表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
新世界・少年期
45/85

044 棄てられた奴隷と貧民窟② ~出会いと保護~

 特許登録も無事に終わり、受付担当をしてくれたウェルチと別れた後、僕は商業ギルドの商店フロアへと来ていた。

 ちなみに、特許登録された商品が売れた際の利益は、電子マネーに入金するように自動的にギルドカードへと貯まる仕組みになっていた。


「さて、登録も無事に終わった事だし、販売エリアでも見に行こうかな?」


 商業ギルドは百貨店のような外観の印象から受けた通り、中身も同じような設計で色々な店舗ブランドが、カテゴリー毎にエリア分けされていた。

 商業ギルドは全三階層の建物で、ウェルチ曰く、一階フロアは主に一般向け。

 二階フロアが、貴族向け。

 三階フロアが、領主、王族専用と分けられているそうだ。

 ただ、これはフロア毎に決められたコンセプトがあるだけで、買い物をする為に、明確な身分が必要な訳では無い。

 一般人でも貴族向けフロアで買い物が出来るし、貴族も一般向けフロアで買い物が出来る。

 但し、三階の領主、王族専用フロアだけは、文字通りに領主、もしくは王族で無ければ入る事が出来無い。

 そして、如何に領主だろうが王族だろうが身分の確認は絶対で、三階フロアは、それに伴った厳重な警備が敷かれているとの事らしい。

 まあ、僕はそう言ういった人物達と関係を持ちたくは無いし、そのフロアに関しても行く事は無いだろう。

 そんな事よりも、商業ギルドに「どう言った品揃えがあるか?」の方が大事なのだ。


「へえ。流石は商業ギルド出店のお店と言ったところかな?」


 店内を歩きながら様々な商品を確認しているところだ。

 整然と整理された店舗ブランドは、どれも格式が高いもの。

 一般向けと言えど、お店の雰囲気に合わせて綺麗に並んでいる商品は高級感が滲み出ていた。


「似たような品群で纏められているのは非常にありがたいな。武器店、防具店、装飾品店、日用品店...でも、フロアの中の店は、武器店や防具店がほとんどみたいだね」

『はい。マスター。魔物がいる世界となりますので、必然と身を守る為の商品に偏ってしまうのかと思われます』


 この世界は魔物がひしめく世界だ。

 元の世界とは違って人生を全う出来る事の方が難しい世界となる。

 思い返せば現代社会でも度々ニュースになる事だが、野生の動物に襲われて生命を落とす他人ひとがいた。

 野生の動物でそんな脅威があると言うのに、この世界に存在するのは、その野生の動物を軽く超えている魔物。

 しかも場所を問わず、全方位至るところに存在している。

 それならばと、必然的に自分の身を守る為、武器や防具を求めてしまうものだ。


「ここにある品揃えは...と言うか、これは魔物との戦闘に耐えられる物なのか?」


 今いる場所は、武器屋エリア。

 横並びに5店舗が並んでおり、店舗によってそれぞれの特色が見受けられた。

 店舗ブランドに合わせた企画商品。

 基本、魔法の国なので杖やロッドが主体だが、冒険者が存在する為、剣や槍、弓矢と言った武器は一通り揃っている。

 そして、店舗ブランドによる違いは材質や完成度。

 それは、木材で出来ている物なのか?

 青銅による物なのか?

 鉄による物なのか?

 そして、加工方法や武器としての仕上がり。

 まあ、商業ギルド内に出店が出来ていると言う事は、商品として保証された物だろうけど。

 

