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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
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004 魔獣諸国連邦ポセイドン①

「よし。メインストーリーを進めるかな!」


 ホーム拠点のリビングで待機しているアルヴィトルへと話し掛ける。

 これはメインストーリーである、魔獣諸国連邦ポセイドンを攻略する為だ。


「魔獣諸国連邦ポセイドンを攻略致しますか?」


 アルヴィトルが無表情のまま、無機質な音声で僕へと聞いて来た。

 今後、感情や表情などが成長して行くNPCなんだけど、今のところまだまだ無愛想な感じだ。


[YES/NO]


(それはもちろん!)


[YES]


 [YES]を選択すると、アルヴィトルの説明が始まった。


「先ずは、魔獣諸国連邦ポセイドンの事から説明させて頂きます。では...」


『魔獣諸国連邦ポセイドン』

 人間以外の人種『亜人』で形成されている。

 亜人とは人間的特徴をもつ生物であり、動物などの器官、特徴が付与、置換された生物であり、人間にない特殊な能力を持つ種族の総称。

 多種多様な亜人が住む島からなる国。

 周りを海で囲まれており、漁業、海産物が盛んな国である。

 弱肉強食の島国で『海皇ネプチューン』が多種多様な亜人を統一する事で建国。

 組織としては、海皇ネプチューンを頂点に、三獣士、魔獣兵団と続いた構成。

 三獣士それぞれが、陸、海、空部隊の統括者であり、一個人として軍の一部隊に相当する戦力を持った特機戦力者。

 三獣士・陸将 獅子人レオナルド。

 三獣士・海将 烏賊人イカルガ。

 三獣士・空将 鷹人エアホーク。

 その下には魔獣兵団が組まれており、歩兵、弓兵、重装、騎獣、魔法、支援、特殊と部隊が分かれている。


『海皇ネプチューン』

 亜人種の中で最も武力、知力に優れ、狡猾で残忍な鯱人。

 身長は三〇〇cmを超え、海の生き物の頂点に立つ。

 自分以外の生物は劣等種と考え、敵対する者には容赦が無い快楽主義者。

 現在、魔獣諸国連邦ポセイドンでは、海皇ネプチューンの独裁政治により貧富の差が如実に表れている。

 亜人同士の争いが絶えない国で、武力行使により無理矢理統一した覇皇である。

 力の無い物は淘汰され殺されるのか?

 はたまた人権を奪い奴隷となるのか?

 一切の躊躇が無く、決断、行動が出来る人物。

 

「...と、言うのが現状です。これらを打破し改善する事により、ワールドカルマを秩序側へと導いて貰う事がルシフェル様のお役目です。サポートは十分にさせて頂きますので、どうかご安心下さいませ」


