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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
64/85

063 古代遺跡と聖遺物①

「だから、どうだと言うんだ?」


 背もたれに深く腰掛け、態度の偉そうな男が周りを威圧する。

 その一言で、場の雰囲気が急激に引き締まった。


「...古代遺跡ダンジョンの聖遺物は、今のところ三種類保有しております。先日、新たな聖遺物が見つかった事により、まだ、見つかっていない聖遺物があるのでは無いのかと...」


 古代遺跡ダンジョンはゲーム時代の遺産。

 その中には、特殊な効果をもったアイテムや装備品が見つかる事がしばしばある。

 それらを称して遺物と呼んでいるのだ。

 そして、それらの装備品の中には、組み合わせることで強力な効果を発揮する聖遺物と呼ばれる物が存在していた。 


「現在、我々が保有している聖遺物は、兜、鎧、首輪の三種類です。そして、先日この街の冒険者が見つけた聖遺物が剣となります。その形状からも片手で装備が出来る物。そこから考えられる事が、別に盾が存在するのでは無いのかと言う事です...」


 この街のトップランカーの冒険者が見つけたと言われている聖遺物が片手剣。

 聖遺物の装備一式を考えると、自ずと足りないピースが浮かんで来た。


「だから、そんな事は、どうでも良いと言っているだろう。見つかったのならば、手に入れれば良いだけの事だろう?お前は...そんな事も出来ないのか?」


 でっぷりと肥った男の鋭く刺すような視線。

 この時、声を荒げるのでは無く、一言一言ハッキリと聞き取れるようにゆっくりと話している。

 言葉に意思を乗せて、相手に理解させるように、声に威圧を持たせて。


「ひぃ!!」


 報告をしに来ただけの男なのに、その一睨みで萎縮させてしまった。

 手に持っていた資料を、その場で落として散乱させてしまう。


「これはこれは、頂けませんね。そのような態度は、極刑に値しますよ?ですが、ヴィルドダックス様は、そんな事を望んでおりません」


 執事姿の男が、床に散らばった資料を拾いながら、追い討ちを掛ける一言。

 その一挙手一投足が洗練された動きで、動作一つ一つに美しさを感じる。

 この場では、でっぷりと肥った男の意思一つでその全てが決まる。

 人の生命すら、その男の一言で簡単に奪う事が出来てしまうのだ。

 ただ、好き好んで人を殺す性格では無いとの事らしいが。


「良ければ貴方の代わりに、私が聖遺物を入手致しましょうか?」


 執事姿の男は、散乱した資料を全て拾い上げ、纏めて男へと返す。

 その笑顔が爽やかで、見ているだけで気持ちの良い対応。

 優しさが伝わって来る。


「あ、ありがとうございます」


 男は、資料を拾い上げてくれた事に対して、執事姿の男に感謝の気持ちを伝えた。

 同じ男なのに、人の持つ資質がこうも違うのかと、羨ましそうに見ながら。

 だが、不思議と嫉みなどの気持ちは無く、まるで、英雄を崇めるような掛け離れた感情だ。

 人徳と言うものだろう。


「ですが...」


 男はそのまま資料を胸に抱えながら、ヴィルドダックスの方を見た。

 出来れば、執事姿の男に代わりを務めて欲しいと考えているが、主人から任されたのは私なのだと困った表情を浮かべている。

 すると、ここまでの流れを黙って見ていたでっぷりと肥った男、ヴィルドダックスが口を開いた。


「シャーザ。お前は他人に優しすぎる。そんな事をしていたら、つけあがらせるだけだ」


 ヴィルドダックスは、執事姿の男、シャーザと言う人物に対しては、しっかりとした話し合いをしている。

 両者に限れば、まだ話し合いが出来る雰囲気だ。

 報告をしに来た男とは、明らかに態度が違う。


「ヴィルドダックス様が常に仰っている事です。そこに優劣こそあれど、お金を生むのは、いつも人なのだと。それにですが、彼は優秀な管理士です。財の管理から、材の管理まで、一度も報告に虚偽があった事はございません」


