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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
50/85

049 棄てられた奴隷と貧民窟⑦ ~救出と急襲~

※残酷な表現、不愉快な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。

 僕とさくらは目的の生地を購入し、待ち合わせ場所の広場へと戻ると、そこには一人オロオロと佇むメリダの姿があった。

 異変を感じた僕達は、メリダに駆け寄る。


「...メリダ様?どうしたのですか?」


 その顔は、憔悴しきっている。

 涙を流し過ぎた所為か、瞼は腫れ、その瞳には光が無く、何処か虚だ。


(一体、この短時間で何があったんだ?それに...ザックの姿が見当たらない?)

「ル、ルシウス?」


 僕が声を掛ける事で、ようやく冷静になったメリダ。

 だが、一緒にいる筈の人物、ザックの姿が見当たらない。


「ザックが...ザックが居なくなってしまったのです」


 メリダは、ザックが居ない事を再び認識すると、堰き止められていたダムが決壊したかのように涙が溢れ出す。

 自分よりも小さい僕に、必死にしがみ付く事で何とか意識を保っていた。

 僕が支えにならなければ、今にも倒れてしまいそうだった。


(よく見れば御召し物は汚れているし...メリダ様自身も土塗れだ...それに、ザックが居なくなったって?)


 僕はまだ、ザックが居なくなったと言う事が良く解っていなかった。

 だが、今現在、考えられる最悪な想定が頭をよぎる。

 それは、拐わられたのか?

 もしくは、殺されたのか?

 正直、どちらも考えたく無い事だが、この国では毎日他人が死んでいた。

 それが病気なのか、寿命なのか、奪われたのかは解らないが。


「ルシウス...ザックを、ザックを探すのを手伝って下さい...」


 メリダは、僕にそう言い残して意識を失った。


(こんな状態になるまで...) 


 ザックを探し回った疲労と極度のストレスによるもので、メリダの精神は既に限界に達していた。

 だが、ザックが行方不明だと言う事を僕達に伝えるべく、気力だけで意識を保っていたようだ。

 僕は、その伝えられた言葉を全うする為にも、ザックを探す行動を開始する。


「...さくら?メリダ様をお願いしても良いかな?」


 先ずは倒れたメリダを一人にして置けない。

 それにザック一人だけを探すならば、僕一人で動いた方が効率が良い事もあって。


「ルシウス...」


 さくらは、目の前でメリダが倒れる瞬間を目撃してしまった。

 大の大人がとても苦しそうに、そして、とても悲しそうに倒れる瞬間を。

 その事が頭から離れないのだろう。

 さくら自身、今にも泣き崩れそうだ。


「さくら。大丈夫だよ」


 僕は、さくらの頭の上に「ポンッ」と軽く手を置いた。

 そして、安心させるように優しく微笑み、力強く宣言する。


「ザックは、僕が必ず見つける!!だから、メリダ様の意識が戻り次第、二人は先に教会に戻っていて欲しいんだ」


 さくらは、僕の力強い言葉を聞いて少し落ち着いたようだ。

 強張った表情も、縮こまった肩の力も解れて行く事が、目に見えて解ったのだから。

 そして、僕はさくらの目尻に溜まっている涙を指で拭う。

 「僕に任せて」と。


「...うん!」


 ただ、僕が此処で伝えた言葉は“見つける”。

 それは、無事に連れて帰るでは無く、見つけると言う事だけだった。

 それが意味する事は、ザックの生死が不明で連れて帰る事が出来無い可能性がある事だ。


(ザックに...最悪な事が起きてなければ良いんだけど)


 最悪は遺体のまま連れて帰る事になるかも知れない。

 ただ、僕はその考えを振り払うように頭を横に振った。

 考えるよりも、先ずは行動しなければと。

 

「メリダ様の事はさくらに任せるよ。今は気を失っているけど、メリダ様が起きたらすぐにここから離れるんだ。良いかい?周りの人間は、決して信用してはならない...もし無事に、二人で教会に戻る事が出来たなら、僕が出来る範囲で、さくらが望むものを渡す。約束だ」


 今は、結果の解らない事でただ悲しむよりも、皆がそれぞれの行動に移す(役割を果たす)事の方が大事だ。

 さくらに他の事を考させないように、メリダの事だけに没頭して貰う為にそう伝えた。


「...うん!!」


 さくらは、力強く返事をする。

 これなら...もう大丈夫だろう。


「じゃあ、頼んだよ」


 さくらは、首を短く縦に振った。

 二人を残す事は正直、心配だが、此処からは別行動を取らなければならない。

 僕は、さくらにそう伝えると、両足に魔力を込めて身体強化を施す。

 これは、地面から少しでも高い建物の上に登る事で、ザックを探し易くする為。

 そして、街中を移動し易くする為だ。

 ただ、この時、僕が唯一使用出来る浮遊スキルは使用する事が出来なかった。

 空を飛んでしまえば、僕が望んでいない違った方向から注目を浴びて面倒になる。

 それは、この街(国?)で空を気軽に飛べる魔法使いなど見た事が無いからだ。

 今までの間、五年間に一度も。


(それに、英雄は正体を隠すものだからな)


