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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
41/85

040 羨望と展望

 自衛の為の訓練を始める孤児達。

 教える人数が、二〇名と多いので、戦闘経験のあるメリルに手伝って貰って、訓練を行う。

 その際に、使用する武器は槍。

 槍は、突く・払う・叩くと、三種類の基本動作を徹底させる。

 身体に槍の使い方を叩き込むのだが、一つ一つの動作を確認しながら、実感して貰う事が大事になるのだ。

 だが、その前に。


「先ずは、僕とメリル様で槍を使用したデモンストレーションを見せたいと思います。この中で繰り広げる動きは、後々皆さんが出来る事です。今はその動きが理解出来なくても、目指す場所が明確になる事で、訓練の助けとなります。では、メリル様、宜しいですか?」


 何も知らない人に、闇雲に基本動作を教えても、身に付ける事は中々難しい。

 それを防ぐ為にも、実際に動きを見せて学んで貰う。

 見た動きが強烈な程、憧れは強くなり、やる気へと繋がる。

 そのやる気を維持、向上させる為に、僕達が指導をするのだ。

 一人で訓練するよりも、指導してくれるトレーナーが居た方が、効果や、成果がその何倍も違うからだ。

 一人の場合、自己管理と言う曖昧なもので進めなければならない。

 これには、相当な意思の強さが無いと持続出来無い事。

 そして、間違いを訂正してくれる人が、居ない事も大きい。

 間違った方法で訓練を続けては、正しい効果を発揮出来無い。

 元の世界ならば、映像を見ながら自分と見比べる事は出来るけど、それにも限度がある。

 どうしても細かいところまでは、理解出来無いのだ。

 そして、そのまま変な癖をつけてしまう。

 どれも一人で行う弊害だ。

 だが、目指すべき目標が明確になる事は、モチベーションの維持、向上に繋がるもの。

 僕も、私も「あのような動きをしたい!」と。

 どうすれば、そうなれるのか?

 どうすれば、そう言う動きが出来るのか?

 それを教えるのが、僕達の役割となる。


「うむ。ルシウス。こちらは問題ない。だが、本当に手加減しなくていいのだな?」


 訓練に入る前の打ち合わせで、手始めに僕とメリルで手合わせする事を約束していた。

 その際の条件は、唯一つだけ。

 手加減無し。

 メリルも頭では理解しているのだが、僕と相対するとなると、大人と子供。

 それは、決して侮っている訳では無く、メリルが持つ矜持や道徳心によるもの。


「ええ。こちらも問題ありません。先程も言った通り、迫力があるものを見せたいのでお願い致します」

「そうだったな...では手加減無しで行かせて貰う!」


 僕達は、お互いに距離を取り合った(一〇m離れた)位置から試合を始める。

 普段、メリルが得意な武器は剣なのだが、今回使用する武器は槍。


(この世界に転生してから、対人戦は初めてになるのか。メリル様は、あまり槍が得意じゃないみたいだけど...どうやら良い戦いは出来そうだな)


 その構えから、メリルの戦闘センスの高さが容易に伺える。

 得意では無い筈の槍が、妙に手に馴染んで見えるのだ。

 ゲーム時代から考えると、対人戦は五年ぶり。

 僕自身、久しぶりの対人戦に不安はあるのだが、今回は、孤児達の為に魅せる戦いをしなくてはならない。

 ただメリルと相対した感じでは、期待通りの試合が出来そうだ。


(この心の底からワクワクする感じは、久しぶりだな!この滾る気持ちは...戦闘でしか味わえないんだよね!)


 これからの戦いを前に、思わずニヤッと笑ってしまう。

 戦う事でしか得られ無い、充足感を感じて。

 僕もメリルに向けて、槍を構えた。


「では、行きます!」


 滾る気持ちが、僕の身体という器を破り、内包されていた魔力が溢れ出す。

 周囲を威圧するような、そんな禍々しさを与えて。

 その瞬間、メリルが怯む事が解った。

 僕からすれば、戦闘時に魔力

を纏う事は普通の事だが、相手からして見れば、凶悪なものに映るのかも知れない。

 相対している、メリルの顔が引き攣っている。


〈何だ...あのマナの量は!?“手加減しなくていいのだな?”だと!?私は馬鹿か?道具を使用せずに、マナだけで槍を作成していた時点でルシウスの力は解っていた事だろうが!くっ!あの見た目に騙されるな!〉

(と、でも思っている表情だな。丸解り過ぎですよ、メリル様。まあメリル様の性格上、人を欺いたり、自身を偽装したりする事は得意じゃなさそうだもんな)


