066 古代遺跡と聖遺物④
僕達は、馬車に揺られながら古代遺跡へと向かっているところ。
今、僕達が乗車しているキャラバン型の馬車は、生命を救ったお礼でもあり、依頼を受けたお礼としてアウグストから頂戴した品。
アウグストが乗車している家紋付の馬車とは違って豪華な物では無いが、頑丈さがウリの大型の馬車。
僕達全員が乗っても十分な広さがあり、古代遺跡に潜る為の食糧や荷物が沢山積んである。
これらの準備をする為に、アウグスト邸に立ち寄ったと言う訳だ。
何から何まで準備をして貰っているので、とてもありがたい。
「なあ、ルシウス?これから向かう古代遺跡は、まだ踏破されていない未開の古代遺跡何だろう?」
ギュンターが、心を弾ませながら僕に聞いて来る。
どうやら、自身が強くなる事の喜びを覚えて、やる気に満ち溢れているようだ。
「ええ、そうみたいですよ。今現在までに発見されている他の古代遺跡は踏破されているので、もし、聖遺物が残っているとすれば、今から向かう古代遺跡だけらしいです」
これはアウグストから聞いた情報で、とても信憑性が高いもの。
国の建国時から、金に糸目を付けずに独自で情報収集しているヒンドゥルヒ家ならではの情報。
ただ、唯一危惧する事があるとすれば、これから向かう「古代遺跡の設定難易度がどうなっているか?」だけだ。
「私達だけで挑んで大丈夫なのか、不安になるな...」
未知なる場所へと挑む不安は計り知れない。
メリルが感じる思いは尤もな事で、生命あってこその古代遺跡探索なのだから。
「まだ判明していない三階層以降に出現する魔物によっては踏破が難しいと思いますが、ただ、今解っている情報を照らし合わせても、十分に勝算はありますよ」
アウグストから渡された資料には、これから向かう古代遺跡の情報が記載されている。
流石は、建国時から存在する名家。
その情報網は広く、古代遺跡までの地図、判明している階層までの出現魔物が網羅されていた。
(プロネーシス?判明している階層の出現魔物から考えても、これから向かう古代遺跡は、特に難易度の高い古代遺跡じゃあ無いもんね?)
『はい。マスター。一階層の出現魔物、二階層の出現魔物を見れば、その古代遺跡の難易度が予測出来ます。今からマスター達が挑む古代遺跡は、一階層に出現する魔物が一角兎。二階層に出現する魔物が鎌鼬。これらの事から予測出来る難易度は、ゲーム時代の初級に該当致します』
そもそもが、入手する事が出来る聖遺物自体がゲーム時代の中では低品質な装備品。
それに、基本的に古代遺跡で入手出来るアイテム以上の難易度になる事などあり得ないのだ。
(今はまだ、僕達の能力も低い状態だけど、何も今日一日でどうにかしなければならない事では無いからね)
『はい。マスター。期限は一週間後。十分な期間が用意されております』
今現在、僕達の魂位が低い事は確かだ。
だが、一週間と言う期間があれば、魂位の上昇から聖遺物の入手と、時間にも十分な余裕がある。
「ルシウスにそう言われると、不思議と不安が無くなるな...それこそ、力が湧いてくると言うものだ」
メリルの強張っていた表情も、いつの間にか朗らかな表情へと切り替わっていた。
心の余裕が戻って笑顔が出始めている。
「ねえ、ルシウス?このモフモフ、凄く暖かいね」
さくらがモフモフと言っているものは、アウグストから頂戴した防寒具(毛皮のコート)の事。
僕達は全員、毛皮のコートを身に纏っている。
冬の季節、暖房設備の無い馬車は、防寒具無しでは厳しい環境の為だ。
その肌触りの良い毛皮のコートに包まれて自然と顔が綻んでいる、さくら。
「ふふふ。モフモフってなんか言葉の響きが良いね。確かこれは、スノウベアーの毛皮を使っているって言ってたよ?」
スノウベアー。
雪山に生息する真っ白な毛の熊。
どうやら魔物では無いらしいけど、プロネーシスの記憶に該当する生物が居ない為、この新世界で生まれた新種の生物となる。
この世界では超高級品として運用されているようだ。
確かに、肌触り、防寒性、見た目の美しさ、どれを取っても最上級品だ。
さくらが毛皮に包まってしまう事も納得の品である。
「スノウベアー?...そうなんだね。毛皮が真っ白で綺麗だね。...んーっ、暖かい」
今は僕達だけなので、変装も解いて普段通りの子供の姿で過ごしている。
真っ白な大人用の毛皮に、子供のさくらがギュッと蹲る。
このアンバランスな感じがとても可愛い。
「そう言えば、さくらの髪の毛もだいぶ伸びて来たね?」
僕は、さくらの髪の毛を手に取ってマジマジと凝視めた。
「短いのも似合っているけど、長いのも似合っているね」
髪質の滑らかな肌触りを感じながら、素直に思っている事を伝えた。
出会った頃は、前髪で表情を隠していたショートカットだったが、その頃から半年が経っている。
今の長さは肩先よりも伸びており、ミディアム位の長さ。
...あれ?
