037 報酬と対価
教会には建物が三つ存在している。
その中の一つに孤児院がある。
教会長であるアナスターシアは孤児院長も兼任しており、従者であるメリルにメリダ達と一緒に孤児院を管理している。
そこに住む孤児は年齢もバラバラで、六歳から一二歳と幅広く、男女が入り混じった状態だ。
この世界では通常ならば、親のいない孤児は、一〇歳を迎えずに亡くなる事が殆どだ。
その内訳は、栄養面が足りない場合、病気に掛かり治療が出来無い場合、その二つが多くを占めていた。
栄養面は孤児に限らずなのだが、この世界では満足いく食事が取れる環境では無い。
需要と供給が見合っていないのだ。
教会では畑を耕している事からも何とか自給自足が出来ており、裏山に恵みの森がある事で栄養面が補えていた。
「今の環境が元の世界のどれくらいの文明に該当するのか曖昧だよね...魔法があるとは言え、環境だけで考えるなら創世記の頃とあまり変わらないのかな?」
『はい。マスター。魔法のような超常現象や魔法具のようなオーパーツを除き、環境だけに限定するならば紀元の始まり頃とほぼ変わらないと思われます』
「だよね。文字だって紀元前三,二〇〇年頃にはあったって言うし、この世界でも硬貨や売買などのシステムはあるけど、他は特に発展してないもんね。それに病気に掛かってしまうと命懸けだもんね...薬や回復アイテムが無いだなんて...」
病気に関して言えば、魔法がある世界だと言うのに治療(回復魔法)が出来無い状態なのだ。
所謂攻撃魔法と呼ばれるものを扱える者はいるのだが、怪我を治すヒールや状態異常を取り除くキュアなどの回復魔法を扱う者が一人もいないのだ。
これは、この世界に広まっている魔法が基本属性+特殊属性に限られている事が要因かと思われる。
基本属性である、白属性の魔法で覚えられるものは補助魔法が中心だからだ。
特殊属性の生命属性ならば、回復魔法を覚える事も出来るのだが、習得出来る職業に就く条件が厳しいもの。
そして、現代社会のように薬学や医術が発展していない事が致命的だった。
その為、病気に掛かった場合は自身の免疫、もしくは、自然治癒力で治す方法しか無いのだ。
「さくら...大丈夫かな?」
僕とさくらは、魂の回廊を繋げる事でお互いの魂(生命力)を共有した。
そうする事でさくらの怪我を治療する事は出来たが、失った生命力を補完する為に、高熱を出して寝込んでいる状態。
これで生命を失う事は無いが、高熱の影響で非常に苦しい時間が続く事になる。
僕が心配をして様子を見に行った時は、「...ルシウスは、来ちゃダメ」と声を絞り出してお願いをされた。
それは、苦しんでいる姿を見せたく無いのか、病気を移してはいけないと考えているのか解らないが。
前者は、僕も経験がある事。
転生前、病院で管に巻かれた状態で必死に生きている姿は、他人に見られたく無かったものだ。
家族や友達がいた訳では無いので、その姿を見るのは病院で働く人に限られているのだが。
それでも苦しんでいる姿は、人に見られたく無いもの。
後者は、さくらに関して言えば、そもそもが病気によるものでは無い。
風邪のようなウイルスによるものでは無く、身体の機能を回復させる為の症状。
なので病気のように人に移る事は無い。
「専用の道具が無いと無理だけど、今後は、ポーションなどの回復アイテムも作っていかないとな...」
ポーションの原料となる薬草は恵みの森に自生しているが、単体だと効力が薄く、アロエの効果とさほど変わらない。
傷口に縫って治癒力を微小に向上させるくらいだ。
但し、素材を掛け合わせてポーションを作成する事で、回復薬として効果を発揮出来る。
それには薬草から、回復成分だけを抽出する専用の道具が必要になるのだが。
「そろそろ時間か...孤児院での環境改善。お母様も一緒に手伝ってくれるのは心強いな」
今日は、孤児院の環境改善に着手する日。
僕はこれからアナスターシアと合流して、一緒に孤児院へと向かう為に教会の広場で待ち合わせをしているところ。
