043 棄てられた奴隷と貧民窟① ~商業ギルドと登録~
此処は、明かりの無い六畳一間のジメジメとした空間。
鉄格子で囲まれたこの部屋は、まるで、拘置所みたいだ。
「ゴホッ、ゴホッ」
顔色が青白く、目が真っ赤に充血している薄着の少年。
咳が止まらず、鼻水が垂れ流しの状態。
鳴り止まない咳の音が周囲に響いていた。
「おいっ!さっきからうるさいぞ!?いいかげん静かにしろ!!」
この場所を管理している男性が、鉄格子越しに少年を覗きに来た。
それは、この空間に居るのが少年だけでは無いからだ。
老若男女、様々な人間が同じような部屋に閉じ込められて管理されているのだから。
その為、一人の人物に煩くされる事は周りに迷惑になるのだと。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
咳の止まらない少年は、地面に這い蹲っていた。
身体中が倦怠感に覆われ、全身が小刻みに震えている。
健常時とは明らかに様子の可笑しい少年。
「なっ!?お前!?...まさか!?」
男性が、少年の症状を見て何かに気付いた。
この症状は、この世界ではまだ治療方法の無いウイルス性の病気なのだが、此処では全く違った名称で呼ばれていた。
それは...
「これは、悪魔の呪いか!?...このままでは不味いぞ!呪いでみんな殺されちまう!」
一〇年前、この地域でウイルス性の病気が大流行した。
だが、これはこの世界ではまだ認識されていない病気。
感染源などの特定が出来ずに病原菌が垂れ流しの状態の為、一夜にして感染者が蔓延してしまった。
高熱、吐き気、頭痛、腹痛、筋肉痛、関節痛と言った症状。
高熱にやられて脳炎を引き起こした。
咳を拗らせて肺炎を引き起こした。
治療の仕方が解らない病気は、人々を簡単に死へと誘なった。
その死者、ゆうに一万人。
これは、イータフェスト領だけの死者の数である。
「ああ...あの時の...災厄がまた...」
ワナワナと震え出す男性。
当時、男性は、この症状を目の当たりにして周囲の親しい人間が簡単に死んで行った事を目撃している。
その時の光景がフラッシュバックしたのだ。
「こうしちゃいられない!!早く、ご主人様に報告しなければ!?」
男性は、足早にこの場から離れて行った。
過去の事例からも、このまま放置する事など出来無いからだ。
放置=死の蔓延となってしまう為、今直ぐに対処をしなければならない。
だが、この少年は、ご主人様と呼ばれている人物の所有物だった。
「クソ!?あの時と同じ事になってでもしてみろ!?この街は...何の力も無いオレ達なんかお終いだ!!」
この症状が病気によるものだと知られていない。
ウイルスが他者に感染するものだと知られていない。
勿論、病気に対してのワクチンなど無いし、治療薬も無い。
その結果、この国の住人に呪いだと認識された症状。
病名、症状が解明されていない事が、こんなにも脅威となってしまうのだった。
「ご主人様!!大変な事が起こりました!!」
男性は主人に事の経緯を話し、少年の事を報告する。
勝手に自己判断する事が出来無い案件の為だ。
「...そうか。悪魔の呪いが...ならば、直ちに廃棄しろ。そうだな...貧民窟にでも捨てておけば問題無いだろう?」
主人と呼ばれる人物の判断は、責任を負いたくが無い為の処置。
本来、悪魔の呪いの症状が現れた瞬間に、領主へと報告する義務が発生する。
呪いの効果、解除が判明していない為、国全体で対処しなければならない事案なのに、それを放棄したのだ。
面倒を解決するのでは無く、面倒そのものを放出するかのように。
「はい!では、直ちに行動致します!」
この時、主人と男性との会話で認識違いが発生していた。
主人は廃棄する(殺す)事を命令したのだが、男性は少年を廃棄する(捨てる)事だけを理解した。
この時の勘違いによって少年が直ぐに殺させる事は無かったのだが、今のまま捨てられても病気で死ぬ事は変わらないのだ。
「ゴホッ...ゴホッ」
少年は、自分の意思で未来を決める事が出来なかった。
人の生命は、こんなにも軽いもので、こんなにも脆いものだった。
主人の命令一つで、その命運が決まってしまうのだから。
イータフェスト領の領都イータフェスト。
人口は、一〇万人程の人間が暮らす街。
亜人が全く居ない訳では無いのだが、領民権を持っているのが人間だけと言う事。
これは差別があるのでは無く、単純に国柄の特性。
海に囲まれた島国の為、魔法技術を秘匿する為、いわゆる鎖国状態に近いみたいだ。
一応、世界最大の魔法国家なので、条件付きで亜人の留学生や、冒険者などは存在しているようだが。
(そう言えば、この世界に来てから亜人種を見た事が無かったな...その内...見る事が出来るのかな?)
