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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
29/85

028 新名と新生

 “ルシウス”

 それが、僕の新しい名前だ。

 5年と言う歳月を得る事で、すっかりと馴染む事が出来た名前。

 ただ、僕がゲーム時代のキャラクターに命名したルシフェルに似ているのは気の所為なのかな?

 と言うか、こんなにも名前が似る事ってあるのか?

 まあ、今となってはそんな事を気にしても仕方無いんだけどさ。

 このルシウスと言う名前は教会の最高責任者である、青色修道服のアナスターシアが命名してくれた名前だ。

 アナスターシアは、僕を森から拾ってくれた金髪の女性その人である。

 そして、この教会には僕みたいな親のいない孤児が沢山住んでいた。


(僕がこうして生きていられるのも、アナスターシアさんに拾われたからだよね...見ず知らずの赤児を育てるのって考えるよりも大変なんじゃないかな?)


 元の世界でも、親のいない孤児は数え切れない程いた。

 それでも里親になってくれる人、養子に迎え入れてくれる人は限られていた。

 見ず知らずの子供を育てるのは、お金が掛かるのは勿論、労力が途轍も無く掛かるものなのだから。

 決して、人の善意だけでは成り立たない行為なのだ。


(元の世界では、結局アナスターシアさんみたいな人物に出会う事が無かったもんな...僕は、施設や病院で育って来たけど、皆、国からの補助金がありきだったもんね...)


 知らない他人に衣食住を提供する事は、慈善行為だけでは出来無い。

 そこには、自分の利益に繋がる部分が無ければ難しい事だからだ。

 他人の為に衣食住の三つを揃えるのは、そのバランスも大切になるのだから。


(本当...お金が幾らあっても足りないもんな。子供を育てるって、大変な事だよね)


 “衣”に関して、子供の成長は早い為、衣服を揃える事が大変だ。

 誰かからの御下がりを貰えるなら別だが、何も無いゼロから揃えるとなると、お金は煙のようにあっという間に消えて行く。

 しかも、子供は衣服を汚して行くものだ。

 ボロボロになってしまえば、周りの視線も気になって来る。

 その為、同じ服を着続ける訳には行かない。

 替えの洋服を数日分用意し、成長したらその都度、変更しなければならないのだから。


(まあ、僕は替えがあったと言っても、ほぼ通院着だけだったかな)


 “食”に関して、食事を用意するには食材費、それらを調理する時間が掛かる。

 ただ、食べるだけで済むなら、最低限で問題は無いのかも知れないが、栄養を考えるならば、バランスの良い献立を、お肉、お魚、野菜、穀物と揃えなければならない。

 更には、その人の健康を考えるならば野菜中心で食事を取り、摂取量から栄養の内含量までを考えた食育をしなければならない。

 食事を行うだけでも考え出したらキリが無いのだ。

 勿論、美味しさを求めれば、更に手間が加わる事になる。


(僕は、ずっと点滴だったな...)


 “住”に関しては、人の生活の基盤となる部分。

 自分の生活を守る為にも、自分と関わりを持つ者の生活を守る為にも、住居があるのと無いのでは生きていく上で雲泥の差。

 だが、例え住む場所が無くても人は生きて行けるものだ。

 まあ、その場合、命の保障や寿命を削っている訳だけど。


(自分の家があるのは羨ましいよね...いずれはマイホームに住みたいけど、皆と離れるのは寂しいな)


 それから子供を育てるとなれば、教養も必要になって来る。

 親が、ずっと生き続けて子供を養う事は不可能な為、遅かれ早かれ、成人後には必ず自立をしなければならない時が来るのだから。

 但し、生きて行くだけなら、環境に適応する能力と最低限の知識があれば事足りる。

 それに贅沢をしなければ、仕事を選ばなければ、大抵は何とかなるのだから。


(本人の感情を抜きにすれば、仕事を選ぼうとしなければ、生きる上ではどうにかなるもんね)


 これらの条件を踏まえた上で、余裕がある者だけが、子供を引き取ると言う選択が出来るのだ。

 尤も、元の世界と、この世界では、価値観そのものが違うのかも知れないが。


『はい。マスター。通常ならば、お金も労力も掛かる為、誰かを養うと言う行為は大変な事だと思われます。先ずは、裕福な事が大前提になるかと思います。ですが、この教会には、そんな余裕がある訳ではありません』


