075 冒険者と悪食の山椒魚③
「おいおい、ローレンツ!?ハルト!!」
ブルトスが、ローレンツの肩を手に取り、この状況でする事では無いと「ハルト(やめろ)!」と叫んだ。
さくらの手を握っているローレンツの手を無理矢理剥がし、我に帰るようにと諭す。
「一体どうしちまったんだ!?こんな場で、愛の詩なんて捧げやがって!一度冷静に考えろ!」
ブルトスの言う事はもっともだろう。
TPO(Time(時)、Place(場所)、Occasion(場合))を全く考えずに、行動しているローレンツ。
助けて貰った事に対してお礼も伝えず、自分勝手な愛を語り出したのだから。
「そうよ!勝手な暴走もいいところよ!」
モニカも続いて怒鳴った。
両脚や背筋は真っ直ぐ伸びているが、腰を後ろに突き出して前屈みになった状態。
その状態で拳を握ったまま下に叩きつけるように腕を振るった。
言葉を言い放った後、直ぐに「...それに、私が居るのに何故そんな事を言うの」とゴニョゴニョと早口で喋り、ブルトスとは別の方向から怒っていた。
「暴走...だと?これは衝動だ。溢れ出る愛のな」
ローレンツは姿勢を正し、「何を、馬鹿な事を言う?」と呆れた様子。
暴走とは本来、常軌や規則を無視して乱暴に走行する事だが、此処で言う暴走は、制御不能の状態。
本人が感情を停止させられずに異常な状態のまま動作してしまう事で使われている。
そして、次に衝動。
外部から強い力や刺激を受ける事によって心が突き動かされてしまう、心の内側から動機、動因となって駆り立てる欲動の事だ。
一応、本人曰く制御が出来るものなので、暴走とは全く違うものだとローレンツは言っている。
但し、ローレンツは敢えて制御せずに衝動を感じたまま、その溢れる欲求に従って行動をしただけとの事らしいが。
「いい加減にしろ、ローレンツ!!俺達の依頼はこれだけじゃ無いんだぞ!?」
言葉遊びをしている訳では無いと怒り出すブルトス。
尤もだろう。
時間は刻一刻と流れているのだから。
「ええ、そうよ!こうしている間にも、困っている人々が居るって言うから、私達で受けられる依頼全部を受けて来たのでしょ!?忘れたの!?」
モニカの怒りも収まらないようだ。
どうやら、ローレンツの態度が怒りを更に助長した様子。
話が噛み合わない上、纏まらない上に、主張したい事だけを言って横道に脱線したのだ。
話し合うべき時に、話し合いにならないのだから怒って当然だろう。
「忘れる訳が無いだろう!!『紅蓮天翔』大原則が一つ!困っている人を助けるのに、理由など必要無い!!私達の手で誰かを助ける事が出来るのなら全力を尽くすのみ!人は誰かと支え合ってこその人。そして人間とは、人の間に居てこその人間なのだから!」
ローレンツにスイッチが入ったと言うか、急に熱量を持って語り始めた。
その眼の輝き、声の抑揚、言葉に合わせた身振り手振り。
どれを取っても真剣なものだと伝わって来る。
(なにそれっ!?『紅蓮天翔』大原則!?格好良過ぎるんですけど!!)