前回、街に買い物へと来た時、人間以外の種族を見なかった。
それに、教会にいる人も全員が人間だ。
その為、亜人種に「出会う事が出来るのか?」と楽しみにしていたのだ。
長方形に伸びた領都イータフェストでは、入口から奥の方へと進むに連れて、その格式が高くなって行く。
街の最奥まで進めば、この街の領主が住む城がある。
どうやらこの街も、ギルドコアと同じように、シティコアによって制御されており、奥になるに連れて現在の文化レベルを超越した建物が建てられている。
この、一般領民が進入不可となっている貴族街と呼ばれる場所までは、シティコアによって建造された建物のようだ。
(建物の形式が違う理由は、コアによるものか。前回、僕達が来た場所は一般領民街まで。こっちは全部、石造式の建物だったもんな...)
一般領民街は、人の手によって建てられていた。
アナスターシア曰く、土魔法による魔法建造物だ。
だが、このイータフェストでは、予め決められた土地にしか家を建てる事が出来無い。
土地の管理と人を結びつけて税の管理を徹底する為に、更には街の景観を維持する為に、区画整理が行き届いていた。
(文明レベルを考えると不自然な程に管理されているんだよね...でもこれが、シティコアによって管理された街ならば納得出来るんだよな)
ゲームが現実化した世界とは言え、この世界の基となるものは地球だ。
地球の文明を参考にゲームシステムが創られている世界なのだ。
その為、コアによる管理、成長が可能ならば、現状の技術力がチグハグな事も何ら不思議では無い。
貴族街も、領民街も、どちらにも言える事だが、衣、食、住の文化レベルが不揃いなのだ。
使いこなせない技術もそうだが、街の衛生概念もそうである。
それに病気で死ぬ事が多いこの国では、平均寿命が短い事も関係していた。
“何で”死ぬか解らない世界で、そう言った技術を向上させる事に力を割く事が出来なかったのだ。
まあ、情報が遮断されているこの世界では、元の世界と価値観が異なるのは仕方ない事なのだが。
(この世界が現実化された事でゲームと言う檻からは開放されているけど、シティコアなどの機能はシステムとして残っているって事だからね)
この世界は、既にゲームから解放された実在する世界。
だが、種族も、職業も、魂位も、魔法も、それらの特性や機能は残ったまま。
だからこその衣、食、住のチグハグさなのだ。
それが尚更、ファンタジーさを醸し出している訳なのだが。
『マスター。そろそろ本日の目的である、商業ギルドの登録へと向かいましょう』
「ああ、ごめん。どうやら、考え事に耽っていたね。じゃあ、目的通り商業ギルドへと向かおうか?」
今日の目的は、商業ギルドで登録と商品の特許を申請する事だ。
丁度グループワークの生産量も安定して来たところ。
そろそろ、それらの作成物を商品として販売する段階へと来たのだ。
ただ、そこで問題になる事が商品の販売方法。
自分で販売をするのか?
代わりに販売をして貰うのか?
と言う事だ。
自分で販売する場合では当たり前の事だが、お店を開かなければならない。
この場合、土地の確保やら開業資金やらと、かなりの資金源が必要となるのだ。
現状、僕個人の資産は何一つ無い為にそれを行う事は不可能だった。
(お金を稼ぐのはこれからだ。でもそれは、商品を売る事が出来ればの話だけど)
では、商品を代行販売して貰う場合、自分以外に信用、信頼の出来る人物が必要となる。
お金や商品をやり取りするのに誤魔化しや偽造をされてしまえば、それこそたまったものでは無い。
僕にはそんな風に信用、信頼出来る相手がいない為、こちらも不可能だった。
(教会以外の他人は、信用も、信頼も、出来ないからな...)
では、二つの方法が無理な場合はどうするのか?
