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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
71/85

070 古代遺跡と聖遺物⑧

 僕は、気を失ってしまったのか?

 先程までの記憶が全く無い。

 気が付いた時、或いは、目が覚めた時とでも言うべきか?

 既に、僕はギュンターに背負われていた状態だったから。


「おっ?ルシウス。目が覚めたのか?」

「...目が...覚めた?」


 その言葉を聞いて、現状を知った。

 だが、何故こうなったのか?

 僕が覚えている事は...


「あっ!?さくらは!?さくらは無事なの!?」


 自分でも信じられない程の大声を出していた。

 取り乱すとは、こう言う事を言うのだろう。

 だが、あの光景が頭に焼き付いて離れないのだ。

 倒した筈の大蛇が復活して、さくらを弾き飛ばした事を。

 勢い良く壁にぶつかり、倒れて動かない姿。

 頭からは血が流れ、足が変な方向に曲がっていた姿を。

 

「おい、おい、どうしちまったんだ?さくらなら、俺達の後ろにいるだろうが?」


 ギュンターが、「何、変な事を言っているんだ?」と怪訝な表情を浮かべていた。

 思い返せば解る事なのだが、僕も本当にそう思う。

 ギュンターに言われるまで、周囲の事が全く見えていなかったのだから。

 焦りのせいで一つの思考に囚われていたようだ。


「さくら!?」


 ギュンターに言われた通り、僕は背後をバッと勢い良く振り返った。

 何よりも、本人を見る事で安心をしたかったのだ。


「ルシウス?どうしたの?私ならここにいるよ?」


 さくらは、僕の後ろで首を傾げていた。

 その表情は、いつもと変わらない優しい笑顔。

 折れ曲がっていた足も、何事も無かったかのように真っ直ぐで、自分の足で地面を立っていた。


「さくらが...目の前にいる...良かった」


 僕の見ている視界が、目頭の辺りから勝手に滲み出した。

 目の前で、さくらの動いている姿が確認出来ると、込み上げて来る嬉しさが抑えられなかったのだ。

 そこでようやく、僕の心に刻まれていた不安が一つ解消された。


(...髪の毛や服には血がこびりついている...でも...傷そのものが無くなっている!?)


 今のところ、怪我や傷の回復が出来るのは、さくらの歌だけ。

 それも、軽度な切り傷や打撲程度を回復させるもので、効力がそれ程高いものでは無い。

 あの状態で歌う事など出来無いし、あの状態を回復させる事も出来無い。

 それなのに、目の前のさくらには傷一つ見当たらなかった。


「さくら?身体の怪我は、どうしたの?」

「それが...目が覚めたら、この状態だったの。切られた痛みは、何となく覚えているんだけど...」


 自分でも、身体が傷だらけだった事は覚えていた。

 大蛇が尾を振るう魔力の込められた攻撃は、風の刃を生み出し、物理攻撃以上の効果を発揮した。

 僕達は、その攻撃を避ける事が出来ずに全身を切り刻まれた。

 だが、覚えているのは、その痛みだけのようだ。


「え?覚えているのは...切られた...痛みの記憶だけ?」


 さくらの断片的にしか覚えていない記憶。

 気を失った事もあり、軽い記憶障害があるのかも知れない。

 だが、それは僕にも言える事だ。

 

「と言うか、あの後どうなったんだ?」


 そうして記憶を辿ろうとした時、ズキンと偏頭痛が起きたような痛みに襲われた。

 それ以上は詮索をしてはいけないと暗示するかのような痛み。

 あの時、さくら、メリル、ギュンターの三人は気を失っていた。

 僕自身も、その後の記憶が無いので、こうして皆がいる状態なら無事に乗り切れたのだろう。

 あれっ?

 皆?


「そうだ!?メリルさんは!?」


 周囲を見渡しても、此処にその姿は無かった。

 血の気が一気に引いて行く。

 もしかして...


