047 棄てられた奴隷と貧民窟⑤ ~売買~
「ふざけるな!!売上金の三〇%も持っていかれるだと!?あの狸!!人の足下をみやがって!!」
狐顔の男が激昂する。
周囲にある手頃な物を手に取っては地面に勢い良く叩き付けた。
その際、決して高価な物は選ばず、何処にでもある安い普及品を選んでいる辺りが男性の小物感を表していた。
すると、それを嗜めるように執事姿の男性が止めに入った。
「落ち着いて下さい。フクス様」
名は体を表すとは良く言ったものだ。
いや、この場合だと、逆になるのか?
狐。
見た目そのままの名前だった。
「うるさいぞ!シャーザ!毎月毎月、こんな事では私の取り分が減るでは無いか!」
働いた分の利益が総取り出来無い。
稼ぐ事こそが至高の商人にとって、利益を献上する事などあり得無い事。
他人を利用して甘い汁をすする事なら大歓迎だが、他人に利用されて苦渋を飲む事など勘弁ならない事だ。
「フクス様。それでも“あの御方”の庇護下で営業が出来るのです。もし、それが無くなればどうなるかは、容易にお解りになる事でしょう?」
「っ!?」
“あの御方”と名前が伏せられている人物こそが、先程まで取引をしていた狸顔の男。
此処ら一帯を裏から牛耳っている人物なのだ。
「思い出して下さい。先月も、オープンしたばかりの店舗が潰れましたよね?」
「確か...噂では献上金を断ったとの話があったな」
どうやら、献上金を奉納する事で“あの御方”の庇護下に入り、“通常通り”に営業が出来るとの事。
奉納する事で店の利益が減る事はあれど、その分奉納し続ければ、その間だけは店の治安を維持出来ると言う仕組みだ。
「三ヶ月前にも、店主の両手足が切り落とされた状態で立て看板のように、お店の前に飾られていた事がありましたよね?」
「...売り上げ金を誤魔化しただったか?」
「はい、フクス様。これらは証拠が無い為に犯人が有耶無耶になってしまいましたが、“誰がやったか”はご存知ですよね?」
「むむむ...」
献上金を断った店や奉納が出来くなった店は、何らかの形で営業が出来なくなる。
曰く火災が起きたとか、曰く店主が行方不明になったとか、大小様々な形で。
「フクス様。それに悪い事ばかりでは無いでしょう?特に当店舗においては、その恩恵もかなりございます」
「そうだったな...私みたいに“人身売買”を生業にしている店ではな」
フクスは、奴隷を売買する事で生計を立てていた。
そして、その恩恵とは奴隷に関する事。
“あの御方”は、何処からとも無く人(商品)を連れて来るのだ。
丁度、先程も「こいつを商品(奴隷)にするが良い」と人物を連れて来たばかり。
「ああは、なりたく無いものだ...」
「ええ...フクス様」
フクスは、その人物を何処かで見た覚えがあった。
実際にその人物に会った事は無かったが、先程の話にも出て来た新店を開いたばかりの店主に良く似ていたのだ。
これまでにも、そう言った事が何度かあった。
見知った顔が、噂で聞くような人物が、幾度と無く目の前に連れて来られては、商品(奴隷)となるところをだ。
「だが、今月は私も苦しいのだ。あんな事さえ無ければ...。シャーザ。“アレ”は処分したのだろう?」
「はい、フクス様。元凶となる“アレ”は処分しております」
シャーザが淡々と答える。
“アレ”と呼ばれるものは、既に処分したのだと。
それを聞いたフクスは、「ホッ」と一息吐いた。
「そうか...なら良い。これで私の店(商品)が守られるならばな...」
お店にとっての心配事が無くなったと安堵した。
「...こうなると商品(奴隷)の補充が必要か?」
「フクス様。宜しければ、また“あの者達”に頼みますか?」
フクスがどうしようかと悩んでいると、シャーザが提案をする。
解決策は既にありますと。
「ふむ。女、子供だけに限定出来るならば、それも良かろう。但し、前回みたいに顔が傷付いている者は無しだ」
「かしこまりました。では明日、早速手配して参ります」
イータフェストでの障害物レースに、秘密裏に行われていた取引から日が変わって次の日。
教会の広場では。
「ルシウス!また街に行けるのは楽しみだね!」
さくらが嬉しそうに僕に聞いて来た。
周囲に自然しか無い環境の教会に住んでいると、人が多く住まい様々な物で溢れている街に行く事は、それだけで十分に魅力ある事なのだ。
「そうだね。それに毎日が訓練ばかりだと疲れてしまうから、丁度息抜きも兼ねて良いよね」
何故、僕達が再び街に向かうのかと言えば、基本、教会では自給自足で賄っているが、どうしても教会だけでは足り無くなる物がある。
それは、生活必需品と呼ばれる物だ。
今回は、皆が着る服の元となる“布”を購入しに行くのだ。
(教会や孤児達が着る服は全部僕達の手作りだからな。一応、街でも服は売っているみたいだけど、到底、一般庶民には手が届かない値段なんだよね...)