『マスター。こちらの商品はゲーム時代で比べると、武器の品質として無いよりはマシな程度だと思われます。これならば、マスターが作成した石槍と大差が無いと思います』


 プロネーシスが言う石槍とは、僕が適当に石を削り、木の柄を付けただけの簡単な石槍。

 そう言えば、石槍を見たメリルも同じような事を言っていた。

 僕はこの場所に来る事で、その事をようやく理解した。


「メリル様が言っていた事はこう言う事だったんだね...この品質なら納得だよ」


 一階層に置いてあるものは一般向けに開示された商品。

 それは、この街の大衆が持つ平均的な品質を表していた。

 その為、此処に置いてある武器を見ればその平均値が解ると言う物だ。

 流石に一般領民よりも上流階級の者達は、もう少し品質の良い物を持っているだろうが、この事を踏まえれば、石槍でも十分にその役目を果たせると言う事が解った。

 そもそもこの国では、製造技術や鍛冶技術自体が育っていないのかも知れない。


「防具も...武器の品質と似たりよったりか...」

『はい。マスター。基本、武器と防具では特性が違う物ですが、性能そのものを見れば大差無い品ですね。それに、どうやら性能が良い品は、この国で作成した物では無く、古代遺跡ダンジョンから発掘された品のようです』


 丁度、防具を見ている冒険者達が、そのような会話をしていた。

 盗み聞きになってしまったが、「いつかおれも、遺物品アーティファクトを手に入れたいよな」と「いや、おれ等なんかじゃあ手に入れるのは無理だろ...それに一生かけても遺物品アーティファクトを買う事なんて出来無いし、あとは運良く古代遺跡ダンジョンで発見するしか無い。まあ、おれ等のランク程度じゃあ、古代遺跡ダンジョンに入っても生命を落とすだけだろうけど...」と、そんな会話をしていた。


遺物品アーティファクト古代遺跡ダンジョンか...どちらも気になる言葉だけど、僕達のお目当てはそこじゃあ無いからね」


 このように、性能の良い装備品も存在しているらしい。

 ただ、それ相応な値段で、とても高価な物だと言う事が解った。

 どうやら、領主や王族レベルで無いと購入出来無い代物みたいだけど。

 遺物品アーティファクトと呼ばれる物が、どれくらいの性能を保持しているのか気になるところだが、僕達の今回の目的は装備品では無かった。


「さて、これで一通り武器や防具の品質を知れたのかな?」


 僕達は、目的の品を見る前に寄り道をして装備品の品質を確認した。

 一応これが、商業ギルドの目玉商品だからだ。

 まあ、僕達の欲しい品質レベルには達していなかったけれど。


『はい。マスター。それでは、当初の目的の品を見に行きましょうか』

「そうだね。その目的の品があれば良いんだけど...」


 そう言って僕達が来た場所は、日用品売り場だ。

 こんなところで「何を探しているのか?」と言えば、この世界に転移、転生をしてからまだ一度も見ていない品。

 一つ目が、ガラス製のビン容器。

 理由は、液体を長期保存する為の密閉されたガラスビンを探しての事。

 今作成しているオリーブオイルやシャンプーなどを保存する為にも、売り物にする為にも必要な品だった。

 そして、今後作成して行く調味料や、もう一つの目的の為にも。

 これは木の容器では製品の品質の劣化が激しく、長持ちしない為だ。


「...やはり、目的の品は無いみたいだね。食器も木製品だけだし、陶器などの器は無い。それこそ、ガラス製の容器なんて一つも無い...加工技術自体が存在していないのかな?」


 店舗に並ぶ商品は木材を削って作られた木製の品物だけ。

 様々な形の品は用意されているけれど、どれも品質的には粗が目立つ物だ。


『マスター。ここは一般向けのフロアです。それでしたら一度、貴族向けのフロアで確認致しませんか?』

「それもそうか。貴族向けのフロアを見れば、もう少しハッキリするか」


 一般向けと貴族向けでは、商品の品質が違う。

 それは、身分によって求められる品が違うからだ。

 一般領民に必要な物は、限られた収入の中で安く購入出来る物。

 性能の良さよりも、価格の安さと長期間使用出来る物に限られている。

 それが貴族となれば、求める品質が変わって来るものだ。

 領民との身分の違いを一目で誇示する為にも、更には個人の威厳を保つ為にも、高く豪華な品物が求められる。

 平たく言えば、見栄を張れる物なら何でも良いのだ。


「...どうやら、貴族向けのフロアでも、結局、お目当ての物は無かったね」

『はい。マスター。鉄などの加工する技術はありましたが、陶器、ガラス製品はありませんでした』


 結局、求める物は見付からず、ガラスは自分達の手で作るしか無かった。

 そうなると必要になるものは、工房を作成する為にも新たな人手に資金源。

 現状、どちらも足りないものだらけだ。

 孤児達だけでは、出来る事に限界が来ているのだから。

 早急に人手の雇用か、もしくは業務の委託が必要だ。


(結局、欲しい物は自分達の手で用意するしかないのか...ただ、“信頼出来る人”なんていないんだよな。人間程...怖いものはいないからね)