 一応、英雄志望の僕ではあるが、正体を曝け出して僕自身が祭り上げられる事は避けたい。

 何せ他人に良いように扱き使われる事が目に見えて解るのだから。

 そして、両足に力を込めて一足飛びで建物の上へとジャンプした。


「プロネーシス!ザックの識別を出来る?」

『はい。マスター。魔力圏の範囲に含まれる場合のみ識別出来ます。手間は掛かりますが、手始めに魔力圏の届く範囲で、街の端から順に調べて行くのが確実かと思われます』


 ザックの魔力の波長を記憶しているプロネーシスならではの手法だ。

 手段はアナログだが、街の端から虱潰しに探して行く事が確実に成果を出せる。


「もし、街の外に出られていたらどうしようも無いけど、先ずは街の中を隈なく探すって事だね?」


 既に、街から連れ去られている場合も考えられる。

 もしくは、自分から出てしまったか?

 これは検問がある為に後者の確率は低いが、可能性としては十分に有り得る事だ。

 ただ、先に街の中を隈なく探せば、自ずとザックが街の外に居る事も、可能性として連れ去られた事も解る。


「じゃあ、最大限魔力を広げて行くからプロネーシスはザックの識別をお願いするね?」

『承知致しました。マスター』


 僕は全身から魔力を放出して、その空間を広げて行く。


(ザックが単純な迷子なら問題無いけど...)


 現状を考えれば可能性は低いが、迷子の可能性も十分に考えられる。

 それならザックを叱って教会に戻れば良いだけの話で終わる。

 むしろ、僕はそうあって欲しいと願っていた。

 だが...


(もし、これが他人の手によるものなら...)


 その瞬間、「トクンッ」と心臓が鼓動し、底知れぬ感情が渦巻く。

 鍋の奥底でこびり付くように沸々と煮え滾ったドス黒く闇い感情が、今にも心の奥底から溢れ出しそうな勢い。

 そして、僕ではあるけど僕では無い矛盾した感覚。

 ...まだ、己の意識はあるようだ。

 でも、僕の思想や言動とは掛け離れている心情。

 それも全く別の人格に憑依されたような違和感だ。

 その僕がこう考えてしまう。

 もしも、ザックが他人によって何かされていたのならば、その他人に対しての認識が者から物へと成り下がるのだと。

 ああ、この時の僕は一体どんな表情をしていたのか?

 自分の姿を見る事が出来無い為解らない。

 ただ...とても、とても抑えられない破壊衝動にかられていた。


(奪った事を...)


 それはザックの身柄を奪った事なのか?

 それともザックの生命を奪った事なのか?

 これは不確定な事で、そのどちらかはザックを見つけなければ解らない事だし、それ以外の結果も有り得る事。

 ただ、確実に言える事は、僕はやられた事と同じ事を相手に仕返しする。

 相手が奪うならば、同様に相手のものを奪ってやるのだと。

 これは制御の出来無い感情。

 溢れ出した灼熱の憤怒。


(後悔させてやる!!)