その方法が、商業ギルドでの特許申請になるのだ。
商業ギルドは国(世界中)からの出資を受け、世界中の文化発展を目指す組織。
商品流通と、発明品の特許登録を請け負っているのだ。
特許を登録すれば、流通費用は基本ギルド持ち。
その代わり、商品が売れた際の利益をギルドと分け合う事になるので、個人で取得出来る利益は減ってしまう。
だが、自分で商品を販売せずとも、商業ギルドが責任を持って管理してくれるのだ。
(特許登録も、商品流通も、一手に請け負ってくれるのはありがたいよね。まあ、商品が売れなきゃ買取りもしてくれなくなる訳なんだけど...それでも世界中で販売が出来るなら可能性は広がる。しかも、もともとあった商品をなぞって行けば間違いは無いだろうし)
冒険者ギルドも商業ギルドもゲーム時代の時のように、どちらも世界中に広がっている組織だ。
全部の国にある訳では無いが、ギルド同士でネットワークが形成されている事が、かなりの利点である。
その為、登録した情報はギルド内で共有出来る。
何が特許登録されているのか?
何が売れているのか?
それらを確認する事が出来るのだ。
この情報は、メリルから教えて貰ったものでゲーム時代と相違が無かった。
(それに、商業ギルドに登録する事に年齢制限が無い事も助かるよ)
ギルド登録を行うのに年齢制限が設けられていない。
その代わり、個人情報そのものがギルドへと筒抜けになってしまう事がデメリットになるだろう。
まあ、戸籍情報やマイナンバーのように明確なプロフィールを登録する訳では無いので、僕からすれば問題無い事だが。
(僕からすれば、デメリットよりもメリットの方が大きいんだよね。個人ブランドとしての認知がされる訳だし)
ギルドに登録してある事で、商品としての信頼が保障される。
勿論、登録外の商品で良質な物も中にはあるのだが、ギルド公認の商品以外は品質が一定では無く、自身で商品を見極める目が必要になってくる。
それに特許を登録する事で、〇〇作(印)と銘が付く為、ブランドとしての価値が高まるのだ。
(世間に認知される事は、個人の資本力では難しい事だ。元の世界のようにお家に資金力がある方が有利な事は変わらないんだけど、一般領民にも稼げる可能性が十分にあるのだから、商業ギルド様々だよね)
特許登録などが増えていけば、その分面倒事も厄介事も増えて行く訳だが、今のところそこまで心配する必要は無さそうだ。
そもそも流通している商品数が少ないのだから。
(ようやく見えて来た。あれが商業ギルドか)
商業ギルドは、領民街と貴族街の間にある施設。
世界共通で天秤の紋が刻まれている為、一目で解る建物だ。
それに守りが厳重な為、警備兵がそこかしこに配置されている為、他よりも目立つ。
(貴重な商品が多いからなのか、防犯対策がしっかりされているようだ。まあ、犯罪者は極刑で殺されても仕方が無い世界だ。領民にとっては、余程の事が無ければ盗む事も無いだろうけど)
建物の印象は、階層の低い百貨店。
正面の入り口には巨大な両開きの扉が目立つ。
木では無く、金属で出来た厳重な扉だ。
僕は恐る恐るその扉を開ける。
(見た目程、重くない?やはり、ゲーム時代のように魔法が付加されているのかな?)
金属で出来ている割には、力を入れずとも扉がスムーズに開く。
開く際の「ギィー」と言う金属が軋む音が無いので不思議だが、防犯対策や何やら、きっと何かしらの魔法が付加されているのだろう。
そして、扉を開ければ直ぐに受付があった。
「いらっしゃいませ、ようこそ。本日は、どのような御用件でしょうか?」
どうやら身だしなみの整った男性が、用件に合わせて案内をしてくれるようだ。
今日の僕の目的は、ギルドへの登録。
そして、商品の特許申請だ。
「ギルドへの登録。それから商品の特許申請を頼む」
僕は声色を低く変えて、そう伝えた。
えっ?
何か言葉遣いが偉そうだって?
それはそうだ。
僕は、子供の姿を隠して変装をしているのだから。
子供の姿のまま登録をすれば色々と面倒な事が起きる事は解りきっている。
それは僕自身が舐められて絡まれる事も、商品が盗まれる事も、職員に目を付けられる事も、異世界もの特有のテンプレを全力で回避する為だ。
えっ?
そんな事は手足の長さで直ぐばれるだろうって?
