ったところもそうだ。
元の世界で、世界三大カーニバルに挙げられていた程の祭典。
一,一六二年、アクアレイアの総主教との抗争に勝利したお祝いから始まっている。
開催当時、市民と貴族間、更には貴族内での階級ごとに、着る服や振る舞い方、話し掛けられる相手などが制限されていた。
それを、カーニバルが開催されている期間は、仮面を被る事で匿名の市民を装い、身分差を無くす事で異なった階級の人物と交流を持つ事が許された。
その期間だけは、誰しもが自由を満喫するのだ。
開催する期間は毎年変わっており、大体が二月から三月にかけての二週間となる。
現代では、仮面コンテストが有名で、最も美しい仮面を審査するのが恒例となっている。
「そうなんだ。いろいろな形の仮面があるんだね。でも...不気味な物も一杯あるんだね」
目元だけを隠すマスクから、顔全体を隠す仮面。
その殆どが、派手な装飾が施されており目立つものだ。
中には、顔の二倍以上も大きい装飾が施された物も。
後は、ペストを克服した証として、カラスを模した仮面等があるのだが、この領地とは関係が無い物だ。
これは、遺物として残っていた物だろうか?
「あれは...何だろうね?」
不気味な形の仮面については知らないふりをした。
こればかりは説明のしようが無い為だ。
「まあ、でも、もう直ぐ祭典が開催されるみたいだよ?」
カッパフルスと元の世界とでは開催時期がズレているが、此処では開催期間が固定されており、三月の一〇日から始まる。
開催期間はそこから一週間となっている。
丁度、さくらの誕生日と重なるのだ。
「イータフェストの祭典とは全然違うんだよね?」
イータフェストで開かれる祭典は謝肉祭。
慎んだ生活へと入る前に、“一杯食べて楽しく遊ぼう”と言った趣旨のお祭りだ。
お肉そのものに感謝をするのでは無く、お肉を食べ納める事に感謝するもの。
但し、この祭典は、元の世界のように宗教が関係する訳では無く、動物の養育が出来ていない為に起こるものだ。
開催された一週間を好きに騒いでだらしない生活を送る事で、その年の一年を頑張ろうと言った行事となる。
「うん、そうだね。僕達の領地とは、また違ったお祭りになるみたいだよ。この領地ならではのお祭りで、そこでは身分が関係無く楽しめるんだって。それに、僕達なら、このまま参加する事が出来るから、とても楽しみだね?」
既に、僕とさくらは仮面を持っている。
ヴェネツィアンマスクのような派手さは無いけど、デザイン性は高い物で、素材も優れた物。
まあ、現代のデザインを流用しているから当たり前なんだけど。
そして、祭典中は夜光虫などが飛び交い、自然のイルミネーションが満喫出来るのだ。
その中で、夜のゴンドラ遊覧が有名らしい。
「うん!楽しみ!!それに、ルシウスと一緒にゴンドラ乗れるかな?」
マスクで表情は見えない筈なのに、その動作や言動で満面の笑みだと言う事が解ってしまう。
どうやら、男女二人で祭典中のゴンドラに乗る行為は、幸福を招くものらしい。
伝承によれば、ゴンドラに乗っている最中、二人の間に夜光虫が止まれば、永遠を一緒に過ごせるとか何とか。
それが本当かは解らないけど、僕も、さくらとゴンドラに乗る事を楽しみにしている。
「大丈夫だよ。早めに行って並べば、乗れるよ」
ゴンドラを乗るのに予約制度がある訳では無い。
あくまでも順番に乗るしか無いのだ。
まあ、その分早めに行って確保すれば問題無いだろうけど。
最悪、チップ(お金)を渡せば何とかなるだろうし。
(ただ、やっぱり、目的の物は売って無さそうだな...商業ギルドにも、路面店にも無ければ...自分で取りに行くしか無いか)
街の中を散策をした結果、僕が欲しがった物は売っていなかった。
ゲデヒトニスムッシェルと呼ばれる貝殻だ。
肉食種になるので凶暴なのだが、見た目の華やかさも然る事ながら純白な色合いの貝。
ガンゼキバショウと言う貝に似ており、レコーダーのように音を記憶する事が出来る品だ。
まあ、人間も食べてしまう魔物。
正直、お店には出回っていないと思っていた。
(皆が寝静まった後、古代遺跡に潜るしか無いか...それにそこは一応、Bランク指定の古代遺跡らしいし、今の自分の力を試すには丁度良さそうだ)
今は今を満喫する。
その時でしか味わえない感動や体験がある為だ。
そうして、僕達は和気藹々と街の中を十二分に堪能した。
そして、街の皆が寝静まった頃。
既に、同室のギュンターは眠りに就いていた。
別室のさくらとメリルはどうだが解らないけど、僕はそれを見計らって、ひっそりと行動を開始する。
「...そろそろ、良い頃合かな?古代遺跡へと向かうか」
僕は、部屋の窓から外に飛び降りた。
辺り一面暗闇に支配されている世界。
現実世界のように街灯が無い為だ。
その所為か、おかげなのかは解らないが、星明りや月明かりが余計綺麗に映っている。
「古代遺跡まで、そう遠くない距離。太陽の光が出る前までには帰って来れそうだな」
周囲の住民も寝静まっており、暗い夜道を独りで駆け回る。
僕にとっては、久々の単独行動だ。