 信頼で結ばれた関係。

 それは、絆や忠誠心によるものだろう。

 アナスターシアの下に集まった(拾われた)僕達と孤児の関係には、そのどちらもがあり、更には同じ境遇と言う事でお互いに通じ合える仲だ。

 その為、僕さえ間違えなければ、他所に情報が漏れる事も、関係を裏切られる事も無いだろう。

 だが、それがもし、信頼関係を持たない赤の他人となればどうなるだろうか?

 相手の要求に対価が見合っている間は問題が起きないだろう。

 しかし、相手の要求が、己の欲望によって上まわってしまったらどうなるか?

 人は欲望に忠実だからこそ、より良い条件を求めて簡単に裏切る事が出来る生き物だ。

 己の実力と評価が見合っていない事を、お構い無しに。


(元の世界では...僕の周りにはそう言った人間しかいなかったな...補助金目当ての施設や病院。だからこそ、人の醜さに気付く事が出来たし、そう言った人物の権力の固執を見てきた。そう言った人物の人目を気にしないなりふり構わない行動って、とても怖いんものなんだよね...まあ、ガラス製品の事は、あとでプロネーシスに相談してみるかな?)


 お目当てのガラス製品や、それらを製造する技術が無い事は残念だが、この問題はプロネーシスが居れば解決出来る事だ。

 それ以上に、もう一つの目的の方が重要な品だった。

 これもプロネーシスが居れば、いずれは問題無い事だが、魔物が居る世界では、とても大事な物であり有効な物。


『マスター。どうやら、冒険者の生命線と呼ばれる回復薬ポーションを見つける事は出来ませんでした』


 それが、二つ目の目的である品だ。

 回復薬ポーション

 ゲーム時代では、当たり前のように存在し、冒険者にとっては必須のアイテム。

 薬草自体は存在していると言うのに、回復薬ポーションそのものは何処にも見当たらなかった。

 僕が5年と言う歳月を生きて来た中で、今までに様々な魔法を見て来た。

 火魔法、水魔法、風魔法、土魔法。

 これら以外の魔法に関しては、まだ見た事が無かったが、聖典に書かれている内容が本当ならば、扱える物は存在しているだろう。

 だが、逆に聖典に書かれている内容が本当ならば、上級属性の魔法が一才認知されていないと言う事だ。

 それが示す事は一つ。

 上級属性の聖属性魔法を使用出来る者が居ないと言う事。

 特殊属性の生命魔法に関しては、まだ可能性は残るが、これは特殊な職業に就かなければ覚えられない魔法だ。

 と言う事は、この国では回復魔法の使い手が存在しない事を表していた。


「ただでさえ、生命に対して厳しい世界だと言うのに、回復薬ポーションまで無いのか...薬草があるから、いずれは回復薬ポーションの作成も出来るだろうけど、その為の道具が無い...そうなると、コアによるダンジョン作成は延期にして、先に施設関係を優先しないとだね」

『はい。マスター。ダンジョンに潜る為には、危険に対しての備えが必須です。魔法が使えないマスターには、回復薬ポーションが必需品です』


 未だに、魔法が使えない事への原因が解らなかった。

 体内魔力オド対外魔力マナの制御は出来ている為、僕自身完全に魔法が使えない事では無いと思うけれど。

 こうなると、何かの呪いを受けているのか?

