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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
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039 確認と対策

 今日は、今後の事を考えて、裏山の生態系の調査に乗り出す。

 魔物化された熊を鑑みて、他に魔物化された生物を調べなくてはならないからだ。

 これは僕が居ない状態でも、孤児院の皆だけで素材採集が出来る事を望んでの事。


「プロネーシス。恵みの森の生態系調査で、周囲の動物の変化を調べないと、皆に安心して作業を任せる事が出来無いよね?」

『はい。マスター。日々状況は、変化をしております。恵みの森の番人の熊を倒した時点で、それ以上の猛威はありませんが、今必要な事は裏山の生態系の把握です』


 教会や、孤児院の安全を確保する為にも、直ぐ側にある裏山の生態系を確認しなくてはならない。

 どんな生物が生息をしているのか、人に害を及ぼす生物が居るのかを。


「恵みの森の安全性を確かめる事で、今後の活動が左右される。仕事の幅を増やす為にも、魔物化した動物が居るかで、出来る事が変わってくるもんね?」

『はい。マスター。変化した恵みの森を調査をする事で、仕事の幅、効率が変化致します。グループをチームとして機能させる為にも、現状把握が必要です』


 現状、孤児達に任せている仕事は、教会の畑管理、オリーブオイル作り、石鹸作り、フォレストコッコのお世話。

 畑に関しては、今まで孤児だけでやって来た事なので全く問題が無い。

 だが、他の仕事に関しては、今のところ素材となる材料を全て僕が用意している。

 今は一度に作れる量が少なく、必要とされている材料も少ない。

 これなら僕一人でも問題無く用意出来る物だが、数や量が増えて来ると、流石に僕一人では対応出来無い。

 それに、魔物化した熊と相対した事で、僕自身の、能力の底上げが必要だ。

 もう二度と、さくらを傷付けない為にも。


(魔法が使えないなら、それを補う能力を上げるしか無い。それには魂位の上昇が必須だ)


 魔物化した熊を倒した事で、僕の魂位は上昇した。

 その時ゲーム時代と同じように、自身の身体能力が軒並みに上昇している。

 だが、やはり魔法を使える事は無かった。

 魔力は自由自在に使用出来るのに、魔法は使用出来無い。

 今現在、魔法に代わる部分を、魔力操作で応用しているのだ。

 魔力を纏う事で、身体能力を上昇させる事。

 魔力を体外に放出する事で、武器・攻撃として使用する事。


(魔物化したばかりの熊の強さは、ゲーム時代で考えれば、ほぼ最弱の位置。そんな相手に苦戦しているようでは、正規の魔物を倒す事など到底無理だ。目標である史上最強の英雄を目指す事さえも出来無い)


