045 棄てられた奴隷と貧民窟③ ~元奴隷と模擬戦~
商業ギルドの帰り道に男の子を拾ってから一週間程。
その男の子は衰弱していた身体もだいぶ調子を取り戻し、一人で歩き回れる程には回復をしていた。
だけど...
そこまでなのだ。
未だに教会や孤児の皆も栄養不足で痩せていると言うのに、その男の子の方が状態は更に酷かった。
ほぼ骨と皮だけで痩せこけている。
しかも、身体の至る所には切り傷があり、どうして動けているのかが不思議な状態だった。
「だいぶ、動けるようになったね?」
「ルシウス。おかげ」
男の子は解る言葉だけを喋る。
文法は滅茶苦茶で、しかもカタコトな日本語。
解り辛さはあるけど、言いたい事は伝わって来る。
「僕は何もしていないよ。ザックが頑張ったからだよ」
“ザック”。
男の子の名前だ。
どうやら、名前以外の記憶を失っているようで、自分がどんな人物なのかも解っていない。
何故、奴隷になったのか?
何故、あの場所で倒れていたのか?
何故、元奴隷になったのか?
何故、記憶を失ったのか?
そんな疑問が尽きない。
ただ、現状では解決する術が無いのだ。
「オレ。がんばる。してない。いきる。もらっている」
孤児院で保護されているザックからすれば、衣、食、住を提供された上で生かさせて貰っている状態。
自分では何もしていないし、何をすれば良いのかも解っていなかった。
「違うよ。ザックが頑張ったのは、生き残る事に対してだよ」
そう。
ザックは確かに頑張ったのだ。
瀕死の状態で身体は傷だらけ。
栄養失調で病気持ち。
通常ならば、助かる可能性なんてほぼゼロだ。
そのまま苦しんで醜く死ぬだけ。
だが、そんな絶望的な状態からザックは生き残ったのだ。
病気を治す薬もない状態で、僕と同じように死ぬ事を必死に抗って。
「ルシウス。わからない。ことば。むずかしい」
「そうか...それは、ごめんね。でも、ザックが助かって僕は嬉しいよ」
この街では薬も無いし、回復魔法も使えない。
正直、この状態で「重症(重傷)になればどうすれば良いの?」と詰んでいる状態だ。
だが、ゲーム時代の世界が現実化しているこの世界ならば、もしかすると、この状態から抜け出せるかも知れない。
僕が、そう信じて用意した物が薬草と毒消し草だった。
薬草は、傷や体力を回復(微小)してくれる効果を持っている。
毒消し草は、体内の毒を(どんな毒でも)消してくれる効果を持っていた。
(ゲーム時代の毒って、イチイチ何の毒かは明記されていないんだよね。もしかしたら、ボツリヌス菌のような猛毒かも知れないし、何かの過剰摂取による中毒かも知れない。それでも毒消し草一つでそれが治ってたんだから、病気によるウイルスも毒だと考えれば効果は出そうだよね?って)
ザックには、薬草と毒消し草を細く刻んで入れた、ポリッジよりも更に液状にした物を食べて貰っていた。
(まあ、実際に効果(?)があったのかは解らないんだけどさ...)
実際に効き目があったのかは調べる事が出来無い。
それでも、ザックの一命を取り留める事が出来たのは事実だ。
「ザックは...何かしたい事ある?」
折角、助かった生命だ。
出来れば...
出来るならば、ザックの好きなようにさせてあげたいと思っている。
「オレ。したい。たたかい。みる」
「戦いを見る?ああ、僕達がやっている戦闘訓練の模擬戦って事かな?」
僕達がグループワークを始めてから自衛の為に取り入れたもの。
孤児の皆を交えて、メリルと一緒に行なっている戦闘訓練(指導)だ。
どうやら、ザックは訓練の中の一つにある模擬戦に興味があるみたいだ。
「それを、見たいの?」
僕がザックにそう尋ねると、「うん」と首を縦に振った。
「オレ。そと。でられない。メリダ。きく。ルシウス。おしえる。たたかい」
教会でザックのお世話をしているのがメリダ。
本来なら助けた僕が面倒を見る事が一番良いのだけれど、僕には色々とやる事がある為にアナスターシアがメリダにお願いをしてくれた。
メリダ本人も、新たな弟が出来たみたいで快く引き受けてくれた。
どうやら、療養している間に僕達の話を聞いて興味が沸いたのだろう。
(一応、メリダ様にお伺いした方が良いのかな?...まあ、本人にやらせる訳じゃ無いし、見るだけなら問題は無いのかな?)
訓練を一緒にやるとなれば、ーザックは病み上がりだし、今の栄養の足りていない痩せこけた身体では無理だ。
だけど、訓練を見るくらいなら問題は無いだろう。
「そうなんだ。それなら見学してみる?」
「うん。オレ。みる!」
「じゃあ、丁度良い時間だし、一緒に行こうか」
「うん!」
ザックがとても嬉しそうに笑った。
そうか...
こんな風に笑うんだ。
それは、表情の筋肉が上手く使えていない歪な笑顔。
歪んだ口角から「ニカっ」と歯を見せる、とても不細工な笑顔だった。
(もし...僕もお母様に拾われなければ...同じ境遇の仲間がいる教会にいなければ...ザックと同じ奴隷になっていたんだろうな...)
