053 彷徨いの精霊人①
季節は変わり、実りの秋。
この季節は昼が短くなり、夜が長くなる時期。
夏の暑さを乗り越えて涼しく爽やかな季節へと移ると、人の活力が回復し、活動が活性化される事で感受性が高まる季節だ。
食欲の秋。
運動の秋。
芸術の秋。
行楽の秋。
このように秋と結び付く言葉は沢山ある。
ただ気を付けなければならない事は、秋は“飽き”にも繋がる事。
何事もやり過ぎは注意となる。
此処は紅葉の美しい深い森の中、一箇所だけオアシスのように湖が広がる場所。
そこの湖の中心地には巨大な大樹が生えている。
だが、これは唯の大樹では無い。
まるで、高層ビルのように大樹の中は人が住まう居住地となっている。
此処に住まう人。
それは人間では無く精霊人。
精霊人は自然と豊かさを司る種族であり、人間とは違い一般的な寿命が存在しない。
肉体的な損傷が無ければ、永遠に生きられ続ける存在なのだ。
「...??????、???????????」
(...外の世界って、どうなっているのかな?)
大樹の中のとある部屋から窓越しに外を眺める子供。
部屋の中は豪華な装飾、高級感溢れる見事な調度品。
その着ているお召し物と合わせて、子供に身分の高さが伺える。
子供の視界は大空を見上げていた。
自由に飛び交う鳥。
気ままに流れる雲。
全てを照らす太陽。
どれもその子供にとっては眺める事しか出来無いものだ。
「??????、????...?????????????????」
(やっぱり僕も、このまま...ここから出ることは出来ないのかな?)
精霊人は長命の為、物事への関心が希薄となってしまう。
大体の者が、大樹の中で一生を過ごす事が当たり前なのだ。
中には関心が薄れずに好奇心から外の世界へと飛び出す者がいるが、それは極めて稀な存在。
“他の種族と関わると碌な事が無い”を経験している大人がそれを止めるからだ。
そして、この子供も外へ出る事を何度も大人に止められていた。
「??????、????(??)?????...??????????????」
(僕達以外にも、色々な人(種族)がいるのに...出会うことも出来ないのかな?)
籠の中の鳥。
狭い世界で生きる鳥は翼の使い方を知らない。
空の飛び方を知らない。
募る思いは「籠の外の世界がどうなっているのか?」と言う好奇心。
大人から押し付けられる価値観への反発心だ。
「??、??????????????...?????????????」
(僕も、何も知らないまま大人になって...そのまま死んで行くのかな?)
精霊人には定められた寿命は無いが、死は他の種族と同じように訪れる。
それは肉体的損傷を受けた時、又は精神的思考が止まった時に。
精霊人は精霊と言えど肉体が存在している為だ。
人間と比べて確かに能力は万能であるが、肉体を持っている為、人間と同じように怪我もするし、病気もする。
これは“人”である為に、逃がれられない定めだ。
そして、肉体的損傷よりも厄介な事が精神的思考の停止。
精霊人は長命の為、個体差はあれど人間よりも博識である。
だが、ある領域を超えた時、悟りを開いたように欲が枯れ果ててしまう。
物欲。
知識欲。
そして生きる為の活力。
すると、段々と思考が停滞してしまうのだ。
思考の停滞が始まると、肉体の維持も停滞して行く。
細胞の成長、活性、再生、その全てが徐々に。
やがて停滞は停止となって。
そうなると後は朽ちるだけの存在だ。
人知れず死んで行く精霊人は数知れず。
あの精霊人は居なくなってたと、後になって気付いたり、感じたりするそうだ。
ただそれも、他人に感心が無くなるので気にもしないが。
「??????...????????????...?????????」
(空を飛んだら...どう思うのかな?天使様は...本当にいるのかな?)