 メリルの構えた槍に、緊張から無駄な力が入っている事が解る。

 人に嘘を付けないところには、真面目さや誠意を感じるが、こと戦闘に関してはマイナスに働く。

 相手の虚をついて、如何にこちらの攻撃を当てるかに懸かっているのだから。


(う~ん。これは...無駄な力が入っているな。それに恐怖、か?かなり萎縮しているよ...でも、戦う意思は途切れていないようだ) 


 勝負は既に始まっている。

 表情や相手の呼吸から、僕に対しての恐れや怯えと言った感情が表れている。


〈くっ!?冷や汗が止まらない。対峙しただけなのに、気圧されているだなんて...無意識に呼吸が荒くなっているのか?...試合で、戦闘でこんな気持ちになるのはいつぶりだ?〉


 だが、メリルはジリジリと足を動かしながら、少しずつ僕との距離を詰めようとしているのだ。

 それに目の際奥には、戦う為の意思を表す光が宿っている。


(僕から仕掛けるべきか?...いや、それだと簡単に終わってしまうか。見せたいものは、攻撃の応酬であり、孤児達にとっての憧れの情景)


 僕は、後の先を取るべく、メリルの行動を待つ事にする。

 この戦いから孤児達に何かを感じ取って欲しく、今出来る最大限の試合を見せる(魅せる)為に。


〈くっ!?このままだと精神の消耗が激しい!!ならば...突き進むだけ!!〉


 目に更なる力が宿り、メリルが覚悟を決めた事が伝わった。

 その瞬間、自分の迷いを吹き飛ばすように行動へと移した。

 メリルが槍を正面に構えたまま、僕に向かって全速力で駆け抜けて来た。

 その動きは、上半身が全くぶれる事無く、構え(姿勢)を保ったまま。

 そして格上の相手に立ち向かおうと言う気持ちが、叫び声に表れて。


「ハアァァァァーーー!!!」

(へえー。魔力を纏わずに、純粋な身体能力だけでこの速さは凄いな!だが、その攻撃は単純過ぎる!)


 メリルは突進の勢い、そのままの慣性を利用した攻撃を繰り出す。

 魔力を纏っていない状態で、自身の身体能力だけで繰り出す速さは中々のもの。

 だが、速さで言うならゲーム時代初期に戦闘をした三獣士・空将エアホークの方が断然速い。

 それに速いと言っても、攻撃は真っ直ぐで単調なもの、正直、僕の体感では遅い。

 余裕で捌ける攻撃であり、思うがままにカウンターを決める事が出来る。

 だが、見せたいのは圧倒的な強さでは無く、お互いに掛け合う攻撃の応酬。

 僕は、当初の予定を進める為にも攻撃の受けに回る。


(速さを利用した勢いだけの突進?...単発では終わらないだろうから、他の攻撃も想定しながら)


 僕は最後までメリルの観察を怠らない。

 熟練した格闘家同士の試合でも、相手の思い掛けない一撃で呆気なく試合が終わる事がある。

 格下の相手と対峙しているのに、ラッキーパンチ一つで終わる事がある。

 「まさか?」と言う事態が、「嘘だろう?」と言う事態が、戦闘では起こり得るものだがら。

 勢いのまま突進して来たメリルは、僕の直前で跳んだ。

 上に飛ぶのでは無く、槍を僕に向けたまま、身体をスパイラル状に回転させて。

 この突進の勢いに回転が加わった攻撃は、流石に、石槍で受ける事が出来無いので、僕は攻撃を避ける事を選択した。

 真っ直ぐ向かって来たメリルの攻撃を、相手の利き手(右手)とは逆の方向へと避けて。

 これは、反応の鈍くなる相手の逆手に回る事で、次の攻撃の先手を取る為だ。


「まだだっ!!」


 攻撃を避けた僕は、そのまま次の行動に移ろうとしたところ、メリルが叫んだ。

 すると、僕の見えないところから攻撃が飛んで来る。


(おお!?あの状態から身体を捻って(空中を蹴って)無理矢理、回転軸を変えたのか!凄い身体能力だな)