何処かで見た事がある光景?
...いや、気のせいか。
「本当に!嬉しい!!お母様みたいに髪の毛を伸ばしてみようかなって思っているんだ」
さくらの母親のアプロディアは、真っ直ぐストレートのロングヘアー。
大体、腰の辺りまで延びている長さ。
「そうなんだ。でも、さくらならどんな髪型にしても似合うよ」
「!?」
さくらは、僕の不意打ちの一言で赤面をしてしまった。
寒い筈なのに、その体温の上昇のみで心なしか湯気が立っているように見えてしまう。
いや、確かにさくらの周囲が暖かい。
白い毛皮だからか、余計に顔の紅潮が目立つ。
だが、さくらの顔立ちを見ても、ショートだろうが、ミディアムだろうが、ロングだろうが、どんな髪型に変更したとしても似合う事は確かだ。
ただ、この国では髪の毛を綺麗にカットすると言う感覚がまだ無い。
髪の毛をカットするとなると、大雑把に髪の毛を一纏めにしてナイフでバッサリ。
それでお終いなのだ。
現実世界とは違い、またお洒落と言う感覚が芽生えていない為、まだ洗練されてもいない為、仕方無いのかも知れないが。
(今度、そう言ったヘアアクセサリー関連の品を作っても良いかも知れないな?商業ギルドに特許登録すれば売れそうだし)
髪飾り。
ピン留め。
髪の毛を結ぶ為のゴム。
物によっては、金属やゴム製品が必要になるので、それらを加工する為の道具も材料も必要になる。
改善する為の案が浮かび、どんどんやる事は増えて行くのに、実行、処理をする時間が圧倒的に足りない。
幸いなのは、人員が居る事だけ。
孤児のメンバー。
ギュンターの仲間達(スラム街の棄児)。
仕事も覚えて成長をしているところ。
そろそろ、新しい仕事に取り掛かっても良い頃合いかもな?
「ただ、こんな高級品を身に纏う事が出来るだなんて、教会で過ごすだけだったら普通あり得ないからね。それを、依頼を受けただけの僕達にプレゼントしてくれるだなんて、流石は貴族だよね」
資金力に余裕があっての事か?
それとも、僕達に期待をしてくれての事か?