物事への関心がまだ強い子供は、他種族と同じように他人を羨む。
それは憧れの気持ちを増長させて。
そして夢見る幻想を心の中で抱いて。
頭の中の空想では自分に都合の良い、自由なる世界が無限に広がっているのだから。
「???。??、????????????」
(フフフ。また、そんな事を考えているの?)
そう言って窓の外から蛍のような光が飛んで来る。
その光は一直線に子供の傍へと近付いた。
すると、子供の周囲をグルグルと回り、その身から零れる光を撒き散らかす。
幻想的な緑の光が美しい。
「???、?????????????????????」
(だって、誰も外の世界の事を教えてくれないんだもん!)
子供は驚きもせずその事が当たり前だと光へと返事をした。
頬を膨らませて「ムスーッ」とした態度で。
その姿は怒っている筈なのに何処か可愛い。
「????。???????????????、????????????????」
(はいはい。レアは外の世界を気にするよりも、自分の事を気にした方がいいわよ?)
蛍のような光は自分がレアと呼んだ子供の頭の上へと降り立つ。
そして動いていた光が止まる事で、ようやくその姿を捉える事が出来た。
蛍のような光の正体は風の精霊。
俗に言うシルフだ。
「??????????????」
(えっ?自分の事ってどうして?)
どうやら本人はその事を解っていない。
もしくは気付いていないだけかも知れないが。
「?????...??????????????」
(だってレア...まだ魔法が使えないでしょう?)
精霊人は肉体的能力も、魔法能力も、身体的特徴も人間よりも優れている。
肉体的能力は長命と言う事もあり、人間よりも魂位が高い。
その為、付随して身体能力が向上しているのだ。
魔法能力は精霊人に精霊と言う文字がある位、魔力に愛されている存在。
それは自身に内包されている魔力も、空気中に自然と存在する魔力も、どちらも存分に扱えるの程に。
身体的特徴は男女共に見目麗しい姿をしている精霊人。
それはこの子供も同じ。
宝石のように燦々と輝く翠髪翠眼。
芸術品のようにその全てを愛でたくなる程に。
ただどうやらこの子供は魔法が使えないみたいだが。
「?!?...????????????????!????????????????!」
(っ!?...それは今練習しているところだもん!すぐに使えるようになるはずだもん!)
他種族を合わせても魔法を使わせたら精霊人の右に出る者が居ない程圧倒的。
ただそれはあくまでも初期値であり、精霊人の特性だ。
これは魂位の上昇によって簡単に覆す事は出来るのだが。
そしてそんな事を知らないレアは「なんでそんな事を言うの?」と怒る。
どうやら魔法が使えない事を本人が一番気にしているらしい。
「????。???????、?????????????、????????????????????????」
(はいはい。そう言ってから、もうどれ位経っているの?皆、レアと同じ位の歳には魔法が幾つも使えていたわよ?)
個人を他人と比べている意地悪な物言い。
もしかしたら、この会話をそのまま聞いていた人にはそう聞こえるかも知れないが、風の精霊は決して相手を傷付ける為に言っている訳では無い。
皆と違うからこそ、逆にレアの事を心配しているのだ。
どうして使えないのかと。
「???!?」
(それは!?)
感情が高まり相手の言葉を遮るように、腕で振り払いながら声を荒げた。
だが...
その後に続く言葉がどうしても出て来ない。
人に当たっても解決しないからだ。
憤りの無くなった腕をそっと胸の前に戻し、下を向いた。
「...??、?????????...???、??????」
(...でも、魔力はあるんだよ?...それも、人よりも多く)
やるせない感情。
魔法を使う為に必要な魔力はレア自身存分に所持している筈なのに、うんともすんとも発動しない魔法。
その理由が解らないのだ。
「??。???...????????」
(ええ。そうね...良く知っているわ)
レアが努力している姿を目の前で見てきた風の精霊。
魔法を行使するのに必要な魔力は足りている。
正しく呪文を詠唱すれば誰だって発動出来る魔法が、何をしても発動出来無いと言うもどかしさ。
その事で、今の今まで苦しんで来たのだ。
レアがその事を知る以前に魔力測定をした時、レアが有する魔力量の多さに将来を期待された程。
精霊人の国に唯一ある魔力測定器の結果では確かに神童だったのだ。
そう。
“された”、“だった”という事は過去形なのだ。
それが意味する事は今ではレアが期待されていないと言う事を表している。
しんみりとしてしまった二人。
これは自分達ではどうしようも出来無い事を知っているからだ。
「???????...??????、??????????」
(ねえシルフィ?...空を飛ぶって、一体どんな感覚なの?)
