表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
62/85

061 彷徨いの精霊人⑨

「この度は、我が娘、アゼレアを助けて頂き、本当にありがとうございました。一月も捜索して見つからなかった時は、正直、最悪な事態を想定しておりました。ですが、貴方達のおかげで、無事にこうして会う事が出来ました。心からのお礼を申し上げます」


 シルフィから大筋の話を聞いている、アゼレアの母親が僕達に向けてその頭を下げた。

 僕達みたいな子供相手にも、見た目で侮る事が無い丁寧な対応。

 精霊人エルフは、自身の見た目が長く変わらない事もあり、見た目だけでは物事を判断しない。


「...出来れば、もっと早くここに来たかったのですが、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。ですが、無事にアゼレアさんとお母様がお会い出来て良かったです」


 僕は、アゼレアから教わった精霊人エルフ語で返事をした。

 母親の表情を見て、アゼレアの表情を見て、素直にそう思う事が出来たから。

 ちゃんと伝わっているかな?


「まあ、精霊人エルフ語がお上手なんですね。こちらの事を案じて頂き、ありがとうございます。無事に、レアを連れて来てくれたお礼と言う事で、何か私が出来る範囲で良ければ、望む事はありますか?」


 大丈夫みたいだ。

 僕の、まだ発音が曖昧な精霊人エルフ語でも、しっかりと相手に伝わっていた。

 誠意が伝わった訳では無いのだが、お礼も兼ねて、相手の方から僕達が望む事はあるのかと提案してくれた。

 (これなら交渉が出来そうだ)と僕がそう思っていた時、アゼレアが会話に入って来た。


「天使様...そんな呼び方しないでよ」


 突然、悲しそうな表情をしているアゼレア。

 どうしたのだろう?


「僕の事はいつも通り、アゼレアか、レアって呼んでよ」


 どうやら、“アゼレアさん”と呼ばれた事が嫌だったらしい。

 いや、呼び方は仕方無いと思うんだけどな。

 いきなり母親の前で、精霊人エルフの女王様の前で、呼び捨てなんて出来無いでしょ。


「まあ、レアが他人に心を開いているなんて!」


 それを聞いた母親が、口に手を当て、目を見開いてビックリしていた。

 そう言えば、アゼレアは、他人との関わりが無かったって言ってたっけ?


「お母様。僕...天使様の傍に居たいんだ」


 アゼレアが今思っている気持ちを素直にぶつけtq。

 それは、初めての同い年と言う事もあって。

 精霊人エルフの国では時間の概念が違う為、五〜一〇年単位で同年代だと捉えられている。

 一番アゼレアに近い同年代の人物でも、七つ歳の離れた一二歳の人物。

 成長のスピードは人間と変わらないのに、寿命の関係でそれ位の誤差が生じている。


「天使様...って?」


 母親が、僕を見ながらアゼレアに確認する。

 何故そう呼ばれているのかが解っていないからだ。

 見た目で言えば人間と変わりないのだがら。

 だが、母親本人も、実際に人間を見た訳でも無いし、天使を見た訳でも無い。

 疑問に感じた事だが、此処は、自慢の愛娘が言う事だからと、子供の言う事だからと、柔軟に受け止める事にした。


「そうなのですね...レアは、この子と一緒に居たいのですね。でも、私達と、この子達では住んでいる場所が全然違うのよ?何処から来たのかは解りませんが...この国から一番近い町でも、歩いて一週間掛かってしまうのよ?」


 アゼレアに解り易く説明する。

 精霊人エルフと僕達では、住んでいる場所に、あまりにも違いがあるのだと。

 此処から一番近い町で、どんな種族が住んでいるのか明言は無かったが、それでも随分な距離が離れている。


『マスター。どうやら、精霊人エルフの国と、人間の国では、物理的な距離が相当あるみたいです。ですが、母親の話を聞いている分には、人間に対して嫌な感情を持ち合わせている訳では無さそうです」


