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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
31/85

030 国と領地

「今日から、あなたの名前は、ルシウスです」


 この世界の僕の母親、アナスターシアが僕に命名してくれた名前だ。

 その時の優しい微笑みは、時が経った今でも鮮明に記憶している。

 僕が文字でしか知らなかった聖母と言う言葉。

 それは、アナスターシアがそうなのではと感じてしまう程に。


(お母様...アナスターシアさん...アナスターシア様...やはり、僕の立場を考えると、一番しっくり来るのはアナスターシア様になるのかな?...本人はそう呼ばれる事を嫌がるんだけどさ)


 見ず知らずの赤児を拾い、本当の母親のように接してくれるその姿。

 それも僕だけでは無く、他の親のいない孤児達全員に対してだ。

 教会とは別に増設されている孤児院で、全員の面倒を見てくれていた。


(でも、僕だけアナスターシア様と同じ部屋で住まわせて貰っているのは何でなんだろう?...それに教会だって、裕福な訳じゃ無いのにさ...)


 教会は、決して裕福では無い。

 だと言うのにだ。

 打算の無い無償の愛を僕達に施してくれている。

 転生前の世界では、孤児や孤児院に対して国からの補助金が出ていた。

 僕が関わった施設では、そのお金目当てで孤児を預かる事が殆どで、このように孤児達を分け隔てなく育ててくれる事なんて稀な事だった。

 何故なら、生活を(させる)して行くには、お金が掛かるからだ。

 それも孤児の人数に合わせて、必要金額が倍々と増えて。

 だが、きっと。

 その打算有り気で無ければ、施設そのものを維持する事が出来無いのだから仕方無い事なのだろう。

 全員が全員、お金(稼ぎ)を生み出せる訳では無いのだから。


(聖母と言う言葉を表す人物は、ああいう人の事を言うんだろうな...感謝してもしきれないよ...僕が、アナスターシア様から受けた恩に対して、お返し出来る事って何だろうか?)


 僕はまだ五歳で、世間から見ればただの子供。

 だが、僕には転生前の記憶と、プロネーシスの記憶(情報)がある。

 プロネーシスは転生前の世界の情報全てに、ゲーム世界であったラグナロクRagnarφkの情報を全て記憶している。

 転生前の世界の情報は、ネットワークを通じて世界各国の情勢から軍事に医療、生活から趣味嗜好に至るまで、幅広くその全てをだ。

 ラグナロクRagnarφkに関しては、ゲームのシステムから、アイテム、武器、魔法、戦技アーツ、スキル、魔物の詳細データと、現実化するまでの世界の情報全てをだ。


(僕とプロネーシスが持ち得る情報を駆使すれば、この世界を思い通りにする事だって出来るだろうし...)


 正直、情報を独占しているだけで自分の思い通りの世界を創る事が出来るだろう。

 情報を活用すれば、僕の意のままに相手を誘導する事、操る事が簡単に出来るのだから。

 相手が困っている事を、僕達が記憶している情報で解決したら?

 相手が望んでいる事を、僕達が記憶している情報で提供したら?

 この世界に有効な資源を、先駆けて独占したら?

 そして、世界の市場を、その全てを僕が独占したら?

 このように情報を制すれば、一国の王にも、世界の支配者にも、なる事が出来るだろう。

 だが、僕が目指す理想は困っている人を助ける英雄だ。

 テレビや漫画、映画などで活躍している主人公のように、弱きを助け強きを挫く、そんな英雄なのだ。

 だからこそ僕は今、教会の役に立てるようにと、この世界を知る為に勉強をしていた。


「プロネーシス?聖典によると、この世界は、九柱の大神によって支えられているって書いてあるけど、これだとゲーム時代から変わっているよね?」

『はい。マスター。ゲーム時代は主神オーディンを筆頭に、アース神族が統治していた世界でした。ですが、聖典によりますと、この世界は、“白の女神ヴァイスエイル”。“黒の神シュヴァルツヴァーリ”。“火の神ファイソール”。“水の女神ヴァッサニョルズ”。“風の女神ヴィンダールヴ”。“土の神フレイラント”。“時の女神ツァイトヴァーレ”。“空間の神フォルセラオムティ”。“生命の女神エイレーベンフレイヤ”。この九柱の大神が世界を支えているそうです』