 そんな卑屈な事を考えてしまう自分がいた。


「折角コアに魔力が溜まって、ダンジョンが作成出来るところまで来たと言うのに...はあ。これは残念だな...じゃあ、早速教会に戻ったら施設の増設でもするか」

『はい。マスター。何よりも生命大事にです』

「それもそうだね。もう二度と死ぬ事は御免なのだから」


 当初の目的である商業ギルドへの登録とアイテムの確認が出来たところで、僕は商業ギルドを出て行った。


「さて、この格好から元の姿に戻らないとだね...何か一発で変身出来れば良いんだけど...魔法具を自作しない限り無理そうだな」


 これから、街から教会へと帰る訳だが、“謎の仮面の男”の格好から元の子供の姿へと戻らなければならない。

 何故ならこれは、他の誰にも正体がばれてはならない仮初の姿、英雄の格好なのだから。


『マスターが望む物を作る為には、素材も道具も一才足りておりません。いずれは望む物を作る事が出来ますが、今直ぐには出来そうもありません』

「だよね...地道に進めて行くしか無いもんね。じゃあ、何処か人通りの少ないところで着替えないとだな...」


 僕は、人通りの無い路地裏を探して着替る場所へと向かった。

 まあ、着替えると言っても、仮面やローブに義手などを外すだけなのだが。


「着替えると言っても脱ぐだけなんだけど、決して正体を他人に見られてはいけないものだからね。それこそ英雄の第一条件だからね」


 やはり、変身と仮面は男のロマンだと再認識した。

 今は木彫りの仮面フルフェイスと布のローブで姿を隠しているが、いずれは、もっと性能の良い品を作りたい。

 そう心に留めた瞬間だった。


「こっちの道だと、だいぶ人が居ないのかな?でも、この反応は何だろうか?」


 僕は、魔力圏を広げながら路地裏を進んで行く。

 人通りが全然無いと言うのに、“何か”が魔力圏に引っ掛かる反応がある事は間違い無い。

 でも、その“何か”は全く動きが無いもの。

 何だろうか?

