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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
73/85

072 古代遺跡と聖遺物⑩

「旦那様、ご報告がございます。盗賊団の拠点アジトを発見し、くまなく調べたところ、拠点アジト内に残っていたものは大量の金貨と生活必需品とのみとなっておりました。残念ながら旦那様の奪われた聖遺物は残っておらず、大量の金貨があった事からも、既に売却された状態かと思われます。ただ、奇妙な事に、どうして聖遺物を狙う事になったのか?どうして旦那様を襲う事になったのか?そのどれに対しても痕跡が全く残っておりませんでした」


 ダーヴィッツが、アウグストの部屋にて報告をしている。

 相変わらずの早口。

 ダーヴィッツとの会話に慣れていない者だと、ほぼほぼ聞き逃してしまう速さだ。


「そうか...それ以上は何も解らないと言う事か...何処で聖遺物の情報を入手したのか?何故オークションの日程を知っていたのか?何故私達を襲ったのか?その全てが闇の中と言う事か...ただ、これが偶然ならば、あまりにも出来すぎている事だぞ...」


 今回の主犯は、盗賊団で間違い無い。

 これはアウグストの記憶頼りになるが、あの渓谷での戦いにて現れた人物達の中には、オークションの帰り道にアウグストから聖遺物を奪った盗賊達と一致する人物が複数居た。

 娘を攫った連中だ。

 片時も忘れる事が無かった。


「どうも盗賊達と対峙した感想なのだが、幾つか腑に落ちない点があったのでな...私の...考え過ぎなのか?」


 あまりにも不可解な点が多かった。

 襲撃するに当たって、聖遺物の情報、日時(開催時間)、場所(オークション会場)、人物(入札者)、それらが全て相手に把握されていたのだ。

 用意周到に準備された計画的な犯行。

 そう見えるのだ。

 今回、オークションに聖遺物が出店されると言う情報は、基本、国有数の権力者のみに伝えられた情報だ。

 それを踏まえた上で盗賊団が犯行に及んでいると言う事は、盗賊団が、その情報を入手する伝があると言う事だ。


〈これが情報を偶々入手しただけならそこまで問題は無い...厄介になるとすれば、上級貴族と同等の権力を持っている『血の盟約』が関わっている場合だ...〉


 情報を入手するだけなら、方法は幾つも存在している。

 一番簡単なのは、商人や情報屋から購入する事だ。

 ただ、これが“盗賊団そのものが同等の権力を持っている”もしくは、“盗賊団の裏で糸を引く人物がいる”だった場合、今後の対応そのものが変わってしまう。

 何も、盗賊団が権力を持つ事は不思議な事では無く、金が集まるところには自然と情報も集まるもの。

 それに、国一番の犯罪組織『血の盟約』なら、一介の貴族よりも権力を持っており、その資金力や構成員の多さから、容易に手の出せない存在となっている。

 そして、今回の相手が『血の盟約』だったのなら、こんな簡単に終着などしない。


〈だが、拠点アジトにシンボルが無い事からも、どうやら『血の盟約』とは無関係のようだな...所詮は、ありふれた盗賊団と言う事なのか?これがもし、『血の盟約』が相手なら、交渉すらも出来なかっただろうに...〉


 『血の盟約』には、それを象徴するシンボルマークが存在する。

 関係者は、必ずそれを掲げなければならない。

 拠点アジト内にそれが無かったと言う事は、無関係と言う事。


〈では、裏で盗賊団を操る人物が居るのか?〉


 そして、考えられる二つ目。

 裏で糸を引く人物だ。

 当初、相手に全て情報が知れ渡った状態で、聖遺物入札後のオークション帰りを狙われた犯行だった為、事前準備の段階から用意周到に練られた計画なのだと考えられた。

 だが、実際に盗賊団の頭領と対峙してみると、その考えは変わった。

 盗賊を統率する能力。

 戦略や戦術の組み立てから戦法の活かし方。

 そのどれもが稚拙だ。

 あまりにもオークション帰りの計画的な犯行とは違い、その場限りの突発的な対応だった。

 

〈私に恨みを持つ者など、無数に存在するぞ?これがもし、本当に裏から操る者が居るとするならば...一体誰の手引きなのだ?我がヒンドゥルヒ家を相手に出来る者など、限られているぞ?〉