風の精霊はシルフィと呼ばれていた。
どうやらそれが名前らしい。
レアは今の嫌な空気を変える為に違う話を切り出した。
「?...??」
(空...を?)
風の精霊は当たり前のように空を飛べる。
それは人間が呼吸をするのと同じように、ごく当たり前に。
「??。??。??????...????????????」
(そう。空を。空を飛べれば...ここから出られるでしょ?)
レアは窓の外を通して、国の外を見つめて何かを思案している。
知らないものへの憧れ。
それは者なのか?
それは物なのか?
はたまた大樹と言う籠に押し込められた抑圧から自由を求めての行動か?
それとも自分の力で歩き出す為の行動か?
シルフィはその問いに答える事が出来なかった。
「...」
場所は精霊人が住う森から変わって、領都イータフェストの街の中。
舞台は木造で出来た建物。
その建物の中では、何やら一生懸命に説明をしている人物が。
「...以上で冒険者登録の完了となります。こちらのカードは先程ご説明した通り、くれぐれも無くさないで下さいね?それでは...ようこそ冒険者へ!」
受付の女性が丁寧に対応してくれた。
これで晴れて僕達の冒険者登録が完了したところだ。
「うむ。これで今後、正式な依頼を受けられるようになったな?」
メリルが僕達に向かってそう伝える。
これは僕が望んでいた事で、冒険者としての活動をようやく始める事が出来たのだ。
どうやら冒険者のルールや特性はゲーム時代と同じもの。
但し、G〜Aランクまでの七段階に設定されており、Sランクの等級が無くなっていた。
(...何故、最高ランクがAランクなんだろう?ゲーム時代との相違?)
最高ランクがAランクまでになっている理由は解らないけども、僕達は規定通りGランクからのスタート。
だが、これからは依頼を達成する事で報酬を受け取る事が出来るのだ。
教会や孤児院の暮らしをより良くする事が出来るのだ。
「まさか、俺が冒険者登録をするなんて!」
ギュンターは「信じられない!」と言った様子。
天を仰ぎ、感慨深げにその事を噛み締めている。
スラム出身者と考えれば、冒険者と言う立場に死なずに就けるだけで成功者となる。
活躍出来るかは本人の力量次第だが。
「ルシウス!これで私たちも冒険者だね!」
さくらは初めて見る冒険者カードを嬉しそうにマジマジと覗いている。
何故か、変わり映え無い筈の僕のカードと交互に見比べて。
僕には聞こえない小声で「ルシウスとお揃い」と喜びながら。
「ルシウス?それで、これからどうするのだ?早速、依頼を受けるのか?」
僕の真正面に相対しているメリルが、今後の方針を伺った。
将来の事を見据え、活動の幅を広げる為に冒険者登録をしようと皆を誘ったのが僕だからだ。
「メリルさん。今日は冒険者登録と依頼内容を確認しに来ただけです。それに現状、受けられる依頼は時間が掛かる物しかありませんから」
僕達は登録したばかりで、まだ最低ランク。
受けられる依頼も、買い物代行と部屋の掃除、庭の草刈りと言った雑務程度なのだ。
(ゲーム時代と同じで昇格には飛び級が無い。昇格には必ずランクに応じた規定の依頼達成回数をこなさなければならない...)