 まあ、気にしても仕方無いか。


「着替えて教会に戻ったら、さくらとの勉強と訓練でしょ。素材回収からグループワーク。皆の訓練とメリル様の個別訓練。ふう。一日の時間が...もっと欲しいよ」


 指を折りながら今日やる事を確認して行く。

 スケジュールは既にパンパンだ。

 でも、自分の身体を動かせる事も、一日の予定が充実している事も、僕にとってはとても嬉しい事で楽しい事だった。

 自分の意思で生きられるって、最高だよね。


「!?」


 そんな事を考えながら人通りの無い路地裏へと向かうと、そこには横たわっている人物が居た。


「広げた魔力圏内に何か反応があるとは思っていたけど...あれは子供なのか?」


 傍から見れば僕も同じ子供なので、この台詞に違和感を感じる人が要るかも知れない。

 だが、今は姿を隠している仮初の姿。

 それに僕の転生前の時代を含めれば、見た目年齢よりも上になるので間違いでは無いのだ。


「こんなところに倒れて...孤児なのかな?」


 この場に倒れているのは男の子。

 ざっくばらんに伸びている金髪だが、その髪色は様々な汚れでくすんでいた。

 身形も布の服一枚で、元の色が解らない程に黒く汚れており、悪臭が漂う。


「それにしても、酷い臭いだな...」

『マスター。どうやら、この子供は孤児では無く、奴隷のようです。右肩に刻まれた奴隷紋が、その証かと思われます』


 布の服はノースリーブで、首と腕を通すだけのもの。

 その剥き出しの腕には、これ見よがしに奴隷紋が刻まれていた。

 但し、その奴隷紋は上から切り傷でバツと上書きをされていだが。


「確かに...メリル様に見せて貰ったものと一緒だね。でも、その奴隷紋を上から消すようにバッテンされているけど?」

『マスター。もしかすると、この子供は棄てられたのかも知れません。現時点ではハッキリとは解りませんが、子供が体調を崩している事が関係ありそうです』


 子供は苦しそうに蹲り、身を抱えて横たわっていた。

 身体が熱を帯び咳が止まらない様子。

 きっと何かの病気なのだろう。

 この症状だけでは正しい病名が解る訳では無いが、明らかに栄養が足りない事と、不衛生な事が関係ありそうだ。


「...どうすればいいんだ?ただの風邪なら良いんだけど、何か重い病気だったら僕にはどうしようも出来無いぞ...それに、これがウイルス性の病気だったら...」


 周囲には、子供以外の他人ひとがいない。

 それは常時広げている魔力圏でも確認済みだ。

 何故こんなところに子供が倒れていたのかは解らないけれど、このまま放置をすれば死を待つだけだ。

 それに、もしこれがウイルス性の病気なら周囲にも被害が出てしまうだろう。

 ワクチンも特効薬も何も無いのだから。


「しかも、刻まれた奴隷紋に切り傷で上書きされたバツ印...明らかに厄介事だと目に見えて解るよ...」


 僕の目の前に居るのは、誰かの奴隷だった子供。

 しかも、今現在何らかの病気に侵されているようだ。

 もしかすると、奴隷の子供と言う事なので、このまま死んだ方がしがらみや契約から開放されて楽になれるのかも知れない。

 それでも...

 それでもだ。

 孤独を知っている僕は、ただ何も出来ずに死ぬ事なんて許容する事など出来無かった。

 どんな状態だろうが、死ぬ事を我武者羅に拒絶して来たのだから。 


「いや!!このまま放って置く事なんて出来無いだろ!!」


 僕は考えるよりも先に身体が反応をしていた。

 今ならまだ子供を助ける事が出来る。

 目の前の独りの子供を助ける事が出来るのだから。

 急いで木彫りの仮面を脱ぎ、義手や義足は背負って来た籠にしまう。

 自分が着ていた長めのローブをその子の身体に巻いて行く。

 そうしてローブを巻き終えた子供を両腕に抱えた。

 急いで教会へと戻る為に。


「きっと、お母様だって同じ事をする筈だ!!目の前に困っている人がいれば全力で助ける!!それに...僕と同じ選択権の無い子供なんて放って置けない!」


 自分で生きる事を望めない。

 自分でやりたい事も選べない。

 縛られた人生に理不尽な境遇。

 生きる事に制限が設けられるなんて、そんなものは糞食らえだ。


「このままだと、街の出口で検問に引っかかってしまうな...だったら」


 具合の悪い子供を連れた状態では、検問所において確実に警備兵に止められてしまうだろう。

 それに子供の状態を見ても、時間を掛けている余裕は無い。

 それならばと、魔力圏を広げたまま他人と遭遇しないルートを突き進み、子供を抱えたまま街の外壁へと向かった。


「一気に、駆け上る!!」


 地面では無い、直角にそそり立つ外壁を勢い良く駆け上って行く。

 魔力で身体強化した身体で「タタタッ!」とテンポ良く。

 天に近付くにつれ太陽の日差しが眩しい。


「見えた!!このまま降り立つ!!」


 街の内側の外壁を上り切ると、目の前に広がるのは地平線。

 自然に溢れた手付かずの世界だ。

 何も無いけれど広々とした緑に囲まれた美しい世界。

 今度は外側の外壁を滑るように下りて行った。

 身体を斜めに倒して直角の壁をサーフボードで波を乗るように。


(ぶっつけ本番だけど、壁を滑るってこんな感覚なのか!!何だか楽しいな!!)


 正直、滑ると言うよりは落ちると言う感覚が近いと思う。

 風が身体にぶつかる衝撃は通常なら顔の形を変える程の風圧だ。

 然も、目の前に巨大な扇風機で台風の風速を再現する機械があるような。

 ただ、僕は魔力で身体強化をしている。

 表情が崩れる事も無いし、純粋に遊園地のアトラクションに乗って遊ぶような、そんな楽しさを感じた。

 まあ、乗った事は一度も無いんだけどね。


(そう言えば、一度くらいは遊園地に行ってみたかったな...)


 異世界の遊園地。

 いずれはそんな物を作ってみても面白いのかも知れない。

 ただ、元の世界では味わう事の出来無い、とても過激なものに仕上がりそうだけど。


「よし!問題無く外壁を乗り越えたぞ!!じゃあ、一気に教会に帰るぞ!」


 僕は、脚に力(魔力)を込めて駆け出した。

 それこそ周りの目を忘れる程に。

 どうやら、今日。

 イータフェストの街では、周囲を巻き込む(吹き飛ばす)程の風速が観測されたようだ。

 現象を記録している訳では無いが、人々の記憶に残った現象。

 街道の周囲に生えていた草は削り取られたように、街を目指して進んでいた商人は抱えていた荷物が吹き飛ばされたように。

 これは魔法現象なのか?

