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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
34/85

033 約束と未来

「ルシウス?石鹸が出来るまで、次はどうするの?」

「う~ん、そうだな。石鹸が出来るまで、どうしても時間が掛かってしまうから、その間に教会の食事事情でも改善したいかな?」


 昨日、僕とさくらは恵みの森まで軟水を汲みに行き、オリーブオイル、木灰、軟水を混ぜ合わせて、石鹸を作ってみた。

 今は、その鹸化した液体を木の型にはめて乾燥させている段階だ。

 正直、どれくらいの時間や期間で、鹸化した液体が固まるのかが解からない。

 もしかしたら、固まらずに固形の石鹸にならないかも知れない。

 まあ、もともと材料的に試行錯誤して行かなければ固形の石鹸として形にする事は難しいのだけれど。

 後は地道に分量などを調整するしかないのだ。

 そして、僕達はその軟水を汲みに行く途中で、遭遇はしなかったのだが、遠目に複数の動物がいる事を確認していた。

 その見かけた動物の一部に、鳥がいたのだ。

 その時に、「プロネーシス?元の世界のように養鶏をして、鶏肉や鶏卵を定期的に手に入れる事は出来る?」と聞いたところ、『はい。マスター。どちらも雄と雌がいれば始める事は出来ます。ですが、定期的となると、品種改良が必要になります』との事。


 元の世界でいうにわとりは、人の手が加わり、長年の品種改良によって生み出された鳥だ。

 簡単に説明すると、鶏肉用の鶏は、卵から孵って成鶏に達する前の生後、五〇日程で出荷・屠畜される。

 屠畜とは、食肉・皮革などにする為に殺す事。

 鶏卵用の鶏は、雌のみで産卵をする事が出来、約一日(一日と三分の一日)に一個卵を産む。

 ちなみに鶏卵用の雄は、雛の時点で処分される。

 鶏肉用とは違い、産卵を始めるまでに一五〇日前後掛かり、そこからようやく産卵を始める。

 通常ならば一年が経過すると、卵質や産卵率が低下し、自然に換羽して休産期に入るのだが、質の良い卵を維持する為に、強制換羽の方法を取る。

 強制換羽とは、鶏を絶食などの給餌制限により、飢餓の状態に置く事で、新しい羽を抜け変わらせる事。

 これを行う事で、生き残った鶏は、再び質の良い卵を産卵するのだ。

 強制換羽後、八ヶ月間産卵させた後に屠畜する。

 此処までの品種改良をするには、時間、年数が掛かるのだが、養鶏が出来れば、食の改善、料理の進化、栄養面の摂取が、大幅に改善出来る。


「恵みの森にいた鳥は、品種は何になるの?」

『はい。マスター。私が持ち得る情報と照合した結果、ゲーム世界にいた、フォレストコッコが進化した個体だと思われます。こちらのフォレストコッコは、元の世界の鶏を参考に開発された品種になるので、養鶏は可能です』


 この世界の元になっているラグナロクRagnarφkは、地球を参考に擬似世界として創られた世界。

 生態環境から、自然環境まで、その全てを一度トレースしており、そこからオリジナルの設定である、魔力、魔物、種族が加えられている。

 ただゲーム時代は、それらの住み分けが決まっていたが、此処は一度、破壊と再生が行われた世界。

 再構築された上に、生態系がどうなっているのか、正直、僕には解からない。

 きっとその過程で、絶滅してしまった生物も、数え切れない程いる事だろう。


(でも、この恵みの森は、色々と都合が良過ぎる気がする...マナがあれだけ溢れている事もそうだし、生態系から、植生まで含めても...)


 まるで、僕が欲しいと思った物がそこに有るようだ。

 魔力訓練をするには、マナが溢れている恵みの森は好都合。

 体内、体外の魔力操作の訓練に持って来いの場所だから。

 そして、恵みの森にマナが溢れているそのおかけで、山から近い教会にも精霊が存在している。

 このように、教会の環境を改善したいと思いたった時から、恵みの森に行けばそれらの望む物が既に用意されているのだ。


(望んだものが手に入る?...まあ、そんな事は無いか)


 と言うプロネーシスとのやり取りを、恵みの森で鳥を発見した時にしていた。

 なので、今日はそのフォレストコッコを捕まえに行きたい。


「昨日、山を登っている時に、鳥を見付けたんだ」

「鳥?」


 さくらは、鳥の実物を見た事が無い。

 ただそれは、仕方が無い事だ。

 この地域自体が発展途上で、そう言った知識が無いのだから。

 誰かに教わる訳でも、そう言った本が有る訳でも無い。

 それに山登りをしている最中も、登る(歌う)事で精一杯で、周りを見ている余裕は無かったから。


「そう鳥。鳥は、空を自由に飛べる生物なんだよ」

「空を...自由に飛べるの?凄い!私も空を飛んでみたい!」


 空を飛ぶ。

 人ならば誰しもが、一度は考えた事があるのでは無いだろうか?

