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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
30/85

029 さくら

「“桜”、きれいだな」


 ヒラヒラと桜の花びらが風に舞う様子は、まるで踊っているようだ。

 その姿はとても美しく神秘的だ。

 散り行く花びらが儚くも、然も、生命の灯火を燃やしているかのように。


「...何でだろう?やはり、この場所が一番落ち着くな」


 この場所は、僕が新たに生まれ変わった始まりの場所だ。

 教会の裏にある“恵みの森”と呼ばれている広場。

 この広場の中央には、一際大きな桜の樹が咲いており、他の場所と比べても格段に空気中のマナの濃度が濃い。

 マナ以外にも、とても不思議な光が空間を満たしている神秘的な場所となっていた。


「マナに満ち溢れている、何だか不思議な場所...」


 マナが溢れているこの場所は、生命力も魔力も通常よりも早く回復させてくれる。

 そのおかげか、訓練を行うには最適な場所となっていた。

 僕が自分の事を“ルシウス”と認識(転生)してから、魔力の訓練を始めて五年。

 そして、身体を思うように動かせる年齢になってから、身体操作の訓練を始めて二年。

 自分が思い描いた英雄になる為にも、今自分が出来る事を、自分だけに聞こえる“記憶と思考”を司る精神体のプロネーシス(知恵核)と共に訓練をしていた。


『マスター。では、本日の訓練。身体操作の訓練を始めましょうか』

「うん!プロネーシス、頼むね!」


 僕の一日の訓練の始まりは、身体操作の訓練から始まる。

 これはプロネーシスと共に内容を考えた結果だ。

 僕はまだ成長期を迎えていない身体と言う事で、筋力トレーニングを行うのでは無く、柔軟や身体操作を中心に訓練を行う。

 この情報が嘘か本当かは解らないけれど、プロネーシスの“記憶”の中に、成長期を終える前に筋力トレーニングを行うと、背が伸びなくなると言う情報があった為だ。

 あくまでも推測になるのだが、僕自身はゲームキャラクターの姿をしている為、ゲーム時代に設定した通り身長が伸びて行きそうな気もしているけれど。

 だが、ゲーム世界が現実化した事で、設定との相違が生まれているかも知れない。

 現に、魔力そのものを自由意思を持って体外に放つ事が出来ている為、既にゲーム時代とは違っていた。

 そう言った経緯もあってか、先の事が見通せなくなってしまったのだ。

 万全を期する為にも元の世界の情報を取り入れて細心の注意を払って行く。


『では、マスター。先ずは、柔軟体操から始めて身体をほぐして行きましょう』


 身体の柔らかさは、自分自身の身体を操作する事において重要な部分を占めている。

 しなやかな筋肉は身体をイメージ通りに動かす為、更には、身体の可動域を増やす為に必要なのだ。


「了解!身体作りには柔軟が欠かせないからね」


 僕が三歳になって身体を思うように動かせる事を意識した時。

 僕自身の筋肉自体が発達していない事もあり、柔軟体操がすんなりと身体に馴染んでいった。

 股割りは地面まで隙間無く開脚が出来るし、立位したままの状態で左右の足をI字に広げる事が出来る。

 前屈も、お腹と太腿、胸と脛が、ぴったりとくっつくまで出来るようになった。

 この柔軟体操をする際は、かなりの時間を使い、怪我をしない身体作りの為に筋肉を丁寧にほぐして行く。

 それは、全身から汗が噴き出るまで行う事を一つの目安にして。


「ふー。だいぶ身体も温まって来たかな?そろそろ、次の訓練を始める?」

『はい、マスター。次は、身体操作の訓練へと移りましょう』


 僕が四歳になった頃。

 身体をだいぶ動かせるようになった時。

 実戦を積む事が出来無い僕は、プロネーシスから元の世界における格闘技の形(型)、構え、足運びの情報を“記憶”から取り寄せて訓練を繰り返して来た。

 その内容は八日単位でローテーションを組み、一日目空手、二日目ボクシング、三日目柔道、四日目休み、五日目キックボクシング、六日目合気道、七日目総合格闘技、八日目休み。

 この日々を繰り返し、訓練日と休養日を混ぜながら訓練を行って来た。

 一日ごとに違う種目を訓練する事で、脳や身体を活性化させる事が目的であり、固定観念や己の常識をぶち壊し、限界を作らない為だ。

 どれか一つを極めるのでは無く、全てにおいて極めて行く。

 決して、自分自身で可能性を潰さないのだ。


「了解!じゃあ、プロネーシスは補佐を頼むね!」

『はい。マスター』


 訓練を行う際、一日目の空手は、基本となる形(立ち方、移動、受け、攻撃)を覚え、挙動を繋げて繰り返す。

 この訓練において空手の形は全て実戦で役立つのか?