まあ、お金持ちの考えている事は庶民の僕達には解らない事。
ただ、これのおかげで古代遺跡探索がやり易くなった事は事実だ。
「いや、貴族だからと言って、こんな事が出来る人物はアウグスト様ぐらいだろう?凄いのは、国随一の名家と言ったところだ」
「そうなんですか?じゃあ、ありがたく使わせて頂かないとですね」
昔に貴族であったメリルがそう話す。
こんな高価な物をプレゼント出来る貴族など一握りも居ないのだと。
しかも、人数分を揃えてになると、国で唯一、金山を所有しているヒンドゥルヒ家しか居ないのだろうと。
全く、凄い人物と知り合いになったものだ。
「ギュンター?古代遺跡までの道のりは、このまま真っ直ぐ進んで行けば良いのか?」
馬車を運転しているのはメリル。
貴族としての教養の中で、乗馬、馭者の経験があるからだ。
その隣で補佐をしているのがギュンター。
「メリルさん、そうだな...地図と魔法具によれば...」
慣れない地図を片手で広げ、コンパス型の魔法具を照らし合わせて方角を確認している。
「どうやら、川が見えるまでは真っ直ぐで良いみたいだ...あっ!?」
その時、突風が吹き荒れて、ギュンターが片手で持っていた地図を、手の形だけ残して千切って飛んで行ってしまった。
「うわっ!やべっ!?」
急いで顔をその方向へと向けるが、破れた地図は、風に乗って遥か彼方へと飛んで行ってしまった。
今から直ぐに引き返しても見つける事は出来なさそうだ。
「どうしたんだ、ギュンター?急に大声なんて上げて...」
メリルが手綱を上手に操りながら、動揺しているギュンターの方へと顔を向けた。
すると。
「なっ!?ギュンター!!何て事をしてくれたんだ!!」
ハプニングで起きた事なのだが、古代遺跡へ向かう為の唯一つの手掛かりを失った。
その突然の事態に、目の前の出来事が飲み込めないメリル。
「...」
顔面は蒼白で、あたふたと慌てているギュンター。
ふと、お互いに目が合った時、ポカンと口が開いたまま、その場の刻が止まった。
片や「やっちまった」と言う表情のギュンター。
片や「やりやがったな」と言う表情のメリル。
「...どうしたんですか?」
僕は馬車の中から馭者台へと顔を出した。
すると、メリルとギュンターがお互いに見合ったまま動いていなかった。
「って!?メリルさん!前を見て操縦して下さい!!」
「!?っすまない!」
脇道へと逸れ始めていた馬車。
危うく、このまま進めば木にぶつかってしまうところだった。
間一髪、寸でのところで回避する事が出来た。
(ふー。危なかった...ところで、二人に一体何があったんだ?)
僕は二人を交互に見渡す。
メリルは馭者としての役割に戻っており、何かの焦りを感じているみたいだが特段変わった様子は無かった。
なら、ギュンターの方かと思い、未だに刻が止まったかのように動かないギュンターを観察する。
(手には、コンパス型の魔法具と...片方には紙の切れ端?...ああ。そういう事か。地図を無くしてしまったんだね)
今にも責任感に押しつぶされそうなギュンター。
たった一つの古代遺跡の場所を示した地図を無くしてしまったのだから、それは思考も止まり、身動きも出来無い状態。
「ギュンター...大丈夫ですよ。地図なら僕の頭の中に入っていますよ?」
地図は、何か不測の事態があった時の為に(こう言う事が起きても良いように)、バックアップの為にプロネーシスに記憶をして貰っている。
ただ、これ位の範囲だったら、プロネーシスに頼らなくても僕自身でも鮮明に記憶が出来ている事だけど。
僕がそう伝えた時の、ギュンターの表情の変化。
理解するまでは口が空いたままだったが、段々と表情筋が震え始め、青白かった顔色も徐々に肌の地の色へと戻り始めた。
「...それは本当なのか!?ルシウス!!」
ギュンターの今までに無い俊敏な動き。
僕の両肩を掴んでは、顔の距離が近い。
凄い圧力だ。
ただ、その目に涙が滲んでいる姿も印象的だった。
「ええ。古代遺跡のある場所から、イータフェストの場所。僕達が住んでいる教会の場所も、地図に記されているその全てを覚えていますよ?」
「うおおお!!ルシウス!!ありがとう!!」
押し潰されそうな責任から開放されて、人目を気にする事無く泣いてしまうギュンター。
正直、暑苦しさ(むさ苦しさ)を感じてしまうのだが、悪気の無い行動だから憎めない。
「まったく、ギュンターは...じゃあ、ここからは僕が案内しますね?ギュンターは...申し訳ないですが席を代わって下さい」
「くっ!これは俺のせいだ...ルシウス。すまなかった」
折角、メリルの隣を場所取っていたギュンター。
地図を読み、ミス無く古代遺跡まで案内する予定だったのに失敗に終わった。
惚れて貰う為の行動だったのに、理想通りに行かない。
何でだろう?