 どこまでも広がる大空を、鳥のように自由に飛びまわり、戯れてみたいと。

 元の世界では、乗り物を使えば出来る事だが、此処は魔法がある世界。

 乗り物に乗らなくても、飛翔魔法を覚えれば出来る事だ。


「はっきりとは言えないけど、魔法を覚えれば出来るように...なるのかな?」

「魔法を...覚えれば?」


 飛翔魔法は特定の職業に就いて、魂位を上昇させる事で覚える事が出来る。

 だが、この世界で職業に就くには、どうすれば良いのか解からないのだ。 

 ゲーム時代ならば、最初に選択をした職業をランクアップする事で、新たな職業に就くか、特定のアイテムを使用する事で、新たな職業に就く事が出来た。

 もしくは、某ゲームのように神殿で職業を変更するのか?

 それとも、特定の条件を満たすと、職業に就く事が出来るのか?

 そもそも僕が住んでいる場所が教会なので、教会が神殿の役割を果たしている事が考えられる。

 それに今まで、商人以外で教会を訪れる人を見た事が無いし、それらしき儀式?も見た事が無い。

 一つ目、神殿での転職は出来そうに無い。

 二つ目に関しては、完全に僕の憶測でしかない。

 これらの事は、他人のステータスを見る事が出来れば、直ぐに解決する事なのに、どうやらそんな簡単にはいかないようだ。


(僕が魔力操作だけでは無くて、ちゃんとした魔法が使えれば、もしくは、鑑定のスキルがあれば良かったのに...ここには、それらを補えるアイテムや魔法具があるのかな?)


 基本的に、上級魔法や、限定魔法、固有スキルで無ければ、魔法具で代用出来る。

 ただ教会や、イータフェストの街を見た結果、そう言った物は無さそうだったが。


(でも、教会に置いてある女神像。この魔法具だけは、明らかに特別製なんだよな。元の世界で言うならオーバーテクノロジーってやつ?...何故これだけ?)

「その魔法は、私も覚えられる?」


 思考が脱線してしまったが、僕はさくらの一言で、ふと我に返る。

 この世界では(イータフェスト領になるが)、魔法を使用している人物が極端に少ない。

 教会でも使えるものは、アナスターシア、メリル、メリダ、アプロディアと限られている。

 一応、黒色修道員以上は使えるみたいなのだが、領内での派遣仕事の為に教会には、ほぼいない。

 その為、魔法についての情報が少ないのだ。

 魔法は、誰かに教わる物なのか?

 魂位を上げる事でしか、覚えられないのか?