 もしも、役立つか、役立たないかの二択ならば、答えは“役立たない”になってしまうだろう。

 だが、全ての形を覚える事で、相手を想定した攻防のシミュレーションが行える。

 相手の行動に合わせた対処(形の当てはめ)と、想定した行動のイメージトレーニングが出来るのだ。

 更には、同じ動作を繰り返す事で、技の反応速度が上がって行き、受け、突き、蹴りと言った動作に、スピードやキレを出す事が出来るようになるのだ。

 ただ、実戦では想定した通りに戦える事など、ほぼ無いだろう。

 あくまでも形として身体操作の訓練を行い、技術強化の一環として訓練を行うのだ。


 二日目のボクシングは、構えの練習(利き手による動作の違いを生まない為にも左右交互に)、パンチの練習、足運び(フットワーク、ステップ)を繰り返す。

 構えに関しては右手主体でも、左手主体でも、どちらで構えても問題無いように交互にスイッチさせながら練習を行う。

 構えは、ピーカブー、デトロイト、ヒットマン、カウンターパンチャー、と大まかに四つの構えを主体として、その日ごとにスタイルを固定させて構えが身体に馴染むように繰り返す。

 此処で注意しなければならないのは、器用貧乏にならない事。

 今の僕は、当たり前だが遥か最後方さいこうほう

 どの構えを使用しても、その最高峰さいこうほうに位置するように全力で取り組む事だ。

 パンチの練習は、ジャブ、ストレート、フック、アッパーの基本からコンビネーションを交えて反復して行く。

 他にもパンチの種類はあるのだが、練習を行うのは基本となる四つのパンチに絞る事にした。

 足運びの練習は、フットワークやステップの、一つ一つの動きを丁寧に行い、頭で考えてから足が動くのでは無く、考えずとも身体が勝手に反応出来るように練習を行う。

 その際、決して動きが単調にならないように、変な癖が付かないように、プロネーシスに観察して貰う。

 そして、パターンをランダムに作成する事でそれを補い、感覚そのものが身体に馴染むまで訓練を繰り返して行く。


 三日目の柔道は、受身を基本とし、投げ、寝技のイメージトレーニングを行う。

 近接戦闘をする際、投げが使えるのと使えないのでは戦略の幅が全然違って来るからだ。

 その為にも柔道の投げを取り入れる事にした。

 ありきたりだが、大木に布を巻き付けて投げの動作を繰り返す練習だ。

 手が布で擦り切れて血塗れになったのは良い思い出。

 今では手の皮が分厚くなり、チョットやソットじゃあ血が出る事は無い。

 まあ、痛いのは痛いんだけれど。

 ただ、この世界には畳と言う物が無い為、剥き出しの地面の上で受身の練習を繰り返す事になった。

 僕がこの練習を始めた最初の頃。

 受身に慣れていない所為か、衝撃を上手く分散させる事が出来ずに自滅や怪我をする事が多かった。

 それも、土の上に小石などがあったのなら最悪だ。

 身体に小石が食い込み、骨や皮膚を容易に傷付けた。

 受け身で衝撃を逃すタイミングを掴むまで、ひたすら時間が掛かってしまい、一年と言う期間を設ける事で、ようやく衝撃を分散させる事が出来るようになった。

 今後の課題としては、受け身を取る場所がその場からでは無く、木の上から地面に落ちて衝撃を分散させる事だ。

 それで怪我をしないように受け身を取る事が出来れば完璧だろう。

 そこまで出来れば、谷底から落ちて崖にぶつかりながらも無傷で生還する事が目標ではある。

 投げや寝技に関しては練習相手がいない為、ほぼほぼ技の暗記だけとなった。

 正直、対人練習が出来ていない為、咄嗟の事態が不安な状態でもある。


 四日目は休養日の為、休む時にしっかりと休む。

 何事もメリハリが大事なのだ。


 五日目のキックボクシングは、ボクシング同様、構え、キック、足運びの練習を繰り返す。

 ただ、キックボクシングの構えに関しては、ボクシングみたいに細分化(明確化)がされていなかった。

 ベースとなる物は、空手主体か、ムエタイ主体かで分かれるが、重要になるものはパンチも蹴りも守りも出来る総合力だ。

 まあ、キックが主体の為、腕のガードの位置は特に決めずに、両足を前後に開いて、身体の重心が前後五:五になるように構えた。

 先ずは右足主体の時、肩幅まで両足を開き、左足を前に出して半身の姿勢を取る。

 左足のつま先は相手に正面を向け、右足は身体の外側に向けて軽く踵を浮かせる事がポイントだ。

 その際、膝を柔らかく使って、相手の前に出している左足をいつでも上げられるように構える。

 これらのポイントを踏まえて左右両方の構えを交互に繰り返し、身体や蹴り足がスムーズに動かせるようになるまで反復する。