 僕が教会に住み始めて解った事は、元の世界よりも文明レベルが、かなり低くなっている事だ。

 もしかしたら、この教会が所在している地域(国)限定なのかも知れない。

 もしかしたら、この教会限定の話で、都心とは掛け離れた、ど田舎なのかも知れない。

 それは、他の場所を見た事無い僕にとって、今現在では解らない事。

 だが、この教会の中だけで考えるならば、明らかに劣悪な環境なのだ。

 衣食住のどれをとっても、現代社会のものとは比べる事も出来無い程に。

 着る物に関しては、皆で同じ物を使い回している。

 流石に、上の立場の人達は違うけども。

 食事は最低限。

 栄養も、健康も、何も無い食事。

 まあ、それしか作れないのだから仕方が無い。

 住む場所である教会に関しては、広さがある事が救いだ。

 ただ、建物の至るところに隙間風が吹いたり、老朽化(?)をしているけれども。

 此処は、現代社会みたいな娯楽や趣味嗜好の無い環境。

 そういう状況下でも、皆は今の生活を必死に生きていた。


(そうだよね...教会の中にいると、いろいろ見えて来るもんね)

『はい。マスター。教会に住まわれている方々は、このような環境下でも逞しく生きておられます』


 僕達が住んでいる教会は、木造建てで三つの建物に分かれている。

 中央の建物が講堂になっており、神に祈りを捧げる場所。

 左右の建物は、居住区と、孤児院に分かれている。

 左が居住区。

 右が孤児院。

 居住区に住むのは、5名の黒色修道員と、従者の灰色修道員10名の、計15名が住んでいるらしい。

 行った事も、会った事も無い為、どうなっているのか解らないけれど。

 孤児院には、教会の責任者であるアナスターシアと、その従者の灰色修道員であるメリルとメリダ。

 拾われた僕。

 同じ日に生まれた赤児の女の子に、その赤児の母親。

 それから、灰色修道員数名と、世間体的には修道員見習いとしている親のいない子供達。

 この親のいない子供達は年齢がバラバラなのだが、僕を含めてアナスターシアに拾われて来た子供達だ。

 アナスターシアは教会長でもあり、孤児院長でもあった。


(教会自体は、かなり広いけど、この建物自体、歴史を感じる古さ?だよね)


 自分の知識が子供の頃で止まっている事もあり、そのイメージを正しく言葉で言い表す事が出来無い。

 だが、この教会は、何年も、何十年も、何百年も経っている雰囲気だ。

 木造で出来ている所為か、至るところが「ギシギシ」と音を鳴らしていた。


(今にも壊れてしまいそうな建物だけど、何故か、これ以上は壊れないんだよね...)


 壁に隙間風が吹く穴が開いていたりするのだが、それ以上穴が広がる事が無い。

 更には、建物が壊れる事も無いのだ。

 床も「ギシギシ」と音を立てるのだが、一度も底が抜けた事が無かった。

 まるで、建物の状態が時を止めて固定されているような、そんな不思議な感覚だ。


(...そろそろ、自由時間になる頃かな?)


 僕は今、孤児院の大部屋にいる。

 時間で言えば、鐘の音から考えて15時を知らせた頃。

 太陽が真上を昇った後で、まだ部屋の中にも日が差して暖かく感じる。

 この部屋の中には僕以外にも、同じ日に生まれた赤児の女の子、その女の子の母親が一緒にいた。

 その女の子と此処で会うようになってから知ったのだが、女の子の名前は“さくら”と言う名前だ。

 この教会内では、とても浮いた名前。

 僕からすれば、元の世界の言葉(日本語)であり、とても馴染みのある言葉だ。

 何でも名付けの理由が、女の子の母親の好きな樹が“桜”なのだと。

 教会の裏山の僕が拾われた広場に生えている大樹こそが桜の樹であり、赤児の女の子が、とても綺麗な桜色の髪色をしている事も由来している。

 まさか、この世界でその言葉を聞くとは思っていなかったけれど。

 だが、考えてみれば、此処は元の世界を基に創られた擬似世界が現実化した世界だ。

 ゲーム時代にも、至る場所で桜の樹を何度も見て来た。

 その為、ある意味、不思議では無いのかも知れない。


(“さくら”...とても懐かしい響きだな)


 その子の母親も、同じ桜色の髪色をしていた。

 赤児の女の子よりも濃いピンク色をしているけれど。

 母親の名前は“アプロディア”。

 アナスターシアと言い、母親のアプロディアと言い、この二人は、ずば抜けた美貌の持ち主だ。

 元の世界を知っている僕でも、プロネーシスの持っている古今東西の情報を合わせても、誰よりも見た目が整っている事が解る。

 それは、女神を彷彿させる程に。

 どちらもまだ若く見えるのだが、アプロディアは子供を産んでいるように見えなかった。


(20歳くらいに見えるけど、一体、何歳なんだろう?)