では、その目的の物を購入する為の「お金はどうしているのか?」と疑問が浮かぶだろう。
お金は、教会で育てた野菜などを売って管理しているのだ。
今では育てている野菜の種類が増えた事、そもそもの収穫量が増えた事で、お金に余裕が出始めていた。
(商業ギルドにも登録した事だし、特許申請もした事で、お金に関しては問題無くなりそうだな。このまま行けば、お店で服を買える事も出来るようになるんだろうな)
僕がそんな事を考えて言ると、背後から女性に声を掛けられた。
「ルシウス?さくら?荷物は、全て荷台に積みましたか?」
その女性は、今回一緒に街へ向かう人物のメリダ。
メリダがとても丁寧な口調で聞いて来た。
「はい。メリダ様。これで全部です」
いかにも武官(脳筋)的な姉のメリルとは違い、文官(理性)的なメリダ。
物腰がとても柔らかい人物だ。
だが、怒ると怖いのはメリダの方だったりもする。
そして、メリダが言う荷台とは何か?
その荷台は、僕が木材で作成したリアカーみたいなものだ。
今までは、布の袋に入れた野菜を担いで人力で運んでいたのだが、荷台を作成した事でその作業が一気に楽になった。
ちょっとした改善の積み重ねだ。
「はい。メリダ様!無事に積み終わりました!」
さくらは、街へ行けると言う嬉しい気持ちを隠せずに、その言葉や態度に表れていた。
今にもルンルンと飛び跳ねてしまいそうなくらいだ。
「さくらさん。ルシウスさん。ありがとうございます」
メリダは、現状アナスターシアの奴隷であるが、元貴族と言う出自。
それ故に立ち振る舞いや所作は、とても綺麗な動作で品があるものだ。
しかも、僕達みたいな平民にも難なく頭を下げられる、奢りの全く無い人物だ。
「では、本日は、教会で収穫した野菜を領都イータフェストへと売りに参ります。そのあとですが、教会や孤児院で使用する服を作る為にも、布を購入して帰る予定です。お二人共、大丈夫でしょうか?」
「「はい。メリダ様(!)」」
息を合わしたわけでは無いが、僕とさくらの声がピッタリと重なった。
こう言う時、内心「ビクッ」と驚いている事は内緒だ。
「今回、当初の予定では私達三人で行くつもりでしたが、もう一人、同行者を連れて行きたいと思います。こちらに連れて参りますので、このまま二人はお待ち下さい」
メリダが僕達にそう伝えると、孤児院の方へと向かって行った。
僕達の他に同行者?
一体、誰を連れていくんだろう?
「ねえ、ルシウス?同行者って誰になるのかな?」
さくらも気になるようだ。
同行者が増えると言う事はそれだけで監督者として大変になる事。
メリダがそうまでしてでも、わざわざ街へと連れて行く人物なのだから。
「う〜ん、誰だろうな?でも教会では無く、孤児院の方に向かったのなら...」
うん。
やっぱりそうだ。
僕の思っていた通りの人物を、メリダが連れて来た。
「今回は、ザックさんを連れて行きたいと思います。身体の調子もだいぶ良くなっておりますので、気分転換も兼ねて同行をして頂きます」
イータフェストの街の外れで僕が拾って来たザック。
拾って来たと言うと言葉が悪い気もするが、イータフェストの街で傷付いて倒れていたザックを、孤児院で保護したのだ。
そして、その面倒を見ている人物がメリダになるので、当然と言えば当然だ。
(ただ...検問は通れるのかな?ザックの事探したりは...していないのか?)
まあ、それは今考えても仕方ない事だ。
それに街に行ってみれば、反対にザックの事が何か解るかも知れない。
すると、ザックが嬉しそうに僕達の間に入って来た。
「みんな。いっしょ。たのしみ!」
街へと一緒に行くメンバーを見ながらザックが笑った。
だが、一人の人物の顔を見た時、急に動きが止まる。
「!?」
僕は、その行動に(??)と頭に浮かんだ。
(急に動きを止めてどうしたんだろう?)と考えていると、どうやら、さくらの顔を凝視しているようだ。
「おまえ。かわいい。とても」
「!?」
突然の言葉にビックリするさくら。
不意に褒められた所為か、顔が赤くなっていた。
「まあまあ。これは...ふふふ」
メリダは、手で口を押さえながらその光景を見て楽しんでいた。
何だか...