 キックの練習は、ロー、ミドル、ハイ、膝、回し蹴り、コンビネーションだ。

 サンドバックが無い為、大木に布を巻き付けて蹴りの練習を行う。

 脛は青痣だらけになり、血が出る事もしばしば。

 その痛みの感覚を乗り越えるまで、脛が硬くなるまで、まるで、拷問を受けているかのようだった。

 言っておくが、そう言う性癖は持ち合わせて無い。

 これは、理想の英雄になる為にも必要な事だからだ。

 そして、足運びは、それぞれのキックが連動して出せるように、相手との距離を速やかに詰められるように、ステップワークを繰り返し練習を行う。


 六日目の合気道は、柔道同様、対人練習が出来無い為、受身の練習が中心ではある。

 合気道の技に関しても対人練習が出来無い為、情報による暗記のみだ。

 ただ、人体の構造を理解する為、力の伝わり方や受け流し方をプロネーシスから教わり、しっかりと理解して行く。

 人体の急所、関節などの構造上での弱点や長所などをだ。

 知っているのと知らないとでは雲泥の差。

 戦いにおいて断然有利に働く為、予習だけでも徹底して行う。


 七日目は総合格闘技。

 この訓練は、これまで練習してきたものを統合し、活用する練習だ。

 プロネーシスがその都度、僕の技量や習得度を管理してくれている為、足りない技術や錬度に合わせて練習内容を作成してくれる。

 週の日程の中で訓練しない他の格闘技でも、プロネーシスの“記憶”の情報ベースから引っ張って来れるので、まさに、この日は何でも有りの総合なのだ。

 正直、この日が一番大変な訓練となる。

 様々な状況に合わせて、身体だけでは無く、常に脳を動かし練習するからだ。


 このように、これだけ様々な格闘技を練習しても、実戦では活用出来ずに終わる事もあるだろう。

 全ての技術を修得する事は一生掛けても無理かも知れないし、訓練自体が全くの徒労に終わるかも知れない。

 そもそも魂位を上げてステータスが上がれば、技術云々では無く、力押しでどうにかなる世界でもある。

 ただ、力押しが通用するのは、格下相手にだけだ。

 僕自身、ゲーム時代オープンしてからまだ一年弱の世界と言う事で、自身のステータスと、武器の扱い(切り替え)と、魔法だけで乗り越えて来た。

(注意・プロネーシス曰く、僕は盛大な勘違いをしているそうだ。魂位や能力値、武器の扱い、魔法への理解、スキルや戦技アーツの習得度、これら全てが誰よりも突出し過ぎている為、誰が相手だろうが格下になっていたらしい。僕が、この事実を知るのは史上最強になってからの話になるのだが)

 では、自分と同等の相手には?

 更には、自分よりも格上の相手には?

 これは、それに対応する為の訓練であり、技術の修得なのだ。

 この世界に魔法や魔力がある事が、プロネーシスによるサポートがある事が、僕にとっての吉報だった。

 史上最強の英雄を目指す上で、努力が確実に“力”となる世界だからだ。

 その際、個人が持つ才能ギフトは、成長する上で重要なファクターでもあるが、あくまでも自身の努力が結果として身を結ぶ世界なのだ。


「プロネーシス、どうかな?だいぶ良くなって来たと思う?」

『はい。マスター。動きに関してですが、元の世界ならば、どの種目でも成人男性と同等程度には動けています』


 どうやら、身体の動きに関しては、成人男性の平均値同等程度には動けているみたいだ。

 今の年齢を考えれば、同世代からは突出した動きだろう。

 但し、それは動きだけであって、筋力などは別の話だ。

 単純に力負けしてしまう。


「でも、“動けているだけ”だと、この世界で通用するかが解らないんだよね?」

『はい。この世界には魔力やスキルが存在し、いわゆるレベルと呼ばれる魂位がある為、断定する事が出来ません』


 魂位が上昇すれば、それに伴い能力ステータスも上昇して行く。

 だが、今現在、自分のステータスをゲーム時代の頃のように簡単に確認する事が出来無いのだ。

 その為、自分自身の能力すら把握出来ていない状態となる。

 しかも、僕達が住んでいる教会には結界が張られている為、魔物すら近寄って来る事が無い。

 魂位そのものを上げる事が出来ていなかった。


「だよね。僕の能力ステータスも正確には解っていない状態だからね」

『はい。マスター。ですが、今後にマスターが対人物、対魔物を相手にして頂ければ私自身にデータとして記憶する事が出来ます。そうして蓄積させたデータを比較する事で大まかな数値として表す事が出来ます。但し、それを行う為には相当数のデータが揃わない限り、明確に解答する事は出来ませんが』