中には例外もいるが、夜になると殆どの魔物の動きが静かになる。
その分、魔物と遭遇した場合は強い魔物になってしまうが。
そして、夜道を進む事、一〇分程。
目的の場所へと辿り着く。
「これは...綺麗な場所だな。湖の中心にある祠型の古代遺跡か。資料だけでは解らない光景だな」
湖の中央に位置する祠型の古代遺跡。
月明かりが水面に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
どうやら、小船に乗ってその中心地に向かうようだ。
ギュンター独りなら、この場所に来る事は出来そうも無い。
「祠の中は...ゲーム時代と場所が全然違うけど、海底遺跡に似ているのかな?」
祠の中に侵入すると、通路の両端にはマーメイドのような女性型の石像が並んで飾ってあった。
石像からは水が流れており、何処か神秘的な力を感じる。
その内装は、僕がゲーム時代に見た事のある景色に似ていた。
『はい。マスター。通路に設置されている石像は記憶に残っている情報と同じものです。ですが、ダンジョンコアによるオブジェクト設置と同じ物となりますので、海底遺跡とは、似て非なるものになります』
ゲーム時代の情報を網羅しているプロネーシス。
ただ、そこに飾ってある石像は、ダンジョンコアで作成出来るオブジェクト。
ゲーム時代に潜った事のある古代遺跡とは違った。
「ダンジョンコアか...それさえ残れば古代遺跡として機能するんだもんね?」
『はい。マスター。ゲーム時代の古代遺跡が天変地異により壊れたとしても、ダンジョンコアさえ残れば、新しい古代遺跡として生まれ変わる事が出来ます』
コアとしてのシステムは起動しており、魔力を吸収する事で古代遺跡は成長をして行く。
但し、この時代の人達は、その仕組みを良く解っていない事だけれど。
通路を進んで行くと、重厚な両開きの扉で仕切られていた。
古代遺跡への入り口だ。
「ギルドダンジョンも同じで、そういうものだもんね。...さて、今の僕はどれ位成長しているかな?」
僕は、両開きの扉を開けて古代遺跡の中へと入って行く。
扉を開けた先は、鍾乳洞のような洞窟型の古代遺跡。
少し湿った空気が肌寒い。
「Bランク指定の古代遺跡らしいけど、どうやら蓄積している魔力量はそこまで多くないみたいだね?」
古代遺跡のランクは、そこに出現する魔物のランクによるものが多いが、魔物の数によっても変動するものだ。
ランクが低い魔物だとしても、数が多ければその分古代遺跡内に魔力が溢れる。
そして、魔物の生と死が循環する事で、蓄積する魔力濃度が濃くなるのだ。
『はい。マスター。ダンジョンコアの成長限界が定められている古代遺跡のようです』
ダンジョンコアの特性は、無尽蔵に成長をし続ける物と、成長限界が定められている物と二つに別けられている。
この世に存在する殆どのダンジョンコアは成長限界が定められている物で、それぞれに段階的な上限が決まっている物だ。
そして、成長限界が定められている古代遺跡は、出現する魔物が固定されているもので、限界に応じたランクまでの魔物しか出現しない。
『やはり、古代遺跡のランク設定自体にも私達の知るゲーム時代と乖離があるようです。聖遺物を入手する為に入った古代遺跡の方が、明らかにランクが高いものです』
ゲーム時代には無かった魔物同士での共喰い。
普通は、古代遺跡探索者が魔物を倒す事で魔力を循環させるのだが、その役割を共喰いをする魔物が担っていた。
あの大蛇は、ほぼ無尽蔵に再生産する魔物を喰らう事で魂位を上昇し続け、種族進化を果たしたのだ。
その為か、古代遺跡内に蓄積している魔力濃度は大変濃いものとなっていた。
「あの大蛇でさえゲーム時代で言えば、Eランク位の強さだもんね。まあ、大きさがあるからやり難いけど、パーティーの役割がしっかりと機能していれば大した強さでは無いからね」
相手に自己再生能力があろうとも、ちゃんとした魔法を使用して来た訳では無い。
尻尾を振るって鎌鼬のような現象を起こしていたが、それは物理的な力による攻撃。
僕達がそれ以上に弱い為にダメージを受けてしまったが、相手の身体能力のみの力なので、大した脅威では無いのだ。
それこそブラウクロコディールも同じで、ゲーム時代ならEランク。
この世界では、その強さがもっと弱体化していたが。
『はい。マスター。Bランクと言えば、ゲーム時代なら最低でも魂位が五〇以上無ければBランクに指定される事はあり得ません。あの大蛇は、せいぜい二〇前後の魂位だと思われます』
「だよね...まだまだ僕達が弱い事でもあるんだけどさ、何故此処までズレているんだろう?」
ランクの設定が、誰かの意図によりズラされている気もする。
ただ、これもこの国の冒険者が弱い為かも知れないけど。
一度壊れた世界なので、上限を知らずに手探りでやっているとしたら納得も出来るものだ。
今のところ、まだそう言った正確な判断をする事は出来無いけれど。
そうして、魔力圏を広げながら古代遺跡を進んでいると、そのセンサーに引っ掛かるものがあった。
(あれっ?...これって人だよね?)