 僕が読んでいる聖典の内容はこうなっていた。

 “白の女神”と、“黒の神”が、お互いに別々の場所で同時に生まれた。

 その両方の神が惹かれ合うように、お互いに導かれて行く事で、触れ合って混じった結果、世界が創られた。

 その時一緒に生まれたのが、“時”、“空間”、“生命”の三柱の神。

 三柱の神が生まれた事で、世界に時が刻まれるようになり、世界の空間が広がり、世界に生命が誕生した。

 そして、世界に生命を維持する為に、“火”、“水”、“風”、“土”の四柱が、三柱の神によって生み出された。

 土の神が世界の基盤となる自然を作り、火の神がそれを成長させる。

 風の神が実りを与えて、水の神が休みを与える。

 これが四季と呼ばれる季節を生み出し、生まれて来る生命が誕生出来る環境を創った事が、世界の始まりなのだと。


「こういう話って、元の世界にもあったけど、聖典の内容は、この世界の始まりについての話だよね?これって...属性魔法が関連しているのかな?」


 聖典の内容から連想出来るのは、基本属性六種と特殊属性の三種。

 ただ、そうなると、「上位属性六種は何処に行ったのか?」と言う話だ。

 もっと細かく言うならば、精霊魔法や召喚魔法などの例外属性もあるのだけれども。


『はい。マスター。内容から推測致しますと、基本属性六種に、特殊属性三種が関係していると思われます』

「でも、この内容だと上位属性六種について記載が無いけど...」


 上位属性である、“炎”、“氷”、“雷”、“大地”、“光”、“闇”の六種。

 聖典に記載の無い、上位属性六種は知られていないのか?

 それとも、ワザと教えていないのか?

 それによってだいぶ意味合いが変わって来てしまう。

 知られていない場合は、そもそものこの世界の魔法レベルが低いと言う事。

 教えてない場合は、誰かが情報を食い止めていると言う事だ。


『申し訳ございません、マスター。現時点では解りかねます』


 そう。

 現時点では解らないのだ。

 プロネーシスが持っている記憶(情報)は、元の世界とゲーム時代までの情報。

 この現実化した世界(新しく生まれた世界)が、どれくらいの時が経っているのかすら僕達には解っていないのだから。


「少しでも情報を集めたいところだけど...正直、この国の事すら解ってないからね」

『はい。マスター。今現在の優先順位は、情報で宜しいかと思われます』


 僕は、魔力訓練や身体操作の訓練を毎日欠かさずに行っている。

 そのおかげか、確実に成長を遂げており、訓練については順調に進んでいると言えよう。

 だが、僕はこの世界の事をあまりにも知らなさ過ぎるのだ。

 かろうじて解っている事が、言語と文字ぐらいだ。

 どちらも、ドイツ語をベースとした全く新しいものになっていた。

 元の世界でもそうだが、国や地域によって、言語や文字、文明レベルの差があるものだ。


「ここが他の国や地域と比べて、文明の最低値なら?って考える事が出来るからだよね」

『はい。マスター。なにせこの世界には、魔力に魔法がある世界です。もし、私達の考えが違ったとしても、ゲーム時代から独自進化を果たしていても、おかしくありませんので』


 そう。

 情報を制する者は、支配者になる事が出来るのだ。

 もし、この世界に、既に支配者が誕生をしていたのなら、反対に情報を規制する事も容易いのだ。

 支配する側の何者かが、支配される側の優位を常に保つ事で、その地位を磐石にする訳だ。

 そして、この地域が支配される側の立場なら?