母親であるアナスターシアを待たせる事は出来無いので、僕は、待ち合わせ時間より早めに広場に向かった。
「お母様!?」
「あらっ?ルシウス。待ち合わせ時間まで、まだ早いのにどうしたのかしら?」
広場には、既にアナスターシアがいた。
教会には時計のような道具が無く、正確な時間(分針、秒針)が刻まれていない。
なので現時間は曖昧なもの。
僕達の待ち合わせ時間は、一三時の鐘の音が鳴る時を予定していた。
ただ、体内時計で感じている待ち合わせ時間までは、三〇分程ある感じだ。
僕は即座に頭を下げた。
「私は、万が一でもお母様を待たせる訳にはいかないので、早めに来て今日の準備をしようと思っておりました。ですが...お母様。お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、ルシウス。私が勝手に早く来ただけですよ。それに頭を下げる必要はありませんよ」
アナスターシアは、僕の頭を起こして広場の周囲を見渡した。
青く広がる空に生茂る緑。
太陽に照らされた大地と汚れの無い澄み切った空気。
マナが広がる空間は、身体を活性化させ新陳代謝を活発に促す。
両手を広げて、その身体にめい一杯の空気とマナを取り込むアナスターシア。
目を閉じて自然を感じている。
「ふうー。どうしても教会の中で事務業務に追われていると心も身体も疲れてしまうものです。やはり、外の空気は新鮮で落ち着きますね」
アナスターシアは、教会の外で時間をゆっくり過ごす事が無い。
一日の限りある自由時間は、楽器の演奏をする事で、心と身体をリフレッシュさせているからだ。
だが、たまにはこうして自然を感じたい時があるみたいだ。
その爽快な表情を見ると、その想いが伝わって来る。
「では、ルシウス。時間は早いですが孤児院に向かいますか?」
「はい。お母様。宜しくお願い致します」
時間は早いが、アナスターシアと合流出来たので、そのまま孤児院へと向かった。
孤児院は教会と比べると、作りも環境も質素な物で、明らかに後から増築をしている事が見て解る。
中は部屋数が少ない為、男女訳隔て無く、同じ部屋で暮らしている。
僕達が向かう場所は孤児院の食堂。
孤児の皆に集まって貰い、アナスターシア協力の下、今後の方向性を話す。
考えが浅ましいが、僕一人では孤児の皆に何を言っても響かないからだ。
皆が信頼をしているアナスターシアの力を借りる事で、孤児の考えを同じ方向へと導いて貰う。
「皆さん良く聞いて下さい。これから皆さんに向けてルシウスから提案があります。その提案は皆さんの生活を確実に向上させるものです。但しその提案の内容については自分で良いか悪いか、やるかやらないかを判断してどうするかを決定して下さい。ではルシウス、どうぞ」
アナスターシアが、壇上で皆に優しく語りかけた。
提案はあれど、あくまでも選ぶのは皆だと、個人を尊重させて。
その際、話の内容を理解しているかは別だが、此処にいる幼い子供でも一言も言葉を発せずに黙ってアナスターシアの話を聞いていた。
孤児全員がアナスターシアの話に惹き込まれている。
そして、注目が集まったところで僕が呼ばれた。
僕は、孤児の皆とは何度か一緒に畑作業をした事がある位の関係性。
僕自身、孤児院では無く、アナスターシアと一緒に教会に住んでいるからだ。
本来なら、僕も孤児の皆と一緒に住む筈の境遇。
何故、孤児院では無く、僕がアナスターシアと一緒に教会に住めているのかは解らない。
特別と言う言葉は嫌いだが、結果、皆とは一線を引いた関係に。
なので、孤児の皆は僕の事をアナスターシアの本当の子供だと思っている。
正直、狡賢い行動で、皆を騙す事になるが、僕は皆の勘違いを利用して、孤児院の環境を改善させて貰う。
「今、お母様からお話があったように、私は自分の知識を活用して、孤児院の環境をより良いものにしたいと考えております」
此処で僕は、アナスターシアの事をあえてお母様と呼んだ。
二人でいる時はお母様と呼んでいるが、他の他人がいた場合はアナスターシア様と呼んでいる。