 僕達がメリルと合流する、丁度少し前の時間。

 ザックを連れ去った一味は自分達のアジトへと戻っていた。

 ザックを確保した男達の内一人は興奮している所為か、その事を早く報告したいが為に大声で叫んでいる。


「ギュンター!?ギュンター!!」


 その一人の男は息を切らしながらもアジトへ着くや否や、もう一人の男より先行してギュンターがいる二階へと階段を駆け上った。

 この廃墟には部屋を仕切る壁など無い。

 一階、二階ともワンフロアとなっている為、階段を上がればその人物は丸見えなのだ。


「どうした?そんなに慌てて?」


 赤髪の男ギュンターは、その息を切らしながら上って来た男を確認しては問う。


「ギュンター!...はあ、はあ...んゴクッ。見つかったんだよ!子供が、見つかったんだよ!」


 所々息を切らしながらで、途中喉が引っ付いたのか生唾を飲み込んで潤す。

 その人物が、如何に急いで此処まで来た事が見て解る。


「まさか?見つかったのは依頼の子供か!?」


 ギュンターが驚く。

 それもその筈。

 ギュンター達は依頼主からの人相書きで、その子供の顔や特徴だけは共有出来ていたが、相手が何処に居るかなどの情報を持っていなかったのだから。

 これからその子供をどうやって探すか、その方針を決めるところだったのだ。

 まさに行き当たりばったりの計画だった。


「ああ!街の中で平然と歩いていやがったぜ!今は俺が先に報告に来たが、もうすぐ子供を抱えたエーオが連れて来るぞ!」


 先行した男がそう言うと、直ぐに子供を抱えた男エーオが二階へと上って来た。


「おい!ビーオ!!はあ、はあ...何で先に行くんだよ!」


 現れたエーオは子供を背負っていた為、額から大量の汗を流している。

 その叫び声も必死に絞り出すが、掠れて所々弱々しいもの。


「ふーっ...おいっ!!ボスに一緒に報告するって言ったろ!?」


 深呼吸を一度して呼吸を整えると、約束を破られた事への怒りをもう一人の男ビーオにぶつける。


「いや、すまねえ、エーオ。早くボスに伝えたくてよ」


 ビーオは頭を掻きながら申し訳無さそうに頭を下げる。

 その表情は悪戯っぽく「テヘッ」と言った感じだ。

 可愛さは全く無いのだが。


「ったく、ビーオは」


 そう言って「やれやれ」と呆れるエーオ。

 エーオも決して本気で怒っている訳では無かった。

 そしておちゃらけた雰囲気を一変する。

 エーオは真面目な表情に切り替えてギュンターに報告する。


「ボス!依頼の子供を確保しました!ご覧の通り、今は気を失って寝ている状態です」


 エーオが背中に背負っていた子供を下ろして横にさせる。

 子供は確保した時に、無理矢理口と鼻を塞いで呼吸を止める事で意識を失わせた。

 一応、身体の力が抜けたのを確認したところで口と鼻は解放したが、下手したら殺していても可笑しく無い方法。

 そんな方法で気を失わせる事は決して真似しては駄目です。


「良くやった!エーオ!ビーオ!流石だ!!報酬が手に入ったらお前達の好きな物を食いに行こうな!」

 

 ギュンターはとても嬉しそうに二人の事を褒めた。

 そして、仲間の活躍(?)を素直に称賛して、それに見合った報酬を差し出せるタイプでもある。

 仲間内で腕っ節も一番強いが、こう言った人柄が彼がボスをしている理由なのだろう。


「おう!ギュンター。ったく、走りっぱなしで疲れちまったぜ...俺は報酬貰ったら...やっぱり肉が食ってみてえな」

「ボス!!俺も肉が食いたいです!」


 スラムの住人にとって肉は一生で一度食べられるかの超高級品。

 ようやくその夢が叶えられるのだ。


「ああ、任せておけ!あとはこっちでやっておくから、二人はゆっくり休んでくれ」


 そうしてギュンターは二人を労う。


「「ああ、ギュンター(ボス)!!後は頼みます」」


 二人は疲労が溜まった汗まみれの身体を労る為に、そのまま二階の休眠スペースへと移動して行った。


「全く...最高な仲間だぜ!お前らはよ!」


 とても誇らしげなギュンター。

 その姿は彼らが此処までに、仲間と必死に協力して生きて来た事が伝わる。

 苦楽を共にする事で、今現在まで生きられているのだから。

 ギュンターは子供を抱えて一階に降りて行く。

 そして、一階にいる仲間全員を集めた。


「皆聞いてくれ!エーオとビーオが依頼のあった子供を連れて来てくれた!」


 ギュンターがそう宣言すると、皆が「ウオォー!」と歓声を上げる。

 正直、依頼を受けたは良いが、子供を探す事など彼等にしたら計画性も無い闇雲なもの。

 それが偶然発見出来たと言う幸運で、本来ならば依頼を達成出来る事の方が低い。

 だが、彼等にはそんな事はどうでも良いのだ。

 その場、その場を必死で生きて来た彼等にとっては目の前の事実だけがあれば良いのだから。


「シーオ。対象者を無事に確保したと依頼主に連絡してくれ!残りのメンバーは祝う準備をするぞ!俺達の生活が一変出来る事を!今夜は...宴だ!!」

 