 これまでの歴史でヒンドゥルヒ家が積み重ねて来たものは善行に限らず、悪行も含まれている。

 国の為に、如いては王家の為に、人知れず陰で暗躍をして来たからだ。

 それも国の頼みがあってこそ、王家の頼みがあってこその行い。

 だが、それも最古の貴族としての誇りで、愛国心ゆえのもの。

 後悔は全くしていなかった。

 そして、そんなヒンドゥルヒ家が抱えている自領軍は国の中でも最大規模。

 その脅威は僕達庶民ならまだしも貴族相手で知らぬ者などいない。

 では、一体誰が、ヒンドゥルヒ家に喧嘩を売るような真似をすると言うのだろうか?


「そう言えば、旦那様。当家の諜報部隊からもご報告を預かっております。宜しいでしょうか?」


 アウグストはヒンドゥルヒ家の当主。

 物思いに耽っている暇など無く、やらなければならない事は他にも一杯あるのだ。

 ダーヴィッツからすれば、報告をさっさと済ませて通常業務へと戻りたいと思っている。


「すまない。考え過ぎていたようだな...で、ダーヴィッツがそこまで進言をしたのだ。結果はどうだったのだ?」


 アウグストは、と言うよりも、ダーヴィッツの進言でやらなければならなくなった事。

 今回の一連の騒動の中で、極秘裏に調べていた事があった。

 それはダーヴィッツからすれば、相手の事を信用していないようで申し訳ないのだが、ヒンドゥルヒ家を守る為にも必要な事。


「結果ですが、“一定の距離に近寄ると瞬時に気付かれる”との事です。正確に言えば、彼には“近寄れない”との事でした。その為、古代遺跡ダンジョンの中を追跡する事は、全く出来なかったとの事です」


