055 彷徨いの精霊人③
「じゃあ、次からは、それぞれ一対一で戦って見ましょうか?」
僕を抜かした三人での戦闘を何度か繰り返し、そのフィニッシャーを変えながら魂位を上昇させて来た
皆も、魂位の上昇を実感しているのか、それぞれの感覚や能力が上がった事を、今までの自分と違う事を、心底喜んでいた。
その中で、一番喜んでいる人物がメリルだった。
「ルシウス!これが魂位の上昇なんだな...感覚も、能力も、全部がまるで違う!これなら...」
今までに、魂位の上昇を感じ取れていなかった事が不思議で仕方無かったが、どうやらメリル達、この世界の住人には魂の光が見えていない。
その光が見えていない為、魔物を倒した時に魂の力が吸収され、その力が蓄積されている事に気付けなかったのだ。
「これなら、私一人でも戦えそうだ!!」
明らかに動きが良くなったメリル。
元々、自身の身体能力以上に身体を操る技術が高かったメリル。
魂位が上昇して身体能力が軒並み上がった事で、自身の思い描いたイメージと、身体の動きがより近くなったのだろう。
例えば、そのセンスだけで大活躍をした、まだ身体の出来上がっていない高校球児が、プロ野球と言う舞台に立ち、思い通りに活躍が出来ずに現実を知る。
イメージばかりが先行してしまい、身体(動き)がそれに追い付かず、一人ヤキモキしてしまう感覚だ。
「俺はもっと出来る!」みたいな口だけ理想野郎。
もしくは、「こんな筈じゃなかった」と現実を全く見ずに夢見る勘違い野郎。
敢えて口が悪く、更に表現を誇張させているが、それ位、イメージと身体のバランスが掛け離れているのだ。
だが、成長と共に身体が出来上がって、自身のイメージ通りの動きが出来た瞬間。
それまでに感じた事の無いような、見た事も無いような、最高のパフォーマンスを発揮する。
何よりも、己を知る事が一番の成長に繋がるのだ。
(メリルさんが自信を持ってくれて...良かった。これなら...ここからの成長は早くなるだろうな)
僕は内心「ホッ」とした。
メリルの個別トレーニング(コーチング)を始めたは良いが、本人は確実に成長している筈なのに、一向にその力を発揮出来ていなかったのだから。
だが、これで強くなっている事を実感してくれただろう。
「はははっ!!こんなに強くなれるなんて!!今ならルシウスにも勝てそうだ!!」
ギュンターは、解り易く調子に乗っている。
自分の身体を見ながら、筋肉の収縮をさせて、その肉体美を満喫している。
語気は強いのに、僕の顔をチラチラと見て来る視線が、怯えながらなのが可笑しい。
「それなら、一勝負しますか?ギュンター」
僕が平然とそう聞く。
その気持ちがあるならば、良い勝負が出来るのでは無いかと。
「ああ!良いだろう!って、おいおいおいおい...ルシウス!勝負って何を真に受けているんだ?俺達でそんな事をしている暇は無いだろうが?それよりも早く、その一対一の戦いをやろうぜ!」
早口で捲くし立てるギュンター。
まるで、自分が言った事を無かった事にする為の、僕との勝負を避ける為の、清々しいまでの回避行動。
こちらの顔を一切、見向きもしない事が、その内弁慶ぶりを物語っている。
「はあ...まったくギュンターは」
ギュンターが努力している事を知っている為か、何処か憎む事が出来無い。
とんだお調子者ではあるのだけど。
「ルシウス...私一人でも戦えるかな?」
魔物との戦闘を経験したさくらが、自信無さそうに聞いて来る。
今回はチームで戦っている為、味方支援からフィニッシャーの両方を全員が経験している。