 プロネーシスの能力は、“記憶と思考”。

 データを記憶して行く事で、ゲーム時代と同様の擬似的なステータス画面を作る事が出来るそうだ。

 ただ、それには膨大な数のデータ(資料)が必要になるみたいだけど。


「データさえ揃えば...か。それなら、プロネーシスはこのまま継続してデータを蓄積して貰っても良いかな?」

『はい。マスター。お任せ下さい』


 無作為になるが、プロネーシスの空間把握能力を活かして、他人のデータを蓄積して貰う。

 だけど、僕自身、他人と能力を比べる事が出来無い為に、自分の強さや力量に悩んでいた。

 それでも、身体操作の訓練を始めてからは、自分自身の身体の動きを見れば、努力が身を結んでいる事だけは実感出来ていた。


「強さも、魔力量も、はっきりと解らないか...」


 僕の周囲に居る人物は、教会の修道員、もしくは、教会に住んでいる孤児仲間しかいない為、能力を比べる事が出来ていない。

 一応、魔力保有量ならば、アナスターシアと比較する事が出来るのだが、今の僕とそこまで差が無い為に、僕自身、多いのか少ないのか解らなかった。


能力ステータスに囚われても仕方ないか...身体を動かせてこそ、技術が伴ってこその能力ステータスだ。それに、僕が目指しているのは史上最強!こんなところで止まっている場合じゃ無いからね」


 半ば、自分に言い聞かせるように独り言を呟く。

 他人と比較する事の出来無い状況が、こんなにも歯痒いとは思わなかったからだ。

 だが、それを理解した上で立ち止まっている暇など無いのだ。


「よし!じゃあ次は、魔力操作の訓練だよね?」

『はい。マスター』


 今一度、心にも身体にも気合を入れ直す。

 ゲーム時代の時もそうだったが、NO.1を目指すのなら止まっている暇など無いからだ。

 僕が目指している目標は、史上最強なのだから。

 そうして身体操作の訓練が一通り終わったところで、魔力操作の訓練へと移って行く。

 だが、魔力操作の訓練に入る前に、プロネーシスに魔法についての確認をする。


「ねえ、プロネーシス。この世界は、ラグナロクRagnarφkが現実化した世界で良いんだよね?」

『はい。マスター。マスターがその姿のまま転生している事からも、この世界に魔力がある事からも確実です』


 プロネーシスがいる事からも、魔力を操る事が出来る事からも、この世界がラグナロクRagnarφkが現実化した世界である事は間違い無い。

 その事は明白なのだ。

 ただ、僕自身、魔力があるのにどうしても魔法が使えない。

 それは、何故なのか?


「今までは、魔法に対してイメージだけで発動しようと思っていたんだけど、魔法を発動するには呪文が関係あるのかな?」


 僕が転生した初日。

 現実化したゲーム世界を生き抜く為にも、この世界を満喫する為にも、魔法が発動出来るかが重要となるのだ。

 なんせ此処は魔物が蔓延る世界。

 魔法が使えるのと、使えないのでは雲泥の差が出てしまう。

 一応、ゲーム時代のキャラクターが魔法職だった為、魔法が使える事を前提に発動出来るかを調べていた。

 コンソールが使用出来無い状況や呪文を知らない現状、どうすれば魔法が発動してくれるのか?

 ぶっつけ本番で風魔法をイメージした時、魔法そのものは発動しなかったが、僕の魔力だけが減っていたのだ。


『マスターの言う通り、魔法を発動させる為には何か特別なモノが必要なのかも知れません。それが詠唱なのか、魔法陣なのか、魔法具なのかは解りかねますが。ですが、マスターが初めて魔法を発動しようとイメージした際、それに伴って魔力そのものを消費しておりました』


 プロネーシスでも、その理由や原因が解らないままなのだ。

 その為、僕が魔法を発動させるには、何か特別な条件があるのではと考えた。

 それが呪文だった。


「アナスターシアさんが、教会に結界を張る時は必ず詠唱をしているよね?」

『はい。マスター。魔法具による補助もあると思いますが、魔法を発動する際に呪文を詠唱しております。結界を発動した際、私が観測した現象からも魔力の変換を確認している為、間違いないです』


 プロネーシスは、アナスターシアが呪文を唱えて結界を発動させた際、魔力が変換されて魔法になった事を観測している。


「流石はプロネーシスだね!頼りになるよ!じゃあ、その時詠唱した呪文って覚えている?」

『はい。マスター。“白の女神 ヴァイスエイル 祈りと導き 癒しと安らぎ 神々の祝福に 生命の息吹 大いなる恵みに感謝を”です』


 プロネーシスは呪文を記憶してくれていた。

 これで、ようやく試す事が出来る。

 魔法を発動する事が出来るのかを。


「“白の女神 ヴァイスエイル 祈りと導き 癒しと安らぎ 神々の祝福に 生命の息吹 大いなる恵みに感謝を”!!」


 僕がプロネーシスから教わった呪文を唱えて行くと、体内の魔力が勝手に動いている事が解った。

 へその部分から両腕の方へと強制的に流れて行く魔力。

 そして、詠唱を進める度に自身の魔力が減っていた。

 この感覚はとても不思議なものだ。

 自分の意思で魔力を使うのでは無く、魔力が勝手に使われている感覚。

 これが呪文による強制力なのかと感じ取った。

 だが、やはりと言うべきか...