 此処で言う彼とは、僕ルシウスの事だ。

 道中、古代遺跡ダンジョンまで向かう最中と、アウグスト邸へと帰る最中と、僕達の馬車を追跡して来る四人の人物が居た。

 古代遺跡ダンジョンまでは相当な距離があるのに、偶然同じ方向に進み続けるなどあり得ない事。

 それに、魔力圏を広げてプロネーシスの能力を使用すれば、簡単に照合が出来るので間違い無い。

 最初は五〇m程の距離を保っていたが、あからさまに追跡されている事が解ったので、魔力をぶつけて威嚇を行った。

 その度に相手は距離を取って行くのだが、追跡を辞める気配は全く無かった。

 流石に古代遺跡ダンジョンの中に入ろうとして来た時には、「これ以上詮索をするな」と顎を撃ち抜く事で気絶をして貰ったが。

 直接目の前まで出向いて相手をする訳にはいかなかったので、それで終わってくれて良かったと思う。

 もし、古代遺跡ダンジョンの中を追って来たとしても、途中でリタイアする事になって(魔物に殺されて)いたと思うから。

 まあ、相手からすれば、僕達は実績の無い見ず知らずの他人だ。

 少しでも能力を暴こうとするのは仕方無い事だろう。


「我がヒンドゥルヒ家が誇る諜報部隊が近寄れないとな!?ハハハッ!やはり、私の目に狂いは無かったようだな!」


 この事が示している事は一つだけ。

 ヒンドゥルヒ家が誇る諜報部隊が隠れて近寄れないなら、他の誰にも近寄る事が出来無いと言う事だ。

 アウグストは、最初からする事も、考える事も全く無いが、並大抵の事では暗殺する事が出来無い事を示していた。

 それを知って、とても嬉しそうに笑うアウグスト。


「良いか!ダーヴィッツ!今後ルシウスには、敵対するような行動を二度と行うな!!」


 先程まで、我が軍に勝てる相手などいる訳が無いと考えていたアウグスト。

 何処の相手が我がヒンドゥルヒ家に喧嘩を売って来たのだと、そんなものは返り討ちにしてやると息巻いていた程。

 だが、その考えは直ぐに撤回する事となった。

 武力も知力も兼ね揃えた人物が目の前に居たのだから。

 流石に、ヒンドゥルヒ家が誇る自領軍をぶつければ負ける事は無い。

 相手を囲むように、遠方から一方的魔法を放てば良いのだから。

 しかし、隠密と言う点では太刀打ち出来ず、アウグストだけを狙って殺す事が出来てしまう。

 それを瞬時に悟ったのだ。


「承知致しました。今後一才危害を加える行動を慎みます。...それはそうと、旦那様。お嬢様の容態が快復されたようで良かったです。ですが、本当に宜しかったので?」


 ダーヴィッツとしては珍しい、早口では無く言葉の間を取っての会話。

 相手の反応を伺っていた。


「宜しかったのでとは何がだ?それは、ルシウス達に渡す褒美の事を言っているのか?それとも、売りに出した聖遺物の事を言っているのか?」


 質問の「主語は何だと?」と言いたげなアウグスト。

 目を細めながらダーヴィッツを睨み付けた。

 アウグストの中で、質問に該当しそうな答えが二つ考えられていた。


「はい。それは勿論、聖遺物に関してでございます。彼等に渡す褒美に関しては、今回の功労を考えれば十分に納得が出来る事です。ですが、聖遺物に関しては全くの別問題でございます。あの貴重な品を保管せずに、売りに出す必要はございましたか?」


 主人からの睨みに一歩も怯まないダーヴィッツ。

 苦言を呈する形だが、役割を果たすべく主に進言する。


「ふむ。ダーヴィッツの認識ではそう感じておるのだな?では聞くが、聖遺物を手元に残して置く理由は何なのだ?少しばかり性能の良い装備品だと言う事は認めよう。だが、ロジーナが攫われた理由なのだぞ?」

 