 僕達の国の中で、度々、精霊人エルフが人間嫌いと言う話を聞いた事があったが、どうやら噂に過ぎなかったようだ。

 やはり他人が流す情報程、当てにならないものは無い。

 だが、それ以上に、情報と言う不確かなものの怖さを感じ取った。

 これが出鱈目な事だとしても、確認する術が無い場合、その話を本当だと信じ、頭の中に刷り込まさせてしまうのだから。

 人間からすれば、わざわざ嫌われている相手に、会いに行こうとは思わなくなるのだから。


「じゃあ、お母様!天使様に、会いに行けるなら、会いに行っても良いの!?」


 母親が言った言葉は、種族間における交流を否定する事では無く、物理的な距離から来るもの。

 方法さえあるのなら、交流を持つ事は問題無いと、そう捉える事が出来る言い方だった。


「ええ。ですが...そんな簡単にいける場所では無いのよ?」


 娘の気持ちに応えてあげたい親心。

 だが、確証が無い事を「勿論、良いですよ」と気軽に言う事は出来無い。

 親子だからこそ、余計に言葉のやり取りに気をつけている事が解った。


「そう言う事でしたら...先程提案してくれた僕の望みにも繋がる事ですが、どうか、こちらをご確認下さい」


 僕は、二人の話の間に入り、物理的な距離を埋める事が出来るものを確認して貰う。

 一瞬にして、二国間を移動出来る手段について説明する為だ。

 これは、アゼレアが居なくなった手段でもあるが、僕達が此処に戻って来た手段でもある。


「貴方の、望みに繋がる事?...窓の...外が?」


 困惑しているアゼレアの母親。

 それはそうだ。

 窓の外を見て貰ったところで、何があると言う話なのだから。

 だが、それでも部屋の窓の外を見て貰い、その移動手段を確認して貰う。


「ええ。この直ぐ下の枝分かれしている幹の部分に、僕達の国へと転移が出来る穴があります。僕達は、これを通る事で、この国へと移動する事が出来たのです」


 アゼレアの母親に、次元の穴の説明をする。

 もし、この時、アゼレアの母親が人間嫌いだった場合、交渉の余地が無かった場合は、アゼレアだけを引き渡して、僕とさくらの二人は、こっそりと自分達の国へと帰る手筈だった。

 だが、アゼレアが、そんな事にはならないから「大丈夫」だと言っていた通り、僕達の話を無碍にせず、丁寧に聞いてくれそうだったので、その事を教えた。


「これは!?失われた...空間魔法ですか!?まさか、転移が出来ると言うのですか!?」


 母親が、僕の両肩を掴み問い詰めて来た。

 物凄い迫力だ。


(わっ、顔が近いな!)


 アゼレアの顔立ちに似た、美しい顔が目の前に迫っていた。

 瞳の色が、アゼレアよりも深い翠色をしていた。


「ええ。一定周期で開く、次元の穴が出現してますので。次元の穴を通して、僕達の国と、この国が繋がっています」


 僕がそう伝えると、アゼレアの母親は窓の外を覗き込み、次元の穴を確認する。

 黒く、底の見えない次元の揺らめき。


「これは...!?まさか、こんな事が起きるなんて信じられません。私が生まれてからこの方、一度たりともそう言った話を聞いた事がありませんでした。それは、この国の歴史を遡ってもです。文献でしか残っていなかった転移魔法が存在しているとは...」