僕は、先程までのイラついていた感情が一瞬で吹き飛んだ。
ローレンツの口上があまりにも格好良かったからだ。
また、その見た目の華やかさが、言葉を装飾させて他者からの関心を引き寄せるもの。
今現在の実力は伴っていないが、何となくRPGに出てくる勇者っぽい人物をしている。
「勿論、私一人で困っている全ての人を助ける事などは出来ない!だが、世の中に居る全ての人は、困っている誰かを助ける事が出来るのだ!ならば、私は目の前の事に全力を尽くすのみだろう!!」
ローレンツのもっとも望んでいる思いであり、そして願いだ。
今ので解った事だが、決して理想だけを掲げる人物では無く物事を広い視野で見ている。
愛を語りだした時は意味も解らず驚いたが、ただの変な人では無さそうだ。
「はいはい、大層ご立派な思想ですわね。全員が実践出来ればの話ですけれど。そんな事よりも、他にやらなければならない事があるでしょう?生命を助けて頂いたんだから、ちゃんとお礼を言いなさいよ!!」
モニカは、その大原則は聞き飽きたと言った様子だ。
何なら「知らない間に、勝手にそんなものを作って!!」と思っている程。
その思想だけで人が助けられるなら、誰しもがご飯を食べられるなら大歓迎だけれども。
「...それもそうだったな。どうやら、白の女神様を目の前にして眼も心も奪われていたようだ。すまなかった。いろいろと順序が逆になってしまったようだ」
ようやく自分の行動の過ちに気付いた。
そう言うと、周囲をキョロキョロと見渡し、僕の下まで歩いて来た。
どうやら、先程僕が話し掛けた事は覚えていないようだ。
「...貴方がリーダーですか?申し遅れました。私はローレンツと言います。この度は、私達を助けて頂き、本当にありがとうございました」
今度は、しっかりと頭を下げて感謝を伝えた。
先程までの巫山戯た(?)様子は全く無い。
言葉遣いや、その態度を見ると、ただの冒険者には思えない雰囲気だ。
...貴族なのか?
「...正直、自分達の力量を過信していた訳では無いのですが、依頼された内容と実際の状況がズレており、目に見えての大惨事となってしまいました。あのままでは、いずれ...私達は依頼も達成出来ずに屍となっていた事でしょう」
冒険者は基本無理をしない。
魔物討伐となると尚更で、生命の懸かった仕事となるだからだ。
先ず、自身のランク以上の依頼は受けないし、少しでも不安がある場合は別の依頼を受ける。
幾ら高額な報酬が得られようとも、身体(生命)は一つしかないのでリスクマネージメントを徹底するのだ。
それは、この国(世界?)が魔法によって容易に回復が出来無い現状、身体の何処かを怪我しただけで冒険者家業が停滞するか、廃業に追い込まれる為だ。
今回、ローレンツ達もその事をしっかりと吟味した上で討伐依頼を受けている。
...その筈だったのだ。
(依頼内容の...虚偽?確か、それが発覚した場合、一年以上の禁固刑。最悪は死刑になる筈だけどな?)
ローレンツ達が受けた依頼内容を見た訳では無いので真相は解らないが、依頼の発注、受注は、冒険者ギルド、冒険者、依頼主との信用、信頼で成り立っているもの。
その関係を蔑ろにする者は、重い刑罰が科せられる事になるのだ。
当然の報いと言うやつだ。
「ですが、大変申し訳無いのですが、生命を助けて頂いた事に対する御返しが、今すぐには出来そうにありません」
ローレンツは、物凄く申し訳無さそうに頭を下げた。
生命と言う、もっとも大事なものを助けて貰ったのに、それに見合う対価の御返しが何も無いからだ。
(御返し...か。確か、冒険者の暗黙のルールってやつだったけ?...そう言えば、ゲーム時代にも似たようなもので、PKや他人を陥れる事は禁じられていたな...但し、結局は全てを規制する事は出来なかったんだよね)
冒険者には暗黙のルールが存在している。
依頼の横取り禁止。
既にパーティーを組んでいる冒険者の引き抜き禁止(自分から脱退する場合は相互確認が取れれば可能)。
この他にも幾つか存在しているのだが、要するに、他の冒険者が持つ既得権、冒険者がこれから得る事になる利益を損なってはいけないのだ。
まあ、例外や抜け道は他方面にあって、裏で操作する事も、暗躍する事も可能だけれど。
「貴方達のような上位ランク冒険者が見れば解ってしまうと思いますが、私達は、まだまだ駆け出しのDランク冒険者なのです」
ローレンツは、自分の力不足を痛感して悔しさが滲み出ていた。
内容通りの依頼なら、決して失敗する事は無かったのだからと。
(駆け出しの冒険者?それにしても、随分質の良い装備をしているように見えるけど...。お金持ちなのかな?)