 そう考えれば、上位属性が知られていない事も、教えていない事も頷ける。

 まあ、可能性はゼロでは無いが、本当に、単純な話で、この世界の文明レベルそのものが低い事も考えられるけど。


「だね。それに今日は初めて、教会の外へと出る事が出来るから、そこで少しでも情報を集めておかないとね」


 今日は、アナスターシアと一緒に教会の外の街に出掛けるのだ。

 街に何をしに行くのかは聞かされていないのだが、ただ楽しみである事は変わらない。

 すると、教会の書物部屋で聖典を読んでいる僕の下に、アナスターシアの従者であるメリルが、わざわざ迎えに来てくれた。


「ルシウス、待たせたな。アナスターシア様の準備が出来たぞ」


 僕が初めてメリルを見た時は、成人をしたばかりの一五歳。

 あれから五年の歳月が経ち、今では二〇歳になったところだ。

 ただ、メリルに関しては、そんなに見た目の変化が無い。

 身体は女性らしく曲線が増えた気がするけども。


「はい。メリル様。直ぐに参ります」


 僕は五歳になり、教会においての色無し(孤児)の状態から、灰色修道員見習いとなった。

 教会には、修道員としてランクが定められている。

 一番上が青色修道員。

 これは教会長である、アナスターシアだ。

 次に黒色修道員。

 教会には五名いるらしいが、未だに僕は、その五名の人物とちゃんとお会いした事が無い。

 次に灰色修道員。

 メリルとメリダが、このランクに該当する。

 次が灰色修道員見習い。

 僕と、さくらは、このランクに含まれているようだ。

 そして、最後が色無し。

 孤児院に住む孤児達の事だ。

 メリルは、僕の上のランクである灰色修道員。

 それも教会長の従者。

 灰色修道員の中でも優秀な人物でなければ、アナスターシアの従者に選ばれる事は無いのだ。

 そして、教会はバリバリの縦社会で上下関係が厳しくなっている。

 僕とメリルは一緒にアナスターシアの部屋へと向かうのだが、先にメリルが部屋へと入り、アナスターシアに報告を行う。


「お待たせ致しました、アナスターシア様。ルシウスを連れて参りました」


 この時。

 目下の者が目上の方へと挨拶を行う場合は、右足を地面に下ろして膝を着いた状態で左膝を立て、両手を胸の前で交差して、相手に自分が何も持っていない事を示さなければならない。

 こんな風に、教会には細かい取り決めがある為、少々面倒臭い事が多かった。


「ええ。メリル、ありがとう」


 それに対して、アナスターシアは丁寧に一礼をするのだが、何処かソワソワしている様子だ。

 心此処に在らずと言った感じか?

 僕はそれに続いて部屋へと入り、同じように挨拶を始めた。


「アナスターシア様。お待たせし...!?」

「ああ、ルシウス!待たせてごめんなさいね」


 アナスターシアは僕の挨拶を途中で遮り、人目を憚らずに抱き付いて来た。

 「ぐふっ!!」と声が漏れる程、衝撃が凄い。


「なっ!?アナスターシア様!!」


 咄嗟のその行動に驚くメリル。

 だが、瞬時に困ったように頭を抱えてその場で立ち止まった。


「お姉さま。ルシウスを前にした、アナスターシア様の前で何を言っても無駄ですわ」


 メリルの妹であるメリダが、呆れた表情でメリルに答えた。

 たぶん、この五年で一番変わったのは、メリダだろう。

 最初、僕が出会った頃は、まだ八歳だった。

 今は成長をして、一三歳。

 身長も一六五cmまで伸びて、メリルにだいぶ肉迫していた。

 メリルと比べた時、自分の身長が小さい事がコンプレックスだったようだが、やはり姉妹と言ったところか?

 このまま成長を続ければ、メリルと同じくらいまで身長が伸びそうだ。

 ただ、メリルよりも身体付きは、より女性らしく成長を遂げていた。


「そうだったな。メリダ。こうなったアナスターシア様は止めようが無い...せめて、我々の前だけで済んでくれれば良いのだが...」


 メリルが額を押さえながら、天を仰いで何処か遠くを凝視めていた。

 教会には古いしきたりが蔓延している為、こう言った行為を快く思わない者も居るからだ。

 まあ、この教会にはそんな人物など居る訳が無いのだけれど。

 その当のアナスターシアはと言うと、謎に色気が増していた。

 相変わらず美しいままなのは変わらない。

 いや、増していると言った方が正しいのか?

 僕は、アナスターシアにちゃんとした年齢を聞いた事が無いので解らないが、見た目だけで言えば、メリルと、そう変わらない年齢に見える。

 この若さで教会長?と疑問は残るが、僕の恩人には変わり無いので、僕から年齢を聞く事が無かった。


「アナスターシア様。苦しいです...それに、メリル様達の前ですよ」


 アナスターシアに抱き締められている僕は、その豊満な胸に圧迫されていた。

 ボディラインはかなりの細めだと言うのに出るところは出て、引っ込むべきところは引き締まっていた。

 女性特有の丸みと柔らかさのある身体。

 この状態は、苦しいのは苦しいのだが、でも、この匂いは、とても落ち着くものだ。

 何故だろうか?

 石鹸やシャンプー、香水と言った物が無いと言うのに、清涼感のある甘い匂い。

 しかも、汗の臭いみたいな嫌な臭いが全くしない事が不思議だ。

 身体の至るところに体毛が全く無いからか?