 アゼレアの母親が何歳なのかは解らないが、長寿である精霊人エルフが一度も見た事が無い次元の穴。

 どうやら、先祖から伝え聞いた話でも、その存在を確認する事が出来なかったらしい。

 かろうじて知っている事は、古代遺跡に残されていた文献から読み取った、一瞬で違う場所へと移動が出来る魔法が存在をしていたと言う事だけだった。


「ですが、どうしてこの場所に...?それこそ、今までにそう言った観測が見られませんでしたのに」


 一人で思案してしまうアゼレアの母親。

 それも仕方の無いことで、歴史的大発見に該当するからだ。

 その目まぐるしい表情の変化を受けて、アゼレアが母親を心配する。


「お母様...?」


 だが、アゼレアの声は届かない。

 一人で黙々とブツブツ独り言を話している。


「お母様!!」

「!?」


 アゼレアの大きな声を聞き、そこでようやく「ハッ」と我に返った母親。

 目を伏せて、下を向いたままアゼレアに返事をする。


「ごめんなさいね。少し考え込んでしまいました...」


 アゼレアの母親は、僕の方へと向き直して真っ直ぐ目を凝視た。


「では、この穴を通る事で転移が出来るのですね?」

「はい。それでしたら、実際にやって見せましょうか?」


 僕は、転移する場面を見て貰う事が一番理解して貰えると思い、そう提案をした。

 なんなら、一緒に転移する事が手っ取り早いのだけど、流石に王女様。

 危険だと感じる事を、こちらから誘う事は出来無い。


「ええ。申し訳無いのだけれど、お願いしても宜しいかしら?」


 転移と言う見た事も無い現象。

 出来れば、自分で試してみたいと思っているようだ。

 だが、相手は精霊人エルフの女王。

 容易に国から居なくなる事など出来無いし、何かあった際に対応が出来無い。

 自分では、理解の出来無い原理なのだから。

 そして、一瞬で移動する言う現象に、不安な気持ちを抱えている事も確かだ。

 失敗したら、身体はどうなるのかと。


「では、実際に転移をしてみます。それでは、見てて下さいね?」


 僕はそう言って、部屋の中から窓の外へと飛び出し、そのまま次元の穴の中へと飛び込んだ。

 そして、穴を通ってその場から居なくなった僕。

 その時、穴を通る際に空間が波を打ち、穴の中へと沈むように消えて行った。


「まあ!本当に、この場から居なくなってしまいましたわ!それに、魔力反応からしても、霊樹の中へと侵入した訳でも無いのですね!本当に消えてしまいましたわ!」


 魔力感知に長けている精霊人エルフだからこそ、僕の魔力波長を追跡していた。

 これが単に、幹の部分に穴を掘って、その内部へと飛び込んだだけなら、魔力波長を感じ取る事が出来ていた。

 だが、穴に飛び込んだ瞬間に、僕の魔力波長が消えてしまったのだ。

 それを実際に目の当たりにした事で、この場から僕が消えた事を確認した。


「これは、次元の穴が繋がるのに、何か特定条件があるのかしら?発生条件を満たした理由...月の満ち欠けだけでは無い、何か特別な出来事が...」


 次元の穴の出現前と、出現後での違いを考えている。

 再び一人の世界へと入ってしまった。

 だが、先程とは違い、此処でアゼレアが感じ取った事は、母親の表情の違いだ。


「お母様...何だか楽しそう」

 

 目の前の事に没頭し、生き生きとした表情を見せる母親。

 親子で顔を合わせた時でも見た事の無い、悩んでいるのに謎を解き明かそうと必死に頭を働かせている姿。

 こうなると、構って貰えない寂しさはあるのだが、それ以上に、アゼレアにとって、それがとても嬉しい事に感じた。

 すると、再び空間が波を打つ。


「空間の揺れ?...そうなのですね。出て来る時はこんな風なのですね」


 そこから現れたのは、僕。

 一度自分の国へと戻り、再び此処に戻って来た。


「どうでしたか?これで、解って頂けましたか?」

「ええ。貴方から感じられる魔力がこの場から消えました。それは、次元の穴を通った瞬間にです。もし、その場で姿を隠すだけなら、霊樹の中へと侵入しただけなら、魔力波長を追えば直ぐに解る事。なので、転移した事は間違い無さそうです」


 しきりに感動しているアゼレアの母親。

 僕は、この次元の穴の捕捉情報を加えた。


「この次元の穴ですが、今のところ開いたのは二回。周期は一月に一度で、朔日が関係しております。場所を繋げているのは僕達の国と、ここ精霊人エルフの国。これはどちらも、生体パターンの似た樹が関係している場所です。来月も同じように次元の穴が開けば、確定で間違い無いと思います」


 解っている事を正直に伝えた。

 僕の中では、一月に一度開く次元の穴と言う事で完結しているが、相手にはまだ判断出来ない事だから。


「そうなのですね...これが貴方の望みに繋がると言う事は、私達と交流を持ちたいと言う事ですか?」


 流石は精霊人エルフの女王。

 長生きしている事もあり、理解力が段違いだ。

 話が早い。


「はい。出来れば、この次元の穴を通して物資の売買を、もしくは、等価交換を行って欲しいと思っています。精霊人エルフの国で作られている衣服。装飾品。素材そのものを」


 交流を行う為の手応えはあった。

 アゼレアを助けたと言う事実。

 種族の違う僕達を否定せずに歓迎をしてくれた事。

 そして、次元の穴に対する興味。


「成る程。それが狙いと言う事ですね?しかも、売買や、等価交換を提案すると言う事は、物の価値をこちらで判断出来ると言う事。一方的では無く、相対的に関係を築きたいと言う事なのですね。...貴方は、本当に見た目通りの子供ですか?」