「...何だ、その今更感は?全く、さくらの事ばかり気にしやがって。メリルさんがそれを知ったら悲しむぞ?」


 ギュンターの呆れた物言い。

 傍から見ても僕の優先順位が、さくらだと言う事がまる解りだと。


「全く、ルシウスは...俺達は、お目当ての聖遺物を入手するところだろ?俺達よりも先に目覚めたメリルさんには、この先の祭壇で待っているよ」


 普段なら気付けていた事だ。

 魔力圏で探っていれば、その居場所を特定出来ていたのだから。

 焦りが、僕の感覚を狂わしていた。


「あっ...本当ですね。どうも目覚めてから、自分の身体と感覚がズレているようで...何だか変な感じです...」


 記憶が無い事も勿論だが、普段なら周囲に気を張り巡らせている感覚も、何処か鈍くなったように感じる。

 さくらはそれを感じ取り、「ルシウス、大丈夫?」と心配をしていた。


「まあ、珍しく魔力枯渇で気を失っていたルシウスだ。まだ、戻りきっていない魔力のせいで本調子じゃあ無いんだろう?このまま俺の背中でゆっくりしてろ」


 ギュンターは、これまでにスラム街で自分よりも幼い子供の面倒を見て来ていた。

 助け合う事で生き残って来たギュンターからすれば、子供を背負って道を進む事など朝飯前。

 今回もその延長上のようなものだ。


(おんぶをされるなんて...初めてだ。何だか...少し嬉しいな)


 父親、兄弟の居ない僕には新鮮な体験で、その背中は、とても大きく、とても広く感じた。

 実際に兄弟がいれば、こんな事もあったのかなと。


(でも、メリルさんは何で一人で進んだんだ?魔物のリポップまで時間があるとしても、ここは古代遺跡ダンジョンの中。注意は怠れないし、まして、一人で行動するだなんて...プロネーシス?あの後ってどうなったの?)


 記憶と思考を司るのが、プロネーシスだ。

 こうなると、僕が寝ている時でも思考が止まる事の無いプロネーシスに聞くのが一番早い。


『マスター。申し訳ございません。私自身に何らかの干渉が働き、記憶に障害がございます。その為、マスターと同じように空白の時間が存在しております。また、マスターの目覚めと共に私自身の活動が再開致しました』


 精神体に干渉だって?

 機能が止まる事の無い記憶に障害?

 そんな事が起こり得るのか?

 ならば、尚更あの後に何が起きたのか?


(...)


 今の僕では、答えに辿り着く事が出来そうも無かった。

 考えの纏まらない思いを、ただただ飲み込むしか無かった。


《...あの時、外部からの干渉では無く、精神の更に内部、魂から干渉を受けていました...それもマスターに似た何かから...バイタルサインに異常をきたし、記憶障害を起こしたのはこれで二度目...しかも、どちらも別々の精神干渉...もしかしたら、マスターの生物的特徴がゲームキャラクターと一〇〇%一致しなかった事が関係あるのかも知れません...》


 プロネ-シスは、僕との心話をシャットダウンして考察する。

 《何故あのような現象が起きたのか?》と。

 その不可解な現象の正体が解らない。

 いや、情報が足りなさ過ぎるのだろう。

 プロネーシスは、そのまま思考の渦へと沈んで行った。


「ルシウス。そろそろ目的の場所に着くぞ」


 ギュンターに運ばれて進んでいると、他の部屋とは違った格式の高い祭壇へと辿り着く。

 その中央には、一際光り輝く盾が祀ってあった。

 それこそが、僕達の目的の品、聖遺物だ。


「おお、ルシウス。目が覚めたようだな」


 先に辿り着いていたメリルが、僕達を見るとそう声を掛けて来た。

 何だか気力が無い?

 一応、居るか居ないかの魔物に対して周囲に気を張っているが、その表情は何処か物憂げな感じだ。

 一人先に進んでいた事も関係しているのか?