 今のところ年齢は解らなかったけど、アプロディアの性格はとても優しく、他の人と時間の流れが違うように、誰よりもおっとりとしていた。

 ただ、僕にはアプロディアがこの教会でどのような役割をしているのかが解らなかった。

 それは、アプロディアが修道服を着ているところを一度も見た事が無いからだ。


(修道員?...とは違うんだろうな)


 教会での立ち振る舞いや、アナスターシアとの関係性から、個人としての立場が高い人なのかも知れない。

 だが、それと言って横暴な態度を取っているところを一度も見た事が無い。

 ましてや、自分の子供以外の僕にも母乳を分けてくれていた人物だ。


(アナスターシアさん。アプロディアさん。この二人がいなかったら...僕はこの世界でも生きる事が出来なかったんだろうな...)


 グッと手に力を込め、深く目を閉じた。

 僕の心の中では、二人に対しての最大限の感謝が溢れていた。

 僕は、二人の為なら、この教会の為なら、その全てを捧げて恩返しをする。

 二人には、ずっと笑っていて欲しいから。


(あ、アナスターシアさんが戻って来た)


 一通りの作業を終えたアナスターシアは、自由時間になると楽器を持って僕達がいる大部屋へとやって来るのだ。

 本人の息抜きの為、そして、僕達は憩いの時間として。

 その歌声や演奏は、毎回違う音色を聴かせてくれる。

 元の世界で例えるなら、基本はバラード中心なのだが、ポップ、ジャズ、ラテン、そのジャンルは様々なものだ。

 流石に、ロックみたいな激しいものは無いけれど。

 何気なく聞いている分には、その音色は自然と一体化したように、僕達の生活や感情の邪魔をしない。

 だけど、一度歌声や演奏に集中してしまえば、その音に勝手に惹き込まれてしまうもの。

 これは、ゲーム時代にも思っていた事なのだが、“歌”には何か特別な力を感じる。


(歌い手の感情(?)に左右されるように、歌そのものに魔力が宿っている?)


 だが、この不思議な力は全員が持てる訳では無さそうだ。

 ゲーム時代の頃、まだ吟遊詩人のような職業は実装されていなかった。

 それに、アナスターシア以外の人が歌っても、同じような力を一度も感じた事が無かった。

 メリルやメリダが、一緒に演奏して復唱をする時があるのだが、二人からは特別な力を何も感じない。

 まあ、僕からすれば、二人ともかなり上手さを感じるのだけれど。

 どうやら、歌に不思議な力を宿すには、歌の上手さや下手さが関係している訳では無さそうだ。

 そのアナスターシアに関しても不思議な力に波があると言うか、不思議な力が出ている時と、出ていない時がある。


(この差は、一体何なんだろう?)


 そして、不思議な事に。

 その力が込められた歌が聞こえて来る時、赤児の女の子も僕と同じように反応を示すのだ。

 楽しい時は、楽しそうに。

 悲しい時は、悲しそうに。

 女の子は歌に合わせて、その感情が表情に乗る。

 まるで、歌の機微を感じ取り、喜怒哀楽を強制的に受容してしまうように。

 目の前で聞こえて来る歌は、僕には解らない不思議な力。

 然も、魔法のような不思議なものだ。

 女の子には、これが何の力なのか解っているのかな?


(まあ、解る事は、女の子は歌が好きって事だね)


 時間を掛けて、ようやく覚える事が出来た新しい言語。

 この教会の言語は、プロネーシスが言うにはドイツ語に似ているものらしい。

 これが、この世界の共通言語なら良いのだが...


(この世界が元の世界を基盤にしているなら、やっぱり、地域ごとに言語も変わるのかな?)