 ギュンター達は浮かれていた。

 この後に訪れる後悔など露知らずに。

 但し、それも仕方ない事。

 彼等にしてみれば正式な依頼を受けて子供を捕らえただけなのだから。

 何も考えずに生きて来た事を、ただただ後悔する日となるのだった。




 その頃、僕は。

 建物の上に登り、外壁に添いながら虱潰しに街の中を詮索している。


「プロネーシス!ザックの反応はあった?」

『いえ。マスター。今現在、反応はございません』


 現在、魔力圏が届く範囲は200m。

 その空間内ならば、プロネーシスの能力も合わさって正確に把握出来るのだ。

 そして、魔力圏が届く範囲を街の端から順に辿り、漏れが無く隅々まで調べている。


「ザック...一体、何処にいる?」


 ザックを探す為に建物を跳び駆けている。

 これは僕からすれば、ザックを探しているだけの行為。

 だが、その事を知らないギュンター達からすれば、ジワジワと包囲されて行くような、逃げ場を失って追い詰められて行くような行為。

 どうやら、断罪の時は近いようだ。


「ザック...頼むから、無事でいてくれよ!」


 僕(達)が探していない場所で残っているのは、この街の闇の部分。

 貧民窟スラムだけだ。

 そこは無法地帯の最も危険な場所で、人が死のうが殺されようが日常茶飯事。

 領主も関与する事が出来ず、お咎めも無ければ、裁かれる事も無い。

 住人同士で報復しあう事は常であるけれど。


『マスター。反応がございました』


 不安な気持ちを抱えたままスラム街を虱潰しに探した結果、プロネーシスがとある箇所でザックの反応を見付ける。


「ザックの!?ザックは無事なの!?」


 僕が最も気になる部分はザックの安否だ。

 生きてて欲しい事が大前提なのだが、正直ザックが生きているのかさえ解らない。


『はい。マスター...健康状態に問題はございません。それに...身体的損傷なども特に見受けられないようです』

「そっか...それなら、本当に良かった...」


 ザックの生存と状態を知り、僕は一先ず安心する。

 だが、それ以上にザックが生きていた事が何よりも嬉しくて。


「それで、ザックはどこに居るの?」

『どうやら、貧民窟スラムの...とある廃墟の中にいるみたいです』

貧民窟スラムの廃墟だって?...それはザック以外の反応もあるって事?」


 ザックが間違って迷い込んだとしてもそこは危険な貧民窟スラムだ。

 更に廃墟と聞いて思い浮かぶものは悪の巣窟。

 そんな奥地にある廃墟まで一人で来る事など考えられ無い。

 誰かその場所に詳しい人物が、又はその場所の関係者にでも連れて来られなければ辿り着けない場所だから。

 それを想像すれば自身の怒りのボルテージが沸々と沸き上がって行く事が解る。

 ただ、辛うじてになるのだが、心の奥底にあるどす黒い闇い感情を抑える事は出来ていた。

 これは何となく、この闇い感情を大きくしてしまえば自身の理性を制御する事が出来無いと感じて。


『はい。マスター。廃墟の中には複数の生体反応がございます。ザックを合わせまして、全部で一五の反応がございます』


 だが、プロネーシスの言葉を聞いた時、僕の中の闇い感情が勝手に大きくなる。

 抑えていた感情がうねりを上げ、周囲の感情を巻き込みながら余計に大きくなって...


「そうか...出来れば、そうあって欲しくは無かったよ...」

『...マスター?」


 揺れ動く自制心。

 抑えられない衝動。

 僕が“僕では無い”感覚。

 そうした感覚を残したまま僕(達)は、ザックが連れ去られた廃墟へと辿り着いた。

 ただ、この時の僕は、自分が子供だと言う事を忘れていたのだ。

 本来なら子供の姿のまま、相手に素性を晒した状態で現れる事などリスクでしか無い。

 だが、ザックが拐われたと言う怒りによって、既にそんな事はどうでも良くなっていた。


「なら“私”が、お前達の全てを奪ってやる!」

『マス...』


 僕はアジトの真正面からあまりにも自然に、然も自分の家に帰るかの如く当たり前に入って行った。

 廃墟の中は意外と広いようだ。

 大きさは学校に設置してある体育館程の広さ。

 入り口の扉は無く解放されたままで、二階建ての建物。

 元は何かの施設だったのだろうか?

 そう思わせる広さだ。

 建物の中に入れば、そこには直ぐ三人の他人が居た。


(革ジャンに...皮パン?なんでこの世界にそんな服があるんだ?これが俗に言う古代遺跡ダンジョンの遺物なのか?...まあ、確かにゲーム時代そんな衣装があったな)


 巫山戯た格好をしている相手を見て、余計に僕の中の闇い気持ちが渦巻いた。

 どうやら、僕は清廉潔白な英雄とは成れないらしい。

 理想像で言う弱いものを助ける英雄像はそのままなのだが、僕の中で私利私欲を除外する事など到底出来無いのだから。

 どうしても自分と似た境遇の人を優先してしまう。

 どうしても他人の悪意を許して更生させる気持ちなどが湧かない。

 悪に対して正義で処罰するのでは無く、悪に対して断罪で処罰する。


「おい、僕ちゃん!どうした?迷子なのか?」


 一人の男が僕に気が付くと、心配そうに話し掛けて来た。

 その声で周りの者も気付き、僕の方へと一斉に振り返った。


「何だ?何だ!?此処はチビちゃんが居て良い場所じゃ無いぞ!」


 やたらと声の大きな肥った男がそう言っては僕に近付いて来た。

 僕にはその声が、とても耳障りで不愉快なものに感じた。


(お前達が...ザックを!!)


 沸々と湧き上がる怒りの感情と共に、体内から溢れ出す魔力。

 それは僕の感情を表しているのか、溢れ出した魔力は歪な形で周囲に広がって行く。

 ただ、その色は、とても綺麗な虹色を発していた。


「ぐっ!急に何だよ!?その色の魔力にその量は!?本当に...子供なんだよな?」


 肥った男は僕から溢れ出す魔力の量に威圧され、とても息苦しそうに喋る。

 次第に口から泡がこぼれ、心臓の辺りを必死に押さえ始めた。

 他の二人も同様に僕に気圧されてしまい、その場でガクガクと震えていた。

 僕はそんな相手達と会話をする事がとても煩わしく感じた。

 こいつらは、ザックを連れ去った連中だ。


「バッ...!バ...ケ」


 言葉を全部発する事が出来無いその他の二人。

 どうやら、その時の僕の表情も相まって、そう思ったのかも知れない。

 “バケモノ”だと。

 そんな相手に僕の表情筋は微動だにせず無機質なまでの無表情。

 目は坐り、相手を者とは思えない闇い感情が奥底で広がっていた。


「がはっ!」


 呼吸が上手く出来無い肥った男。

 息を吸い込む時に「ヒュー」と喉が鳴っている。

 傍から見れば、僕とその巨漢の男とではかなりの身長差がある。

 それは幼児が力士に立ち向かって行くような光景。

 だが、それだけの身長差があるにも関わらず、対峙している関係性、お互いのパワーバランスは全くの真逆で僕が圧倒していた。

 とてもアンバランスなものだ。

 僕は全身を魔力で活性化させて身体強化をしているのだが、右手へと更に魔力を集約させる。

 それは攻撃の威力を上げる為のもので、拳をグローブで覆うように魔力を凝縮させて。


(...一人目)