 今のままでは、身体操作に魔力操作が上手いだけの子供。

 感覚的な話になるが、ゲーム時代の初期状態と比べても、明らかに僕の能力が低い。

 身体が成長しきっていない事も、能力に関係あるのだろうが、単純に魔物と戦闘出来る条件を満たしていないのだ。

 だが、これまで努力して来た事は確実に僕の力となっている。

 身体操作の訓練や、魔力操作の訓練。

 これらをしていなければ、魔物化したばかりの魔物界最弱の熊を倒す事も出来なかっただろう。

 誰より強くなる為にも、僕に関わる全てのものを護る為にも、魂位の上昇が必須なのだ。


「じゃあ、そろそろ調査を開始しようかな?午後には、グループ仕事が始まるから、それまでに素材も採集しないと」


 裏山の入り口にて、山の全貌を見渡す。

 標高は一八〇〇m程。

 普通に登っていたら一日が終わってしまう高さだが、浮遊を使用して手っ取り早く終わらせる。

 魔力を周囲に纏って薄い膜を張る事で、気休め程度の防寒対策を施す。


「ううう。空は寒いな」


 一般的に一〇〇m登ると気温は、〇.七℃下がると言われている。

 そう考えると、頂上付近は気温が一二~一三℃低い事になる。

 それに加えて、天候状況によって更に変動するのだ。


「風が冷たい...」


 これが真夏ならば、二〇℃前後で涼しく感じる事が出来るだろうが、今はまだ春。

 そして日が昇りきる午前中と言う事もあり、今現在僕が体感している気温は二~三℃だ。

 そこに風が吹くと、一気に身体が冷やされてしまう。

 魔力を属性変化出来無い僕は、暖房のように身体を温める事が出来無い。

 出来るのは、魔力を纏って風を遮る事。


「これは、魔力を纏っていなかったら、ゾッとする寒さだよ」


 このように空を浮遊した状態では、防寒対策が必須なのだ。

 後は、やせ我慢で何とか乗り切るだけ。

 そして僕は、魔力を広げて魔力圏を作りだす。

 プロネーシスの能力(補助)もあって、最初は周囲一〇m程の空間把握だったが、魔力訓練をしてきた結果、今では一〇〇m前後まで把握出来る。

 僕は魔力を広げた状態で、浮遊を使用して山を登って行く。


「魔力を広げると、その中の空間が鮮明に把握出来るけど、どうやら生態系には、それらしい変化が起きていないね?」

『はい。マスター。森の植物から動物が、活性、繁殖している事以外は、特に変化が見当たりません』


 植物は急激な成長が訪れ、宿している実が大きく熟れている。

 これは、山自体に精霊がいる事で起きた変化。

 通常では時間が掛かる事も、精霊の力のおかげで急成長を促せるのだ。

 心なしか、精霊自体も成長している?