 メリルが、弾丸のように槍で刺突して来た攻撃を、空中で足を蹴る事で回転軸をずらした。

 独楽のように横回転させて槍を横に払った後、更に、身体を捻り今度は縦に打ち下ろす。

 正面で相対する戦闘としては、正攻法では無い、奇襲じみた攻撃。

 空中で十字を切るその攻撃は、空間を認識する能力と、その身体能力の高さの現れだ。

 僕は、その空気の流れから事前に攻撃を感じ取り、わざと紙一重の距離でその攻撃を避ける。


「なっ!?この攻撃も当たらないだと!?だがっ!!」


 メリルは着地の瞬間も、回転を止めずに横一線に槍を薙いだ。

 僕はその攻撃を見極めて、側中をしながら、鍔迫り合いのように槍と槍をぶつける。

 だが、これは石と木で出来た簡易な槍。

 そのままぶつけてしまうとお互いの武器が壊れるだけ。

 折角盛り上がって来たのに、『武器が壊れて戦えません』となってしまったら興醒めだ。

 魅せる応酬の為、相手の槍の衝撃を吸収する為、槍全体を魔力で覆う。

 その際、派手な音が出るように、硬質化した魔力を二つぶつけ合い、「ガキィーン!!」と槍がぶつかる音を演出して。


「ぐっ!」


 メリルは、力一杯に槍を薙ぎ払おうとするが、僕の力に押し負けてしまい防戦一方。

 逆に僕が、力のまま槍を弾いてメリルを弾き飛ばす。


「きゃっ!!」


 メリルが思い掛けない声を出す。

 普段は女性の部分を全く出さないが、咄嗟の事で、危機に瀕した事で、メリルの中の女性部分が顔を出した。


(皆の視線が、羨望の眼差しへと変わって来ている!これは、良い感じだ!)


 僕には、メリルと戦闘をしながらも周りを確認する余裕がある。

 孤児の皆が、僕達の戦闘を見て熱が入り始めた。

 手に汗を握りながら拳を震わす。

 食い入るように必死で覗く、孤児達の目には憧れが宿り始めて。

 どうやら孤児の皆は、派手に回転する攻撃や、単発で終わらない連撃、紙一重でヒヤヒヤする攻防、力と力がぶつかり合う鍔迫り合いが好きなようだ。


(メリル様の身体能力と戦闘センス。これならばもう少し激しく行けそうかな?)

「く!?」


 吹き飛んだメリルは、身体を捻る事で受身を取り、綺麗に着地をした。

 これは、受身と言う技術を知っての行動では無く、野生の動物のような危険を察知しての身の翻し。

 言うなれば天性のもの。


(受身と言うよりは野性の動物のような、咄嗟の危機回避行動に似ている?随分と、出鱈目な身体能力をしているよ...それにしても身体の筋肉がしなやかだな。鍛えればもっと..、)


 僕が、メリルの能力を把握し始めた頃。

 身体の使い方や戦闘センスを加味すれば、鍛えればもっと面白い対人戦が出来ると胸躍った。

 だが、今は目の前の戦闘を盛り上げなければならない。


(それなら、今度はこちらから!)


 メリルからの攻撃だけでは、一方的でつまらないもの。

 防御一辺倒では、観客が冷めてしまうのだ。

 「もっと前に出ろ!」「攻撃を出せ!」と野次が飛び交う事は避けたい。

 「防御だけで良いならオレだって戦える!」「負けない戦いならオレだって出来る!」と無粋な感情を持たせない為に。

 僕は、メリルが対応出来るギリギリの力で攻め立てる。

 これは、メリルの能力が大体解った事で、今までの攻防以上に、より派手な応酬を繰り広げる為だ。


「なっ!?もう目の前に?」


 僕は、メリルが着地して立ち上がった瞬間には、目の前に詰めていた。

 そして相手の反応が、ギリギリ出来る力で槍を突く。

 あえて身体の中心を狙わず、周囲に散らす事で、攻撃をメリルが避け易くさせて。

 だが、傍から見た場合、槍による鋭い突きが閃光のように見えている。


「くっ!突きが鋭い!」


 相手の行動を自然に誘導するように、攻撃を加えて行く。

 そして、わざと大きい動作で、相手が反撃出来るように深く槍を引いた。


「てやっ!!」


 メリルは、その隙を見逃さず槍を横に払う事で僕との距離を取った。


「すーっ。はっ!!」


 距離を取ったメリルは、一呼吸で身体を整えて、今度はメリルの方から鋭い突きを繰り出す。

 その攻撃は、僕の攻撃とは違う確実に急所を狙った攻撃。


(やはり戦闘に長けている。だけど、だからこそ攻撃が読み易い!)