 聖遺物はセット装備。

 全てを揃えた状態で装備すれば、特殊効果を発揮する装備品だ。

 長年の研究で、その効果が判明した今でも、どんな特殊効果を生むかまでは解っていない。

 その為、少しばかり性能の良い装備品としか扱われていないのだ。

 そして、今回のロジーナが攫われた事の原因であり、ロジーナが傷付いた原因でもある。

 アウグストからすれば、呪われた不吉な物としか思えない。


「聖遺物自体に罪はございません。それに、元々お嬢様が切望していた品でございましょう?我がヒンドゥルヒ家の財力を用いれば、今一度全てを集める事も容易でございます」


 罪を憎んで物を憎まずと言ったところ。

 確かに、聖遺物その物は何も悪く無いし、それを扱う者、関わる者に問題があった。

 それに、ヒンドゥルヒ家はこの国一番の資産家。

 金塊が取れる鉱山を保有しているので、容易に買い戻す事など出来る。


「...ダーヴィッツ。私の話を聞いていたのか?我が愛しのロジーナを傷付けた代物。...残す意味はあるのか?」


 眉間に皺を寄せ、凄むアウグスト。

 娘が関わった場合、妄執してしまう程視野が狭くなる事が弱点である。

 だが、この場合、娘を傷付けられたが故の判断。

 それも一人娘となれば、愛情の注ぎ方が過剰になっても可笑しく無いと言うものだ。


「!?...これは、大変失礼致しました。お嬢様に対する思いやりが欠けておりました」


 その眼力の鋭さは、ダーヴィッツを強制的に謝罪させる。

 綺麗な直角になろうかと言う位腰を曲げ、頭を下げている。

 普段は理性的なのに、娘が関わるだけで感情の匙加減や、行動の際限が簡単に振り切れてしまう。

 眠れる獅子を叩き起こす必要は無いのだ。


「...ふむ。そうであろう?私が思いやる“娘への愛情”を解ってくれれば問題無いのだ。くれぐれも優先事項を間違えるでは無いぞ?」


 正常な人間が出せる表情をしていなかった。

 事、娘に関しては頭のネジが全部外れてしまうようだ。

 愛情と言う名の執着。

 時代が時代なら、親子と言えど、凶悪なストーカーとして断罪されていたかも知れない。

 その言葉に黙ってコクリと頷いたダーヴィッツ。

 それを確認したアウグストは、ようやく普段の表情へと戻った。


「さあ、そんな事よりも、元気になったロジーナの下へと参ろうか?」


 一瞬にして、表情、感情を切り替える。

 もしかしたら、上位貴族程こう言ったやり取りが上手いのかも知れない。

 貴族同士の腹の探り合いは、もっと熾烈を極めるのだろうから。




「ハハハッ!流石はシャーザだな。まさか、この短期間で聖遺物を全て手に入れるとは」


 いつかの狸顔をした肥った男、ヴィルドダックスが、目の前に全て揃った聖遺物を満足気に眺めている。

 初めて聖遺物が出品されたのは、今から何十年も前の話だ。

 今日までの全てが揃う時まで、その長い年月が費やされているのだが、シャーザに頼んでからはあっと言う間の短い期間で残りを揃えてしまった。


「いえ、これはヴィルドダックス様の資金力があっての事でございます。私は単に、“適切な人物”にお願いをしただけなのです」


 全く嫌味の無い謙遜で返事をする。

 シャーザが奴隷館に勤めていた時は、自分の野望を叶える為、得のみを追い求める気質だった。

 所詮、他人は自分の引き立て役で、如何に他人を利用するのかと。

 だが、あるきっかけを得る事で、その考えでは、いずれ破滅を生む事を悟ってしまったのだ。

 自分自身が如何にちっぽけな存在で、とても矮小な存在なのかと。

 絶対強者の前では自由に動く事など出来ず、その生命すらも相手が握っているのだと。


「これまでに無数の他人ひとを見て来たからこその判断であろう?その“適切な人物”に頼む事が如何に難しい事か、お前以外の他人ひとは十分に知っている事と言うものだ。して、今回はどのように聖遺物を入手したのだ?」


 ヴィルドダックスの持つ、シャーザの評価が高まった瞬間。

 シャーザに対して、ものの本質を掴む力、見極める力が、他人よりも卓越しているのだと褒め称えた。

 それはヴィルドダックス自身が、他人を扱う事の難しさ、或いは、他人を目的まで導く事の難しさを知っているからだ。

 此処一〇年、シャーザのように直ぐに結果を出す人物など居なかった。

 所詮、自分以外の他人は無能で、有能の私が使ってやるしか無いのだと。

 自分の事を理解をしてくれる人物など、思いを共有してくれる人物など、この世界には居ないだろうと思っていたからだ。

 それが初めて、自分と似た感覚を持つ人物が目の前に居るのだ。

 自然と嬉しさや笑いが込み上げて来ると言うもの。

 そして、その子供のような無邪気な表情で、シャーザがどのように聖遺物を入手したのかを問う。


「ヴィルドダックス様にお伝えする事は恥ずかしいのですが...私がした事は、正確な情報を、金だけに執着した盗賊に教えただけなのです」


 シャーザは、恐縮した態度で、そう答えた。

 内容としては、特別な事が何一つ無いように聞こえた。

 単なる強奪依頼と変わらないもの。

 通常、この話を聞いただけでは何が何だか解らない。


「ふむ...それは、目的まで誘導したと言う事か?」


 ヴィルドダックスは、その言葉を聞いただけで理解した。

 やはり、自分と思考が似ているのだと。


「はい、その通りでございます。今はまだ、誰しもが情報の価値を認知しておらず、周囲の事が見え難い世界。情報そのものが、諸資源と同等の価値を有している事に気付いて居ないのです」


 この国の環境は少し歪な社会。

 狩猟採集社会、農耕社会、産業社会と、それぞれが入り混じった状態で中途半端に発展している。

 奇しくも魔物が居る事を考えれば、皆が皆生きる事に必死で、その日暮らしの延長のような日々を過ごしている人物の人生が大半を占めている。

 それこそ、中には一攫千金を夢見る者も居るが、その他大勢に括られた人物は基本、ほぼほぼ何も考えずに生きる為の日々を繰り返しているだけだ。

 そんな相手に一攫千金の情報を与えてあげれば、どのような行動をするのか?

