表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
53/85

052 棄てられた奴隷と貧民窟⑩ ~恋は唐突そして盲目~

「どうして、こうなったんだろう?」


 物思いに耽り、黄昏れている人物がそこに居た。

 どうやら何かに悩んでいる様子。


「はあ...」


 何を隠そう、その人物とは僕。

 ルシウスである。

 何故こんなに悩んでいるかと言うと、その理由は個別訓練に新しい人物が加わった事。

 単純に個別訓練の対象が増員しただけの話ならば良かったのだが、そんな単純な話では終わらなかったのだ。

 新しく個別訓練に加わった人物が固有戦技の使えるギュンターだったから。


「まったく、ややこしくしないで欲しいよ...」


 それは遡る事、数日前の出来事。

 ギュンターに仕事を教える為、教会に招待した時、その出来事が起きた。


「ルシウス!あの綺麗な女性ひとは誰だ!?」


 ギュンターはメリルに一目惚れした。

 心を奪われたその瞬間、目の前の光景が切り取られた写真のように、決して色褪せない思い出のように、記憶に完全保存された。

 それは記憶の中に心のアルバムと言うものが出来上がり、何時如何なる時でも、その光景を瞬時に思い返せるように深く刻まれて。

 この時ギュンターは人生において、初めて胸の高鳴りを感じたそうだ。

 普段思った事も感じた事の無い感情が、他人を女性として意識した瞬間、自分では抑る事が出来無い情熱が言葉として漏れ出てしまって。

 

「ギュン...ター??」

 

 僕は人が恋に落ちる瞬間と言うものを目撃した。

 その人の価値観が一八〇度変わり、言動、態度、心情(信条)が豹変する様を。

 だが、この時の僕は恋というものがどう言ったものなのかを理解していなかったが。


「ルシウス...あの女性ひとの名前を教えてくれないか?」


 メリルに心を奪われているせいか、僕の方を一切見向きもせずに聞いて来る。

 その時に僕は初めて目の前の現象が、これこそが目を離せない状況なのだとギュンターから教わって。


「えっ!?あのひとって...メリル様の事ですか?」

「メリル様...素敵な名前だ...」


 名前が解ると即座にその場で口だけを動かして復唱した。

 ギュンターの頭の中で反芻する思い人の名前。

 完全に陶酔状態トリップしている。

 だが、僕が言った言葉を繰り返していると、ふと、ある事に気付いた。

 

「えっ!?...様、だと!?」


 目の前の女性を様呼びする僕。

 それは僕よりも目上の立場を意味する。


「まさか...ルシウスよりも強いのか!?」


 「ゴクッ」と生唾を飲み込んだ。

 自分を倒した相手が様呼びをする人物。

 一体どれ程の人物なのかと怯んでしまう。

 だが、ギュンターは自分の思いを貫いた。


「立ち振る舞い...風格...どれも極上のものだ」


 ギュンターが見ているものは戦士としての力量のみ。

 決して淑女としての嗜みでは無い(メリル自身元貴族と言う事もあり、言動こそらしくないが所作は美しいものだが)。

 そもそも嗜みなど、スラム街出身のギュンターに解る訳では無いのだから。

 そんなこんなでギュンターが慌てふためいていると、逆にメリルがこちらに気付いた。


「おお!ルシウス、待っていたぞ!今日の訓練で見て欲しいものがあるのだ」


 メリルは個別訓練を始めてから積極的に強さを追い求めている。

 それは戦技アーツの練度だったり、新たな戦技アーツの習得に向けて。


「前回の模擬戦で、ルシウスの動きから着想を得たのだが...」


 そこでようやく、自分の知らない人物がそこにいる事に気付く。

 すると、一瞬で表情が切り替わる。


「これは大変失礼致しました。お客様が居る事を忘れて勝手に舞い上がってしまいました」


 砕けた態度は一切無くなり、とても丁寧なお辞儀。

 その所作の美しさに目を奪われてしまう程に。


「私はメリルと申します。お二人の邪魔をしてしまい大変申し訳ありませんで...」


 謝罪を全部言い切る前にギュンターが言葉を遮る。

 その勢いのままメリルの両手を取り、感情を爆発させて。


「何て美しい女性ひとなんだ!!生まれてこの方、神なんか信じちゃ来なかった!だが、今日此処で、この場所で!!神が居ると言う事をハッキリとこの目で確認した!!それも地上に舞い降りた女神を!!」