 メリルが繰り出したのは、正中線を狙った三連突き。

 確実に急所を狙っているからこそ、そこを防げば対処が出来るのだ。

 僕は、穂先や、柄を上手く使って攻撃を弾いて行く。

 まるで、ペン回しのように得物を使いこなす両手での槍回し。

 「わあー!!」と周囲が沸くのが解る。

 槍を強引に弾かれたメリルは、手が痺れているようだ。

 続け様に展開したその攻撃には、急所を狙う正確さが失われていた。

 メリルは格上の相手と対峙する緊張感から、更には自身の攻撃が流される事、相手に当たらず攻撃が空ぶる事で急激に体力を失っている。


「はぁ。はぁ。はっ。まだ...だ!!」


 既に、肩で息をしているメリル。


(これは、次の攻撃が最後かな?)


 僕はまだまだ余裕があるが、メリルにとっては最終局面。

 力を振り絞りながらも、必死に最後の攻撃を繰り出す。

 先ずは、僕の足下を狙った突き。


(ここに来て足下を狙った攻撃!?避けられない!?)


 今までの攻撃が全て上半身を狙っていた事を考えると、下段への攻撃は意識の隙間を縫う攻撃。

 激しい攻防の中で、不意を突く一撃は見事な一撃だ。


(ただ、これが“普通の人が相手だったら”だけど!)


 僕は難なく足元の攻撃を避けた。

 メリルは声には出していないが、その表情に「これも当たらないのか?」と焦燥が見えた。

 だが、避けられる事も想定をしていたのだろう。

 すかさず次の攻撃へと移っていた。

 その瞬間、視界からメリルが消えた。


(なっ!?)


 下段の攻撃をする事で、僕の意識を下に向けさせた。

 そうする事で、相手の視線を足下だけに誘導したのだ。

 足下を追ってしまった僕は、まんまと相手の術中に嵌ったわけだ。

 視界から消えるとは、瞬間移動をした訳では無く、ミスディレクションを応用した、視線誘導による攻撃。

 周りで見ている人間には丸解りなのに、当事者だけが、何が起きたのか気付けない攻撃だ。


(見事な視線誘導。だが、これも“視認だけで対峙している“ならばだ!)


 視線誘導による見事な攻撃。

 これがもし、目で見たものだけで戦闘をしていたら避けられなかったもの。

 だが、僕は戦闘中、常に魔力を広げる事で周囲を把握しているので、メリルの行動は丸解りだった。

 「視界から消えたメリルは?」と言うと、その場で前宙をする事で、無理矢理上段から振り下ろす攻撃を繰り出した。

 下段から上段へと散らす事で、相手に反応をさせない為の攻撃。


(疲労が溜まる終盤に来てからの、上下の打ち分け。しかも、その攻撃方法がまた凄い!だが!)


 僕は、メリルと違って疲労が無い。

 メリルが空中から打ち下ろす攻撃の軌道を読んだ上で、半身で避けた。

 そして空中で回転をしている相手の身体だけを捉えて。

 メリルが前宙から着地をする瞬間。

 僕は勝負を決める突きを繰り出した。


(メリル様、ごめん!)


 僕の攻撃はメリルを行動不能にする。

 筈だった。

 僕の攻撃はメリルに当たらなかったのだ。

 メリルの隙を突く形で、鳩尾みぞおちを狙った突きを繰り出したが、メリルは着地の瞬間、股割りのように足を広げ身体を沈める事で攻撃を避けたのだ。

 メリルは此処まで相対する中で、常に僕の力量を測っていた。

 技術も、身体能力も、メンタル面でも、何一つ僕に勝てないのだと。

 だからこそメリルが繰り出す渾身の攻撃を、僕が避けた上で反撃をして来る事を想定していた。

 そして僕が相手を傷付けずに勝利するだろうと。

 狙われるのは、意識を刈り取る心臓か、鳩尾のどちらかだと。

 これは、経験や知識によるものでは無く、メリルが持つ野生の本能で感じた事。

 メリルが考え抜いた勝機は、最後の最後。

 自分を倒したと思わせた、この瞬間。


「これならどうだ!!」


 メリルは地面スレスレから、僕のがら空きになった胴体へと槍を薙ぐ。

 この攻撃は地味で面白みの無い、確実に相手の虚を突いた必殺の一撃。

 それが、僕でなければ。


(これは、想定以上だったな。やはりセンスの塊。これで技術が身に付いたら恐ろしい!)