 それとも未知なる魔物が現れたのか?

 はたまた神の悪戯なのか?

 どうやら、そんな議論が続いたらしい。

 事を起こした僕は、そんな事も知らずにだ。


「教会が見えて来た!!その手前で減速してと」


 教会の手前で急ブレーキを掛ける。

 自身の身体を無理矢理止める訳だが、その勢い(風)は止まらずに衝撃だけを残し手前方へと吹き荒れた。

 全力で駆け抜けたのは久しぶりの事だった。

 風の壁がぶつかる衝撃は物凄いものがあったが、身体一つで風を切り裂いて行く感じは何とも言えぬ爽快感があった。

 いずれは音速を超えて、更には光速と言うロマンの速さを目指したい。

 但し、出来ればの話になるけれど。

 光の速さは秒速30万km。

 距離にして地球から火星までを、たったの18分で行けてしまうのだ。

 此処までなら、ただ単に夢のある話で終わる事だ。

 だが、もし人間が光速を超えた場合どうなってしまうのか?

 それは光速に達した時点で時間の経過が止まってしまうそうだ。

 そして、光速を超えた人間の持つ質量が無限大と増えて行く。

 この時、人としての意識があった場合、無限に増え続ける重さを感じ続け無ければならないのだ。

 倒れる(止まる)事も一切出来ずに。

 そして、意識があった場合の自分の視覚だが、光行差と言う現象が起こり、前方の景色は点状に集中して見えるのだ。

 但し、これも見えればの話になるのだが。

 光速に近付いた瞬間、周囲の光はドップラー効果により光の波長が短くなって青く見えるように変化する。

 更に光速に近付いて行くと、前方の青い光は紫外線のみの光となり、人間の目では捉える事が出来ず見えなくなってしまう。

 だが、此処までは化学現象での話だ。

 何故ならこの世界は魔法のあるファンタジー世界。

 魔法でその現象すらも超越出来るならば、光速への夢を目指したいものだ。

 いや、その先の速さすらも。

 脱線してしまったが、いずれはその速さ(強さ)を入手したいと僕は思っているのだ。


(いずれは...だね)