 ワールドカルマを秩序側に導き、世界を平和にする事が目的である。

 それは、いずれ訪れるだろうラグナロクに向けて、少しでも優位に立つ為だ。


「先ずは、この国を革命する為に動いている組織『亜人革命軍』と合流して頂きます。それからは革命軍と協力して海皇ネプチューンを討伐して頂く流れです。」


 この国を支配している海皇ネプチューンを討伐する為にも、先ずは三獣士討伐が鍵となって来る。

 流石に僕一人で国全てを相手にする事は出来無いので、海皇ネプチューン討伐に向けて協力してくれる仲間が必要となる。

 そこで、この国に元々ある反国家組織を利用する算段なのだと。

 これはストーリー上決められている事なんだろうけど、亜人革命軍と協力する事が最善手らしい。


「但し、現在、革命軍のリーダーが捕まっている状況です」


 この国の弱肉強食制度に反発するかのように、その煽りを受けていた若者達が組織を作り、革命を起こす準備をしていた。

 しかし、計画が実行される直前。

 首謀者である革命軍のリーダーが捕まった事で計画は宙に浮いた状態となった。

 このままリーダーが処刑されてしまうと、革命を起こせないまま何も出来ずにただ時が過ぎるだけ。

 海皇ネプチューンの下、絶対王政を敷かれた国民は、搾取されるだけの家畜同然の存在となり、その生涯を終える事になってしまう。

 それだけは、絶対に避けなければならない。


「革命軍リーダーの救出は、この国を秩序側へと導く為の必須条件でございます」


 このままの状態では、ゲームの根幹である最終決戦時に、ワールドカルマが混沌側へと傾き、敵対勢力が強まる原因を生んでしまう。

 それを防ぐ為にも革命軍リーダーの救出を行い、革命の手助けを行う事で秩序側へと導く事が必須。


「今現在、革命軍はリーダー救出の為の人員を募集しております。ルシフェル様にはその場へと向かって頂き、革命軍と合流して頂きます」


 現状、革命軍は、リーダー救出の為に猫の手も借りたい状況。

 個人の能力を問わず、救出作戦に協力してくれる仲間を募集しているみたいだ。

 一応、採用後には能力別で役割が変わるみたいだが、人員は際限無く欲しいところ。

 敵対勢力の強大な個の力に勝るには、数の力で対抗するしかない。


『亜人革命軍』

 私利私欲に溺れるネプチューン皇権に抵抗する為に作られた組織。

 リーダーは三獣士陸軍隊長の息子レオンハルト。

 正義感が強く、義理人情に厚い人物。

 弱いものには手を差し伸べ、理不尽な暴力には身を挺して立ち向かう。

 老若男女、皆から好かれ、まさにリーダーに相応しい人物と言える。




 此処は、とある宿屋の酒場。

 店内のテーブル席は全て埋まっており、様々な冒険者が集い賑わっていた。

 だが、この賑わう状況の中、明らかに不自然な箇所が目立っていた。

 その場所とはカウンター席。

 テーブル席は全て埋まっていると言うのに、カウンター席の空席が目立つ。

 見たところ、カウンター席の一角に男女が横並びで座っているだけ。

 傍目からでは恋人同士にしか見えない装いの二人。

 だが、何を隠そうこの二人の正体こそが、革命軍の主要人物なのだ。


「カランカランカラン」


 僕は酒場の扉を開けて店内へと入って行く。

 客が来た事を知らせる鐘が鳴っているのだが、誰も僕の事などを見ていない。

 皆がワイワイと、酒に夢中でありついているからだ。

 注目を浴びずに済むなら、それが一番楽ではある。

 僕はそのままカウンター席へと真っ直ぐ向かった。

 マスターに注文(合言葉)を伝える為だ。

 これは既に、アルヴィトルから聞いている革命軍へ参加する為の合言葉。


「ご注文は、いかがなさいますか?」


 カウンターの中のマスターは、制服を格好良く着こなしたスキンヘッドの獣人(ゴリラ人)。

 僕を見ながら、渋く低い声で一音一音ハッキリ聞こえる滑舌で問い掛けた。

 この人物には、ダンディと言う言葉が良く似合う。

 ただ、見た目だけで言えば到底バーテンダーには見えず、屈強な軍人にしか見えない風貌だ。

 それは無理矢理、制服を着ているような、着させられているような、そんな違和感を得てしまう。

 だが、そんな事など気にしている場合では無い。

 リーダー救出の為、革命軍参加の為、合言葉を伝えて行く。


「マスター。ここに無い酒を頼んでも?」


 どうやらバーテンダーの渋い声に惹かれてしまったようだ。

 僕は自然と、マスターのその低い声に対抗して、精一杯自分が出せる低い声で応答していた。


「ええ。何なりと」


 相手には大人の余裕がある。

 グラスを磨きながら平然と対応して来た。


「“ブラッディレイン”をブラッド抜きで」


 これは、かなり格好良い台詞だ。

 普通に生きているだけでは、このような台詞を言う事など絶対に無い。

 言葉自体も、現代社会にはあまりにも不適切なものだから。

 僕は最後の「抜きで」を言う時にだけ、バーテンダーの顔をチラッと見た。


「かしこまりました。分量はいかかなさいますか?」


 流石は歴戦のバーテンダー。

 僕の言葉に対して、一切の淀みが無い返事。

 うん。

 渋過ぎる。

 ではそれに対抗して、更に格好良く身振り手振りも付けて返答する。


「そうだな...グラスに溢れるように“なみなみ”と」


 僕がそう伝えた時、カウンターの奥で会話を聞いていた男女が鋭い目付きでこちらを見て来た。

 バーテンダーも同様に、初めて反応を示した。

 そして、何かを確認するように、こちらを覗き込んで一言。


「時間は掛かりますが、それでも宜しいでしょうか?」


 それに対して僕も淀み無く答える。

 その時、両肘をカウンターテーブルに乗せて、顔の前で手を組み、顔を伏せながらも言葉だけで威圧するようにだ。


「いや、何よりも“スピード重視”で頼む」


 これは会心の出来。

 演技そのものが、リアルを超えた瞬間だろう。

 正直、録画をして記録を残したかった程だ。


「かしこまりました...それでは、以上で宜しいでしょうか?」


 次の言葉を期待しているバーテンダー。

 そんな馬鹿なとは思うが、此処までのやり取りは偶然でもあり得るらしい。

 いやいや、偶然で起こる事なんてあり得るのか?