 此処まで僕は、孤児達の様子、メリルの様子を確かめながら、魅せるデモンストレーションを続けて来た。

 一番の目標は、皆に憧れて貰う為に。

 それに、皆に楽しんで貰う事が最優先だった。

 どちらも十分に達成出来た事だろう。

 そして相手が、女性のメリルだった事も良かった。

 孤児の半分は、同じ女の子だから。

 女性でも戦える事を、男に負けない激しい動きが出来る事を、皆に見せられた事が良かった。


(流石は、お母様が推薦したメリル様。頃合も丁度良さそうだから、これで終わらせる!)


 今までは部分的な身体強化だけで対応をして来た。

 だが、既に当初の目標を達成出来た為、僕は全身を魔力で覆い、身体強化をもう一段階上げる。

 この戦闘を終わらせる為に。


「!?」


 メリルは戸惑う。

 必殺の一撃であったその攻撃が、何故か空を切っているからだ。

 メリルとは違った視線から消えるすべ

 それは、単純な速さによるもの。


〈ルシウスがいない!?〉


 相手を戦闘不能にしても良いのだけど、此処まで来たら幕の引き方も重要。

 僕は槍を覆っていた魔力を解除した上で、目にも止まらぬ速さでお互いの武器をぶつけて破壊する。

 メリルからしたら何が起きたか解らないままだが、どちらか一方が勝者に、どちらか一方が敗者にならない為の、最高なものを演出して。

 これが魅せる試合としては、最高の幕引きになるのではないか?

 そう思い行動へと移す。

 お互いの石槍を勢い良くぶつけて、「ガキィーン!」と壊して。


「「はぁ。はぁ。はぁ」」


 その疲労から肩で息をしているメリル。

 僕もそれに合わせて、疲れたふりを演技する。


「最後は何が...起きたのだ?」


 最後に、何が起きたのかを理解出来ず、メリルは戸惑ったまま。

 それよりも、疲労が限界に来たようだ。

 全身の筋肉が悲鳴を上げて、プルプルと震えている。

 それに自力で立ち上がる力が、もう残っていないようだ。

 その場で崩れてしまった。

 試合を見ていた皆は「ワァー」と歓声を上げた。

 デモンストレーションが終了した事を理解して。

 興奮冷めやらぬ者は、その場でしきりに叫んでいる。

 感情の出し方が解らない者も、拳をそっと握りしめて鼻息が荒くなっていた。

 戦いに興味が無かった女の子も、僕やメリルに憧れるように、尊敬の眼差しを浮かべている。


(あれっ?一人違った方向で目が本気な人がいる?)


 一部、情景を超え、恋慕の思いへと昇華された女の子が、メリルに向けて「お姉様♡」と息が荒くなっていた。


(...うん。放って置こう)


 思考が追い付かない僕は、全力で忘れる事にした。

 何も気付いていないし、何も見ていないと。


(さて、メリル様はどうなったかな?)


 呆然と地面に座り込んでいるメリルは、まだ疲労で動けないようだ。

 僕はメリルの息が整うまで、その場で待つ事にした。

 時間が経ち、落ち着いたところでメリルが口を開いた。


「武器が壊れたので...これは、引き分けか?」

「はいメリル様。これ以上は続ける事が出来無いですからね」


 僕はそう伝えると、地面に足を広げて座っているメリルの手を取り、その身体を起こしてあげた。

 

「そうだな...ルシウス、ありがとう」


 メリルのその言葉には、悔しさと感謝が入り混じっていた。

 悔しさの気持ちの方が強いのだろうが、直ぐに表情が切り変わった。

 久々に身体を本気で動かせて、清々しい気持ちになったのだろう。

 僕は、メリルのそのスッキリとした表情を見る事が出来て、メリル自身が心から楽しんでくれた事が伝わった、


(ふーっ。上手く出来た。これは、皆の拍手が物語っているからね。そして、孤児の皆には訓練する上でのモチベーションつくり。メリル様には心地良いストレスの発散。どれも大成功だね!)