 主人をたしなめる様に、そして、諭すように、言葉のやりとり一つでこの場を抑えた。

 相手にどう言えばこの場が収束するのか、相手の性格を理解している。


「ふむ。確かにその通りだ。では、この件については、シャーザ。お前に任せよう」


 表情が何処か優しい。

 シャーザに限っては、耳を傾ける事が出来る程の間柄らしい。


「はっ!ありがたき幸せでございます。不慮の事故で、前主人を亡くした私を雇って頂いてから三ヶ月と短いですが、必ずや結果を出させて頂きます!」


 頭を深く下げながら、ヴィルドダックスを心から敬っている。

 自分の人生を救ってくれた恩人に対して。


「よい。私は能力主義だ。それまでの過程に何があろうとも、結果さえ出してくれるなら雇用期間など、どうでも良い。シャーザ。私は、お前の能力を高く買っている。この三ヶ月で業務利益を倍にしたのだからな。だが、失敗をした時は...解っておるな?」


 ヴィルドダックスが信頼を寄せるものは、お金だけ。

 自分以外の他人は、お金を生み出す為の道具としか考えていないのだ。

 その中でシャーザは、お金を生む能力が桁違いに高いらしい。

 お金=信頼=お金を生み出す者。

 但し、失敗した場合はそれらの法則が一瞬にして崩れるが。


「ええ!その時は煮るなり、焼くなり、なんなりと。ですが、そのような事は起こさせません。どうか、私にお任せ下さいませ」


 短い期間の中でも、有言実行を繰り返して来たシャーザ。

 今回も、水が十分に貯まっている井戸に井戸水を汲みに行くかの如く、当たり前の事を当たり前にするだけの話。

 自信はあるが、気負いを全く感じさせなかった。





「おめでとうございます。ギュンター様。今回の依頼達成を受けまして、冒険者ランクをFランクへと昇格させて頂きます。次回から、Fランクの依頼まで請け負う事が出来ますので、御自身の実力を加味した上で依頼を受けるようにして下さい」


 女性職員が、笑顔で説明をしてくれた。

 冒険者登録をしてから一ヶ月。

 決して、早い昇格では無いが、確実に実績を積んでいる。


「では、こちらが今回の報酬でございます。ランクアップされた冒険者カードもご確認下さい」


 僕達のパーティを代表して貰っているのが、ギュンター。

 これは、周りの目を気にしての事。

 矢面に立つのは、大人の男が良いだろうと言う事で、表面上のリーダーに据えさせて貰っている。

 誰に対しても物怖じしない性格なのと、見た目が屈強と言う事もあり、周りになめられないようにする為だ。


「まさか、冒険者ランクを上げる事が出来るだなんて。これも、ルシウスのおかげだな」


 そうは言うが、僕はきっかけを作ったに過ぎない。

 本人が努力しなければ強くなれないので、ギュンターが頑張ったからこその結果である。

 ギルドダンジョンと言う、安全に魂位を上げて強くなれる環境がある事も確かだが。


「ああ、その通りだな。だが、こんなに簡単に依頼をこなせるようになっていたとは。私達も、確実に強くなっているのだな」


 強くなったと言っても、魂位で考えるとまだ一桁台。

 能力的にはまだまだで、ゲーム時代なら、ようやくメインストーリーを始められるかと言うところ。

 野生の魔物が相手なら簡単に殺されてしまう。


ひとえに、ギルドダンジョンに毎日潜っているおかげですね。これなら、そろそろ街の古代遺跡ダンジョンに行って見ても良い頃かも知れません」


 今までは、安全を期して古代遺跡ダンジョンに挑む事を避けていた。

 大怪我をした時に、治療をする事が出来無いからだ。

 だが、それも魂位が上昇した事で状況は変わった。


(皆の耐久力が上がっているし、連携も取れるようになって来た。今の僕達なら、低位の古代遺跡ダンジョンだったら問題無く挑戦出来るだろうな)


 それに、精霊人エルフと交流を持てるようになった事で、今後はガラスを入手する事が出来る事も大きい。

 ポーションなどの回復薬を長期保存出来るのだ。


(薬草は即効性が無いんだけど、軽微な切り傷なら十分に塞ぐ事が出来る。まあ、それ以上に、さくらの歌が万能過ぎるんだけどね)