(魔物と言えど生物だからな...それでも臆する事無く戦えているし、魔物に止めも刺せている。しかも、生物を殺すって事を理解しているんだよね)
さくらは生物を殺す怖さを持ち合わせている。
それが自分の糧になっている事を理解しているから。
さくらが好きな食べ物で、鶏肉があるのだが、それがしっかりとフォレストコッコのお肉だと理解している。
生き物が捌かれたお肉を、殺した生命を頂いている事を。
「大丈夫。さくらなら問題無く出来るよ」
僕はさくらの目を真っ直ぐ見つめ、淀み無く答えた。
その言葉に乗せている意思は、偉そうな言い方で鼻に付くと思うが、自信を持てないのなら、自信を持たせてあげると。
「本当に?...でも、ルシウスがそう言うなら、なんだか出来る気がして来た!」
メンバーの中で、断トツに活躍していたのはさくらだった。
メンバーのサポートに回っている時は、魔力で練り上げた支援攻撃、もしくは歌によるメンバーの能力強化。
フィニッシャーにいる時は、魔力で練り上げた放出攻撃、もしくは短剣を使用して止めを刺す。
(相手がフォレストリザードだから通用する攻撃だけど、それでも両方を使い分けて戦闘している事が凄いんだよね)
さくらは元々、魔力量が僕に次いで保有している。
それも僕と同じように拡張を続けて。
それに加えて、個別訓練による魔力操作の向上、歌による特殊効果の発動だ。
単純な魔力放出は、相手を倒す事も、動きを制限する事も、そのどちらでも出来る。
歌による支援は二通りで、範囲内の能力強化、範囲内の回復効果。
(歌いながらの戦闘も形になって来たな。実戦ではこれ位の相手なら問題無さそうだ。後は経験を積んで貰って...)
戦闘中に歌い続ける事、それ自体が難しい事。
それに相手の動向を見ながら立ち位置を修正しなければならない。
更に、別に魔力を練り上げ、味方の支援攻撃を織り交ぜている。
この戦闘方法は形になったばかりで、まだまだ技術不足である事は否めない。
「ルシウス!やってみるね!」
さくらが、そのやる気を表明する。
勿論、さくら一人だけでは無く、此処に居る全員がモチベーションを上げてだが。
目標に向かって行動する時、仲間と一緒の場合では、一人で行動している時では感じられない感情があった。
(...今まで、一人の行動が多かったから気付けなかったけど、一人じゃないって...いいな)
僕はこの時に、初めて気付いた。
一人では感じられない楽しさ。
一人では感じられない心強さ。
成長を実感出来る仲間の存在。
切磋琢磨し合う仲間の素晴らしさを。
「ルシウス?...どうしたの?悲しいの?」
さくらが僕の顔を見て心配する。
悲しい?
そんな事は無いよ。
さくらは、なんでそんな表情をしているの?
今にも泣き出しそうな表情を。
「...」
さくらが僕の頬を拭う。
その触れる指が小さく震えながらだが、とても優しく繊細に。
(涙?...僕は泣いているのか!?)
どうやら僕は、気付かない内に泣いていたようだ。
何故、涙が出ているのか?
それは自分でも解っていない。
でもこれは、悲しいから泣いてる訳では無い。
今この時が、とても嬉しいのだ。
「何だ!ルシウス!?泣いているのか!?」
ギュンターが僕に気付き、泣いている事を茶化して来た。
「お前も...人の子供だったんだな」
場を和ます為、わざと大袈裟に言っている。
「そうか、ルシウス...お前でも悲しいと言う感情があるのだな」
メリルが真剣な表情で、「人で良かった」と最後に付け加えた。
あれっ?
なんだか僕は思い違いをしている?
二人は本当にそう思っているって事?
