074 冒険者と悪食の山椒魚②
「ねえ、ルシウス!これから向かう場所には海があるのでしょ?」
さくらが、これから向かう場所を想像し、とても嬉しそうに僕に聞いて来た。
頭を動かすと揺れる髪の毛。
伸びて来た髪を束ねてポニーテールにしている。
うん。
とても似合っている。
「うん、そうだよ。これから向かう場所はイータフェスト領の隣領地。海に面したカッパフルス領って場所に行くんだ。」
僕達は、イータフェスト領からカッパフルス領へと向かっている最中。
この国自体、海に囲まれた島国だが、その中でもカッパフルス領は国最長の川が流れている領地。
海が近い事もあって、採れたての魚介類が食べられると有名。
「...カッパフルス領か。一体そこはどんな場所なんだろうな?...もし、ルシウスと出会っていなかったと考えるとゾッとするな...あのままでは、いずれスラム街で野たれ死んでいただろうし、こうして冒険者になる事も出来なかっただろうし」
ギュンターはスラム街出身の孤児で、生きる為に必死に抗って来た人物。
毎日が死との隣合わせで、これまでに何人もの仲間を失って来た。
僕達と出会うあの日まで何とか生き長らえて来たが、いずれは自分の番が来るだろうと感じていたのだ。
それ程過酷な環境に居たと言う事。
ただ、その中でも珍しく正義感に溢れ、万引きや強奪に一才手を出さなかった人格者だ。
お金が無い、食べる物が無い、替えの服が無い。
そうして見た目が貧相になったとしても、その心までは貧相にならない。
その意思を貫き通したからこその現在がある。
「...それに一番は、メリルさんに出会えていなかったからな」
ボソボソと独り言を喋る。
皆と会話をしていたならまだしも、自分の気持ちを口に出しただけ。
これなら率先して馭者台(運転席)などに行かず、馬車を運転しなければ良かったのに。
一応、室内と音声を共有する為の通信機のような物が取り付けられてはいるけども。
(ああ...ギュンター惜しいな。決め顔を作っているけど、本人には見えていないし、聞こえていないよ)
ギュンターは、顔も格好良く背も高い。
性格は猪突猛進なところがあるが、他人を陥れるような事や欺くような事は絶対にしない。
それなのに何処か残念な感じを受けてしまうのだ。
まあ、メリルもギュンターもお互いにと言ったところか。
メリルが素直になるまで時間の問題ではあるだろうけど。
「海って、湖みたいに水が広がっているんでしょ?カッパフルス...一体どんな場所なんだろう?」
さくらは、海を見た事が無い。
恵みの森で川や湖は見た事があるし、精霊人の国でも最長の滝を見た事がある。
だが、海と言うものはそれよりも広大で先が見えないもの。
どうしても想像がつかないようだ。
「そうか。さくらは海を見た事が無いのか?」
メリルが、さくらに対して優しく微笑んだ。
歳の離れた妹に接するような、そんな態度だ。
ただ、周囲に聞こえない声の音量で「さくらが海を見た事無いのに、何でルシウスは知っているんだ?...まあ、ルシウスだからな」と眉間に皺を寄せたり、眉を上げて納得したりとコロコロ表情を変えていた。
勝負で負けた時も、これくらいあっさりと気持ちの切り替えが出来れば良いんだけどね。
「えっ?メリルさんは海を見た事があるのですか?」
さくらは、姉のようにメリルの事を慕っている。
厳しさも優しさも兼ね揃え、さくらの事を一人の人間として見てくれるからだ。
「ああ、あるぞ。まだ私が貴族だった頃に何度かな」
メリルは、今でこそアナスターシアの奴隷(従者)だが、元々は貴族の身分。
お家が没落した為に爵位が剥奪されて、現在ではその身分が引っ繰り返っているが、他領地へと足を運んだ事は何度かある。
今となっては、奴隷の身分に悲観した思いは無く、現状を受け入れている。
何よりも、アナスターシアと一緒に居れる事が誇りだからだ。