格好付けようとした時のギュンターって、ことごとく失敗してしまうのは?
意識せずに人の為に動いている時は本当に格好良いんだけどな?
上手くいかないもんだ。
「ふーっ。そうか...ルシウスが隣に居てくれるなら、問題無く古代遺跡へと向かう事が出来るから安心だな...」
言葉ではそう言っているのに、その表情からか、内心で思っている事が違うように見える。
ギュンターの代わりに、僕が隣に座る事が何処か寂しそうなメリル。
後ろ髪がひかれる思い。
あれっ!?
もしかして、意識し始めているのかな?
ギュンターから一方的では無く、メリル自身も惹かれ始めているように見える。
(同い歳の二人...生まれも、育った環境も違うのに、根底にある価値観が似ているからか、お互いにそう思わせるのかな?まあ、メリルさんはまだ自覚が無いようだけど...ギュンターの思いは真っ直ぐで嘘が無いからな...どうなるんだろう?)
席を入れ替えてからの移動は、最初よりもスムーズに進んだ。
馬車の移動は、決して快適なものでは無い。
車内は揺れるし、椅子や背もたれが無いので身体中が痛くなる。
長時間フローリングの床に、クッションも無く地べたに座っているのと同じだ。
だが、皆で遠出して目的地へと向かう感じは、遠足や修学旅行と言った感じで楽しい。
転生前の僕では経験出来なかった事で、身体が動かせるからこその感情だ。
(こうやって僕が皆と一緒に遠出が出来るなんて...本当に嬉しいな。それに、未知なる場所。古代遺跡楽しみだな!)
道中は、さくらの歌声を聞いて気分が昂まったり、皆で雑談をしてワイワイ騒いだり、途中で尿意を催して草陰で隠れられる場所で止まったりと、馬車での移動を最大限満喫した。
ただ、この時、道中での食事の難しさを痛感した。
料理をする為の道具も素材も無い。
あいにく馬車の積載容量は決まっている為、運ぶ物が限られてしまう。
一番が水。
次に保存食。
最後に替えの装備や着替えなどの荷物だ。
(冷蔵、冷凍設備が無いと、食材の保管が難しい...保存食ってなると、基本塩漬けの干し肉か、ピクルスになってしまうんだな...これもアウグストさんじゃ無ければ揃える事が出来ない品だからな...)
常温で食糧を保存するとなると、細菌の繁殖を防ぐ為に水分を抜かなければならない。
そうなると、塩漬けか、塩水に漬けて保存するしかないのだ。
味はしょっぱい物で、美味しくない。
(保存が出来る食糧...もし、料理された物を持ち運びが出来れば、もっと食事も楽しくなる?)
異次元に収納が出来るアイテムバッグがあれば別だが、持って行ける物が限られている場合、出先で料理を作る事は難しい。
それが、古代遺跡に潜るとなれば尚更だ。
冷蔵、冷凍設備の充足が完了すれば、大体の事が解決出来るが、今のところは難しそうだ。
そして、ようやく長い時間を掛けて辿り着いた古代遺跡が、洞窟型の古代遺跡。
「此処に最後の聖遺物があるんだな!」
ギュンターが、目を輝かせて古代遺跡を凝視めている。
うん。
解るよ。
僕も同じ気持ちだから。
「ええ。この古代遺跡は、立地されている場所がらか、まだ探索の進んでいない未開の古代遺跡。もしかしたら、見た事も無いようなお宝が眠っているかも知れませんね」
「ドクン!」と胸が高揚している事が解る。
未知なる場所へと挑む楽しみ。
まだ見た事も無い魔物やお宝と出会える事の楽しみ。
ただ、何だろうか?