「ルシウス。私は、あなたの母親ですよ。家族で抱き合って何が可笑しいのですか?」


 真剣な表情で、僕に語る。

 アナスターシアと僕は、“血の繋がりの無い”家族だ。

 それも、“僕を拾ってくれた”と言うだけで面倒を見てくれているだけの関係。

 だと言うのにだ。

 成り行きだから“仕方が無く”とは違って、しっかりと“愛情を持って”接してくれている。

 その行為の温かさ。

 気持ちの底から自然と温かくなる感情だ。

 現世では、決して感じる事の出来なかった“母親の愛情”。


「お母様...ありがとうございます」


 目頭が熱くなり、僕の知らず知らずの内に感情が零れていた。

 ああ。

 そうなんだ。

 ただただ、嬉しい時にも涙は出るんだな。


「...では、アナスターシア様にルシウス。そろそろ参りましょうか?」


 メリルが無粋な真似はせず、僕達の頃合を見て声を掛けて来た。

 主人の感情の機微に対応する事は、従者としての長い経験が無ければ決して無理な事だろう。

 僕はこの時、他人への思いやり、その絆と言うものを知った。


「あら?...もうですか?...ルシウス、ごめんなさいね。本当は一日中こうしていたいのだけれど...」


 アナスターシアが抱き締めていた力を解いて、僕と一緒に立ち上がった。

 僕が着ている服の地面に触れていた場所を「パンパン」と手で払い、その汚れを落としてくれて。

 僕の事なんて放っておけば良いのに、自分よりも先に汚れを払ってだ。


「そう言えば、ルシウスは、街に出掛けるのは初めてになるのかしら?」

「はい。アナスターシア様。とても楽しみでございます」

「もう。また、ルシウスは言葉を戻して...全く仕方ありませんね。ですが、教会の中では私の事は母と呼んで下さいね?」


 アナスターシアは、優しく微笑んでそう告げた。

 この教会には孤児院があり、僕以外にも母親の居ない子供は沢山居る。

 だが、決して僕だけを贔屓して、そう言っている訳では無い。

 アナスターシアは、孤児に対して全員の母親でいるのだ。

 誰に対しても分け隔て無く、皆に平等の愛情を持って。


(この人は、本当に凄いな。皆を照らしてくれる太陽のような人だ)


 “平等”。

 これが、どんなに難しい事か、僕は身を持って知っている。

 それは人には感情があるからだ。

 元の世界で、僕がいた施設では子供達の優劣によって大人の態度が違った。

 見た目が良いか、悪いか?

 痩せているか、太っているか?

 運動が出来るか、出来無いか?

 勉強が出来るか、出来無いか?

 先生に対しての態度が良いか、悪いか?

 言う事を聞くか、聞かないか?

 これ以外にも、どんな些細な事にも優劣を付けられて、それで判断をされてしまう。

 それがどんなに悪意がある事なのか?

 どんなに心を傷付けている事なのか?

 大人は気にも留めず、その本能のままに行動をしている。

 自分の利害だけを考えて。


(人は醜い...それは...僕も同じか)


 自分が生きる為に、今の環境を最大限利用している。

 人の善意に甘えている。

 態度には出さないが、僕だって自分の事だけで精一杯で、他人を気にしている余裕など無い。

 現に、他の孤児の子に対して、全くの無関心なのだから。

 僕が成長をする過程で、孤児院の子達は、既に何人か死んでいるみたいだ。

 僕はその亡くなった原因すら知らない。

 いや、知ろうともしないのだ。

 自分が生きる事には必死なのに、他人の生き死には関心すら持っていない。

 流石に、見知っているアナスターシア、メリルにメリダ、アプロディアと、さくらに対しては別になるのだが、知らない人物に対しては、とことん無関心なのだ。

 万人を助ける事が出来る、英雄になりたいと言うのにだ。

 だが、これには少なからず思う事があって、僕自身に能力が備わっていなければ英雄になる事が出来無いと考えているからだ。

 だが、それも今日この時までの考えだ。


(...変わらなきゃ。英雄になる為に、心から)


 アナスターシアの心意気に触れ、僕は新たに決意を胸に刻んだ。

 英雄になる為の能力だけでは無く、心もそうなるのだと。


「はい...お母様。ですが、メリル様にメリダ様をお待たせしております。そろそろ街へと参りましょう」


 そうして僕達は、教会の外に出て街へと出掛けて行く。

 結局、その目的は解らずじまいだったが、少しでもこの世界の事を知れると思い、気持ちが舞い上がっている事は確かだ。

 ただ、街までは結構な距離がある筈なのに、馬車などの移動設備は無く、歩いて目的地まで向かうみたいだ。


(馬車が...移動手段そのものがまだ無い世界なのか?)