 ギュンターの熱量が凄い。

 思わず呆気に取られてしまう僕とメリル。

 何が起きているのか理解出来無い程に。


「メリルさん!!俺と結婚して欲しい!!」


 ギュンターはこうなった今でも神を信じている訳では無い。

 何時だって困難を切り開いて来たのは己の力だけだから。

 だが、自分の中で初めて、神を崇拝するにも近しい感情を認識した。

 そしてこの女性ひとこそが自分の全てを捧げるべきだと。

 結婚に至るまでの過程を全てすっ飛ばして、直に結婚と言う形に飛躍させて。


(...結婚?)


 僕はこの時に初めてその言葉を聞いた。

 元の世界では施設や病院に引き篭もりの生活。

 この世界では皆で生きる事に必死の生活。

 未だに恋愛の“れ”の字も理解していない。

 すると、即座にプロネーシスが僕に解るように教えてくれた。


『マスター。結婚(婚姻)とは男女が生涯を共にする契約の事です』

(契約...?それをしないと男と女は一緒に居れないの?)


 僕には生まれた時から両親が居なかった為、結婚と言うものが解っていない。

 男女が生涯を共にするのに契約が何故必要なのかも。

 そんな事をしなくても一緒に居れるのでは無いのかと考えて。


『そんな事はございません。ですが、結婚(婚姻)とは、男女が社会的に結合承認を得た関係を表します。お互いが一つの家族になる事で家庭を支え合う関係であり、対外的に手出しの出来無い関係の事です』

(う〜ん。何だか難しい気がするな...家族って、教会や孤児の皆もそうじゃ無いの?)


 家族の形も正確に認識していない。

 血の繋がりの無い僕達が一緒に暮らしている事も家族なのでは無いのかと?


『家族で間違いは無いと思われます。結婚自体も、あくまでも形式上の契約なので結局はその人の行動、意思次第だと思われます』

(ギュンターにはそれが必要って事...?いや、それがしたいって事か)


 結婚を宣言する。

 それは相手に自分の意思を伝える事。

 生涯、貴方だけと一緒に居ると言う事を。


(宣言する事で相手への意思表示、もしくは誓うって事になるのか...ギュンターはメリルとそう言った関係になりたいって事か)

『はい。マスター。お互いの想いが一致すれば、正式に婚姻関係となります。但し、法律の違う他国や他種族、この国の貴族には適応外ですが』


 またややこしい話が出て来てしまった。

 僕は恋愛も結婚も解っていない。

 両親が居ない為に夫婦と言う関係も解らない。

 この先の話は今の僕では理解する事も、実感する事も出来無いので、これ以上話を広げる事を止めた。

 そして再びギュンター達とのやり取りに耳を傾ける。


「なっ!?何を言い出すのだ!急に!?」


 メリルはいきなりの宣言に動揺している。

 だが、人生初めてのプロポーズをされたのだ。

 今までに見た事が無い位、顔が真っ赤に茹で上がっていた。


「メリルさんを一目見た瞬間、貴方の全てが欲しいと思った。それは嘘、偽りの無い正直な俺の気持ちだ。突然の事で驚くのも無理は無い。俺自身も自分の行動に戸惑っている...だが!!今日この日まで自分の直感を信じて此処まで来たんだ!!」