 さくらの歌による支援。

 回復から能力強化の支援まで、全てにおいて有能過ぎるのだ。


「おっ!!ようやく、古代遺跡ダンジョンに潜るのか!?」


 ギュンターもメリルも古代遺跡ダンジョン経験者。

 その時は、二人とも冒険者と言う立場では無かったが、古代遺跡ダンジョンに潜って無事に生還している。

 ギュンターのトレードマークの革ジャンも、その時手に入れた遺物だ。


「そうか。私はルシウスの指示なら従うぞ。それが自分の為になる事は解っているからな」


 メリルの目標は、ある人物よりも強くなる事。

 相手が誰なのかは未だに解らないが、要するにその人物より強くなって復讐をしたいのだ。

 その為に、藁にも縋り付く思いで僕に師事している。


「今度は、違う所に行くの?」


 誰かに頼る訳では無く、自分の身は自分で守る。

 その上で、まだ見た事も無い世界を広げたいと考えている、さくら。

 尽きない好奇心を満たす為、その過程も、結果も、特別なものだと認識している。


「先ずは、商業ギルドに行って、纏まったお金を手に入れてから、皆の装備品を入手しましょうか?教会で作っている石鹸などの売れ行きが好調で、お金にもだいぶ余裕が出来ましたからね」


 僕は、商業ギルドカードを手に持ち、皆に見せる。

 IC(Integrated Circuit)機能を搭載し、クレジットの役割も、キャッシュの役割も持った便利魔法具。

 これ一つあれば、生活には困らない程。

 だが、使える場所が商業ギルドと、商業ギルド御用達の場所だけ。

 装備品に関しては、街の個人店の方が良い品質の物がある。


「そうか。確かに、古代遺跡ダンジョンに潜るなら、事前準備をしっかり行う事が大切な事だからな」


 経験者は語る。

 万全の準備をしたところで、注意をしたところで、不測の事態は起きるのだと。

 だからと言って何も準備をせず、古代遺跡ダンジョンに潜る事は愚の骨頂であり、あらゆる危険を考慮してリスクを限り無く減らす事で、生還の確立がグンッと上がるのだ。

 冒険をする際、準備で結果が決まると言っても過言では無い。


「...それにしてもだが、二人の格好は、一体どうしたのだと言うのだ?」


 メリルが僕とさくらの格好を見て、そう尋ねた。

 不審なものを見るような、何処か呆れているような、そんな感じの怪訝な表情を浮かべて。


「「どうした?」って、これが僕達の普通ですけど...何か?」


 僕達は、自分の姿を偽っている。

 僕は、漆黒の仮面に全身ローブに手袋。

 身長を誤魔化す為に、竹馬の応用で作った義足や義手。

 魔力を覆う事で繊細な動きを可能にしている。


「ルシウスとお揃い。素敵でしょ?」


 一方のさくらも、僕と同式の格好。

 違うのは純白で染め上げている事と、口元だけ開いた仮面、。

 一番の目的は、子供と言う事を隠す事。

 これだけで、だいぶトラブルを回避する事が出来るし、侮られる事が減る。

 次に、魔力操作の訓練にも繋がるので、一石二鳥なのだ。

 いや、格好良さを合わせれば一石三鳥かな?


「はあ!?それが普通だと!?」


 いきなり、大きい声を荒げるメリル。

 その大声に反応するように一瞬の静寂の後、周りの視線がこちらに集まった。

 これがもし、英雄のように見られて(魅られて)いるなら嬉しい事だが、こんな形で注目を集めたい訳では無かった。

 何処か、冷ややかな視線。

 だが、周りの目も一度こちらを目視したところで、何事も無かったかのように視線を外してくれた。

 もしかしたら、僕達に関わりたく無いだけかも知れないが。


「一体なんですか?そんな声を荒げて...ははーん。メリルさんも同じ格好をしたいのですね?」


 僕の感覚が、そう告げた。

 この格好が羨ましくて仕方無いのだと。

 本来、人としての格好良さは、内側から溢れ出るものだが、外側から取り繕う事も出来る。

 僕には、メリルにも英雄(変身)願望があり、見た目からそうなりたいのだと言う事が、ヒシヒシと伝わって来た。


「っ!?ふざけるな!!誰がそんな格好をしたいなどと!!」


 ああ、なるほど。

 照れ隠しですね。

 いや、この場合だと、親に自分の秘密がばれてしまった時の反抗心みたいなものか?