本来、僕とザックの境遇に違いは無いものだ。
だが、拾われた先によって、育った環境によって、全く別のものへと変化をしていた。
そこには運の要素があるのかも知れないし、もしくは必然的にそうなったのかも知れない。
だけど、たったそんな事で先の人生が決定してしまったのなら、本人には選択する権利すらも無いと言う事だ。
人生は理不尽なもので、環境によって左右されるもの。
もしかしたら、自分で決められる事など非常に限られているのかも知れない。
どんなに頑張ったところで結果を出せないのかも知れない。
それが、きっと奴隷となれば尚更だろう。
メリルやメリダのように良識のある親切なご主人様だったのなら、まだ良いのかも知れない。
だが、それとは逆に傲慢なご主人様だったらどうなるのか?
きっと、ザックは後者のご主人様だ。
身体の全身の傷を見てもそうだし、ザックの健康状態からもそれが伝わって来る。
酷い仕打ちに虐待を受けていた事は明らかだった。
(本人から聞いた話でも無いし、確定でも無い憶測の話になるんだけど、ザックはきっと棄てられたんだろう...それは、この国では病気に対しての知識が無いからだ。治療の仕方だったり、対処の仕方だったり...)
この国が、この街がそうなのかは解らない事だが、もし、病気になった時どうするのかと言えば本人の自然治癒力頼りしか無いのだ。
それで死んだら仕方ない事だし、生き残ったら儲けもの。
それは神による裁きなのか、救済による結果なのかと考えているのだと。
(神頼みとか言う曖昧な思考...そんなものがあるのなら、神の裁量によって人生がどう転ぶかなんて予測が出来ない。生きる事そのものがギャンブルになってしまうじゃないか。それに神がいるのなら、ザックこそが助かるべきだろ!)
人生のどん底にいれば、何かにすがりたい気持ちも解る。
誰か他人の所為にしたい気持ちも解る。
それが、神と言う曖昧な存在に頼る事もだ。
だが、そんな都合の良い事なんてものは無く、自分で道を切り開いて行くしか無いのだ。
(ザックをこんな目に合わせた奴は...)
僕の心の中で、どす黒く闇い感情が揺らいでいた。
理不尽に対しての怒りが沸々と込み上げて器から溢れ出すように。
(...赦さない!)
教会や孤児院に住んでいる人達は訳ありの人間ばかり。
アナスターシアやアプロディアに関しては解らないが、メリルにメリダは奴隷の身分。
僕は拾われた孤児だし、勿論、孤児院の皆も同じだ。
そして、ザックも。
僕は教会や孤児院の皆を、血の繋がりは無いが家族なのだと認識している。
その家族を守る為ならば、全てを敵に回しても守りきる覚悟がある。
英雄になりたいと思う僕の気持ちの根幹とは別の、僕の生きて行く大切な場所だからだ。
僕はそんな闇い感情にそっと蓋をして、嫌な気持ちを心の奥底に隠して行く。
ただ、この時の僕は知らなかったのだ。
感情に蓋をしたところで、一度沸き上がった闇い感情が、底の方でより濃く煮えている事を...
「ここが訓練場だよ。最初は武器を使用した訓練から入って、最後に模擬戦を行うんだ」
戦闘訓練を開始してから、だいぶ日が経っている。
僕達は、ここでもグループの繋がりを意識して貰う(チームにする)為に、共同での行動をして貰っていた。
その中の一環として、グループ同士での対抗戦を交える。
弱肉強食のこの世界では、男でも女でも関係無く生命のやり取りをする為だ。
男は男らしく、女は女らしくみたいな固定観念や人生観などは全く無く、性別を超えて一個人として確立されているからこその概念。
生きて行く為に必然的にそうなった、ある意味ジェンダーフリーの世界なのだ。
「くんれん。する。なに?」
ザックの目が輝いている。
目の前には、メリルや孤児の皆が槍を持って待機していたのだから。
「じゃあ、僕は戦闘指導をして来るから、ザックはここでジッとして見ていてね。くれぐれも、ここから離れちゃだめだよ?」
「うん。わかった」
ザックは返事をして、その場で待っていた。
これから起こる事に胸を躍らせながら。
そして、僕はザックから離れてメリルと合流をした。
「メリル様。今日も宜しくお願い致します」
「うむ。ルシウス、こちらこそ宜しく頼む」
お互いに挨拶を済ませたところで、周囲を確認する。
皆がいつも以上に張り切っている事が目に見えて解る。
それは、既に孤児の皆もザックの事を知っているからだ。
親の居ない自分達と同じ境遇で、僕と同じようにザックに対して親近感を持っているからだ。
皆が、ザックの事をしきりに見ていた。
話した事は無いけれど、これから一緒に住む仲間なのだと。
要するに、自分達の良いところを見せようと張り切っているのだ。
僕達は時間が来たところで、戦闘訓練(指導)へと移っていった。
「では、訓練を始めます。先ずは、グループに分かれて、基本動作から始めて下さい!」
「「「「はい!!」」」」
グループは全部で4つ。
ハンスグループが5名(男3名、女2名、その内リーダーが男)。
カールグループ5名(男2名、女3名、その内リーダーが男)。
フランクグループ5名(男3名、女2名、その内リーダーが男)。
イルゼグループ5名(男2名、女3名、その内リーダーが女)。
現在、グループ内の年長者にリーダーを担当して貰っている。
今のところはそれで問題無く機能しており、各々に責任感も芽生えて来ているので、このままリーダーを任せても大丈夫そうだと思う。
そうして僕が開始の合図を出せば、皆が一斉に武器を振るった。
その瞬間、離れて見ていたザックが「わあ!」と声を上げ、とても楽しそうに見ている。
孤児の皆もザックの事を気にしていたのだが、一度訓練が始まれば目の前の事だけに集中をしていた。
この意識の切り替えと、瞬時に訓練に挑める集中力が凄い。
同年代の子供では、間違い無く出来無い事だ。
(武器の扱いに関しては、今のところハンスが一番上手かな?)