 魔法が発動する事が無かった。

 今回も、無駄に魔力を消費するだけで終わってしまったのだ。


「...発動しない?...魔法具が無いからか?」

『はい。マスター。その可能性は高そうです。アナスターシアも結界を発動する際は、あの魔法具(女神像)がある部屋のみで詠唱をしております』


 結局、今回もいろいろと試してみたが、魔法の発動には至らなかった。

 ただ、魔法具が目の前に無かったので何とも言えないが。

 それ以外にも何か原因があるのだろうか?

 ...解らない。

 プロネーシスと考えた結果、解らない事に時間を割くのでは無く、今出来る事を全力で行って行く。

 魔法は使用出来無いが、魔力は操作する事が出来るのだから。


「魔力そのものは、操作も、放出も、強化も出来ているんだ...それなら、僕が出来る事を、その練度をもっと高めて行くぞ!!」


 握り拳を作って自身のやる気を上げて行く。

 魔法が使えない事に落ち込んでいても仕方が無いからだ。

 僕は今一度、集中をし直して魔力操作の訓練を始めた。

 すると、何処からか、僕が居るこの広場へと微かに音が聞こえて来た。


「♪♪♪〜」


 僕は訓練中だと言うのに、何故かその音が気になってしまった。

 僕と波長の合う心地良い音。

 そして、何処か懐かしいような音だ。

 ふと気が付けば、耳を傾けて、その音に集中していた。

 どうやら、その音は誰かの歌声のようだ。


「歌声?...何だか、とても心地良い声だな」


 それはとても透き通った声で、メロディーが繊細ながらも此処までハッキリと聞こえて来た。

 僕にとって、とても心地良い歌声だ。

 すると、歌声の聞こえる方へと自然と歩を進め、僕の身体が歌声に導かれるように引っ張られる。

 近付くと、徐々にハッキリして行く歌声が僕の全身を駆け巡った。

 その歌声は、耳を通して脳に直接響き、身体中の感覚を刺激して来る。

 まるで、心臓を鷲掴みにされたような圧迫感があり、全身を刺激される事で興奮した脳は、五感と言う感覚を際立たせた。

 眼に映し出す視覚から耳で捉える聴覚。

 全身がゾワゾワと震え出す触覚。

 何故か、歌声から匂いや味を噛み締める嗅覚や味覚。

 それらの感覚が敏感に冴え渡って行く不思議。

 気が付けば、僕は口が半分程開いたままその場から動けずに立ち尽くしていた。

 聞こえて来る歌声に、心も身体も奪われていたのだ。


「...」


 僕が記憶している中で、今までに歌声で心を奪われた事は、転生前も合わせて一度だけしか無い。

 だが、今回も、その時と同じような衝撃を受けていた。

 どうしても抑える事の出来無い感情が昂ぶっている。


「あれっ?涙?...僕は...泣いて...いる?」


 涙が優しく頬を伝う。

 どうやら、僕は自分でも気付かない内に泣いていたようだ。

 だけど、この涙は、心や身体が辛くて泣いている訳では無かった。

 感情を動かされた“感動”で泣いていたのだ。

 僕が歌を聴いて涙する事は、これで人生二度目。

 優しくも、透き通る歌声に衝撃を受けながらも、自然と歌声を発する主に近付いて行く。

 すると、目の前の事実に更なる衝撃を受ける事になった。

 それは目の前で唄っている声の持ち主が、僕と背丈の変わらない子供だったからだ。


「まさか、子供が...唄っていたのか?」


 声だけを聞いても想像が出来なかった。

 しかも、その後ろ姿しか見えない。

 だが、太陽の光に照らされたその姿は、とても美しい光景に映った。


「歌に呼応して魔力が溢れているのか?だけど、この歌...何処かで...」


 もしかしたら、この記憶は僕の気の所為かも知れない。

 だけど、その聞こえて来る歌声は、何処か僕に懐かしさを思い出させてくれた。

 これは、僕が記憶していたメロディーなのか?

 それとも、アナスターシアが唄ってくれたメロディーなのか?

 そのどちらかは解らなかった。

 だけど、僕が唯一“知っている”歌だ。

 記憶を辿って行く。

 頭に浮かぶメロディーと重なる歌声。

 僕は、その子供の歌声に合わせるように鼻歌でメロディーを鳴らした。


「「♪♪♪〜」」


 すると、突然。

 目の前で唄っていた子供は、僕が鼻歌で鳴らしたメロディーに驚きつつ慌てて僕の方へと振り返った。


「っ!?」


 声にならない音が喉を鳴らしている。

 しかも、何処か恥ずかしそうな態度でオロオロとしていた。

 明らかな挙動不審だ。

 そして、歌声を他人に聞かれた事が恥ずかしそうに、咄嗟に両手を顔の前へと被せた。

 そのまま顔を下に伏せてしまった。

 そこで、ようやく僕は、目の前の子供が誰なのかを認識する事が出来た。


(あっ!?...あの子は)