 まったくメリルは、見た目は大人なのに中身は子供なんだから。


「そうか?雰囲気があって強そうに見えるから、俺は良いと思うけどな?それに、メリルさんなら、どんな格好でも似合うと思うぞ?」


 メリルを落ち着かせるようにギュンターが口を出す。

 思っている事を包み隠さず、照れずに言い切る姿は格好良い。

 余程自分に自信があるのか、唯の馬鹿なのかは、紙一重と言ったところだが。


「なっ!?...お前は、また思っていない事を口にして」


 顔を真っ赤にさせながら、斜め下に顔を伏せて、握った手で口元を隠している。

 全体的な姿勢も内股気味にナヨナヨさせて、言葉も歯切れが悪く、下唇を噛み締める感じ。

 こういう時、しおらしく女性らしい表情を見せるメリル。

 ギュンターは、「ハウッ!」と心臓を押さえながら悶えていた。

 萌えってやつらしい。


「はあー。...メリルさん。何事も自分の心には、正直が良いですよ?」


 全てにおいて意地っ張りだから困ったものだ。

 仕方ない。

 今度こっそり衣装を作ってあげよう。

 そうすれば、皆に隠れて英雄ごっこが出来るからね。

 何事も素直が一番なんだけどな。


「じゃあ、商業ギルドへ向かいましょうか?」

「「「うん(うむ)!」」」


 僕達は、商業ギルドへ向かって受付へと進んだ。

 入り口を入って直ぐの案内所では変わらず、要件に合わせてイケてるオジ様が仕切っている。

 いや、此処まで完璧に誘導しているとなると、これは指揮っているのか?

 格好良い。


「まあ!これはルシウス様!ようこそおいで下さいました」


 迎入れてくれたのは、僕のギルド登録を担当してくれたウェルチ。

 今では、最初の頃の怯えが無くなっており、最上級の笑顔で迎えてくれる。


「石鹸の流通に売れ行き、どれも今までに見た事が無い金額が動いております。それに、ギミック付きの木箱。こちらは、貴族様の間で大変流行っております。なんでも、相手に隠れて趣味をコレクション出来る事が良いのだとか。やはり思った通り、登録して良かったですね!」


 いきなり本題には入らず、顧客に対してコミュニケーションをしっかりと取ってから、相手を持ち上げる。

 これは相手の事を理解した上での対応で、疑いの無い有能な営業人の表れ。

 ただ、本人は隠しているつもりだが、ドジなところが玉に瑕と言うもの。

 先程も何も無いところで、つまづいていた。


「本日は、お連れ様もご一緒のようですね。どう言ったご用件でしょうか?」


 ウェルチの満面の笑み。

 ただ、気になるのは(僕の気のせいかも知れないが)目が金マークになっている事だ。


「今日は、古代遺跡ダンジョンへ向かう為、纏まったお金を下ろしに来た」

「「「!?」」」


 僕の、普段と違う声色に皆がビックリしている。

 しかも、(その偉そうな喋り方は何だ?)と心の声が表情に表れているようだ。

 へへっ。

 渋くて格好良いでしょう?


古代遺跡ダンジョンに向かわれるのですね?...装備品の強化でしょうか?」


 僕達の全身を値踏みするように一見した後、頭の中で装備品の価値を算出した。

 その結果、お金を下ろす理由が装備品の強化だと即時に判断する。


「...それでしたら、商業ギルドが開催しているオークションに参加して見てはいかがでしょうか?」


 オークション?

 へえ。

 この街に、そんなものがあるんだ。


「オークションなら、それこそ古代遺跡ダンジョンの遺物が出回ります。中には掘り出し物がございますので、装備の強化には持って来いですよ?」


 勧めるって事は、僕達の資金面でも問題無いって判断をしてくれたのだろう。

 確かに、遺物を手に入れられるチャンスは、そうそうに無い。


「ふむ。オークションか...」


 僕がそう話した時、ギュンターが「ぶっ!」と吹き出していた。

 メリルは、顔を手で隠して笑いを堪えている。

 うん。

 背後にいるけど、細部まで見えているからな。

 どうやら、失礼な二人には笑えない程の訓練が必要なようだ。

 さくらは...さくらだけだ。

 僕の話を真面目に聞いてくれているのは。


「会場は専用のオークション会場で行なわれます。入場料に一人、一万ガルド掛かりますが、此処から直ぐの場所で行われます」


 悩んでいるところを畳み掛けるように説明する。

 こちらがオークションに参加する事など、予め解っているように。


「ちなみに、オークション会場では商業ギルドカードで決済を行えます。本日の十四時からオークションが開催されておりますので、宜しければ、ご参加してみてはいかがでしょうか?」