もしそうだとしたら。
...僕の事を何だと思っているのか。
なんだか本当に悲しくなって来たよ。
「さくら、ありがとう」
僕はさくらの手を取って、さくらにだけ聞こえる声でお礼を伝えた。
「もう大丈夫だよ」と笑って。
「いえ、違いますよ。目にゴミが入っただけです。二人は随分、余裕そうですね。それなら早速、メリルさんから戦って行きしょうか?」
僕は確かに涙を流した。
だが、泣き崩れて取り乱した訳では無い。
決して泣き声な訳でも無く、言葉が詰まっている訳でも無い。
涙だけがその感情を乗せて、勝手に溢れてしまったものだ。
それ以外は至って普通の僕。
ならば、茶化して来た二人を懲らしめる。
「なっ!?何を言っている?作戦も無しにいきなりか?」
メリルは、いきなり戦闘をさせられる事に驚く。
仲間で戦う時に、それぞれの役割を細かく決めて、魔物に対しての作戦を立てていたからだ。
「!?」
そしてギュンターは、「ギクッ!」と身体を揺らし、次は俺の番なのかとビクついている。
「メリルさんは、実戦でも同じ事を言うのですか?相手の事を知らないと戦えないのですか?」
これは完全なる仕返し。
だが、言っている事は間違いでは無い。
既にこの世界は、ゲームの世界とは異なっている部分が多い。
新たなる世界として進化をしているにだ。
これから戦って行く魔物には、この世界特有の未知な魔物も存在している筈。
その全てに対策を立てられる訳では無いのだから。
「むっ!...確かにそうだが...」
「大丈夫です、メリルさん。何かあった時は、“人”の心を持った僕が助けますから」
「!?」
意地悪な言い方だ。
メリルが何も言えなくなってしまった。
いや、言えなくしたのだが。
「じゃあ、休憩は終わりにして、始めましょうか?」
こうして各々一人での戦闘が始まった。
メリルが今になって後悔している。
「何故、私は学ばないのだ」と。
桜の花びらが舞い踊る風の中、心地良い日差しと、周囲に広がる甘い花の匂いが香る。
それはこの先の道のりを明るく映しているようだ。
「????...???????」
(天使様に...会えるのかな?)
レアはその思いを胸に秘め、見知らぬ土地を、見知らぬ山を下って行く。
その小さな身体で、一歩一歩確実に。
「ピギィー?」
紅い鳥(ペンギン?に似ている鳥)が、桜の樹の影から顔を出した。
初めて見る精霊人に興味を持ったのか、レアの後ろをテクテクと付いて行く。
「ピギィー!」
だが、この紅い鳥は身体の大きさがレアよりも断然小さい。
掌サイズの大きさしか無いので、その歩幅に差があり過ぎた。
レアとは離されて行く一方で、その全身をバタバタと使い、必死に追いつこうと頑張っている。
それを知らないレアは、途中で拾った枝を振り回しながら、山を下って行く。
「??????、????????????????」
(山を下りると、何があるのかな?人が居るのかな?)
兼ねてより、自分とは違う種族に興味を持っていたレアは、そう言った人物に会える事を楽しみにしていた。
見知らぬ土地に一人だけの状況なのに、その恐怖心よりも、まだ見ぬものに対しての好奇心が勝って。
「???...????????????」
(これは...どこに行けば良いのかな?)
山の麓に下り立つと、地平線まで何も見えない平野に出た。
此処が何処なのか解らないレアは、周りを見渡すが、何処に進めば良いのか解らない。
ただ何となく、風に誘われている方向へと、レアは進んで行く事を決める。
「????????...?????????」
(風の導きのままに...行って見ようかな?)
これが、色々な準備が整っている状況ならば、気ままな一人旅と言う感じで安心出来るもの。
だが、その条件を何一つ満たせて無いのだ。
先ずは、その本人が子供だと言う事。
それから何処に進めば良いのか解らないのに、お金も、食料も、飲み物も、何一つ無い。
寝泊りする場所さえ、勿論、決まってなどいない。
こんな状況で旅など出来る訳が無いのに、本人はその事など何一つ考えていない。
「??♪??♪??♪」
(ふん♪ふん♪ふん♪)
大樹に捉われていた身として、初めて自由に動ける楽しみ。
知識だけの見た事も無いものに、実際に触れる事が出来るかも知れない楽しみ。
これから出会うかも知れない、違う種族の他人。
頭の中はそれらの事で一杯で、他は何も考えていなかった。
「???????????????!????????????????!」
(この先は何があるのかな?へへへ!楽しい事がいっぱいあると嬉しいな!)