『はい。マスター。その可能性は高いと思われます。この世界は元々地球の擬似世界として創られた世界です』


 この現実化した世界ユグドラシルは、ゲーム時代の頃、仮想世界で地球と同じ感覚を楽しめる擬似世界を目指して創られていた。

 その擬似世界に魔法と言うファンタジーが加わっているのだが、生態系や環境などは、全て地球を参考に創られたもの。

 そこにはゲームオリジナルの要素が多数加わっているのだが、現実化した際に、新たな生態系や環境として、その生命が吹き込まれていた。

 今ではもう、地球と似ているが地球とは違う世界。


(まあ、この世界の全てが知った訳では無いから、解らなくても仕方ないか)

『はい。マスター。せめて世界地図でもあれば良かったのですが、ここは一度壊れてしまった世界。この世界独自の新たな文明が出来ていると思った方が宜しいかと思われます』


 この世界に転生して5年が経つが、世界の全貌が見えた訳では無い。

 周辺の地図すらも無い世界。

 衣食住に関しても、時代が統一されておらず、ほぼ最低限の生活が出来ればになっていた。


(これに関しては、早めに改善して行きたいよね...だけど先ずは、自分の事が先決だね!)

『はい。マスター。私達はアナスターシア様の善意のおかげで生きられています。私に関しては、存在は意思のみなので問題ありませんが、マスターに何かあった場合は共に機能を失います』


 僕自身に何か合った際は、精神体の一部であるプロネーシスにも同じ事が起こる。

 死ぬ時は、精神体の一部も共に死ぬのだ。


(教会付近は結界が張られているから大丈夫だけど、この世界が平和な世界とは限らないし、何よりも魔法があるファンタジー世界。この先どうなるかは解らないもんね...)

『はい。マスター。今後の為にも、不測の事態には備えて行きたいですが、先ずは、現状出来る事をして行きましょう』


 過去、現状、未来、そして、この世界の事を解っていない。

 だが、僕が今出来る事をして行けば、いずれその行為が自分自身の安全を確保する事に繋がる。

 そして、周囲の安全を確保する事にも繋がるのだ。


(僕の能力を上げる事が、自身を護る事にも、周りを護る事にも、繋がって行くからだよね?)

『はい。その通りです。今はアナスターシア様の御好意に甘えて、マスターの生活を保護させて貰い、マスターは自身の能力強化に努めて行きましょう。その為にも魔力訓練が必須となります』


 やる事は単純明白だ。

 僕が目指す目標は、“史上最強の英雄”。

 優先すべき行動は、自身の能力強化なのだから。

 現状、教会から離れて魔物を倒しに行く事が出来無い。

 そうして魂位を上げられない状態ならば、能力を継続的に使用する事で強化を行う。

 身体を思うように動かせなかった赤児の僕は、訓練する内容を魔力強化に絞って。

 体内に存在する魔力をオド。

 対外に存在する魔力をマナと言う。

 僕は、そのどちらに対しても制御が出来るように訓練を開始していた。

 そして、魔力を使用する上で重要になるのが総魔力量。

 魔力を増やす訓練は毎日が体調不良の継続だった。

 総魔力量を上昇させる為には、魔力枯渇が条件だったからだ。


(魂位を上昇させる事以外で総魔力量を増やすならば、赤児の状態の方が好都合だったりするもんね)

『はい。マスター。動けない赤児の時の方が、魔力量を増やす為の条件を達成し易いです。魔力枯渇に陥り、身体が動けなくても不自然ではありませんので』


 動けない赤児の状態を、逆利用する魔力増量。

 魔力枯渇の状態に陥る事で、空の器を魔力で満たす(回復する)際に総魔力量が増えて行く。

 その為、魔力操作の訓練で魔力の使い方を身体に馴染ませた後、最後に魔力を全て使い切る事で効率的な訓練が出来る。

 起きている間は出来る限り魔力に触れている状態を保つのだ。


『では、マスター。魔力操作の訓練を始めましょうか』


 魔力に関しては元の世界に無かったものだが、プロネーシスの記憶には、ゲーム時代の情報が全て記憶されている。

 更には、元の世界の情報も、その全てを記憶している。

 それは、ネットに掲載されている日常に至る事から、歴史、教養、医療、科学、軍事と、あらゆる知識、情報を記憶しているのだ。

 そして、記憶(情報)から導き出した効率の良い魔力操作の訓練を三つの構成に分けて訓練を行う。

 一つ、魔力を体内に流し、全身くまなく巡らせる事。

 一つ、魔力を全身に纏って、拡散させないよう身体の周囲に留める事。

 一つ、魔力を部分的に集め、その場所に留める事。

 その際、自分達で訓練を解り易くする為、魔力を体内全身に巡らせる事を“魔流訓練”、魔力を全身に纏う事を“魔纏訓練”、魔力を部分的に留める事を“魔集訓練”と呼んでいる。