 僕は巨漢の男の目の前に辿り着いたところで、相手のお腹目掛けて右手を真っ直ぐ振り抜いた。


「ゴフゥッ!!」


 僕の右手は巨漢の男の腹に捻れて食い込む。

 すかさずその衝撃が相手に伝わると、胃液と血を撒き散らしながら遥か後方へと吹き飛んで行った。


「!?」


 他の二人は何が起きたのかを理解していない。

 その光景だけを見て、ただただ呆然としている。

 僕が放った拳撃は、全身のバネを利用した鋭く素早い一撃。

 相手は殴った事すら認識出来ずに、ただただ巨漢の男が吹き飛ばされた事を驚いていた。

 二人の視線はずっと、吹き飛ばされた巨漢の男の方に釘付けだった。


「なにが、おき○×△!?」


 そうして相手が、僕に振り返ろうと頭を動かした瞬間。

 その視界が揺れた事に気が付く。


「...?」


 いつの間にか真っ直ぐ正面を向いていた筈の視界が、何故か景色を真横に映している。

 不思議な事に、そこからの意識が一切無くなっていたそうだ。


(...二人目)


 僕は相手が振り返るよりも速く、相手との距離を詰めて顎を打ち抜いたのだ。

 気持ち良さそうな表情のまま「ドサッ」と崩れ落ちた。


「ヒィーーー!!」


 それを目撃したもう片方の男は、その場で情け無く悲鳴を上げた。

 頭の天辺から突き抜ける甲高い声で。

 そうして相手が僕に背を向けて逃げ出そうとしていた。

 僕には、その動きがコマ送りをしているスローモーションに見えた。

 相手が身を翻し始めたその時、僕は足に力を込めてたったの一歩で相手に詰め寄る。

 跳んだ勢いそのままに、相手の顔近くに飛び付いた。


(...三人目)


 僕は相手の脳天目掛けて、身体を前宙しながら踵を落とす。

 相手からすれば、何をされたのかも解っていない。


「ぐっ!?」


 相手の頭が胴体に減り込む程の衝撃で、白目を向いたままそのまま気絶する。

 すると、先程の悲鳴を聞き、廃墟の奥の方に居た残りの人物達がこちらへと向かって来ていた。


「どうした!!」

「何があった?」

「大丈夫か!?」


 皆の言う事がバラバラだ。

 まあ、それは仕方無い事だ。

 何故なら、その他大勢の他人は僕の姿をまだ捉えられていないのだから。

 僕は、気を失い膝から崩れ落ちて行く男を踏み台に、上空へと跳び上がった。

 これは相手に遠距離攻撃の方法がある場合、身動きの出来無い上空ではただの的になってしまう愚策となる行為だ。

 だが、僕には上空を浮遊出来る能力がある為、そんな事は関係が無かった。


「!?」


 上空へと飛んだ僕に、誰かが気付く。

 その姿を見て何やらオロオロと動揺している。

 どうやら、僕の感情の起伏により普段隠している筈の背中の翼が、虹色の魔力と混じり合って具現化をしていたからだ。


「アレは...天使なのか?それとも悪魔なのか?」


 その光景は、この場所に似つかわしく無い光景。

 見る人によってその解釈が異なりそうだが。

 貧民窟スラムの廃墟に舞い降りた神の遣いのように。

 はたまた、全てを破壊する悪魔のように...


(...空間把握)


 この廃墟は他と比べて広い建物と言えど、体育館くらいの大きさしか無いのだ。

 僕の魔力圏の制空権はそれを遥かに超えたもの。

 そうして空中で一瞬の内に魔力圏をパッと広げ、一階層に居る全人物の居場所を特定する。

 それは然もレーダーのように、相手の正確な位置を脳内に刻んで。


(四、五、六、七、八、九、一〇)


 把握した人数に対して、相手と同じ数だけの魔力を凝縮させた塊を僕の周囲に作り出した。

 虹色の輝きを放つその塊は、神々しくも、禍々しい球体。


「なっ!?おい!!上を見ろ!!」


 此処でようやく、相手の内の一人が叫んだ。

 だが、それではもう遅い。

 幾ら相手がその場で止まっている訳では無く、絶えず動いているとしてもだ。

 全員の居場所を完全に把握した僕には関係が無い事だからだ。


(纏めて倒れるがいい!マギークーゲル!!)


 僕の周囲に浮かぶ相手と同数の魔力で形成された球体が、相手の予測行動を織り込み済みで目にも止まらぬ速さで放たれた。

 その攻撃は対象者に一つも外れる事無く、全員の脳を揺らし気絶させる。

 正直、心の奥底から湧き上がる闇い感情に身を任せれば、此処に居る全員を抵抗を許さずに殺す事も出来た。

 ただ、僕はそんな結末を望んでいないし、ザックの救出が最優先だった為、相手を無力化する事を選んだのだ。

 そして、この場でまだ意識がある人物は僕と最初に殴り飛ばした肥った男の二人だけ。

 まあ、この肥った男については意識が無くなるのも時間の問題だが、随分とタフな男のようだ。


(これで残るはザックを抜かして四名か。内二名は二階で睡眠中で良いんだよね?)