孤児の皆もアナスターシア様と呼ぶ事から、僕がお母様と呼ぶ事で、皆とは違う特別感を演出する為だ。
その効果は抜群の結果を生み出す。
皆がアナスターシアの子供として、僕の言葉をすんなりと受け入れ出したのだ。
僕の提案は、皆の環境を良くするものだと解り易くする為に最初に伝えて。
「その為に、皆にはこれから畑以外の仕事も手伝って欲しいと思っています。難しい言葉になりますが、現状は畑仕事をした報酬として皆さんに食事が提供されている状態です。ですが、これからは皆の仕事に応じた成果を対価としてそれぞれが得られるようにしたいのです」
孤児の皆に、頭の上に疑問が浮かんでいるのが目に見えて解る。
報酬と対価。
それは、どちらも知らない言葉であり、初めて聞く解らない言葉なのだから。
報酬とは『労働や仕事・骨折りなどに対する謝礼の金銭・物品』の事を言い、雇用主、依頼主がその契約に基づいて相手に支払う事。
対価とは『他人に財産・労力などを提供した報酬として受け取る財産上の利益』の事を言い、労働に見合った対等な報酬が支払われる事。
教会ではある程度、労働に見合った報酬が支払われているが、これは、一方的に雇用主や依頼主がその報酬を決める事が出来る為に、労働に関して報酬が対等であるかは加味されずその内容はバラバラとなる。
教会で例えるならば、子供が畑を耕し作物を収穫する事を労働とした場合、その労働に対しての謝礼が食事となる。
これを街で置き換えると金銭・物品での交換が無ければ食べられない環境を考慮すれば、労働に対しての報酬(食事)が存分に与えられているのだ。
勿論、精霊(魔力)によって育つ作物があればこその報酬で、通常とは異なる条件になる訳だが。
だが、これだと労働の内容とは関係無しに与えられる一律の報酬なのだ。
当然だが、五歳の子供と一二歳の子供では労働に対する成果・結果が大きく異なる。
教会での施し、孤児院での境遇を考えれば年上が年下を助力するのは当然なのだが、このように個人の能力によって労働の質は変化をするものだ。
(これで考えると、個人の対価としては不公平な結果。たけど、それは、本来自助が出来て(一人前になって)からの話で衣・食・住、全てを提供して貰っている僕達は助け合うのが当たり前だ。この世界で親のいない孤児は生きる事に支障がありすぎるのだから...)
教会に拾われたからこその助け合い。
現に孤児院では助けた生命を、どうしようも無く死んで行く生命を何度も経験している。
それは、病気で死ぬ者。
それは、栄養失調で(食べ物よりも赤児の時に母乳を飲めずに)死ぬ者。
拾われてからもそうだが、教会の環境がなければ、アナスターシアがいなければ此処まで生きる事が出来なかっただろう。
街にいる孤児は着る物を選ぶ事も出来ず裸のまま不衛生な環境に晒されて、食事をする事も叶わず身体に栄養を摂取出来ずに人知れず死んで行く。
それで運良く生き延びたとしても、住む場所が無く環境の変化に耐える事が出来無い。
それは、朝、昼、夜と気温が違う。
それは、晴れ、曇り、雨と環境が違う。
寝る場所の確保も安眠を取る事も叶わずに、十分な生活がままならずに、結果生き続ける事が出来ずに死んでしまう。
(そう考えれば、孤児の皆に僕を含めて生きて行けるだけでありがたい事だよね。だけど...このままだと...僕達は教会でなすがまま生涯を終えるだけ。皆を見ているとそれでも問題は無さそうだけど、皆の可能性は閉ざされている)
孤児院に住む孤児も、教会に住む修道員も、皆が笑顔で溢れている。
それは、アナスターシアの人格や振る舞いが生んでいるものだ。
もしかしたら皆の贅沢を知らない心がそうさせるのかも知れないが、欲望に呑まれて嫉妬から他人を攻撃する者がいない。
それに孤児も成長すれば、灰色修道員になる事も出来るからだ。
ただ、それでは教会の中だけで人生が完結してしまう。
その子に、戦闘の才能があれば?
その子に、魔法の才能があれば?
その子に、商売の才能があれば?
その子に、生産の才能があれば?