 まあ、これだけ魔力操作が自由に出来るので、その内、任意で習得出来そうだが。


「そう。魔法を覚えれば。でも今日は、その鳥を捕獲する事をやろうか?」

「鳥を捕獲?すると、なにかあるの?また何かの素材?」


 鳥を知らないさくらは、その用途が解からない。

 どうやら石鹸のように、何かを作成する為の素材だと思っているようだ。


「鳥は、食べる為に捕獲するんだよ」

「えっ?鳥は食べられるの?」


 教会の食生活は野菜中心で、穀物のポリッジがメインと言う、代わり映えの無いメニューだ。

 ごくたまに、先日の街訪問の際にお肉を購入して、教会全員で分けて食べる事もあるが。

 ただ教会には、孤児も含めると、四〇名近くいるので、食べたお肉は一口にも満たなかった。


「食べられるよ!前に食べたお肉は解るかな?」

「うん!あれ美味しかった!」


 食べたお肉が一口未満だとしても、その味は忘れられないものだ。

 猪のような動物の肉で、少し野生的なお肉だが、野菜や穀物しか食べていなかった身としては、極上の一品だった。


「あれとは、また別の味になるけど、そのお肉がまた食べられたら、さくらはどう思う?」

「お肉がまた食べられるの!?そうなったら嬉しいな!」


 お肉が食べられる事が、とても嬉しそうだ。

 それもその筈。

 僕が転生して教会に住んでから、お肉を食べたのは、その時が初めてだったから。


「じゃあ、その為にも山に行って鳥を捕まえよう!」

「うん!!」

「そうしたら、さくらも、これを背負って貰って良い?」

「ルシウス、これは何?」


 僕がさくらに見せた物は、木で作った簡単な篭。

 これは鳥を捕獲した際に、逃がさないように運ぶ為の物。


「篭と言って、鳥を捕獲した場合に入れるものだよ」

「かご?」


 僕はさくらに篭を渡して、背中に背負うようにジェスチャーする。


「あっ、軽いんだね!」


 さくらは篭を背負い、その重量や、質感を確かめている。

 すると突然、篭を背負った状態で、その場でくるりと一回転をした。

 この篭は決してお洒落な物では無いし、どちらかと言えば簡素で不恰好な物だ。

 でもその様子から、女性が新しい鞄を身に付けた時のように、しきりに自身の格好を気にしている。


(ふふふっ。小さくてもやっぱり女性なんだな。オシャレ...か。さくらも興味あるみたいだから、ここら辺も今後の改善に考えてみようかな?)


 身に纏う服から、アクセサリーや、髪飾り。

 現時点でも、裁縫技術はあるのだから、必要になるのは、それらを加工する為の細工技術。


(鑑定した訳では無いけど、見た目で考えれば教会にいるのは人族だけ。他の種族はいないのかな?ドワーフみたいな手先が器用な種族がいれば、話は早いんだけどな)


 ドワーフは基本的に、種族特性として、才能に、細工スキルや、鍛冶スキルと言った能力を持っている。


(でも、先ずは、出来る事をやっていかなくちゃ。鳥の捕獲が上手く出来るか、どうかにかかっている。最悪...屠畜かな)


 さくらの方を見て、不安を感じる。

 僕は、何かを殺す事に抵抗を持っていない。

 それが動物だろうが、魔物だろうが、例え、人だろうが。

 食べる為には、動物を殺さなければいけない。

 生きる為には、魔物を殺さなければいけない。

 それは、人を含めて。

 仮定での話になるが、盗賊が襲ってきた場合、家族を脅かす敵対勢力が現れた場合など。

 もし、その場面が訪れたら、僕は躊躇無く人でも殺すだろう。

 でもそのどれに対しても、さくらは経験の無い事。


(経験しない方が良い事だけど...でも、食べ物に関しては、理解してた方が良いよな?取り合えず捕獲をしに行ってから考えるか)


「じゃあ、さくら。山に向かおう」

「うん!ルシウス!鳥を捕獲するの楽しみだね!」


 こうして僕達は、山登りを開始した。

 その行為は、もはや慣れたもので、舗装のされていない山道をスラスラと登山する。


「♪♪♪~」


 鼻歌が聞こえ始めた。

 うん。

 さくらは、今日も楽しそうだ。

 この事から、僕の中で、とても不思議に感じている事がある。

 さくらは、顔(表情)を隠しているのに、感情は隠さないのだ。

 それは、何故だろうか?

 僕には解らない事。

 でもさくらと一緒にいる事は、何よりも、とても楽しい事なのだ。


「鳥さん♪鳥さん♪」


 鼻歌から変わって、言葉にメロディが乗って来た。

 これは、さくらの気分が上がって来た兆候。

 その陽気な気分が、言葉に感情を乗せて、やがて歌となり、魔力を纏って行くのだ。


(これって感情によって、魔力の性質が変化をしているよな?じゃあ歌に魔法を乗せる事も...出来るようになる?)


 さくらは歌う事で、魔力訓練を自動で行っている。

 それは僕が毎日行っている、魔流訓練、魔纏訓練、魔集訓練と同じように。

 但し、僕は魔力を属性変化させる事は出来無いが、さくらはその時の感情によって魔力の性質(属性)が変化をしている。

 それは、まだ極微小な属性変化だが、確かに魔力の性質が属性変化をしているのだ。


「♪♪♪~」

(うん...僕はさくらの声に、歌が大好きだな)


 歌には歌詞がある。

 その歌詞にはメッセージがあり、メロディーが乗る事で、意味や、感情を、相手に伝えるものだ。

 まだ幼く、拙いものだが、さくらの歌には、それが顕著に現れている気がする。

 今でも魅了されている歌なのに、これが成長したらどうなってしまうのだろうか?