 目の前にいる子供は、教会で一緒に育った同じ日に生まれた女の子。

 “さくら”だ。

 成長したその姿は僕と同じくらいの身長だと思う。

 しかし、相手の表情が全く見えない。

 もともと前髪で顔の上半分を覆っている為、両手で顔を隠されてしまったのなら尚更だ。

 彼女は普段から、自分に自信が無いのか、常に表情が隠れるように下を向いていた。

 明らかに人と関わる事が苦手だと解る立ち居振る舞いだ。


「驚かせて、ごめんね」

「...」


 女の子に問い掛けるが、彼女は喋らずに黙ったまま。

 どうやら、よく見れば、身体が少し震えているようだ。

 僕が突然話し掛けた事で、彼女に恐怖を与えたのかも知れない。

 もしくは、人見知りで緊張しているだけなのかも知れない。

 だが、そうなると、これ以上どう接すれば良いのかが解らなかった。


「どうやら、邪魔...しちゃった(?)みたいだね。...ごめんね」


 相手の表情が見えない為、その反応が解らない。

 正直、邪魔をしたのかも解らないけど、彼女が気持ち良く唄っていたところを中断させたのは僕だ。

 ...悪い事をしてしまったな。


「...僕は広場に戻るね。でも、とても素敵な歌声だったよ」

「っ!?」


 ああ、何も言わずに立ち去った方が良かったのかな?

 でも、最初に話し掛けたのは僕で、彼女の邪魔をしたのも僕だ。

 その為、一言、断りを入れてから離れることにした。

 もしかしたら、他人がいると唄えないのかも知れないし、これ以上邪魔をしてはいけないと思ったからだ。

 僕は、女の子から離れて再び魔力操作の訓練に戻って行く。

 あの桜の樹が咲いている広場へと戻って。


「...でも、凄かったな」


 先程の光景が頭から離れない。

 崖のような切り立った場所で、一人佇む少女。

 見える部分は後ろ姿だと言うのに、丁度後光が差し込んで神々しく瞳に映った。

 歌と共に揺らめぐ魔力が彼女の周囲を漂い、空間を捻じ曲げる程の神秘性。

 あれは、天使だ。

 そう思わざる得ない美しさ。


「とても美しく、綺麗だったな...」


 僕はそんな事を考えながら、魔力操作の訓練に戻った。

 此処からはプロネーシスと協力しながら、トライ&エラーを繰り返し、理想とする形に正して行く作業だ。

 魔力操作は、体内の魔力を全身に広げたり、部分的に集めたりとそう言った訓練を行う。

 魔力を身体に広げる事で、部分的に集める事で、身体機能そのものを強化する事が出来る為だ。

 すると、この広場に近付いて来る人物が居た。


「...ここで、何をしているの?」


 その人物は、先程離れたばかりのさくらだった。

 声が少し震えているのだが、それでも、聴き入ってしまう声に感じた。

 どうやら、唇を横に噛み締めている事、震えた両手を胸の前で合わせている事からも、此処まで来るのに相当な勇気を振り絞ったのだろう。

 正直、僕はこの時。

 彼女から声を掛けられる事など無いと思っていたので、こうして話し掛けてくれた事自体がとても嬉しかった。

 どうしよう?

 変にニヤけていたら恥ずかしいな...


「えぇっと...これは、イメージトレーニング?をしているんだ」


 僕は誰かに魔力訓練をしている事を知られたくなかったので、曖昧な表現で濁す事にした。

 傍から見れば、瞑想しているようにしか見えない筈なのだから。


「イメージ...トレーニング?...じゃあ、この周りを動いている光は?」


 イメージトレーニングとは、頭の中でシミュレーションする訓練の事だ。

 だけど、女の子は、僕がしている事が、ただのイメージトレーニングと違う事を理解していた。

 

「!?この光が見えているの?」


 どうやら、この光が魔力だと認知している訳では無さそうだ。

 だが、魔力そのものを可視化して見えているようだ。

 これは人によって色の見え方が異なるように、魔力(色彩)を捉える眼が良いのかも知れない。

 それとも、共感覚のような音や匂いなどを色で見る事が出来る能力なのかも知れないけど。


「うん。...えぇっと」


 女の子が、何かに困っている様子だ。

 どうしたんだろうか?

 んっ?

 何だろう?

 手が空中を泳いでいる?

 これは何かを探っている感じか?

 ...僕の名前?

 それとも、呼び方に迷っているのか?


「...ルシウスだよ。僕の事は、ルシウスって呼んで」


 気が付けば、僕は笑顔で答えていた。

 自己紹介なんて、いつ以来の事かな?