 疑問は尽きないが、僕は最後の合言葉を伝える。

 少しだけ顔を上げ、バーテンダーの顔を覗き込むように目を光らせた。


「ああ、最後に“スマイル”を」


 以上のやり取りが、革命軍に参加する為の受け答え(合言葉)だ。

 その受け答え(合言葉)はアルヴィトルに教わった事をそのまま伝えただけ。

 だが、言い方や行動は僕オリジナルのもの。

 これは「自分史上最高に格好良かったのでは無いか?」と酔いしれていた。


 ちなみに、この合言葉の意味としては。

 此処に無い酒を頼む→今現在、革命軍にいないリーダーを望む。

 “ブラッディレイン”をブラッド抜きで→魔獣諸国連邦ポセイドンに降る血の雨から血を無くす。

 グラスに溢れるように“なみなみ”と→グラスが大陸に置き換えられ、血が無くなった雨(恵みの雨)が大陸を満たすように。

 何よりも“スピード重視”で頼む→救出に時間を掛けていられない。

 最後に“スマイル”を→作戦が成功し私達に笑顔をもたらすように、との事だ。


 それを受けたマスターが、初めて満面の笑顔で対応した。


「では、お客様。恐れ入りますがこちらでお待ち下さい」


 席の移動を促され、カウンター席の奥に居る男女の席へと案内された。

 マスターからは男女の席の隣、角の空いている席へと座るように指示を受ける。


(席を詰めずに不自然に空いている席。しかも、一番気まずい角に案内されるとは...)


 これがもし、人見知りの人物なら、その席に座る事は地獄だろう。

 だが、僕は人見知りでは無いので、言われるがままに席に座った。

 すると、会話の途中でこちらを鋭く視認して来た先程の二人が、僕へと話し掛けて来た。


「ほう、獣人以外の人物が来るとはな。誰に聞いたのか知らないが、君の事を歓迎しよう」


 剣士風の装備を身に纏った豹人の男性。

 僕の人種を確認しては驚いていた。

 豹人の男性の体格はスマートで手足が長い。

 姿勢や佇まいから、漲る自信が表へと現れていた。

 その見た目だけで判断するならば、パワータイプよりも、スピードタイプだろう。

 相手のその視線から、僕の力量を測るように、全身をくまなく観察されている事が解った。

 だた、その視線からは特別嫌な気持ちを感じない。

 単純に、初めて会う人物を気にしているだけで、相手に悪意は無いのだから。


「確かに珍しいですわね。ですが、協力して頂けるなら大歓迎ですわ」


 珍しそうに僕を見ながら驚いた表情を見せる豹人の女性。

 こちらも物珍しそうに全身を観ていたが、直ぐに立ち上がり移動の準備を始めていた。

 その立ち上がりの所作から、動きのしなやかさを感じる。

 右手には皮の手袋をはめて、身体には胸当てと腰当てだけを身に着けている。

 腰周りにはナイフが数本挿してあり、身軽な動きを重視している軽装備仕様だ。

 すると、同じように豹人の男性も立ち上がり、その身体をこちらへと向けた。

 その時、顔はこちらに向けたままなのだが、周囲に視線を動かし、警戒していた。


「ここでは誰に話を聞かれているか解らない。先ずは場所を移そう」


 そう言うと、指で合図を出し、僕に後ろを付いて来るように促した。

 豹人の男性は、僕をエスコートするように先へと進んで行く。

 僕は指示を受けた通り、男性の後ろにくっつき移動を開始した。


(なんだか連行されている気分だな...変にドキドキしてしまうよ)


 豹人の女性は、僕の更に背後から付いて来るようだ。

 今の状況は、男性と女性に挟まれた状態で、何処か落ち着ける場所へと移動を開始したところ。

 案内をされるがままに酒場を出て行く。

 だが、目的地が解らないまま付いて行く事は非常に不安が伴うもの。

 もしも、悪の巣窟にでも連れ去られた場合、僕にはどうする事も出来無いのだから。

 しかし、その不安は直ぐに解消された。

 どうやら、これから向かう場所は酒場と一体になっている宿屋みたいだ。


(案外、反対勢力の人物が、敵軍の主要都市の近くの宿屋にいてもバレないものなんだな...これは、盲点ってやつなのか?)