僕は楽しくないかも。
不快では無いけど、心の中の気持ちは、何だか楽しくない気がする。
でも、ザックの笑顔がとても嬉しそうだったから、僕の気持ちまで、その笑顔に引っ張られて嬉しくなった。
「ルシウス!なまえ。おしえて」
ザックは、さくらを指差したまま僕に名前を聞いて来た。
興味津々なその様子は、動作を交えて目がキラキラと輝いていた。
「...名前を?」
僕は、さくらの顔を見る。
だが、さくらは下を向いたまま照れているので喋れそうに無かった。
それなら仕方無いかと、僕はさくらの代わりにザックの問いに答える。
「名前は、さくらだよ。裏山に生えてある、一番大きな樹の名前と同じなんだけど...ザックは解るかな?それと同じで、とても綺麗でしょ?」
「!?」
その瞬間、さくらの頭から湯気が「プシュー」と出ては真っ赤な茹で蛸状態になっていた(実際は、そんな事無いけれどメリダが言うにはそんな状態に見えたそうだ。ただ、僕からはそんな姿、見る事は出来なかったけど)。
「ル、ル、ルシウスゥ」と言葉が尻すぼみになり、何を言っているか聞こえなかった。
見る事が出来ずに残念だ。
「さくら?いいなまえ...みてみたい。おおきなき。おれも」
ザックが両拳を握りながら熱望する。
(そんなに見たいのかな?じゃあ、今度ザックも連れて一緒に行ってみようかな?でも...山登れるかだよね?)
そんな事を考えていると、僕達の間にメリダが割って入って来た。
「はいはい。皆さんそこまでにしましょうか?もう、準備は済んでいるので街に向かいますよ?」
両手をパンパンと叩きながら僕達を嗜めた。
これ以上遅くなると、教会へと戻って来る時間が日が暮れてしまうからだ。
「「「はい!」」」
返事良く皆の声が重なった。
その様子はまるで、軍隊式の敬礼をする勢い。
今は怒っていないけど、怒らせたら怖い事を皆が知っているからだ。
「では、参りましょう」
こうして、僕達はイータフェストの街へと向かった。
道中は特に問題無く進む事が出来た。
でも、運んでいる最中にザックがさくらとばかり話していた事が何処か気に食わない。
僕だってザックと同い歳だ。
折角、男同士だと言うのに...
ただ、この複雑な気持ちは、それだけなのかな?
(僕だって話したい事一杯あるのにな...)
元の世界では、友達と呼べる男の子が一人もいなかった。
夢見る漫画や、アニメのヒーローを語り合うように、お互いの好きな事を話したかったのだ。
此処だと漫画やアニメの話は出来無いので、前回の模擬戦を絡めた戦闘の話を。
(でも、この変な気持ちは...それだけじゃ無いのか?)
僕は、知らずの内にさくらの顔を見ていた。
自分の知らない感情に、モヤモヤしながら。
「さて、無事、街へと入る事が出来ましたね。では、これからいつもの野菜屋さんに向かいましょう」
街の検問を突破して、屋台通りへと向かう。
僕は検問を通る際、ザックがどう影響するのかが心配だったが、どうやらただの杞憂で終わった。
調べられたのは、いつも通りの健康状態だけだった。
これがもし、身分証の確認などがあれば門兵と一悶着あったかも知れない。
ザックは、この街の住人(奴隷)だと解ってしまうから。
そして、奴隷紋を強制的に消されて、捨てられている事も。
(まあ、ザックに何かあるなら、既に検問で止められていた筈だもんね?)
『はい。マスター。この場合ですと二通り考えられます。一つは、ザックを管理していた奴隷館からの連絡。もう一つは、ザックの主人からの連絡です。ですが、検問を問題無く通れた事、奴隷紋が強制的に消されている事を考えて、ザックの奴隷としての立場は、消失していると考えられます』
奴隷館からも、主人からも、検問には連絡が来ていない。
ザックが不慮の事故であの場にいたのならば、奴隷の所有物として、そのどちらからか連絡が無ければ可笑しな話と言う事になる。
だが、もしも故意にあの場に棄てたのならば、それは文字通り棄てられたのだろう。
人として尊厳がある“者”では無く、不良品として使い物にならなくなった“物”として。
(だよね、プロネーシス。でも、こうなると尚更、厄介ごとに巻き込まれそうだよね...)
『はい。マスター。可能性は十分です』
フラグが立つ瞬間。
これが漫画やアニメ、小説などの物語ならば一〇〇%だ。
もしかしたら、既に僕達は巻き込まれているのかも知れないが。
そうして屋台通りに近付いて行くと、何だかその近辺がザワザワと騒がしい。
人が集まり過ぎて混雑している様子だ。
僕達は目的の野菜屋さんに向かう為にも、列に並びながら少しずつ渋滞を進んで行く。
すると、僕達の前を歩く人物から話声が聞こえて来た。
「この混み具合...一体何があったんだ?」
「どうやら、屋台通りで抗争があったらしいぞ?」
街の住人(野次馬A、B)が話していた。
(抗争?)
僕は、二人が話す内容の中に抗争と言う言葉を聞いて違和感を感じた。
此処は剣と魔法の世界だと言うのに、そんな事があるのかと。
ヤンキーもの。
任侠もの。
マフィアもの。
どれもロクな結果にならない世界の話だ。
(そう言えば、似たような話のイベントがゲーム時代にもあったっけ?確か、イベント名は、仏恥義理だったかな?)