 最後はボソボソと喋っていたが、やり取り自体には抵抗が無さそうだ。

 精霊人エルフは、人間に興味が無いのかと思われていたが、その実、交流が無い為に関わりが無かっただけのようだ。


「こちらから提案出来るものは、食材が主になりますが、調味料。料理の種類や、その手法。後は、甘い果実がメインになると思います」


 何故、僕がこれを提案するかと言うと、食べ物が交渉事の勝算に繋がるからだ。

 精霊人エルフの国で、アゼレアは確かに部屋の中に閉じ込められていたが、食事は問題無く提供されていた。

 しかも女王の娘と言う事もあり、他の精霊人エルフよりも良い物を。

 そのアゼレアが、僕達のところで保護をした際、自分達の国とは違う食事の美味しさに感激を受けていた。

 岩塩、蜂蜜、胡椒やハーブと言った調味料。

 和える、茹でる、煮込み、焼き、炒める、蒸し、揚げと言った料理の手法。

 そして、単体として甘みを持った果実に。


「お母様!天使様のところでは、毎日違った料理が楽しめるんだよ!しかも、どれも全部美味しいんだ!」


 ナイスなタイミングでの援護射撃。

 意図していなかった事だが、こう言った生の声があると強い。

 アゼレアの表情からも読み取れるが、本心から来る喜びなのだから。


「今回は、その一部を知って貰う為に、僕達の方で、こちらを用意させて頂きました」


 僕は、そう話し、予め持って来ていたそれらの食材を、テーブルの上に広げた。

 広げた調味料、果実を、その一つ一つを説明し、相手の興味を物欲へと変化させる。

 その品が欲しいと思わせるのだ。


「これは凄いですね...私達の国に無い物ばかりです。これなら、食事の楽しみを知る事で、当国も活気に漲るかも知れません。長く生きてきた精霊人エルフ達も、もう一度活力を取り戻せるかも知れませんね」


 食の豊かさは、ライフスタイルの豊かさに繋がる。

 食を通して感情の起伏を促したり、神経を刺激してくれる、食事はありがたいものなのだ。

 精霊人エルフの国のように、栄養価のバランスが良い同じ食事を毎日食べる事は、決して悪い事では無いが、どうしても飽きに繋がっていたようだ。

 美味しさの感動など、とうに無くなり、食事をするのでは無く、摂取すると言う感覚。

 ボディビルダーなどが、筋肉の為に毎日節制をしている生活そのものだ。


「...これらは、どれ位の量を提供出来るのですか?」


 国として流通させる為には、少量では足りない。

 だが、多過ぎても足元を見られてしまう。

 この言葉が出ると言う事は、相手の了承を得たも当然。

 順調だ。


「どれも、収穫量に差が出てしまう物ですが、年間を通して提供する事が出来ます」


 此処では敢えて、量について明言をしなかった。

 恵みの森があるので、人員さえ居れば、どれも安定して収穫は出来るのにだ。

 相手に、これらの品の有用性は伝わった。

 後は、こちらの価値をどれだけ高められるか。

 此処からが、交渉になるのだ。


「そうですか。それでは後程、詳しい取り決めをさせて貰うとして、是非、私達と交流をお願い致します」


 笑顔でそう伝えられた。

 これで、精霊人エルフの国との交流が持てる。

 その第一段階が終了したところだ。

 後は、お互いが損にならないように交渉を、中身を詰めて行くだけ。


「ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します」


 僕は深々と頭を下げた。

 内心ではガッツポーズを掲げて。

 交渉が上手く出来るようにと、段取りを決めたくれたプロネーシス、本当にありがとう。


「では、後日詳しい内容を決めるとして...今日は、こちらでおもてなしをさせて頂きます。準備まで時間が掛かりますので、その間、どうか私達の国を見て下さい。シルフィ。案内をお願いします」