 行動は一つへと絞られるだろう。


「情報一つで他人ひとを操るとはな。欲を刺激する事で、他人ひとを敢えてコントロールするとは、面白い事を思い付くものだな?」


 目の前に、他人が望む餌をぶら下がる。

 そして、生理的、本能的な欲求とは別の社会的欲求を満たす為の行動を助長するのだ。

 他人よりもお金持ちになりたい。

 他人よりも優位に立ちたい。

 他人から称賛を浴びたい。

 他人から尊敬を得たい。

 他にも細かく言えばキリは無いが、そんな抑えの利かない欲求を叶える為に。

 ある意味これは、人間の性質を利用した行動誘導で行動制限だ。

 空腹を感じれば食欲を満たす。

 眠気を感じれば睡眠欲を満たす。

 刺激を感じれば性欲を満たす。

 そして、お金さえあれば、それらを自由に出来るのだから。


「ええ、今まで欲望を抑えつけられて来た人物が盗賊となれば、目先の欲望を満たす為の行動が解放されて我慢する事など出来る筈がございません。そこに目先の成功報酬と、新たな金になる情報を与えてあげれば、思いのままに行動する操り人形の完成でございます」


 欲望は、抑えつけられる事で増長して行く。

 我慢をすればする程、させられればさせられる程、抑えの効かない渇き(欲望)へと変わる。

 それも際限が無くなる程に。

 そして、これ以上の我慢をしたく無いからこそ、他人から奪う事へと辿り着くのだ。

 一度、他人から奪ってしまった快感は極上のもの。

 相手を支配した感覚に陥り、更に相手の財物を獲得出来るのだ。

 それは自分よりも弱い相手の場合、簡単に渇きを満たす事が出来るのだと知って。

 蜂が一生懸命に集めた甘い蜜を横から奪って啜るような、そんな甘美なものだと。

 今回の場合、盗賊団が懇意にしている商人を通して、一攫千金を狙える聖遺物がオークションに出品される事を伝えて貰った。

 その帰り際に襲撃する事がチャンスだと教えて。


「だが、盗賊を制御出来たとしても、その向こう側の人物は制御出来まい?そうなると、偶然に頼る事の方が大きいのでは無いか?」


 綿密な計画と言うよりも、一方向だけの限定的な制御に見える。

 これだと、「全ての聖遺物が手に入った事は、偶然の産物に過ぎないのでは?」と感じたヴィルドダックス。


「ヴィルドダックス様が仰る事は尤もでございます。確かに、今回の聖遺物を入手すると言う期間に関しては未確定なものでした。しかし、それは決して偶然では無く必然の事であり、初めから入手出来る事は確定していた事なのです」


 そう。

 この計画を立案するに当たって、どうしても、“全ての聖遺物を入手する”達成までの期間だけが曖昧なものだった。

 だが、それ以外の事はなるべくしてなったのだ。


「偶然では無く...必然?」


 ヴィルドダックスは、計画の中身を知らずに結果だけを知っている状態。

 この場合、全ての聖遺物が手元にあるが、その入手経路までは知らないと言ったところだ。


「はい。今回聖遺物がオークションに出品されたのは一〇数年ぶりの事。その事からも落札者は今後数年間、話題の尽きない注目の的となります。そうなれば、誰しもが手に入れたいと思う品でございましょう?」


 貴族は建前の社会であり、如何に他人よりも見栄を張るかが大事なのだ。

 中には、そんな事を一切気にせずに、領民の為に一生懸命注力している人物も存在はしているが。


「その中で最有力候補となるのは、事前に参加する事が決定していたヒンドゥルヒ家となります。最古の貴族にして最高の資産家。しかも、歴史的遺物のコレクターでございます」


 貴族間では情報が開示されているオークション内容。

 裏社会を牛耳るヴィルドダックスの力を使えば、その極秘の内容を知る事など容易なのだ。


「そして、ヒンドゥルヒ家には、御令嬢がおります。それはもう父親に似たコレクターで、好奇心の塊のような御方。今回も二人揃って参加する事が決定しておりました」


 これは貴族間では有名な話で、御令嬢が父親に負けないコレクターなのだと誰しもが知っている情報だ。

 しかも、父親よりもコレクション対象の幅が広く、歴史的遺物だけには収まらず、自身の好奇心を揺さぶる物に対してと際限が無い。

 眉唾物であるドラゴン(偽者)の卵の化石から、使用方法の解らない魔法具と、ほぼガラクタに近しい物までと幅広く。


「ふむ...そう言う事か」


 ヴィルドダックスが、自身の二重顎を指でさすりながら頷いた。

 そのタプンタプンと揺れる肉は、贅沢な物を召し上がって出来たものだろう。

 肌の張りと弾力が他人よりも凄かった。


「はい。そこで、依頼内容を聖遺物の強奪とし、主人と令嬢を傷付けてはならないと制限を設ければ完成でございます。これだけで盗賊の行動が思い通りにコントロール出来てしまうのです。欲望に飢えた者の行動など、どうするかはお解かりでございましょう?そこに、見目麗しい女が、目の前に居るのなら攫って蹂躙をしたくなると言うものです」