それは全身を隠すローブ、義手や義足、魔力操作で解決出来た。
先ずは、第一印象に重要な身長。
これは木で作成した義足(竹馬の応用で、竹馬よりも安定させたもの)に、全身を黒い布のローブで覆い、足元を引きずる事で身長を誤魔化した。
次に、長さの足りない腕や手の部分も同じように義手を取り付ける。
手や指の部分は革の手袋で隠し、魔力を覆う事で腕や手を再現する。
後は僕自身の繊細な魔力操作に掛かっていると言ったところだ。
そして、最も年齢が解かり易い、顔や表情。
素顔のままでは僕が幼い子供だと言う事は一目瞭然。
それを隠す為の、顔全部を覆う事が出来るフェイスマスクだ。
木を削っただけの簡易なマスクだが、これだけでだいぶ印象は変わるだろう。
安っぽいコスプレのような格好だが、「ふはははっ!」と言う笑いがとても似合いそうな姿。
何なら、「ルシウスが命ずる!○○よ!○○せよ!」みたいな絶対損守的な力が発動しそうだ。
まあ、怪しさは満点なのだが。
「...」
あれっ、反応が無い?
無言?
流石に、この格好は怪しすぎたのか?
...何故だろう?
この格好は、僕にとって最高に格好良い姿なのに。
「...かしこまりました。ギルドの登録から商品の特許申請ですね」
おお、良かった。
門前払いされる事無く、どちらも何とかなりそうだ。
危うく、ギア○的な何かを発動して強制するところだったよ。
まあ、僕にそんなスキルがある訳は無いんだけどね。
「では、初めに、ギルド登録への受付所へと案内させて頂きます。特許申請は、ギルド登録が完了した後に行えますので、登録完了後に、係り員に問い合わせて下さい。では、こちらの通路を真っ直ぐにお進み下さいませ」
玄関を入って直ぐの受付は、インフォメーション(案内所)になっていた。
通路が三方向へと分かれており、左の通路を進むように案内された。
ちなみに、一番広い正面の通路がギルド直営の商店へと繋がっており、右の通路を進めば買い取り所兼倉庫へと繋がっているようだ。
僕は、顔だけを縦に振って頷いた。
そして、そのまま左の通路を真っ直ぐ進む。
一度も曲がる事が無く、道なりに進んで行くと少し広けた部屋へと出た。
この部屋は縦に長く、銀行の受付みたいに一つ一つが区切られていた。
受付は全部で六箇所あるのだが、その内の五箇所は既に埋まっていた。
遠目から見ても、受付の職員は統一された制服を全員が着ている。
一般領民には、お洒落という概念は無いが、この制服を見る限り服自体のバリエーションはありそうだ。
(登録の受付なのに混んでいる?いや、この場所は登録以外にも対応しているって事か)
僕は、一つだけ空いている受付へと向かった。
その個室のように区切られている受付は、カウンター越しに女性職員が座っていた。
五歳児の僕が言うのも変だが、まだ成人したての若い金髪の女性。
僕はギルド登録をする為に、その空いている受付の椅子へと座った。
「っ!?」
女性が僕に気が付くと、身体が大きく「ビクッ!」と揺れた。
そして、女性は口が開いたまま僕の全身を覗き込むように見ている。
その表情は、何処か得体の知れないものを見た時の反応で、何かを言いたそうに口がパクパクと空を切っていた。
その時、ボソッと小声で「えっ、冒険者ギルドと勘違いしているのかしら?ここは商業ギルドなのに...」と聞こえたのは気の所為だろうか?
これは...何だか失礼な対応では無いのか?
そうして女性は一度目を瞑り、今感じた思いを内に飲み込むと、何かを諦めたように登録の案内を始めた。
「...ようこそおいで下さいました。本日は商業ギルドへの登録で宜しいでしょうか?」
「うむ。それで間違いない」
「!?」
「嘘だ!?」と言う表情を前面に押し出し、両目が見開いている受付の女性。
表情が言葉よりも言いたい事を表していた。
さては貴女、嘘が隠せないタイプだな?