 そんな事を思いながらも教会へと辿り着いた僕は、汚れた子供を綺麗にする事から始めなければと準備をして行く。

 すると、僕が教会へと戻った時、僕の帰りを待っていたさくらが手を振りながら出迎えてくれた。


「ルシウス!お帰...その子はどうしたの?大丈夫なのかな?」


 僕が子供を抱えている事を発見すると、笑顔が一転して不安な表情に切り替わった。

 見ず知らずの他人を本気で心配してくれているようだ。


「さくら!丁度、良かった。ここにメリル様を呼んで来てくれないかな?」

「...メリル様を?うん、解った!じゃあ、直ぐに呼んで来るね!」


 さくらは事情が解らないにも関わらず、僕の神妙な表情を見て直ぐ行動へと移してくれた。

 汚れた子供を抱えている事からも、その子供が衰弱している事からも、僕に聞きたい事は一杯あるだろうに。


「ルシウス!さくらに呼ばれて来たが、一体どうしたのだ!?」


 さくらが、メリルを連れて広場へとやって来た。

 最初は声を荒げたメリルも、目の前の事情を察してか直ぐに理解してくれた。


「この子は...奴隷か。いや“元奴隷“になるのか。しかし、この状態は不味いな。早速、教会の中へと運ぼう」


 僕が知りたかった情報が出て来た。

 それは、病気の症状を表す状態では無く、子供の現状。

 目の前の子供は「奴隷なのか?」と言う事だ。

 自身が奴隷であるメリルに見て貰えさえ出来れば、奴隷紋のバツ印の傷の意味が解ると思っての事だ。

 “元奴隷”。

 これは傷の意味からも憶測出来ていた事だ。

 ただ、確証は無かったし、自分で判断出来る事では無かった。

 そして、これとは別にメリルにして欲しい事がもう一つあったのだ。


「メリル様。子供の身体の汚れを先に落としたいのです。今の不衛生な状態では良くなるものも悪化してしまいますので。どうか、火魔法でお湯を用意して頂きませんか?」

「...お湯を?ルシウス。それが先に必要な事なんだな?」


 メリルが疑問を浮かべながらも僕の顔を覗くように伺った。

 この国の常識としては、弱っている状態ならば、休ませる(寝かせる)事が最優先だからだ。


「はい。先にお湯の準備をお願いします」

「ふむ...ルシウスがそう言うならば、早速、取り掛かろう」


 メリルは、その行為に納得をした表情では無いが、僕の事を信じてくれたようだ。

 僕が言った通りにお湯の準備をしてくれた。

 何故、この場所にメリルを呼んだかと言えば、丁度、此処は井戸がある広場だ。

 直ぐに水(お湯)を用意出来るからであった。


「さくらには、石鹸と乾いた布。それから新しい服を用意して貰っても良いかな?」

「うん。解った!」


 水をお湯にする為には時間が掛かってしまうものだ。

 その時間を有効活用する為にも、さくらには石鹸と身体を綺麗にした後に水気を取る乾いた布を準備して貰う。

 そして、その後に綺麗な服に着替えて貰う為にだ。


(その間に僕は...)


 衰弱している子供に水分を摂って貰う事だ。

 本当は点滴があれば一番良いのだけれど、生憎この教会にそんな物は無い。

 回復薬ポーションも無いので、先ず出来る事は水分を取って貰う事だ。


「これを飲んで?」


 僕は子供の口に無理矢理水を持って行き、水を飲ませる。

 栄養も足りていないなので、食事もどうにかしなければならない。


(流動食の代わりになりそうなもの...現状だと、ポリッジをもっと細かくして水状にするしかないか)


 子供は苦しそうだったが、まだ水を飲み込む力が残っていた。

 最悪、口移しで飲ませなければならない事を考えれば、状態としてはまだ良い方だろう。

 僕の隣では桶に溜めた水を、鍋に移してお湯にしようとメリルが呪文を唱えていた。


「火の神 ファイソール 灯火と揺らぎ 加速と発火」


 言葉(呪文)を紡いで行くと、メリルの体内から魔力が収束を始めた。

 両手からは赤い光が放出されている。


「神々の祝福に 大いなる力を 燃やせ フォイアー!」


 すると、鍋の中の水に火がジュッと起き上がった。

 お湯を沸かすのでは無く、水を高熱で一瞬でお湯へと変えるもの。

 此処で難しい事が、お湯の温度調節。

 ただ、メリルは、アナスターシアの従者として毎日の作業で慣れたものだった。

 丁度良い温かさのお湯を一瞬で作り出した。


「ルシウス!さあ、お湯が出来たぞ!これをどうするのだ?」

「メリル様、ありがとうございます。これは身体の汚れを落とすものに使用致します。ですが、子供の汚れが酷い為、出来れば同じものを幾つか用意して頂いても宜しいですか?」


 子供は、随分と身体を洗っていなかったようで身体中が黒ずんでいた。

 どうやら、一ヶ月ぶりに水洗いをした孤児達よりも身体の汚れが酷かったのだ。


「ルシウス、先に石鹸を持って来たよ。頼まれた布と服は今準備して貰っているから、用意が出来次第取りに行って来るね」


 布と服の管理をしているのはメリダ。

 さくらは、メリダに準備を申し入れ、先に石鹸だけを持って来てくれた。

 その所為か、かなり急いだようで肩で息をしていた。


「さくら、ありがとう。思ってたよりも、子供の身体を綺麗にするのに時間が掛かりそうだから、ここからはゆっくりでも大丈夫だよ」

「うん、解った!じゃあ、また取りに行って来るね」


 さくらの状態を見ても疲れているのは明らかだった。

 だが、そんな事を微塵も表情には出さずに明るく懸命に振舞うさくら。

 僕は、そんなさくらを尊敬している。

 僕もそうありたいと。


(同い歳だから尚更なのかな...負けてられないよ)