 金額の定まっていないオークションでは、物の価値以上に金額を支払う可能性も、価値よりも低い金額で購入出来る可能性もある。

 ただ、ゲーム時代の記憶や情報を持っているので、掘り出し物に対して正当なる評価を付ける事が出来る筈だ。

 それを考えれば、十分に参加する意義はありそうだ。


「うむ。では、そうさせて頂こう」


 僕達は、ウェルチの勧めに乗っ取り、オークションに参加する事を決めた。

 すると、オークションに関しての詳しい説明をしてくれた。



『商業ギルド主催オークション』

 一ヶ月に一度開催される、この街最大のオークション。

 一日に何億もの金が動く、正規の競売所。

 商業ギルドが保有している専用の建物で行われる。

 体育館位の大きさで、劇場のように二階席が設けられている。

 普段は、舞台などの演芸に使用されているみたいで歌や劇などが人気らしい。


「それでは、四名様のご入場で宜しいでしょうか?」


 僕達は今、オークション会場の入り口で受付を行っている。

 受付の男性は、素材は良く解らないが、ボタンの無いスーツのような物を身に纏っている。

 身形が整った、とても紳士な男性だ。

 会場周辺は警備兵が囲んでおり、建物内には更にその倍の数が配置されている。

 武器の持ち込みは出来ずに、建物内の結界により魔法やスキルも使用出来無いとの事。

 厳重なセキュリティで管理されているようだ。


「ええ、これでお願いします」


 僕は、ギルドカードを提示し、パーティの人数分の入場料、四万ガルドを受付の男性へと支払った。

 キャッシュレスで決済出来るのは、とても楽だ。


「確かに確認致しました。本日、出品される競売品は全部で一五点。何が出品されるかは、その時にならないと解りませんが、是非、最後までお楽しみ下さいませ」


 紙と言う資源が貴重な世界。

 それも紙と言っても羊皮紙が殆ど。

 なので、競売品目録などは作成が出来無い。

 まあ、詳細が解らないおかげで最後まで会場に居てくれるのだが。

 僕達は、オークション会場へと入場して行く。


(確か会場内では、魔法やスキルが使えないって言ってたっけ?魔力自体は使用出来るのかな?)


 僕にはプロネーシスがいるので、競売品を目視で確認しても目利きが出来る。

 だが、魔力圏で競売品を全体感知すれば、より詳細な情報が得られるし、プロネーシスの記憶から照合が出来るのだ。

 不確定なオークション会場では、より確実を期したい。

 その為に、体内の魔力を薄く周囲に放出してみた。


(...どうやら、大丈夫みたいだな。魔力が一定量を超えると拡散させられてしまうけど、魔力を使用出来るなら安心だ。プロネーシス、頼りにしているよ)

『はい。マスター。この場では、攻撃に使用される程の魔力で無ければ、結界による遮断が行われないようです。競売品の照合は、私にお任せ下さい』


 呪文に必要な量の魔力が一箇所で感知されると、結界の対象に含まれてしまうようだ。

 僕は、その一定量に達しないように、魔力を薄く広げる状態で魔力圏を展開した。

 プロネーシスの記憶を最大限に使用出来る事は、かなり心強い。


(会場の中は...見事に金持ちだけだな。僕達のようなギルドカード入場者の方が少ないみたいだ)