『紅蓮天翔』のメンバーを見ると、身に纏う装備は一式揃えられた高価な一点もの。
それが古代遺跡の遺物か、お金に物を言わせて作ったオーダーメイドかは解らないけど。
間違い無く僕達がこれまでに見て来た冒険者の中では、ダントツに品質の良い装備だ。
まあ、“この国の中では”になるだろうけど。
「それなら、俺達の方が駆け出しになるんじゃないか?なあ、ルシウス?」
此処まで、腕組をしながら黙って話を聞いていたギュンターが横から口を挟んだ。
駆け出しと言う言葉に反応したようだ。
「だって、俺達はこの間Eランクに昇格したばっかりだもんな」
「「「!?」」」
ギュンターがそう話した時、『紅蓮天翔』のメンバーが全員驚いた。
皆が皆、「嘘だろ!?」と言った表情を浮かべて。
「え?ちょ、ちょっと待って下さい。貴方達が...Eランクですか?」
ローレンツの動揺が隠せない。
僕達一人一人を見渡して確認するが、誰一人として自分達より低位のEランクには見えない様子。
完全にベテラン冒険者の佇まいをしているのだと。
モニカも「...お姉様が、Eランク?嘘でしょ?」と眼を見開き、ブルトスも「あの強さがあって俺等よりも格下だと!?」と驚いた。
「ああ。私達全員、三ヶ月ほど前に冒険者ギルドに登録したばかりのEランク冒険者だ」
僕は、声色を変えてハッキリとそう答えた。
そもそも冒険者カードを見れば解る事で、此処で嘘を吐いても直ぐにバレる事だ。
そんな事で見栄を張っても意味が無い。
自分を過大に飾って他人に良く見せようとしたところで、何一つ良い事など無いからだ。
すると、モニカは「えっ...三ヶ月前に?...冒険者になったばかり!?」と。
ブルトスは「俺達が苦戦したブラウクロコディールを、あんなに簡単に倒しておきながら!?」と。
ローレンツは「ブラウクロコディールはDランクの魔物...決して、Eランクの冒険者が倒せる魔物では無い筈...ランクと実力がここまで乖離する事があるのか?」と、それぞれ違った反応を見せた。
先程の戦いを思い返して見ても、「あの動きは、Eランク冒険者が出来る動きでは無い...」と自分の知っているEランク冒険者達と比較している。
そこにあるのは、確かな研鑽を積んで来た熟練の冒険者の動きだったからだ。
「まあ、何にせよ、私達は御返しが欲しくて貴方達を助けた訳では無い。貴方の言う大原則と志が同じと言う事だ」
メリルが、混乱しているローレンツ達を落ち着かせるように話す。
僕達も冒険者として活動している身。
その主軸は強くなる事であるが、本質は誰かの力になる為のものだ。
そして、ローレンツ達も同じような志を持っており、率先して人助けをしている身。
お互いに共感出来る部分が多い。
「た、確かにそうかも知れませんが...ですが!あのままでは私達は殺されていま!」
「だからよう、気にする必要はねえって。お前らも目の前で襲われている人がいたら助けるだろう?さっきローレンツが言っていた、人の間に居るってやつだな」
ローレンツが全てを言う前に、ギュンターが話を遮った。
僕達が行ったのは、見返りを求めていない純粋な善意から来る人助けだから。
ローレンツの口上から一部抜粋し引用する事で、心理的な同調を生む。
勿論、それを解っててやった事では無く、偶然そうなった事だが、ギュンターのこれまでの経験があってこその言葉。
その為、ローレンツは、ギュンターの言葉をすんなりと受け入れる事が出来たようだ。
「...ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
じゃあ、相手も納得してくれたみたいだし、これで一段落かな?
僕達にはやるべき事があるのだから。
「さて、私達はそろそろ此処を立とうと思う。もし、討伐証明に魔物の部位や核が必要なら、私達の事は気にせずに持ち帰って欲しい」
僕達の目的は領都へ向かう事。
そこで美味しい魚を仕入れたり、新しい調味料を手に入れたいのだ。
此処一年で料理のバリエーションは幾つか増えているし、メリダの頑張りもあって少しずつ食が豊かになって来ている。
その内、用途やコンセプトを分けた食事処を作っても面白いかも?