但し、そうなった原因を作った相手に対しては、未だに復讐の灯火が消えていない。
「そうなのですね!!では、海はどんな場所なのですか?」
海という単語は、度々本でも出て来るもの。
但し、その本と言う物には現在のように挿絵や写真などが無い。
文字だけで想像する景色や光景。
「実際はどうなっているのか?」と気になって仕方が無い様子だ。
「むう。口で説明するのは難しいな...風景や芸術を見た時、他人によってその見え方が変わるものだろう?それに、さくらには変な先入観を持って欲しく無いのだ。自分の目で見たものだけを楽しんで欲しいと思う」
これは、メリルの本心だ。
歌と言う類まれな表現を持っている、さくら。
だが、そのまま順調に成長するかは解らない。
今現在の短い人生の中でも、神童と持て囃された人物が、凡人に成り下がるの幾度と無く見て来ている。
さくらには、同じようになって欲しく無いのだ。
豊かな想像力を養って欲しいし、一方向からの限定的な視点を持つのでは無く、様々な方向からの固定観念の無い視点を持って欲しいと考えての返事。
感性は磨く事も出来れば、容易に鈍らせる事も出来るのだから。
「...先入観?...私の目で見たものだけ?」
メリルからすれば、いい表現者と言う者が、どう言った人物なのかを特定出来無い。
自分にとって良い表現なのか、他人にとって良い表現なのか?
それとも、好い表現なのか、善い表現なのか?
ただ、そんなメリルでも解る事は、“自分の心を抑え付けている表現者は、他人に影響を与える事など出来無い”と言う事だ。
「ああ。他人と違って、あれだけの感情を歌に表現出来るのだ。その感性は大事にして欲しいと思ってな。それに、生きていればどうしても他人から影響を受けてしまうものだ。初動の気持ちくらいは、自分自身で決めるべきだろう?」
他人から与えられる価値観は存在する。
時には、それが救いに繋がる事もある。
だけど、歩んでいるのは自分の人生。
現代社会よりも死が近い世界だ。
メリルがその差を知っている訳では無いが、「やりたい事をやらずに死んでどうする?」と常々考えての事。
この世界では、殆どの者は若く死ぬ事なんてザラで、知恵も知識も無い為に自分が死んだ理由や原因すらも解らない。
死を目前にした時、理不尽なる現実に対しての後悔の念だけが残るかも知れないが。
それならば、何かを経験した時に初めて受け取るその時だけの感情は、誰にも汚されたくないと。
「...はい!私の気持ちを優先して頂いて、ありがとうございます!!」
相手の為に知識をひけらかすのと、知識を共有するのとでは全く違う。
“賢者は聞き、愚者は語る”と言った格言があるように。
愚者は、覚えたばかりの、教わったばかりの知識を、相手の立場に関係無く話して自己満足をするが、賢者は、相手の話を聞き、相手に必要な事を話して相互満足する。
さくらは、その意図が伝わり、メリルの思いやりに感銘を受けた。
「フフフッ。こう言う時は、さくらも歳相応の女の子なんだがな」
冒険者として活動する際、僕やさくらは、子供と言う事を隠して変装をしている。
最初は、大きめのローブで全身を隠し、竹馬の応用で足の長さを調整し、木で作った義手を皮の手袋で隠し、魔力を纏う事で大人に変装をしていた。
それが、精霊人との交流で得る事が出来た、金属類に魔力糸を使用する事で変装の質が飛躍的に向上した。
漆黒の仮面と純白の仮面。
イータフェストの冒険者ギルドでちょっとした名物になっている程だ。
そして、さくらはそんな格好をしているが中身は女の子と言う事。
メリルは、それが可笑しくも愛らしさを感じたようだ。
さくらの頭を優しくそっと撫でる。
「フッ。流石はメリルさんだ。身に纏う魔力と一緒で、風の女神のような御方。...いや、貴女こそが女神そのものか!?」
(おいおい...ギュンター。一人で完結して納得するのは良いけど、何を言っているのか全然解らないぞ?)