 この会場に来ている人物は、お金を持っている事が大前提。

 後は、ギルドカードを持った人物か貴族に分かれている。

 ギルドカードを持った人物は、商人か、僕達みたいな冒険者。

 貴族は、身形の良い者だけで、明らかに金を持っている事が見て解る人物達。

 貴族の場合はルールさえ守れば、家紋を見せるだけで入場が出来るみたいだ。

 オークションの主な資金源が彼等になるので、当然と言えば当然で、優遇されている。

 羨ましい。


「ここが、オークション会場?人がいっぱい居るんだね」


 さくらが、初めて見る場所に興味を示している。

 会場に居る人数は千人程と、それ程多い訳では無いのだが、会場の席は、ほぼ埋まった状態。

 一つの場所に、これだけの人数が収納されている事に驚いているようだ。


「今から、競りと言うものをやるんだろう?貴族相手に...俺達でも買えるのか?」


 ギュンターは、スラム出身なのでオークションと言うものが想像つかない。

 しかも、金の価値も、物の価値も、まだまだ認識不足。

 貴族と言う、自分よりも格上の相手に萎縮してしまっている。

 明らかに、この場から浮いた状態だ。


「オークションか...私も没落せねば、参加していたのだろうか?」


 元貴族のメリルは、何処か暗い表情。

 この言葉も、周りには聞こえない大きさで、一人でボソボソと呟いた感じ。

 他人には解らない思いで、本人には色々と思う事があるようだ。


「僕達の場合は、競売品が希望の値段で買えたらですけどね」


 ギュンターの問いに答えるように、返事をした。

 石鹸や木箱が売れているおかげで、現実世界では見た事も無い金額がギルドカードに入金されている。

 今の僕は、最低ランクのGランクで売り上げの二五%しか利益を得られないのだが、石鹸は暮らしの生活必需品となるもの。

 木箱はギミックのおかけで、貴族の間で趣味の隠蔽に使えるとして人気のようだ。

 どちらも特許を取っている事もあり、僕だけの独占状態。

 五歳にして、現実世界でのサラリーマンの生涯年収をゆうに超えている。


「...丁度あそこが空いているみたいですね。先ずは座りましょうか?」


 一階席に、丁度四人が横並びに座れる場所があった。

 ただ、その場所は会場の後部座席。

 望遠鏡が無いこの世界では、商品が見辛い場所。

 空くべきして、空いていた場所だ。

 左から順番に、メリル、さくら、僕、ギュンターの順で席に着いた。


「随分、遠い場所になっちまったな。視力に自信のある俺だが、正直、物の価値は解らねえ。...ルシウスは見えるのか?」


 ギュンターは、ほぼ最後尾のこの場所でも商品が見えるようだ。

 だが、物の目利きが出来る訳では無い。

 値段と価値に対して自意識が釣り合っていない。


「ええ。僕も大丈夫ですよ。ハッキリと見る事が出来ます」

「そうか...それなら安心だな!!」


 僕達以外の皆が席に着き、開始時刻になるとオークションが始まった。

 空間の暗転や、スポットライトなどは無い。

 どうやら、自然光に頼るだけなので開催時間が早いみたいだ。


(光を生み出す道具を作っても、売れそうだな。電気に頼らない照明も考えてみようかな?)


 今のところ電気を生み出す施設が無い。

 その代わりに魔力があるので、代替えとして十分に活用出来そうだ。

 プロネーシス頼みになるのだけど。

 そんなこんなで、次々と競売品のオークションが進んで行った。

 今のところ、めぼしい商品が無い。

 だが、周りの皆は、お金の動く規模に興奮している。

 メリルは元貴族で、ある程度の金額を見た事がある筈なのに、教会に住む期間が長くなってしまったので忘れてしまったらしい。

 普段は従者の仕事で、そんなにお金を使う事が無かったから、面白いように値上がりする金額が楽しいのだと。

 ギュンターは、頭の中で金額の単位を処理出来ずに思考回路がショートしている。

 必死に指を動かして計算しているが、指で計算出来る金額では無い。

 目がグルグルと回っていた。

 さくらは、周りの状況をじっくりと観察している。

 たまに僕の顔を伺いながら競売品の動向を探って、競り落とされた金額に見合った価値のある商品か、価値の無い商品かを自分で見極めている。

 どちらかと言うと、自身の価値観との擦り合わせに近いが。


「さあ、次は本日の目玉商品!物件NO.一一番。古代遺跡ダンジョンから発見された聖遺物。現在までに同じ型の装備品が四つ見つかっています。その昔、天上での戦いで使用されたと言われる、不壊の剣です!!」


 オークションを取り仕切っている競売進行役オークショニアが、壇上で口上を述べて行く。

 その注目度は凄まじく、会場の視線が釘付けとなっていた。

 嵐の前の静けさでは無いが、会場はシーンとしたまま熱気だけが高まり異様な雰囲気に包まれていた。


(えっ、聖遺物だって!?)


 僕は、その中で聞き過ごせない単語があった。

 転生後の世界では、古代遺跡ダンジョンで見つかるアイテムを遺物と言う。

 街の文明レベルでは、決して作る事の出来無いアイテムだから。

 それなのに、その単語に聖と言う文字が付加されているのだから、これは見逃せない。


『マスター。どうやら、こちらの競売品は、ゲーム時代の遺物で間違いありません。但し、単体では、属性効果や不壊と言った効果はございません。同じタイプの装備品を組み合わせる事で、効果が発揮されるようですが、現状では、ただ頑丈な剣です」


 魔力圏で包み込んだ競売品を照合した結果、単体では特殊効果の無い片手持ちのフランベルグ。

 聖遺物と言っても、ギュンターが来ている革ジャンが見つかる位のレベルしか無い地域だ。

 名称と品質が乖離している。

 残念だ。


(なんだ、やっぱりか...聖遺物って言ってたから、属性効果が付いているかもって思ったけど、まあ、そんな訳は無いよね...。プロネーシス。頑丈な剣ってどれ位の?)