『では、マスター。魔流訓練から始めて行きましょう』

「うん!魔力を全身に行き渡らせて...と」


 魔流訓練を行う際、全身の隅々まで魔力が行き渡るように心掛ける。

 それは、身体の先端部分に魔力を流す事が難しい事からも、指の先から足の先まで操作する事で、魔力そのものの扱いを上げる為だ。


「意識を明確に...全身を流れるように...」


 この訓練を行う際、魔力を生み出す丹田を起点にして全身へと広がるように意識し、その全身を行き渡った魔力が、また丹田へと戻るように意識すると、魔力操作が上手に出来る。

 丹田とは、元の世界では気を練る場所と言われ、へその下にある部位。

 どうやら、この世界では魔力を練れる場所で魔力の起点となる部位だ。

 この基礎、基本となる魔力操作の出来次第で、魔法の効果は、プラスにも、何倍にも、変動するもの。

 魔力操作の錬度が上昇すれば、現実となったこの世界で魔法を使用する際も、身体強化を行う際も、発動までの時間や魔力を効率良く使用出来る為だ。


(この訓練を始めた頃は、魔力の流れがぎこちなかったな...)


 僕が魔流訓練を始めた最初の頃。

 魔力は認知していると言うのに魔力操作を行う事が全然出来なかった。

 出来たとしても、丹田から上半身へ魔力を広げる事で精一杯だったのだ。

 それも、上半身と言っても、へそから両肘までの間の狭い範囲だ。


(頭では理解しているのに、それを再現する技術が追いついていなかったからな...)


 上半身へ流す操作に慣れて来たところで、次は下半身に流す訓練。

 下半身も狭い範囲で、へそから両膝までの範囲だ。

 此処まで出来るようになるまで、一ヶ月程掛かっていた。

 そして、両肘から両膝への魔力操作が出来るようになったところで、そこから細分化をして行き、上半身は両手まで、下半身は両足まで魔力を流す。

 そうして徐々に魔力操作を先端へと伸ばして行き、二の腕から腕、腕から手、手から指へと行っていった。

 同様に、腿から脛、脛から足、足から足指まで伸ばして行く。

 これをスムーズに出来るようになるまで、三ヶ月掛かった。

 その、ぎこちなかった魔力操作も、今では思い通りに動かせるようになったのだ。


(今なら意識せずとも、自由自在に動かせるからね)


 今では魔力を時計回り、反時計回り、更には、全身へと均等に維持するなど、自由自在に操れる。

 何も苦労せず、いきなりチートとは行かなかった。

 まあ、そう言ったスキルを持っていないからかも知れないけど。


『では、次は魔纏訓練を行いましょう』

「うん!魔力を全身に纏って...と」


 魔纏訓練は、体内の魔力操作では無く、体外の魔力操作となる。

 その際、魔力を無駄に放出し過ぎない事や魔力を纏った状態を常に維持する事を心掛ける。


「魔力の放出と維持のバランス...」


 僕の容量以上に魔力を放出し過ぎた場合、最悪、死に至る危険性がある。

 その為、枯渇状態へと陥る見極めが重要になるのだ。

 ただ、僕の場合は、プロネーシスのサポートがある為、問題なく見極める事が出来る。


『マスター。放出魔力の出力が少々右半身の方が強いようです。出力を抑えた後、再度バランスを保って下さい』


 このように均等に維持したつもりでも、体外に放出した場合、途端にズレが生じてしまう。

 鏡があれば別なのだが、自分だけでは気付けないと言うものだ。

 まだまだ難しい。


「了解。プロネーシス、ありがとう」


 この魔力を纏った状態を維持する事は、スタミナを増やす事と一緒で、魔法の効力を伸ばす為に必要になるからだ。

 僕が初めて魔纏訓練をした時は、一分程しか魔力を維持する事が出来なかった。


(最初は、一分維持するのも大変だったな)


 魔纏訓練を毎日繰り返す事により、今では起きている間なら、意識せずとも維持する事が出来るようになった。

 それは、魔流訓練と併用する事で、魔力操作が格段にUPしたからだ。

 次の目標としては、寝ている間も維持して一日中魔力を纏う状態にする事が目標だ。


『流石はマスターです。では、次の訓練へと移りましょう。次は魔集訓練です』

「おお!プロネーシスに褒められたと言う事は、今日は上手く出来たみたいだね!よし!だったら次も褒められるように頑張るぞ!」


 魔集訓練は、故意的に魔力を一定の箇所に集める訓練だ。

 魔集訓練をする際は、魔力の部分集中の強度に、その錬度を維持する事を心掛ける。


「先ずは、魔力を体外に放出して...と」


 これは魔纏訓練の応用になる為、部分集中させる事は、比較的簡単に出来た。

 ただ、部分集中をする際、集める部位によっては、魔力の強度がまばらだった。

 魔纏訓練の時と同様、身体の右半身が集め易く、更には、足よりも手の方が集め易かった。

 どうやら、僕は転生前と同じ右利きみたいだ。


(...この魔集訓練が、実は一番大変だったな)