このように、人には可能性があるものだ。
それは、出来る事と結果を出す事は違うのだが、孤児だからと言って進める道が一つしか無いのはとても残念な事。
僕は皆の可能性を探りながらそれを変えたいのだ。
「対価とは、個人の成果に対して対等に支払われる報酬の事。これは、個人が頑張れば頑張る程に報酬として得られるものが大きくなるのです」
これまでは効率や成果を無視して畑から収穫した物を皆で分けていた。
そこには一度の収穫量や次回収穫する為の選定を度外視しての事。
これからは効率や成果を求めて行く。
畑の雑草を抜き取りお世話する→育てた作物が多く(大きく)実る→収穫物を選定→教会で分ける(過剰分を街に販売)。
これを簡単に言ってしまえば、雑草に余分な栄養を奪われずに作物を育てる事が出来た結果、自分達の収穫量が増えたと言う行動指標。
収穫量が増えれば孤児の食事量も増えて健康に成長が出来る。
それに収穫の過剰分は販売に回せる。
このように行動さえ出来れば個人(教会)の報酬が上がって行くのだ。
「そして、これは食だけでは無く、衣、住も同様の事。皆がそれぞれに出来る事が何か、実際にやってみないと解る事ではありませんが、これからは個人の資質に合わせた仕事を手伝って貰いたいと思っています」
今後は得意な者が効率良く取り組めば畑仕事も全員がやる必要が無くなる。
その分、他の仕事に手が回せるのだ。
正直、僕は教会内部の仕事全てを理解していない。
だが、教会、孤児院の生活を向上させる方法はプロネーシスがいる為に直ぐに着手出来るのだ。
そして、それが孤児の皆の希望となって欲しいと思っている。
僕の前世のように生にすがりつくだけの人生では無く、孤児として予め決められた人生を歩むのでは無く、個人がやりたい事を望める人生を。
そこには当然、自己責任が生じる事になり成功だけで無く失敗も含まれるものだ。
だが、平坦な道を進むだけでは気付けない事や右往左往する道を進んで比較する事で、両方の違いを感じる事が出来る。
それは人生も同じで、新しい発見に一喜一憂出来るものだ。
他人には解らない苦しみや悲しみも伴うものだが、一個人として人生を謳歌出来る喜びが得られる。
これは、僕の主観の押し付けになる事かも知れないが、孤児院の環境が豊かになる為の指導が出来ればと考えている。
そして、この行為が押し付けになるのか、指導になるのかは今後の結果が教えてくれるだろう。
勿論、僕は後者になる事を望んで。
「では、これより四つのグループに分けて参ります。個人の能力が把握出来ていない現状では、年長者を各グループに配置し、グループの平均年齢が揃うような形で振り分けたいと思います。右から順番に自分の年齢を僕に伝えて下さい」
これからグループ分けをして行くのだが、現状ではどの組み合わせがベストなのか解らなかった。
その為、(仮)として四つのグループが均等になるように振り分けて行こうと思っている。
但し、これは暫定であり個人の能力によっては入れ替えも十分にあり得るものだ。
(孤児は全員で二〇名。皆、僕よりも歳上なんだよな...それにしても、凄い髪色だ。目がチカチカするよ)
皆が皆、個性的な髪色をしている。
それこそカラーリングをする必要が無く、ずっとその色を保てるのだから流石ファンタジーな世界だ。
そして、この場に居る全員が僕よりも年上になる訳だが、それを偉そうに威張る者は一人も居ない。
全員が素直に行動をしてくれていた。
(一番歳上が一二歳...一番歳下が六歳になるのか)
全員の年齢が解ったところで、グループに配置して行く年長者は一二歳が二人と、一一歳が二人。
一二歳の子はどちらも男の子で、赤髪のハンスと橙髪のカール。
一一歳の子は片方が男の子で黄髪のフランク、片方は女の子で緑髪のイルゼ。
四人ともかなり痩せており、小汚い格好だ。
髪の毛はゴワゴワして脂ぎっているし、爪は伸びっぱなしで途中で割れて歪な形をしていた。
更には、爪と指の間に土の汚れやアカが付着して黒く固まっていた。
においは...
申し訳無いが孤児全員かなり臭う。
これはグループ分けが済んだところで、石鹸を使用して汚れを落とす事から始めようかな?