 僕達が目指す目的地の街は、教会から5km程離れた場所にあった。

 標高の高い所から平地に降りて行く道で、ようやくその全貌が見えた。


「わあ!おおきい街ですね!」


 僕は、街の規模を見て驚く。

 教会の生活環境から考えれば、街の発展は、あまり期待出来るものでは無かったからだ。

 皆が街と言っていたが、僕の中では田舎の町レベル。

 もしくは、村レベルだと思っていた。

 だが、確かに此処は街だった。

 その街は、分厚い外壁で囲まれた長方形の形で造られていた。

 しかも、街の中の区画がきっちりと整備されており、実際は違うのかも知れないけれど、住み分けがしっかりと出来ていそうに見えた。

 すると、アナスターシアが僕の方を見て口を開いた。


「あそこが、この領地の領都、イータフェストです」


 すると、アナスターシアが国について説明をしてくれる。

 僕達が所属している国は、“マギケーニヒライヒ”と言う魔法王国。

 この王国は、アルファベルク、ベータキュステ、ガンマイアー、デルタリンデ、エプシロンターク、ゼータレスト、イータフェスト、シータブルグ、イオタヴァルト、カッパフルス、この一〇の領地で構成されている。

 各領地には順位が付けられており、一位の領地の領主が、この国の王として君臨する君主制国家。

 これは年間での功績が順位に反映され、ポイントに基づいた結果で順位が決定するそうだ。

 早ければ一年で任期が終わってしまうが、王国に対して結果を出し続ければ任期が延びて行く。

 現国王は長い期間代わっていないみたいなので、きっと良政なのだろう。

 僕達は、その中のイータフェスト領に住んでおり、その領地の領都イータフェストに来ていた。

 教会は、このイータフェストの街からだいぶ離れた場所に建てられているのだが、どうやら管轄は領都と一緒になるみたいだ。


「この国は魔法先進国であり、魔法においては他の追随を許していないのですよ。それに条件は厳しいですが、わざわざ他国からこの国に留学に来られる方も居る程です。とは言っても、ルシウスには、まだ解らないお話でしたね」


 アナスターシアが自分の国を誇るように、その話に熱が入ってしまった。

 成る程。

 この国が好きなようだ。

 僕は話の内容を理解出来ているが、そんな無粋な真似はせず、ちゃんと見た目通りの五歳児を演じる。


「アナスターシア様の表情を見て伝わりましたよ。この国は凄いって事ですね!!」


 僕は、少しおどけた感じで答えた。

 周りの五歳児と比べて評価を持ち上げられるより、周りの五歳児と同じように見られる方が、今後の事を考えても楽だからね。


「そうなのです。この国はとても凄いのですよ!」


 アナスターシアがとても嬉しそうに喜んでいる。

 魔法先進国として他の追随を許さないこの国の内実を、「しっかり覚えておいて下さいね?」と。

 僕は心の中で(それは勿論!)と思い浮かべながら頷く。

 こんなに喜んでいる姿を見る事が出来るのは、演奏している時ぐらいしか無いのだから。


「では、街の中に入りましょうか。その時、確認される事がありますが、門兵さんの言う通りに従って下さいね?」


 そうして僕達は街の中へと入って行く。

 どうやら、街に入る為には門での簡単な検問があるみたいだ。

 東西南北に入場門が設けられており、複数の門兵が警備をしていた。

 不審者を街の中に入れて領都を危険に晒す事は出来無いからね。

 門兵の装備は簡単な物で、基本、布で出来た服の上から何かの動物の皮で出来た兜、胸当て、ブーツを装備していた。

 手には、木製の杖を持っていた。


(装備の質は、あまり良く無さそうだけど、杖を持っているって事は、全員が魔法を使えるって事なのかな?まあ、魔法王国と呼ばれているぐらいだから、当たり前か)


 僕が心の中でそう考えていると、門兵が口を開く。

 説明をしてくれるが、険しい視線で一人一人を確認している。


「それでは領都の規約に基づき、順に確認を行う。入場する者はこの水晶に触れるんだ。“問題”が無い場合に限り、入場を許可する。もしも、水晶に触れない場合、規約に基づき、領都へと入場する事は出来ない。そのまま帰ってくれ」


 どうやら、検問では丸い水晶のような魔法具を使用するらしい。

 水晶に触れて“問題”が無ければ入場出来るらしいのだが、その“問題”が何を指しているのか、僕には解らなかった。


(問題って、あの水晶で何を確認するんだ?ゲーム時代で似ている物は...)