 そのまま宿屋の中へと入って行く。

 扉を開けて直ぐに受付があり、その隣に階段があった。

 料金を先払いする事で、部屋へと案内されるようだ。

 だが、豹人の男性は何も言わずに受付の従業員へと視線を流す。

 すると、従業員は何も言わずに受付を通してくれたのだ。


(凄い!スパイ映画みたいじゃないか!こういったやり取りを実際に見るのは初めてだ!)


 映画やドラマのワンシーンみたいな、内通者(協力者)とのやり取り。

 そのアイコンタクトだけのやり取りが、最高に格好良かった。

 そのまま受付を素通りして行くと、最上階(三階)にある角部屋へと向かった。


(角部屋...角にあるって事以外は他の部屋と違いが無さそうだな)


 迷わずその場所へと進んで行き、豹人の男性が扉を開けた。

 どうやらトラップは無いようだ。

 こういう時、大体敵が侵入しており一悶着あるのだが、メインストーリーも始まったばかりだ。

 もしくは、そう言ったものを察知するスキルを持っているからか?

 早く戦いたくてウズウズしている僕には、少しだけ残念な気持ちが残った。

 部屋の中は、ベッドが二つに小さいテーブルと椅子が二脚置いてあるだけの通常の客室。

 全員がその部屋に入ると、豹人の男性が僕に椅子に座るよう指示する。


「どうぞ。そこに座ってくれ」


 部屋を見渡しながらも、僕は言われるがまま椅子に座った。

 すると、男性も空いているもう片方の椅子へと腰掛けた。

 女性は座る場所が無い所為か、入り口の前に立ったまま周囲への警戒を解いていない。

 

「先ずは参加してくれてありがとう。俺の名はマークだ」

「私はジェレミーよ」


 二人は名前を告げると、軽くこちらに会釈する。

 僕もそれに合わせて、会釈を返した。

 全員と相互確認が出来た時、二人は本題を話し始めた。


「君の素性については一切詮索をしない。それは、君が人間だと言うのに、ここ(亜人革命軍)に来てくれているからだ。それだけでリスクがある事は十分に解っている。それにだ。君には、俺達革命軍がなりふり構っていられない状況なのも筒抜けだろうからな」


 革命軍に参加すると言う事は、現状を解っていないと出来無い事だ。

 リーダーを捕捉され、革命軍そのものが危機的状況にいる事を。

 参加する=自分の生命を懸けるようなものなのだから。


「ええ、そうね。今日から二日後には、私達革命軍のリーダーが皇都で公開処刑されてしまうわ。私達には、人員が居ようが、居なかろうが、明日には行動しなければならないのだから」


 時間は待ってくれない。

 最初から、やる、やらないの選択肢は無く、もうやるしか無いのだ。

 そこまで追い詰められている。


「そう。俺達には時間の猶予が無いのだよ。それに君の事を全く信用していない訳では無い。ここまで辿り着き、俺達に協力してくれると言うだけで、君の事を信じられるからね」

「それに、もし裏切られたとしても、リーダーを助けられなかった時点で私達に未来は無いわ」


 二人は、万が一の確率で僕がスパイである可能性も考えている。

 だが、それよりもリーダーの救出が最優先みたいだ。

 それに僕が、人型の見た目をしていた事も影響が大きい。

 僕の場合、種族は天使なのだが、見た目が人間と変わらない為、その人間として判断されたみたいだ。

 国の現状を考えると、人間と言う事が逆に信じられるみたいだ。

 そもそもが、彼等にとって違う種族の人間が、わざわざ亜人種を助ける事などあり得ない事らしいから。

 それ位、人種差別が根付いていると言う事。


(自分と違う人や、違う物って...何故か認めて貰えないんだよね...)