離れた場所から二人を見ては、独り言を話すギュンター。
此処が現代社会なら、間違いなく通報案件だ。
ギュンター、良かったな。
此処が現代社会と違う別世界で。
「それにしても、ここが馬車の中とは信じられんな?外から見た時よりも、中の方が広くなっているとは。それに揺れが一切無い。どうなっているのだ?」
メリルが周囲を見渡し、快適な空間を不思議がった。
馬車の室内は部屋の中のように広いから。
「古代遺跡の遺物で、この国唯一の馬車らしいですよ?」
この国で使用されている馬車は、殆どは、この時代に作成された木造の馬車だ。
だが、アウグストから貰ったこの馬車は、古代遺跡の遺物。
いわゆるゲーム時代の遺産だ。
馬車(魔法具)は、ゲーム時代後期には好きなようにカスタマイズする事が出来た。
僕達が乗っている馬車は、空間拡張と耐震効果が付与された物で、その時代の物が運良く残っていたのだろう。
但し、設定が固定されている為、好きにカスタマイズする事は出来無いが。
「それを私達にプレゼントするとは太っ腹と言うか、流石国随一の資産家ヒンドゥルヒ家だな。これは冒険者としての期待の現われでもあるのか?
メリルが顎に手を置きながら思案する。
これはどう考えても国宝級の品。
しかも、国に一台しか無いのなら、おいそれとプレゼントするような品では無いからだ。
そう考えに至った時、納得出来る理由が一つだけあるのだと、僕を流し目で見た。
「...いや、ルシウスを狙っての事か」
「!?」
「フッ」と鼻で笑う始末。
ほくそ笑むとはこの事だろう。
ああ、最悪だ。
メリルは楽しんでいるのだ。
僕が思い出したくない事を、わざと周囲を掻き乱すように発言したのだ。
あの後、ロジーナの対応から、さくらの対応からと、何かと忙しくなって終始心が休まらなかった。
それなのに、またそんな事を言い出したら...
「ねえ...ルシウス?本当にロジーナさんと婚約するの?」
ほら、こうなってしまった。
さくらに腕を強く引っ張られる。
心なしか、力が徐々に強くなっているようだ。
何だろう?
こういう時、普段の雰囲気からガラリと豹変するのは止めて欲しい。
青く冷たい魔力が周囲を渦巻き、瞳の色が凍えるような青。
この変化は何なの?
「ルシウスがロジーナ嬢と婚約だと?...そう言えば、あの時アウグストさんに何か言われていたな?...ダメだ。メリルさんの素敵な横顔と美味かった肉の事しか思い出せねえ」
ギュンター...
今だけは黙っててくれ。
頼むから、思った事を直ぐ口にする事は止めて欲しい。
「確か、ロジーナ様は貴族院を卒院して間もないと言っていたな?となると今は一五~一六歳か」
貴族院の入院は、一〇歳になる年度の九月で、卒院は五年後の八月。
今は、ロジーナの卒院後から年度が変わって三月。
当人の誕生月が三月以降なら一五歳。
それ以前なら一六歳となる。
「この国では、歳の差が離れていようが婚姻関係を結ぶ事は何も問題無い事だ。それが貴族となれば尚の事。まあ、相手はルシウスが子供だと言う事を知らないけどな」
「...」
僕は婚約も何も、そんな事は考えていない。
はあ、何でこうなるかな?
折角、楽しみにしていた海だって言うのにさ。
「本当に、ルシウスは隅に置けない男だな。相手はこの国最古にして最高の上級貴族。一介の冒険者と言う身分からすれば成り上がりもいいところだぞ?まあ、ルシウスがその気なら、それ以上もあり得るがな」
メリル...
人を攻め立てる時だけ何でそんなに口が回るんだろう?
頼むから、その口を開く事を止めて欲しい。
「さくら、そんな表情を浮かべるでは無い。ルシウスの将来を思えば、一夫多妻など当たり前。正妻ともなれば、側室に対しての器量が大事となるのだぞ?ドンと構えなさい」
いやいや、そんな事は一ミリも望んでいないよ。
恋愛のレの字も知らないんだから。
僕が目指しているのは英雄であって、屑などでは無い。
「...はい。メリル様」
さくらも、それは何の納得!?