 男だけの盗賊団。

 そこに現れた絶世の美女。

 抑えられない性欲が爆発すると言うものだ。


「フハハハッ!そうして、相手に判断をさせるのだな?これでもし、行動の全てを制限された者は否が応にも反発をしたくなるもの。そこに隙間を与えてあげたと言う事か!」


 部屋の中に高笑いがこだまする。

 特定化での条件が限定された事であるが、他人の意思を、人間を思い通りにコントロールする方法を言語化して理解した為だ。

 これまでは、何となくしていた事。

 金の力でものを言わせ、相手の行動を強制していた。

 それが欲望を刺激する事と、欲求を満たす事で思い通りに動かせる事を理解したのだから。


「はい。その通りでございます、ヴィルドダックス様。後は、目先の金を与えてあげる事で、さらなる誘導が可能になると言うものです」


 依頼を成し遂げた事での達成感、報酬を受け取った事での満足感が得られる。

 そして、一度、報酬を与えてやれば、次回の依頼も条件を守った上で次の報酬を受け取る為に頑張ると言うもの。


「そして、まだ発見のされていない聖遺物の入手へと繋がるのです。相手は、ヒンドゥルヒ家。御令嬢の為なら、国をも相手にすると言われている人物。その財力、軍事力を駆使すれば、最後の聖遺物の入手など容易いものでございましょう?」


 噂で広がっているものだが、その内容は事実。

 その為に、偶然では無く必然なのだ。

 ただ、こんなに早く最後の聖遺物を入手するとは思っていなかったが。


「やはり、この国で最も危険な相手はヒンドゥルヒ家と言う事が再確認出来た訳か...だが、だからこそ、そのまま相手に葬って貰うと言う事なのだな?」


 娘を攫われて怒り狂ったアウグストの行動など一つしか無い。

 攫った相手の壊滅(皆殺し)だ。


「はい。御令嬢が生き残るかまでは解りませんが、盗賊団を討ち取った後、手元に残った聖遺物など、御令嬢を攫われた原因となる不吉な物。ヒンドゥルヒ家の御当主の性格からして、手元に残す事はございません」


 相手の性格まで考慮した計画。

 その段取りは、少しばかりの変化が加わっても対応出来るもの。

 お見事としか言えない。


「シャーザ、良くやった!お前には褒美を与えよう。何か欲しいものはあるのか?」


 珍しくご機嫌なヴィルドダックス。

 儲ける事以外で、此処まで楽しそうな姿は初めてかも知れない。

 自分と似た思考を持ち合わせ、全く別の方向から物事を捉える事が出来る能力。

 歳は離れているが、ようやく対等な相手が、理解をし合える相手が現れたのだ。


「ありがとうございます。それでは...」


 シャーザは知っていた。

 自分では抗えない相手が居る事を。

 圧倒的な個の力。

 その他の個人が持つ力では、圧倒的な個の力には敵わない。

 もし、それに対抗出来るとするならば、力を持った組織だけ。

 圧倒的な個を凌駕する、圧倒的な数だけだ。

 今はまだ広げる時。

 じっくりとその機会を伺って...




 アウグスト邸、客室。

 広々とした空間に、アウグスト、ダーヴィッツ、ロジーナ、そして僕達の四人が部屋の中に居る。

 ダーヴィッツを除いて、テーブル席に着いている状態だ。


「ルシウスよ、この度は良くやってくれた。其方のおかげで、今一度ロージナを抱き締める事が出来た。本当に感謝する」


 アウグストがその頭を深く下げた。

 その背後では、同じようにダーヴィッツも頭を下げている。

 マスクで顔を隠している僕に対して、得体の知れない冒険者に対して、何の偏見も持たずに丁寧にだ。


「して、ルシウスよ。其方には今回の聖遺物の入手、我が娘ロジーナの救出、盗賊団の壊滅。それらに対しての褒美を与えようと思う。何、其方達を縛るような無粋な真似などせんよ」