「え!?魔物を倒したのは貴方達なのにですか!?」
僕の言動にローレンツが驚く。
その背後でも、モニカとブルトスが同じように驚いている。
モニカは、「こんなに状態の良いブラウクロコディールが残っていますのに!?」と、信じられないと言った様子。
ブルトスは、「一体売れば、最低でも一〇万ガルドはくだらないんだぞ!?」と、その場で金勘定をして慌てている。
ブラウクロコディールの素材は、食料としても、装飾品としても、防具品としても活用出来るものだから。
「ああ。領都を目指す途中で、たまたま貴方達に遭遇しただけなのでな。獲物を横取りするつもりなど最初から無いのだ」
生意気にも、僕達はお金に困っていない。
商業ギルドでの特許登録料。
作成方法を独占している専門販売。
そのおかげで滅茶苦茶に稼げているのだ。
すると、ローレンツの背後でまた、モニカとブルトスによる井戸端会議が始まった。
「あんな高級そうな馬車を乗るような人達ですもんね...もしかしたら、私やローレンツと同じ貴族って事かしら?」
「...どうなんだろうな?俺には誰が貴族なのか解らないからな。でも、モニカは見た事が無いんだろう?」
「ええ。少なくともカッパフルス領の貴族では無い事は断言出来ます」
「他領地なら解らないって事か...まあ、あの人達は貴族としての格が遥かに上なんだろうな。あんな装備。今までに見た事が無いからな」
馬車は、アウグストから貰った遺物で、この国に一つだけの品。
見た目からして豪華な物なので、僕達を貴族と勘違いしても可笑しくないだろう。
装備に関しては、既製品の防具を改良したものを服の上から着ているだけだ。
まあ、その服が珍しいのだろうけど。
アゼレア達との交流のおかげで入手した魔力糸で編みこんだ魔力布。
これのおかげで服のバリエーションが広がり、デザインも現代のものを応用しているのだから。
「そんな...でしたら、せめて少しでも何か役に立つような事をさせて欲しいです。見たところ、カッパフルスで活動されている冒険者では無いですよね?」
何から何まで至れり尽くせりなのが、申し訳無いローレンツ。
貴族と言う事なので、何かと体裁を気にしているのかも知れないけど、人から全てを施して貰う訳にはいかないようだ。
まあ、相手の言い分も解らなく無い。
責任感が強ければ強い程、他人から貰う(施される)事に抵抗があるのだから。
ただ、人付き合いをする上で、もっとさっぱりしてくれれば楽なんだけどな?
「ああ。私達は普段、隣領地のイータフェスト領で活動している冒険者だ」
僕がそう伝えた時の反応は様々だった。
「...どう言う事?イータフェスト領って...王国最弱領地の?」と疑問を浮かべたモニカ。
「いくら領地は関係無いって言っても、いつの間に、イータフェストの冒険者はこんなに強くなっていたんだ?」と不思議がるブルトス。
この国では、領地の功績次第で国の中での順位が決まる。
そして、イータフェストは此処何年も最下位の領地だ。
正直、他の冒険者達のランクは変わっていないし、強さが底上げされた訳でも無い。
僕達だけが逸脱していると言う事になる。
「目的地は、領都カッパフルスで良いのですよね?」
ローレンツは、僕達が最弱のイータフェスト領を拠点にしていると聞いても態度に変化は無かった。
へえ、こういう人も居るんだな。
物事に対して差別の無い人が。
「...ああ。確かにそこを目指している」
「それでしたら、領都までの近道を知っていますので、私達に案内させて下さい!」
まあ、そうなるよね。
でも近道を案内してくれるなら幸運だったかも知れない。
地図通りの道で進むと、最低でも二日は掛かりそうだったから。
「嘘!?お姉様と一緒に居られるの?」
「それは良いな!丁度、筋肉について話を聞きたかったところだ」
モニカもブルトスも嬉しそうだ。
先程は、領地最弱と言葉にしてしまったが、それも悪気があっての言動では無い。
事実を口にしただけで、蔑みは全く無いのだ。
それに、僕達に対しても偏見は無く、むしろ聞きたい事が沢山ある様子だ。
「...他にも、依頼を受けているのでは無かったのか?」
領都へと、少しでもショートカットが出来るならこちらからお願いしたい事だ。
だが、現状受けられる依頼を全部受けて来たとモニカが言っていた。
「はい。ですが、依頼内容と実態がだいぶ違いましたので、この事を冒険者ギルドに報告をしなければなりません。それに、これは考え過ぎかも知れませんが、ここ最近カッパフルス領内で、討伐依頼が増加している事と何か関係があるかも知れませんので」
他の依頼を進めるよりも、自分達、強いては他の人々の安心安全を守る為に必要な報告。
最近、領内の各地で討伐依頼が増加している事が、何かの前触れなのでは無いかと感じたそうだ。
不吉な予感と言うやつ?