「開始早々戦闘を離脱して、すまなかったな。またしても、役に立つ事が出来なかった...だが、あの化け物を跡形も無く倒すとは流石だな?そう考えると魔力枯渇で倒れるのも無理が無い」


 言葉に抑揚が無く、淡々と語っていた。

 感情の無い無機質な感じで、僕達から一歩引いた距離感。

 いや、言葉の内容を考えれば悔しさが滲み出ているのか?

 自分の不甲斐なさと、やるせない気持ちがループしているようだ。


(そうか...メリルさんは、一人になりたかったのか。魔物への警戒心は持っているけど、ここが古代遺跡ダンジョンの中と言う事を忘れてまで...)


 「またしても、役に立つ事が出来なかった...」と、その言葉が気持ちの全てを表していた。

 自分の力に自信の無いメリルは、一人で行動をしたかった訳では無く、一人になりたかったのだ。

 この世界に生きて行く上で、自分の存在意義、価値とは何なのかを自問自答して。

 他人との能力を比較した時に、優劣の劣が目立つ自分は存在する意味があるのか?

 剣を練習しても、指導して貰っても、大事な時に勝てない自分に価値はあるのか?

 理想と現実とのギャップ。

 メリルは、軽い自暴自棄に陥っていたのだ。


「...」


 こう言う時、相手に掛ける言葉、相手に伝える言葉が難しい。

 肯定する事も、否定する事も、どちらでも出来るが、結局、現状を乗り越えなくてはならないのは自分なのだから。


「しかし、ルシウスは本当に凄いな!あの部屋に、大蛇の肉片一つも無かったもんな。どうやって倒したんだ?」


 それを見かねてなのか、それとも考え無しなのかは解らないが、ギュンターが話に入って来た。

 何となく、メリルに気遣った感じを受ける。


「それが...僕も、良く覚えて無いんですよね。気が付いたらギュンターの背中で運ばれていたので...」


 思い出せない記憶。

 ただ、思い返そうとすると心が騒つくのだ。

 抑えられている感情が沸々と沸き上がるように、「奪え!」、「奪い尽くせ!」と、心が支配されそうになる感じだ。

 自分では無い何か。

 それが、少し怖かった。


「...どうした?大丈夫か?まだ身体がだるいのか?」


 気付かぬ内に、苦しい表情をしていたのだろう。

 ギュンターがそれを見て心配をしてくれた。


「いえ、大丈夫です...それよりも、祭壇に祀ってある聖遺物を入手しましょうか?」


 古代遺跡ダンジョンに来た目的は、アウグストの娘を救出する為に、聖遺物を入手する事。

 相手の要求が聖遺物なので、攻略のされていない古代遺跡ダンジョンまで来たのだ。


「そうだったな。俺達の目的は聖遺物の入手だからな。だが、まさか俺達が古代遺跡ダンジョンを攻略出来るだなんて本当に信じられないな」


 この間まで、ギュンターはスラム街で暮らしていた身。

 それが今では冒険者として活動をしているのだ。

 しかも、メキメキと成長をしながら、しっかりと結果を出しながらだ。


「正直、最後の大蛇は想定外でしたが、それでも皆の実力があってこそですよ?」


 メリルに伝わるかは解らないが、伝わって欲しい気持ちで現状を正確に伝えた。

 だが、当の本人は上の空で聞いていない。

 もし、聞いていたとしても、納得をしていないだろう。


「...それに、皆の潜在能力は、まだまだこんなもんじゃないですよ?ですが、今回の件が全て終了したら、特訓ですね」


 それぞれが違う反応を見せながら返事をした。

 まだまだ僕達は成長途中。

 しかも、伸びしろがあり余っている程だ。

 後は、各々に自信を持って貰うだけだろう。


「では、聖遺物を持って帰りましょうか?」


 古代遺跡ダンジョンを踏破してみて、それぞれが思う事は違った。

 人によって成長を感じる者が居れば、感じる事が出来無い者も居る。

 結果が出て嬉しい者も居れば、悔しい者も居る。

 ポジティブに考えられる人も居れば、ネガティブに考えてしまう人も居る。

 こんな風に、無意識にも他人と比べてしまうものだ。


(成長を実感する感覚は他人によって違うもの...ただ、メリルさんにとって、悔しさが原動力になっている事は確かだ。今はまだ、自分の努力が信じられない段階。何か、きっかけさせあれば...か)