 これがもし、僕の種族が亜人種だったら、敵勢力の可能性は拭えなかったそうだ。

 ストーリーを進める上で種族が亜人種だった場合、二人と戦闘を行う事で、自分の事を認めて貰うみたいだ。

 僕の場合、二人と戦えた方が嬉しかったけど。


「君には明日の夜、俺達と一緒に皇都ポセイダルへと潜入して貰う。だが、公開処刑の影響で皇都の出入り口は閉ざされているのだ。その為、通常とは違うルートから潜入する必要がある」


 革命軍に参加して直ぐいきなりの大仕事。

 まあ、元々リーダー救出が目的なので、話が早くて助かるけど。


「相手も確実に反乱軍のリーダーの処刑を行う為、余計なイレギュラーを発生させない為にと入場規制をしているみたいだわ。皇都に潜入するには地下水路から進入し、処刑場を目指すわ」


 ジェレミーがマークの説明に捕捉する。

 現状、皇都へ繋がる道は一つだけだと。


「相手の軍には革命軍のメンバーを潜伏させている。既に、皇都への潜入準備は出来ている算段なのだよ」

「レオンハルトが捕まらなければ、今すぐにでもネプチューン皇討伐に乗り出せたのに...」


 ジェレミーは、その表情に悔しさが滲み出ており、思わず顔を下に伏せた。

 不安が脳裏をかすめたのだろう。

 少し涙目だ。

 マークは、その場で拳を握っている。

 その手には尋常じゃ無い力が込められていた。

 爪が皮膚に食い込み、血がポタポタと滴っていた。


(これを見てしまうと...ここが単なるゲームの世界だとは、僕には到底思えないよ)


 二人のその様子から、やるせない気持ちがヒシヒシと伝わって来た。

 こんな筈じゃなかったのに...

 「何故こうなってしまったの?」と。

 そんな不条理な気持ちが、痛い程に伝わって来た。

 この場を支配している、そんな暗い気持ち。

 処刑までの時刻が刻一刻と迫っているのだから焦っても仕方が無いのだ。


「タイムリミットは、処刑時刻である明後日の一ニ時まで」

「時間は一秒たりとも無駄に出来無いわ。ここまでは大丈夫かしら?」


[YES/NO]


(内容としては、革命軍協力の下、皇都に潜入し、処刑時刻までにリーダーを助ければ良いんだよね?)


 頭の中で聞いた情報を纏める。

 難易度はあれど、やる事は単純。

 リーダーの救出をすれば良いだけ。

 特に問題は無い。


[YES]


「では明日の夜、ニニ:〇〇にもう一度ここに集合してくれ」

「それまでに全ての準備をしておくと良いわ」


 二人の説明が終わった。

 明日のニニ:〇〇までは自由時間らしい。

 但し、此処はゲーム世界。

 準備が出来次第、二人に話し掛ければストーリーが進む形式だ。

 ただ、このストーリーを進める最低条件として、“魂位の位階が一〇以上”が絶対条件みたいだけど。


(準備と言われても、条件は既に満たしているし、アイテムや装備の準備も済んでいるんだよね...)


 此処での準備を考えると、アイテムや装備を整えたり、自身の魂位を上げたり、資金を集めたりする事なのかな?

 僕の場合、冒険者ギルドを通して、魂位も、アイテムも、装備も、先に整えたので、準備期間が設けられている事を今知った。

 どうやら、急ぐ必要は無かったみたいだ。

 僕は、既にストーリーを進める条件を満たしているので、二人に話し掛けた。


「準備は出来たのか?」


[YES/NO]


(今の今でおかしいけど、準備は既に済んでいるのだから)


[YES]


「よし。ではこれより皇都ポセイダルへと向かう。道中は敵に遭遇しないルートを通り、体力を温存した状態で皇都へと潜入する」

「出来る限り戦闘は避けましょうね」

「では、行くぞ!」


 皇都ポセイダルへとリーダー救出に向かうメンバーはマーク、ジェレミー、僕の三人だけ。

 この三人だけで、敵の陽動からレオンハルトの救出まで全てを行わなければならない。

 正直、一人一人の負担が大きいのだが、その分身動きが軽くなっており、少数精鋭の救出チームとなっているようだ。


(少数精鋭...三人しかいないからやる事は大変だけど、精鋭って響きが格好良いよね!)


 僕達は町を出てると、周りを注意しながら出来るだけ戦闘を避けて地下水路へと向かった。

 僕達が目指す地下水路は、皇都から海までを繋げている排水路。

 その海側の方へと向かっているのだ。


(海の潮の匂い...波の質感...これまた凄い再現度だな。本物にしか見えないよ)


 地下水路の出入り口は、本来なら厳重に警備をしている場所。

 だが、既に相手の軍には革命軍のメンバーが潜伏しており、入り口の警備兵は、こちらの協力者が勤めている。


(スパイを任されるような人物...一体どんな人なんだろう?