『仏恥義理』
族に入って全国統一を目指す、期間限定イベント。
下っ端から始まり、好敵手を倒して行く事で自身のランクを上げるシステム。
遊撃隊長とか、特攻隊長とか、やたらと漢字が多く、細かな肩書きも多い。
当て字と言うものが物凄かった記憶がある。
取り敢えず最初は、仲間同士で競い合って族長を目指すところから始まり、最終的に全国制覇を目指すイベントだ。
族長も村・町から始まり区・市・郡、都・道・府・県、地方、東・西・南・北、全国と上がっていった。
確か、“成り上がり”とかそんな感じだったかな?
「昨日の夜、チームの存続を賭けて対決したらしいぞ」
「だからか。屋台が壊されているのは...」
え!?
屋台が壊されている?
もうこの世界はゲームじゃ無いのに、良くそんな酷い事が出来るもんだ。
「しかも、負けた方のリーダーが今朝、死体で見つかったらしいぞ」
「えっ!?死体で?」
死体?
嘘だろっ!?
街の中で殺し合い?
と言うかこの街、こんなに物騒だったのか?
「ああ。見つけた人が言うには、原形を留めていない程にグチャグチャだったらしい」
「うえっ!メシ前に辞めてくれよ。吐きそうだ...」
こちらまで気分が悪くなる話だ。
ただ、幸いだったのは、この話を盗み聞きしているのが僕だけだった事。
さくらやメリダやザックが聞いてなくて良かった。
「どうしたのでしょうか?珍しく道が混んでいますね...」
メリダが、この状況に不思議がっていた。
「確かに、この時間はお昼前で人通りが多くなる時間帯です。ですが、今までこんな事などありませんでしたのに」
「ええ、メリダ様。どうしたのでしょうか?中々進む事が出来ませんね」
さくらは、相槌を打ちながらメリダに同意する。
二人とも思い通り進めない事にゲンナリしていた。
その中でただ一人、楽しそうな人物が居た。
「ひと!おおい!すごい!みたことない!」
確かに、この街でこんなに人が集まっているところなど一度も見た事が無かった。
周りにも、僕達と同じように中々進めない現状に苛つく住人がチラホラと見受けられる。
だが、僕達はその渋滞を我慢しながら、じっくりと人混みを掻き分けて進んで行く。
その際、壊れた屋台を囲むように人が集まっている事を確認し、渋滞の原因がこれだったのかと皆が理解した。
それに皆は気付いていなかったが、地面には血痕らしきものが散布してあり、此処で争いがあった事を証明していた。
(これは...大丈夫なのかな?)
不安を感じながらも、目的の場所へと進んで行く。
通りを進んで解った事だが、どうやら屋台が壊されているのは片側の通路だけらしい。
目的の野菜屋さんがある店舗は、その反対側になるので問題無さそうだ。
「ようやく、見えて参りました」
「野菜屋さんは無事みたいですね!!」
「...やさいや?」
三者三様の反応を見せる。
目的の野菜屋さんは、無事に店を開いていたのだ。
皆、それを見て安心する。
「それにしても一体何があったのでしょうか?」
「う〜ん、解りません。でも屋台が何台も壊れていました」
「ぼこぼこ。ばきばき」
「ええ、壊れていましたね。どうしたのでしょうか?」
メリダは、顎に指を当てて考えている。
でも直ぐに、私が考えても仕方無いだろうと諦めた。
「...それでは、荷物を降ろして換金して貰いましょうか?ルシウス。さくら。ザック。そのお手伝いをお願い致します」
「「「はい!」」」
メリダは僕達に指示を出すと、野菜屋さんの店主のところへと向かった。
この野菜屋は、屋台の後ろの建物も店主の店舗となっており、前に出ている屋台部分は露店部分となっていた。
住居とお店が一体化した店舗だ。
お店の中へと入り、「お邪魔致します。教会から参りました、メリダです」と店主に声を掛ける。
すると、店主も「おお、メリダ。待っていたぞ」と言葉を返す。
お互いに慣れ親しんでいる関係だ。
メリダが、「ゲミューゼさん。それでは本日も買い取りをお願い致します」とお辞儀をするのと同時に、僕達は荷台から袋詰めした野菜をお店の中へと運んで行った。
店主に声を掛け終わったメリダも、直ぐに荷降ろしを手伝ってくれる。
「...最近は、収穫量も増えているみたいだな?相変わらず、鮮度も品質も良い品だ」
野菜屋の店主は、こんがりと肌が焼けているオジサン。
袋の中に入った野菜を、一つずつ取り出しては品定めをしている。
僕達が持って来た多種多様の野菜を、その量が多くても一つずつ丁寧に確認して。
これが商売の鉄則だからだ。