「確かに...一理あるか」
普段、水辺近辺に生息する魔物が、その場所を離れて水辺の無い陸まで来ているのだ。
これが何らかの兆候なら、早めの対処が最善手になるだろう。
「なあ、ルシウス?それなら、案内して貰った方が早いんじゃないか?自領の人なら地図に載っていない近道を知っているだろうし」
ギュンターも、僕と似た考えに辿り着いたようだ。
地図を眺めながら道と格闘するよりも、地元の人に付いて行くのが手っ取り早いのだと。
「ああ。私もそれで問題無いと思うぞ?なあ、さくら?」
メリルはギュンターの意見に賛同する。
そして、そのままさくらの方を見た。
「...はい。領都へと早く辿り着くなら、私もそれで良いと思います」
さくらは、胸の前で両手をこねながら一度ローレンツの方を確認する。
先程、突然両手を握られた事が頭によぎったのだ。
だが、直ぐにメリルの方に向き直して答えを返した。
「ああ!白の女神様は、さくらさんと言うお名前なのですね!?なんて美しいお名前なんだ!!」
ローレンツは、まるで女神を崇拝するかのような眼差しで、さくらを見つめた。
白の女神と称えた女性の名前を知り、一人で舞い上がって。
すると、ローレンツは再び、さくらの下に駆け寄ろうと動き出したのだ。
僕はその行動を確認すると、ローレンツがさくらの手を握った光景がフラッシュバックした。
それは、自分でも良く解らない、何だか嫌な気持ち。
これ以上、さくらに近寄って欲しくない。
「では、ついでと言う事もありますので、領都カッパフルスまでご案内をお願い出来ますか?」
さくらとローレンツの間に身体を入れ、近寄らせない。
話を遮った上で、ローレンツの行動を制御する。
「あっ、はい!では、馬を取って来ますのでお待ち下さいませ!」
一瞬、ローレンツは、さくらに近寄れなかった事で残念な表情を浮かべたが、直ぐに行動へと移し始めた。
そもそも自分が提案した意見。
優先すべき事は、領都への案内なのだから。
「では、モニカは、私達の馬を取って来て欲しい。その間に私とブルトスで、ブラウクロコディールの素材を回収しておく」
馬を連れて来るだけならモニカ一人で十分。
その間に、重労働になりそうな魔物の素材の剥ぎ取りを、ローレンツとブルトスで処理するようだ。
効率を考えての指示出し。
パーティーリーダーを務めているだけの事はある。
ただ、馬を連れて来てからも時間が掛かるようなら、僕達も手伝おうかな?