 スパイと言う想像だけの人物が一人歩きしている状態だ。

 ワクワクが止まらない。


(もしかして...あの、人なのかな?)


 此処の警備兵の最低条件は海を泳げる事。

 その為、泳ぎの得意な海豚イルカ型の亜人が警備兵として潜り込んでいるようだった。

 ただ、この亜人は海豚のようなスマートさは無かった。

 どちらかと言えば海豹アザラシのようで、横幅が広く、身体そのものがとても大きい人物。

 マークがその警備兵へと話し掛けた。


「“ルカ”、また太ったんじゃないのか?」

「マーク!やっと来たか!」


 二人は、お互いの右手を叩くように手を取り合い、身体を寄せ合った。

 コミュニケーションとボディランゲージを一体化させたもの。

 旧知の仲と言ったところだ。

 ただ、僕達の後ろから付いて来ていたジェレミーは、何故か一定の距離を保ったまま近寄ろうとしなかった。


(あれっ?ジェレミーどうしたんだろう...?)


 それは何かに隠れているように映った。

 何かあったのかな?


「長いこと待っていたぞ!体型は...別に変わって無いだろ?」


 海豚型の亜人“ルカ”は笑いながら体型は変わってないと話す。

 だが、その左手には烏賊の姿焼きを串に挿した物が何本もあった。

 確か、業務中じゃなかったのか?