僕達が店主を騙す事などあり得ないが、自分の目でしっかりと商品の価値を確認しているのだ。
「...これなら、そうだな。大銀貨五枚で買おう」
大銀貨五枚。
ゲーム世界の単価に照らし合わせれば五万ガルド。
もう一つの目的である布の値段が、二〇〇ガルド/一mで買える事を考れば、教会で収穫した野菜を売るだけで、この金額はかなりの儲けとなる。
何て言っても精霊のおかげで、魔力供給さえ出来れば野菜の収穫は簡単に出来てしまうのだから。
まあ、膨大な魔力が必要になるんだけどね。
そうしてゲミューゼは、店の奥の金庫からお金を持って来てはメリダに手渡した。
メリダがそのお金を丁寧に受け取り、感謝を伝える。
「ゲミューゼさん。いつもありがとうございます」
「いや、こちらこそメリダ達のおかけで上手い商売が出来ているんだ。メリダ、ありがとう」
お肉や魚が普及していないこの街では、野菜が主菜になる事が多い。
その為、教会で育った高品質の野菜は売れる物で、更にはしっかりと利益が出る物だ。
お互いに得をする関係と言う事になる。
「...そう言えば、今さっき隣の屋台の店主に聞いた話なんだが...」
ゲミューゼは、思い出したかのように先程聞いた話をメリダに告げようとする。
だが、途中で僕達を見て口籠った。
きっと、この先の話の内容を子供の僕達に聞かせては不味いと思ったのだろう。
メリダだけを手招きして近くに呼んだ。
「...皆さんは、お店の前で待っていて下さい。少々、ゲミューゼさんと話して参ります」
「すまないな、ボウズ達」
ゲミューゼが表情をグシャッと潰して謝る。
その後、二人してお店の奥に入って行った。
但し、その際、お店の中から僕達が見えない位置には行かずに、僕達に話の内容が聞こえない距離に移動していた。
どうやら、子供から目を離さない為の処置だった。
「...どうしたのですか?」
メリダが横目で僕達を気にしながらも、ゲミューゼに話の内容を聞く。
すると、ゲミューゼは頭を掻きながら、気まずそうにその内容を話し始めた。
「少しな、言い辛いんだが、昨日この通りで人が何人も死んでいたらしいぞ」
「え!?この通りで人が死んでいたのですか?」
死んでいたと聞いて驚くメリダ。
だが、直ぐさまその表情が変わり、目付きが鋭くなった。
「...それは、殺されたのでしょうか?」
この国では、人が死ぬ事などよくある事だ。
一週間に何人かの人物は、例え何もしなくても死んでいるのだから。
それは病気の所為だったり、栄養失調だったりと。
ただ、その死因によっては、生活の対応を変えなければならない。
止むを得ず死んだのか、誰かに殺されたのかによって。
「ああ。どうやらそうらしいぞ。オレも隣の店主に聞くまで知らなかったんだが、今朝、複数の死体が見つかったらしい。今は慌てて領兵が後始末しているらしいぞ...」
「だから、この通りが混雑していたのですね。荷台を押しながら此処まで来るのはとても苦労でしたので」
殺された死体が残っている場合、領兵が処分する。
ただ、この時、現代社会のように現場検証や死体検証などは行われない。
そんな技術も、検証出来るような魔法を使える者もいないからだ。
この国で殺された場合、“死人に口無し”と言う事で諦めるしか無かった。
「...それは災難だったな。まあ、今の時間ならまだ安心だろうが、遅くなる前に気を付けて帰れよ?」
「はい。ゲミューゼさん。そうさせて頂きます」
事の真偽は自分で見極めなければならないが、この世界で最も貴重なものは情報だ。
今回の井戸端会議レベルで広まった情報だろうが、生きて行く上ではとても重要となる情報だ。
「ああ。それにもし、何かあれば直ぐに逃げるんだぞ?それがこの街で助かる唯一の方法だ」
相手が殺人犯なら、それが魔物なら、平民レベルでは手に負えない相手。
万が一にでも、戦う事などはしてはならないのだと。
蹂躙される事は目に見えているので、助かる方法があるとすれば“逃げる”一択になるのだ。
「ありがとうございます。ゲミューゼさん。では失礼致します」
とても貴重な情報を教えてくれたゲミューゼに、メリダは頭を深く下げた。
ただ、この話は子供達に聞かせれる内容では無かった。
メリダ自身の心の中に留めるだけにする。
「皆様、お待たせ致しました...どうやら、退屈にさせてしまったみたいですね?」
お店の奥から僕達の下に戻って来たメリダは、皆の顔を伺いながらそう話した。
その様子からも、何か張り詰めた表情をしているように僕は見えた。
だが、僕達は待たされた事など全然気にしていなかった。