 ギュンターは感性の人間。

 それは言葉や知識を知らない事もあるのだが、自分の直感だけを信じて生きて来た人間だ。

 この女性ひとが自分の全てを捧げるのに相応しいと。


「...私にそう言って頂ける事は光栄だ。でも、私は貴方の事を何も知らない。それに私よりも強い相手で無ければそう言った関係にはなろうと思えない」


 メリルは真面目だ。

 普通なら、見ず知らずの相手からの言葉など無視してしまえばいいものを、その知らない相手にも真摯に応えている。

 だが、その掴まれた両手は振り解いて、対人距離パーソナルスペースを確保しようとする。


「それなら自信がある!!俺は腕っ節一つで此処まで生きて来たのだから!!」


 ギュンターが更に前に出る。

 その両手を逃さずメリルを離さない。

 ギュンターにとっては一世一代の大勝負。

 此処が運命を左右する分岐点だと確信して。


「なっ!?...ルシウスゥ...」


 メリルがその勢いに何も言い返せない。

 ただただこの状況を打破する為に、涙目になりながら僕に助けを求めた。


(メリル様が...困っている?)


 僕はこの状況自体が全く未知の経験。

 どうすれば良いのかも皆目検討が付かない状態だ。

 だが、メリルが困っている事は事実。

 それに今日はこれからギュンター達にやって貰う仕事を見せる為に来て貰っているのだ。


「...ギュンター。取り敢えずその手を離してあげて?」


 僕がそう言うと「くっ!ルシウスに言われたのなら...」と渋々手を離した。

 メリルは掴まれていた両手を胸の前へ持って行き「ホッ」と胸を撫で下ろした。

 「ルシウスありがとう」としおらしく上目遣いで言って。

 普段のメリルを知る者ならば全員がこう思うだろう。

 「いやこの乙女は誰!?」と。

 一方ギュンター達の掟は絶対で、一番強い者に決定権がある。

 弱い者が淘汰されて行くスラム街で、唯一生き残って来た方法が強い者に引っ張って貰う事だったから。


「ギュンター。今日は仕事を見て貰う約束だったでしょ?」

「確かにそうだ。だがよルシウス。此処だけは譲っちゃいけねえ気がするんだ。俺にとって今後の人生を左右する事だからよ」


 分岐点。

 ゲームでは無いが、人生には行動によって未来が変わる選択が度々出現する。

 あの時こうしていたら?

 此処でこうしていたら?

 その行動によって無限に枝分かれする未来や可能性。

 自分が後悔しない為にも、選べる未来をより良いものにする為にも、今この時の選択がそうなのだと。


「メリル様。ギュンターはこう言ってますが、メリル様はどうしたいのですか?」


 ギュンターの言い分は真っ直ぐ熱過ぎる程に良く理解した。

 だが、これは一方的な思いだ。

 プロネーシスの説明を聞けば、結婚には“想い”が一致する事が必要らしい。

 双方がお互いの事を思い合う事で“想う”だから。


「私は...見ず知らずの相手とは、けっ、結婚など考えられ無い」


 メリルは結婚と言う言葉を発言する事自体恥ずかしいみたいだ。

 その部分は言い淀んでしまい、周りに聞き取れない程の小声だったから。


「...それに私には目的がある!そんな事に構っている暇は無いのだ!」


 メリルが強くなりたい理由。

 そこに全てが集約されていた。

 人生の全てを懸けて倒したい相手が居るのだと。


「じゃあ俺にも手伝わせてくれ!俺の事を知らないならこれから知れば良い!目的があるなら達成を目指せば良い!その為に俺を利用して貰っても構わない!!」


 此処で駄目なら、メリルとの関係が望めないなら、ギュンターにとっての生き甲斐は無くなる。

 メリルを見て一目でそう思えるギュンターの感性が飛び抜けているのだが。


「!?...ルシウスゥ」


 本日二度目のメリルの困り顔。

 僕が転生をしてから五年程経っている。

 だが、メリルのこんな表情は一度も見た事が無かった。


「メリル様...それでしたら何か条件を付けてみれば良いのでは?」


 僕が出来る事は提案する事だけだった。

 ただこの提案が僕を苦しめる事になるのだが。


「条件を...付ける?」


 メリルが思案する。

 すると、「!?」と何かに気付いたようにニヤリと片方の口角を上げた。


「ならばだ!!そこまで言うならルシウスを倒せる程強ければ考えても良いぞ!!」


 そう。

 僕がメリルに提案をした事が間違いだったのだ。

 ギュンターが絶対に達成出来無いだろう条件を解った上で提案したのだ。


「ルシウスをだと!?くっ!?...そんな無謀な事があるのか...?」

「ああ!!それが出来た時には貴方との、けっ、結婚を真剣に考えよう」


 無理難題を提案した上で、考えようと言う曖昧な言葉ではぐらかす。

 最初から結婚など考慮しませんよと言った狡賢い対応だ。

 