(元の世界では、歌姫って言うんだっけ?でも...それで収まるかな?)


 周囲を見渡すと、さくらの歌に反応するように、山に生息する生物や精霊が陽気に動いている。

 いや、これは踊っているのか?


(とても...綺麗な光景だ)


 幻想。

 ファンタジー。

 物語や、創作物で、そう呼ばれるものが目の前にある。


「...守らなければ」


 気付かぬ内に、ぼそっと声に漏れていたが、僕はこの自然を守る事を。

 さくらの歌(感情)を守る事を決意する。

 そうして山を登って行くと、ようやくお目当ての鳥、フォレストコッコの進化体がいた。

 とりあえず名前は、そのままフォレストコッコで呼ぼうかな。


「さくら、見て。あれが鳥だよ」

「あれが、とり?」


 さくらは、フォレストコッコの全身を凝視して、確認している。


「鳥は手の変わりに翼を持っているんだ。翼を動かす事で空を飛べるんだけど、僕達が捕まえる目の前の鳥は、空を飛ばないもの。フォレストコッコって言うんだ」

「翼...空を飛ばないって、どういう事なの?」


 鶏の原種は、赤色野鶏という鳥。

 空を自由に飛び回る事は出来無いが、一定の距離(数一〇m位)なら、羽を広げて飛ぶ事が出来る。

 そして品種改良された鶏は、家畜や食用として、都合の良いように変化をして来た品種。

 食用として鶏の体重が増えた事で、飛ぶ為の翼による揚力が、キャパオーバーになってしまったからだ。


「フォレストコッコは、短い距離なら翼を広げて飛ぶ事は出来るけど、他の鳥のように、空を自由に飛ぶ事は出来無いんだ。それは翼で飛翔する力よりも身体の方が重いから、飛ばない鳥なんだ」

「そうなんだ!ふふふっ。本当に、ルシウスは何でも知っていて凄いね!!」


 さくらは前かがみになり、僕の顔をマジマジと見つめた後に、嬉しそうに笑った。

 僕は、さくらの知らない知識を話している。

 それは、5歳児には解らない言葉で説明をしているのだが、さくらはその知らない言葉(知識)を直に理解してくれる。

 まあ、もしかしたら理解では無く、言葉を記憶に留めているだけかも知れないが。


「さくらの方が凄いよ!だって、僕が話す事を解ってくれるんだもん!」


 僕が話す事は、この世界の母親であるアナスターシアや、メリルに、メリダでも、解らない事がある。

 ただそれで、気味悪がれる事が無い事が救いだ。


「だから、本当にありがとう」

「えへへっ。じゃあ教会に戻ったら、私にも文字を教えてくれる?」


 教会内部での識字率は低い。

 文字の読み書きを出来るのは限られていて、黒色修道員以上で、その従者までだ。

 黒色修道員は殆ど教会に居ないので、実質アナスターシアと、メリルにメリダと、僕くらいだろう。

 さくらの母親である、アプロディアに関しては読めそうな気もするけど。


「文字を?」

「ルシウスは教会に置いてある本を読めるでしょ?私も本が読めるようになれば、もっと、ルシウスの力になれると思うの!」


 さくらは、僕の知識は本から得たものだと思っているようだ。

 あながち間違えでは無いが、教会に置いてある本で解る事は少ない。

 この国の歴史や聖典。

 架空の英雄の冒険譚。

 偏りがあるが、魔法についての考察書。

 日常で役立つ豆知識。

 大体そんなところだ。


(まあ、知らないよりかは、知っていた方が役に立つか)