それにザックに至っては、周囲を見渡して「すげえ!いっぱい。もの!」と一人ではしゃいでいた。
「う〜ん。取り敢えず、お腹が減りましたね?それに、どうやら人混みも無くなったようですし、これでしたら、屋台で何か食べて行きますか?」
野菜を売るにあたって一つずつ品定めしている為、時間が掛かっていた。
僕達は、お昼を食べてから出発していたのだが、今はもう一五時前後。
それに重い荷物を運んで身体を動かしていたので、丁度、小腹が空いていた。
一応、教会では、収穫量が増えた事で一日三食と食生活も健康的なものへと改善されていたが。
「オレ。はら。へった!」
ザックは、お腹を押さえてアピールをする。
「食べても宜しいのですか?メリダ様?」
さくらは、嬉しそうにメリダに聞く。
「メリダ様。それでしたら、何を食べますか?」
僕は、皆の様子を見て食べる事を前提で聞く。
「う〜ん...ここはやはり串焼きにしましょうか?」
皆の顔を見て少し悩んだ後に、メリダが提案をする。
「ザックは、初めてと言う事もありますし、夜にはまた食事がありますので」
一日三食に増えた事で、食事の回数が増えていた。
教会に戻れば、ちゃんとした食事が用意されているのだ。
その為、夜の食事に支障が出ない範囲で、小腹を満たせる物を考えれば串焼きだった。
「ふ(く)しやき?うまいのか?」
ザックは、串焼きと上手く発音出来ず、“く”が“ふ”に聞こえた。
一生懸命言葉を話しているのだが、まだまだ、舌っ足らずなところがあった。
「ええ。ザックも気にいる物だと思いますよ」
メリダがザックに微笑んだ。
頭を優しく撫でながら、慈愛に満ちた表情で。
「オレ。たのしみ!」
「それでは、早速、参りましょうか?」
串焼きの屋台は、野菜屋から近い場所にあった。
ものの一、二分で着く距離だ。
まあ、そもそもが屋台通りにいる訳だから、近いのは当たり前なのだが。
「う〜ん...お腹が空いている時に、この匂いは堪りませんね?」
屋台通りの営業時間中は、様々なにおいが充満している。
しかし、そのにおいは、食べ物による物だけでは無かった。
生活臭の方が充満していると言った方が解り易いだろう。
それにスパイス自体が高級品となる為、どの店も基本的に素材の味だけを楽しむ物だ。
だが、これから向かう串焼き屋は、その根本から違うもの。
この街で唯一、濃厚なタレが味わえる屋台であった。
その分、値段が張る訳だけど。
「うまそう!におい!」
ザックが周囲の匂いをクンクンと嗅ぐ。
その匂いだけで、今にも涎が溢れそうな勢い。
餌を前に、主人から「待て!」と命令されている犬のようだ。
この匂いからして周囲の人を惹き付ける。
案の定、屋台には長い列が出来ており、店主が一生懸命に串を焼いていた。
僕達もそれに倣って、列の最後尾へと並ぶ。
「ひと!おおい!まつ。はら。へる」
昼時を過ぎているのにも関わらず、行列が出来ている屋台。
ただ、行列が出来るのは、この店だけで、街唯一の人気店の証拠だ。
しかも、この屋台は営業時間中ずっと混んでいるお店なのだ。
「これは、この街一番の串焼きです。私達は、街に来た時でしか召し上がる事が出来ませんが、並んで待つ分、とても美味しいものですよ」
メリダは、ザックに串焼きの事を丁寧に教える。
ただ、ザックは串焼きの話よりも食欲が優っている為、話が全く耳に入っていない様子だった。
教会住みの僕達が街へ行く楽しみは、大半がこの串焼き目当てとなる。
大量の野菜を自力で街まで運ぶと言う重労働になるのだが、食欲に勝るものは無かった。
「ルシウス!串焼き楽しみだね?」
ザックのように、明らかに面には出していないが、串焼きを心待ちしている僕とさくら。
さくらの笑顔が眩しい。
「タレを使った料理は、ここでしか味わえないからね。それに、タレ作りの為にわざわざ他領地にまで行って原材料を仕入れているみたいだから、それは相当な拘りだよね」
店主曰く、この領には無い調味料を使用しているんだとか。
塩、胡椒も普及していない国だと言うのに、まさか他の調味料があるとは思わない。
(イータフェスト領は、この国最下位の領地らしいから、環境そのものが悪いのかな?その内、他領地にでも行ってみようかな?出来れば、海があるところにでも)
海は食材の宝庫だし、素材としても有用な品が多い。
海水からは岩塩と違った塩が作れるし、海藻や貝の殻があれば、軟石鹸から硬石鹸へとパワーアップが出来る。
(もうそろそろ...次が僕達の番か?)