考えずに流されて頷いちゃダメだよ!
それよりも、頼むからその手に力を込めるのを止めて欲しい。
(カッパフルス...このままだと嫌な思い出になりそうだな...あれっ?この先で誰か戦闘をしている?)
そんなやり取りを繰り広げている時、僕達が進む進路方向の先で、誰かが戦闘をしている形跡が魔力圏に引っ掛かった。
魔物の数が異様に多い?
今はまだ、何とか戦いが出来ている状態みたいだ。
すると、運転席に居るギュンターが、僕と同じようにその事に気が付いた。
「おいっ!?この先の道で誰か魔物の大群と戦ってているぞ!?」
ギュンターのその掛け声で一つで、さくらもメリルも一気に戦闘態勢へと切り替わる。
ここら辺の対応は流石と言った感じだ。
「魔物の大群だと?...あれは、ブラウクロコディール!?」
メリルは、馬車の中(内窓)から外を眺めて魔物を確認した。
ブラウクロコディールは、青色の鰐の魔物。
二m程の大きさだが、その頑強な鱗が鉄をも通さない(部分的に脆い箇所も存在している)。
瞬発力がある為、気が付いたら噛み殺されていたと言う事が多々発生している。
一般人なら、間違いなくテリトリーに近寄らない。
遭遇した(相手に見つかった)瞬間には既に遅く、先ず逃げる事が出来無い。
普段、水辺に住んでいるブラウクロコディールが、水辺から遠く離れた陸にまで上がって来ていた。
「ルシウス、どうするんだ!?このままだと、やられてしまうぞ!?」
馬の手綱を握り、上手に操って運転しているギュンター。
目の前の状況を鑑みて、自然とその手に力が込められる。
大丈夫。
その気持ちは十分に伝わっているし、僕も同じ気持ちだから。
「そんなもの話し合う必要などありません。今すぐに助けに行きましょう!!」
人助けが出来る状況なら、当然助けに行く。
そんな事で、いちいち迷う必要は無いのだ。
僕が目指しているのは、老若男女、分け隔て無く助ける英雄なのだから。
「そうこなくちゃな!」
ギュンターが「ニッ」と笑った。
そして、馬車のスピードを一気に上げる。
「流石はルシウスだ!」
メリルも同じように笑った。
いつでも斬り込めるように剣を構える。
そして、いつでも馬車から駆け出せるように準備をする。
「うん!!」
さくらも同じように、魔物との戦闘に備えた。
ようやく普段の様子に戻った、さくら。
でも、あの青い魔力は一体何だったんだろう?
考えても解らなかったけど。
「では、これからどう戦うのかを聞いて下さい。ブラウクロコディールを効率良く殲滅する為にも、皆にはそれぞれに合わせた役割を持って動いて貰います」
ブラウクロコディールと戦闘をしている人達。
一人一人は何とか戦えている状態(一対一なら)で、その強さは相手と対等、もしくは、少々格下と言ったところだ。
だが、その場に居るブラウクロコディールの数が多過ぎる為、囲まれてしまえば、あっさりと蹂躙されてしまうだろう。
その為、闇雲に攻撃しても、ブラウクロコディールと戦っている人達を怪我の無い状態で救出する事など出来無い。
「だが、ルシウスよ。ブラウクロコディールはDランク相当の魔物だぞ?...私達で戦えるのか?」
メリルの心配は最もだろう。
僕達の冒険者ランクは、アウグストからの個別依頼を(その後に幾つかの依頼を)達成して、Eランクになったばかりなのだから。
だが、そもそものランク設定が可笑しいのだ。
ゲーム時代なら、ブラウクロコディールなどFランク指定の魔物でしか無い。
このランク設定は、どう言った基準で決まっているんだろうか?
この国に出現する魔物だけのランクなのか?