倒したブラウクロコディールは、結構な数いるからね。
「なあ、ギュンター?普段はどんなトレーニングをしているんだ?」
ブルトスが馬に跨りながら、馭者台に座っているギュンターに話し掛けた。
馬車がゲーム時代の遺物と言う事もあって、驚く程騒音が少ない。
その為、大声を出さずに会話が出来てしまう。
「トレーニング?」
「お前は、かなり引き締まった身体をしているだろう?俺の全身膨れ上がった筋肉とは違うようだからな。それに、あの攻撃力だ。何が特別なトレーニングをしているんだろう?」
ブルトスが、ギュンターを一目見た時から気になっていた事だ。
服の上、防具の隙間から見える発達した筋肉。
ブルトスの肥大化した筋肉とは違うもの。
「ああ、なるほど。それはうちのボスが厳しい人でな。基本日替わりで部位鍛錬をしているんだが、決められた回数じゃなくて毎回限界を超えるトレーニングを課せられるんだ。ただ、大き過ぎる筋肉は動きの邪魔になるらしくてよ、俺の戦闘スタイルにあった箇所だけを鍛えている感じだな」
筋肉は酷使(切断、炎症)した後に休息させる事で筋組織が肥大化して行く。
効果的な筋肉の付け方として、セット間のインターバルを短くする事。
トレーニングのマンネリ化を防ぐ事。
スローリフト法を行い、高負荷できつくなる回数をこなす事。
超回復をさせる事。
これらを取り入れてトレーニングする事で身体作りをしているのだ。
時には筋肉の持久力を上げる為に、低負荷、高回数でトレーニングをする場合があるが。
「日替わりで部位鍛錬!?しかも、回数じゃないだと!?」
毎回同じトレーニングメニューでは、徐々に身体が順応していまい筋肉の成長が止まってしまう為だ。
そして、回数は六~一〇回の間できつくなる位の負荷に調整し、インターバルを短めに取った上で三セット~五セット行う。
「ああ。後は、美味い飯と休養が大事なんだとよ。俺もボスから説明されたんだけど良く解らなくてな。ただ、筋肉が肥大化するには、筋組織が損傷した後に修復する事で、そうなるらしい」
美味い飯と言うか、質の高いたんぱく質を摂る事が重要なのだ。
プロテインなどのサプリメントが無い為に、鳥の胸肉などから摂取している。
後は、トレーニング後四八~七二時間、筋肉を休ませる事で総量を増加させるのだ。
その事を、ギュンターが明確に覚えている事は無かった。
「はー...随分変わったトレーニングなんだな。でも、効果は抜群ってところか?」
この時代のトレーニングの概念が違う。
ブルトスが初めて聞いたトレーニング法だ。
だが、引き締まったギュンターの身体を見ればその違いはハッキリと解るもの。
「ああ。それは間違い無い!その効果も実証済みだろ?」
先程の戦闘を見てくれただろう?とニヤッと笑った。
自分の筋肉に、その肉体美に誇らしげなギュンター。
「はははっ!凄えな!!そのトレーニング法、俺にも教えてくれよ!!」
ブルトスは強くなる事に行き詰っていたのだ。
今の状態で、低位の魔物を幾ら倒したところで魂位が上昇する訳では無い。
自分と同等の魔物相手では生命懸けになってしまい、そう何度も挑める相手では無い。
藁にも縋る思い。
その吉兆が目の前に居るのだ。
「ああ、良いぜ!!」
ギュンターが嬉しそうに答えた。
兄貴分としての性分。
誰かに頼られる事が心地良いのだ。
「それなら、最初になあ...」と自分が行って来たトレーニングをブルトスに教え始めた。
ブルトスの居る場所とは反対側の位置にモニカが馬に跨っている。
そこから馬車の窓越しに、メリルと話している。
「お姉様も、貴族出身の冒険者なのですか?」
モニカがメリルに対して感じている高貴な雰囲気。
教養が無ければ身に付かないものだ。
それに、身形や持ち物、家紋は入っていないが明らかに高級な馬車。
高ランクの冒険者ならまだしも、低ランクの冒険者が持てるものでは無い。