枝を持った手を天に掲げ、日が落ち始めている太陽に向かって、精一杯手を伸ばしている。
そこから覗く日差しが眩しいのか、片目を瞑りながら、太陽をかき混ぜるように枝の先端を回した。
これは意味のある行動では無い。
ただ単に、テンションが上がっての行動で、感情が抑えられ無い行動だった。
「...??????。?????、??...?!??????!?????!!」
(...喉が渇いたな。ええーっと、水は...え!?どうしよう!?何も無い!!)
散々はしゃいだ後に、一息を吐いた瞬間。
そこでようやく、自分が何も持っていない事に気付いた。
そして、自身の周りにも何も無い事を。
「??...??????」
(ここ...どこだろう?)
クルッとその場で回転して周囲を見渡す。
近場で見えるものは、今いる場所の延長上で何も無い平野が続いている。
遠くに見えるものは、幾つかの高低差が違う山。
自分がどうやって此処に来たのかも、どの山から来たのかも解らない。
「???...??????????」
(あれ?...どっちから来たっけ?)
方角が解るものなど、勿論持っている訳が無く、遠くからでは、全部同じ山に見えてしまう。
しかも、子供の足だと言うのに随分遠くまで歩いてしまった。
テンションが上がって興奮していた事もあり、それこそ無我夢中で。
「?????...??????????...????????...」
(どうしよう...お腹も減って来たのに...僕一人しかいない...)
先程までの感情には、希望や期待しかなかった。
だが、喉が渇き、お腹が空き始めた途端に、その感情は一切無くなっており、急に寂しさを感じ始めている。
「??...??」
(えっ...雨?)
秋の天気は移ろい易いもの。
晴れていた天気も小さな雲が差し掛かって、急に雨が降り出した。
雲の色は白いままなのに。
これは天気雨と呼ばれるものだ。
「???...?????...????」
(何これ...どうすれば...良いの?)
次第にレアの表情が崩れ始めた。
ただ必死に、何かを堪え、何かを我慢している。
その手は拳を握り、出来る限りの力を込めて、鼻を「ズッ!」と啜る音が鳴っている。
「??、????...??????...」
(ねえ、シルフィ...どこにいるの...)
レアの頭の中に、今直ぐ会いたい人物を思い描いたその時。
それまで堪えていたもの、我慢していたものは、見事に崩れさった。
天から雨が降っているのと同じように、レアの表情からも涙が流れる。
それは「ウエーン」と泣きじゃくるように声を上げ、その場で立ち尽くして。
「ピギィ?」
鳥の鳴き声が聞こえた。
だが、それよりもレアはどうしたら良いのか解らないもどかしさと、会いたい人物に会えない寂しさが心を支配している。
更に、お腹の減り具合も、喉の渇き具合も最高潮。
駄々をこねるように、ぐずるように泣く事しか出来なかった。
すると、急に足の方に痛みを感じた。
「??!?」
(痛っ!?)
「ピ、ピギィ!」
紅い鳥が、その嘴でレアの事を突いていた。
それは見た事も無い鳥で、図鑑にも載っていない鳥。
そもそも、鳥なのかも疑わしいが。
「??...????、???...????、????...?????」
(紅い...鳥?いや、違う?...ええっと、精霊さん...なのかな?)
急にピタリと泣き止んだレア。
精霊人は、人間よりも魔力の感知に長けている種族だ。
目の前の紅い鳥を見て、風の精霊のような、何処か精霊種に似ている魔力を感じ取った。
ただそう言った普通の精霊種とは違い、何か得体の知れない力も感じているのだが。
レアはその場で屈み、赤い鳥に目線を合わせる。
「???、???????????...????????」
(お前は、どこから来たの?お前も...一人ぼっちなの?)