この心の底から沸々と湧き上がる抑えられない物欲は?
「ん?ルシウス、何かいつもと雰囲気が違うか?」
「えっ?何か違いますか?」
「...瞳の色が金色に...いや、気のせいだったようだ」
瞳の色が金色?
ギュンターは何を言っているんだろうか?
「さて、一階層に出現する魔物は、一角兎です」
僕達は、古代遺跡に入る前に皆で最終確認をする。
魔物を侮った瞬間に、油断をした瞬間に殺されるのは僕達となるのだから。
「一角兎の攻撃で気を付けるのは、角での攻撃。噛みつき。引っ掻き。この三つで良いのだろう?」
メリルが一角兎の攻撃パターンを頭で反芻しながら、再度確認する。
「俊敏性が高いから、背後に回られないようにすれば良いんだろう?相手は直線的な攻撃だけ。常に相手の正面から斜めの位置に居れば良いんだろう?」
次に、ギュンターが僕達の立ち回り方を確認する。
「攻撃を当てる時は、相手の動きが止まる瞬間を狙えば良いんだよね?」
最後に、さくらが馬車の中で共有した情報を確認する。
移動する時は、直接でしか移動しない(カーブが出来無い)ので、方向転換をする瞬間。
攻撃前の溜める瞬間。
攻撃後の着地の瞬間。
狙う時は、この瞬間に絞って攻撃をする事を。
「これなら皆大丈夫そうですね。最優先は相手の攻撃を確実に避ける事です。そして、隙が必ず生まれるので自分の攻撃を確実に当てられる時だけ攻撃をして下さい」
一角兎は、攻撃パターンが解っている相手。
軽傷位なら、さくらの歌で回復が出来ると言っても、致命傷を受けたら助ける事は出来無い。
此処から始まるのは生命のやりとり。
適度な緊張感を保ったまま、集中を切らす事が出来無い場所だ。
「ああ!」
「おう、任せろ!」
「うん!頑張るね!」
三者三様の返事。
だけど、各々の普段通りが出ている。
適度な緊張感と、程良く弛緩している状態。
「では、行きましょうか?」
荷物から松明を取り出し、火を点けて洞窟の中へと進んで行く。
ジメジメとした空気に、土と湿気と草が交じり合った独特な臭い。
ただ、思ったよりも道が広く、車が二車線通れるトンネル位には広かった。
戦闘を行う上で狭い道に限定されていなくて良かった。
それだと、一角兎の突進攻撃の格好の餌食となってしまっていたから。
「古代遺跡では、どこから魔物が現れるかが解りません。正面だけでは無く、必ず自分の背後も注意して下さいね?」
古代遺跡では魔物が死んだ場合、同種族魔物のリポップ(再生産)が発生する。
これは、魔物による同士討ちでも同じ事が起きてしまう。
その為、突然背後から魔物が出現するなんて事もあり得てしまうのだ。
(一階層に、魔物の種類が多い古代遺跡程厄介なんだよね...まあ、これ位の低級 古代遺跡だったら、そんな事が起きる事なんて中々無いんだけどさ。...一応ね)
古代遺跡も、ギルドダンジョン同様にコアなる物が存在し、魔物から魔力を吸収する事で古代遺跡の役目を果たす事が出来ている。
魔物から魔力を奪い、魔力から魔物を生成し、それらを循環させているのだ。
ただ、この場合、魔力が溜まり過ぎるとモンスターハウスとして魔物が大量発生する事もあるけれど。
「...足音がしますね。そろそろ一角兎と戦闘になると思います。では、一箇所には固まらずに離れて行動して下さい!」
魔力圏を伸ばしているので魔物の位置は丸解りなのだが、洞窟内を「タッタッタッ!」と駆ける音が鳴り響いていた。
松明の明かりでは、洞窟内を全て照らせる訳では無い。
暗闇に混じって駆けて出現する一角兎は、突然目の前に現れたように感じてしまうのだ。
「ちっ!まだ、暗闇に目が慣れていないと言うのに...音を頼りに回避行動を優先せねば」
メリルが周囲へと気を配りながら、いつでも相対出来るように身構えた。
「さて、一角兎とやら。俺は今、お前と戦う事のワクワクが止まらねえ!俺が強くなる為の糧になって貰うぜ!!」
ギュンターが拳を握り半身で構えた。
指を広げた状態から拳を握る時、指の関節がゴキゴキとなるのが格好良い。
眉間に皺を寄せ、音がなる方に鋭い視線を送っている。
こうして見た時、映画の主役のようでかなりの伊達男。
普段もこんな感じなら、少しはメリルも心を許してくれると思うのに...