「...解った」

「おお、解って頂けましたか。では、今回の事はお互いに忘れて...」


 恋は盲目と言ったものだ。

 ギュンターにはその過酷な条件さえ、一筋の希望があるのだと目を輝かせて募る意思を漲らせた。

 切り抜けたと勘違いしているメリルを嘲笑うように、更なる意思表明をして。


「ルシウスを倒せば、俺を認めてくれるのだな?ならばする事はただ一つ!ルシウス勝負だ!!」

「えっ!?」


 メリルが想定していた反応では無かったようだ。

 目をパチクリと瞬きさせて、口を開けたまま驚いている。

 いやいや。

 そうしたいのは僕の方だよ。

 これだと完全にとばっちりじゃ無いか。

 「はあ...」と溜息が一つ。

 そして冒頭へと戻るのだった。


「どうして、こうなったんだろう?」


 それからは何かと託つけてギュンターが教会に訪れるようになってしまった。

 その度に「ルシウス!勝負だ!」と迫って来て。

 それはもうほぼ毎日の事で、ギュンターの顔を見る事さえ嫌気が差してうんざりする程に。

 メリル。

 絶対に許さないぞ。


「はあ。またギュンターと勝負か...どうして負けると解っているのに毎日挑んで来るんだろう?」


 最初は勝負と言う事もあって相手の思いを尊重し、手加減ありきだが、真面目に立ち会っていた。

 だが、回数を重ねる毎にギュンターの身体はどうしても負傷してしまう。

 幾ら傷だらけになっても、血だらけになっても、それこそ毎日挑んで来て。

 いつの間に人間を超越したのか、それとも退化してしまったのか?

 ゾンビのようなその姿に戦慄する程に。


「どうしたものか...力加減もこれ以上する事が出来無いし、このままだとギュンターの身体が壊れてしまうよ...」


 訓練とは言えど、これでは一方的過ぎて唯の暴力に成り下がっている。

 流石にこれ以上の戦闘は無事では済まない。


「何かいい方法が無いか...」

『マスター。それでしたら、マスターの方からも条件を指定してあげれば宜しいのでは無いでしょうか?』


 現状を見かねたプロネーシスが助言をくれる。

 ギュンターが毎日挑んで来るのはメリルに認められる為。

 その条件が僕を倒す事だから。


「条件の指定?」

『はい。マスター。ギュンターが毎日挑んで来る理由はメリルが指定した条件の為。マスターを倒す事が前提だからです。では、その条件を実行する為にもう一つ別の条件を加えて見れば如何でしょうか?』


 成る程。

 これを討伐依頼に例えるならば、依頼の目的が僕の討伐。

 報酬がメリルとの人間関係(友情?恋愛?婚姻?)。

 そして現状、その依頼は誰でも受けられるようになっている事だ。

 依頼を受ける為にプラスで条件を指定させる事で振るいに掛けるように、何か一つ条件を加えてやれば良い。


「そうか。なら、この原因を作った本人に全ての責任を取って貰おう」


 僕は久しぶりに笑った。

 今まで溜まった鬱憤を晴らすように、募った怒りを解放するように。


「と言う事で、ギュンターにメリル様。僕に勝負を挑めるのはメリル様に勝負で勝ったその日だけ。今後それ以外では一切ギュンターとの勝負を受け付けない。これはギュンターのボスとしての命令であり、メリル様の師匠としての指導。拒否する事は構わないが、その場合今後はチームとしてのボスの責任も、師匠としての訓練指導を行わないものとします」