「ええ、全く問題ありませんよ。僕達は聖遺物を入手する為に古代遺跡に潜りましたよね?ブラウクロコディールは、その時に戦った青紫後家蜘蛛と強さが変わりませんので」
この世界の、魔物のランク設定がどう決められているのか僕には解らない。
ゲーム世界が現実化した事で多少の変動はあるだろうけど、ブラウクロコディールと青紫後家蜘蛛の強さは、ほぼ同等。
「はあ!?何だって!?では、私達はDランク相当の魔物を倒していたと言うのか!?」
メリルが、その事を知って驚く。
青紫後家蜘蛛は、冒険者ギルドに登録が無い魔物で、その強さは未知数のものだった。
それなのに、相手の強さを知らずに倒してしまったのだから、ビックリするのも無理は無い。
「ええ、その通りです。ただ、ブラウクロコディールがDランクに指定されている事自体が僕には信じられませんが、メリルさん自身が、それ以上に強くなっている事で気が付かなかったのだと思います」
こいつらよりも強い魔物は沢山居る。
と言うか、ブラウクロコディールも、青紫後家蜘蛛も底辺に位置するだろう。
もし、ゲーム時代で言う本当のDランク相当の魔物が出現したら、この国はどうなってしまうのか?
為す術なく壊滅してしまいそうだな...
「そうなのか...?...私は、そんなに強くなっているのか?」
メリルの強さの定義が何処にあるのかは解らないが、間違い無く段階的に強くなっている。
魂位もクラスアップの壁を超えて、能力値的にも次の段階へと成長しているのだ。
まあ、まだ技術が置いてけぼりになっているが。
「良いですか?厄介さで言えば青紫後家蜘蛛の方が上です。ブラウクロコディールとは違って毒を持っていますので。...もしも注意点があるとすれば、相手は地面スレスレなので、攻撃のフォームを崩さない事位ですかね?」
どちらの魔物も、能力値的には変わらない相手。
ただ、青紫後家蜘蛛の方が毒を持っていて、攻撃を貰う事が出来無い相手だ。
その難しい相手を倒しているのだから、ブラウクロコディールくらい何ら問題は無いだろう。
まあ、自分よりも目線が、かなり低い相手。
注意するなら、「攻撃に正しく力を伝えられるか?」くらいだ。
「それだけ...なのか?鱗とか牙とか、他に注意する事はあるだろう?」
頑丈な鱗は鉄で出来た剣を弾く。
鋭利な牙は鉄で出来た鎧を貫通する。
一般的には、そう言われている。
「いえ、魔力を纏える僕達なら問題ありません。鱗があろうが切断出来ますし、牙で攻撃されたところで受け流せば軽く捌く事が出来ます。と言うか、相手の攻撃は当たらないと思いますよ?」
ギルドの指標と、僕達の指標がズレている?
いや、僕自身の指標がズレているのか。
「...」
メリルは徐に俯き、口を閉ざしてしまった。
口に手を当てて何かを考えている。
現実を受けいられないと言ったところか?