孤児の中で、一番体格が良いのがハンス。
争い事は、そんな得意では無く、フォレストコッコのお世話が好きな男の子。
だが、年長者としての責任なのか、教会を守る為に自己犠牲を厭わないタイプだ。
相手が傷付く事よりも、自分の身を平気で犠牲にする。
但し、槍を持つとかなり攻撃的な性格に豹変する。
槍との相性も一番良い。
(次点はカール。負けず嫌いな性格が上達を早めているよね)
カールは、孤児の中で一番の力持ち。
手先が不器用で槍を扱う技術は4人の中で最低だが、大人顔負けの力でカバーしている。
頭で考えるよりも身体が先に動くタイプだ。
正直、闇雲に振り回している時が一番怖い。
(フランク、イルゼに関しては...本人も事務職の方が得意だから、戦闘に関しては、まだまだかな?)
フランクは、カールと真逆の頭脳派。
身体を動かす事が苦手では無いが、身体もまだまだ細いので力や技術が追いついていない。
頭でっかちの理論派タイプだ。
分析が得意なので自分より能力が低い相手には負けない。
イルゼは、唯一の女の子リーダー。
最初は何が得意か解らなかったが、実は一番才能が豊かな人物。
寡黙で職人気質なタイプだ。
手先が器用なので料理、細工、縫製とクリエイトな作業を得意としている。
力が無い分、槍を器用に使いこなしていた。
(こうして見ると、それぞれに個性がちゃんとある。それにグループワークをやるようになってから、皆にも自我が徐々に芽生えて来ているし)
孤児の皆が言われた事を忠実にやる事は変わっていない。
だけど、それぞれ個人がこれをやりたい、こうしてみたいと考えるようになって来ていた。
周りと競わせている事がプラスに働いている。
(うん!順調に成長出来ている!このまま皆には、自分のやりたい事を目指せるようになって貰わなきゃ!)
自立が出来るようになる為のお手伝いでもある。
そうなれば、教会に人手が無くなり作成作業が出来なくなってしまうが、そんな事は人を雇えば解決が出来る事だ。
信頼、信用に関してはまた別の話となるが、皆には人生を心の底から楽しんで欲しい。
僕は心からそう願っている。
「じゃあ、そろそろグループ対抗の模擬戦を始めましょうか?」
基本訓練が一通り終わると、皆には対人戦を経験して貰っている。
その理由は、インプットした知識を対人戦でアウトプットする為だ。
身に付けた手法を技術として昇華させる為。
個人の優劣や順位が決まる事だが、皆が皆、全力で挑んでくれている。
生きる事に必死だからこそ誰かに負けても腐らないし、サボったり手を抜かないのだ。
すると、外野で見ているザックも興奮し出す。
「では本日は、ハンスグループとカールグループ。フランクグループとイルゼグループで戦って貰います」
5対5のグループ対抗戦。
これはチームが出来上がるまでの処置で、グループで助け合う事を目的としている。
グループからチームとして成り立てば、その内にでも個人トーナメントで明確な順位を決めようと思っているが、そこまで行くには険しい道のりだ。
出来る事を地道に一歩ずつ進む。
これが大事だ。
「グループの勝者には、ご褒美があるので頑張って下さいね!」
ご褒美は、グループが望む料理を一品作る事。
「何だ大した事ないじゃん!」と思うかも知れないが、一日二食の食べる物が毎日ほぼ同じ状況の世界では、かなりのご褒美となる。
望みの品が肉となれば、乱獲は出来無いが、鶏肉と猪肉に限定すれば恵みの森で手に入れる事が出来る。
油や岩塩、蜂蜜と言った調味料も増えた。
野菜の種類も増えて、スープにコクや旨味が増した。
まだまだ材料や調味料の都合で作れるものが限れられているが、此処数日の間で教会の食事事情が劇的に改善した事は間違い無い。
それに、メリダやイルゼに手伝って貰い料理研究部を立ち上げた事も大きかった。
僕一人では手が回らなかった部分で、どうしても時間や人手が足りていなかったのだから。
だが、何と言っても、料理のレシピはプロネーシスの記憶の中に全てがあるのだ。
そこから教会内で作れるものを抜粋して行き、二人に料理を作って貰っている。
二人は、味見も兼ねられると言う事で嬉々として作ってくれていた。
(折角、様々な物が食べられるようになったのだから、食事は愉しまないとね!)