最低ランクである僕達は一度に受けられる依頼は一件まで。
だが、それは上記した個人依頼では無く、ギルドに常設されている依頼内容を最初から理解していれば短縮する事が出来る。
そうすれば、簡単に依頼達成回数を増やせるのだ。
(それだったら、面倒で時間の掛かる個人依頼を受けるのでは無く、ギルドに常設されている採集依頼を達成していく方がスムーズに昇格出来るんだよね)
個人依頼で買い物代行を一件受けたとする。
これは大まかな時間経過数値だが、ギルドで依頼を受けるのに五分。
依頼主の下へと訪れるのに一〇分〜。
こちらは依頼主の場所によって時間が変動。
依頼主に依頼内容の話を聞く一〇分。
実際に目的の物を買い物に行くのに一〇分〜。
目的の商品を購入する店までの距離によって時間が変動。
買った商品を依頼主の下へと運ぶのに一〇分〜。
購入後、依頼主の下へ戻るのに距離によって時間が変動。
そしてギルドへの報告一〇分〜、依頼完了手続き五分だ。
これは最短の時間で想定しているが、早くても一時間の計算。
だが、わざわざ依頼に出す程の買い物代行だ。
依頼主の住居が辺鄙なところにあるか、自分では買いに行けない物を頼む内容が普通。
物によっては日にちを跨ぐ依頼も。
他の依頼も同様だ。
その為、結局一日に受けられる依頼は一〜二件となる。
(その点、常設の採集依頼なら予め目的の品を多めに用意しておけば、その納品量に合わせて依頼を複数回達成した事になるからね)
例えば、採集依頼の目的の品が薬草だとしよう。
常設の依頼達成条件が“薬草五個の採集(ギルドへの提供)”としていたのなら、予めその倍数所持していればその倍数分依頼が達成出来ると言う事だ。
その目的の品さえ確保出来ればだが。
(ただ、ギルドのランクも、依頼内容もだけど...ゲーム時代と比べると...劣化している?)
劣化。
最低ランクの依頼内容はそこまで変わっていないが、上のランクで受けられるようになる討伐依頼など、明らかに対象とのランク設定が緩くなっているのだ。
そもそも国や街にポーションが普及されていない。
回復魔法の存在も認知されていない。
そのせいか、討伐依頼の難易度が低くなっているのだろう。
そしてそれは採集依頼も同様に。
先程例に上げたが、薬草のような回復アイテムが設定されていない。
これは回復魔法同様に薬草自体認知されていないのだろう。
ただ商業ギルドとは提携しているので、採集依頼は食材採集となっている。
(まあ、それのお陰で、依頼が余計に楽になっているんだろうけど)
通常ならその食材も採集するのに困難を要する物。
数を集めるとなると尚更だ。
だが、僕達には恵みの森と言う食材の宝庫がある。
(常設依頼の内容は全て確認してある。全て恵みの森で入手出来る食材だ。恵みの森に行く事は変わらないけど...ギルドダンジョン。ようやく入る事が出来る!)
僕はギルド拠点(教会)でコツコツと魔力を奉仕して来た。
それはギルド拠点を拡張する為に。
そして昨日、ようやく念願のダンジョン作成が完了した。
ダンジョン作成後に山の麓を確認したところ、まだ一階層だけの低位なダンジョン。
どうやら今後階層は麓の一階層から下に降りて行くダンジョンみたいだ。
(ダンジョン内で魔物を倒せば、ギルドコアに魔力は貯まるし、僕達の魂位も上げられる!)