 そんな事は何処吹く風の、自由気ままな人物だった。


「確実に、その左手が持っている物の影響じゃ無いのか?」


 マークは腕を組みながら呆れた表情で、ルカを半目で睨みつけた。

 それを受けたルカは、自分の左手へと視線を動かし、手に持っている烏賊焼きを慌てて隠して「ニコッ」と笑った。

 マークはその様子に、やれやれと頭を振って飽きれてしまう。


「まあ、それよりも内部に変更は無いか?」


 マークが表情を真顔に戻して、本題へと入った。

 摘み食いはいつもの事らしいので、気にするだけ無駄なのだと。


「それが...少し不味い事になった。どうやらこの処刑に三獣士・空将のエアホークが立ち会うみたいだ」


 ルカは、神妙な面持ちで眉間に皺を寄せた。

 それは、とても悔しそうな表情で、想定していた事が覆されてしまったのだと。


「そうか。やはり、三獣士が立ち会うか...」

「ああ。オレ達、革命軍対策だろう。だが、オレ達革命軍の実態から、その詳細までは向こうも掴めていない」


 敵も対策を施し、処刑に向けて万全な準備を整えようとしているみたいだ。

 唯一の救いが、革命軍のメンバーを知られていない事。

 危機管理に備えるだけ備えて、対策だけはしっかりと行っておこうとの事らしい。


「こうなると敵の陽動が重要になるのだが、皇都に潜伏済みの革命軍と協力さえ出来れば何とかなるだろう。だが、問題はレオンハルト救出だ」


 皇都潜入まではどうにかなるらしい。

 だが、肝心のレオンハルト救出が、三獣士が立ち会う事により、その難易度が何倍にも跳ね上がった。


「まあ、当然そうなるか...。だが、それに対しては当てがあるのだよ」


 マークが横目で僕を見た。

 期待が込められた、真っ直ぐな視線。


「...三獣士を相手にか?」


 ルカが不安な表情で聞き返した。

 三獣士は、一人で軍の一部隊に該当する戦力だ。

 数を揃えられない革命軍では到底敵わない相手。


「ああ、勿論。それについては、今回一緒に来て貰った新メンバーにやって貰う」


 自信満々に言い放つマーク。

 そこには一切の迷いが無かった。


「おい!大丈夫なのか!?オレ達の命運が掛かっているのだぞ!!そんな巫山戯た事に付き合う暇は無いんだぞ!?」


 ルカが怒鳴り込む。

 それは当然の事だ。

 革命軍の、しいてはこの国の命運を、見ず知らずの相手に任せようとしているのだから。

 だが、すかさずマークが反論して行く。


「解っている。だからこそだ」


 その言葉は先程と変わらず、一切の迷いが無いもの。

 力強く断言した。


「ああん?それは、どういった理由なんだ?なあ?納得できる答えがあるんだろうな?」


 ルカがマークの胸ぐらをつかみ声を荒げる。

 失敗の出来無い救出作戦。

 それを見ず知らずの新人に任せる事などあり得ないと。

 そして、マーク、僕と順番に睨みつけた。


「先ず一つは、彼が亜人では無いからだ。人間を忌み嫌う亜人の中に、ましてや、亜人革命軍の中に人間がいるとは向こうも思わないだろう」


 亜人革命軍と名が付いている事を逆手に取る作戦。

 そして、亜人が最も忌み嫌う人間に協力して貰うのだ。


「うむ。それはそうだろう。だが、救出は確実にやらないといけないんだぞ!」


 ルカ自身も人間に協力して貰う事には納得している様子。

 その様子からも、単に人間嫌いと言う訳では無さそうだ。

 今はそんな些細ないざこざよりも、レオンハルト救出が大事だと解っているから。


「ああ。その通りだ。ルカが言っている事は尤もだ。だが、それを踏まえた上で、これが一番の理由だ。それは俺達の誰よりも“彼”が強いからだ」


 言葉には絶妙な間があり、「誰よりも強い」の部分を溜めて言い放った事で言葉に力が宿った。

 それは有無を言わせない威圧のような、強制力のような力が。


「そう...なのか?オレには、棒みたいに簡単に折れそうに見えるが、見た目だけじゃ強さが解らないって事か?...だが、マークがそこまで言うなら...本当なんだろう?」


 それはマークの事を信頼している証。

 最後は聞き返しているのだが、既に自分の中では納得している様子だった。

 

「そうだ。それにどのみち、俺達では三獣士を相手に出来無いだろう?」

「...確かにな。...解った。その提案を快く受け入れよう」


 ルカは僕の警戒を解き、こちらへと近寄って来てはその手を差し出した。

 複雑な表情を浮かべているが、先程までの睨みを利かした怖さは無かった。 


(僕のこと、認めて...くれたのかな?)


 僕はその手を取って、力強く握手をした。

 すると、相手は握手したまま身体を引き寄せ、ぶつかるような勢いで抱き締めて来た。

 僕の身体が潰れるような、そんな力強さを感じて苦しくなった。

 ルカは僕の背中を叩きながら一言漏らす。


「《《まかせるぞ》》」


 僕はその言葉に込められた思いを汲み取る。

 その五文字に込められた複雑な意思を。

 それに対して僕は力強く頷いた。

 すると、それまで僕達の事を離れて見ていたジェレミーが近寄って来る。


「話は...終わったかしら?」

「わあ!ジェレミー♡居たのかい?」


 ルカが今まで以上の大声で話す(叫ぶ)。

 ルカの表情はだらしなく崩れ、ジェレミーに向ける視線が完全に恋をしている目だ。

 動きもモジモジしていて、さっきまでの男らしさや力強さが無くなっていた。


(えっ?急にどうしたんだ!?この豹変振り...さっきまでと違いすぎて気持ち悪いな...)


 こんな事を思ってしまっては相手に失礼だろう。

 言葉にしなかった事が、せめてもの救いだった。

 ネガティブな発言は、容易に相手を傷付けてしまうのだから。

 考え方を修正していかなければ。


「ジェレミー♡今日も素敵だね!時刻はもう夜。周りはこんなに暗いのに君だけ輝いているよ!何故だろうか!?そう、君は周りを照らす太陽なんだ!光り煌く君は、この空間を輝かせてくれる!ああ、それは光と闇。表裏一体であり、お互いに無くてはならない存在なんだ!」


 ずらずらと甘い言葉が瞬時に紡がれた。

 ルカのジェレミーに対する止まらない思いが詩のように自然と溢れて。

 ルカは周りを置いてきぼりにして、一人で延々と語る。

 これでもかと言う位に言葉を詰め込んでいた。

 それを受けたジェレミー。

 呆れを通りこした嫌悪を口にしてしまう。


「もう!こうなるから嫌だったのよ」


 ジェレミーは深い溜め息をし、ストンと肩を落とした。

 両手を広げて、どうしようもなさそうなそんな諦めが、その動きへと表れていた。


(なるほど。だから僕達から離れていたのか。まあ、あれを見るとそうなるか...)