 此処で言う精霊は、肉眼では見る事の出来無い存在。

 但し、人型では無く、魔力の塊に意思が宿った存在だ。

 見る人によっては、光の粒子が漂っているだけに見える、そんな存在。

 そして動物の方も、より身体が大きくなっている。

 元から山の幸や、森の恵みがふんだんにある場所で育っている為、身体は大きかった。

 だが、それよりも更に、肥大化して骨格までもが大きくなっている。

 病気や怪我を除いての話で、通常では成長が終わった身体では骨格の変化は起きないものだが、此処は魔法があるファンタジー世界。

 やはり常識は当てはまらないようだ。


「これなら、目立って危険なものは無いって事かな?」

『目立ってと言う言葉が、魔物化した熊と同等の脅威を差しているのならば、危険は見当たりません。ですが、野生の動物は複数おります』


 今日の生態調査の目的は、その危険度の確認。

 流石に、魔物化した熊と同等の強さの生物はいないだろうと思っていたが、他の動物も同様に魔物化していたら、討伐をしなくてはいけない。

 孤児院の子供だけで探索、採集が出来無いからだ。


『以前よりも、肥大化した野生の熊、狼、猪と、未だに脅威はございます』


 この恵みの森に生息している熊も、一体だけでは無い。

 たまたま魔物化した熊はあの一体だけと言う話。

 どの生物でも、もしあの熊と同じように、複数の生物の生命を刈り取る事で強化されていたら、魔物化する事になるのだから。


「やはり、自衛の為にも訓練は必要かな?教会には結界が張ってあるから、こちらから登らない限り問題は無いと思うけど、プロネーシスは、どう思う?」

『はい。マスター。マスターがこの世界に転生をして五年程。それまでに一度も結界が破られた事はありませんが、マスターの自由を確保する為にも必要かと思われます』


 凄い事は、結界の識別能力の高さ。

 この結界が、人物登録式の結界なのか解らないが、山に生息する動物だけを通さない。

 だが、捕獲したフォレストコッコは結界を通過しているの為、動物が持つ害意を認識しているのかも知れないが。


「確かに今後、僕が自由に動く為には必要な事だよね。今は教会の事で手一杯だけど、後々は他の国も周ってみたいからね」

『それでしたらマスター。早速、グループでの訓練トレーニングも組み込んで行きましょう』


 教会で育った僕は、今の環境を見過ごす事が出来無い。

 僕が転生した五年の間にも、孤児院で亡くなった子供は複数いる。

 原因は、衛生面、栄養面と場合が違えど、その時点で全員を助ける事が出来ていない。

 でもこれから先(未来)は、変える事が出来る。

 プロネーシスの能力を使えば、考えられるあらゆる危険に対して、予め対策が出来るのだ。

 僕は人の未来が見える訳では無いので、正直、人生(未来)など何が起きるか解らないもの。

 だけど地球を基に創られたこの世界ならば、役に立つ知識(情報)を持っている。

 それらの知識(情報)を使えば、考えられる危険を管理する事や、排除する事が出来るのだ。

 教会において、現時点の問題を解決する為にも、改善を取り組み始めたところ。

 でも僕一人では、出来る事が限られてしまう。

 それに時間は有限なのだ。

 それならば僕一人で出来無い事を、足りない時間を補う為にも、周りの力を借りて乗り越える。

 それが僕が出来る知識(情報)の活用だ。


「孤児の皆は、午前中なら特にする事が無いもんね。帰ったらお母様に相談して、許可を貰わないと」

『はい。マスター。後は簡単な武器の作成が必要です。現状ですと、石を削って槍を作るのが良いかと思われます』


 魔力を使えば、石を切る取る事も、削る事も出来る。

 磨製石器ならぬ魔製石器。

 そして槍ならば、獲物に対してある程度の距離を保ったまま戦闘が出来る。

 何事も訓練次第にはなるのだが。


「じゃあ、帰りに、材料以外にも石材を拾って帰らないとだね。そろそろ...頂上かな?」


 調査をしながら、山を登り始めて数分。

 此処までに、魔物化した熊のような危険な存在はいなかった。

 そして間も無く頂上付近。


『マスター。どうやら山そのものが成長しているようです』

「山そのものが...成長?」


 聞き慣れない言葉だ。

 山の成長とは何か?


『はい。マスター。以前同じように調査した結果と、今回の結果を比較してみると、以前と比べて山の標高が伸びております』

「標高が高くなっているって事?」


 通常、地震などの地殻変動が起きれば、標高が変化する事があるみたいだ。

 だが、教会やこの領地において、一度も地震は起きた事が無い。

 それにこの山は、火山でも無いのだ。


『地殻変動などで標高が変化する場合は、基本下がる事が多いですが、今回そう言った地殻変動は起きていません。ただ、もしそれを踏まえたとしても、異常な成長を見せているのです』

「異常って、どれ位の成長なの?」


 山の標高で一~二メートルの変動は常々起きる。


『はい。マスター。以前この山の標高は一八〇〇mでしたが、今現在、一八五〇mまで高くなっております』

「えっ!?五〇mも?」

『植物や動物の成長も合わせて考えると、もしかしたらこの山は...いえ、申し訳ありませんでした。まだ正確な情報ではありませんので、マスターには解り次第お伝え致します』


 プロネーシスが言い淀む事は珍しい。

 しかも途中まで話したのに、内容を切り上げる事も今までには無かった事だ。

 一体何を思ったのか?

 何だか、解らないままでモヤモヤする。


「...じゃあ変化は起きていたけど、脅威となる危険は無いと言う事で良いのかな?」

『はい。マスター。今現在、解る事はその通りでございます』


 プロネーシスが言い淀んだ事は一体なんだったのか?

 それが解るまで、時間が掛かる事らしい。

 こうして最後には、謎が残ったまま。

 スッキリせずに調査が終わってしまっだが、無事に山の生態系調査を終えた。


「生態調査も終わったし、それなら素材回収をして、教会に戻ろうかな」


 帰りは、素材採集と訓練用の槍作りの為に、石材と木材を回収して帰る。

 二〇名分の槍を作成する為、素材採集は何度か往復する事になったが、教会に戻ってからは、グループの皆に素材を提供した後、槍の作成へと入る。


「ふー。量が多いと、どうしても往復の回数が増えるな。一度に持てる量は決まっているから異世界特有のマジックバッグなどがあれば良いんだけど...今のところ、一度も見た事無いんだよな」


 魔法がある世界では、あると便利な物NO.一だろう。

 だが、そのようなアイテムは教会には無かった。

 もしかしたら街にはあるのかな?