「それなら、素手の俺はどうすれば良いんだ?」
ギュンターは武器を使用しない。
その身体一つで魔物と戦う為、相手に攻撃が通じるのか解らない様子。
「ギュンターは、魔力を込めて思いっきり攻撃すれば大丈夫です。ブラウクロコディールくらい苦も無く倒せるので」
「そんなんで良いのか?アレスクラー!思いっきりだな!」
拳を握った状態から親指だけを立てて、白い歯を覗かせた。
出来ると言われた事で、「俺は出来る!」のだと自信を持った。
「ルシウス?私はどうすれば良いの?」
さくらの首を傾げてキョトンとした表情。
その大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「さくらはいつも通りに、歌いながら敵陣の中を舞い踊って欲しい」
「うん!解った!」
さくらは、笑顔で返事をした後、純白の仮面を被った。
姿を変える事で、その性格も変える。
ヒーローに変身する瞬間だ。
残念だけど、エフェクトは無いけどね。
「では、初めにやる事は魔物を分散させる事です。現状ブラウクロコディールは、三〇匹程居ますので、このままだと囲まれてしまうのも時間の問題です。なので、それぞれの役割を全うし、三方向に分かれて魔物の注意を引いて下さい」
それぞれが臨戦態勢を取る。
やる事は明白だ。
「残りの魔物は僕が相手します。これで、ほぼタイムロス無く同時に殲滅出来ると思います」
敵を倒して人々を救う。
そんなヒーローショーの始まりだ。
「さあ、行きましょう!」
「くそっ!?何だってんだ!ここ最近、魔物の暴走が過ぎるぞ!!」
全身鎧に身を包んだ重装戦士。
その体躯の大きさから、かなりの重量級。
巨大な斧を振り回しながら魔物と戦っている。
「泣き言を言っても、魔物は待ってくれないぞ、ブルトス!!『紅蓮天翔』大原則が一つ!!助けを求める者には、一人残らず手を差し伸べろ!!私達に依頼をしてくれた村を護らなくてどうする!」
真っ赤な鎧に身を包んだ剣士。
赤とオレンジの中間のような髪色と瞳を持つ。
随分派手な格好の男性だが、誰よりも率先して魔物と戦っている。
「ええ、ローレンツの言うとおり。今は目の前の魔物に集中するべきよ!!」
急所になる箇所を限定的に分厚く守った軽装剣士。
フルーレと呼ばれる細剣を手に持つ女性。
手数の多さで相手を翻弄するタイプだ。
どうやら、此処に居る冒険者達三人で『紅蓮天翔』と言うパーティーを組んでいるようだ。
「モニカ!そうは言ってもだ!こんな陸にまでブラウクロコディールがいるだなんてあり得ないだろう!」
ブラウクロコディールとは、鰐科の魔物。
強靭な顎と頑丈な鱗が特徴だ。
地面を這いつくばっているので、通常の魔物よりも攻撃を当てる事が難しい。
「くっ、数が多過ぎる!このままだと不味いぞ!ローレンツ」
重装戦士のブルトスが必死に声を上げた。
非常に不味い状況だ。
「ああ、解っている、そんな事は!!だが、引く訳にはいかない!『紅蓮天翔』大原則が一つ!護るべき人を護らず、敵に背を向けるな!」
剣を巧みに操り、頑丈な鱗の境目を綺麗に切断して行く。
だが、一度で魔物を倒せる訳では無い。
強度の低い部分を狙う事で、切断した断面を上手く利用して魔物を斬るのだ。
そうなると、一匹を倒すのにどうしても時間が必要になってしまう。
「キャッ!?ローレンツ囲まれたわ!?」
背中合わせに三人が重なる。
周囲を取り囲むブラウクロコディール。
「くっ!?」
流石のローレンツも、諦めた訳では無いが、今回ばかりはどうしようも出来無い。
せめて仲間だけでも助けたいと、腰(背中の下辺り)にクロスして差していた、もう一つの剣を取り出す。
双剣士。
まだ未熟だが、攻撃の手数を増やす為に防御を捨てる。
そう玉砕を覚悟した瞬間。
空中から巨大な影が差した。
「...影!?」
ローレンツは、バッと空中を見上げた。
そこには、知らない人物が大空を跳んでいた。
「うぉおお!!虎襲連脚!!」
ギュンターが空高くジャンプし、空中から落下する勢いをそのまま右脚に乗せる。
魔力を込めたその右脚は、その勢いのままブラウクロコディールの頭を蹴り潰した。
だが、それだけで攻撃は止まらない。