何処か残念な男なのだ。
「...」
洞窟に潜ってから、さくらの様子が何処か可笑しい。
魔力を身に纏って身体能力は底上げしているようだが、口数は少ないし、やたらと周囲を気にしている。
そう言えば、ギルドダンジョンの時も同じような感じだったっけ?
暗がりが苦手なのかな?
「正面から来ます!!」
一角兎は、松明の明かり外から物凄い速さで駆けて来た。
これが元々明るい場所なら見失う事は無いのに、中途半端な明るさが混じるせいでそうさせてしまう。
「「!?」」
一角兎を完全に捉えられていないのが、メリルとギュンター。
二人とも、音を頼りに大体の位置は掴めているのだが、それは点で捉えているのでは無く、何と無くの線で捉えている。
ただ、運が良かったのか、一角兎は二人から逸れて、さくらの方へと向かっていた。
だが、よりにもよって普段よりも身体が縮こまっている、さくらの方へと向かうとは。
ワナワナと怯えたままの、さくら。
不味い。
下を向いたままだ。
「さくら!」
僕は、大声で叫んだ。
だが、一角兎の攻撃が止まる訳では無い。
「プゥプゥ!!」
一角兎が低い音で「プゥプゥ」鳴いている。
それは、自身の怒りをぶつけるようにだ。
「キャー!!」
突然、さくらの感情が爆発した。
一角兎が近付いて来ている事は解っていた。
ただ、どうしても暗がりが怖くて、洞窟内で物音が響き渡る事も怖かった。
その場から動かないのでは無く、動けなかった。
だが、そんな状態でも魔力を体内で循環させて練っていたのだ。
「近寄らないで!!」
感情が振り切ってしまったようだ。
体内で練り上げた濃度の高い魔力を球状に変化させ、一角兎へと放出する。
右手から左手からと、交互に何度も繰り返して「キャー!」と叫びながら。
その時、涙目で一角兎を睨んでいたのだが、全く容赦が無い。
(なっ!?...これはやり過ぎだよ。一角兎の原型が無くなっている...それでも攻撃を止めないなんて...いや、止められないのか!)
明らかなオーバーキル。
近くで見ているメリルもギュンターも、その行動に引いてしまっている。
何か、見てはいけないものを見ているようで、引き攣った表情をさせながら。
僕はこの時初めて、恐怖に陥った人間の行動は予測不能なのだと痛感した。
まさか、さくらにこんな一面があるだなんて。
(これは一角兎だからって訳じゃ無いよね?...暗闇と音による恐怖から来るものか。どうしよう?これでもし、ゴースト系の魔物を見てしまったら、もっと大変な事になりそうだ...)
実体のある魔物でこれだ。
これがもし、実体の無い魔物と遭遇してしまったら?
僕には、どうなるのか想像がつかなかった。
(...考えるのは止めよう)
まあ、一角兎を無事に倒す事が出来たのだ。
後は、メリルとギュンターの二人でも倒せるようにすれば良いだけだ。
魂位を上げながら、じっくりと攻略をしよう。
但し、この先の階層で、お化けに出会わない事を祈って。
(ふー。その時は、その時考えよう...)