「な!?ルシウス!何を言っているのだ!?」


 最初にこの内容に食って掛かって来た者はメリル。

 自分がなるべくギュンターと関わらくて良いようにと無理難題を叩きつけ、僕に勝利する事を条件付けた筈なのに、これでは思いっきり関わりを持つ当事者だ。

 そもそもがメリル自身の問題なのだから、完全なるお門違いなのに。


「メリル様。僕を利用した事はこの際許しましょう。ですが今後は自分で責任を取って頂きます。それに力量が近い方が戦闘訓練にもなりますから」


 僕は少しばかり、メリルを睨むように言葉を言い放つ。

 それは否定をさせなように、反論をさせないように。


「そんな...」


 何も言い逃れが出来ずに項垂れるメリル。

 うん。

 自業自得だ。


「ルシウス!俺に女性に手をあげろと!?」


 ギュンターは怒りが止まない様子。

 自分の信条とかけ離れている事をさせられるからだ。


「ギュンター。そんな事はどうでも良いから、先ず話を聞いて下さい」


 見開く目。

 怒気溢れる声色。

 この時の僕は毎日毎日ギュンターに付き纏われて勝負を挑まれた鬱憤が、積年の恨みが募ったように溜まっていた。

 そして、それを吐き出すのは此処しか無いと。

 それはそれは、とても怖い雰囲気だったとか。


「メリル様との婚姻関係を結ぶ為の条件は何でしたか?」


 目が泳ぐギュンター。

 しどろもどろだ。

 そしていつかの光景を思い出したかのように、溢れ出る魔力に圧倒されて。


「え...ル、ルシウス...さん?あの...その...ちょっと覚えていないです」


 今までは恋にうつつを抜かしていた為その事をすっかり忘れていたけど、絶対強者と言う格上の存在を再認識した。

 身体が震え出すギュンター。


「条件はただ一つ。メリル様よりも強い事。これを証明する為には本人との勝負が必要ですよね?違いますか?」


 矢継ぎ早に話す僕。

 そもそも答えは一つしか無いのだから、相手に求める答えは「はい」と頷かせるだけ。


「...はい。その通りでございます」


 いつの間にか敬語を覚えていたギュンター。

 そうなのだ。

 ギュンターは決して頭が悪く無い。

 やれば出来る子なのだ。

 ただいつも、考えが足りないだけなのだ。


「じゃあ、ギュンターはその時も手を出さないつもりですか?それでどうやってメリル様の条件を達成するつもりですか?」


 言葉とは時に殴る、蹴るなどの暴力よりも危険なものだ。

 頭で言葉の意味を理解しているからこそ、それが精神を傷付ける凶器ともなる。


「...」

「まさか、考え無しで発言をしたのですか?...可笑しいですね。...確か、ザックの時に学びませんでしたか?行動する時はその背景を調べてからだと?」


 禍々しく威圧するマナ。

 これはギュンターに思い出させる為にも、再度身に染みて貰う為にも必要な事。

 何故なら一度、ザックの時にギュンターは懲りている筈なのだから。


「何か言いたい事はありますか?」


 敬語とは相手を敬う言葉の筈なのに、何だかとても高圧的で、鋭いナイフのような時がある。


「...無いならとっとと準備をしろ!ギュンター!!」


 行間にタメを作って言葉の重みや、意味をダイレクトに伝える。

 その時、ギュンターはこの世のもの成らざる何かを見たのだとか...


「っ!?はっ、はい!!」


 敬礼。

 何故そんな動作を知っていたのか?

 あるいは恐怖のあまり、そうせざるを得なかったのかも知れないが。


(ふー。だいぶスッキリしたな。これで溜飲が下がったよ)


 此処まで来れば、後は二人の問題。

 しかもそれこそが、二人にとって一番の訓練に繋がる。


(正直、僕とばかり戦闘をしていてもね。対人戦は数をこなす事もそうだけど、色々な他人と戦わないと培えない経験があるから)


 対戦相手の皆が皆、同じ行動をする訳では無い。

 他人によって癖は異なるし、得意な事は異なるのだから。


(だけど、楽しみでもあるんだよね。二人のどちらが強いのかって)