 そのきっかけを掴みたいのがメリルだ。

 ただ、もう少し時間は掛かりそうだが、きっかけを掴みさえすれば爆発的に成長すると思う。

 これは、復讐相手に勝つ事が一番の近道になるだろうが...

 こうして、僕達は聖遺物を入手してアウグスト邸へと向かった。




「期限は一週間...旅立って三日目になるのか。彼等は無事、聖遺物を入手する事が出来るのだろうか?」


 アウグストは、自室にて物思いに耽っていた。

 娘の命運がかかっているのだ。

 入手する事は絶対で無ければならない。

 すると、そこへ部屋を「コンコン」とノックする音が聞こえた。


「旦那様。ダーヴィッツでございます」

「...うむ。入れ」


 主人の許可を得た執事服を身に纏う老人が、「失礼致します」と部屋の中へと入って来た。

 だけど、何処かその表情が険しい。


「...何が解ったのだ?」

「はい。早急に旦那様にお伝えしたい事がございます。冒険者ギルドにて彼等の情報を探ったところ、先日Fランクに昇格したばかりのビギナーだそうです。今回挑んで貰う古代遺跡ダンジョンは、まだ探索の進んでいない未知なる古代遺跡ダンジョン。お嬢様の命運を賭けるには、かなり無謀ではございませんか?」


 僕達は、アウグストが連れて来た客人であって、生命の恩人でもある。

 だが、ダーヴィッツからすれば赤の他人で、得体の知れない相手だ。

 素性を調べるのは当然の事で、勿論、信用など出来る相手では無い。

 主人を思う配下なら、尚更、進言する事も厭わない。


「それは、お前個人の見解なのか?それとも、記されている情報に基づいての見解なのか?」

 

 どうやら、アウグストには別に思うところがあるようだ。

 ダーヴィッツが意見を述べた理由を、その本心を聞きたい。


「旦那様。これは、偽造の出来無い冒険者ギルドに記されている明確な事実でございます。お嬢様を救出する為には、私個人の見解などは必要無く、現在用いる事実のみで対処すべきでございます」


 先程の質問が、どんな意図で聞かれたものなのか、ダーヴィッツには全てを汲み取る事が出来なかった。

 だが、お嬢様を救出する為には不確定な要素は全て排除し、安全、確実を期さなければならない。

 生命が懸かっている事で、失敗は出来無いのだから。


「...ダーヴィッツ。私は悲しいぞ?事実と言うものは、時には信用に値しないもの。実際に起こった事柄、現実に存在する事柄だけを指す言葉で、それが真実とは限らないだろう?」


 事実とは客観的なものであり、誰が見てもそうとしか捉えられない事柄を指している。

 それゆえに、事実は常に一つしか無いのだ。

 そして、この場合の事実は、僕達の冒険者ランクがFランクのビギナーだと言う事。

 到底、頼る事の出来無い人物評となる。

 それに対して、真実とは主観的なものであり、起こった出来事や存在する事柄に関係する人が嘘や偽りのないものと解釈した事柄を指し、通常、直観や推測などによって形成される為、事実と真実が一致しない事がある。

 また、一人一人ものの見方が異なる為、その分真実が複数ある場合もあるのだ。


「お前は、彼等を見てどう思ったのだ?」


 アウグストは、ダーヴィッツを真っ直ぐに凝視めた。

 嘘偽りの無い、忌憚きたんの無い意見を聞きたいのだ。


「それは...私が見て来た冒険者の中でも、かなり特殊な雰囲気を持っていました。それこそ上位ランカーに匹敵する程の能力です。特に、ルシウスと言う人物は、何処か得体の知れない力を感じました」