「では、ハンスさん。カールさん。フランクさん。イルゼさんを筆頭にグループを作っていきます」
四つのグループをハンスグループ。
カールグループ。
フランクグループ。
イルゼグループと分ける。
そして、それぞれのグループメンバーが男女の割合、年齢が均等になるようにして。
「では、暫定になりますが、一先ずこのグループで行動をして貰います。但し、グループ内のメンバーは入れ替えがある事を念頭に置いて下さい」
「グループのいれかえ?」
「...ねんとう?」
どうやら、孤児の皆にとって僕の言葉は難しかったようだ。
でも、今は言葉を理解して貰う事よりもグループをチームとして動けるようにする事が先決だ。
四つのグループを唯の人の集まりにするのでは無く、仲間と協力し、連携が取れるチームとして。
「四つのグループにはそれぞれが分担をして、畑仕事、オリーブオイル作り、石鹸作り、養鶏と言った仕事に分かれて貰います。ですが、一つのグループが一つの仕事を延々とやるのでは無く、日替わりで、仕事を順番に替えて頂きます」
個人の能力を調べる為にも全員に違う仕事を実践させる事で得意な事を確認して行く。
本当ならグループ分けが終わり次第仕事に取り掛かりたいところだが、皆の臭いや汚れが気になってそれどころでは無かった。
先ずは汚れた身体を綺麗にする為に石鹸を使用して水浴びして貰う。
「ですが、今日は仕事を始める前に、身体の汚れを落とす事から始めましょう。では、皆さん教会の広場へと向かいましょう。ただ、その際、グループ長の皆さんは、自分達のグループメンバーを率いて行動が乱れないようにして下さいね」
僕はグループ長にお願いをして孤児の皆を教会の広場に向かわせた。
これは、年長者に年下の面倒を見て貰う為の行為。
今は個人の集まりのグループ(集団)に過ぎないが、今後はそれぞれの能力に合わせたチーム(組織)作りを行い、リーダーの選定をしたいと思っている。
(ここまで辿り着くには相当な時間が掛かりそうだな...だが、一度チーム作りさえ出来てしまえば、それに見合った仕事が割り振れるんだ!僕のやりたい事も、出来る事も、どんどん増やす事が出来るぞ!)
目的は、それぞれのチームにあった生産を構築する事。
そして、それを商売に繋げて教会を、如いては街を豊かにする事。
その展望として、出来れば一年以内には商売までの形を整えたいと思っている。
(孤児の皆は素直だからね。一番年下である僕なんかの話をちゃんと聞いてくれるし、反発が全く無いんだから)
グループは僕が伝えた事を守り、しっかりと形を保ったままメンバー同士で固まって行動をしていた。
年長者は当たり前のように、一番年下の手を繋いで引っ張っている。
孤児の皆は仲間を疑う事が無いのだろう。
それに、生きられているありがたさを理解いるからこそ、他人に対して攻撃をするのでは無く、協力をして行ける。
それは、年齢による身体の大きさや言葉を理解出来る知能を度外視して、年長者から歳下まで全員が笑い合えるようにと。
そうしてワイワイしながら皆で教会の広場に辿り着いた。
「では、この井戸水を使用して、身体を綺麗に洗いましょう。皆には、汚れを落とす為の石鹸をお渡しします」
「!?」
僕はこれから孤児の皆に作って貰う石鹸を手渡して行く。
先に効果を見せる事で実感して貰い、体験する事で頭で理解して貰う。
自分達が何を作れば良いのか理解し、作業に活かして貰う為だ。
その行為を見ていたアナスターシアが、心配そうに僕を見て来た。
「お母様、大丈夫ですよ。教会の貴重な水源である井戸水は山の川から汲む事で補充が出来ます。石鹸に関しても、これから皆に作って貰う物です」
井戸水は教会にとって貴重な水源だ。
それは教会の近くに川が流れていない為に。
その為、教会の水源はこの井戸水だけと言う事になる。
孤児の皆が小汚い理由もそんな井戸水の貴重性が関係していた。
天の恵みである雨はいつ降るか解らないもの。
魔法で作り出した水はそもそも量が作れない事もそうだが、飲み水としては不純物が混ざり過ぎたもの。