ご褒美と言う言葉を聞いて皆のやる気が跳ね上がった。
「僕はお肉が食べたい!」、「私はお野菜たっぷりのスープが飲みたい!」と、美味しい食べ物に釣られて。
「では、先鋒戦から始め!」
こうして5対5の対抗戦は順調に進んで行った。
思いがけなかったのは、イルゼグループだ。
フランクが自分達の分析した情報をあえて放置し、その情報を逆手に取ったカウンター。
正直、フランクに策士としての能力はまだまだ無いのだが、“策士策に溺れる”と言った感じで終わったのだ。
これは、イルゼの戦略が見事だと褒める結果だ。
その結果、ハンスグループにイルゼグループが勝ち上がり、ご褒美の権利を得た。
「では、勝ったハンスグループにイルゼグループは、グループで何が食べたいのか決めておいて下さいね。それでは、皆の訓練はこれで終わります」
勝った者は、「今日はご褒美だ!」と喜び、負けた者は、「次回こそは勝つぞ!」とリベンジに燃える。
ご褒美は皆のヤル気を維持する為でもあるが、自分達でどうすれば勝てるのかを考えてくれるので、成長を助長してくれる。
此処までが孤児達の訓練であり模擬戦だ。
どうやら、ザックも興奮したままの状態で、その場で槍を振るう真似事をしていた。
うん、良かった。
とても楽しそうにしている。
そうして孤児達の訓練が終わり、疲労の溜まった孤児達が孤児院へと戻れば、此処からはメリルとの個別訓練が始まる。
そして、この後に行う模擬戦こそが、ザックが一番見たかったものだ。
「では、メリル様。先ずは個別指導から入りましょうか?」
「うむ。ルシウス、頼む」
メリルは剣や槍を振るう時、関節を固定したまま無理矢理力だけで振るっていた。
それは攻撃において力の伝え方が正しく無い状態だ。
それでも、常人より速い剣速や突きが出ていたのだから、メリルは異質であり異常なのだろう。
現在、関節を使用した力の伝え方を強制しているところだ。
足は大地に根を張るイメージで、足から腰、関節を通して力と速さを伝導させる。
そうする事でキレが格段に上がり、剣速は倍以上になった。
後は剣を振り下ろすも振り上げるも、それの応用だ。
自身の身体との対話が必要になるが、上から振り下ろすのも、下から振り上げるのも身体の使い方を正しく行い、しっかりと力を伝えれば良いだけなのだ。
メリル本人が、その事を一番実感しているし、痛感をしていた。
「これまでの動きは無駄があり過ぎたのだな...」と。
だが、訓練を重ねるごとに強くなって行く事で、とても楽しそうに訓練を励んでいた。
メリルは言動も志も、そうなのだが、“騎士とはこうあるべき”を地で行く感じだ。
孤児の女の子達が、「メリルさまぁ、素敵です♡」と、熱を上げるのも頷ける。
「では、そろそろ魔力の使い方から、魔力を全身に纏う訓練をして行きましょう」
「うむ...全身となると、まだ不安定なのだが、これも、もうじき感覚が掴めそうな気がする」
メリルと訓練を行う時は、最初に身体操作(+剣技)の訓練をしてから魔力操作の訓練へと移る。
これは魔力を纏った状態では、今までの不器用な攻撃だとしても強化をされてしまう為だ。
関節を固定したままの下手な一撃でも、その強度が上がってしまい攻撃の威力が高くなってしまう。
強くなると言う事には変わらないのだが、それでは強さの本質を錯覚してしまう。
もし、同じように魔力を纏える相手と対峙すれば、その身体操作のより上手な方に、剣技のより上手な方に優勢となるからだ。
「先ずは、魔力操作です。体内の魔力を意識して、全身へと行き渡るように流して下さい」
「うむ」
もともと魔法が扱えたメリルは、魔力操作に関しては特に問題無く使用出来ている。
だが、魔力を下半身に集める事がそこまで上手では無い。
まあ、それも仕方無い事だ。
魔法を使う時、詠唱により魔力が強制的に変換されるのだ。
そして、丹田から生成された魔力は、詠唱を通して自動的に体外に放出される。
その際、魔力が自動的に移動するのは丹田から両手のどちらかへだ。
稀に失敗した場合は両手以外からも放出されるらしいのだが、それは体内から魔力が弾ける時で、身体の一部を失うか、最悪死に至るらしいけれど。
僕はこの時に詠唱の重要性と言うものを知った。
「だいぶ魔力操作も板についてきましたね!まだまだ下半身への移行が甘いですが、これなら十分問題ありません」
「やはり、課題は下半身になるのか。こればかりは、日々の積み重ねで習得するしか無いな」
僕との個別訓練が無い日でも、メリルは毎日欠かさずに魔力操作の訓練を行なっている。
まだ始めたばかりの為、直ぐに成果が出るものでは無いが、早く強くなりたいとの一心で毎日必ずだ。
「では、メリル様がもっとも苦手な魔力を纏う訓練を始めましょうか?」
僕は少しばかり、メリルをからかうように言った。
「なっ!?ルシウス、私は苦手な訳では無いぞ!ただ...今はまだ上手く出来無いだけだ」
「シュン」と自信が無くなったメリルは、普段では絶対に見せない表情をしていた。
今まで、お互いの事を知っているようで実は何も知らなかったのだ。
表面上だけで相手の事を判断していたのだ。