「ああ、そうだ。槍の作成を始める前に、先にお母様に相談をしないと」


 孤児のメンバーに自衛の為の術を教える。

 母親であるアナスターシアにその事を相談すると、「ええ、ルシウス。あなたの好きにしなさい」と二つ返事で了承をしてくれた。

 正直これは、解りきった事で、当然の結果だった。

 アナスターシアは僕のお願いを断った事が無いのだから。

 流石はアナスターシア。

 女神のような性格で、大空のように心が広い。

 ただ無駄にスキンシップが多いのが難点だが。


「さて、お母様にも認めて貰えたから、早速武器作りに取り掛かるかな」


 場所は変わって、教会の裏庭。

 此処には、僕が採集して来た石材が積まれている。


「ほう、ルシウス。武器とは何を作るのだ?」


 茶髪の女性が僕に尋ねた。

 この女性は、孤児達に訓練する事を了承する代わりの条件として、アナスターシアがお目付け役兼指導員としてよこした女性。

 その人は、アナスターシアの従者であるメリル。

 理由は、メリルが武器の取り扱いに精通している為だ。


「メリル様。これから作る武器は、槍を作りたいと思っています」

「槍?剣では無いのか?」


 メリルが得意な武器は剣。

 アナスターシアに頼まれた事で、メリルは孤児の皆にすっかり剣技を教えるものだと思っていた。


「非力な子供でも、使用出来る武器にしたいのです」

「なるほど。それなら確かに槍の方が使い易いか。だが、槍を購入せずに作るとはどう言う事なのだ?」


 生産職で無い限り、一般的に武器は買うもの。

 それを作ると言う事は、メリルにとって全く想像できないようだ。

 武器の材質から、使用されている素材は、何となく解っているが、それを加工する為の術が解らない。

 それに武器を作る為の、専用の施設や道具など、教会には無いのだから。


「簡易な物になりますが、石槍を作るつもりです」

「まさか、ここに積まれている巨大な石から作るのか!?...道具も何も無いように見えるが?」


 裏庭にあるのは、石材のみ。

 武器を作成した事の無いメリルでも、武器作りには、道具が必要な事を解っている。


「ええ、その通りでございます。加工する道具はありませんので、今回は“これ”を使用します」

「“これ”??」


 僕は体内の魔力を右手に集めて、ナイフのように鋭く集約する。


「っ!?ルシウス何だそれは?可視化出来る程のマナだと?」


 メリルが驚いている。

 ただこの時、僕は何に対してそんなに驚いているのか解らなかったけど。


「はい。メリル様。これで石材は簡単に加工する事が出来ます」

「まさかマナにこんな使い方があったとは...それが・・・・の力か」


 声が小さく、最後は上手く聞き取る事が出来無かった。

 天の何とかって聞こえたけど、僕には良く解らなかった。


「では、槍の刃部分に当たる、穂先を加工して行きますね」


 そう言って僕は、魔力を集約した右手で石材を加工を始めた。

 これは、マギーシュヴェールトの縮小版で、解り易く分別するにはマギードルヒって名称が良いかな?

 正直魔力変化のやっている事は変らないのでマギーシュヴェールトでも良いのだが、何と無く、その用途に合わせて呼び方を変えてみた。

 理由は単純な事で“その方が格好良いから”だ。


「剣も無いのに、石がそんな簡単に切れる物なのか?いや剣があったとしても、こうも簡単に切れる物では無い...マナの力なのか?」


 どうやらこの国では、魔力を“まりょく”と呼ぶ事が無いみたいだ。

 自然に溢れている体外魔力マナも、体内に保有する体内魔力オドも全てマナと呼んでいる。

 これは、この世界の表現方法に合わせておく方が良いのかな?

 魔力では無く“マナ”と。

 そしてメリルが疑問に浮かべている事は体内魔力オドの使い方。

 メリルは、体内魔力オドの用途を“魔法を使用する為のもの”しか知らない。

 僕のように、体内魔力オドを自由自在に使える事を知らなかったのだ。


「マナの使い方に、こんな方法があったとは...魔法を使用する為のエネルギーでは無く、マナそのものを流用するとは」


 先程、驚いていたのは、そう言う事だったのか。

 メリル達の中で、体内魔力オドの使い方とは魔法を使用する為の燃料としか考えられていなかったからだ。


「これだと...私に教えられる事などあるのか?」


 これからは、自衛の為の術として、戦闘訓練と、魔力訓練を含めて、孤児達に教えて行くつもりだ。

 此処にはいないけど、メリダも元から魔法を使えるので、二人にも同じように訓練をしても良いかも。


「それでしたら、メリル様も一緒に魔力の操作訓練をやりますか?」

「うむ。ルシウス。そなたの力で、私をもっと強くして欲しい」


 メリルは自分と比べて、かなり年下の僕に対して頭を下げた。

 普通なら子供のいう事など、真に受けたりはしない。

 子供に対して、威圧するか、侮って笑うか、そして大体の行動は、蔑んだもの。

 だが、メリルは強くなる為の方法ならば、なり振り構わずと言った決意が見えた。


「はい。メリル様。私で良ければお手伝いさせて下さい」

「ルシウス。ありがとう」


 この時のメリルの笑顔には、悲しみも含まれていた。

 僕にはどうしてそのような表情をしたのか、メリルの背景が解らない。

 何故、教会にいるのかも。

 何故、強くなりたいのかも。


(でも、僕達のように親がいない事だけは解る。もしかして、その親がいない事が関係あるのか?)