まさに一石二鳥なのだ。
場所が恵みの森のある裏山と考えれば、依頼品の採集も出来てそれ以上の一石三鳥となるのだ。
「なので、今日これからする事は恵みの森がある裏山へと行きます」
皆が僕の話に耳を傾けている。
「それは、これから...訓練するって事か?」
ギュンターが裏山と聞いて、直ぐ僕に疑問をぶつけた。
それも声が少し震えて。
「訓練と言えば訓練となりますが、個別訓練ではありません。これはギルド依頼を含めた行動です。...詳細は道中に話しますね?」
メリルは「うむ。私達のリーダはルシウスだ!」とその方針に問題無く了承する。
ギュンターは「ふーっ。良かった...個別訓練じゃ無いなら一安心だ」とホッとしている。
いつも怪我のしない範囲でコテンパンにされているから、安堵したのだろう。
さくらは「訓練、頑張るね!」と拳を握る。
自身の魔力操作、戦闘技術が向上している事を実感しての言動。
もう二度、熊に襲われた時のように何も出来無いのは嫌だからと。
「では、特に準備する物はありませんが、万が一の為、目的地の道中で“ある物”を採集したいと思います。では、行きましょうか?」
僕は皆の顔を見渡す。
「うむ!
「おう!」
「はい!」
それぞれがハッキリと返事を返した。
目にはギラギラと光が込められて。
ダンジョン探索、とても楽しみだ。
「??????????????」
(シルフィ?天使様っているの?)
精霊人の子供レアが風の精霊シルフィに尋ねる。
その表情は何処か曇りながら。
「???...??????????、?????????????????」
(そうね...私は見た事が無いけど、風の精霊王は見た事がある見たいよ?)
顎に手を重ねて悩みながら答える。
それは自身の記憶を辿るように。
「????????...?????????!????????!」
(風の精霊王様が?...やっぱりそうなんだ!天使様はいるんだ!)
レアは顔の表情が晴れ、期待に胸膨らむ。
自分が想像していた人物が、伝記上の伝説となる人物が存在する事を知って。
「??...???、?????????????」
(レア...でもね、それは随分昔の事みたいよ?)
シルフィはレアの思いを否定する訳では無いが、今では不確かな事だと伝える。
その表情が少し悲しげだ。
「??????????、?????????????」
(現に他の種族は見ても、天使は見た事が無いでしょ?)
シルフィはこんな形をしているが、こう見えても何百年と生きている。
精霊人と同じ長命である風の精霊でも、天使は見た事が無かったのだ。
「??...???????????????????????...」
(僕は...ここから出た事が無いから他の種族も見た事ないよ...)
レアは居住地である大樹から外に出た事が無い。
精霊人と風の精霊にしか会った事が無い。
「?????、????????????。????????????????????????」
(そう言えば、レアはまだ五歳だったわね。どうも長く生きていると時間の感覚を忘れてしまうわ)
シルフィは「そう言えば、こないだ...」と言って何年も前の話をする事は多々ある。
その出来事がいつだったのか、何年も前の話なのか、ゴチャゴチャに成る程、時間の感覚が全く違うのだ。
「??、????????????。???...??、?????????????」
(もう、シルフィは相変わらずだね。じゃあ...今は、もう天使様はいないのかな?)
フフッと笑ったレア。
だけど、一度上がったテンションが急激に冷まされたようだ。
眉が八の字に下がって、天使の存在を確認する。
「?????????????、????????、??、?????????????????????」
(さあ?どうなのかしら?でも、天使がいたとして、もし、レアが天使に出会えたらどうするつもりなの?)
存在については否定しない。
シルフィはその答えが解らないと言う事もあるが、逆に質問する事ではぐらかした。
「?!????!?」
(え!天使様に!?)
想像だけで嬉しくなるレア。
それ程切望しているのかも知れないが。
「??????...?????????????!?????????????!」
(そうなったら...ここから連れ出して欲しいな!僕を連れて空を飛んで欲しい!)
目がキラキラと輝く。
大樹と言う狭い世界から抜け出す憧れ。
自由になりたい、空を飛び回りたいと言う願望。
「???。???????????」
(フフフ。全くレアはそればかりね)
いつも同じ事を話すレア。
望みは変わらないその思い。
シルフィは少し呆れるように、でも愉快に笑った。
だけど表情が一瞬でにして曇る。
「?????????????????????...」
(私が力を貸せればそうしてあげたいのだけれど...)
