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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
72/85

071 古代遺跡と聖遺物⑨

※残酷な表現、不愉快な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。

「聖遺物を引き渡すだけで、一億ガルドか...そんな大金、オレらが普通に生きて行く上では手に入らない金額だな」


 ランプ灯にボンヤリと照らされた部屋の中。

 頭に毛の無い(スキンヘッドの)男が独り言を呟いていた。


「しかし、一体、何処の物好きがここまでお膳立てをしてくれたんだ?聖遺物の情報提供...オークション襲撃の段取り...そして、貴族の利用方法...しかも、あの有名なヒンドゥルヒ家ときたもんだ。どうも、上手い事いき過ぎているな...」


 此処は、オークション帰りのアウグスト達を襲った盗賊団のアジト。

 生活をするだけで精一杯だった彼等にとっては、その情報は藁にもすがる思いであり、一筋の光明。

 夢に見ていた一攫千金のチャンスなのだ。

 だが、上手い話には裏があると言う事で疑念は晴れない。


「まあ...こうして金は手に入っているんだ。残りの聖遺物も引き渡したら一生安泰ってもんよな」


 結果、一億ガルドと言う大金を手に入れている。

 目の前には、見た事も無い量の金貨が積んであり、それをジャラジャラと指で鳴らしている。

 それに、残りの聖遺物を入手して引き渡せば、もう一億ガルドが手に入る。


「約束の日は今日か...フフッ」


 普通ではあり得ない事態で、勝手に笑いが込み上げて来る。

 これ程、上手い話は無いのだと。

 そして、男はそのまま周囲を見渡し始めた。

 すると、部屋の中に異質なものが見える。


「いやあ、待ち侘びたぜ。聖遺物さえ手に入れてしまえば、ようやくお前を好きに出来ると言うものだ。一週間...長かったな」


 男が言うお前とは、聖遺物を手に入れる為に攫って来たロジーナの事だ。

 手足の自由を奪った状態でその場で幽閉されていた。

 薄布一枚で、身体のラインがクッキリと浮かび上がったロジーナは、フェロモンが駄々漏れで、弱りきった表情が男の加虐心を煽る。

 自然と鼻息が荒くなり始めた。

 そうして男がロジーナに近付くと、首筋の辺りから鼻を当て相手の匂いを嗅ぎ始めた。

 「スーッ」と一気に吸い込む。


「...」


 それに対して反応の無いロジーナ。

 何処か様子が可笑しい。

 それも仕方が無い事で、一週間、食事を与えずに水分しか取っていないロジーナは、身体を上手く動かせなかったのだ。

 相手を睨み付ける気力も無い。


「くーっ。様々な匂いが混じって堪らねえな...お前の全身から香る匂い...」


 部屋の中に充満している異臭。

 自由を奪われたと言う事は、人としての尊厳を奪われたと言う事。

 水を飲むにも、人の手を借りなければならない。

 そして、水を飲んでいればどうしても尿意を催すものだ。

 だが、手足の自由を奪われたロジーナはその排泄行為を隠れて行う事が出来無い。

 最初は我慢をしていた尿意も、とうとう見知らぬ男の目の前で漏らしてしまった。

 必死に噛み締めていた唇も、小刻みに震えてしまう。

 何としても解放したく無かったのにだ。

 その時ロジーナは、人としての尊厳が崩れ去って行く事を目の当たりにした。

 貴族としての、女性としてのプライドが、こんな形で意図も簡単に。

 それが今に繋がり、壊れてしまった精神と生気の無い表情を浮かべていた。


「はあー。旨味が醸成してやがる」


 べチャッと頬を舐めまわし、極上の肉のような柔らかさと肌の弾力を感じ取った。 

 まるで、極上の料理を堪能するように、汗やフェロモンの混じったロジーナを舌先で味わう。

 年数を重ねた芳醇なワインを連想させるように。


「こんな最上級の女を、このまま何もせずに帰すなんて勿体無さ過ぎるってもんよ。そろそろ、うちの奴らも我慢が出来そうに無い頃なんでな。聖遺物さえ手に入れてしまえば、後はこっちの自由ってもんだろ?」