 アゼレアを助けてくれた事に対して、精霊人エルフのおもてなしを振る舞って頂ける事になった。

 アゼレアは母親と募る話がある為一緒には行けないが、シルフィが精霊人エルフの国を、僕とさくらを案内してくれるようだ。


「では、私が案内しますね」


 そう言って、案内をするようにシルフィが僕達の前に飛び出た。

 僕とさくらは、アゼレア達に会釈をし、シルフィに付いて行くように部屋を出て行く。

 部屋から出て、シルフィの後ろを追っている時。


「...ルシウスは、凄いね。私は、何を話しているのか解らなかったもん」


 さくらが悔しそうに、何も出来なかった事を痛感している。

 シュンと、顔の表情が暗い。


「本当に凄いわね!私も、聞いていてビックリしたわ!貴方、本当に子供なのって」


 前を案内していたシルフィも振り返り、僕にそう伝えた。


「でも、貴方が持って来た物は、もっと凄いわね!特に、葡萄が甘くて美味しいわ!」


 幾つか持参した果実で、特に反応が良かったものが葡萄だった。

 その糖度も然る事ながら、皮を剥いた後の見た目の華やかさがお気に入りだった。

 プルンと弾力のある食感。

 噛むと中から弾ける果汁。

 シルフィには、その一粒あれば満足出来るところもポイントだった。

 その果実が、一房に沢山の果実を付けているのだから。


「あれは、その用途も沢山あるんですよ。果実を絞って飲み物にも出来ますし、発酵させれば、お酒にもなりますので」

「まあ!それは尚の事凄いわね!作り方も教えてくれるのでしょう?」


 シルフィは、僕の周囲をクルクルと飛び回り、喜んでいる。

 その時、羽根から緑の光の粒子が散らばり、とても綺麗に光っていた。


「ええ。お互いに良い取り引きが出来ると思いますので、その時に製法も教えますね」

「フフフ。何だかあなた、面白い人なのね!見た目は子供なのに、考えている事は大人と変わりないもの。それが可笑しく見えるわ」


 キャッキャと笑うシルフィ。

 その淡々と言う口調も相まってか、思っている事を口に出してしまう辺りが正直者なのだろうが、それをわざわざ口に出してしまうところが少しデリカシーに欠けている。

 ただ、嫌味っぽさを全く感じないから憎む事は出来無いのだが。


「ルシウスは凄いんだよ!色々な事を知っているし、私達にも丁寧に教えてくれるの!」


 先程のは、褒められた訳では無いのだが、僕の事を更に持ち上げてくれる、さくら。

 それも、自分の事以上に嬉しそうに語っている。

 ...。

 さくらに笑顔が戻って、良かった。


「この間はね!...」

「まあ!...」


 意気投合をしたのか、二人で熱く語り始めた。

 僕一人だけ蚊帳の外で。

 まあ、さくらが嬉しそうだから、それだけで十分満足だけど。


(それにしても、ここは過ごし易い国だな)


 精霊人エルフの国では、季節による気温の変化が無い。

 常夏の国のように一年中暖かく、過ごし易い場所となっている。


(暑いって感じよりは、暖かいんだよね...それに、ジメジメとした湿気も感じない...とても心地良い場所だな)


 周囲の樹々が紅葉している事からも、常緑広葉樹が植生している熱帯地域とは違う。

 降雨量は比較的多い方らしいが、年中では無い。

 そして、落ち葉があるおかげで土壌にも栄養が行き渡っているところが、熱帯地域とは違うところ。


(湖の周りにも居住地があるんだな...この巨大な霊樹は、城のような役割なのかな?)


 湖の周囲の森には、高床式住居が広がっていた。

 自然を破壊し居住地を作るのでは無く、自然を残したままでの建造物。

 そして、巨大な湖が敵の侵入を阻むかのように、霊樹が城のように聳え立っている。

 ちなみに湖は、四〜五人が乗れる小型の木造船で移動をする。

 シルフィが、「これに乗って、湖の外へと向かうわ」と僕達を船に乗せた。

 湖の上を、船に揺られながら移動する僕達。

 それはパワースポットに居るみたいに、心地良い気分だ。


(やっぱり、精霊人エルフが着ている衣服。僕達の物とは比べ物にならないな)


 精霊人エルフが身に纏う衣服は、魔力糸で作られている物。

 魔力を込めれば、下手な金属よりも硬くなる為、魔力の保有量が多い精霊人エルフにはピッタリの代物だ。

 その一つ一つがオーダーメイドであり、デザイン性が高く、縫製技術が卓越している。

 僕達が着ている服も、プロネーシスの知識から少しずつ改善をしているが、限りある素材のせいで捗ってはいなかった。


(個人に合わせたデザイン性...レースや、刺繍。これは、現代よりも凄く無いか?)