 メリルから話を聞いた訳では無い。

 僕が見て来た事で憶測する事は出来ても、それは、確実では無いのだ。

 思い込みや、決め付ける事は、視野を狭める事に繋がるのだから。

 元の世界で、今と同じ境遇だった僕はそれを身に染みている。

 ただ僕の場合は、する方では無く、された方だが。

 それにしても、解らない事が多すぎる。

 この世界において教会の役割が何なのかも。

 アナスターシアや、アプロディアと言った、見るからに高貴な方が教会にいる事も。

 そして、それに従うメリルにメリダの二人も。


(教会では、立場上のルールが存在するけど、それとは別に、何らかの教育を受けている事が明らかな二人)


 教会には階級が存在し、目上の者と、目下の者と言った、立場が分かれている。

 教会長であるアナスターシア(青色修道員)を筆頭に、黒色修道員、灰色修道員、灰色修道員見習い(色なし)、そして孤児達。

 教会内では立場を明確にする為にも、言葉遣いや簡単な所作などは、目上の者から指導を受ける。

 だが、メリルとメリダの二人は、灰色修道員だからと言った限定的な指導とは違い、その役職関係無しに教育を受けた痕跡が見られる。

 食事のマナーにしても、教会限定の所作では無く、優雅な立ち振舞いなど、それら一つ取ってもアナスターシアと近い、高貴な印象を受けるのだ。

 幸いな事は、このように立場上の明確なルールは存在するが、教会内で差別が無い事だ。


(黒色修道員の全容が見えてないから今のところだけど...さて、そろそろ人数分出来たかな?)


 石を加工して、孤児二〇名分+僕達指導役二名分の、槍の穂先を作成した。

 ちなみに槍の形状は、四角推となっている。

 此処からは、右手のマギードルヒをドリル状に変化させ、木の柄を差し込めるように加工する。

 木の柄と繋がる平らの面の中央部分に、木の柄が差し込めるように途中まで穴を開ける。

 この時、魔力圏を広げて、木の柄の部分を把握した状態で、その出力を調整しながら。


「ふむ。マナはそのような使い方も出来るのか...だが、これはルシウスのようにマナ保有量があってこその芸当か...」


 メリルでは、このような使い方が出来無いのかも知れない。

 確かに人によって魔力保有量は違うのだが、魔力保有量(限界地)は増やせるもの。

 苦痛が伴う事になるけど。


「よし!これで人数分の槍が完成かな?木と石で出来た物だけど、意外としっかり出来たかも!」

「ルシウス。これならば、店で売っていても可笑しく無い品物だ。それにこうも簡単に作れるなら全員が持つ事が容易。私には商売の事は解らないが、これは、凄い事なのでは無いか?」