思っている疑問を直接問い掛けた。
「...私は貴族では無い。どうせ、いずれ解る事だが、私は奴隷であって、ただの冒険者だ」
メリルはその答えに言い淀んでしまった。
昔は貴族であったが、今は奴隷の身分。
メリル自身は、アナスターシアに仕えている事を誇りに思っているが、奴隷と言うだけで蔑みや侮り、軽蔑や偏見を持つ相手が殆どだ。
本来なら、正直に言う必要の無い事。
だが、メリルの持つ矜持やプライドが、嘘を吐く事を許さなかった。
「...そうなのですね。言葉遣いや佇まいがそれっぽかったので、てっきりそうなのかと思いましたわ。ですが、そんな事は関係無しに、お姉さまはお姉さまですわ」
モニカが想定していた返事とはかなり違っていた。
その答えを聞いた時には、安易に聞いてしまった事を後悔した。
笑顔を取り繕い、表情にこそ出していないが、何となくそれが伝わる程。
ただ、メリルが貴族で無いとしてしても、奴隷だとしても、今現在モニカがメリルに対して持っている尊敬の念は変わらないようだ。
再び、お姉様と呼んだ時、モニカは嘘偽りの無い最高の笑顔を見せた。
「いや、それは...何でも無い」
「?」
モニカが、自分の身分が何者だろうと関係無しに慕ってくれる事が嬉しかった。
ただ、まだ信頼、信用の出来る相手では無い。
身分の事に関しては、メリルが冒険者として登録している時点で、詳しく調べれば解ってしまう事。
しかし、自分の過去の話をする必要までは無いのだと。
「お姉様達はどう言った経緯でパーティを組んだのですか?皆様Eランクですが、かなりの実力者ですよね?」
モニカが、ニコニコしながらメリルに問い掛けた。
馬に騎乗している為、身体をメリルの方へと前のめりになる事は危険だ。
だが、気持ちだけは前のめりになっている様子。
話せる事が嬉しくて仕方ないと言った感じだ。
「そう...見えるのか?フフッ。それは嬉しいな」
自分の評価と、他人からの評価は違う。
その評価が正しいか、正しくないかは置いといて、相手から見た評価が自分の価値となるのだ。
それを踏まえて、高評価を貰った事が嬉しかった。
「まあ、お姉様!笑顔も素敵なのですね!!」
メリルが、此処に来て初めて見せた笑顔。
モニカは心臓をギュッと掴まれた気分。
「私達は偶然?まあ、成り行きと言ったところだな。貴方達の方こそ、どうしてパーティーを組んでいるのだ?」
急に大声を出したモニカにビックリはしたが、答えられる質問には返事をする。
すると、逆にモニカ達の関係が気になり始めた。
「成り行き...で?」
モニカは、言葉の意味が解らず信じられなかった。
成り行きと言うのに、こうも都合良く強者が集まるのかと疑問を浮かべた。
これが、上位ランクの冒険者パーティーなら自然と同格の強者が集まって来るもの。
だが、メリル達はEランク冒険者なのだ。
それも全員が。
「...あ、ええっと、私とローレンツが幼馴染なのです。私達は貴族になりますが、どちらも家督を継ぐ事が出来ませんので冒険者になったのです。ブルトスは唯一、貴族と言う事に偏見無く、私達と一緒にパーティーを組んでくれた人物なのです」
家督は、基本長男が継ぐもので、二人ともそれに該当しない為、冒険者になる道を選んだのだ。
冒険者は意外と貴族出身の物が多く、貴族院に通っている事もあり、普通の一般人よりはスタートの時点で強い。
その為か、傲慢な輩も多く、一般の冒険者からは疎まれている事が多い。
偉そうな態度が、偏見を更に助長しているのだ。
その偏見が無いブルトスは、かなり珍しいタイプ。
もしかしたら、偏見では無く純粋にローレンツ達の人柄に惹かれたのかも知れないが。
「ほう。それは、善い方と巡り合えたようだな」
貴族と一般人では、どうしても対立関係にいたり何かと敵対する事が多い。
それを知っているメリルは、ブルトスの評価が高まった。
「はい!こうして、お姉様に出会う事も出来ましたので、冒険者になって良かったです!!」