『こちらは、鋼鉄のフランベルグ。切ると言うよりは、引き裂く事に適しております。強度に関しては、この街の装備品では頑丈と言う事です』


 フランベルグは、刀身が波打つ剣の総称。

 刀身の揺らめきが炎のように見える為に、その名称が与えられている。

 特殊な刀身が肉を引き裂き、止血を難しくする為に殺傷能力が高く、「死よりも苦痛を与える剣」として知られている。

 この街で使用されている剣は、殆どが屑鉄のショートソード。

 中には、木刀と言った猛者もいるが、ただ単に、その場合はお金が無いだけ。

 結局、魔物相手には、ひとたまりもない物ばかりだ。


(...大層な謳い文句だったけど、じゃあ、これもスルーで良いか)


 オークショニアが宣言した言葉は、この国レベルなら間違い無いのだろう。

 だが、僕はゲーム時代を知っている。

 しかも、あれ位の品質なら、材料や道具さえ揃えば簡単に作る事が出来る品だ。

 期待値が高まったところでの、この落胆。

 どうやら、僕は意外とショックを受けているようだ。


(目玉商品でこれなら、残りも期待出来そうに無いな...)

「では、こちらの聖遺物。先ずは、最低落札金額の三〇万ガルドからオークションを始めたいと思います。三〇万の方ございませんか!?」


 オークショニアの、その掛け声一つでオークションが始まった。

 すると、周囲の人物達は、待ちわびていたとばかりに、矢継ぎ早に入札を希望する声が飛んで来る。


「三〇万!!」

「三五万!!」

「四〇万!!」

「四五万!!」


 正直、入札が始まったばかりで、この時点で金額を刻んでいる人物には勝ち目が無いだろう。

 だが、もしかしたらを考慮した上で、この競売品がどうしても欲しい商品なのだと言う事が伝わった。


「一〇〇万!!」


 案の上、一瞬にして上書きされてしまった。

 それは仕方ない事で、この会場に来ているのは街の有権者。

 生粋の金持ちの集まりだ。


「一五〇万!!」

「二〇〇万!!」

「三〇〇万!!」

「四〇〇万!!」


 最初は五万刻みだったものが、いつの間にか、一〇〇万刻みに上昇していた。

 だが、こんなもので勢いが止まる訳など無い。

 最初に声を上げていたのは、金持ちの中でも成り立ての人物。

 冒険者上がりや、商人と言った新興勢力。

 本格的にお金が動き始めるのは、此処からだ。


「一,〇〇〇万!!」


 一〇〇万刻みだったものが、一気に上乗せされた。

 貴族達が動き出すのは、此処からだ。


「一,五〇〇万!!」

「二,〇〇〇万!!」

「二,五〇〇万!!」


 どんどん桁が上がって行く。

 すると、その流れを壊すように一人の男性が宣言をした。


「五,〇〇〇万!!」


 高らかな入札希望金額の宣言後、一瞬の沈黙。

 桁の上昇幅に皆が驚き、視線がその男性へと集まった。

 椅子に深く背もたれ、足を組んでクロスさせている。

 身なりは極上の物。

 いかにも金持ちだ。

 隣には、若くて綺麗な女性が、男性の腕を組んで座っていた。

 どんな関係だろう?