 デモンストレーションが終わり、此処からようやく孤児達の訓練に移るのだ。


「今のを見て皆はどう思いましたか?僕もこうなりたい。私もやってみたい。出来るかな?出来無いかな?このように色々と感じた事はあると思います。中にはどうしても動く事が苦手だったり、戦う事が苦手な人もいると思います。でも、訓練をすれば今の動き位なら、皆が出来るようになります。それは、男の子、女の子関係無しに、得意でも、苦手でも、皆がです!」


 最初から、僕達のような動きが出来る訳では無い。

 やはりセンスが良い方が、動き方への差異が出る。

 だが、此処は魂位レベルがある世界。

 鍛えれば強くなる事が出来るのだ。

 現にメリルの攻撃は、力任せの攻撃だけ。

 その攻撃の仕方は目を見張るものがあるが、攻撃に技術が追いついていないのだ。

 最初の一撃も、回転しながらの突進。

 これは、奇抜な攻撃で、回転を加える事で、一撃をより強力なものにしているが、そもそも相手より速く突けば良いだけの話なのだ。

 それが出来無い為に、撹乱、連撃を加える事で攻撃を成り立たせたのだ。


(正直、魂位レベルが上がれば、まさに一撃で終わるんだよね。まあ、それが出来無いからの技術なんだけど)


 今は、魂位レベルを上げるところまでも来ていない状態。

 戦おうとしても、武器が上手に扱えないので、思った通りの戦闘が出来無いのだ。

 後々は魂位レベルを上げるつもりだが、先ずは、自衛の為の訓練。


「では、訓練を始めましょう!」


 目標は高く、志も高いものに。

 そこを目指して、先ずは、基本が大事な事を教えて徹底させる。

 皆が、動物や、魔物に、襲われて死ぬ事を避ける為に。

 僕とメリルは、二手に分かれて孤児達を指導する。

 その内容も事前に打ち合わせしたもので、突く・払う・叩くの基本三種類のみ。


(出来れば体内魔力オドの使い方も同時に教えたかったけど、これを見るとまだ難しそうだな...それでも、その中で目立っているのは)


 孤児の皆は、懸命に槍を持ち、基本動作を繰り返している。

 この中で、まともに基本動作が出来ているのはグループ長だけ。


(流石は、年長者って言ったところかな?孤児の中で比べたらだけど、覚えが早い。だけど...イルゼに関しては、及第点までもう少しかな?)


 イルゼは、限定的な動作なら出来ている。

 それは、槍を持ち上げずに、払うと言う動作。

 どうしても筋力が槍の重さに負けてしまい、突く、叩く、と言った動作が苦手のようだ。


(メリル様は...本当に面倒見が良いな。それに何だか、何時もより楽しそうに見える?)


 メリルは率先して幼い孤児達の面倒を見ているのだが、孤児の方がメリルに懐いているように見える。

 裏表の無い性格が、男女を差別する事も無く、その真剣な思いが孤児達に伝わる事で、武器を扱うという事に程良い緊張感を保てている。

 出来た事を素直に褒めてくれる、屈託の無い笑顔がそうさせるのか解らないが、孤児達のやる気に繋がっているようだ。

 メリル自身も、久しぶりに身体を動かせる事が楽しいのだろう。


(メリル様の息抜きにも丁度良かったみたいだ)


 従者の仕事をしている時よりも、活き活きとしているメリル。

 アナスターシアの手伝いをしている時、たまにソワソワしていたが、それは、身体を動かしたかった兆しなのだろう。


(そうかなるほど!それを見越した上で、僕と一緒に指導をするようにお母様が頼んだのか!?)


 僕は教会での仕事に携わっていないので解らないが、メリルは明らかに事務仕事が向かない。

 それは、仕事が出来無い訳では無く、ただ単に、事務作業に対しての集中力が続かないから。

 今のままでは、きっと近い内にメリルのストレスが溜まりに溜まって爆発するところだった。

 何処かで、メリルのストレスを発散させる場所が必要だったのだ。

 それが今回の訓練指導に繋がったようだ。


(順調に環境が整って来ているな。グループでの仕事も、自衛(狩猟)の為の訓練も始まった。後は僕が自由に動けるようになれば良いのだけど...それは、もう少し掛かりそうだな)


 教会を取り巻く悪い環境の改善には着手したが、直ぐには結果が出ないもの。

 中には成果が直ぐに出る、作物の採集作業や、オリーブオイル作りや、石鹸の作成作業は、あるけれど。


(そう言えば、さくらが寝込んで、そろそろ一週間近くになるのかな?療養期間が長いけど特に危ない状態では無いんだよね?)

『はい。マスター。期間は長いですが、今の状態は熱が出て寝込んでる状態と同じです。普通ならばここまで熱が続くと、身体に支障が出るところですが、マスターと魂が繋がっている為、特に問題はありません。それは、もし彼女の身に何かあれば、マスターにも異変が出る為です』


 魂が誰かと繋がっている状態ならば、一方の状態がお互いに影響を及ぼす。

 魂の力とは、それ程強大なものなのだ。


(なるほど。じゃあ僕の状態に異常が無いって事は、魂が繋がっているさくらも大丈夫って事なのか)

『はい。マスター。それにどうやら熱も下がっているようです。なので、そろそろ動けるようになると思われます』


 魔力圏の範囲は、日々更新している。

 物理的な距離で離れていても、プロネーシスはその範囲内ならば空間の中の全ての状態を確認出来るのだ。

 僕が任意で確認する時は、範囲内から対象を絞って意識しないと出来無い事だが。


(じゃあ、明日あたりにでも会いに行ってみようかな?)