モニカが冒険者になった目的は解らない。
まあ、それはメリルにも言えた事で、お互い様だろうけども。
だが、この言動は、メリルに出会う事が冒険者になれた最大の報酬とばかりだ。
「...その、何だ。お姉様と言うのは、少し大袈裟過ぎるので...」
熱い思いに圧されそうになるメリル。
ただ、お姉様と呼ばれる事がむず痒い。
「いいえ!!お姉様以上のお姉様を見た事がありません!!お姉様はお姉様です!!」
鼻息の荒いモニカ。
その圧力が凄い。
止めようが無い思いだ。
「!?...そうか。はははっ...」
メリルは呆れるしか無かった。
「くー!!折角一緒に行動していると言うのに、何故私はさくらさんと話せないんだ!?」
馬車を先導するローレンツが、とても悔しがっている。
目的は、依頼内容の相違を冒険者ギルドへと報告する事なのだが、僕達と一緒に行動が出来れば、さくらとお近付きになれるのでは?と下心もあっての事だから。
まあ、何にせよ、カッパフルスまでの近道を案内する為にはローレンツに先導して貰わなければならないので、思惑が外れてしまったようだ。
先頭を進みながら、頭を抱えて嘆いていた。
馬車の中には、僕、さくら、メリルの三人が居る。
だが、メリルは窓を通してモニカとお喋りしている状態。
居ても居ないようなものだ。
「ルシウス、どうしたの?...考え事?」
ボーっとしていた僕を心配になって話し掛けた、さくら。
僕の目的は、この領地で獲れる魚や調味料、後は珍しい調度品や遺物。
だが、それ以外にも欲しい品があるのだ。
むしろ、それが一番の目的と言っていい。
「...さくらは、楽器の無い場所で、いつでも好きな時に自分の好きな歌や曲が聞けたら、どう思う?」
教会や孤児院に居る人間なら誰しもが解っている、さくらの大好きなもの。
歌う事も、聞く事もだ。
「...楽器の無い場所?それが、...いつでも好きな時に?」
自分が歌う事に関しては、場所を問わず何処でも出来るものだ。
だが、それを自分が聞くとなると、歌える(演奏の出来る)相手は限られるし、その時に聞きたい歌や曲では無いかも知れない。
「うん。例えば...そうだな。今この場所で、つい最近一緒に演奏した曲が聞けるとしたら?」
それを叶える事が出来る魔法具が存在している。
いつでも、自分の好きな音楽を聞く事が出来る魔法具。
「え!?それが出来るようになったら凄く嬉しいな!!だって、いつでもルシウスの演奏が聞こえるのでしょう?」
「...僕の演奏?お母様の演奏じゃなくて?」
僕の演奏は、アナスターシアの演奏と比べたら月とスッポン。
確かに上達はしているけど、まだまだ努力が足りない拙いものだ。
何とかリズムキープをしながら一曲を演奏する事は出来るけど、アナスターシアの最高の技術で演奏したものは鳥肌もの。
何故僕なんだろう?
「うん!ルシウスの演奏!」
それなのに、さくらは僕の演奏を気にいってくれているのだ。
不思議だ。
「...じゃあ、それがいつでも出来るなら、どう思う?」
「私の一生の宝物にするよ!」
さくらの眼がキラキラと輝いている。
想像しただけで、嬉しさが込み上げて来るのだろう。
満開の笑顔が咲いていた。
(さくらの誕生日まで後一〇日か...目的の品、手に入るかな?)
僕とさくらの誕生日は同じ日で、三月一二日生まれ。
もう直ぐ、六歳となる。
この世界で初めて出来た友達で、幼馴染だ。
さくらが喜ぶようなプレゼントを贈りたい。
『はい。マスター。海に面しているカッパフルス領なら、その可能性は高いかと思われます』
(メモリーシェル...ここだと、ゲデヒトニスムッシェルだっけ)
探し物は、音や言葉を記憶する事が出来る貝。
これを素材に、最高のプレゼントを作るつもりだ。
『後は、マスターの細工技術次第となります』
(それなら、大丈夫!最高の物を作るから!)