これは接客サービスとしては、だいぶマイナスだ。
まあ、僕は登録さえ出来れば良いのだけれど。
「では...商業ギルドの事を説明させて頂きます。当ギルドも、冒険者ギルドと同じようにランクがございます。登録が完了しますと、一番下のGから始まり一番上がSランクとなります」
受付の女性が話す説明の仕方が僕の見た目に引っ張られていた。
それは解り易く、冒険者ギルドを引き合いに出して例えているのだから。
「ランクにより機能する特典が、商品の売買に、特許商品の利益率がございます。高ランクになれば、当ギルドで販売されているものは割引を、買取りする際は上乗せを、特許商品においてギルドと登録者様の利益の分配をする際、その割合が変更されます」
ランクによる待遇が変化するのはBランクから。
基本、Cランクまでは一般(見習い)扱いで、Bランクからようやく世間に認められる。
商業ギルドの商品を購入する際に、Bランクで五%割引、Aランクで一〇%割引、Sランクで二〇%割引。
商品を売却する際は同様に、Bランクから五%、Aランク一〇%、Sランク二〇%割増と増えて行く。
特許商品の売り上げの利益の分配は細かく、最下位のGランクでは登録者側が二五%、ギルド側が七五%の割合となる。
ランクが上がる毎に五%ずつ変動して行き、Bランクでようやく登録者側とギルド側の分配率が五〇%五〇%の対等になるのだ。
収入は完全売り上げ制になるのだが、経費が掛からない事を考慮すれば、最低ランクでも十分な待遇と言えよう。
(商売を自力でやるとなれば、どうしても経費が掛かってしまうものだからな...出店となれば尚更で、店舗維持費、光熱費、人件費、素材の原価費など諸々。もし、商品をお店に卸すとなったとしても、契約費、商品の運搬費など諸々。しかも商品の管理が徹底されている訳では無いから、それで利益を出す事は難しいよね。それならギルド管理で丁寧にやって貰った方が、確実に収入を得る事が出来る訳だから、分配率はさほど問題無いね)
生産者にとってはありがたい話だ。
正確には、商品を作成する際に経費が掛かり、商品の原価と売値によって利益が決まるのだが。
当たり前の話だが、原価よりも価値がある商品を販売さえ出来ればありがたい話なのだ。
「ランクの昇格、降格は、登録者様の年間の成績により変動致します。これはどんなに売り上げを上げたとしても、売上が取れなかったとしても、一年間はランクが変わる事がありません。但し、一年間の成績によっては、大幅なランクアップ(ランクダウン)は可能です」
初期登録時は、全員がGランクからのスタート。
登録してから一年間はランクの変動が無く、Gランクのまま。
だが、その一年の成績によっては最上位のSランクに一足飛びする事も出来るそうだ。
「そして、商業ギルドに関する事は全てギルドカードが必要となります。ギルドカードには、お金をチャージする機能が付いておりますので、商品の購入や登録者同士の金銭の受授が可能となっております。但し、金銭トラブルについては、商業ギルドは一切の責任を負いません。自己解決をして頂くか、商売人として目利きが出来なかった自分が悪いのだと、諦めて下さい」
騙すも、騙されるも、自己責任。
商品に価値を付加する事も、価値を損なう事も、全ては商人としての腕の見せどころ。
それが商売人の鉄則なのだ。
「ギルドカードを盗難、紛失した場合は、ランクに応じた金額を支払って頂く事で再発行を行う事が出来ます。但し、ギルドカードにチャージされていた金額は、一切補填する事が出来ません。こちらも自己責任でお願い致します」
ギルドカードは、身分証の代わりにもなる証明証。
紛失しない事が大前提だが、何故か無くしてしまう人が一定数いるようだ。
まあ、そういう人は、お金をチャージをしなければ防ぐ事が出来るだろう。
そして、再発行にはランクに応じた金額が要求される。
盗難・紛失した時点での稼いだ金額の〇〇%。
Gランクで三%、Sランクで一〇%と言う設定だ。
「ギルド登録をする初めてのお客様は、初年度に限り、契約費が掛かりません。但し、二年目からは、年間の所得に応じての五%を契約費として頂いております。こちらの契約に掛かる費用ですが、Bランクからは除外され、お客様に負担が一切掛からなくなります」
ギルド運営の要になるのが契約費。
一般の登録者は商品の開発や特許登録までは手が回らない。
大多数の人が、もともとある売れ筋の商品を作成して、売却、既存の商品をアレンジをする事で、付加価値を付けて稼いでいるのだ。
その為、商業ギルドでは圧倒的にBランク以下の登録者が多い。
「特許登録で一発逆転!」とは、中々出来る事では無いのだ。
それこそ、宝くじの一等賞に当たるような確率しか無い。
「では、こちらの内容で宜しければ、契約書にサインを、こちらの魔法具に魔力を流して下さい。契約が完了しますと、ギルドカードが作成されます」
目の前の契約書には、女性に説明された内容が記されている。
説明に抜けている部分は...