すると、浮き彫りになって行く“相手から見える自分”と、“本人が思う自分”。
その違いを、相手の内面を、個別訓練を行う事で知っていったのだ。
「メリル様、冗談ですよ。それに、メリル様なら直ぐ出来るようになりますから」
「な!?じょ、冗談だと?...ふむ、なるほどな。ルシウスも言うようになったでは無いか」
冗談と解り、突然、威圧をして来るメリル。
その表情が、鬼のように険しい顔だ。
「うそ?そんな怒る部分あったか?」と僕が怯え出すと、メリルはその表情を崩し「ぷっ。はははっ!」と笑い出した。
冗談を冗談で返す。
僕は心の中で(良かった)と笑って安堵した。
今のメリルの表情も、笑顔も、個別訓練を始めてなければ見れなかったものだ。
上辺だけでは無い、お互いの関係性がしっかりと構築され始めていた。
「では...訓練を始めましょうか?魔力を右手に集めて下さい」
「うむ。右手にだな」
言われた通り、メリルが魔力を右手に集める。
だが、その集約された魔力は不安定なものだ。
丸では無く、歪な形で揺らいでいる。
身体の中で魔力を循環させる事と、放出された魔力を維持する事では、その難易度が何倍にも跳ね上がる。
「くっ!維持する事が、ここまで難しいとはな!?」
何度もチャレンジをするが、どうしても上手く出来無いメリル。
しかし、こればかりは本人の感覚によるもので、アドバイスこそ出来るが、僕ではその感覚を教える事が出来無い。
本人が掴むしか無いのだ。
「...メリル様。時間的にも魔力量的にも、魔力を纏う訓練は、ここまでにしましょうか?」
「むっ?...そうか」
もう少し「訓練を続けたい!」と、そんな表情をしているが、この後には僕との模擬戦が控えている。
魔力を使い過ぎて体調に支障が出てしまえば、折角の実戦が出来なくなってしまうのだ。
「では、最後に指導のおさらいを含めて、模擬戦を行いましょうか?」
「うむ!今日こそは...ルシウスに一撃を入れて見せる!」
最後に行うのが僕とメリルで一対一の模擬戦。
これこそがザックが最も見たかったものだ。
何時間も並んで乗る事が出来る人気のアトラクションを前に、苦労の末ようやく自分の出番が回って来て「待っていました!」と言わんばかりの表情だ。
ザックの目が、今までで一番キラキラ輝いている。
「では、いつでもどうぞ!」
「ルシウス、行くぞ!」
メリルが、先ず攻撃を仕掛ける。
これまでの出だしの際の硬さが無くなり、天性の筋肉のしなやかさが合わさる事で動きの無駄がだいぶ減った。
(動きそのものは、だいぶスムーズになったけど、まだまだ無駄な動きが沢山あるな。まあ、ここら辺は訓練を続けて行けば解決出来る事だ)
今までのメリルは、「身体を動かす→武器を構える→関節を固定して全身に力を込める→相手目掛けて攻撃する」と、攻撃までに最低でも四行程が必要だった。
だが、今では「身体を動かしながら武器を構える→相手目掛けて攻撃する際に力を込める」と、半分の工程まで減った。
但し、現工程の動きにまだ慣れていない為、完全に二つの工程で収まる訳では無かった。
それでも、以前とは比べ物にならない程の進歩を遂げている。
(それよりも、問題は癖の方だな...メリル様が攻撃をする瞬間、その狙う箇所が丸解りなのだから)
今まで無理矢理攻撃をしていた為、どうしても、身体に分かり易い癖が染み付いていた。
攻撃をする瞬間「行くぞ!」と言うような、利き足での大きな踏み込み。
対峙した場合限定の、狙う箇所を見続けるブレない視線。
他にも細かい癖はあるのだが、メリルと同レベル帯の相手と戦うならば問題無い部分だろう。
だが、この二つに関しては早急に改善が必要だった。
(これは、癖を理解させた上で対処しないとな)
人に何かを指摘された場合、その場で注意される事が最も効果が生まれる。
行為の後に注意をしたところで、相手には全く響かないものだから。
(先ずは、視線から)
メリルが見ている(攻撃を当てる)箇所を察知し、僕は先回りするように攻撃を避けて行く。
もし、この時、メリルが我武者羅に攻撃する場合では視線どころでは無い闇雲な攻撃となるのだが、あれは感情が振り切れた時や集中力が高まった時だけの限定だ。
普段はそこまで奇抜な攻撃はしてこない。
「何故だ!?攻撃が全部当たらないだと!」」
メリルは、僕に攻撃を当てる事が一才出来ずに「ハァハァ」と肩で息をしていた。
だが、疲れた状態でもその攻撃の手を緩めない。
きっと動きを止める事が、相手にチャンスを与え、自分が死ぬ時だと理解しているのだろう。
素直に感心してしまう根性だ。
「メリル様。どうしてだと思いますか?」
戦闘中だと言うのに、僕はメリルに問い掛ける。
それは、本人にいきなり答えを教えるのでは無く、先ずは自分で考える事をして欲しいからだ。
答えを教わるのでは無く、自分で答えを見つける事を。
「...」
メリルは考えながらも攻撃の手を止めない。
だが、その表情には苦悩が見られる。
“攻撃が当たらない”、その理由を懸命に考えていたのだ。
(まあ、最初は考えたところで、「何故教えてくれないんだ?」となるんだろうけどさ。こればかりは、自分が教える側に立たないと解らないだろうな...)