 ゲーム時代にあった、水晶型の魔法具を思い浮かべる。

 門兵が質問をして相手の嘘を見破るのか?

 その人物の犯罪歴を調べるのか?

 ステータスを覗き見る事が出来るのか?

 このように考えられる物は沢山あった。

 だが、例えばの話、嘘を完全に見破る魔法具は高度な魔法具となり、簡単に複製出来る代物では無い。

 それで無くとも、心音、脈、緊張度、これらは訓練次第で、どうにでも出来てしまうものだ。

 それに、何を持って嘘になるのかは、人の考え方によっては誤魔化せてしまうものだろう。

 そもそもが、嘘を吐いていると思っていない人だったら、もっと厄介になってしまう。

 その為、相手の真実を暴く為には、何重にも魔法陣が重ね掛けされた魔法具で無ければ、その効果を発揮する事が出来無い。

 此処が魔法国家と言えど、上位属性六種が伝わっていない時点で、嘘を見破れる魔法具は除外されるだろう。


(門兵の身なりを見ても、嘘を見破る高度な魔法具なんて持っている訳無いだろうし、一介の兵士にそんな高級品を預けるとは思えない...)


 では、他に何を見るのだろうか?

 個人の犯罪歴なのか?

 これに関しても、個人の経歴を全部知る事は出来無いだろう。

 その中の犯罪歴を示すとしても、水晶型の魔法具だけでは足りないからだ。

 この国に戸籍のようなものがない時点で、除外される。


(システムが構築されて無いだろうし、国を挙げて人を管理している訳でも無いもんな...)


 では、個人のステータスを確かめるのか?

 これが一番あり得そうだ。

 ゲーム時代、そう言った魔法具が溢れていたのだから。

 ただ、門兵の装備を見る限り、そこまでお金がある訳では無さそうだ。

 ゲーム時代でも、相手のステータスを確かめる魔法具は高級品。

 もしも、同じ価値観だとすれば買える筈が無い。

 ならば、もっと限定的に調べるものか?

 総魔力量を測るもの?

 魂位の高さ?

 相手の種族?

 ただ、これが種族になってしまうと、僕からすれば少々面倒な事になる。

 他人に見えない魔力で形成された翼と言え、僕の種族は人間では無く、天使になるのだから。


(一体、何を見ているのか解らないけど、これが種族調査ならまずいな...)


 そうして、アナスターシアから順に、水晶に触れて行く。

 触れた瞬間、フワッと光を放つが、何か文字が浮き出る訳でも無く、特に変化が見当たらない。

 そのまま検問を通された。

 そうなると、ますます何を調べているのかが解らなくなってしまった。

 続いて、メリルが同じように水晶に触れる。

 変化は無い。

 続いて、メリダが触れる。

 これまた変化が無かった。


「では、お前の番だ」


 門兵が、僕に水晶に触るように促した。

 鋭い視線が容赦無く刺して来る。


(...一体...何を調べているんだ?)


 僕は「ゴクッ」と生唾を飲み込み、恐る恐る水晶に触れて行く。

 水晶は、ひんやりと冷たく感じ、日中の暑さを紛らしてくれて心地良かった。

 触る時はとても緊張したが、いざ触れてみれば特になんて事は無いもので、水晶にも変化が見当たらなかった。


「良し!全員体調に“問題”は無いようだ。それでは、入って良し!」


 「ほっ」と胸を撫で下ろす。

 良かった...

 体調の確認だけだったのか。

 考え過ぎて一人でドキドキして馬鹿みたいだったな。

 でも、これで解ったが、ゲーム時代と比べて魔法の水準が、かなり低くなっているようだ。

 世界で最も凄いと言われている魔法国家の技術が、この程度なのだから。


「ルシウス、どうしたのですか?参りますよ?」


 僕が安心して少しボウッとしていたところ、アナスターシアから声が掛かった。

 直ぐさま気持ちを切り替えて、対応をする。


「はい。アナスターシア様。参りましょう」


 そうして僕達は、検問を抜けて街の中へと入った。

 街の中は、基本、石造りで出来た家が並んでいた。

 木造の建物が全く見当たらなかった。


「石造りのお家...これは、どうやって作っているんだろう?」


 見た感じでは、石で出来た平屋は、一つの石で出来ているように見えた。

 石を積んで造ったのでは無く、一つの巨大な石を切り抜いたような建物。


「...魔法なのかな?」

「これは土の魔法を応用して作ったのですよ。魔法を覚えるにはまだ早いですが、ルシウスには、そのうち教えても良いかも知れませんね」


 土の魔法の応用?