 人質としての役割を果たす為に、手を出す事を禁じてた。

 それは物々交換をする際に、目に見えて手を出した事がバレてしまったら取引き自体が成立しないからだ。

 だが、ロジーナの美貌は、その前提を、人の理性を容易く狂わせる極上なもの。

 今直ぐにでも、蹂躙したい気持ちが逸ると言うものだった。


「さて、そろそろ時間といったところか?」


 男は、そう言って部屋を出ると、屈強な男達が居る大部屋へと移った。

 この場だけで三〇名近くの男達が待機していた。


「「ボス!」」


 屈強な男達全員が、一人の男に畏まっている。

 どうやら、スキンヘッドの男がこの盗賊団の頭領ボスらしい。


「ああ、お前ら待たせたな」


 頭領ボスは部屋の中央へと進み、男達の視線、注目を集めた。


「良いか、お前ら良く聞け!オレらは今まで望むものは自分達の手で奪って来た。それは何故だ?理由は一つ。この世界が、奪わなければ奪われる世界だからだろう?」


 弱肉強食の世界で、捕食者と被食者に分かれる世界。

 共存と言う形が成り立っていない今では、一方的に奪われるか、奪うかだ。


「人は生まれた瞬間に存在価値が決まっているもの。その価値は間単に覆せるものでは無い。だが、自分の境遇に抗わずに生きていれば、大半はそのまま死ぬだけだろう?では、どうすれば良い?どうすればオレらは生きられる?一方的に奪われる立場のオレらが生き残る為には、何をすれば生き残れる?...だったら、オレらがそいつらから奪ってやれば良い!!そいつらの全てを奪えばオレらは生き残れるんだ!!」


 貴族、平民、孤児、奴隷。

 基本、生後の身分は変えられないもので、弱者が生き残る為の術は奪われる事に抗うしか無い。

 ならば、そんな弱者が生き残り続ける為には、必然的に奪う側にまわる事が最善なのだと。


「金!!飯!!女!!これからは何一つ我慢する必要なんか無いんだ!!さあ、お前ら用意は良いか!!全てを手に入れに行くぞ!!」

「「おおー!!」」


 その瞬間、アジト内では男達の叫びが響き渡った。

 魂の叫び。

 そして、自分達が掲げる正義を執行するのだと。




「待ち合わせ場所が渓谷か。すんなり取引きが終わってくれれば良いけど、場所が場所だけに、どうなる事やら...」


 ヒンドゥルヒ家御用達の馬車で、待ち合わせ場所へと向かっている最中。

 僕達は、それぞれが単機で馬を駆り、アウグストが操縦する馬車の後ろを走っている状態。

 これから行う取引きは、アウグストと盗賊団の頭領の一対一で行われるらしいので。


「...なあ、ルシウス?相手が約束を守ると思うか?」


 ギュンターが、少し苦しそうな表情で僕に聞いて来た。

 ただ、その理由は想像がつく。

 相手から受け取った手紙には、取引を一対一で行うと明確な指示があったのだが、それはあくまでも相手の言い分で、僕達からすれば信用に足るものでは無い。

 その事もあって、一対一で行われるらしいなのだ。


「...質問に質問で返すのは申し訳無いんですけど、ギュンターが、彼等の立場なら約束を守りますか?」

「...」


 僕の問いに返す言葉が無いギュンター。

 どうやら、相手に感情移入をしてしまったようだ。

 片方は孤児を束ねるリーダー。

 片方は盗賊を纏める頭領。

 両者の環境は違えど、生きる上で必死だった事に変わり無いのだ。


「そう言う事です。真っ当に生きる事が難しい環境では、相手をいかに出し抜くかが重要になるでしょう?」

「...ああ。確かにそうだな」


 下を俯きながら、ようやく捻り出した言葉。

 ギュンター自身の志としては、悪行には手を染めず、仲間と協力しあって行き抜く事だ。

 今までに、相手に利用されて失敗をする事などあっても、自分の意思は常に真っ直ぐで、善意を持って行動をして来た。

 だが、綺麗事だけでは仲間を守れない事も、普通に生きる事も出来無い事を知っている。

 その為、相手の気持ちが解ってしまうのだ。


「ギュンター?辛いなら、私達だけで何とかするぞ?多分だが、最悪の結果になる事は目に見えているからな」


 メリルが、ギュンターに優しく言葉を掛けた。

 僕達は、アウグストから新たな依頼を受けている。

 アウグストの護衛をして欲しい事と、娘の奪還を確実に手伝って欲しい事の二つ。

 相手から送られて来た手紙には、「聖遺物を持参の上、一人で渓谷まで来る事。その際、物々交換で聖遺物と娘を交換する」と言った内容が書かれていた。

 これが手紙通りに約束が守られるなら問題は無いのだが、そんな事は間違い無くあり得ないだろう。

 約束をしっかり守るような人物なら、故意的に盗賊などしていないのだから。


「...メリルさん、大丈夫だ。その時は俺の手で始末する」


 この世は常に生命の奪い合い。

 話し合いで解決する事など、殆どあり得ない。


「そうか...それなら、何も言うまい」


 十中八九、相手は約束を反故にするだろう。

 盗賊からすれば、憎き貴族相手であり、金目のものから女(娘)と自由を手に入れたい筈だ。

 その為に殺し合いが始まる事は、容易に想像出来てしまう。


「相手が指定して来た取引き場所が渓谷の為、注意しなければならない事は、谷上からの攻撃と、挟みうちです。相手が何処まで戦略を練っているかは解りませんが、間違い無く数の利を活かして攻めて来るでしょう」