 この感じ、何だかとても懐かしい。


「ルシウス...」


 名前を聞いた女の子は、僕の名前を噛み締めているように見えた。

 気の所為かも知れないけど、何処か嬉しそうな感じに。

 まあ、これが僕と同じ気持ちだったら嬉しいけどな。


「...私は...さくら」


 僕は、女の子の名前を既に知っていた。

 同じ日に生まれて、同じ場所で育っている、何だかとても気になる存在だからだ。

 前髪で顔半分が隠れている為、その表情が全て見える訳では無い。

 だけど、お互いの名前を伝え合った時、何処か女の子は照れているように感じた。

 この時、自分の事を俯瞰して見れる訳では無いので解らないけど、きっと僕も同じような顔をしていたと思う。

 だって、この世界で初めての友達が出来たのだから。


「さくら。この広場に咲いている桜の樹と一緒で、とても素敵な名前だね。さくらって呼んでも良いのかな?」


 この国では、一際、珍しい名前だ。

 国の文化が違う場所で唯一の日本名だから。

 その所為か、僕からすれば、とても懐かしさを覚えるものだけど。


「うん。私も...ルシウスって呼んでも良いかな?」


 さくらの声のトーンが、今までよりも明るくなったように感じた。

 これが思い違いなら恥ずかしいけど、少しは僕に気を許してくれたのかな?

 そうだったら嬉しいんだけどな。


「うん!これから宜しくね!」


 そもそも前髪で顔が隠れている所為で表情が見えないのだが、さくらは、更に顔を隠すように俯いてしまった。

 僕には、さくらの気持ちが解らない。

 だけど、小さく頷いてくれた事で、拒否はされていないと思う。

 それに僕は、初めて自分の名前を呼んで貰える友達が出来た事がとても嬉しかった。


「さっきの質問に戻ると、この光は、さくらが唄っている時にも出ていた光だよ」

「...私が唄っている時にも...光が?...そうなの?」


 キョトンとした反応。

 どうやら、本人は気付いていないようだが、さくらが唄っている時、全身に魔力を纏っていた。

 しかも、その歌(感情)に合わせるように魔力が揺らいでだ。

 もしかして、歌による魔力訓練を自動的にしているのか?


「うん。そうだよ。この光は...魔力と呼ばれるものなんだ」

「...魔力?」


 頭の上に、見えないハテナマークが見える程、その仕草に疑問を浮かべていた。

 それは、そうだろう。

 教会には魔法を使える人物が少なく、魔法に関する事を教えている訳でも無いのだから。

 そもそもが初めて聞く知らない言葉なのだから。


「そう。魔力だよ。簡単に言えば、魔法を使う時に必要になる力なんだ」

「魔法を...じゃあ、ルシウスは魔法が使えるの?」


 魔法と言う言葉を聞いて、さくらが驚いた。

 これは、魔法が、どういうものなのか知っているのかな?

 それとも、自分の知らない言葉を聞いて驚いただけなのか?


「僕は...魔法は使えないんだ」

「あっ...」


 さくらは、僕の反応を見て顔を伏せた。

 それはきっと、僕の顔が曇っていたからだろう。

 そうか。

 人は自分の合わせ鏡と言うけど、こう言う事なんだな。

 これからは自分の嫌な感情を表に出しては駄目なんだ。

 やはり、魔法が使えない事は僕にとってショックな事実だ。

 でも、その事に囚われて、いつまでも嘆いていても仕方が無いのだから。

 魔法が使えなくても、魔力操作は出来るのだから。

 魔力を塊で放出すれば、攻撃魔法の代わりになる。

 魔力を身に纏えば、身体能力を強化出来るのだから。

 それに僕が魔法を使えない事は、さくらには関係が無い事だから。


「じゃあ、私も...魔法使えないのかな?」

「う~ん、はっきりとは言えないけど、魔力量がそれだけあるなら、すぐに使えるようになると思うよ?」

「そう...なの?それは...魔法が使えると、良い事なの?」


 魔法が使える事が良い事なのか?

 この疑問が出ると言う事は、魔法の事を知っている訳では無さそうだ。

 僕みたいに魔力があっても魔法が使えない場合があるので、正確には答える事が出来無い。

 だが、可能性は十分にあるだろう。

 今現在、さくらの魔力量はアナスターシアより少ないくらいなのだから。

 何故それ程の魔力量があるのかは解らないけれど。

 現時点での魔力量で比べるなら、僕>アナスターシア>さくらの順番となる。


「それは、魔法が使えた方が良い事だと思うよ。この山は結界が張ってあるから安全だけど、外には魔物がいるからね。自分の身を守る為にも、生活を豊かにする為にも、魔法は必要な事だと思う」

「...そうなの?でも、ルシウスが言っている事は、何だか難しいね」


 実際に、教会の外に出た事は無いので憶測の話になるのだが、この世界はゲーム世界が現実化した世界だ。

 当然、この世界に魔物が居るものだと考えている。

 だが、さくらにはそれが伝わらなかった。

 それもそうか。

 僕は元の世界の知識に、この世界の知識、その両方を持っているのだから。

 それにプロネーシスの情報もあるのだ。

 それに対して、さくらは、まだ5歳。

 僕は同い歳と言う事が嬉しくて我を忘れてしまったが、独りでに熱量をもって話してしまったのだ。

 急にこんな話をされても、普通は理解出来無いだろう。

 どうやら、気持ちが舞い上がっているみたいだ。

 これも気を付けないとな...