うん。
大丈夫だ。
それに今までの内容も、ゲーム時代と変化が無いもの。
これなら特に問題も無いだろう。
僕が内容を確認している間、女性はずっと不安そうな表情を浮かべていた。
それに僕が動く度に、「ビクっ!?」と震えるのは辞めて欲しいものだ。
まるで、僕が理不尽な危害を加えるとでも思っているのかな?
「...ふむ。問題無いようだ。サインは、ここにすれば宜しいか?」
「ふぁい!」
声が裏返っているし、ウルウルと涙目の女性。
そんなに怖がる事は無いと思うんだけどな...
僕は、契約書に自分の名前を記入した。
次は魔法具に魔力を流す。
これは契約書の内容を承諾した事で、僕の名前や魔力の波長をカードに変化させる魔法具だ。
本人にしか使用出来ない、唯一のカードになる。
(魔力で延長した偽物の腕だけど、魔力を流すだけなら問題無さそうだね。そもそもが魔力の塊なんだから)
契約に血が必要となると僕の短い腕を露呈しなければならなかったが、魔力を放出するだけで登録が出来るそうだ。
正体が呆気なくバレずに済んで良かった...
心の中でそう喜び、僕は威厳のある演技を続けて行く。
「ふむ。では、我の魔力を少しばかり解放するとしよう」
僕は、魔力で補完した義手で球体型の魔法具を持ち上げる。
この魔法具に魔力を流し込む事でギルドカードへと変化をして行くのだ。
魔法具を持ち上げただけで自身の魔力が吸われている事が解った。
そうして僕は言われた通りに自分の意思で魔力を流して行った。
すると、僕から放出された魔力が勢い良く魔法具へと流れ込んで行く。
「!?」
「えっ?嘘でしょ?...魔法具が壊れる!?」と言う言葉を発する女性。
確かにビキビキと魔法具が悲鳴を上げている気がするが、僕は言われた事を、言われた通りに行っただけだ。
もしかして、魔法具が不良品なのか?
「光が...!?」
魔法具が魔力に満たされて鋭く発光する。
その壊れるか、壊れないかの瀬戸際で、僕の凝縮された魔力が一気に弾けた。
「きゃ!!」
女性は咄嗟に身を屈み、両手で頭を防いだ。
だが、指向性の無い魔力が弾けただけなので、周囲に危険は全く無かった。
それに魔法具は無事に変化を終えており、ギルドカードがその場に完成していた。
恐る恐る目を開けた女性が、周囲をキョロキョロ見渡しながらそれを確認する。
「...はい。どうにか、ギルドカードの登録が完了したようです。こちらが、お客様のギルドカードになります」
女性の顔が青ざめていた。
あれっ、先程よりも恐怖心が高まっているのか?
気持ちを隠す事が無く、表情(態度)に出てしまう女性。
辿々しいその不慣れな接客は、何処か応援したくなるけれど、それは接客のプロとしては失礼な態度だった。
入り口の案内所の男性は、表情に表す事は一才無かったのだから。
「当ギルドで売買、商品の特許登録を行う際は、必ずギルドカードを提出して下さい。くれぐれも紛失しないようにお気を付けて下さい」
何だろうか?
終わりが近付いたこの時が一番ハキハキとした受け答えだった。
う~ん、納得がいかない。
「人を見た目で判断しては駄目なんだぞ!」と解って欲しいものだ。
だが、僕はそう感じた思いを心の内にそっとしまった。
商業ギルドに登録が出来たのだから良いだろうと、自分を納得させて。
「では、これで登録は終わります。他に...何かございますか?」
僕に対しての問い掛け。
正直、これは言いたく無かっただろうな。
口が小刻みに震えているのだから。
「商品の特許登録を行いたい。何処ですれば良いか?」
「...特許登録ですか?こちらで行っております」
大型の獣に怯える、小動物のような女性。
必死に声を絞り出していた。
「そうか。ではこちらの商品を登録して欲しい」
僕は女性の事をイチイチ気にする事を、もう辞めた。
此処からは、ビジネスとして割り切って行く。
僕は彼女にそう伝えて、懐から商品を取り出す。
長方形の木箱に梱包した石鹸だ。
他にもオリーブオイルと、新しく作成したシャンプーがあるけれど、保存が出来るビン容器が無かった為に今回は断念した。
帰りに、あわよくばと期待してギルドの商店に立ち寄って探して見るけれども。
「...これは、一体どういった商品でしょうか?」
加工された木箱を見て、女性の顔付きが変わった。
この木箱は、蓋の部分がスライド式になっている少し手の込んだギミック式の木箱。
実は、イルゼグループが石鹸作りをしている時、その横で蓋を乗せて密閉させる木箱を僕が作っていると、リーダーのイルゼが木箱作りに興味を示した。