 渓谷と言う地の利を活かすなら、相手の頭上から攻撃をする事が有効だ。

 そして、一度渓谷に入ってしまえば道は一つだけ。

 相手を挟んでしまえば逃がす事が無い。


「ただ、そうは言っても一介の盗賊団。軍のように訓練された兵士ではありませんし、個人が持つ力もたかが知れています」


 これが、戦闘に特化された軍が相手なら、もしくは、己を鍛えている戦士や武闘家が相手なら戦いは厳しいものになる。

 だが、相手は自制の効かない盗賊達で、欲望を抑えられない人物だ。

 それに、生命の奪い合いを経験している盗賊と言えど、名前も聞いた事が無い盗賊団。

 偶然、生き残って来たに過ぎないだろう。


「僕達は、相手より少ない人数で、それらを全て対処します。これは普通に考えれば難しい事で、成功するか不安に感じる事だと思います。ですが、ただ闇雲に偶然生き残って来た盗賊団と、己の意思を貫いて自身を鍛えて生きて来た僕達では、その覚悟は全く違うものでしょう?」


 相手が地の利を活かそうとして来るなら、僕達は更にその上を行けば良いだけ。

 心も身体も鍛錬して来た僕達と、世情に流されて生き残って来た盗賊団では、生きると言う覚悟に、明確な差がある事は解りきっている。


「相手が谷上を利用するなら、更にその上から。相手が挟みうちを狙って来るなら、更にその外から。未開の古代遺跡ダンジョンを踏破した僕達なら、これ位造作も無い事でしょう?」


 僕達は、今の今まで踏破されていなかった古代遺跡ダンジョンを攻略しているのだ。

 奇しくも相手は、その事が頭から抜けている。

 自分達では攻略の出来無い古代遺跡ダンジョンだからこそ、ヒンドゥルヒ家を利用して聖遺物を入手させたのに、その時点で自分達よりも格上の相手が居る事を解っていない。

 まあ、最上階での大蛇との戦いは、全員が納得出来る結果では無かった(僕も記憶が抜けて覚えていない)為、実感が無いかも知れない。

 だが、それでも踏破した事に変わりないのだ。


「さあ、ロジーナさんを救出しましょう!」




 場面は変わって取引き場所の渓谷。

 此処は珍しい形をしており、片方は、ほぼ垂直の聳え立つ崖で、片方は急斜面の崖となっていた。

 そして、渓谷を進んで丁度中央辺り。

 そこには、スキンヘッドの屈強な人物と、手を縛られて動きの制限されたロジーナが居た。

 自身が操縦する馬車からそれを覗いたアウグストは、一先ず安心した。


〈ああ、ロジーナ...無事でいてくれたようで安心した...だが、だいぶ元気が無いようだな?しかも、かなりやつれているのか?〉


 そんな風に思いながら二人が待っている目の前へと到着する。

 不安を感じながらも、恐る恐るアウグストは馬車から降り立った。


〈ああ、なんて事だ...その姿はどうしてしまったんだ、ロジーナ...〉


 ロジーナは、アウグストの一人娘であり溺愛している人物だ。

 アウグストは娘の為なら何でもするし、例え国と敵対するような事があっても平気で娘を優先する人物。

 近くで見た時に、その憔悴しきった状態がハッキリと視認出来てしまった。

 一週間と言う短期間なのに痩せ細ったロジーナ。

 冬だと言うのに着させられている服は薄布一枚。

 手足は悴み、その白い肌に異様な赤みが差し掛かっていた。

 無意識に震えてしまう身体。

 それに、こちらに気付いても反応が無い。

 その変わり果てた弱々しい姿を見て、アウグストの中で、激情を超えた怒りが込み上げていた。


「これは、これはヒンドゥルヒ家のアウグスト様。お待ちしておりました。さて、約束の聖遺物は持って来て頂けましたか?」


 相手の言葉遣いが無性に鼻につく。

 何故そんな言葉で喋っているのか?