 能力値はほぼ互角。

 固有戦技がある分ギュンターの方が有利だが、メリルの方が戦闘に慣れている。

 正直、勝負はどうなるか想像つかないが、二人の試合は力が拮抗した勝負だろう。

 ようやくギュンターからの勝負(戦闘地獄と言う苦行)から解放された僕は、一観戦者として試合を観る事が楽しみなのだ。


「では木刀対素手での勝負になりますが、双方問題ありませんか?」

「俺は元々素手だ。メリルさんが武器を持っていようが問題無い」

「私もギュンターさんがそれで宜しければ問題ありません」

「ありがとうございます。それでは準備の方を宜しくお願いします」


 二人に準備をして貰う。

 と言っても、メリルは木刀を持つだけだし、ギュンターは素手なのでそのままだ。

 両者離れた位置に立って合図を待つだけ。

 後は二人の勝負を楽しむだけなのだ。


「「...」」


 両者無言のまま、立ち位置まで移動を開始した。

 その際、肩を回したり、手首や足首を回して準備運動をしている。

 そして集中力を高めて、お互いに相対して構えた。

 二人の緊張が僕まで伝わって来る程に。


「それでは...始め!!」


 掛け声と共に戦闘が始まった。

 先に仕掛けたのはメリル。

 木刀を下に降して構え、相手の正面から真っ直ぐ駆け抜ける。


(メリル様...速くなっている?魔力操作が滑らかになっているのか)


 対してギュンターはその場から動かない。

 先ずは相手の一撃をその身体で受け切るつもりだ。


(ギュンターは...相変わらずだ。肉体に身体強化と自身があるのだろうけど、何故一撃を受けるのだろう?)


 その行動は相手を舐めてしている訳では無いのだが、やっている事が無茶苦茶だ。

 馬鹿としか言いようが無い。

 これが真剣勝負なら、その最初の一撃で終了となるのだから。


「てやー!!」


 メリルはギュンターの目の前まで詰め寄ると、掛け声と共に木刀を下段から振り上げた。

 鞘を走らせるように木刀を地面に擦り付けて。

 加速して行く一撃。


「はあー!!」


 ギュンターは仁王立ちの状態から腕だけ降ろした構えでその一撃を受けるようだ。

 全身を帯おりなく魔力で強化して。

 木刀がギュンターの身体に当たる。

 だが、鉄にぶつかった時と同じように「ガキーン」と音が鳴った。


「くっ、硬い!!」


 メリル渾身の一撃はギュンターの肉体によって防がれた。

 だが、無傷では無い。

 ギュンターはやせ我慢をしているが、表情は苦く、木刀がぶつかった場所はミミズ腫れのように腫れている。


「フハハハ!!耐え切ったぞ!じゃあ今度は、こっちの番だ!!」


 ギュンターは拳を握り、メリルの脇腹目掛けてフックを繰り出す。

 その一撃は腰が入っており、キレがある攻撃。

 だが、メリルはその攻撃を見切っていた。

 ギュンターが攻撃するよりも前に動き出しており、バックステップで避ける。


「!?」


 ギュンターの攻撃が空を切った。

 だが、ギュンターの攻撃も単発で終わりでは無い。

 身体を地面につくまでしゃがみ水平蹴りを放った。


(ギュンターは攻撃の移行がとてもスムーズなんだよね。でも...どうやらメリル様の反射神経の方が上みたいだ)


 バックステップの着地の瞬間を狙った水平蹴り。

 普通なら足を取られて転ばされる攻撃。

 だが、メリルはその動体視力で捉えた攻撃を、行動の後出しで避け切る。

 水平蹴りは確かにメリルに当たった。

 しかし水平蹴りの勢いを利用して、身体を回転させる事(空中で一回転させる事)で攻撃を回避したのだ。


(相変わらず、メリル様の運動神経はデタラメだな...)


 その不可解な動きに思わず笑ってしまう。

 しかも避けるだけで終わらず、反撃をしているのだから。


「せや!!」


 回転しながら、水平蹴りで流れた相手の後頭部を狙った攻撃。

 木刀と言えど容赦が無い。

 これは生命大丈夫か?

 首飛んで無い?