言葉に詰まってからは悲痛な表情を浮かべる。
シルフィが風魔法を使えば此処から連れ出す事は出来る。
だけど、それは出来ずにどうにもならないみたいだ。
「????。?????。??????」
(シルフィ。大丈夫だよ。僕頑張るから)
子供の表情では無い。
五歳児といえばもっと無邪気な、笑顔に溢れる年代。
それなのにレアの表情は憂いを含む作れれた笑顔。
我慢をして、我慢をして、我慢をする事で出せる表情だ。
「??、???????」
(レア、ごめんなさいね)
シルフィが謝る。
子供にそんな表情をさせた上で、そんな言葉を言わせてしまったから。
その時、窓から太陽の日差しが差し込んだ。
「???????????。??...????????????????????。???...????????」
(あらっ?そろそろ時間ね。レア...魔法が使えなくても私はずっと一緒にいるわ。だから...無理しないでね?)
「??。?????、????。???、???」
(うん。大丈夫だよ、シルフィ。じゃあ、またね)
レアは痩せ我慢をしている。
膿み始めた心の傷を覆い隠すように。
そして自分の感情に蓋をするように。
「??。???」
(ええ。またね)
シルフィはこの時、レアと別れた事を後悔する。
それは一時的なものなのだが、何故この時このまま別れたのだろう?と。
レアの悲しい表情が脳内に記憶され、いつ如何なる時もループして。
止められない涙で頬を濡らす事となって。
(僕は何故ここにいるんだろう?それに、精霊人なのに魔法が使えないのは僕だけみたい...何故精霊人で生まれたんだろう?何故僕は生まれたんだろう...)
考えれば考える程、卑屈になってしまう。
結局は自身の世界も極端に狭いのだ。
周りを知らない。
他の種族を知らない。
他の国を知らない。
その狭い世界で優劣をつけ、自分は劣っているのだと自信を持てない。
(いっその事窓から飛んだら...)
窓から身を乗り出して外を眺めた。
かなりの高さがある。
飛んだら間違い無く死ねるだろう。
どうやらレアは死が怖く無いみたいだ。
それは生きる楽しさを知らないから。
死ぬと言う事を勘違いしているから。
死ねば心の痛みも、身体の痛みもリセットされ、現状から解放されるのでは無いかと。
それは死と言う意味を、概念を軽く捉えているから。
そして少しでも楽な方へと逃げ出したいからだ。
(...あれっ?...あれは何だろう?...穴?)
窓の外を眺めていると、窓の直ぐ下の枝分かれした幹部分には空間が揺らいだ、全貌が何も見えない穴があった。
深く、暗い穴。
飲み込まれたら逃げ出せそうも無い穴だ。
「????????????????????????」
(何だろう?あの穴は?どこかに繋がっているのかな?)
直感も侮れない。
まさか見ただけで答えに辿り着くとは。
だが、本人はまだ解っていない。
「...???????????」
(...何か入れてみようかな?)
部屋の中から必要の無さそうな物を探す。
丁度机の上には木で作られたコップがあり、飲みかけの水が入っていた。
レアはそのコップを手に取り、穴の中へと中身の水だけを投げ込んだ。
「??!...??!?????????」
(えい!...うそ!水が消えちゃった?)
穴に投げ入れた水は瞬時にその姿を消した。
その時、穴の下の木にぶつかる音や、穴の中を落ちると言う音を全くさせずに。
「???????????????...?????????????????????...???????」
(何だろう?落ちるって言うよりも...消えてしまった?他に何か入れてみようかな?...コップでいいか)
キョロキョロと周囲を見渡したが、手に持っているコップが目に入った。
そのまま衝動的にコップを穴へと投げ込んだ。
やはり音を立てずに、瞬時に消えて無くなった。
「??!??????????!」
(凄い!やっぱり消えちゃった!)