「うん。解った!...じゃあ、約束だね!」


 そう言って僕は、さくらの左手を手に取った。

 さくらの反対側の右手は、胸の前でギュッと握られている。

 さくらには、僕と同じように左手を軽く握って貰い、拳を作って貰う。

 僕は、その握られた拳の状態からさくらの小指だけを取り出して、自分の小指を絡める。

 そして人差し指、中指、薬指は握った状態のままお互いの拳を合わせた。

 すると、お互いに親指だけ自由に動かせる状態となる。

 僕はその状態のままで、さくらに向かって宣言をする。


「教会に戻ったら、さくらに文字を教える」


 宣言をした後は、お互いに浮いている親指の腹の部分をお辞儀させて、親指同士をくっつけた。


「や・く・そ・く!」

「や、く、そ、く?」


 僕の真似をして、さくらが復唱する。

 何をしているのか解らない様子で、さくらの発声はたどたどしいが、その姿は見ていてとても癒される。


「ルシウス?これは...どう言った意味があるの?」

「これは、僕とさくらとの誓いかな。強制力は無いものだけど、僕とさくらで決めた事を守る為の儀式?と言うのかな?え~と、契約みたいなものかな?」


 誓い。

 儀式。

 契約。

 これらのどれも、さくらの知らない言葉だけど解るかな?


「そっかあ。これが、やくそくって事なんだね。ルシウスとのやくそく。ふふふっ」


 さくらが笑っている。

 どうやら何となく意味が伝わっているようだ。

 良かった。


「じゃあ、フォレストコッコを捕まえようか?」

「うん!」


 僕達は、目の前にいるフォレストコッコの捕獲へと移った。

 野生のフォレストコッコは警戒心が強く、音を立ててしまうと、直ぐにその場から逃げてしまう。

 だが、そもそものスピードは、そんなに速い訳では無い。

 ただただ、動き回る的を絞る事が出来無いだけだ。


「フォレストコッコを捕まえる時は、後ろから両翼を押さえて動きを止めるんだ。先ずは僕がやって見せるから見ててね」


 さくらに捕獲の仕方を見せる為、実演して行く。

 フォレストコッコの能力を考えても、魔力強化を施す必要は無いだろう。

 素の身体能力だけで捕まえる事が出来るのだが、確実性を重視して魔力強化を施す。


(魔力の流れを全身に淀み無く...身体能力を底上げして...)


 全身を魔力で覆い、自身の身体能力を強化して行く。

 すると、全身に力が漲って行く。


(フォレストコッコの動きを見極めて...一気に!!)


 僕の身体能力が強化されたところで、フォレストコッコを捕まえる為に後ろから走って近付く。

 これは、ただ森の中を歩くだけで音が出てしまう為、それならばと、最初から音を気にせずに全力でフォレストコッコに近付く為だ。


(ここだ!!)