「さあ、五,〇〇〇万の声が上がりました!!世界に二つと無い剣ですよ!!どなたがございませんか!?」


 今の停止された時間を動かすように、オークショニアが声を掛けた。

 値を吊り上げて行く絶妙なタイミング。

 案の定、その声に反応するように、皆が再び動き出した。


「六,〇〇〇万!!」

「七,〇〇〇万!!」

「八,〇〇〇万!!」


 凄い桁の金額が動いている。

 流石は目玉商品と言ったところ。

 だが、こんな額では収まらない様子だ。


「一億!!」


 先程の男が、再び流れを断ち切った。

 金額の跳ね上げで、本日、これまでのオークションで出た最高金額。


「一億!!これは大変お目が高い!!さあ、他にはございませんか?」


 この金額は、序の口だと言わんばかりに周囲を煽る。


「一億一,〇〇〇万!!」

「一億二,〇〇〇万!!」

「一億三,〇〇〇万!!」


「一億五,〇〇〇万!!」


 此処まで来ると圧巻である。

 他を寄せ付けない、男性対会場にいる金持ち達とのやり取り。


「一億五,〇〇〇万!!結構な金額ですね!!さあ、この希少な剣、本来の価値にようやく近付いて参りました!!」


 どうやら、まだこの金額でも足りないらしい。

 それもその筈。

 前回、聖遺物が出た時に落札された金額は一億七,〇〇〇万。

 その価値を知っている者なら、スタートラインは此処からで、今までのやり取りは茶番に等しいのだから。


「一億六,〇〇〇万!!」

「一億七,〇〇〇万!!」

「一億八,〇〇〇万!!」


 前回の金額を越えた。

 どうやら、男性による値段の釣り上げが勢いを生んだみたいだ。

 次々に値段が上がって行く。


「二億!!」

「二億の金額が出ました!!前回の聖遺物の落札金額をゆうに上まっております!!」


 金額を更新されては、オークショニアが周囲を煽る。


「二億二,〇〇〇万!!」

「二億二,〇〇〇万!!大変すばらしい声が掛かりました!!ですが、こちらの商品は、二度と競りに出る商品ではありません!!今回を逃しますと、一生お目に掛かる事は出来ません!!」


 巧みな言葉によって、見事に釣られて行く周囲。


「二億五,〇〇〇万!!」


 聖遺物を入手したい人物は無数にいる為、大台を突破した。

 だが、勢いをつけた筈の男性はだんまりを決め込んでいた。

 何処か不穏な空気が流れている。

 男性の沈黙は、一体何故なのか?


「二億五,〇〇〇万!!こちらの剣の価値を、よく知っている御方です!!さあ、これ以上はございませんか?」


 前回よりも、大幅に上乗せされた金額。

 もしかしたら、オークショニアと男性はグルだったのかも知れない。

 勢い付けて値段の価値を跳ね上げる為の工作だったではないかと、周囲の人間もザワザワと騒いでいる。

 最後に声を上げた人物は、まんまと釣られたしまったようだ。

 なけなしの金で宣言した事が、その人物の苦痛な表情、汗のかき方で解ってしまう。

 だが、周囲もそれ以上の手が出せないようだ。


「他にございませんか?...どうやら、他にはいないようですね?では、こちらの商品は二億五,〇〇〇万ガルドで落札され...」

「四億!!」


 決まりかけた最後の最後で、値段を吊り上げる男性。

 どうやらオークショニアとグルでは無かったようだ。

 勝負が決まったと思ったところでの、圧倒的な金額の提示。

 既に周囲の人間は、前の段階で太刀打ちが出来無ずに戦意喪失をしていた。

 これは自分の力の誇示から、周りに対して確実に落札する為の手段なのだろう。


「四億!!流石に、これ以上はございませんね!?この金額は、今までに開催されて来た歴代のオークションでも最高金額!!では、これにて落札とさせて頂きます!!」


 オークショニアの興奮している様子が伝わって来る。

 僕からすれば、ただの鋼鉄のフランベルグなのに。


(凄い金額に跳ね上がったな。そんなに...良い物なのかな?...組み合わせによって特殊効果を発揮するだっけ?この品質レベルだと、そうは思えないんだけどな)


 本質は違うけど、価値とは、その人物が納得して付ける物。

 僕には気付かない、何か違った視点があるのかも知れない。

 ただ、落札した男性は涼しい顔をしていた。

 この金額を宣言をしても余裕があるのだから恐ろしい。

 貴族の道楽であり、究極の無駄遣いにしか見えなかったのだが、この日一番の盛り上がりで、拍手喝采が起きていた。

 僕達とは考えも、価値観も全く違う凄い世界だ。

 しかし、目玉商品が既に出てしまったので、何だかモチベーションが上がらない。

 この後の競売品も様々な物が出て来たが、それも惹かれない物ばかり。

 もう終わりが近付いているのにだ。


「...では、本日、最後の商品。物件NO.一五番。この国の歴代彫刻師が残した作品。慈愛の天使像!!木で作られた彫刻は、細部まで丁寧に仕上げられております!!こちらも最低落札金額の三〇万から始めさせて頂きます!!」


 とうとうオークションも最後の品。

 何だか、お目当ての品は一つも無かったな...


『マスター。あちらの競売品は、是非、入手致しましょう」


 そんな風に思っていたところで、プロネーシスが声を掛けて来た。

 それも、かなりの熱意を持って。


(是非って、木造の女神像を?)

『ええ。マスター。あちらの競売品は、ただの女神像ではありませんので』


 僕の頭の中では、プロネーシスのその言葉が響いていた。

 「あれは何なのか?」と言う事が。

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