 それが理解出来無いし、したくも無かった。

 どうやら本人は、奪った金品などを商人に買い取って貰う際、取引で舐められないようにする為に必死に覚えたものらしいが。

 騙されては試行錯誤を繰り返し、少しでも高値で買い取って貰う為に会得したものだ。

 ただ、アウグストからすれば、盗賊なら盗賊らしく話せば良いものを、無理矢理アウグストに合わせた話し方をしているので尚更イラつくと言うものだった。


「...ああ。馬車の中に約束の品はある。...取っても宜しいか?」


 怒りを必死に抑え、自身の感情を制する。

 それも何故かと言えば、ロジーナを無事に受け取るまでは安心が出来無いからだ。


「ええ。勿論ですよ。聖遺物さえ頂ければ、お嬢様はお返し致しますので」


 そう言った盗賊団の頭領は、ロジーナを見て含み笑いを浮かべた。

 発した言葉と、その思いが掛け離れた行動。

 相手は明らかに嘘を吐いている。


「そうか。では少し失礼する」


 アウグストもそれを感じ取った。

 馬車の中の聖遺物を取りに行く際、周囲に目を配る。

 一対一の取引を行う約束なのに、斜面の崖の方に人が潜んでいる事が隠しきれていなかった。


〈やはりか...だが、それはこちらも同じ事だ〉


 相手が出し抜こうとして来る事は想像出来ていた。

 心は読めずとも、相手の行動でそれが丸解りだ。


「これが約束の聖遺物だ。だが、その前に、娘を先に返して貰おうか?」

「ええ。それが約束ですからね。では、今直ぐに開放致しましょう」


 聖遺物を確認した盗賊団の頭領がそう言うと、ロジーナの背後へと回った。

 傍目から見た場合、手の自由を奪っている拘束具を外してくれるように見えた。


「くくく。はははっ!!馬鹿なやつめ!!こんな極上の女を返すだなんて、そんな訳があるか!!」


 突然、男が笑い出した。

 目の前には極上の女も、目的の聖遺物もある。

 なら、律儀に約束を守る必要などは無い。

 欲しいものは、奪えば良いのだから。

 そんな感情が面に見えている頭領は、ロジーナの背後からがっしりと抱えこんだ。

 そして、全身をまさぐるように触れだしたのだ。


「ロジーナ!!」


 これは解っていた事だ。

 こうなる事など容易に想像出来た事。

 だが、目の前で大事な一人娘が汚されて、穢されようとしている。

 そんな事は、到底、許される行為では無い。

 盗賊団の頭領は、それを傍目に見ながら愉快に嗤った。

 時は来たのだと。

 そして、指笛を「ピィー!!」と大きく鳴らした。


「さあ、野郎ども立ち上がれ!良いか!!あいつさえ殺せば、金も、女も好き放題だ!!但し、魔法には気を付けろ!!」


 アウグストは貴族だ。

 貴族と言う事は、貴族院と言う貴族専用の学校に通い、教養、マナー、魔法の指導を受けている。

 それでなくても、ヒンドゥルヒ家と言う国一番の名家だ。

 そこら辺の冒険者より強いと言われている。

 その為、盗賊団全員で確実に始末するのだ。


「さあ、始末しろ!!」


 その掛け声一つで、谷上に隠れていた盗賊達が顔を出した。

 現れた盗賊達は、アウグストを前後から挟むように配置されていた。

 ずっと待ち侘びていた瞬間で、己の欲望を満たす瞬間。

 そして、相手の全てを奪い尽くす瞬間だ。


「「おお!!!」」


 盗賊達の揃った掛け声は空気を揺らし、馬に乗ったまま急斜面を駆け下りて来る勢いは物凄いもの。

 地鳴りのような響きが渓谷を埋めていった。


「くっ!」


 流石に、その光景には圧倒されてしまうアウグスト。

 ロジーナを助けたくても頭領に捕まっている状態だ。

 反撃をしようものなら、ロジーナがどうなるか解ったものでは無い。

 そこへ崖の急斜面から駆け下りて来る血気盛んな男達。

 相手の興奮が止まらない。


「ははは!これでおれも金持ちだ!!帰ったら、たらふく女を陵辱してやるぜ!!」


 集団の中の一人が叫んだ。

 もはや勝負は決したものと、この先の未来を想像していた。

 まあ、この状況を考えれば、それは当然の事で、相手が貴族と言えど一体複数の状況。

 どう考えても負ける筈が無い。


「ははは!!うっ!?」


 あれだけ笑っていた筈の男が突然消えて落馬した。

 それは本来あり得ない事だった。

 盗賊は、好き好んで己を鍛える事などしないが、騎乗技術だけは必死に訓練するもの。

 この崖の急斜面を、バランスを崩す事無く駆け下りている事からも、その騎乗技術の高さが伺えると言うもの。