 この建物を一人で造るとなれば、相当な魔力量が必要になりそうだが。

 考えられるとしたら魔法具かな?

 教会の女神像のような、魔力を溜められるタイプの魔法具。

 それなら確かに出来なく無い。


「それは嬉しいですね!僕も早く、魔法が使えるようになりたいです!」


 僕自身、魔法が使えない事を既に知っていた。

 だが、新たな呪文を覚えられる事は、可能性が広がる。

 藁にも縋る思いだ。


「じゃあ、もう少し大きくなったら練習しましょうね」


 アナスターシアが言う「もう少し大きく」がいつ頃なのかは解らないけど、僕は期待を込めて返事をする。


「はい。楽しみにしております!」 


 どうやら、街の中は居住スペースが殆どで、商業施設や工業施設と言った建物が全然見当たらなかった。

 ただ、街に入る前に見た全貌によれば、遠目からなのでハッキリとした事は言えないが、ギルドらしき大きな建物があったと思う。


(あれは冒険者ギルドだったのか?それとも全く違う物だったのか?実際に見てみないと解らないな...)


 そして、街の至るところには進入不可の区画が何箇所も存在していた。

 アナスターシアに特に何か言及される事も無かったが、あえてその場所を避けているように見えたので、僕は何も聞かない事にした。


「では、私はここで少し席を外します。メリルとメリダはルシウスをつれて食材のお買い物をお願いしますね」


 アナスターシアが、そう言うと僕達から離れて行く。

 どうやら、街に用事があったのは、アナスターシア本人みたいだ。

 離れるのは何だか寂しいが、でも、お買い物と言う言葉。

 「街で何が売られているのか?」とても楽しみである。

 そして、ようやくお金の価値について知る事が出来るのだ。


「はい。アナスターシア様。お任せ下さいませ」


 メリルが畏まって返事をした。

 凛々しい表情が様になっている。


「はい。アナスターシア様。私にお任せ下さいませ」


 メリダが「私がやりますので!」と気持ちを込めて伝えた。

 どうやら、メリルに対抗しているみたいだ。


「ええ。御二人に任せましたよ。では、ルシウス。二人から決して離れては駄目ですからね?」


 アナスターシアは僕の方に向き直ると、屈んで視線を合わせた。

 両手で僕の手を取り、心配そうに僕を凝視めている。

 何だか、僕よりも寂しそう?


「はい。勿論です。アナスターシア様!」


 僕はアナスターシアを安心させるように力強く返事をした。

 すると、曇っていたアナスターシアの表情が、一先ず晴れたように笑顔を作り出す。

 ああ、笑ってくれて良かった。


「流石は、ルシウスです。貴方は誰よりも聡い子です。心配をする必要はありませんでしたね」


 アナスターシアがそう言って立ち上がるのだが、何故か僕の手を離さない。

 待ち合わせがあるので一歩踏み出すのだが、「...このままルシウスを連れて行こうかしら?...ああ、それは出来ないわ。でも...」と独り言を呟きながら、僕の方をチラチラと見ては思いとどまってしまうようだ。

 どうやら、アナスターシアの方が、僕から離れたく無いようだ。

 そして、ようやく決意を固めたのか、意を決して僕の手を離す。


「それでは、一時間後に先程の門で待ち合わせ致しましょうか?」

「「はい。アナスターシア様」」


 メリルとメリダが、声を揃えて答えた。

 流石は姉妹と言ったところだ。

 阿吽の呼吸で全くの同時。

 そうして僕達は、アナスターシアと分かれて街の市場へと向かう事になった。

 メリルが先陣をきって、僕を間に挟んで、メリダが後方にいる。

 やはり、子供が一人でいると危ないのかな?

 元の世界でも誘拐なんて、ざらにあった事だし。

 少し不安を感じながらも市場に近付いて行くと、何かの臭いが漂って来た。


(うっ、臭い...腐っているのか?)