レアは紅い鳥に向けて、当たり前のように話し掛けている。
ただこれは、意思疎通が出来る訳でも、相手の言葉が解る訳でも無いのに。
風の精霊と言う、精霊種と仲が良かった事もあっての行動だ。
「ピギィ?」
言葉が解らない筈なのに、「何を言っているの?」と言うような感じで首を傾げている。
でもレアからしてみれば、言葉が伝わろうが、伝わるまいが、既にもう、そのどちらでも良かった。
一人ぼっちでは無くなったのだから。
「???...??????...??、????????」
(そうか...解らないよね...ほら、こっちにおいで?)
レアは紅い鳥に手を伸ばす。
すると、その赤い鳥は「ピギィー!」と鳴きながら、テクテクと小走りでレアの方へと飛び込んだ。
「??!??」
(わっ!っぷ)
その勢いの良さで、レアは後ろに転ぶ。
紅い鳥と戯れ合うように、雨の中を泥だらけになりながら。
「ピィ!ピィ!」
「?????!」
(アハハハッ!)
大声を出して笑う事は、一体いつぶりだろうか?
それ位に覚えていない事で、それ位に久しぶりの事だった。
地面に仰向けになり、天を仰ぐ。
「????...???」
(アハハハ...ふーっ)
紅い鳥のおかげで寂しさは紛れたけど、現状は何も変わっていない。
雨のおかげで喉は少し潤ったけど、お腹は減っているし、疲れも溜まっている。
更に、雨に濡れた事で身体は冷えてしまった。
すると、自身の感情もそれに引っ張られるように、投げやりな思いが溢れて心が冷えてしまった。
「...」
あれだけ楽しみにしていた精霊人の国の外の世界。
思い描いていたものは、まだ何一つも達成していない。
他の種族にはまだ出会っていないし、精霊人の国に無いものも見ていない。
何より、天使に関する情報も、天使そのものにも出会っていない。
「ピギィ?」
紅い鳥に出会った事、傍に居てくれる事は嬉しい。
だけど、このままではどうなるのか解らない。
何も無い平野で雨に打たれながら、お腹も減って、疲労も溜まっている。
僕が「外の世界に生きたい」、「天使様に会いたい」と言ったから罰が当たったの?
そんな風に自分を卑下している時。
雲が周囲に散って行き、雨が降り止む。
雲から漏れだした日差しが、レア一人を照らすスポットライトのように、細く降り注ぐ。
「...??」
(...光?)
光が段々と眩しさを増して行く。
レアはその光を直視出来無い。
「?...???」
(天...使様?)
もし、その光景を見た者なら、そう感じていても可笑しくない。
だが、実際は弱っている自分が作り出した幻想だった。
レアには、雨上がり後の、ただの日差しが、そんな神聖さを帯びている光のように見えたのだ。
地面に寝転びながら仰向けの状態で、目から一滴の涙が零れた。
「????...???????」
(そんな事...あるわけ無いか)
「このまま寝ていたら、気持ち良くなれそうだな...」と考えたが、何故かレアに懐いている紅い鳥がいる。
自分はどうなっても良いが、この紅い鳥を放って置く事は出来無い。
幸い、天気も晴れてくれた。
それならと、気力を振り絞って起き上がる
紅い鳥の為に何かしようと、動き出す。
「???。???????」
(ピギィ。こっちにおいで)
レアは紅い鳥に名前を付けて呼ぶ。
鳴き声そのままの名前。
「ピギィ...?ピィー!」
紅い鳥が、レアのその胸へと飛び込む。
レアはそれをキャッチしてそのまま胸に抱える。
「??...?????」
(風が...吹いている)
突如、開けた空から突風が吹いた。
レアは何を思ったのか、その風に導かれるように、突風が吹いた方向へと歩みを始めた。
「???。????????????」
(ピギィ。あっちに行ってみようか?)