『はい。マスター。丁度下の階層から登って来たところみたいです』
魔力圏が届く範囲はその階層まで。
階層が変わると次元が変わる為に、下の階層までを調べる事が出来無い。
次元の断層に魔力が遮断されてしまう為だ。
(こんな時間に古代遺跡に潜る珍しい人もいるんだね?それに僕と同じで、独りで行動をしている?)
『はい。そのようです。ローブで姿を隠しておりますが、人体の形状からも、どうやら女性のようです』
相手は、独りで古代遺跡に潜れる程、強い冒険者と言う事になる。
一応、此処がBランク指定の古代遺跡なので、最低でもBランク以上の冒険者。
傍から見た場合、僕と同じように全身をローブで隠している為、その性別が解らない立ち振る舞いをしている。
だが、全身を魔力でなぞって見ると、その形状が浮き彫りになり、女性と言う事が解る。
〈あらっ、何かしら?この魔力の感じ...とても、不思議な気配がするわ。それに何だか...人間特有の臭いがしない?...むしろ、いい匂いがする?〉
相手の冒険者もこちらに気付いたようだ。
どうやら臭いに敏感らしく、布のような物で鼻を押さえいた。
それが突然、押さえている布を外し「クンクン」とにおいの出所を探り始めた。
すると、パアーッと表情が明るくなり、嬉しそうな表情を浮かべていた。
(単独で行動する冒険者か...それなら、近寄らない方が良さそうだね)
古代遺跡トラブルで一番多い問題が、他の冒険者とのトラブルとなる。
そもそも冒険者稼業がとても危険な仕事である。
怪我を負う事も、事故が起きる事も日常茶飯事なのだ。
そして、いざ事故が起きたとしても、責任を負うのは冒険者本人のみ。
その事故が偶然起きたものだとしても、誰かが意図的に起こしたものだとしても、それが明るみに表に出る事は中々無い。
『ええ。信用出来る相手ではありません。関わるだけこちらの損です』
なにせ古代遺跡内で起きた事は、防犯カメラがある訳でも、取締りをする警察がいる訳でも無い。
その為、冒険者が他の冒険者を陥れたとしてもバレる事が無い。
相手を殺してしまえば、情報が外に漏れる事は一切無いのだから。
自分よりも低い冒険者を囮に、古代遺跡のお宝だけを入手する。
または、希少な素材を持つ魔物を討伐する。
そんな事が起きていたとしても、こちらには解る術が無いのだから。
(冒険者は、弱ければ簡単に見捨てられる。強ければ己の力に酔う。力や権力があれば尚更だもんね...)