 物音に気が付き、慌てて逃げ出そうとするフォレストコッコ。

 だが、それではもう遅い。

 魔力で身体能力を強化した僕には、意味を成さない無駄な行為だ。

 そうして僕は、フォレストコッコを背後から捕まえる事に成功する。


「このように、音に敏感なフォレストコッコでも、今みたいに逃げ出す以上の速さで近付けば、簡単に動きを押さえる事が出来るんだ」


 フォレストコッコを両手で押さえているのだが、そこから逃げ出そうと暴れ出す。

 だが、両翼を上から押さえているので、フォレストコッコの動きを簡単に制限する事が出来るのだ。


「こうして動きが止まった時に、両方の翼を上に持ち上げて、ここの付け根の部分を持つんだ」


 僕は、さくらが解り易いように目の前で実践して行く。

 フォレストコッコの翼を真上に持ち上げて、さくらに見せる。

 どうでも良い事だが、この時、羽が開いた状態がとても格好良い。

 持ち上げた両方の翼の付け根の部分を、しっかりと手で持つと、宙に浮いているフォレストコッコが安定をして、簡単に持ち上げる事が出来るのだ。


「この時の注意点は、片方の翼だけでは暴れて落としてしまったり、翼が折れてしまうから丁寧に行う事」


 さくらは、とても真剣な表情で聞いてくれている。

 それにまだ、このくらいの年齢では恐怖心よりも好奇心の方が強い為、触ると言う行為に抵抗が無い事が救いだ。

 それが虫でも、生き物でも、どんな物に対してもだ。

 こう考えると、子供の頃って何も知らない分ある意味無敵なのかも知れないな。

 僕はフォレストコッコを地面に下ろし、再び翼の上から両手で押さえる。


「じゃあ、さくらも捕獲に慣れる為にも、掴むところからやってみようか?今僕が押さえているフォレストコッコを同じように押さえてみようか?」

「うん、解った!同じように後ろから押さえれば良いんだよね?」


 さくらが僕と同じようにフォレストコッコを捕獲する為、僕が押さえているフォレストコッコの上から両手で両翼を押さえる。


「わっ?動いている!」


 さくらがフォレストコッコを上から押さえた時、生命とは何かを感じたみたいだ。

 筋肉の収縮。

 呼吸。

 心音。

 僕達と変わらずに生きていると言う事を。

 そして、僕はいつでもフォロー出来るように、さくらにフォレストコッコを預けた。


「じゃあ、そのまま両手で押さえて貰って良いかな?」


 さくらよりも遥かに小さい生命。

 その生命が、さくらの両手に委ねられているのだ。

 羽一枚一枚に神経が通っているような繊細さと、フォレストコッコが持つ体温を感じ取り、人間以外の生命を学ぶ。


「フォレストコッコも...ちゃんと生きているんだね?私達以外も、生きているんだね?」


 初めて触れた、人間以外の生命。

 お肉を食べる時も、加工後のお肉だけしか見た事の無いさくら。

 しかも、森の中の生物は見かけたところで一瞬でいなくなってしまうものだ。

 こんなにマジマジと生物に触れる機会が、今までに無かったのだ。

 両手で押さえている(包み込める)フォレストコッコに感動をしていた。


「そう。この世界に存在している生命は僕達だけじゃあ無いんだよ。じゃあ、両翼を持ち上げて、優しく付け根の部分を持ってみて?」

「...うん」


 さくらが不安そうに、翼を真上に持ち上げて行く。

 流石にフォレストコッコが生きている事を理解すれば、その生命に対して慈しみの心が芽生え、両手に生命を握っていると言う恐怖心が生まれる。

 この細い翼は、簡単に折れてしまうのでは無いか?

 フォレストコッコを落としたら、怪我をさせてしまうのでは無いのか?