 僕はメリルが用意してくれたお湯と、さくらが持って来てくれた石鹸を使用して、汚れの酷い子供の身体を綺麗に洗って行った。 

 子供は体調が悪く苦しそうだが、清潔さを確保する為にも、頭から順に下へ向かって綺麗にして行く。

 皮脂汚れに垢と、擦れば擦るほど湧き出て来た。

 

「お湯がすぐ黒ずんでしまうな...泡立ちもなかなか立たないし...そんなにも身体を洗って貰えなかったのかな?」


 すると、お湯を何個も用意してくれたメリルが、僕の手伝いに来てくれた。


「本来奴隷と言う“もの”は、そんな“もの”でしか無いのだ。奴隷との契約で保障される物は、最低限の食事だけだからな。ただ、主が貴族ならば、身体の汚れは臭いに繋がる為、こんな事にはならないのだがな...」


 どうやら、奴隷契約にも定められたルールがあるらしい。

 契約とは双方の合意によるもので、一方的なものでは無いからだ。

 主からの強制力を持続、又は発揮する為にも、奴隷からも個別の条件が出せる事が普通なのだ。

 衣、食、住の保障。

 性行為に対しての有無。

 このように、お互いに様々な条件を決められるのが契約。

 だが、それらを一切無視する、一方的な強制力を発揮する違法奴隷と言うものがあるそうだ。

 この子供が、それに該当する事をメリルが教えてくれた。


「違法奴隷...誰がそんな事を」

「こればかりは、どうしようも無いのだ...」


 僕達は、やるせない気持ちを押し殺しながらも子供の身体を綺麗にして行った。

 そうして身体の汚れを落としたところで、さくらが持って来てくれた布で身体の水気を拭き取り、新しい服へと着替えさせた。


「よし!これで大丈夫そうだな...名前は解らないけど、良く頑張ったね!」


 子供の衛生面が確保出来たところで、教会の中へと入り客室で子供を休ませる。

 此処からは、弱った子供に必要になるものは栄養と休養。

 その為にも、子供の保護の了承を得る為にも、僕はアナスターシアの下に出向き、事の経緯を説明した。


「...と言う事なのです。お母様。どうか、この子供を保護しても宜しいですか?」

「ルシウス。先ずは、良くやりました。貴方は子供の生命を救ったのです。それに、私がその場にいても同じ事をしていた事でしょう」

 

 アナスターシアが優しく微笑んだ。

 それも女神のような慈愛を持って。

 やはり、僕が思った通りで、アナスターシアがその場にいても同じ事をしていたのだと。

 

「ええ。ルシウスが言う通りに、これからは教会で面倒を見て行きましょう」

「お母様!ありがとうございます!」


 アナスターシアは、二つ返事で了承をしてくれた。

 そこには、一切の迷いも躊躇も無く。

 この場所に住む者は、僕も含めて大多数がアナスターシアに拾われた身。

 慈愛の女神とは、アナスターシアの事を指しているに違いない。

 そう僕は思っている。

 分け隔て無く、全員に注げる愛。

 これを受けた事で、教会や孤児の改善に繋がったのだから。


(お母様の想いは、僕も共有させて頂きます。決して、上辺だけでは無い。本当の救済を!)




 子供を教会に保護してから一週間程が経った頃。

 最初は寝ている事が多かった子供も、ただの食事だけでは無く、薬草を混ぜた水を与える事で緩やかながらも回復をして行った。

 そして、熱も下がり、ようやく体調が安定すると。


「あえ?こ...ここあ?」


 子供の口が上手く動いていなかった。

 どうやら、声を出す事自体が久しぶりだったから。


「目が覚めて良かった」


 僕は子供の意識を確認すると、「フーッ」と深く呼吸を吐いて安堵した。

 そうして目が覚めた子供に対して、アナスターシアのように優しく微笑んだ。


「今日から、この場所が君の住む場所だよ」

「...すむあしょ?」


 キョトンとした表情の子供。

 きっと僕の言葉を理解していないのだろう。

 だが、直ぐに実感するだろう。


「そう。ここが君の新しいお家だよ」


 これからは、新しいお家で安かに過ごせる事を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