「ぐはっ!」


 「バコーン!」と鈍い音がすると、ギュンターが吹き飛んだ。

 しかし追撃のチャンスなのに、メリルもその場で肩を押さえていた。

 ギュンターは攻撃を避けられないと解った瞬間、相討ちを狙った。

 水平蹴りからの腕の力だけで地面を跳ぶ回転蹴り。

 あの体勢から無理矢理繰り出すギュンターも運動神経で負けていない。


 (サマーソルトキックみたいな空中回転蹴り。二人とも随分、派手好きだな)


 技の見栄えは最高だ。

 何しろ想像を裏切り、予想もつかない攻撃なのだから。

 ただ回転ばかりだと隙も出来易いが。


「くうー。今の一撃は効いたぜ!!流石は俺が愛する女性ひと!!負けられねえぜ!!」


 ギュンターは首を横に動かして骨を鳴らす。

 あの一撃を食らって無事な事が凄い。

 どんだけ頑丈何だろう。


「くっ。まさか、あそこから相討ちを狙ってくるとは...意外と強いではないか」


 ギュンターの事は僕に任せきりだったのでその強さを知らなかった。

 身体から発せられる魔力の含有量で弱くは無いと思っていたが。


「だが、この程度に負ける訳には行かない!!」


 自分を奮い立たせる。

 この発言は決して相手を蔑んでいる訳では無い。

 ギュンターが自分と同等の力量だと言う事も自覚している。

 だが、メリルの目標は遥か上の相手。

 こんなところで、つまづいている暇は無いのだと。


「真っ直ぐ来るだけなら、的にしかならないぞ!虎爪破」


 ギュンターは拳に魔力を溜め、離れた位置から突きを放った。

 その突きは、拳撃から魔力が飛んで行き遠距離攻撃となる。


「ふっ。自分だけが出来ると思うな!シュヴェールトブリッツ!」


 メリルも戦技アーツを繰り出して攻撃を相殺する。

 それは剣撃をなぞるように閃光が放たれて。


戦技アーツの使いどころは...解り易いって言ったら解り易いタイミングだね)


 タイミング的に此処だと言う場所で放たれた。

 だが、意識していれば難無く対処出来てしまう。


「唆るぜ!!だが、これならどうだ!!」


 足に魔力を収束させる。

 すると、ギュンターは空高くジャンプした。


「なっ?何処へ行った?」


 メリルは突然の事でギュンターを見失う。

 視界を横に動かすが見当たらない。


「虎空襲脚!!」


 空高くから落下速度に乗りその質量を持って襲撃する。

 太陽の日差しと重なる事で、その軌道を悟らせずに。


「!?上空うえか!!」


 メリルは落ちて来る影を感じ取り、瞬時に反応した。

 木刀を掲げ、その攻撃を受ける。

 だが、それは悪手だった。

 この攻撃は受けてはいけなかった。


「な!?きゃっ!!」


 上空からの攻撃は、生身なのに運動エネルギー弾のような破壊力を生み出す。

 受けたメリルごと地面が陥没して行く。

 その瞬間メリルの身体にはとてつも無い衝撃が加わっている。

 それは全身の骨が折れていても可笑しく無い程に。


「がはっ!!」


 内臓が傷付いたのかも知れない。

 口から真っ赤な鮮血が溢れた。


(これは戦いを止めた方がいいか?)


 流石に此処まで来ると、回復がすぐ出来無い状態では不味い。

 日常生活に支障が出てしまう。


「フフフ。ルシウスと訓練していなかったら今の攻撃は流石に耐えられなかったぞ!!」


 その言い方は刺がある気がする。

 何故なら普段の僕との訓練でもそこまでしていない。

 気絶させる事はあるけど...


「これがルシウスに見せたかった戦技アーツだ!!」


 ピンチはチャンス。

 そして攻撃後の最大の隙を突く。

 空中で身動きが出来なくなったギュンターへの攻撃。


「グライヒツァイティヒシュナイデン!!」


 メリルは木刀を全力で振り下ろした。

 それも相手に向かって真っ直ぐ斜めに一度だけ。


「ぐはっ!!」


 ギュンターは為す術無く攻撃を貰ってしまう。

 だが、その攻撃は不可解な攻撃となっていた。

 真っ直ぐ斜めに振り下ろされた斬撃の筈なのに、ギュンターがダメージを受けた箇所は二箇所。

 首の付け根で、右側も左側も同時に痛みを感じて。


(固有戦技!?...いや、そこまでは至っていないのか?)