行列に並ぶ長い待ち時間も、皆で話していたらあっという間だった。
「いらっしゃい!串焼き何本、お買い上げですか?」
スキンヘッドにねじり鉢巻みたいに布を巻き付けたおじさんが注文を聞く。
メニューは串焼きの一つしか無いので、その本数だけを聞くのだ。
ある意味、効率を求めてのシステム化がされていると言ったところか。
...いや、そんな大層な物では無いか。
「それでは、串焼きを四本お願い致します」
「あいよ!串焼き四本で一,二〇〇ガルドです」
布が、二〇〇ガルド/一mで買える事を考えれば、かなり高価な食べ物だ。
それに他の屋台に並んでいる売り物の平均単価は、五〇ガルド前後なのだから。
串焼き一本だけで、実にその六倍の値段だ。
破格の値段と言う事になる。
「では、これでお願い致します」
メリダは、自分の懐から財布を取り出した。
これは、野菜を売った事で得た収入では無く、メリダ本人のお給金から。
街へ買い出し(売り出し)に行く度、メリダは僕達にご馳走してくれるのだ。
「じゃあこれがお釣りで...」
店主がメリダにお釣りを手渡すと、焼き上がった串焼きを再度タレに潜らせて行く。
焼き上げている最中もタレを付けながら焼いている為、香ばしい匂いが充満していると言うのに、仕上げとして再度タレに潜らせるのだ。
この熱々の串焼きに、タレの芳醇な匂いが堪らない。
店主が完成した串焼きを、一本ずつ僕達に手渡す。
「あいよ!串焼き四本!熱いから気を付けるんだよ!」
「ありがとうございます。それでは皆様も各々で受け取って下さいね」
「「「ありがとうございます」」」
僕達は、メリダにお礼を言いながら串焼きを受け取って行く。
ずっしりとした串焼きの重み。
その焼かれたお肉は程よく脂が乗っており、絡まったタレが強烈に食欲を誘って来る。
「これ?くしやき?」
ザックが生まれて初めて見る串焼きに興味津々だ。
串に刺さっているお肉は、5cm程の塊肉が4つ。
タレは甘塩っぱいソースで、肉に良く絡まるようにと少しトロミがあるもの。
その匂いに誘われて鼻を近付ければ、口から勝手に「ジュルッ」と涎が溢れてしまう。
「うまそう!」
「ザックは、もう待てそうにありませんね...では、あそこで食べましょうか?」
メリダが指定した場所は、屋台通りからすぐ近くの広場。
この広場に噴水は無いが、中央には石で囲んだ水池が出来ている。
但し、給水機能や排水機能が無い為、中の水は酷く濁っているのだが。
「ここでなら、座って食べれますね」
広場には、木では無く石で出来た素材のベンチのような物が等間隔に幾つも置いてあった。
僕達は、その空いているベンチへと行き、皆が座れる場所を確保した。
「では、串焼きを召し上がりましょうか?」
メリダが頃合いを見て号令を掛けた。
皆と視線を合わせながら、全員の声を重ねて。
「「「「頂きます(いただきます)」」」」
皆が一斉に串焼きに齧り付いた。
串焼きのお肉は程良く弾力があって噛み応えがあり、だと言うのに中はとてもジューシーなお肉だ。
噛む度に口の中へと肉汁が溢れる。
絡まったソースもしつこさや、くどさが全く無く、単純にお肉の旨味を倍増させている。
「うまい!!なんだ?すごい!!」
そもそもの語彙力が無いザックは、思った事をそのまま口にしてしまう。
目を見開いては、しきりにその美味しさに感動していた。
しかも、知らぬ間に握り拳を天に掲げて。
「ぅん〜美味しいですわ」
目がトロンと惚けているのはメリダ。
味を噛み締めているだけだと言うのに、何処か色情的な表情や仕草。
連動する一つ一つの動きがエロスに溢れていた。
「ぉいしい〜」
さくらの口の大きさよりも、お肉の大きさの方が断然大きかった。
その小さいお口で懸命に、まるで小動物みたいに「ハムッ」と齧り付いていた。
その様子が、とても愛らしいものだ。
(この串焼きは本当に美味いな!一体、このソースは何で出来ているんだろう?...それに、お肉の食感も串焼きの味も...何処か、角煮に近い感じなのかな?)
子供の顎でも簡単に噛み切る事が出来る柔らかさだと言うのに、串からお肉がポロッと落ちる事が一才無かった。
どう見てもお肉が串に留まる形状維持力と、お肉そのものの柔らかさが釣り合っていない。
実に不思議な食べ物。
いや、これが幻想なのか?
はたまた、ただのご都合主義なのか?
たが、それでも美味しい事に変わり無かった。
それだけで十分なのだと、これ以上考える事を僕は放棄する。
「あらっ?お口の周りをこんなに汚して...ザックは先ず、食べ方をどうにかして行きましょうね?」
メリダが、ザックの口の周りをハンカチのような布切れで拭き取って行く。
ザックからは「わっ?ぷっ?」と慌しい声が漏れる。
口元が拭き終われば、ザックはすかさず「いししし」と笑った。
どうも憎め無い性格だ。
「くしやき!うまい!」
食べ方?
そんなものは関係無いと、夢中で頬張るザック。
口元を汚す度に拭き取るメリダは、「もう...ザックったら」と言いながらも何処か嬉しそうだ。
何故なら、ザックを拾った当初。
傷付いて今にも死にそうだったザックが、此処まで動けるように回復したのだから。
ザックの療養中にメリダが四六時中お世話をしていた事もあって、今の元気な姿を見て嬉しくなっていたのだ。
「ルシウス?」
「ん?」
不意にさくらが僕の名前を呼んだ。
僕はどうしたのかと思い、さくらの方へと顔を向ける。
「唇の端に、ソースが付いているよ?」
さくらはそう言って小さく「フフフ」と笑いながら、唇の端に付いているソースを人差し指で拭った。
「もう、ルシウスってば」と無邪気に笑う笑顔が忘れられない。
これでは(僕もザックの事笑えないな)と心の中で恥ずかしくなり、さくらに感謝の言葉を伝える。
「ありが...!?」
僕は、その感謝の言葉全てを伝える事が出来なくなっていた。
目の前の出来事に動揺してしまったからだ。
何故なら、さくらが僕の唇から拭ったソースの付いた指を、そのまま自分の口に運んでは「ペロッ」と舐めていたのだから。
「串焼きおいしいね」
その時、さくらの声は僕に届いていなかった。
既に僕の思考は止まっていたのだから。
さくらのその行動に、思い掛けない事態に、心臓が「ドキッ」と鼓動した。
何だろう、この気持ちは?