「さあ、殺してお前の全てを奪ってやるぜ!!」


 別の男が、同じようにいきり立っていた。

 これまでの人生で抑え付けられていた欲望が溢れているのだ。


「ヒャッハー!!...あっ!?」


 あれだけ息巻いていた男の声が突然消えた。

 だが、周囲はそれに気付かない。

 アウグストを中心に、左右に展開している盗賊達。

 逆三角形を象り一気に駆け下りているのだが、知らずの内に後ろの方からその陣形が徐々に崩れていた。


「貴族と言えど、人質を取られた状態では何も出来まい!奪う側の人間が、奪われる側に回ったんだ!さあ、絶望して死んでいくが良い!!」


 盗賊団の頭領は、指笛で合図を出してから随分と余裕な態度で待ち構えていた。

 自分達の勝利は勝手に舞い込むものだと微塵も疑っていない。

 自分は何もせずに勝利だけを味わうのだと。

 今この時に、盗賊団に起きている事など露知らずにだ。


「フハハハッ!!やはり、こうなってしまったか?」


 そんな状況の中、アウグストが突然笑い出した。

 それも、こんなに緊張した場面で、人質を取られているのにだ。

 盗賊団の頭領からして見れば、絶望に嘆いで「気でも狂ったのか?」と、そう見えたらしい。

 だが、狂気すら感じる程の雰囲気だ。


「何がおかしい!?」


 笑うと言う行為に不快を覚えた頭領は、アウグストにその気持ちをぶつけた。

 しかも、ロジーナを捕まえているその腕に力が入っていた。

 それを見たアウグストの表情が一変した。


「良い加減、その薄汚い手を離せ」


 ドスの効いた低音がこの場に響いた。

 先程まで笑っていた表情から真顔になる事でのギャップ。

 目を見開き、相手の心臓を貫くかのような視線。

 年齢を重ねているからこその胆力であり、醸し出す迫力。

 正直、どちらが盗賊か解らない。

 マフィアと見違う程の雰囲気だ。

 相手は、その迫力に飲まれ、情けなく「ヒィ!」と声をあげていた。


「お前は、何を勘違いしているのだ?私は最初から、お前如きが約束を守るとは思っていないのだよ。谷上に、仲間を配置している事など、こちらから見ても丸解りだったぞ?」


 そう言葉を発しながら頭領に近寄って、目に見えない圧力を掛けて行く。

 逆光の影響もあり、身体から魔力が漏れ出すその姿は、何処か得体の知れない化け物に見える。


「テッ、テメエ!何動いてやがる!娘がどうなっても良いのか!?」


 この台詞を吐くと言う事は、この時点で負けフラグが立ったと言う事だ。

 如何にも三流役者が言う台詞で、自分では太刀打ち出来無いから娘と言うものに頼るしか無いのだ。

 震えて怯えている姿が情け無い。


「お、お前は、自分の状況が解っていないのか?それ以上一歩でも動いて見ろ?お前の大事な娘は、即死ぬ事になるのだぞ!!」


 脅迫が成立するには、相手又は親族の、生命、身体、自由、名誉、財産のいずれかに対し害を加える旨を告知する必要がある。

 相手の言葉だけを切り取れば、まさしく脅迫に当たる行為だ。

 だが、害を与えられればに限るが。


「お前の方こそ、今の状況が解っているのか?一体、いつになったらお前の仲間が来るのだ?」


 アウグストが現実を突き付ける。

 指笛を鳴らして合図をしたと言うのに、未だにこの場に仲間が辿り着いていない。

 「何故だ!?」と思い、今一度急斜面の崖を確認する。


「なっ、何だあれは!?一体、何が起きているんだ!?」


 左右に展開していた逆三角形の陣形は、いつの間にか統制の取れていない不揃いな形になっていた。

 左側にはメリルが、右側にはギュンターが潜んでおり、盗賊団の背後から襲い掛かっていたのだ。


「お前だけが、仲間を配置していたと思うのか?」


 アウグストの不敵な笑み。

 所詮、相手は盗賊団。

 魔法の心得も無ければ、周囲を探知する技術も無い。

 自分達以外の伏兵には気付け無かったのだ。




 話は、指笛の合図が鳴る少し前に遡る。

 アウグストが操縦する馬車に先駆けて、僕、メリル、ギュンターの三人は単騎で馬を駆けて渓谷へと辿り着いていた。


「...やはりと言うか、渓谷を指定した理由が丸解りですね」


 魔力圏を伸ばしてみると、渓谷に存在する人物が一人一人浮き彫りになった。

 そして、地上には、今回の取引相手らしき盗賊団の頭領と、以前オークションで見た事のある女性が居た。


(あれが、盗賊団の頭領?...保有魔力は大した事無いな。強さもそれ程って感じか...そうなると、その隣の人がロジーナさんかな?)