 と、そんな様々な感情が頭の中でひしめき合っているみたいだ。

 付け根を持とうとしている手が震えている。


「さくら、大丈夫だよ。僕も一緒に支えるから」


 僕は、フォレストコッコを不安そうに抱えているさくらの両手を覆うように、更に、その上から付け根の部分を一緒に持ち上げる。

 物理的な部分だけでは無く、相手の精神も支える為に。


「...ありがとう、ルシウス。ふーっ。落ち着いたみたい」


 不安な気持ちが振り払われて、さくらは徐々に落ち着きを取り戻していった。

 うん。

 これならば、もう大丈夫だろう。


「じゃあ、僕は手を離すね?」


 僕が手を離すと、さくらの両手に宙ぶらりんに浮いているフォレストコッコが残った。

 さくらは、その重さを噛み締めている。


「ルシウス...生命は重いんだね」


 物理的な生物の重さは、その生物が持つ質量によって変わるものだ。

 だが、生物がもつ生命の重さは、種族によって変わる訳では無く、本来は平等なもの。

 しかし、人間が、その知恵を使って世界を、他の生物を支配したのだ。

 この世界では、それがどうなっているかが解らないが、その部分は、あまり変わらないだろう。

 誰か(支配者)の考え一つで、生命の重さが変わってしまうのだ。

 僕が考えている養鶏も、自分達が豊かに生きる為だけに、育てて殺すのだ。

 それは、生き物だけにとどまらず、植物も同様に。

 石鹸作りの為に、実を採集して、その生命を刈り取っているのだから。

 これからも僕は、教会の生活を豊かにする為に様々な命を奪って行く。


「そうだよ...生命は重いものなんだ。僕達はフォレストコッコを食べる為、育てる為に捕獲をするんだ。そして、これからも...いろいろなものを同じように」

「そっか...じゃあ、大切にしないとだね」


 そう。

 その生命を大切につかわせて貰う。

 ただ、闇雲に命を奪うだけでは無く、必要最低限の中で。

 そして、奪ったものは、その分を補充して。

 この考え自体が、弱肉強食の上に成り立っているものだが、略奪と生産。

 破壊と再生。

 自然を守る為にも、必ず一を壊した場合、二を作って補う。

 そして、自分達では作れない物は極力触れない。


「うん...大切にだね!じゃあ、そのフォレストコッコは、僕の背中の篭にしまって貰って良いかな?」

「...うん!」


 僕が捕まえたフォレストコッコは、さくらの背中の篭にしまって貰う。

 養鶏や鶏卵の為には、もう三~四羽は欲しいところだ。


「じゃあ、さくらは一人で捕獲出来そう?」

「うん。やってみる!」


 出来るでは無く、やってみる。

 これは言葉にすると全然違う意味だが、「出来る」、「出来無い」の二択以外の選択肢を選ぶ柔軟性は、この世界で生きる上ではとても重要な事。

 命の危機に瀕した時、求められた選択肢以外の解答は、自分が生き残る為に必要になる事だから。

 それは、僕が現実化したゲーム世界を生き抜いているように。


「じゃあ、僕は違う場所で捕獲してくるね。さくらは何かあったら大声で僕の名前を呼んで貰って良い?直ぐに飛んで行くから!」

「うん、解った!何かあったら大声で叫ぶね!じゃあ、頑張ってみる!」


 僕は、さくらから離れた場所でフォレストコッコの捕獲を始める。

 これは魔力を使用して周辺をレーダーのように探知しているおかげもあっての事。

 プロネーシスの記憶と思考の能力を合わせた目標対象を任意で選択出来る、僕だけのオリジナル識別探知魔法だ。

 なので、さくらに危険が及ぶ前に助ける事が出来るし、さくらと物理的に距離が離れていても問題無いのだ。

 そうして僕は離れた場所で、フォレストコッコを最低限の欲しい数分だけ(三羽)捕獲しておいた。

 その後は、さくらの場所まで戻って様子を見る為に。


(...さくらは、上手く出来ているかな?)


 そうして様子を見に行くと、さくらは一生懸命フォレストコッコを追い駆けていた。

 成る程。

 速さは、フォレストコッコにギリギリ勝っているようだ。


(速さに関しては問題無さそうだな。後は、タイミング次第かな?)


 何度か、フォレストコッコに触れる事は出来ているようだ。

 ただ、今一歩のところでタイミングを外してしまい、そのまま逃げられてしまっている。

 それでも、失敗を繰り返しても、諦めずに何度も、何度も、何度も挑戦を繰り返していた。

 挫けぬ心。

 身体や身なりを汚しても、その信念までは汚さない。

 その姿がとても格好良く、美しかった。


(さくらは強いな...見た目もそうなんだけど、心そのものが美しいんだ)


 前髪で顔や表情を隠しているが、その素顔は少女ながらとても美しい。

 美少女と言う言葉は、彼女の為にある言葉なのだろうと認識する程に。


(前髪...隠さずに、上げればいいのにな)


 そうして何度も繰り返し、失敗しても諦めない挑戦が、ようやく実を結ぶ時が来たのだ。


(おっ、これは!?)


 身体の疲労から余計な力が抜け、捕獲する為に必要な無駄の無い流れる動きへと変わった。

 この時、脱力を覚えた瞬間だ。

 フォレストコッコも逃げ回る疲れからか、苦し紛れに翼を広げて飛んで逃げようと、一瞬動きが止まった。

 さくらはその一瞬の隙を見逃さずに、フォレストコッコを背後から捕獲する。

 これは、偶然が重なっただけの結果かも知れないが、諦めずに挑戦を続けたからこその結果だ。


「やったー!捕まえられた!えっと、次は...」


 さくらは、フォレストコッコを背後から、両翼を押さえて捕まえた。

 僕が持ち上げたやり方を思い出すように、両翼を真上に上げて付け根を持つ。


「出来た!私一人でも、ちゃんと持ち上げられたよ!ふふふっ。ルシウス喜んでくれるかな?」

(流石は、さくらだな!僕も負けてられないよ!)


 こんな時まで自分の為じゃ無く僕の為。

 でも、さくらのこの笑顔を見れば、本人も楽しんでいた事が解ると言うものだ。

 ああ、この笑顔が見られて良かった。

 本当に、心の底からそう思う。

 そして、僕はタイミングを合わせてさくらと合流した。


「さくら、お待たせ。フォレストコッコは捕まえられたかな?」

「うん!ほらっ、ルシウス、見て!私一人でも出来たよ!」


 さくらが、自分が捕まえたフォレストコッコを嬉しそうに見せて来る。

 「頑張ったよ!」と、褒めて欲しそうに。


「凄いね!こんなに顔も土で汚して...」


 僕は、土で汚れてしまったさくらの顔を、指で優しく落として行く。

 ハンカチなどがあれば、尚更良かったけれど、生憎そんな物は無い。

 そうして顔の汚れを落とした後は、汚れていない反対の手で頭を撫でる。


「さくら、頑張ったね!」

「っ!?」


 さくらは突然、顔を隠すように俯いてしまった。

 表情が良く見えないので解らないのだが、何だかモジモジしている?