 正直、僕としては褒美を貰うより、放って貰える事の方がありがたい。

 だが、それが許されない事なのは解っている。

 貴族に関わってしまったのが、運の尽きだ。

 今後、面倒になる事など解りきっている。


(まあ、周りの人達に危害が無いようなら、ある程度の貴族付き合いも仕方ない事かな...だけど、これがもし僕達が利用される事、欺かれる事、唆される事、踊ろされる事。そんな事がある場合には、ヒンドゥルヒ家そのものを潰せば良いか...まあ、アウグストさんが、そんな事をする感じには見えないけどね)

〈...とでも、ルシウスは考えているのだろうな。だが、私は純粋に其方の事が気にいったのだ。それに、シャッハを楽しめるのは其方だけなのでな〉


 殆どは、シャッハと言う遊戯を楽しむ為のもの。

 だが、それ以上に、自分が見た事も無い新しい何かを生み出してくれるのだと期待してしまう為だ。

 出会い頭のインスピレーション。

 第六感の超直感が働いたとでも言うべきか。

 どうやら、僕に対してそんな魅力を感じてくれたらしい。


「其方達は冒険者。何かと遠出に向かう事もあるのだろう?だが、専用の馬車を持っていないようだな?そこで、我が財力を駆使して手に入れた遺物品(馬車)を贈呈しようと思う。これは、其方達に大いに役立つ物だと思っている。表に用意してあるので、今後は自由に使ってくれたまえ」


 これは、アウグストが褒美の為にわざわざ用意した品。

 正直、僕達からすれば、馬車を貰える事はありがたい。

 これで他領への移動が出来るのだから。

 それに、念願の海辺に行けるのだ。

 魚介や海藻類。

 食事だけでは無く、色々と日用品を作成するのにも役に立つものだ。

 これは、楽しみだぞ!


「それでは、ここから話す言葉は、私から其方へのお願いとなる」


 急に物言いが変わった。

 何だろう?

 嫌な予感がする。

 アウグストの表情も、態度も畏まって、この場の空気が変わった。

 この時の僕は、知らずの内に背筋が「ゾクッ」と冷えていた。


「我が娘、ロジーナと婚約をしてくれまいか?」

「パパ!?」

「「「!?」」」


 アウグストを除いた全員が驚く。

 それはそうだ。

 何故、貴族の娘を冒険者程度の人物と婚約をさせるのか?

 何故、知り合ったばかりの得体の知れない人物と婚約をさせるのか?

 考え出したらキリが無いのだ。

 それも、背後に控えているダーヴィッツの表情を見れば、突発的な事だと直ぐに解る。


「なっ!旦那様!?一体何を仰っているのか解っているのですか?未だに、素顔を見せない相手。しかも、冒険者ですぞ!?我がヒンドゥルヒ家と婚約を結びたい貴族など星の数。それこそ、王家で無くては釣り合いが取れませんぞ!」


 凄い剣幕で捲し立てるダーヴィッツ。

 きっと、事前に打ち合わせしていた内容と違うのだろう。

 貴族は、言動一つ取ってもその言葉には責任が伴う。

 言い間違いや言葉の揚げ足を取られないよう事前に話す内容を決めておき、交渉、もしくは一方的な通達を行うものだ。

 それが全て崩れて、破茶滅茶な事を言っているのだから慌てても仕方が無い。


「ああ。ダーヴィッツが言っている事は、私も十分に理解している。だが、ロジーナの態度や表情を見てみろ?素顔も知らぬ相手なのに、出会って間も無い相手なのにだ。こんな表情を浮かべるロジーナを見た事があるか?」


 ロジーナは貴族令嬢。

 今までに様々な男性と出会い、婚約を結ぼうと様々な貴族が画策をして来た。

 顔だけの美丈夫。

 性格だけの凡人。

 金だけの醜男。

 それこそ、婚約は結んでいないが王家の人間とも対面をした事がある。

 だが、どの相手にも望んで婚約をするところまでは辿り着かなかった。


「確かに...こんな表情は初めて見ますな」


 ロジーナの照れた表情。

 いつもの雰囲気とは違い、大変お淑やかな態度。

 ダーヴィッツは、そのどちらも見た事が無かったのだ。


「まあ、今直ぐに決める必要は全く無いので重く受け取らないで欲しい。これは、強制では無いのだからな。何よりも私自身、当人同士の気持ちが大事だと思っている。ただ、私自身、二人がそう言った関係になってくれる事は大歓迎ではあるぞ?」