『マスター。どうやら、ロジーナの健康状態が危険な領域に達しております。現状、辛うじて立っている状態のようです』


 僕自身、実際に目視をした訳では無いので、どれ位危険な状態なのかは解っていない。

 だが、以前会った時の状態を記憶しているプロネーシスからすれば、その違いは一目瞭然なのだ。


(そうか、プロネーシス。教えてくれてありがとう。それなら、これ以上、時間を掛けるのは不味そうだな...谷上には伏兵が全部で三三名。奥に一六名、手前に一七名か)


 相手の配置を読み取れば、当初の予想通り谷上からの奇襲と挟みうちをする算段らしい。

 これでもし、取引きが問題無く終われば、無駄な血を流す必要は無いのだけれど。


「ルシウス!それで、どうなんだ?やっぱり隠れているのか!?」


 ギュンターが、僕に前のめりになって聞いて来た。

 その表情からも、予想が外れていて欲しいと言った気持ちだ。


「...ええ。残念ですが、相手には約束を守る気持ちが無さそうです」

「!?」


 ギュンターは、嘘であってくれと言った表情を見せた。

 相手を欺くようなやり方は間違っているが、盗賊団の境遇を考えれば、自分と同じような環境で共感出来る部分は多い。

 その行為自体は、決して許せるものでは無いけれど。


「そうか...それは残念だ。ただ、もし生きる場所が違えば、一緒に暮らしてたかも知れねえな...」


 最後の感情移入。

 この言葉を残して、ギュンターは情けを捨て去り、覚悟を決めた。

 目には燃え上がる意思が宿り、断罪を行うのだと。


「...ルシウス。それで、私達はどうすれば良いのだ?」


 そのギュンターの姿を目撃し、胸が苦しくなったメリル。

 だが、立ち止まっている時間は無い。


「一応ですが、取引きが正しく行われる場合もあると思うので、基本は待機と言う状態ですかね?但し、取引きが決裂する場合の方が高いので、それに対応する為にも、それぞれが違う場所で待機しますが」


 相手が隠れている状況だが、もしかしたら何事も無く取引きが完了するかも知れない。

 それは相手の出方次第なのだが。

 だが、相手は盗賊をする位の倫理観。

 モラルなんてものは持ち合わせていないだろう。


「それぞれが違う場所で...か?」

「ええ。現時点で何食わぬ顔で潜んでいる連中です。それなら容赦する必要も無いでしょう?なので、メリルさんには相手の更に奥側へと回って貰い、ギュンターには相手の手前側で待機して貰います。潜んでいる盗賊達が何かの合図で動くようなら、更にその背後から襲い掛かって下さい」


 メリルには遠回りになるのだが、相手の裏をかく為にも更にその奥で待機して貰う。

 ギュンターには相手の更に手前で。


「...なるほど。それは解ったが、では、ルシウスはどうするのだ?」


 崖のような急斜面を駆け下りている時に、背後から襲いかかれば相手は為す術無く分断するだろう。

 それで済むのなら、二人でやっても問題無さそうに思えた。


「いくら背後から襲い掛かったとしても、盗賊全員を相手にする事は難しいでしょう?分断は出来たとしても、殲滅は出来ないでしょう?」


 僕が発した、一才迷いの無い応答。

 殺す事に躊躇は無かった。


「...ああ、確かにそうだな」


 此処に来る前にアウグストと話していた事で、相手の処遇をどうするか?

 一度道を踏み外した相手にも酌量の余地はあるのか?

 環境による人格形成が考えられるので救済を行うべきか?

 結果は否。

 悪行には断罪を行い、死と言う制裁を加える事が決定したのだ。


「僕は反対側の崖で、相手よりも更に上の場所で待機します。二人が襲い掛かって相手が分断されたところを仕留めます」

「反対側...の崖だと?なっ、そっちは断崖絶壁の崖じゃないか!?なんならマイナスだぞ!?それに、どうやって分断されたところを仕留めるのだ?」


 斜面がある方でも急角度なのに、反対側の崖に関しては、ほぼ直角の断崖絶壁の崖なのだ。

 そんな状態で、どうやって待機するのかも解らないが、どうやって分断した相手を仕留めるのか想像がつかないメリル。


「いや、簡単ですよ?駆け下りるよりも、飛び降りた方が早いでしょう?」

「はあ!?あの崖を飛び降りるだと!!」


 メリルは、「何を言っているんだ!?」と言う表情を見せた。

 普通に考えれば自殺行為に見えるらしい。

 それに、切り立った崖から飛ぶと言う事を想像してしまって一気に血の気が引いた様子。

 青ざめた表情に、縮み上がった肝。

 暫く思考が停止する程の衝撃を受けていた。


「ええ。なので、後の事は僕に任せて下さい」

「...」


 僕は自信満々に答えたのだが、二人は不思議な表情を浮かべたまま呆れていた。

 何故だろう?