 今は、日が落ち始めて夕方。

 訓練をする事で、ほぼ一日の時間が経ってしまったのだ。

 流石に、今日はこれ以上出来る(やれる)事が無い。

 皆も良い汗をかいて、疲労も溜まり慢心状態。

 多分、明日は皆、筋肉痛で動けないだろう。

 なので明日は、休養日にして自分の為に時間を使う。


「では、これで訓練を終了致します。明日は、きっと訓練の疲れから身体を動かす事が出来無いと思いますので休養日とします。仕事も何もせずに、ゆっくりとして下さい」


 一応、身体の動ける者は作業をするも良し、個人訓練をするも良しと伝えた。

 それは皆が、「何もせずにってどうすればいいの?」と戸惑っていたからだ。

 この世界では、休むと言う概念が無いらしい。

 それは、決して人権やルールがブラックだからでは無く、自分達が生きていく為に必要な事だから。

 それは、生きて行く上で毎日食事をする事と一緒で、生活をして行く上での基盤だからだ。

 その為、休むと言う感覚が無い。

 ただ明日の事に関しては、何をするかは自分で決める事を約束して。

 こうして訓練が終わり、皆と解散した。


 そして日が変わって翌日。

 アナスターシアの従者であるメリルは、普段と変わらず従者としての仕事をこなしていた。

 身体の疲労や、筋肉痛は残っているのにだ。

 従者としての誇り、アナスターシアへの忠誠心がそうさせるのだろう。

 僕にはその姿勢が、とても格好良く見えた。

 そして孤児達は、全員が筋肉痛で動けそうに無かった。

 昨日言った事が現実となる。

 当初、言った通り、身体を休ませる重要性を実感して貰う。


「メリル様は凄いな。あんなに限界まで動いた状態で、今日も変わらず仕事をするとは。で、やはり孤児の皆は誰一人動けないようだ。まあ、これは当然か。お願い(指示)した事を、こちらが止めるまでやり続けるのだから」


 訓練中、孤児達はお願い(指示)した事を延々にやり続けた。

 それは、疲労で身体が動かなくなっても動作を止めようとせずに、こちらが止めない限りずっとだ。

 なので、限界を超えての訓練をした事で、動けない事は当然の事であった。


「じゃあ、昨日思った通り、さくらの様子を確認しに行こうかな?」


 教会での居住区。

 アナスターシアの隣の部屋に、アプロディアと、さくらが住む部屋がある。

 僕は部屋を訪れ、扉をノックする。


「アプロディア様。ルシウスです」


 部屋の前で名前を伝える。

 すると、扉が開き、アプロディアの従者が迎え入れてくれた。

 どうやらアプロディア本人は、ここには居ないようだ。


「ルシウス、良く来て下さいました。丁度さくらも体調が良くなった所です。どうぞ中にお入り下さい」

「ありがとうございます。失礼致します」


 部屋の中は、アナスターシアの部屋と比べると調度品が豪華。

 アナスターシアも、アプロディアも、尋常では無い、気品が漂う。

 二人の関係性は何だろうか?


「ルシウス!」


 部屋に入ると直ぐに、さくらから声が掛かった。

 僕は、声がする方へと振り返る。


「さくっ!?わっ?」


 僕が名前を発する前に、衝撃で遮られた。

 さくらが元気になった事で舞い上がり、僕に飛びついて来たのだ。

 僕は飛びつかれた勢いで地面に叩きつけられるのだが、身体を魔力で強化しているので問題は無い。

 それよりもさくらが怪我をしないようにと、その身体を支えた。

 そうして、「バタンッ!」と音を立てて床に崩れた。


「ルシウス!やっと元気になったよ!」


 さくらは嬉しさのあまり、勢いに身を任せてしまった。

 馬乗りをした状態で抱きついている。


「さくら!はしたないですよ!」


 アプロディアの従者が注意をする。

 人目を憚らず抱きついた事、それから相手の事を考えずに、床に叩き付けた事を。


「ルシウス、ごめんなさい...床にぶつかって痛かったでしょ?」

「大丈夫だよ、さくら。それよりも元気になって良かった!無理はしていない?」


 僕達は、身体を起こして立ち上がる。

 グチャグチャになった服の皺を伸ばして、その身形を整える。


「うん!もう大丈夫だよ」


 さくらの笑顔が花開く。

 これまでは前髪で表情を隠していたのだが、今では前髪を上げて、その表情が良く見える。

 だけど途端に、表情が曇り始めた。

 