得意な事や特徴が解らなかったイルゼは、こういう細工する作業に興味や関心を持っており、イルゼ本人も細かい手芸が得意のようだ。
そうして二人で木箱を量産している時、僕の遊び心で手間の掛かるスライド式を作ったところ、イルゼがその木箱を偉く気に入ってくれた。
作成方法を直ぐに取り入れて真似をしたのだ。
今では木箱作成に余分な手間が掛かる訳だが、石鹸は全てスライド式の木箱に収納されていた。
「では、実際に見て貰おう」
僕はそう伝えて、木箱の蓋をスライドさせる。
「なっ!?」
女性は、そのギミックに驚く。
作り方は簡単なものだが、その細工には正確性が必要となるもの。
蓋の幅と本体に刻む溝の幅が、寸分違えぬ物にならなければいけない為。
ただ、僕が見て欲しいものは、その中身。
木箱から石鹸を取り出す。
「特許登録をして頂きたい物がこの中身。石鹸だ。」
「これは...何かの塊ですか?」
石鹸を初めて見る女性は、それが何か解らない。
木箱の容器に合わせた長方形の“何かの塊”としか理解していない。
「これは、身体の汚れを綺麗にする事が出来るものだ」
石鹸は、泡の力により汚れを落とすのだが、此処ではあえて、綺麗と言う言葉を使う。
表現の仕方はどちらでも問題無いのだが、特許登録の担当をしているのが女性の為、言葉の響きから「綺麗にする事が出来る」と伝えた。
案の定、女性は綺麗と言う言葉に食い付いて来た。
「この石鹸を水に濡らして泡立てると、土汚れ、皮膚汚れ、油汚れと言ったものを綺麗にする事が出来る。それに身体に染み付いた臭いが取れる事も特徴だ」
僕が作った石鹸は、植物性の油を使って作った物。
これが動物性の油になると、石鹸自体が臭くなってしまい、身体に臭いが移ってしまうのだ。
汚れは落ちるが臭くて使えた物では無い。
それと言って、僕が持ち込んだ石鹸は、身体の臭いも落としてくれる物だ。
ちなみに精油技術があれば、故意に匂いを付ける事が出来る。
まあ、これは後々の話になるだろうけど。
「貴女にもその効果を知って貰いたいので、実際に試して見るか?」
「きっ、綺麗になるのなら是非!」
やはり、女性は男性よりも美に対する意識が高い。
こう考えれば担当してくれた人物が女性で良かったと思う。
ただ、この格好を受け入れてくれなかった事に、僕の事を怖がった事は絶対に忘れないけれど。
「では、水が使える場所へと案内を頼む」
「はいっ!それではご案内致しますので、お客様はそちらでお持ち下さいませ!」
女性は席を立ち、長机で遮られているカウンターを回って、僕の方へと歩いて来た。
心なしか綺麗になれると言う高揚した気持ちを抑えられず、早歩きをしながら。
「お待たせ致しました。では応接間へと案内致します!」
僕は、女性に案内されるように受付の部屋から移動を開始した。
通常、応接間は高額の取引の際に使用される部屋。
間違っても新人登録者が入れる場所では無い。
だが、今回は石鹸の効果を知って貰うのに水が必要な為、後は、担当女性のやましい気持ちも加味されての事だ。
応接間へと辿り着くと、先程の受付の部屋よりも豪華な装飾が飾られていた。
「では、こちらへとお入り下さい」
女性が扉を開くと、先に部屋の中へと入るように案内された。
部屋の中は広々としており、中央には形の整ったテーブルと椅子が用意されていた。
周りを飾る調度品も見事な物で、部屋のバランスが統一されている。
これならお金持ちを接待をする場所として申し分ないだろう。
「用意するものは、水だけで宜しいのでしょうか?」
「うむ。だが、汚れた両手を洗い流せるように、底の深い大きめの器も別で用意してくれないか?」
「はい。かしこまりました」
此処は洗面所の無い部屋。
勿論、風呂場やシャワー室がある訳では無い。
部屋の中で簡単に排水が出来る訳では無いので、水を張った半球体のボウルのような器、その二つで対応するしかない。
「お待たせ致しました。言われた通り、二つの容器を用意致しました。こちらには水が入っており、こちらの容器は空となっております」
「うむ。では、早速試してみよう」
僕は、水を二つの容器に半分ずつ分ける。
そして、石鹸を一口サイズに切り分け、女性に渡した。
「片方の水が入っている容器に、この石鹸を両手で包むように浸して欲しい。そして両手が水に濡れたのならば、中の石鹸を両手からこぼさないように、石鹸を手の中で擦るようにもみ洗いをしてくれ」
女性は、僕が伝えた通りに動いて行く。
美に対する探究心が素直に行動をさせているのだろう。
最初からこんな対応だったら良かったのに...