 何か可笑しい事でも言ったかな?

 返事位あっても良いのにと、少し寂しく感じた。


「...では、皆さん宜しくお願いしますね」


 そう言って僕達は、自分の持ち場へ移動を開始した。

 そして、待機しているところに、盗賊団の頭領による約束を破る行為が行われ、指笛による合図が鳴ったのだ。


「ピィー!!」


 その合図を皮切りに、動き始めた盗賊達。

 これは明確な裏切り行為だ。


(はあ...やっぱり約束を守られる事なんて無かったな...)


 盗賊達も動き始めたが、メリルもギュンターもそれに合わせて動いていた。

 相手が余裕をこいて斜面を駆け下りている時、背後から順に仕留めて行った。

 地鳴りのような音に紛れて、誰にも気付かれる事が無く。

 そうして相手が気付かない内に大半の盗賊を仕留めると。


「何だ!?人数が減っている?もしかして、仲間がやられているのか?」


 誰かがそう言った。

 だが、気付いた時にはもう遅かった。

 盗賊達の奇襲を仕掛けていると言う優位性は、その背後から奇襲を仕掛ける事で一瞬で崩れ去った。

 しかも、この急斜面。

 背後の敵に反撃する余裕など無かった。

 その中で出来る事と言えば、一目散に散って逃げる事だけだった。

 それを確認した僕は、自身のやるべき行動へと移っていた。


「お前らが先に約束を破ったんだ。ならば、それ相応の覚悟をしろよ!!」


 三〇mはあろうかと言う崖。

 地面に居るアウグスト達が豆粒のように見えた。

 僕は、そこからプールに飛び込むように躊躇無く飛び降りた。

 風を感じる肌。

 重力に任せて落ちて行くと言う感覚。

 これは、普通なら怖い事だと思う。

 だが、僕はゲーム時代に散々飛び回っていた身だ。

 それも、もっと高い位置から落ちた事もあるし、雲に近い位置で飛び回ってもいた。

 そんな僕からすれば、これ位の高さは何の問題も無かった。

 落ちながら見えるのは、散り散りに逃げ惑う盗賊達。

 我先にと逃げ出していた。

 だが、誰一人として逃がすつもりは無い。

 僕の魔力圏内で無駄に蠢く盗賊達で、最初から逃げ道なんて無いのだ。


目標ターゲット捕捉!プロネーシス、誘導補助を頼む!」


 盗賊達一人一人に照準が浮かぶように、全員を漏れ無く捕捉する。


「さあ、狙い撃つ!仕留める、マギーブリッツ!!」


 指向性を持たせた魔力による攻撃。

 しかも、プロネーシスの能力を最大限に活かした必中の攻撃だ。

 閃光が輝いたと思ったら、遠く離れた位置から一人も逃さずにバタバタと倒れて行く盗賊達。

 彼等は一瞬で意識を刈り取られ、考える暇も無く息絶えた。

 きっと、自分が死んだ事も解っていない。

 そして、それを傍目から見ていたアウグスト達。

 自分の考えでは想像も出来無い事が起こって、動揺が隠せない頭領。

 ワナワナと震えていた。


「ど、どう言う事だ?今までこの渓谷を利用して失敗した事などは無いんだぞ?ここは、オレらのホームなんだぞ!」


 この渓谷は、盗賊団からすれば慣れしたんだ場所。

 谷上から奇襲を掛ければ、どんな相手にも間違い無く勝利をして来た。

 自分は何もせずに成功をして来たのだ。

 その為に、部下となる盗賊達の騎乗技術を磨き上げ、急激な斜面でも駆け下りられるように訓練をしたのだ。

 誇れるのは、その技術のみで、個人を鍛える事よりも時間を費やして来た。


「それなら、お前だけは殺してやる!」


 盗賊が持つ矢の無い弓に魔力が込められ、魔力で矢が形成されて行く。

 魔法具持ちだ。


「死ねー!!」


 頭領が放つ魔力矢。

 意外にも、そこに込められた魔力は甚大で、アウグストでは防げそうに無い攻撃だった。

 すると、馬車の背後から、一人の人物が颯爽と現れた。


「させない!はあー!」


 強大な魔力放出と繊細な魔力操作による、一点特化型の魔力壁。

 アウグストに何かあった時の為に、さくらに護衛をして貰っていたのだ。

 馬車の背後でこっそりと、ずっと待機をして貰っていたのだ。


「なっ!?何故、人がいるんだ!?ふざけるな!お前嘘を吐きやがったな!?」

「お前は、人の事を言えるのか?...ふーっ。さくら。守ってくれてありがとう」