紅い鳥のピギィを連れて、一人と一羽の旅が始まった。
お腹が減っているが、疲労が溜まっているが、ピギィと一緒に居る事で自分を誤魔化して進んで行く。
レアは、言葉が通じる訳では無いが、ピギィに話し掛けながら歩く。
精霊人の、自分の話。
精霊人の、国の話。
魔法が使えない落ちこぼれだと言う事。
それでも、勉強や訓練を一日も欠かした事が無い事。
そして、どうしても会いたい天使の事を。
どれ位話して、どれ位の時が経ったか解らない。
ただレア達は、風に誘われる方向へと、その風に導かれるようにと、道を真っ直ぐ進んだ。
何も無い平原を進む事、数時間。
気付いたら森の中にいた。
「ピギィー!!ピギィー!」
ピギィが何かを見て、突然、その場で鳴き出した。
それは何かをレアに気付かせるように。
「???、??????」
(ピギィ、どうしたの?)
ピギィは自身の嘴を懸命に使って、その場所を突いている。
「????...??????」
(あっちに...何かあるの?)
レアはそれに釣られて、その方向へと向き直す。
「???...??!!」
(あれは...お家!!)
見えるのは、ボロボロの木造の小屋。
外壁には草が絡まり、人が住んでいる気配が全く無い。
「???!??????!!」
(ピギィ!お家があるよ!!)
レアは目の前の小屋に喜ぶ。
外からは中の様子など見える訳が無いのに、さも当たり前のように家の中で休む事を思って。
「ピギィ!!ピィー!!」
ピギィはレアが喜んでいる姿を見て、その姿に共感するように喜ぶ。
「???。????????!!」
(ピギィ。中に入って見よう!!)
家を見て安心したのか、「休めるんだ!」と言う気持ちが先行し、調べもせず家の中へと入って行く。
取っ手の壊れた扉を開けると、室内は最低限の生活用品だけが置かれていた。
どうやら人はいないようだ。
「????、??????。??????...??????」
(ここなら、休めそうだね。でも食べ物は...なさそうだね)
室内はベッドにテーブルと椅子だけで、それ以外の物は見当たらず、キッチンやトイレなどは無い。
これでどうやって生活が出来るのか想像が付かない。
「??、???????、???????」
(でも、横になれるなら、まだ良いかもね)
外で寝るよりはマシだと言いたいレア。
それに、住める場所があったのなら、近くに町や村があるかも知れないと考えた。
これは本で読んだ知識になってしまうが、人間は群れを作り、集落と言うコミュニティを作ると書いてあったからだ。
「???...??????」
(ベッド...意外と綺麗?)
綺麗と言うと語弊があるが、意外と汚れていない。
と言うか、外観から見た家は人が住んでいる気配は無いのだが、室内を見ると全く違う風に見えてしまう。
部屋は確かに汚れてはいるけど、埃などは隅の方に溜まっているだけ。
何年も人が居ない家ならば、家具にもなんらかの不具合が生じている筈。
だが、そのような形跡が見当たらないのだ。
「???。????????」
(ピギィ。これで休めるね?)
ただ、レアは幼過ぎた。
そんな洞察力も無ければ、誰かが使っていようと気にもしないのだ。
自分だけの秘密基地を見付けて、それを満喫するように、そこにある物を使うだけなのだから。
「??????????????????????...???????????」
(お腹が減ったね?ご飯が食べれたら良かったけど...ピギィは何を食べるの?)