すると、擦り洗いをしている両手から泡が立ち始めた。
「何です、これは?...ヌルヌルしている?それに何かが膨らんでいるのでしょうか?...だけど不快感は感じませんね。なんだかとても不思議な感じです」
泡を初めて見た女性は、無我夢中に両手を擦っている。
それに、泡立ちがドンドン良くなる事が楽しいようだ。
「うむ。それくらいで調度良いだろう。では、もう一つの水を使って両手を洗い流してくれ」
「はい。かしこまりました」
女性は言われるがまま、綺麗な水の方に両手を入れる。
「わっ!?何かが消えて行く?」
すると、泡が水の中で溶けて行き、素の両手が顔を出す。
女性が泡の取れた両手を水から引き上げると。
「これで、拭いて見ろ」
僕は、予め用意をしていた布のタオルを渡した。
女性がそのタオルで水気を拭き取ると。
「あれっ?なんだか両手がスッキリしています?」
石鹸の効果を身を持って体験した訳だが、初めての事で何処か疑心難儀。
実際に、スッキリしている事は身体では解っているが、頭では理解出来ていない。
その為、言葉が疑問系なのだ。
「えっ!?あれ?手の臭いが取れています!」
ふとした瞬間、自身の手の匂いに気付く。
染み付いていた汗の臭いや皮膚汚れの臭い。
それが、全くしなくなっているのだから。
「これが石鹸の効果だ。どうだ?特許登録を頼めるか?」
「はい。お客様!これは凄い商品でございます。是非、当ギルドに登録をお願い致します。私達ギルドが責任を持って、流通から販売までを一手に請け負いたいと思います!」
急激に熱を帯びた女性。
最初の頃の怯えていた態度は、何処に行ったのか?
まあ、石鹸の価値が正しく伝わったのだろう。
「うむ。そのつもりだ。では登録を頼む」
「...お客様。私からのお願いなのですが、こちらの木箱も特許登録して頂けませんか?」
石鹸の容器に使用していた木箱を登録?
一体どんな意図があってだ?
「それは何故だ?」
「こちらの木箱は、大変珍しい取り外し方になっております。見る人によっては、その木箱の優秀さに気付く筈です。加工を施せば、その機能に加えて、容器として豪華さを演出出来るのです。それにスライド式を応用すれば、収納にも活かせます。今のところ私ではこれ以上の活用方法が浮かびませんが、他にも色々と応用が利く品です。ここで登録をしなければ、お客様は技術だけを盗まれて損をしてしまいますので」
成る程。
そう言った理由があったのか。
確かに便利な物だが、僕にとっては当たり前の品で気付く事が出来なかった。
此処で自ら提案をしてくれると言う事は、意外と優秀な職員なのかもしれない。
もしかしたら、ボーナスのような手当てが目当てなのかも知れないけど。
「うむ。ではこちらも登録をお願いする」
「ありがとうございます!では、特許登録の為の魔法具をお持ち致しますので、こちらでお待ち下さい」
石鹸以外にも登録をする事になったが、これはこれで良かった。
教会の改善資金の為、お金は幾らあっても良いのだから。
それにお金があれば、特別な素材を集める事が出来るのだから。
石鹸のような日用品から、冒険に向けた武器作りまで活用する事が増えるのだから。
うん。
これからが楽しみである。
「お待たせ致しました。では、こちらの魔法具で特許登録を行います。申し遅れましたが、私、ウェルチが担当させて頂きますので、今後ともどうか宜しくお願い致します」
本来なら、ギルド登録の受付時に名乗る手筈。
多分、女性は恐怖でそれどころでは無かったのだろう。
今になって思い出したかのように、僕に自身の名前を告げて来た。
そこには商魂逞しいがめつい気持ちが含まれているのだが、感情によってコロコロ変わる百面相は何処か憎めないものだ。
「ああ、ルシウスだ。よろしく頼む」
こうして、ギルド登録と特許登録が完了したのだった。