『はい。マスター。二階に居る二名はこのまま放置で構わないと思われます』

(じゃあ、残りは二名だね。よし!さっさと倒してザックを連れて帰ろう)


 僕は空中からゆっくりと地面に降り立つ。

 そして、ザックの反応がある方へと、僕は歩みを始めた。

 すると、僕達が入って来た入り口とは別の入り口(裏口)から一人の男が戻って来た。


「これで今夜は肉が食えるぞ!!なあ、お前達!!...っ、一体何が起きた!?」


 最初はとても嬉しそうにはしゃいでいた男だが、建物の中の惨状を確認すると態度が一変した。

 一瞬の内に笑顔は消え、眉間に皺が寄る。

 この場に戻って来たのは赤髪の男。

 今まで倒した相手よりも一際存在感を放っていた。


「どうしてこうなった?」


 赤髪の男が、倒れている肥った男に近寄り優しく肩を支えて話を聞く。

 だが、肥った男は何も喋る事が出来無かった。

 内臓は傷付き、殴り飛ばされた衝撃によって一時的な呼吸困難を起こしていたから。

 致命傷では無いが、今すぐにも安静が必要な状態。

 それでも懸命に身体を動かして、這い蹲りながらも僕の方を指差した。


「そうか...アイツがやったのか」


 肥った男は赤髪の男にそう伝えると、意識を失いそのまま自分が履いた吐瀉物に顔を突っ込んで倒れた。

 赤髪の男は僕を視認すると、自身に内包するマナを徐々に解放して行く。


(マナを身に纏って戦う拳闘士タイプか?)

「ガキがこんな事をして悪戯では済まねえな...ハッ!全く笑えねえよ!」


 赤髪の男が発する言葉は、何と言うかこその言葉に重みがあった。

 それは汚い言葉の羅列だと言うのに、感情が込められている所為か不思議とそう感じてしまうのだ。


「てめえがガキだからと言って「間違えました。ごめんなさい」で許す事など到底出来ねえ!!」


 赤髪の男から溢れ出すマナは赤色。

 その雰囲気は怒りを具現化しているようだ。


「やられたらやり返す!!俺達に手を出した事を覚悟しやがれ!!」


 赤髪の男がそう言って駆け寄って来る。

 やられたらやり返す?

 違うだろうが。

 お前達が先にザックを奪ったのだ。

 その瞬間、僕の中の闇い感情が大きくなる事を感じた。


「クソガキがー!!」


 赤髪の男が迫って来ているが、そのスピードはメリルと変わらない速さ。

 倒して来た相手の中では断トツの速さではある。

 だが、僕からしてみれば、あまりにも遅過ぎる。


(まるで、お前達が被害者であるかのようだな...正義面して、まさか、正当防衛のつもりなのか?)


 僕は相手のその態度に苛つく。

 何故だか、自分達の行いを棚に上げて正義感を振りがざすその姿に。


(僕達からザックを奪ったのは、お前達だと言うのに!!)

「食らえ!」


 相手は僕の懐まで潜り込むと、上背を活かした打ち下ろしの右を放つ。

 その拳にはしっかりと魔力が込められており、当たれば一撃必倒。

 だが、“当たれば”の話に過ぎなかった。

 僕は頭の位置だけをずらし、その攻撃を難無く避ける。


「なっ!?」


 赤髪の男は当たると思っていた自慢の一撃を避けられた事に驚いている。

 だが、直ぐに「グッ!」と歯を食い縛り、立て直しては次の攻撃を繰り出した。

 腰を入れた左のフック。

 踏み込みの足、膝、腰と連動しており、全身の力がその一撃に込められいた。

 僕はその攻撃を一歩前に踏み込み重心を下げる事で躱す。

 そして、ガラ空きとなった赤髪の男のわき腹に、お返しとばかりに左ボディを叩き込んだ。


「ぐはっ!?」


 相手がくの字になって悶絶している。

 その小さい身体の何処にそんなパワーがあるのだ?と言う表情で。

 僕はその瞬間を逃さずに、相手のボディにそのまま右ストレートを放つ。

 本当は顔面に入れたいのだが、身長差がありすぎる為に止むを得ずにだ。

 ああ...

 早く大人になりたいものだ。


「がはっ!」


 今度は前に倒れるようにと腰が曲がる。

 相手の頭の位置が自然と下がり、丁度良い位置に下りて来たのだ。

 僕はそのガラ空きとなった顔面へと膝蹴りをぶち込んだ。

 それは相手の鼻の骨を砕くように力一杯に。


「ぶっ!!」


 相手は受け身も取れずに仰向けになって倒れて行く。

 赤髪の男は鼻血が止まらずに顔が血だらけとなって。


(手応えはあったけど、拙い魔力操作でガードされていたな...ダメージはそこまで無いのか?)