ピギィを抱いたままで、ベッドへと横になった。
身体も汚れているし、着ている服も汚れている。
でも、そんな事は気にしている余裕も無かった。
一日中歩き続けて、彷徨っていたのだから。
「ピギィ?」
ピギィは鳴くだけで、それ以外は何も答えない。
見るからにお腹は減って無さそうだし、まだまだ元気もありそうだ。
「???、??????。...????...??????」
(そうか、解らないよね。...ピギィは...あたたかいね)
レアは、ピギィを抱きしめてその温もりを感じている。
一度は、雨によって濡れてしまった身体だ。
冷え切った身体を温めるように、ギュッと抱きしめている。
「ピ、ピギィ?」
ピギィがレアの異変を感じ取る。
身体が震えていて、とても冷たい。
「???...???...」
(何だか...寒いね...)
レアは冷え切った身体のまま出歩いていたのだ。
天気雨だったので、雨自体は直ぐに降り止んだ。
ピギィを連れて歩いている内に服は乾いた。
だが、冷え切った身体で此処まで無理をして来たのだ。
「ピギィー!!」
ピギィが鳴くが、レアには届いていない。
目が虚で、意識が朦朧とし始めている。
「...?...?」
(...あ...い)
口も上手く動いていない。
ブルブルと震え、呼吸も荒くなっている。
身体の関節は痛そうで、全身が冷えているのに暑そうだ。
ピギィを抱き締める力が強くなる。
「ピギィ!!」
ピギィはとても苦しそうだが、どうする事も出来無い。
すると、突然、家の扉が開いた。
「何だ!?誰か居るのか?」
そう言って、右足を少し引きずりながら部屋の中に入って来た男。
年齢は若く見えるが、髭を生やし、小汚い格好をしている。
だが、身体は鍛えられており、腰には短剣を挿していた。
よく見ると、身体の至るところに切り傷が刻まれているようだ。
「おい!人の家で何してやがる!?」
男は怒鳴り声を上げた。
それはそうだ。
見知らぬ人物が、勝手に家の中に上がっているのだから。
しかも全身が泥だらけで。
「クソガキが!!そんな格好で!ふざけやがって!」
男は腰に挿していた短剣を取り出す。
怒りに身を任せて、子供を殺そうと短剣を構えたのだ。
「っ!?よく見りゃ...これは人間か?」
短剣を構えて子供をよく見た時、何処か違和感を得た。
耳が長くて尖っているし、その顔立ちは整っているもの。
「何だ...こいつは?それに、この生き物も?」
「ピギィ!」
ピギィはずっと鳴いていた。
だが、レアの反応は無く、寝たきりなのだ。
「こいつら...売れば金になるか?」
男は珍しいものを見て、それが金になるのではと考えた。
一人は、自分と見た目が少し違う作りをしている。
それが人間では無いのかも解っていないのだが。
奴隷として売ってしまえば、珍しい見た目からも良い金になるだろうと。
一匹は、今までに見た事も無い生き物だ。
鳴き声から、鳥に近いのだと推測はしている。
それならば、捌いて売れば金になりそうだと。
「これで、俺もちゃんとした生活が出来るかも知れねえな!」
どうやら男はギリギリの生活を送っていたみたいだ。
足も引きずっているので、仕方無いのかも知れないが。
「そうなると、今日はもう遅いか。まあ、見たところ動けなそうだから明日まではこのままにしておくか」
時間は既に夜を回っている。
その為、男は目の前の子供をそのまま寝かせる事にしたのだ。
どうせ動けないガキなのだと。
それに明日には、俺は大金持ちになっていると言う目先に欲に支配されて。
「...一応、足くらいは切り落としておくか?」
万が一、こいつらが居なくなれば売る事も出来ずに、金を手にする事が出来無い。
だが、こちらが何もしなければ、紅い鳥も鳴く事を止めていた。
それに、子供から離れる事も無かった。
「いや、傷付けたら安くなるか...奴隷は状態が良い方が高いからな」
奴隷にも等級が存在する。
奴隷の種類は四種類に分けられているが、その中でもランクは存在する。
やはり身体の健康状態や、五体満足の方が値段が良いのだ。
「明日が、たのしみだ」
「ニタア」と口を大きく開けて笑った。
転がり込んで来た、幸運を喜んで。