 この街でも一応、鉄製の武器は普及しているらしい。

 それにアーティファクトと言った過去の遺物も残っており、素材の解らない装備も何点か発見されているみたいだ。

 そして此処からが本題になるのだが、街には木で出来た武器が売られている。

 それを考慮すれば、石で出来た武器は十分に魅力的な物。

 鉄よりは脆いが、木よりは硬い。

 鉄は加工が難しく単価の高い物で、木は加工がし易く単価は低い物。

 そして石は、加工が難しいが単価は低い物。


「ええ、メリル様。勿論その事も考えてはいますが、先ずは生活面の充実が必要なのです」

「生活面の充実?今の教会のようにか?」


 教会は、僕とさくらで改善に取り組み、環境の変化をしているところ。

 石鹸を作って、衛生面の改善、鶏肉による、意識と食事の改善。

 まだ始まったばかりだが、確実に改善しているのだ。


「はい。メリル様。武器を持つと言う事は、確実に殺し合いをする事に繋がります。それが動物だろうが、魔物だろうが、他人だろうが」

「!?」


 メリルがその言葉を聞いて驚く。

 人の脅威になるものは、武器を使う相手は、動物や魔物だけでは無いからだ。

 他人も敵対する事があるから。

 僕は、そんな知らない他人にまで武器を持たせて、僕達の脅威にする事はしたく無い。


「なので、先ずは、生活面の充実を目指して取り組むつもりです」

「...すまない。考えが浅はかだった」


 メリルは、言葉の真意が解ると即座に謝った。

 もしかしたら、他人の脅威を知っているのかも知れない。


「いえ。メリル様そんな事はありません。それよりも教会や孤児院を、より良くして行きましょう」

「うむそうだな。本来は私が教えるつもりで来たが...ルシウス。私にも色々教えてくれ」


 普段メリルは、僕に対して指導の為に厳しかったり、間違った時に叱ってくれる教育係りとしての立場。

 怒ったとしても、そこには悪意が一切無い。

 プライドが邪魔をせず、実直で飾らない性格。

 そして今みたいに、素直に教えを乞う事が出来るのがメリルの強みだろう。

 見た目の凛々しさからは想像の出来無い、今のしおらしい姿。

 物理的に背の低い僕を見下ろしている訳では無いが、上目遣いのように顎を下げて覗き込むその視線。

 髪を掻き上げて、耳に掛ける仕草をそえて。


(メリル様にもこんな一面があったなんて...普段から今みたいに話してくれたら良いのに)

「はい。メリル様。私で可能な限りお応えさせて頂きます」


 孤児用の人数分の武器が完成したところで、早速メリルに手伝って貰い、自衛の為の訓練へと移る。

 作成した槍が二二本と、結構な重さだが、身体能力を魔力で強化すれば容易く持ち上げられる。

 メリルが「マナを身体に覆う事で、身体能力が上げられるのか?」と口を押さえて驚いていたが。

 僕達は、そのまま孤児院へと向かった。


「では、皆さん。こちらから一人ずつ槍を受け取って下さい」


 孤児院の前にも、広場がある。

 だが、此処には井戸が無いので気軽に水浴びをする事が出来無い。

 時間が空いた時に井戸でも作ってみようかな?

 うん。

 それが良い。

 そんな事を考えながら、皆に僕が作った槍を受け取って貰う。

 皆は素直に受け取ってくれるのだが、初めて見るものに対して「何これ...やり?」「これが槍?」と様々な声が聞こえる。

 だが、受け取った槍を、直ぐさま振るうような蛮行をする者はいない。

 どんな時も、命令待ちなのだ。


「...皆さんの手に渡ったようですね?ではこれからその槍を使って訓練をして行きますが、ここで皆さんに紹介をさせて頂きます。これから私と一緒に皆さんを指導して頂くメリル様です」


 僕が皆にメリルを紹介する。

 メリルが一歩前に出て、自己紹介を始めた。


「アナスターシア様の命により、これから皆の指導を承ったメリルだ。その槍と呼ばれる物は武器だ。武器とは自分を守る為の道具だが、人を傷つける為の道具でもある。そして相手の生命を容易に奪う事も出来るのだ。孤児と言えど、君達の生命は私達と何ら変らぬ生命。十分に気を付けて取り扱いには注意をして欲しい」


 メリルが皆の事を、心から心配して出た言葉。

 アナスターシアもそうだが、メリルにも孤児に対しての偏見が無い。

 と言うか、教会に住まう全ての者がだ。


(黒色修道員には会った事が無いから解らないけど...)


 この接し方は、僕達孤児にとってとても嬉しい事だ。

 本来、孤児の生命は、蔑ろにされ易く、人権と言うものが無いに等しい。

 アナスターシアに拾われるまで、生きていると言う実感を得ている者はいないだろう。

 拾われなかったら、碌に食べる事も出来ず、街や、道、山などで、野たれ死んでいたのだから。

 だが、此処では人として生きる事が出来るのだ。


(人として見られるからこその順応なのかも知れないけど...)


 でもその気持ちは解る。

 此処の周囲の環境は、居心地が良いのだ。

 それは、この環境を失いたくないと言う、その為の固執かも知れないが。


(だからこそ、指導がし易いんだけどね)


 言葉は悪いが、疑いの無い、今の順応な内に教える事が出来る事は、とても楽なのだ。

 それは子供特有の無邪気さが無いから。

 今後は、自分達で考えて自立行動をして貰うのだが、今はそこへ導く為に指導をする。

 そして、生きる事に懸命な皆は指示通りに動いてくれる。

 だが、これは決して悪用してはいけない。

 血の繋がりは無いけど、僕達は家族なのだから。

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