「ごめん。一人で話しすぎたね。今の話は、聞き流しておいて」


 僕は、さくらに頭を下げて謝った。

 だが、その後直ぐに気恥ずかしさを隠す為にも手をパタパタと動かしばがら誤魔化して。


「...そう言えば、さくらは、どうしてここに来たの?」


 そうだ。

 僕が聞きたかった事は、違う場所で唄っていたさくらが、何故、この広場に来たのか?

 話が脱線してしまい、魔力の話になってしまったが、唄う事を止めてまで、此処に来たのには理由がある筈だ。


「それは...私が唄っていた歌について聞きたい事があって」

「さくらが、唄っていた歌?」


 前髪で表情が見えないのだが、さくらが顔をそらして答えた。

 両手も、胸の前で不規則に動き、何だかモジモジしている。


「さっきの歌を、ルシウスが何故知っているの?」


 さくらが、僕の顔を下から覗くように見上げた。

 胸の前で握り直した両手が震えている。

 どうやら先程、さくらが唄っていたメロディーに合わせて、僕が鼻歌でなぞった事を聞きたかったらしい。

 僕は、その歌を思い返すように天を仰いだ。


「あの歌は...何処で、聞いたかは覚えてないんだけど、僕が唯一、“知っている”歌なんだ」


 これまでアナスターシアが僕に唄ってくれた歌は、数知れない。

 どれも良い歌で、その全てが聞いていて心地良いメロディーだ。

 今では歌のメロディーが流れれば、一緒に口ずさむ事が出来る程には覚えている。

 だが、歌を覚えているだけなのだ。

 さくらが唄っていたメロディーのように、僕の記憶に、鮮烈に刻まれている訳では無い。

 それを僕が何処で聞いたのかは、思い出せないのだが、僕の記憶が“知っている”のだ。

 覚えているのでは無く、“知っている”と言う矛盾。

 自分で考えても良く解らない...

 だけど、この歌には何か深い“想い”があるのは確かだ。

 僕は、さくらを真っ直ぐ凝視めてそう答えた。


「僕にとって...とても大切な歌なんだ」

「えっ?ルシウス!?」


 さくらが僕の表情を見て驚いていた。

 急にどうしたんだろう?

 ワタワタと慌てるさくら。

 戸惑いながらも僕の瞳を凝視めていた。

 瞳?

 それは、気が付けば僕の目から涙が零れていたからだった。

 歌を思い返しただけだと言うのに、心の底から感情が刺激されているらしい。


「あれっ?また涙が...」


 頬に伝う涙を指で拭う。

 これは今日だけで二度目の涙。

 何処か懐かしい絆を感じたように、心の底から温まるような、そんな温かい気持ちの表れだ。


「ルシウス、大丈夫?」


 さくらが心配をして、僕の前でオロオロしている。

 他人の涙を見るのは、初めてなのかも知れない。

 僕はこれ以上困らせては不味いと思い、直ぐに笑顔を作って笑い掛けた。


「...大丈夫だよ」


 手で、オロオロしているさくらの動きを静止する。

 ただ、僕の頭の中では先程さくらが唄っていた姿が反芻していた。

 さくらに後光が差して、その歌に合わせて魔力が揺らめく姿。

 それは、人ならざる神の遣いのように。


「でも、お願いがあるんだ。どうしても、もう一度だけさっきの歌を聞かせて欲しいんだ。さくらに唄って欲しいんだけど、頼んでも良いかな?」


 僕は、さくらの真正面を見据えて、しっかりとお願いをした。

 これは僕の我儘だ。

 断られても仕方の無い事。

 だけど...

 それでも...


「...歌を唄えば、いいの?」


 さくらは首を傾げながらも、僕のお願いを否定する事なく受け入れてくれた。

 僕の気持ちを察するかのように、優しく温かい声色で。


「...うん。さくらの唄が聞きたいんだ」

「じゃあ、近くで見られるのは恥ずかしいから、少し離れてもいい?」


 さくらは唄う事を気兼ね無く了承してくれた。

 ただ、僕と近い距離で唄うのは恥ずかしいからと、距離をお互いに取って。

 そうして準備を整えて、さくらが唄い始める瞬間。

 この広場に優しい風が吹き抜けた。

 桜の花びらが宙を舞う。

 光の反射に、視界を埋め尽くす程の桜吹雪。

 それに合わせて、さくらの口が開いた時。

 一瞬刻が止まったかのように、その場の空気が変わっていった。


「♪♪♪~」


 さくらが歌を唄う。

 揺れ動く魔力が周囲を漂い、然も、生命の煌めきを映し出すかのように。

 その姿はとても美しく神秘的だ。

 歌に合わせて魔力が揺らいでいる姿は、まるで踊っているようだ。


「“さくら”、きれいだな」

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