 すると、突然。

 仰向けに寝ている男は笑い出した。

 自力で鼻の骨を真っ直ぐに戻して。


「ハハハッ!道理で仲間が倒されている訳だ。そんな也をして、かなりの強さじゃねえか。それも今までで一番のよ!!」


 そう言って赤髪の男が立ち上がる。

 手で頭を横に倒し、「コキッ。コキッ!」と首を鳴らして。

 そして、片方の手で鼻を押さえて身体の中から空気を出す事で無理矢理鼻血を吹き飛ばした。

 それも左右交互に行って。

 

「これは久しぶりに血が滾るぜ!!」


 小刻みにジャンプする赤髪の男。

 マナが更に溢れ出す。


「本気の勝負が出・来・る・って・な!!」


 先程の速さよりも上昇する。

 これはメリルよりも断然速いスピードだ。

 赤髪の男は右手を大きく振りかぶり、上段から真下に振り下ろす。


「虎襲爪!!」


 僕はその攻撃を相手に正面を向けたまま、バックステップで後方に避ける。

 だが、赤髪の男の攻撃は指の先から魔力が鋭利なナイフのように伸びていた。

 離れた距離から僕が着ている服だけを切り裂いたのだ。

 それを目の当たりにして、赤髪の男が目を見開く。

 それも楽しそうに笑って。


「ハッ!これが初見で当たらねえとは、お前は凄えな!!」

(成る程。戦技アーツが使えるのか...)


 戦技アーツとは、剣士や拳闘士と言った戦闘職が使える魔法みたいなもの。

 魂位や剣技と言ったスキルの熟練度を上げる事で覚える事が出来る技だ。


(これなら楽しめるかも知れないな!)


 赤髪の男の戦技アーツを見て「ニヤッ」と笑う。

 当初、僕が抱いていた怒りは、この時には薄れて違った別の感情が芽生えていた。

 メリル以外に戦え合える楽しみを、僕が知らない戦技アーツが見れるかも知れないと心が踊って。


「そうか。お前も楽しいのか!だったらとことんやろうぜ!!」


 赤髪の男も仲間がやられた事への怒りよりも、僕と言う強者と戦える楽しみが勝っているようだ。


戦技アーツ腕力強化!脚力強化!耐久力強化!!」


 赤髪の男がそう言うと、魔力が勝手に指定した場所を覆って行く。

 これはゲーム時代の魔法と同じで、効果に時間制限がある戦技アーツだ。

 どうやら、任意では身体能力強化を出来無いらしい。


「行くぜ!!虎襲連撃!!」


 先程のは右手一本で繰り出された一撃。

 だが、今度のは左右の手から上下に放たれる戦技アーツ

 上下から襲い掛かる攻撃は虎の咬撃であり、咬み突きそのままだ。

 だが、この攻撃には隙間があった。

 それは上下から放たれる攻撃は全くの同時では無いからだ。

 赤髪の男の場合、右手の振り下ろしから左手の振り上げへと移行する。

 これがもし、上下同時攻撃なら真正面から繰り出された場合、非常に避け辛いものなのだが。


「なっ!?これも当たらないだと!?」


 僕は相手の攻撃に合わせるように前へと踏み込み、攻撃を掻い潜った。

 今の僕は楽しさもあって目の前の事だけに集中している状態。

 それは怒りと言った邪念を吹き飛ばし、目の前の戦闘だけに集中をして。


「...」


 スーッと頭の中の思考が洗練されて行く。

 そして、思考と行動が一体化したかのような現象。

 『ZONEゾーン

 集中の極地だ。

 それはコマ送りの時間を支配して知覚感覚を極限まで高めた状態。

 身体能力がそれに伴えば、相手を一方的に置き去りに出来るものだ。


「クソッ!!ふざけた動きしやがって!その距離で何が出来るって言うんだよ!?」


 僕は相手の身体に両手を当てて極大の魔力を放つ。

 中国拳法の発勁に似たものだ。


「ぐはっ!!」


 ゼロ距離から放たれた攻撃にも関わらず、相手が大きく後方へと吹き飛ぶ。

 その衝撃の勢いは凄まじく、地面に着地をしても受け身をとる事が出来ず、ただただ転がりながら。

 呻き声と共に転がる赤髪の男。

 だが、その回転を利用し、転がる勢いを徐々に殺して行く。

 全身は傷だらけだが、完全に勢いを受け流した後にその場で立ち上がった。


「っな!?いつの間に?」


 赤髪の男が立ち上がった時、既に僕が目の前に迫っていた事に驚く。

 そこからは我武者羅に攻撃を繰り出す赤髪の男。

 足技も混ぜながら。

 ローキック。

 ミドルキック。

 ハイキック。

 膝蹴り。

 回し蹴り。

 回転蹴り。

 時折フェイントも混ぜながら必死に。

 その攻撃はどれも動きが滑らかで、インパクトの瞬間だけに力が込められている事が解るもの。

 だが、これも当たっていればの話だ。


「くそったれ!!何で攻撃が当たらねえんだよ!?..たれば。当たりさえすれば!!」


 ん?

 当たりさえすれば何だと言うんだ?

 もしかしたら僕を倒せるとでも思われているのか?

 心外だ...

 ああ、実に心外だ。

 お前程度の攻撃で僕が倒せると思われている事が。

 この時、楽しかった戦闘は急激に詰まらないものへと成り下がった。

 集中も途切れて、ZONEも消えて行く。


「ん?一体...急にどうしたんだ?」


 僕は避けるのを辞めて、相手の目の前にノーガードで立ち尽くす。

 お前のそのくだらない攻撃を当ててみろとばかりに。


「なっ!?テメエ!!それは馬鹿にしているのか!?それとも俺の事を舐めているのか!?」


 赤髪の男が激昂する。

 どうやらプライドを傷付けられたようだ。

 馬鹿にされているのか?