そう言った弱者を食い物にする冒険者が居る事も事実だ。
全員が全員生き残る為に、その為の知恵を必死に絞っている。
それが例え、悪知恵だとしても。
必死になって生き残る為に知恵を絞る事。
僕にもその気持ちが痛い程解るから。
それを踏まえて、相手は独りで行動している冒険者。
断定出来る事では無いが、そう言った事を行った可能性は高い。
『はい。マスター。遭遇しない為にも、別のルートから進みましょう』
相手は僕よりも格上の相手。
触らぬ神に祟り無しと言う言葉があるように、関わりが無ければ問題は起きない。
〈凄いわ!臭いのしない人間がいるだなんて!それに、随分と純度の高い魔力を持っている?...カッパフルスの冒険者に、こんな冒険者がいたかしら?〉
これは相手のスキルによるもので、僕の気配を察知しているようだ。
嬉しそうにこちらを覗いている。
相手の考えを読み解く事が出来無いので、どうしてそんな表情をしているのかが解らなかった。
〈あらっ?避けられている?...うーん、残念だわ。まあ、独りで行動していればそう思われても仕方無いわね〉
読み取った気配が、自分から離れて行くのを感じ取ったようだ。
すると、とても悲しそうな表情を浮かべた。
どうやら、此処で近寄りに行っても変に警戒を与えるだけと判断したようだ。
僕からすれば、大変ありがたい行動。
相手に力ずくで来られていたら、僕には為す術が無かったから。
〈でも、相手も独りで行動するような人...。それなら...いずれ、ちゃんとお会いする事が出来そうね〉
女性は目を閉じ、顎を上げて天を仰いだ。
そして、純度の高い魔力を味わい、匂いを堪能しながら下唇を甘噛みした。
濡れる唇から漏れ出す甘い吐息。
〈ああ...ここまで待ち侘びた甲斐がありましたわ。ようやく、...迎い入れる事が出来そうだわ〉
潤んだ瞳がキラキラと輝いている。
抑えれない欲情と、それを制する理性のせめぎ合い。
すると、ほんの一瞬だけ、グワンと強大で淫靡な魔力が漏れ出した。
女性は、それを直ぐさま抑え込みはしたが、その一瞬で女性の魔力が古代遺跡を埋め尽くした。
「!?」
僕には、相手の魔力がとても危険なものに感じた。
そこに悪意は無かったのだが、格上の相手から一方的に獲物として狙いを定められたような恐怖。
そして、一度標的にされたら逃げる事の出来無い不安を感じ取って。
(何だ、この魔力は!?...く、苦しい)
心臓を鷲掴みにされたような圧迫感だ。
一分一秒が、とても長く感じてしまう。
女性が古代遺跡を歩いているだけなのに、それだけの行動がこんなにも苦しいものになるだなんて思わなかった。
これは、ゲーム時代には味わった事の無い能力差だった。
常に皆の先頭を走っていたからこそ、自分の遥か遠くを、その先頭を走る人物を知らなかった為だ。
感覚としてなら、遥かにもっと強い相手を知っている。
だが、その時はそれに伴って自分も強かったのだ。
近しい相手との強者よりも、魂位差が離れた相手との強者。
それが、これ程の恐怖になるとは思わなかった。
考えて見れば、初期能力からやり直しているのだから当たり前の事なのにだ。
(これはどうにかなる相手じゃないぞ...自分が弱い事が、こんなにもどうする事も出来ないだなんて...)
僕は息を潜めて、その場で震える事しか出来なかった。
救いだったのは、相手から悪意を感じなかった事だけだ。
そうして、どれ位の時間が経ったのかさえ解らなかった。
〈今、会えないのは残念ですが...フフフ。いずれ、お会いしましょう〉
相手の女性が、ようやく古代遺跡を出て行ってくれた。
この時、僕は初めて肝が冷えるとは、こう言う事なのだと痛感した。
ただただ、何事も無く終わってくれた事に安心する。
「はあ、はあ」と息切れしている自分が不甲斐無い。
「...そのまま出て行ってくれて良かった...かなりの強さだったよね?」
『はい。マスター。今までで出会った“もの”の中では断トツの強さです』
人(者)も魔物(物)も含めて断トツの強さ。
その能力を隠していたけど、多分ゲーム時代のBランク(魂位五〇以上)に相当する人物だ。
今の僕で、せいぜい一〇前後の強さしか無い。
一〇〜二〇前後の魂位差を埋める技術はあれど、相手が逆立ちしてても勝てる相手では無かった。
「あんなに強い人が、一体何の用があってこの古代遺跡にいたんだろう?」
あれ程の強さだ。
僕には相手の目的が解らなかった。
相手からすれば、遥かに格下の古代遺跡なのだから。
望むものが手に入るとは思えなかった。
「...気にしても仕方無いか。それに、この世界で初めて本物の強者を見れたんだ。参考になる部分は多いし、まだまだ足りない事も、やらなければならない事も一杯あるんだから」
史上最強を目指す上で、当面の目標とする人物が出来た。
勿論、それ以上の強者は居るし、それ以上の強さを持った魔物が居る。
でも、解り易い目標がある事は、自身の早い成長へと繋がる事だ。
今年中に、あの女性の強さに何処まで近付く事が出来るか?
魂位を上昇させる事が近道なのは間違い無い。
後は、僕の頑張り次第だ。
「よし!仕切り直して頑張ろう!!」