教える側と教わる側。
これは、実際にその立場に立たないと違いが解らない事だ。
それ程、二つの行為は掛け離れているのだから。
メリルは「ブツブツ」と何かを言いながら模索している。
だが、考え過ぎて頭がパンクしそうになったのだろう。
「くっ!何故かなど、そんな事は私には解らん!」
うん。
これ程素直だと、これ程潔いと、ある意味清々しくなるね。
一応は、必死に悩んでくれたので、その答えを教えて行く(その場で注意する)。
「メリル様は攻撃を狙う箇所を見過ぎなのです。どうか視線に注意して下さい」
「視線だと!?ルシウスは、そんな部分まで見ているのか!?」
メリルが、今までに格下の相手としか戦っていなかったからこその発言だ。
これは、後に本人に聞いた話だが、「今まで、対人戦の時どうしてたのですか?」と聞いてみたら、「相手より早く動き、相手より早く攻撃を当てれば良いのだろう?」と考えていたらしい。
成る程。
それは真理でもある。
但し、誰が相手だろうが、どんな時だろうが、その理想を実践出来ればに限る事だ。
パワーオブザパワー。
見事なまでの脳筋で考え方がとても逞しい。
まあ、今はそんな風に考えておらず、相手を観察した上で対処するように教育をしているところだが。
(視線の事は伝えた。じゃあ、次は攻撃をする際の踏み込みだ)
早速、視線の動きを注意するようになり、攻撃の質を変化させて来た。
まだ、動きがぎこちないものだが、癖を認識する事で矯正をして行ける。
それに、直ぐに直そうと行動する所がメリルの強みでもある。
だが、メリルの癖はそれだけでは済まないのだ。
「メリル様、覚悟して下さいね?」
僕は、メリルが剣を構えて踏み込む際、重心の乗った足を払い除けて体勢を崩す。
「なっ!?体勢が!!」
大きく足を踏み込むので、どうしても無防備な状態が生まれてしまう。
本来その部分を狙う事は相手の攻撃を掻い潜らなければ出来ず、とても難しい事だ。
だが、毎回同じ動作ならば、タイミングを合わせる事は容易。
メリルは尻餅を突くようにその場で体勢を崩した。
「キャッ!?」
前回もそうだが、悲鳴を上げる瞬間は、その人の地が出るのかも知れない。
普段の凛々しい声とは逆の、乙女らしい声が。
それからは何度も同じ事を繰り返して、自分の癖を無理矢理認識させる。
答えを探そうと考えているが、メリルの頭からは既に煙が出ていた。
うん。
メリルだから仕方無いね。
「攻撃を行う際、足の踏み込み方が毎回同じです!タイミングをずらすか、踏み込み自体を無くして下さい!」
「そんなところまでよく見ている...やはり、ルシウスこそが天才か?」
自分では考えられない(思い付かない)価値観を、相手から教わった(知った)時、相手の事を自分より格上の存在だと認識してしまう。
それは、尊敬なのか、嫉妬なのか、そのどちらかに分かれてしまうが。
メリルの場合、特に考え無しの言動だ。
少しばかりの尊敬は含まれているだろうけど。
「癖の事を意識しながら攻撃して下さい!絶対に、良い加減な攻撃をしないで下さい!!」
その都度、その場で注意をしながら模擬戦を行った。
まあ、模擬戦と言うよりは指導戦って感じだけど。
それでも孤児同士の模擬戦とは違い、速さも迫力があるものだ。
ザックは一挙手一投足を見逃さないように、隅々まで食い入るように目を見開いて見ていた。
そして、メリルが動けなくなるまで模擬戦が続いた。
「くっ!結局、一撃も入れられないとはな!...今日も私の完敗だ。だが、良い訓練になった」
メリルは、負けて悔しそうだが、確実に強くなっている自分の成長を噛み締める。
自分の知らなかった事が、出来なかった事が、教わる事で改善されて行く事を。
模擬戦を見ていたザックは、「すごい。たたかい。みえない。ざんねん」と、目で捉えきれない速さの戦いを残念がっていた。
でも、それでも「たのしい。いっぱい」と嬉しそうだった。
「では、今日の訓練はここまでにしましょうか?」
「うむ。ルシウス、ありがとう。私は、アナスターシア様の支度をせねばならぬ。悪いが先に戻っているぞ」
訓練が終わった後でも、従者としての仕事をこなすメリルは凄い。
あれだけ動いて、疲労が溜まっている筈なのに。
「はいメリル様。私はザックを孤児院に送って参ります」
「そうか...なあ、ルシウス。そろそろ“様”付けは辞めてくれないか?」
メリルが、真剣な表情で僕に言った。
だが、僕とメリルでは、見習いと灰色修道員と言う明確な身分差がある。
それを抜かしても相手は元貴族。
今は奴隷かも知れないが、そんな事をするのは、とても恐れ多い。
「メリル様?それは何故ですか?」
「...私はルシウスよりも年上である。確かに、教会内でも灰色修道員と立場は上だ。だが、ルシウスは、孤児院の副院長でもあり、私の師匠だ。それに私は...ル、ルシウスの、か、家族だろう?」