 市場に売られている物は、野菜、果物、肉といった品物。

 場所は狭い区間に密集しており、野菜、果物は剥き出しのまま石台の上に置かれていた。

 肉は、天井から丸々一頭が吊るされている。

 やはり、この国には衛生観念と言うものが全く無いようだ。

 環境そのものが不衛生だ。

 これは売り物と言うレベルの品では無い。

 お店に並んでいる野菜は、収穫してからどれ位の日数が経っているのか解らず、色が黒っぽく変色をしていた。

 同じように果物も熟し過ぎているようで、元の色が解らない位に茶色や黒色と変色して腐っている。

 肉は、所々にカビが生えていて、部分部分が腐っている。

 どうやら、血抜き処理が丁寧に出来ていないようだ。

 現代で、一部ブームになっている熟成肉とは、あまりにも品質が違う物。

 本当に腐っているだけの品だ。

 火をしっかりと通せば、食べられない事は無いだろうが、味は確実に不味いだろう。

 まあ、此処には冷蔵や冷凍の設備が無いので仕方無いのかも知れないが。


「今日は、“お肉”を買います。せっかくですから、ルシウスが品物を選んで良いですよ?」


 えっ、“お肉”?

 “汚肉”じゃなくて?

 メリルが微笑みながら「ルシウスの好きな物をどうぞ?」と言うが、僕からすれば、どれも危険な物にしか見えない。

 これは微笑の爆弾。

 こんなにも、買い物で心が浮かれない事は初めてだ。


(いやいや、これは何の汚肉なんだろうか?豚なのか?猪っぽい気もするけど...こっちは...鳥?)


 もし、豚肉があるなら豚を一から養豚したい。

 もし、この鳥が鶏なら卵の為にも養鶏をしたい。

 手間が掛かろうが、そう心から願った瞬間だった。

 だが、今はこの腐っている汚肉から食べられる物を選ばなければならない。

 もしかしたら、この選択は人生で一番辛い選択なのかも知れない。

 悪魔の囁きが聞こえて来るような、死への誘いが聞こえて来るような、そんな恐ろしさを感じていた。


(正直、鳥は時限爆弾にしか見えない。しかも、手に取った瞬間に爆破する物だ...これは絶対に危険な物だから選んではダメだ。そうなると、この豚か猪かのどちらか解らない汚肉で選ぶしかないな...)


 鳥肉は食中毒が怖い食べ物だ。

 加熱不足。

 もしくは、鳥肉自体が二次汚染されていた場合、簡単に食中毒を引き起こす。

 最悪、食べる事で死に至るものだ。

 ならば、この豚か猪か解らない汚肉しか無い。

 店に置いてある中で、比較的腐っていない物を念入りに探して行く。


「じゃあ、僕は...これが良いかな?」


 ああ、やばい。

 声が震えているよ。

 だが、僕が選んだ、このお肉ならば、火をしっかりと通せば何とかなる物だ。

 まだギリギリ汚肉では無い。


「ほう。ルシウスはそれを選ぶんですね。私なら、こちらでしたが」


 メリダが鶏肉を指差してうなっている。

 いや、メリダ。

 それは最も危険な汚肉だよ。

 変色した上に、表面にツブツブが浮かんでいて、ヌメリまで発生しているんだから!

 火を通したところで、全く無駄な肉!

 此処は命大事にだよ!


「メリダ。今日はルシウスが選んだ物を買うのだぞ!それは、今度にしなさい」


 僕は思わず、メリルの方へと顔を向けた。

 メリルお前もか!?

 しかも、今度にしなさいだって?

 この汚肉は、一体いつまで此処に置いておくつもりなんだ?

 はあ。

 これは住民の生存率が低い訳だよ。

 何だか、この世界に転生して一番疲れた気がする。


「では、買い物も終わったので、アナスターシア様と合流しましょうか」


 買ったお肉は布に包んで、そのまま渡された。

 そして、お金を支払う際は、ゲーム時代と同じ硬貨での支払いだった。

 その時、お金の価値までは把握出来なかったが、お金の通貨が硬貨だと知る事が出来て良かった。

 後は、門でアナスターシアを待つだけ。


(この国の環境が悪いのか?それとも、この領地の環境が悪いのか?)


 他の領地を見た事が無い為、比較は出来無い。

 だが、イータフェストの順位は、残念ながら王国最下位の領地だ。

 どうやら、優秀な人材は他の領地へと移住しているみたいだ。

 領地を繁栄しようにも、人材の流出、環境の悪化と、どんどんと悪い方向へと悪循環を生んでいる。

 ただ、僕が持っている情報(知識)を使えば、時間は掛かるが改善を出来る。


「僕が出来る事...それは、この領地を良くする事か!!」


 英雄への第一歩として、アナスターシアのように分け隔て無く平等に接する心を育む為、領地の環境を良くする事が命題だった。

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