 

 一度の振り下ろしで、対角状から交差する接地点に向かって同時の斬撃を生み出す戦技アーツ

 ゲーム時代ならダブルスラストと言う技に近い。 

 メリルが放った戦技アーツはそれに似ているが、全く一緒では無い。

 ダブルスラストは、一度にバッテンを描く同時攻撃。

 だが、これはブイ字に向かう同時攻撃なのだ。

 此処から推測できる事は多分だが、二つの同時攻撃で終わるのでは無く、もっと多角度からの同時攻撃となる筈。

 現状の、メリルの力量では二つまでとなっているが。


「そこまで!!」


 僕は此処で試合を止めた。

 これ以上は試合で済まなくなるからだ。


(二人とも真剣には勝負していたけど、ギュンターには遠慮があった...?) 


 ギュンターの能力を考えれば試合として出来る事はもっとあった筈だ。

 だが、そうしなかったのはメリル(女性)に対しての遠慮なのか、もしくは好きすぎるが故か?

 ただ間違いが無いのはお互いに真剣だった事。

 頭で考えながらその場で瞬時に対応する姿は少し前の二人では考えられ無い成長だ。


(お互いに戦闘技術を吸収している。学んでいるのか?)


 学ぶ事は、相手を真似るところから始まる。

 見よう見まねで行動し、同一のものになるように。

 今回ギュンターの固有戦技は見れなかったが、メリルのそれに近い新たな戦技アーツを見る事が出来た。

 それだけでも収穫だ。

 そして二人の試合の結果はメリルの勝利となった。


「私の勝ちだ...」


 お互いにボロボロの状態。

 しかもメリルの木刀は最後の攻撃で折れている。

 勝利はしているが、実戦として考えるとあまり良く無い。

 武器を壊された時点でまともに戦う事が出来無いのだから。


「ギュンターは気を失ってしまったようですね...さて、今回の試合内容ですが、メリル様は良いところも、悪いところも半々ぐらいでしたね?」


 二人とも次の課題が浮き彫りになった。

 ギュンターは意識の改革が急務だ。

 相手の一撃を受けてから戦闘を始める行為は直ぐにでも辞めて貰う。

 力量を調べる為なのか何かは解らないけど、その一撃で決着が着くかも知れないし、その攻撃が後に響く事は明白だ。

 そして無意識下での遠慮。

 女性という事もありメリルに対して全力を出せていないのだから。

 もしかしたら、相手が想い人だからこそなのかも知れないが。


(それで負けてしまったら、元も子もないでしょ...)


 メリルは基本攻撃の精度アップ。

 今は見た目の派手な大技に頼り過ぎている(好んでいる?)為、そもそもの基本攻撃を極めればそれが必殺の一撃となるのだから。

 そして回転に頼り過ぎない戦闘方法。

 奇天烈な行動で読み辛い攻撃は相手の不意をつけるが、その分隙が大きい為、自分よりも格上の相手には通用しない。


「ですが、二人とも確実に強くなっています。それは自身でも感じている事だと思いますが、訓練を始めた頃を思い出して見て下さい。その頃と全然動きが違うでしょう?この調子で一緒に頑張って強くなって行きましょう!」


 今日の試合結果のおかげで僕の負担が減る。

 力量の近い同士で競い合わせる事が成長を加速させるからだ。

 後は二人がやり過ぎないように注意しなければならないが、万が一の為、早急に回復アイテムが必要だ。

 今現在、加工をする事が出来無い薬草しか無いのが辛い。

 だが、こればかりは時間が掛かる。

 回復アイテム作りに必要な道具も他の材料も無いのだから。


「二人の個別訓練は内容を見直すとして、もう少し実戦よりに取り組もうかな?さて...今後の二人の成長が楽しみだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