その事が面白かったのだろう。
そして単純な興味本位だ。
自分がその穴に入ったらどうなるのか?
その好奇心が、先程までの投げやりの感情が、レアの行動へと移させた。
気付いたら窓からを身を乗り出して、樹をその身体一つで降りながら、その穴へと向かっていた。
「?????????????」
(どこに繋がっているのかな?)
そう最後の言葉を言い残して。
穴の近くに辿り着くや否や、躊躇もせずその穴へと飛び込んだ。
「エイッ!」と湖の中に飛び込むように鼻を摘んで。
その日レアは、部屋に靴だけを残して、精霊人の王国から姿を消した。
「では、心の準備は良いですか?」
僕は皆に聞いた。
今はもう裏山の麓。
道中に僕の真意をメンバーに説明してダンジョンに潜る事を伝えた。
「私は、問題無い」
どうやらメリルやギュンターはダンジョンに入った事があるらしい。
僕はメリルの過去を知らない。
それは気軽に聞ける事では無いから。
僕が知っている情報は奴隷と言う身分で、アナスターシアに付き従っている事位か?
剣が得意で、戦闘経験もある騎士のような人物だが。
「ああ!俺もいつだって大丈夫だ!」
両拳を胸の正面でぶつける。
「バチーン(ガキーン?)」と物凄い音をさせて。
...痛く無いのかな?と頭の中で思わされた。
ダンジョンの探索はギュンター達が生きて行く為に必要だったらしい。
それはダンジョンの遺物が高額で取引されるから。
腕っ節に自信のあるギュンターには正に打ってつけの仕事だったらしい。
冒険者登録をしていない為、無理矢理抜け道を探して取り引きしていた為、かなりの足下を見られていたらしいけど。
ちなみにギュンターの着ている革ジャンもダンジョンの遺物である。
一目惚れで、一番のお気に入りらしい。
感情的で、直情的で、単純なギュンター。
でも嘘が無いギュンターは本当に格好良い。
「大丈夫...」
魔物と聞いて想像が出来無いさくらは不安だろう。
未だに動物も殺した事が無いのだから。
生きる為に必要な屠殺。
それは敢えて僕が見せなかったし、やらせなかった事。
だけど頭では理解しているようだ。
動物を殺して、そのお肉を食べさせて頂いていると言う事を。
覚悟は出来ている。
後はそれを経験するだけ。
(何かあれば僕が護る。だけど、さくらの意思は尊重して)
護られるだけの存在は嫌だと否定した。
自分の手で自分を守り、自分の力で相対する。
その為に僕に個別訓練を申し込んで、鍛える事を始めたのだ。
「もう...負けたく無いから」
負けたく無い。
静かな物言いだが、言葉の裏にはメラメラと燃え上がる炎のように熱い思いが込められている。
その言葉は相手に対して、自分自身に向けての言葉であり、更にはやり遂げると決めた事への覚悟でもある。
この意思の強さに考え方、僕が言うのも変だけど子供には見えない。
「人生何周目?」と感じてしまう程。
心の強さを持ち合わせたさくらに僕も負けたく無い。
「途中で薬草も入手しましたし、では、ダンジョンに行きましょうか?」
僕が道中の途中で入手したかった“ある物”。
それは薬草だ。
これから向かう場所は一階層だけの低位のダンジョン。
だが、相手は魔物なのだ。
気を抜けば怪我を負う事もあるし、殺される事だってある。
少しでも対策出来る事は準備をしたい。
皆の表情も覚悟を決めた面持ち。
「ええ!」
「おう!」
「うん!」
これは成果の期待が出来る、良い表情だ。
さて、ダンジョン探索を。
いや、魂位の上昇を目指して頑張ろう。