 魔力糸で作られた衣服は、レースやスリットが入っており、通気性を良くしてある。

 刺繍も細かい物で、全てが手作業による一点物。

 流石に女王近辺の者が着ている衣服と、一般層が着ている衣服では雲泥の差が見られるが。


(でも、今後はこの技術を提供して貰えるんだ。それに装飾品や、ガラスも)


 女王は、ガラスで出来た靴を履いていた。

 その加工技術もそうだが、人が履いても壊れないガラス。

 現代の強化ガラスを使えば作れなくも無さそうだが、履き心地は硬くなり痛そうだ。

 だが、靴擦れも起きて無さそうだし、窮屈な感じも見受けられなかった。


(ガラスの靴なんて、ファンタジーそのものじゃ無いか。これがゲーム時代の遺物では無く、自分達で作成した物なら凄い技術だぞ!)


 元々は、アゼレアも履いていた物だったらしいのだが、部屋の中にガラスの靴だけ残して失踪してしまったようだ。

 これだと、逆灰被り姫って感じか?


(女王様の格好...綺麗だったな。立体的な花の刺繍を施したドレス。薔薇のようにロゼッタ状に重なって、フリルやレースをふんだんにあしらって華やかさが増していたな。それに、見た目の美しさを、より際立たせている宝石の数々。流石は、精霊人エルフ国の女王様だね)


 美そのものを着飾っているような、女王そのものが美のような、そんな美しさ。

 しかも、この国の暖かさを考慮して、レース素材が多めのドレス。

 所々肌が透けていて、それがとても快適そうだった。


「そろそろ湖の外に辿り着くわ。此処からは、王族専用の馬車で移動するわ」


 湖の外周へと辿り着くと、王族専用の船着場があった。

 そこには、王族だけが使用出来る馬車が置いてある。


「わあ!ルシウス見て!とても可愛いよ!それに、綺麗なお馬さん!」


 さくらが、その馬車を見て興奮している。


(わっ!これは、カボチャの馬車!?それに、馬車を引いているのはユニコーン!)


 外見は可愛らしい、と言うよりも、大変メルヘンな格好をしている馬車。

 白馬のユニコーン二頭が馬車を引くみたいだ。


「これに乗って、周囲を見回りましょうか?時間の都合上行けるところは決まっているけど、それでも楽しめると思うわよ」


 そう言って、シルフィが僕達を馬車へと乗せる。

 どうやら馭者ぎょしゃの役割を、シルフィがそのままやるらしい。

 傍から見ると、シルフィの手綱を持っている姿が、明らかに持たされているようで、馬車を操っているようには見えない。


「ルシウス、凄いね!馬車?に乗れるなんて!」


 馬車の部分だけ言い慣れていないのか、カタコトで喋る、さくら。

 僕達の国にも馬車はあるのだが、僕達一般層が乗れるような乗り物では無い。


「これは確かに凄いね!...中はどうなっているのかな?」


 二人で扉を開けて、馬車の中へと入って行く。


「これが、馬車の中?凄い!お部屋みたいだね」

「へえ、内装はシンプルなんだな。椅子は...硬いな」


 馬車の中は向かい席となっており、四人までは座れそうだ。

 だが、クッションのような座椅子では無く、木造の椅子の上に布を被せただけ。

 長時間移動するとお尻が痛くなってしまう硬さだ。

 これは、移動している時の揺れ、大丈夫なのかな?