メリルは、前置きを長く説明していたが、要は最後の言葉が重要なのだ。
家族なのだから、様呼びで突き放すなと。
照れながら「家族だろう?」と言うメリルは、普段の威厳のある態度と違って、とてもしおらしいもの。
このギャップこそが、度々ゲーム内で耳にして来た「“萌え”と言うものなのか?」と疑問に感じた。
たが、そう言った感覚や感情が全く解らない僕は、「...かしこまりました。ではメリルさん。宜しくお願いします」と普通に切り返してしまったが。
すると、メリルは「今はそれで良い。だが、その内...」とゴニョゴニョ一人言を話していた。
ゴニョゴニョの部分は「ねえさんと〜」とか聞こえて来たが、声が小さ過ぎて全部を聞き取る事は出来なかった。
しかも、どうやら一人の世界に入ってしまったらしい。
ブツブツと独り言が続いた。
何分か時間が経つ事で「ハッ」と我に返り、ようやく落ち着いた所で「では、ルシウス。先に戻っている」と挨拶を交わして、教会へと戻って行った。
(この目紛しさは、一体何だったんだろうか?)
メリルの言動や行動に訳の解らないまま。
まあ、メリルの事だからと、深く考える事を辞めた。
待ちくたびれていた(欠伸をして眠そうな)ザックを孤児院に送るべく、ザックの下へと急いだ。
「ザック、お待たせ。模擬戦は楽しかった?」
「ルシウス。みる。できた。ありがとう!」
今も尚、模擬戦の興奮が冷めないようだ。
ザックが、先程見た戦いを再現するように身体を動かしていた。
その動きは、「シュン!!」「バシィーン!!」と口から出る擬音の方が大きく、動き自体はお粗末なもの。
「ザック。まだ激しく動いちゃだめだよ?今は、まだ元気な状態では無いのだから」
栄養も足りていない病み上がりのザックは、まだ安静にしていなければいけない。
それは、身体を守る為の機能や抗体が弱まっているからだ。
これ以上病気に掛かれば、生命に関わってしまう。
そうなれば、次は助かるか解らないのだ。
「おさえる。できない。ルシウス。すまない」
理性よりも興奮が高まり、身体の抑えが効かなかった。
僕もその気持ちは良く解る。
僕だってアニメや漫画を見た後は、ヒーローの真似を良くしたものだ。
その強さに憧れるものだ。
「じゃあ...元気になったらザックも一緒にやろうね!」
ザックの身体が元気になればいつでも出来る事だ。
その時が来る事を約束する。
「うん!たのしみ!」
こうしてザックを孤児院に送った後、僕は教会へと戻った。
訓練が終わった後、これから夕食の準備が始まり、アナスターシア達と一緒にご飯を食べるからだ。
お腹もペコペコだし、早く戻って手伝わなくちゃ。
そう思って教会の玄関を開けば、そこには身形の整った男性が立っていた。
「あれっ?ウィル伯父様!来られていたのですね?」
「やあ、ルシウス。また大きくなったのでは無いか?」
僕が話している人物は、アナスターシアの兄、“ウィリアム”。
アナスターシアは義理の母親になる訳だけど、その兄が伯父となる為だ。
僕とアナスターシアは血が繋がっていないのに、ウィリアムもそれを解った上で「私の事も家族のように伯父と呼びなさい」と言ってくれた人物だ。
その事からも、とても優しい人で、僕達の生活を陰ながら支えてくれていた。
ただ、アナスターシアはどう見ても20歳前後の女性。
ウィリアムは40~50代で、少なくても20歳差、多ければ30歳差と、二人の年齢はかけ離れていた。
まあ、2人の顔立ちは似ているし、アナスターシアの反応からも、兄弟なのは間違い無さそうだけど。
「ウィル伯父様?今日はどうしたのですか?」
「少しばかり、アナスターシアに用があってね。それよりも、お土産を持って来たから、あとで皆で食べると良い」
多い時は、一月に一度。
少ない時は、半年に一度は顔を出すウィリアム。
大体はアナスターシアと話をしたら帰るのだけれど、その度にいつもお土産を持って来てくれる。
最初の頃は、教会に置いていない野菜が中心だったけれど、最近はお肉と豪華になって。
「ウィル伯父様ありがとうございます!これは...豚肉ですか!?」
「そうだよルシウス。良く解ったね」
そう言うと、ウィリアムは微笑みながら、僕の頭をクシャクシャと撫でた。
この時、ウィリアムはいつも撫でられて照れている僕の反応を見て楽しんでいるのだ。
「今日は、だいぶ良いものがあったからな。しかも、捌きたてだぞ!皆で分けると良い」
ウィリアムは、そのダンディな顔で笑う。
イケメンならぬイケオジだ。
捌きたてのお肉なら、味や品質が保証されたもので安心出来る。
但し、お肉は決して安い物では無い。
上級貴族でも召し上がるのは、大体一週間に一度程度。