相当な練度を持ち合わせていないと魔法で作り出した水は飲めるようにならないのだ。
このように教会の中の人員だけを考えても井戸水の貴重性が伺えてしまう。
だが、幸いな事に山を登れば川があるのだ。
僕が魔力で身体能力を強化すれば川の水を運ぶ事は造作でも無い事。
それから孤児の皆が使用する石鹸。
サボン草よりも効果のある貴重品の石鹸もこれから孤児の皆が作る物だ。
それに石鹸の効果が解った方が仕事にも力が入るだろう。
これで身体の汚れも、臭いも取れるのだから。
「ルシウスが言う事です。それについては、最初から心配していませんわ。ただ、身体を洗うのにお水では冷たく無いのかしら?と」
どうやら、アナスターシアの心配は水の温度にあったようだ。
確かに、普段からお湯で身体を清めているアナスターシアにとっては大事な事だろう。
更に今が冬なら尚更死活問題になる。
だが、孤児の皆は身体を洗う時、水温など気にした事が無い。
それは、どんな時でも、どんな状態でも水で身体を洗うしか無いのだから。
「お母様。今の季節ならば、まだ問題無いですよ。これが冬の季節ならば、水浴びは危険なものになりますが、この晴れた天気に、太陽が出ている時間帯なら、水が心地よくて気持ち良いものです」
「そう...そう言うものなのですね?...それなら安心したわ」
今は春を迎えた季節。
日中の時間も合わさり気温が高く、水の冷たさが気にならない程に気持ち良く浴びる事が出来るだろう。
僕の話を聞いたアナスターシアは深く息を吐くと、皆を心配して曇っていた表情が晴れ、ようやく笑顔を見せたくれた。
すると、孤児達からも次々に笑顔の花が咲き始める。
アナスターシアの笑顔に釣られるように孤児の皆にも笑顔の花が連鎖をしたのだ。
孤児全員が母親代わりであるアナスターシアの事が大好きなのだから。
「では、石鹸の使い方を教えますので、先ず、グループ長はここに集まって下さい」
僕は、グループ長達に石鹸の使い方を教える。
石鹸に水を含ませて擦り始めると泡立ちが始まる。
「わあ、凄い!」「何だこれ?」とそれぞれが違う反応を見せる中、実際に石鹸を使用して手を洗って貰うと、皆が嬉しそうに手洗いを始めた。
そもそもの汚れがひどい為に泡立ちは少なかった。
だが、水で流した後のスッキリ感や黒く濁っていた皮膚汚れが落ちて、とても気持ち良さそうにしている。
僕は「これを使用して、全身を洗ってくださいね?」とグループ長に伝え、グループ同士で使い方を共有するように指示を出した。
これは、グループ長に責任感を持って貰う為、グループ内で一体感を持って貰う為に。
「では、皆さん。この木桶を使って水浴びをして下さい!」
僕はそれぞれのグループ長に、木桶を渡して水を溜めるように指示を出した。
アナスターシアの笑顔を見て不安が払拭された孤児達は、一斉に服を脱ぎ始めて水浴びを開始する。
その際、グループ長はしっかりとメンバーに使い方を教えて、身体を洗っていた。
年下の子には、グループ長自らが手伝って身体をゴシゴシと洗って。
「水が気持ち良い!」
「わあ!身体の汚れが落ちていく!」
「何これ?ふわふわしてる!凄い!」
孤児達は水浴び自体が久しぶりの行為である。
それに石鹸を使用した水浴びは初めての経験。
全員が気持ち良さそうに身体の汚れを落としていた。
正直、孤児の皆が素直な分、グループとして纏まった行動力は思った以上の結果を発揮していた。
これならば、想定よりも早い段階でチーム作りが出来るかもと僕は内心喜んだ。
僕の隣で一緒に見ていたアナスターシアも、孤児の皆が楽しそうにしている事で喜んでいる。
「良ければ、お母様も一緒に水浴びしますか?」
これは、気持ち良さそうに眺めているアナスターシアを見て冗談で言ったつもりだった。
だが、返って来た反応は、僕の意図するものとは全く違った答え。
「まあ、それは良さそうですね!では、ルシウスがそう言うのでしたら...」
アナスターシアは躊躇無く服を脱ぎ始め、皆と一緒に水浴びをしようと行動を開始した。
どうやら、羞恥心と言った心を持ち合わせていないようだ。
それとも自分のボディラインに自信があるのか?