 頭領の自分の事は棚に置いての発言。

 ちゃんと確認をしていれば、直ぐに解った事なのにだ。

 だが、それをさせない為にも、アウグスト自らが運転をして相手の思考を制御したのだ。

 背後に意識を持って行かせない為に、様々なミスディレクションを使用して。


「...どうやら、それ以上の戦略は無いようだな?谷と言う環境を利用した上からの奇襲で、ただの数による力押し。誰しもが思い付くもので、私からすれば最も愚策だ」


 通常、敵と戦う時、様々なパターンを想定するものだ。

 人が複数いれば、それだけ行動も変わり思考も変わるので、対処の仕方はその都度変わるもの。

 毎回同じ方法で勝てるとは限らないのだ。


「何訳解らない事を言ってやがる!!だったら、お望み通り娘を殺してや...!!」


 そう言って頭領がロジーナに手を掛けようとした時、突然身体の感覚が鈍くなっていた。

 言葉を全部言う前に遮られたのだ。

 どうやら、意識も勝手に薄れて行くようだ。

 口だけがパクパクと動いている。


「...」


 当の本人は、未だに何が起きたのかを理解出来無い。

 その中で見えたのは、アウグストが指を天に向けて指していた事。

 薄れ行く意識の中、頭領はそれを必死に確認した。

 空中から降り立つ人のようなもの。

 可視化された身に纏う魔力が、翼のように見えた。

 不意にも、綺麗だと心が舞い踊った。

 それは天使だったのか?

 それとも悪魔だったのか?

 そうして答えが解らないまま、意識が消えてしまった。


「...」


 傍から見ていれば、どうなったかは丸解りだった。

 頭を貫通している極小の穴。

 上空から頭領の頭をピンポイントで撃ち抜いたのだ。

 僕は、そのまま地上へと着地した。

 地面から粉塵を巻き上げて。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。流石だな、ルシウスよ。まさか、上からやって来るとは思わなかったぞ?」


 どうやら僕の行動は、突拍子も無い行動であり、想像の及ばない行動だった。

 それもその筈で、敵を騙すには味方からと言う言葉がある。

 アウグストの表情から作戦がバレないように、僕達三人の行動は、アウグストに伝えていなかった。

 唯一伝えていた事は、馬車の背後でさくらが待機している事。

 その際、相手の意識を分散させる為にアウグストにして欲しい行動を伝えて。

 正直、相手の強さが解らない状況だったので、これ以外の戦術を幾重にも練ってはいたが、そのどれも使用する事なく、一番簡単な方法で終わってしまった。


「全く、お主には驚かされてばかりだな。ありがとう」


 そうお礼を言うと、アウグストはロジーナの下へと駆け寄った。

 正直、何よりも優先したかったのは一人娘のロジーナだ。

 だが、助けてくれた相手の事を無碍にするような人物では無い。

 ちゃんとした人格者なのだ。


「ああ...ロジーナ。本当にすまなかった。私が代わりに捕まっていれば良かったものを...」


 そう言って、アウグストは変わり果てたロジーナを優しく抱き締めた。

 痩せて骨ばった身体が痛々しい。

 栄養の行き届いていない乾燥した肌が痛々しい。

 冷たく凍えた身体が痛々しい。

 それを感じ取ったアウグストは、悲痛な思いが涙として溢れていた。

 何故、こうなってしまったのかと。

 何故、もっと厳重な警護を敷かなかったのかと。

 何故、私が代わりになれなかったのかと。

 嘆く心がギュッと締め付けられ、苦しくて痛い。

 それは、ロジーナが受けた痛みを考えれば際限が無くなってだ。


「...パ、パ?」


 凍えた身体を暖めるように、冷え切った心を温めるように抱いていると、ロジーナの意識が戻り始めた。

 その声を聞き、アウグストの抱き締める腕にも力が入る。


「ああ...ロジーナ!...良かった。意識が戻って...本当に、良かった」


 それまでずっと壊れた人形のようだったロジーナ。

 だけど、アウグストの行動が意識を戻した。

 それなら、後はお家に帰るだけだ。

 暖かいお家へと。

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