蹴りの衝撃の勢いを利用し、後方宙返りをしながら再び空中に舞い上がる。
そして、別のブラウクロコディールを同じように蹴り潰したのだ。
「なっ!?ブラウクロコディールの頭を潰しただと!?」
重装戦士のブルトスが、あり得ないと驚く。
斧を幾ら振り回しても、外側からでは頭を切る事も、潰す事も出来なかったからだ。
魔物の口が開いた瞬間に、その内側がら攻撃をするしか無かったのに、見知らぬ男が蹴り一つであっさりと潰してしまった。
ブルトスの常識が崩された瞬間だった。
「人を襲うならば、容赦はせんぞ!ヴィルデキルシュバオム!!」
何処からともなくモニカの目の前へと現れたメリル。
メリルは桜の花びらが乱れるように剣を振るった。
無数の剣閃が周囲を埋め尽くす。
すると、ブラウクロコディールは数秒の内に細切れへと変わって行った。
気が付いた時には、肉の破片となり絶命をしていたのだ。
「えっ!?三匹をまとめて細切れにしてしまったわ!?」
軽装戦士のモニカが、あり得ないと驚く。
自身の剣速に自信のあったモニカだが、それ以上の速さで剣を振り回すメリル。
しかも、速さだけでは無く、力も正確性も格段に上回っているのだ。
「何が起きたの?」と訳も解らず、常識が崩された瞬間だった。
「♪♪♪〜」
「...歌?」
ローレンツは、戦場には不釣り合いの美しい歌声が聞こえた。
周囲の状況と合わせて、今何が起きているのか全く解らない。
ただ、不思議と、その歌を聞くと自然と力が湧き上がって来るのだ。
「♪♪♪〜」
「...舞っている?」
さくらは、戦場で歌いながら魔力を練り上げた。
仲間を歌(魔力)で鼓舞し、身体能力を常時強化(上乗せ)させて行く。
そして、周囲には魔力を圧縮した塊、魔力球を四つ展開させた。
自身は、ブラウクロコディール達の間を舞いながら短剣で斬り刻んで行き、死角から近寄ろうとするブラウクロコディールを魔力球で迎撃、もしくは防衛している。
「純白...白の女神?」
ローレンツは、ただただ目の前の光景に目を奪われた。
一人でブラウクロコディールの大半を殲滅する純白の仮面。
その華麗な動きと合わせて、美しい歌声と共に、周囲を煌く光。
自分達の絶体絶命の危機を救ってくれた「女神?」なのではと。
「この戦場の中...なんて...美しいんだ」
紅蓮の剣士ローレンツは、あり得ないと驚く。
今までに見た事も無い戦闘法。
魔法を使用しているのかも解らないからだ。
こんなにも美しく強さも兼ね揃えた人物が居るのかと、常識が崩された瞬間だった。
「無理をせずに、出来る範囲で殲滅を!!残りは私が殲滅する!!」
「おう!」
「ああ!」
「♪♪♪~(歌っているので頷くだけ)」
漆黒の仮面となった僕は、大人を演じる。
声色や言葉遣いから、その所作まで全てを変化させて。
皆への飛び出しの指示は上手く行った。
それぞれが別々の方向から攻め立てている。
こうする事でブラウクロコディール達の意識は分散され、動きが撹乱されるからだ。
僕は、その撹乱されてしまった、周囲から浮いているブラウクロコディールを狙えば良いだけ。
ギュンターよりも空中を高く跳ぶ。
「マギークーゲル!!」
魔力圏の中にいるブラウクロコディールは、数がどんなに居ようが絶好の的だ。
この中なら、動き回ろうが、逃げ回ろうが、攻撃を外す事は無い。
そうして天から降り注ぐ幾つもの魔力弾。
仲間達をすり抜けて、ブラウクロコディールだけを殲滅する。
「なんだあれは?...まるで、悪魔じゃないか」
ローレンツの視界に映った僕は、さくらの純白の姿とは対照的で、漆黒の姿。
片方が女神に見えたのなら、もう片方は攻撃の凶暴性も相まって悪魔に見えたそうだ。
こうして数秒の内に、全てのブラウクロコディールを殲滅し終えた。
(あの紅蓮の剣士がリーダーか?ボーっとしたままだけど、大丈夫かな?)
ローレンツを外見から見た感じでは、致命傷を受けた様子は無い。
それに、ブラウクロコディールは毒を持っていない魔物。
噛まれた様子も無いので無事だとは思うけど、何故動かないんだろう?
もしかしたら、横槍を入れた事に怒っているのか?
でも、あのままだと死ぬだけだったと思うけど...