「...心配掛けてごめんね」

「さくらが無事で良かった...それよりも前髪上げたんだね?」

「うん。顔を見せるのは恥ずかしいけど、変かな?」

 

 さくらは、唇を噛み締めて僕の反応を伺っている。

 その様子が、とても愛らしい仕草だ。


「とても可愛いよ。それに、さくらの表情が良く見えるから、僕は今の髪型の方が好きだよ」

「本当!?まだ顔を見せるのは恥ずかしいけど、ルシウスがそう思ってくれるなら、良かった!」


 さくらは嬉しそうに笑う。

 それを聞いていたアプロディアの従者は、僕の年齢にそぐわないストレートな台詞に、思わず恥ずかしくなって「まあ!」と驚いていた。

 その言葉は、真剣であり、僕が作り出す雰囲気が、煌いていたから。


「さくらは、もう外に出ても良いの?」

「うん。お母様にも許可を頂いたので大丈夫だよ!」


 良かった。

 これなら新しい事への挑戦が、一緒に出来る。


「もう、外に出る準備は出来ている?」

「うん!」


 このまま外に出られるとの事なので、アプロディアの従者に挨拶を済ませて、二人で教会の外へと出た。


「ルシウス、今日はどうするの?この間の続き?」


 前回、岩塩と蜂蜜を採集する時に熊と出くわした為、作業は中断となった。

 今日は、その再開をするのか迷うところ。


「もう一度、山に登るけど...さくらは大丈夫?怖くない?」

「うん。ルシウスが居てくれたら怖くないよ。でも...お願いを一つだけ聞いて貰ってもいい?」


 お願い?

 畏まった表情で「お願いを一つだけ聞いて貰っていい?」と言われると、どうも身構えてしまうな。

 でも、さくらが望むお願いなら、悩む必要など無い。

 そんなのは即答だ。


「大丈夫だよ。それに僕が叶えられるお願いならば、一つじゃなくても、幾つでも聞くよ?僕は何をすればいい?」


 僕の、全く戸惑いの無い返事にさくらは驚く。

 だが、内心で悩まずに即答をしてくれた事が嬉しそうだ。

 驚いた表情は、直ぐに笑顔へと変わった。

 そして再び真剣な表情に戻ると。


「...あのね。私もルシウスと同じように魔力操作をしたいの?」

「魔力操作を?」

「うん...ルシウスの足を引っ張ってしまった事が悔しくて...何も出来ずに見ているだけは嫌なの。私も戦えるようになりたいの!」


 まさか、「足を引っ張った」と、そんな風に考えていたとは。

 僕からすれば、そんな事は全く無かったのに。

 でも、あの時さくらがどう感じていたのかは、僕には解らない事。

 僕が憶測する事も、決めつける事も、出来無いし、してはいけない感情だ。

 本人が「どう感じたか?」が重要なのだ。

 さくらは、あの場所で何も出来なかった事が悔しかった。


(何があっても、さくらは護る。その気持ちは変わらないけど...“悔しさ“。こればかりは自分で納得出来無いと、振り払えない感情だよね)


 感情の厄介な部分は、制御が出来無い事。

 訓練で抑える事は出来ても、何かの弾みで爆発するのだ。

 こればかりは、自分で乗り越えるしか無い。

 それに丁度、孤児達も訓練を始めたところ。

 さくらは、元々、知らずの内(歌っている時)に魔力を纏えている状態。

 魔力自体を認識している事も大きい。

 それならば、習得する事も早く出来るだろう。


「僕と同じような魔力操作となると、普通よりも大変だけど、さくらは頑張れる?」


 僕は、さくらの目を真っ直ぐ見つめ、真剣に問い掛けた。

 本人が望むならば、僕はそれに全力で応えるだけだから。

 でも相手の意思を確認、共有の徹底をする。


「ルシウス、ありがとう!!良いの?」

「さくらが望むなら」


 大事なのは、心からの想いを伺う事。

 それは、本人にやる気が無いと身に付かない事だから。


「うん!頑張る!!」

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