量だって100gあるか無いかの話だ。
僕達が買える物でも、状態の悪い汚肉一歩手前の物で、値段の安い猪肉か鶏肉。
それなのに此処にあるお肉は、豚肉二頭分。
教会と孤児院で分けたら、一人当たりの量はそんなに多くないけど、それを買えるお金が謎だった。
猪肉と豚肉では、値段が何倍も違う物で、更にこの捌きたての品質。
一体、値段が幾ら掛かるのかも想像が出来無い。
(ウィル伯父様、悪い事していないよね?)と僕は不安になってしまう。
何故なら、アナスターシアも、ウィリアムも、貴族ではあるけど裕福では無い。
...筈なのだ。
身形は整っているけど、最低限と言う感じで、贅沢をしていない。
もしも、ウィリアムが上級貴族ならば、馬車の一つくらい持参している筈。
だが、ウィリアムが教会に来る時はいつも徒歩なのだ。
まあ、僕達を支えてくれているからそんな事はどうでも良いんだけどさ。
「ウィル伯父様、ありがとうございます。美味しく頂きます」
「うむ」
僕がお礼を伝えると、ウィリアムはとても嬉しそうな表情で笑った。
だが、何かを思い出した途端に、その表情が一瞬で曇った。
「...そう言えば最近、街では、色々と物騒な事件が起きているみたいだ。何が起きるか解らないから、子供達だけで教会から離れないでくれよ?」
その表情や言動から、ウィリアムが僕達の事を真剣に心配してくれているのが伝わる。
僕達孤児が、子供だけで恵の森に入っている事を知っているからだ。
まあ、僕達は基本、一人で行動をする事が無いので大丈夫だと思う。
ただ、街で起きている事件とは何なのか?
此処が一番気になった。
しかし、ウィリアムに詳細を聞く事は出来ず、僕は返事をするだけで終わった。
「はい、ウィル伯父様。気を付けます」
「では、私はアナスターシアのところにでも寄らせて貰おう」
話の内容を変える事がありそうなので、こちらに記載します。
「やあ、アナスターシア」
「まあ、ウィル兄様?今日は、どうしたのですか?」
「いや、何、シアが“視た”ものに興味があってね」
「...その事でしたか...ええ、先にお伝えした通りですが、私が“視た”ものではイータフェストに災厄が舞い降りようとしております。このまま放置すれば、かの歴史と同じように何万人もの生命が亡くなってしまうものです」
「それは、イータフェストの大災厄、“悪魔の呪い”と同じだと言うんだよね?...それだけでも手に負えないと言うのに...何でも、ルシウスが関わっているそうじゃないか」
「ええ...ですが、あくまでも私が視たものは断片的なものだけです。ルシウスがどう関わっているのかも、大厄災にどう影響しているのかも解る事ではありません」
「いつ起こるのかも、それが、どれくらい先の事になるのかも、だろ?それは私も十分に理解しているよ。シアのおかげで何度も救われているのだからな。だが、それ以上にシアの能力を信じているのだよ、私は」
「...ですが、その所為で兄様達に...」
「うむ。皆まで言わなくても解っている...シアには辛い思いをさせている事もね」
「ウィル兄様...ですが、私は何一つ辛い思いなんてしていませんよ?私には...あの子達が居ますから」
「...そうだね。シアはそう言う子だったね...まあ、私は今まで通り陰ながらサポートさせて貰うよ。私に出来る事全てをね?」
「ウィル兄様...ありがとうございます」
「いや、話が逸れてしまったようだ。いや、完全に話が逸れている訳でも無いのだが...実は、ここからが本題なんだ。シアが視たものとは別に、領都の中で不穏な動きがあるようなんだ」
「...“悪魔の呪い”とは別にですか?...話が逸れていないと言う事は、それは、“アレ”が関わっていると言う事でしょうか?」
「ああ、その通りだ...だから、申し訳ないのだが、当分の間領都には行かないようにしてくれないか?」
「...解りました。ウィル兄様の言う事です。何よりもルシウスの為にそうさせて頂きます」
「...うむ。イータフェスト...奴隷...貧民窟...貧民窟の住人...そして、ルシウスか。やはり彼が、私達の人生の“鍵”となるようだな...そうなると、我々の運命も変わりそうに無いな」
「はい。ウィル兄様...この先に起こる事は、変える事が出来ません。それは、私達の運命もです」
「ああ...シア、すまないな。それまでは、どうかルシウスを導いてくれ」
「いえ、ウィル兄様。私達が関与出来る事など何一つありませんよ?それは勿論、ルシウスを導く事もです。ルシウスは自らの力で進んで行きますから。それに、さくらと一緒に」
「そうか...ならば、あとは時の女神ヴァルヴァーレ次第か...」
「ええ。運命の流れに...任せましょう」