 この時、僕とさくらは、向かい合って座るのでは無く、進行方向に合わせて隣り合って座った。


「座ったようね。じゃあ、行きましょうか?出発!」


 一人、張り切っているシルフィ。

 馬車がゆっくりと動き出した。

 ガタッと揺れる車内。


「キャッ!」


 うん。

 思った通り。

 サスペンションの機能は、あまり果たしていないようだ。

 さくらが、僕に体重を全て預けるように寄り掛かってしまった。

 僕は、すかさず足に力を込めて、さくらが椅子から落ちないように身体を支えた。


「わっ!ごめんね、ルシウス!」


 さくらは、揺れが安定した頃に、直ぐに体勢を戻して謝った。


「大丈夫だよ。さくらは、何処か身体をぶつけてない?」

「うん。ルシウスが支えてくれたおかげで、私は大丈夫だよ。ありがとう!」


 良かった。

 まあ、ある意味想定していた通りだった。

 バネのようなサスペンションは見当たらず、木の特性を活かした、しなりによって揺れを少し抑える程度の設計。

 乗り心地で考えると、良い物では無い。

 改良の余地が沢山ある物だ。


「道は、思ってたよりも舗装されているんだね。それに、動き出せば、まだ車内は安定するのかな?」


 半ば独り言のように呟いてしまった僕。

 さくらは、自分に話し掛けられていると勘違いしてしまう。


「ルシウス、道の舗装って何?」


 さくらの知らない言葉だ。

 教会には馬車も無いし、街の道路網が形成されている訳では無いからだ。


「道の舗装は、馬車が道を通る時に真っ直ぐ進めるように、地面の上の小石をどかせて平らにしたりする事かな?例えば、裏山のような獣道だと、ガタガタして真っ直ぐ進めないでしょ?」


 道の整備がされているだけで、国としての管理が行き届いている。

 雨が降る度に地面はグチャグチャとなり、流されて来た石が地面をボコボコにする。

 ましてや此処は森の中。

 折れた枝や木があるのだから。

 それらを整備するだけで人手は掛かるし、維持するのにもお金が掛かってしまうのだから。


「凄いね!ここでは、そんな事までしているんだね!」


 さくらがそう言うと、運転をしているシルフィが「そうなのよ!凄いでしょ!」と自慢げに、話に割って入って来た。

 この道の舗装は、現実世界でも、主に軍事目的の為だが、ローマ時代には着手されていた事だ。

 人々の往来を活発にする事で、物資の運搬、支配地域の生活水準の向上が目的だったとかで。

 流石に敷石による舗装はされていなかったが、それでもまともな道が出来ていた。

 そうして、僕達は道なりに進み、精霊人エルフの国のスポットになる箇所を幾つか案内される。

 馬車の移動スピードは時速一〇km程度。

 人が走った方が速いスピードだ。

 だが、ゆったりでも、座りながら移動出来る事は楽なのだ。


「あそこが、アールヴ渓谷よ!ここには数千の生き物が存在しているわ」


 霧の濃い、流れる水の透明度が高い渓谷。

 神聖さを帯びた生き物、蛍の様に光る生き物が幻想的だった。


「あそこが、ウィンダールヴ神殿。中に入るには特別な許可証が必要になるわ」


 森の中の神殿。

 建造形式からも、ゲーム時代の遺物らしい。

 中はダンジョンになっているようだ。


「最後が、エリエル滝。高く立ち昇る水煙が特徴的ね!」


 ヴィクトリアの滝にも似た、最大級の水量が流れ込む高低差のある滝。

 激しく落ちて行く滝が作り出す水煙は、光に反射して虹を作り出していた。

 他にも様々なスポットがあるらしいのだが、時間の関係上行く事が出来なかった。


「綺麗だったね!特に、最後の滝が、底が見えずに怖かったけど、ルシウスの魔力と同じ色の橋が掛かってて綺麗だったね」


 さくらのお気に入りは、幅が五キロにも及び、落差が一五〇mを超す滝。

 水煙の高さは、時に一kmを超える事もあり、五〇km以上離れた場所でも観測が出来てしまう。

 虹の架け橋がなんとも言えない神秘的な光景だった。


「そうだね!また、来てみたいね!あそこで、ピックニック出来たら気持ち良さそうだもん」


 絶景に囲まれて、森のマイナスイオンを浴びる。

 心身共にリラックス出来そうだ。


「じゃあ、そろそろ、おもてなしの準備も終わる頃だわ。今から戻れば丁度良い時間ね」


 シルフィが一通り案内をしたところで、霊樹へと戻る時間に。

 だが、何故か、出走前のF1レーサーのようにウズウズしているシルフィ。

 どうやら帰りは急いで帰るらしい。

 怪しげに目がキランと輝いている。


「さあ、急いで戻るから壁に掴まっててね!」

「えっ!?」

「...キャー!!」


 多分、この時の事は、僕達は一生忘れないだろう。

 この時、僕達は風となったのだ。

 馬車では出る筈の無いスピードで、疾風のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