 「ワハハハッ」とアウグストの笑い声が響く。

 他の面々はそんな余裕など無いのにだ。

 すると、突然アウグストが指を「パチン!」と鳴らす。

 その合図を始動に、部屋の中へとご馳走が次々に運ばれて来る。

 しかも、どれも美味しそうな出来立てがだ。


「それでは、感謝の意を込めて、御馳走を用意させて貰った。さあ、存分に召し上がってくれ!!」




 宴が終わった後、アウグストの私室にて。


「旦那様...お嬢様の事はあれで宜しかったのですか?」


 ダーヴィッツが真剣な表情で、アウグストを真っ直ぐ見ている。

 あの場では、それ以上聞けなかった事。

 その真意を問いたださなければならない。


「むっ?あれで宜しかったとはどう言う事だ?」


 惚けた訳では無いが、相変わらず主語が無いと呆れている表情。

 まあ、いつもの事だと、次の言葉を待つ。


「お嬢様が婚約を結ぶと言う事です」


 これは反対をしたくて聞いている訳では無かった。

 むしろ、ロジーナの幸せを思うなら、内心では応援をしている事。

 だが、相手は素性の解らぬ冒険者。

 そして、いつ死ぬかなど解らぬ相手だ。


「ふむ、その事か。一番は本人が望んでいる事であろう?私自身、半分は本心でもある。親として我が子の幸せを思う事は当然の事だろう?」


 親心を持つ父親としては当たり障りの無い答え。

 だが、半分はと言う言葉が引っ掛かるのだ。


「ええ。それは解っております。ですから、その残りの半分をお伺いしたいのです」


 二人は長い付き合いになるのだが、未だに、アウグストが何を考えているのか解らない。

 いや、普段の生活の中なら、アウグストが何を欲しているのかは直ぐに解る。

 だが、それ以外となると全く解らなくなってしまうのだ。


「...」


 目を閉じてそっと黙る。

 見えてはいないのだが、その未来を視るかのように思案する。


「旦那...様?」


 アウグストが纏うその雰囲気が、何処か神秘的なものに見える。

 醸し出す佇まいに気圧されてしまう。

 そうして暫く沈黙の刻が経つと、ゆっくりと瞼を開いた。


「残り半分は、彼と敵対する事を防ぐ為だ...こればかりは、私達が幾ら画策をしようとも、その思惑を通り越して、こちらから制御が出来るものでは無い。まあ、“来る時の為の備え”になってくれれば良いと思っておる」

「“来る時の為の備え”...ですか?」


 ダーヴィッツには、主人の考えが何処まで見通しているのが見当付かない。

 何故その考えに至ったのかも、直ぐには理解出来無いのだ。

 全てが終わった時に、「ああ、そう言う事だったのか」とようやく気付ける事なのだ。


「うむ。だが、回りくどく、こんな風に難しく考えるよりも、ただ単に私が彼の事を気に入っただけの話なのだよ」


 言葉で説明しようとすればする程、何だか胡散臭く聞こえたり、聞く事自体に嫌気が差したりする。

 言葉のまま素直に受け取る事が出来なくなるのは、聞き手側に理解する気持ちが無いからなのか?

 それとも、話し手側の本心が余計に見えなくなるからなのか?

 だから、言葉で伝える事は難しいのだ。


「...どうやら、そのようですね。旦那様が、こんなにも楽しそうな姿は、久しぶりでございます」


 そうだとしても、相手の表情を見れば簡単に伝わる事もあるようだ。

 他人ひとが考えている事は、他人ひとには解らない。

 もしかしたら、その本人すらも理解しきれていないかも知れないのだが。


「そうであろう?きっと、これからもっと楽しくなるだろうな。この街も、この国も、この世界も全てがだ」


 アウグストの笑い声が響く。

 まだ見ぬ希望に溢れた未来を想像して。

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