いや、アナスターシアはそんな事を自慢するような浅はかな人物では無い。
純粋に皆と同じ事を共有したいのだろう。
「わわっ!?お母様、服は脱がないで下さい!!ここにはメリル様もメリダ様もおりませんので!!お母様の身体を清める者がいないのです!!」
その美しい身体が露出する前に僕は慌ててアナスターシアが服を脱ぐのを止めた。
このままでは何の躊躇も無く、孤児の皆に混ざって一緒に水浴びをするところだったからだ。
普段、アナスターシアはメリルとメリダに身体を清めて貰っている為、此処で水を浴びたら自分では何も出来ずにそれきりになってしまう。
ただただ、水に濡れた状態で裸のまま立ち尽くすだけ。
そうなれば、メリルとメリダに怒られるのは僕だ。
それを必死に回避する為、アナスターシアを全力で止めた。
「まあ、ルシウスったら。いつの間にそんな成長をしていたのね...出来れば、私も皆と一緒に水浴びをしたかったけど、ルシウスが止めるなら、おとなしく待っていますね」
僕がアナスターシアを力付くで止めると、その成長に驚きながらも喜んでいた。
そして、その言葉の通り、アナスターシアには孤児に対しての偏見が無い。
身分の違いを全く気にしないのだ。
僕は、アナスターシアの事を尊敬している。
誰に対して分け隔ても無い、その女神のような人物を。
(ふーっ。お母様を止められて良かった...これからは安易に、お母様に冗談を言う事も出来ないな)
何とかアナスターシアの水浴びを阻止して、メリルとメリダに怒られる結末を回避する。
そして、この時に、肝が冷えるとはこう言う事なのだと理解した。
深呼吸をして心を落ち着かせた後、周りをじっくりと見渡す。
(皆...楽しそうに水浴びをしているよ。自分自身の力で身体の汚れを落とせるなんて、やっぱり嬉しいよね)
僕も転生前、病気の所為で身体の自由が効かず、見ず知らずの他人に身体を洗って貰っていた。
健常者なら自分で出来る事を。
だが、この世界では健常者だとしても満足に水浴びをする事が出来無い。
どうしても生まれた環境に左右されてしまうのだ。
(生まれの所為にも、環境の所為にもしたく無いよね...)
此処では、男の子も女の子も混じって水浴びをしていた。
全員が裸になっている訳だが、身体の汚れを落とす事に夢中だ。
自分だけの力で行動をしているのだ。
(だったら、出来る事を一つ一つ解決していこう。それに皆が協力し合えば、環境はもっと良いものに変えられるんだから!)
木桶に溜まっていた水が濁り出し、皆の身体の汚れが目に見えて落ちている事が解る。
男の子は、力強く身体を擦っては汚れを取り除いていた。
汚れが落ち始めれば、途中からは泡で遊ぶように面白がって。
女の子は、自分の身体が綺麗になっていく事が嬉しいみたいだ。
汚れを落としながらアナスターシアを見ては、ああなりたいと羨望の眼差しを浮かべていた。
こう言う姿を見れば、やはり年相応なのだと感じる。
それに性別の特性がある事も理解する。
皆、ずっと我慢をして来ていたのだ。
僕達は孤児なのだからと。
生きているだけで満足なのだと。
多分、その心は本心から来るものであり、全く嘘が無いものだ。
このまま人生を全うしたとしても、その気持ちに変わりは無いだろう。
でも、今日初めて新しい事を体験した。
新しい事を自分の力で学んだのだ。
すると、やはりと言うべきか、男の子は当然遊びたいし、女の子は当然オシャレをしたい。
人間として成長する中で、誰しもが持っている当然の欲求なのだから。
(さて、皆の汚れも落ちたようだし、臭いも取れたようだ。これで孤児の皆にも希望が芽生えたかな?)
うん。
これなら大丈夫そうだ。
皆の目には光が宿った活力がある。
僕達孤児だって、何かを犠牲にして我慢をする必要は無いのだから。
自分で体験をして、経験を積んで、人生を愉しまなければ勿体無いのだから。
(よし!次はグループごとのお仕事チャレンジだね!)