 その態度が気になったのだが、僕達は少しばかり時間を掛け過ぎたようだ。

 周りの様子を確認して、さくらの頭から手を離す。


(だいぶ日も暮れてしまったな。空も暗くなって星が見えてきてるよ...ああ~、これはメリル様やメリダ様に怒られるやつだ)


 フォレストコッコ捕獲に夢中になってしまい、僕達は時間を忘れてしまったようだ。

 この世界では周囲に街灯や電灯が無い為、一八時を過ぎれば、もう夜なのだ。


(こうなったら怒られる事は仕方無いか...それなら...)


 さくらは、疲れて地べたに腰を下ろしていた。

 僕は目の前に行って、さくらの手を取る。


「さくら、大丈夫?空もすっかり暗くなってしまったね?」

「うん。私は大丈夫だよ!それよりも、こんなに遅くまで外にいた事が無かったから知らなかったけど、お空が光っていて綺麗なんだね!」


 どうやら、疲れよりも景色の美しさに惹き込まれているようだ。

 これなら少し寄り道をして帰っても問題無いだろう。


「多分、怒られる事は確定しているから、少し寄り道をしても良いかな?」

「そうだよね...これ以上遅くなっても、怒られる事は変わらないもんね」

 

 寄り道をする場所は、丁度、帰り道にある桜の木が生えている広場。

 此処なら空を一望出来るし、星がもっと鮮明に見えるから。


「ここは...」

「そう。僕とさくらが初めてお互いにお話をした場所。ここなら空がはっきりと見えるでしょ?」

「思い出の場所だね...わあ!本当だ!お空が綺麗だね!!」


 此処から見える景色は、一段と輝いて見えた。

 それは自然が作り出した、天然の宝石箱のように。


「ルシウスと一緒に居ると、私の知らない事が一杯体験出来るね...こんなにも楽しい事や嬉しい事があるだなんて」

「僕だって、さくらが一緒に居てくれるからこそだよ!二人で見るから楽しいし、二人でやるから嬉しいんだ。さくらは...これからもずっと、僕と一緒に居てくれるかな?」

「えっ?それって...」


 僕にとっては、さくらが同年代と言う事もあるが、それ以上に、さくらの存在そのものに助けられている。

 僕一人ならば、教会の改善を此処まで楽しく出来ていなかっただろうから。


「...」


 思っている事を、素直にさくらへ伝えると、何故か下を向いて黙ってしまった。

 着ている服の腰元を両手で握りしめているが、言葉の反応が無い?

 でも、表情が見えないけど顔が赤くなっている気がする。

 僕は(どうしたのだろう?)と思い、さくらの顔を下から覗こうとすると、さくらの口元がゴニョゴニョと動いていた。

 それは、聞こえるか、聞こえないかの声で「はい...これからもずっと」と言っていた。

 きっと、常人なら聞き逃していた音声。

 だが、生憎僕は山で育った野生児(?)だ。

 周囲を薄い魔力のフィールドで覆っている僕は、その範囲内の出来事ならばプロネーシスの能力も合わさり、完全把握出来てしまう。

 だから、さくらの声がハッキリと聞こえていた。


「ありがとう。さくら」

「!?」


 僕がそう告げると、さくらは聞こえていたのかとビックリした様子だ。

 両手で顔をおさえている。 

 お礼を伝えただけなのに、これはどうすれば良いのだろうか?


「...じゃあ、ルシウス、約束してくれる?」


 約束?

 ああ、そうか。

 覚えた事は直ぐに使いたくなるもんね。

 元の世界でも、施設で一緒に暮らしていた子供達もそうだったし。


「うん。良いよ!じゃあ、左手を出して貰って良い?」

「うん!」


 さくらの表情が、一段と嬉しそうに笑った。

 その左手も、嬉々として差し出してくれた。


「...僕とさくらは、これから先、何があってもずっと一緒に居ます」


 同じように、二人の小指を絡めた拳を合わせて宣言する。

 そして、二人の親指を重ねて。


「「や・く・そ・く」」

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