 ジェレミーに対して少し可哀想な気持ちになってしまった。

 目の前で、あの思いを早口で饒舌に伝えられたかと思うと、身震いが止まらなくなる。

 慌ててマークがルカを遮った。


「ルカ!時間が無いのだ!早く地下水路への入り口の鍵を開けてくれ!」

(おお!流石はマーク!ナイスタイミング!)

「っ!?そうだったな。すまない。今開ける」


 ルカは自分の行動を反省しながら顔を伏せてしょんぼりとする。

 直ぐに行動を改めて、地下水路の鍵を開けてくれた。


「すまなかったな」


 この我に戻った時のギャップ。

 海豚イルカ型の亜人ルカは、見た目も性格も規格外な男だった。


「はあーっ。全くルカは。...では、ここから皇都までは一本道だ。中を警備している者も革命軍のメンバーだから問題なく進めるそうだ」


 マークが気を取り直した。

 こんなところで無駄な時間など使いたく無いからだ。


「ただ、ここは相手の拠点で何事も警戒は必要よ。注意しながら進みましょう」


 ジェレミーがそれに続いて注意喚起をする。

 だが、それが逆効果となってしまった。


「流石ジェレミーっ♡その用心深さが、本当に最高だよ!」


 ルカが再び興奮して我を忘れる。

 だが、ルカの一方的な思いが言葉として並ぶ前に、すかさずジェレミーが突き放した。


「もう、ルカは黙っていて!これ以上邪魔するなら一生口聞かないからね!」

「っつ!?それは無理だ!嫌だ!!はいっ!直ぐに静かにします!」


 この時の返事は、とても早口だが、先程の甘ったるさは一切無かった。

 ジェレミーの言葉を、めまぐるしく頭の中で反芻させての事。

 口を聞けなくなる事が、如何に自分にとって不利益になるのかを悟ったからだ。

 ルカは背筋を伸ばして、口をチャックするように手を動かし直立した。

 ジェスチャーが何とも言えない程、滑稽に映っていた。


(この人...大丈夫なのか?)


 僕は救出作戦に対して、急激な不安に襲われた。

 そして、周りも、これ以上ルカの相手をしていると作戦に支障が出る事を感じたようだ。

 皆が皆、ルカの事を放って置く事にしたのだ。


(信じるのは...己だけか)


 僕がリーダー救出をやりきれば問題無い事だ。

 頼れるのは己自身だけ。

 ルカを見ていると、そう思った方が気持ちが楽になると悟った。

 そうして、一段落(?)したところで、僕達は地下水路の入り口の扉を開けて、その中へと入って行く。

 だが、入り口を開けた瞬間、中に篭っていた空気が開放された。


(うっ!臭いが...)


 下水道のドブのような臭い。

 しかも、地下水路の中は、ジメジメして仄暗かった。

 辺り一面には、カビ臭い匂いが充満していて、長時間この場所にいると体調を崩してしまいそうだ。

 だが、そんな事で立ち止まっている暇など無い。

 それを思ってか、マークが先頭に立ち僕達を先導するように動き始めた。


「よしっ!では注意しながら進むぞ!」

「あっ、すまない。オレはまだ警備の仕事が残っていて...ここを離れられないんだ」


 ルカは、まだ警備の仕事が残っていたようだ。

 だが、僕達からすれば居ない方が助かる事。

 ルカからすれば、これ程残念な事は無いらしいが。

 ジェレミーと離れる事が、この世の終わりと思える程の喪失感を浮かべていた。


「...」


 マークはルカの話を聞いていない。

 これ以上構っていたら、救出作戦に支障が出てしまうからだ。

 ルカはジェレミーに対して何かずっと喋っているが、僕達は無視をして地下水路の中へと進んで行った。


「「「...」」」


 この時、僕達三人が終始無言だった事が変に面白かった。

 そして、今直ぐにでも「ルカの事は忘れてしまおう!」と皆がそんな感じだった。

 それ程に皆が、肉体的にも、精神的にも、疲れ果ててしまったのだろう。


(もう...お腹一杯だよ)


 道中は、休憩を挟みながらも、特に問題無く地下水路を進む事が出来た。

 それはそうだ。

 地下水路には革命軍のメンバーしかいないのだから。

 こうして、変な疲れだけを残し、無駄な争いをする事も無く、無事に地下水路を抜ける事が出来た。

 目の前に広がる皇都。


「ここが...皇都ポセイダルか!」

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