 舐められているのか?

 心底怒りが込み上げ、プルプルと震えるくらいに。

 だが、それは力量差の解っていない弱者の言い分だ。

 もし、相手の実力が分かっているのならば、そんな言葉は出てこない。

 もし、相手よりも強ければ、そう言った事態にすら陥っていないのだから。


「そうか。引く気は無いんだな!だったら!だったら望み通り最大の攻撃を当ててやるよ!!」


 赤髪の男は重心を低くし、両腕をめい一杯後ろに引いた。

 戦技アーツによる強化を全身に施して。

 目に見えて赤髪の男が見に纏う魔力の量が増えている。

 そして、それは火のように真っ赤に燃え上がって。


「くらいやがれ!!猛虎烈火衝!!これでどうだ!!」


 両手を後ろに引いた時点で技の想像は出来ていた。

 両手による同時突き。

 だた、これはゲーム時代に無かった戦技アーツ

 恐らく赤髪の男の固有戦技(オリジナルアーツ)だ。

 両突きからは魔力で実体化した虎が現れ、真っ赤な火を纏い遅い掛かって来る。

 火属性の戦技アーツ

 技として普通に格好良いものだ。

 だが、しかし。


「っ!?嘘だろ...無傷だと!?」


 火による攻撃で服は燃えてしまったが、僕の身体は全くの無傷。

 だが、これは当然の結果だ。

 何故ならば、二人の魔力総量は雲泥の差なのだから。

 僕はその力量差が相手にも解るように、目に見えるように解り易く魔力を解放してあげる。

 すると。


「なっ!?何だその魔力は!?...お前は本当に人間なのか!?」


 「本当に人間なのか?」悪役が言われる台詞上位に入るだろう。

 ただ、僕は悪役では無い。

 そんな事を言われたのは初めてだった。

 うん。

 お仕置きが必要だな。

 それも、とても、とても反省を促す一撃を。

 僕は相手の致命傷にならないギリギリを狙って、右手に魔力を収束させた。

 この時の僕は笑えていたのかな?

 それとも、哀しんでいたのかな?


「バ!...バケ、バケモノか」


 大の大人が涙目だった。

 いや、既に泣いているのか?

 だが、何もかも遅いのだ。

 ザックを連れ去った事も。

 力量差に気が付く事も。

 僕は渾身の一撃をそのお腹に叩き込んだ。

 それは最初の肥った男の再現。

 血や胃液を撒き散らかしながら吹き飛ぶ男。

 しかし、意識は既に失っていた。


「ふー。これでようやくザックを連れて帰れるね」


 怒りの感情が少し消化不良だが、思いの他、最後の一撃でスッキリと出来た。

 後はザックを連れ帰るだけだ。


『マスター。申し訳ございませんが、ザックの反応は既に此処にはありません』

「えっ!?」


 僕はその言葉を聞いて一気に血の気が引いた。


「此処には無いってどう言う事?さっきまでザックの反応があったんだよね?」


 僕が廃墟に乗り込んで10分も経っていない。

 その少しの間に、何故ザックが居なくなったのか?

 僕には解らなかった。


『先程の男が戻って来られた時に、ザックを含めた二つの反応が此処から消えました』

「消えたって...じゃあ、こいつらを倒しても意味が無かったって事か?」


 ザックが此処に居ないと言う事は、導き出せる答えはこいつらも利用されただけで、黒幕が別にいると言う事。

 いや、それとも既に売られてしまったのか?

 どちらにせよ、こいつらを全員倒す必要は無かったと言う事だ。

 時間を掛けずにザックの下へ直行していれば良かった。

 何なら(助けに来た僕、格好良いかも?)みたいな自分に酔いしれていた。


「ザックをいの一番に救出していれば良かった」

『マスター。一応、何度か声は掛けたのですが、どうやら完全に自分の世界に入ってしまわれたので私の声は届きませんでした...』


 プロネーシスが思いの他、落ち込んでいるようだ。

 精神を共有している筈なのに、言葉が届かず抑止を出来なかったから。

 

「...」


 ああ、プロネーシスごめんなさい。

 自分に酔いしれていました。

 それも窮地を救う英雄を気取ったつもりで。

 僕はひたすら先程の行いを反省していた。

 解り易く顔をしょんぼりとさせて。


『マスター?時間は然程経っていません...今でしたらザックの再救出が可能です。赤髪の男を叩き起こして居場所を突き止めましょう!』


 プロネーシスが僕の気持ちを汲んでくれたのか、落ち込んでいた筈なのに僕を励ましてくれた。

 何て出来た人なんだ。

 いや、貴方こそが心の友と書いて心友か?と感動した。


「プロネーシス、ありがとう!じゃあ、早速行動開始だね!」


 僕は赤髪の男を叩き起こす為に、再度追い討ちを掛けて行く。

 うん。

 自分でやっておいて何だが、やり過ぎたかも知れない。

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