とても変な気持ちだ。
身体を動かしている訳でも無いのに、戦闘をしている訳でも無いのに、それなのに心臓の鼓動が早くなっている。
こんな感覚は初めてだった。
どうしても、さくらの顔をまともに見る事が出来なかった。
(...)
僕はあんなに美味しかった串焼きの味が、この時ばかりは良く解らない物になっていた。
後になって思い返しても、それ自体を全く覚えていないのだから。
美味しそうに食べているさくらを横目に、お腹が一杯では無く、気持ちが一杯になっていた。
そんな初めての体験だった。
そして、僕達が串焼きを美味しく食べている時、丁度一人の男性がその直ぐ傍を歩いていた。
その男性は、奴隷館で働いているシャーザだ。
(まさか、ヴァイパーが死んでいるとは思いませんでした...)
ヴァイパーに仕事を頼む為、アジトに向かってみればそこは人っ子一人いない空間となっていた。
だと言うのに、部屋の中の内装や家具はそのまま。
ほんの数時間前まで人が居た形跡が残ったままだった。
「街にでも買い出しに行っているのか?」と消息を探って行くと、不意に街の中でこんな噂が聞こて来た。
“昨日の夜、チーム同士の争いがあり、人が死んでいた”と。
シャーザはその言葉が気になり、詳しく調べてみれば、その死んだ人物こそがヴァイパーだったのだ。
(いや...死んだのでは無く、殺されたのか?)
これまでに数々の悪事を働いていたヴァイパー。
きっと、その報いを受ける時が来たのだろう。
だが、法と罰が曖昧なこの街では、現行犯で無い限り処罰が下せなかったのだ。
それは、人を“殺しても”。
“殺されても”。
但し、例外もあり、貴族や領主と言った上位の権力者なら、いつでも裁く事が出来るそうだ。
(金さえ支払えば、非常に使い勝手が良かったのですが...)
短絡的で衝動的に動くヴァイパーは、非常に使い勝手が良かった。
目先の欲に眩み、何も考えず望んだ通りに行動してくれるのだから。
だが、欲に眩んで感情を抑えられ無いからこそ、やり過ぎてしまう事が玉に瑕だった。
前回も商品(奴隷)の調達を依頼をした時、その拐って来た半数が使い物にならなかったのだから。
回復魔法の手段が無い現状で、顔がボコボコに変形させられていたのでは使い物にならない。
商品としての価値はゼロになってしまう。
(確か...この領地には同じようなチームがもう一つありましたね?ヴァイパーと違って融通が効かないとか、己の信念を曲げないとか、そんな話がありましたが...仕方無いですね。そちらのチームに頼んでみましょうか)
この領地のもう一つのチーム。
それは、ギュンターが率いるチームの事だ。
明確には、その行動理念や価値観はヴァイパーのチームとは全く違うチームなのだが、シャーザからすればどちらも同じような格好をした街の逸れ者。
その違いが解らなかった。
「!?」
この時、シャーザは一度通り過ぎた場所を、何かに気付く事で慌てて振り返った。
「どう言う事ですか!?“アレ”は廃棄したはずの奴隷...何故、まだ生きているのでしょうか!?」
僕がザックを発見した場所に棄てた人物こがシャーザだった。
あのまま放置すれば確実に死ぬ事が解っていたからこそ、あの場所に廃棄したのだ。
「まさか...悪魔の呪いが解けると言うのか!?」
この世界ではその症状が解明されていない悪魔の呪い。
その正体はただのウイルス性の病気だ。
それを知らないこの国の住人にとって、呪い(病気)は人に伝染するもの。
ザックは、呪い(病気)の蔓延を恐れて廃棄されたのだ。
奴隷館でも昔に一度、同じような症状の奴隷をそのまま放置していると、他の奴隷へと広がり壊滅的な状況を生んでしまった為だ。
この街には、呪い(病気)を治す薬が無かった。
回復魔法を使える人物がいなかった。
その為、奴隷の半数以上を失い、お店の大損失を生んでしまったのだ。
シャーザ達はその時の経験を踏まえて、呪い(病気)の奴隷は直ぐにでも棄てるようになったのだ。
正直、これは奴隷の栄養状態や衛生環境を改善出来れば、大部分を防げるものだ。
ただ、その事を知る人物など、この国には誰もいなかったのである。
「これは、フクス様に報告をしなくては!それに...生きているならば、しっかりと奴隷としての責務を果たして貰いましょう...その身が朽ちる時まで!」
シャーザは笑う。
一度捨てた物が、まだ使える事を知って。
これまで手の施しようが無かった悪魔の呪いが、解く事が出来るのだと知って。