 本心で感じている事は、僕達が只者では無いと言う事だった。

 だが、冒険者ギルドに記されている実績は無いに等しい。

 しかも、低ランクの冒険者と言う事実。

 命運を託すには、あまりにも頼り無く思う事など当然なのだ。


「そうであろう?本人は能力を隠している為、その全容を伺える訳では無いが、内包する魔力量は私が出会った中で断トツ。王族、貴族を遥かに超えて、底の知れないものだ」


 アウグストは、自身で見たものだけを判断する。

 他人からの評価、噂などは全く当てにしない。

 そうする事で、貴族としての権威を、現在の地位を維持して来たのだから。


「...確かに、魔力に関しては間違いないでしょう」


 ダーヴィッツも、上級貴族の執事として様々な他人と接して来た。

 王族、貴族、市民、奴隷。

 伊達に歳をとっている訳では無く、しっかりと自身の経験で見比べる事が出来る程に。


「ふむ。まだ納得をしていないようだな?確かに、ダーヴィッツが思う通り、魔力量の多さが強さを表す指標では無い。だが、シャッハで私が負けたと言ったらどうだ?」

「!?」


 王国では、魔力量の多さは個人の強さを表す指標では無く、あくまでも魔法を使用出来る目安に過ぎない。

 ものは違うのだが、筋力量の多いボディビルダーが格闘に強いかと言われれば、そうで無い事からも想像し易いだろう。

 だが、魔力も、筋肉量も、多ければ多い程、その一撃が重い事に変わり無いのだが、それが周知されていないのだ(魔力の場合は、魔法に魔力を余分に込められればになる)。


「...信じられないか?所詮は井の中の蛙大海を知らずと言う事を教えてくれたよ。しかも、僅差で負けた訳では無いぞ。この私が、手も足も出なかったのだ」


 シャッハは戦略性のあるゲーム。

 一度、駒を取られたら再利用が出来無い事からも、盤面を戦場に見立てる事が出来るのだ。

 これは、あくまでも擬似的なものではあるが、戦略を駆使するその中で完膚なきまでに負けたのだ。


「そんな事があり得るのですか!?旦那様は、王国一の打ち手ですよ!?」


 「そんな馬鹿な!?」と驚くダーヴィッツ。

 それも無理の無い事で、主人の力を知っているからこそ。

 シャッハは、とにかく先攻有利のゲームで、意外と引き分けの多いゲームでもある。

 統計で、先攻の場合の勝率は四〇%前後。

 敗率と引き分けの確率が、それぞれ三〇%前後。

 そのゲームで、誰よりも勝ち続けて来たのが、アウグストなのだ。


「そんなものは、淡い幻想だったようだ。いや、現実を教わったと言うべきか?」


 本来なら、同格同士の戦いは一進一退の攻防になるもので、一つのミスが負けに繋がるもの。

 対戦を引き分けに持ち込む事が出来るなら、それは上級者なのだ。

 だが、現代のように戦術も戦略も定跡化されていない世界。

 勝ちパターン、ハメパターンを知っている僕とは、正直、相手にならないレベルなのだ。


「まさか、旦那様が負けるだなんて...」

「相手との力量差があり過ぎて完敗した訳なのだが、その知略は傑出したもので、正直、私では理解する事も出来なかった。戦略の立て方、それを実現する為の作戦の種類、戦術による具体的な手段、そして、臨機応変な戦法。彼と私では、見えているものが違い過ぎるのだよ...」