「...申し訳なかったな。魔物に囲まれているのが見えたので、断りも無く勝手に助けに入らせて貰った」
「...」
あれ、聞こえていないのか?
と言うか、さっきから何処を見ているんだ?
視線の先...さくら?
「かっー!!あんた達のおかげで死なずにすんだぜ。本当に助かった!」
ブルトスが、「ガハハ!!」と笑いながら、ギュンターの下へと歩み寄った。
体格では完全にギュンターを上回っているのに、自分よりも力の強い相手を初めて見たそうだ。
身体一つでブラウクロコディールを倒した技を聞きたくて堪らないと言った様子。
「いや、俺達は当たり前の事をしただけだ。見たところ怪我が無いようで良かった」
ギュンターは、さも当然のように“正義を執行した”と言った表情。
本心からそう思っているので、あざとさも無い。
生粋の兄貴肌なのだ。
「助けて頂いてありがとうございます!お姉様達が現れるまで、正直もうダメかと思いましたわ」
同じように、モニカがメリルの下へと駆け寄っていた。
モニカは、格上の冒険者にも速さだけならついて行けると自負をしていた。
だが、目の前で、目で追えない速さを痛感した事で、それが自惚れだったと気が付いたのだ。
自分よりも速くて、強い存在。
それでいて凛々しさも兼ね揃えている“お姉様”がいるのだと。
「まさか、ブラウクロコディールをいとも簡単に倒してしまうだなんて!本当に、凄かったですわ!!」
「...ああ、自分でも驚いているよ。こんなにも簡単に倒せるだなんてな」
自分が知っている格上の魔物を、更に、その強さが周囲にも認知されている魔物を倒した事で、ようやく自身の成長を噛み締める事が出来た。
メリルは、思わず「フッ」と微笑む。
傍目から見たその姿が、美しさと格好良さが融合していた。
姿勢。
立ち振る舞い。
雰囲気。
何処かの歌劇団に居たのなら、間違い無くトップスターに登りつめていた事だろう。
「...?」
返事が思っていたものと違って、困惑するモニカ。
あれ程、見事に圧倒したと言うのに、「自分でも疑問を浮かべている?」と不思議がっていた。
そして、周囲を見渡した時、二人は、すぐさまお礼を言いに駆け寄ったと言うのに、一人棒立ちをしたままその場から動かない人物が目立つ。
「リーダーも黙っていないで、ちゃんとお礼を言いなさいよ」
「モニカの言う通りだぞ?...と言うか、ローレンツは、さっきから一体何処を見ているんだ?」
「もう!私達のリーダーなんだから、ちゃんとしなさいよ!」と、その態度に痺れを切らす。
二人が呆れた様子で、棒立ちをしているローレンツへと迫って行った。
何故、無反応なのか?
それを確認する為に、目の前まで近付いて様子を確認する。
もしかして、外見からでは見えない何処かに怪我を負ってしまったのか?
「...ローレンツ?どうした...のっ!?」
怪我などしていなかったようだ。
瞳がキラキラと輝き、特定の人物に目を奪われていただけだった。
その人物目掛けて、突如動き出したローレンツ。
「...ああ、美しい!貴方は天から降臨せし女神様だ!」
「!?」
一目散に、さくらの下へと駆け寄り、そう言い出した。
すると、突然さくらの両手を手に取って、お祈りを捧げるように握り出したローレンツ。
「きゃっ!?」
さくらは、突然の事でビクッと身体を揺らす。
見知らぬ男に、何をされているのかが解らない。
「何故手を握られているのだろう?」とそんな表情だ。
「戦場に舞い降りては、その歌声で邪気を浄化し、その動きで邪悪を薙ぎ払う!これを女神と言わずして何と言うのか?」
何処かで見た事のある、似たような光景。
...既視感?
と言うか、この世界では好意を持った女性の事を女神と表現するのか?
それよりも、その握っている、さくらの手を離してくれないか?
何だかイラつく。
「貴方こそ、白の女神ホワイトサーガの顕現。時の導きにより出会いせし幸運。私が持ち得る全ての愛を捧げます!」