 現代では、棋譜を残す事など当たり前だが、この世界では、それが無い。

 シャッハを研究をしている人物も居ないし、交流をする文化も無い。

 情報は秘匿される物であり、他人に教える物では決して無いのだ。

 その為、強さに差がつき易いのだが。


「旦那様に、そこまで言わせるとは...」


 これを戦闘に当て嵌めて考えると、戦略を練る事は魔物との戦いでも大いに役立つもの。

 勿論、古代遺跡ダンジョン攻略にも当て嵌まる。

 魔力量の多さ、その知略性。

 両方を兼ね備えている人物など、人生の中で見た事も無いのだ。


古代遺跡ダンジョンが、今までに攻略されていない事からも明らかだが、彼等で出来無いのなら、他の冒険者では、尚更、無理であろう?」


 古代遺跡ダンジョンには、難易度が設定されている。

 未だに攻略の進んでいない古代遺跡ダンジョンともなれば、それは高難易度を表している。

 その場所は、今までに誰も攻略をしていないのだ。

 現状の冒険者達では、これからも同じ事が言えると言う事を表している。


「...はい。確かにその通りでございます」

「後は、一週間と言う期限内に聖遺物を入手してくれればなんだが...」


 「コンコン」と再びドアがノックされた。

 だが、ダーヴィッツは目の前に居るのだ。

 一体誰が此処に来たのか?


「旦那様。ハインツです。宜しいでしょうか?」


 ハインツと名乗る人物。

 ダーヴィッツとは別の執事だ。


「うむ。入りたまえ。...だが、一体どうしたのだ?今日は、誰とも会う約束などしていないぞ?」


 アウグストが入室を承諾すると、別の執事が部屋に入って来た。

 教育の行き届いた、背筋の伸びている青年。

 だが、何しに此処へ来たのかが解らなかった。


「ええ。お約束ではございませんが、聖遺物を入手したルシウス様達がお戻りになりました。こちらのお部屋に通しても宜しいでしょうか?」


 それは衝撃の報告だった。

 未だに攻略の無い古代遺跡ダンジョンから、聖遺物を持ち帰って来たとの事。


「なっ!?聖遺物を入手しただと!?」

「!?」


 アウグストの全く想定していない報告。

 それはダーヴィッツも同じで、意味の解らない報告。


「それは、古代遺跡ダンジョンを攻略して戻って来たと言う事なのか!?出発してから、まだ三日しか経っていないのだぞ!?」


 期限は一週間を設けてある。

 と言うよりも、一週間後に聖遺物と交換で娘を返して貰うからだ。

 ただ、古代遺跡ダンジョンを攻略するとなると、一週間と言う期間は、それでも時間が足りないもの。

 それを三日と掛からずに成し遂げたのだから、驚愕しているのだ。


古代遺跡ダンジョンを攻略したかまでは、私には解りかねますが、聖遺物と呼ばれる品を先程確認致しました。他の聖遺物と呼ばれている品の特徴から照合しても、間違い無さそうです」


 ハインツは、仕事を執事業しかやった事が無い。

 てんで他の事には疎く、古代遺跡ダンジョンが何かも良く知らないのだ。

 だが、聖遺物と呼ばれる品ともなれば、流石に知っている。

 この館にも、その資料がたっぷりとあるのだから。


「ハハハッ!なんと、既に攻略していたとは!どうやら他人の物差しで測る事など出来無いようだ!想像を遥かに超えているでは無いか!」


 アウグストは笑う事しか出来なかった。

 自分の常識が、如何に狭い世界なのかと思い知ったのだから。

 烏滸おこがましいとさえ感じる程の衝撃。

 それは、ダーヴィッツにも同じ事が言えた。


「旦那様。大変、失礼致しました。私の思い違いもはなはだしいですね...どうやら、本人が望まないにしろ、将来、この国を動かす事になる傑物のようですな」

「やはり、私の見立てに間違いは無かった!これなら、野盗に一矢報いる事も出来そうだ!さあ、早く英雄殿を呼んで来てくれ!」


 この部屋の中は、アウグストとダーヴィッツの笑い声がこだましていた。

 それも、とても愉快な笑い声が。

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