 僕は利き手による魔力操作の差異が出ないように左側の錬度を上げて、更には、手や足による強度の差異が出ないように訓練を行っている。

 今のところ強弱については問題無いが、まだ右側の方が若干早く魔力が練り上がり、瞬間的な錬度がいまいちの状態だった。

 次は、この錬度を上げて、全身どの部位でも瞬時に魔力を集める事が目標だ。


『こちらも、やはりまだ右半身が強いですね。どの部位も即時に、均等に、更には、より強大にする事が最終目標です。マスター、頑張りましょう』


 プロネーシスは、事実をしっかりと伝えてくれる。

 それに、僕が出来ていない事は、出来るようになるまで丁寧に教えてくれる。

 試行錯誤しながらではあるが、そこには嘘や、欺きが無いから信じられるのだ。

 時には甘えたく(逃げたく)なる人もいるだろうが、僕にはこのやり方が性に合っている。

 頑張った分の努力が、目に見えて解るからだ。


(目指しているのは、史上最強だからね!)


 僕が目指しているのは史上最強。

 だが、僕とプロネーシスで考えている史上最強は、目標にズレが生じている。

 僕は、この世界においての史上最強。

 プロネーシスは、万物においての史上最強。

 そして、訓練は全て、プロネーシス主体で取り組んでいる。

 僕がこの差異に気付く事になるのは、プロネーシスが掲げた目標を達成した後になるのだけれど。


『では、魔力訓練はこれで終わりにして、最後は、全ての魔力を放出させて枯渇させましょう』


 魔力訓練を一通り行い、自身の操作技術を向上させたのなら、最後は魔力を全て使い切って、魔力を増量させる。

 だが、此処で一つの疑問が浮かんでいるだろう。

 何故、魔法を使用して魔力を消費するのでは無く、純粋な魔力のみを放出させて魔力を枯渇させるのか?

 何故、魔法の練習をしないのか?

 それは...

 僕が、魔法を使えないからだ。

 正確には、“魔力を属性変化させる事が出来無い”になるのだが。

 通常、属性魔法を使用する際、体内、もしくは、体外の魔力の性質を変化させる事で、魔法を放てるのだ。

 火属性なら、魔力を火へと性質を変化させる。

 水属性なら、魔力を水へと性質を変化させる。

 他の属性でも、同じように魔力を性質変化させる事で魔法として効果を発揮する。

 基本は呪文を正しく詠唱する事で、強制的に魔力を変化させて魔法を発動するのだが、僕はその呪文すら解らない。

 それは、もしかしたら。

 自分自身の魂位が関係しているのかも知れない。

 職業が関係しているのかも知れない。

 そもそもが属性魔法を覚えていない状態なのかも知れない。

 魔法の呪文を教わっていないからなのかも知れない。

 そして、使用出来無いその理由も解らない。

 僕は今現在の状態では、何をしても魔力の性質を変える事が出来なかったのだ。

 せっかく転生を経験し、史上最強の英雄を目指していると言うのに、一番好きな魔法が使えない事実が、僕にとってかなりのショックだった。

 だが、魔力そのものを操作する事が出来る。

 魔力を体外に放出する事も出来るのだ。


(属性魔法は使えないけど、魔力放出なら出来るんだ!それなら、魔法を上回る魔力の塊をぶっ放せば良いだけだろうが!)


 魔力を体外に放出する際は、その形を自由自在に変えて行く。

 体内から体外に、闇雲に魔力を放出させる拡散型。

 魔力を一定方向に集約して放出させる指向型。

 魔力に何らかの形を持たせて放出する形状変化型。

 このように、魔力を放出するだけでも細かく分類する事は出来るのだ。


(遊び心では無いけど、魔力を変化させて放出する事は、魔力操作の訓練にも繋がるからね)


 そうして毎日、一通りの訓練後に、形を変えながら魔力を使い切る事が日課だ。

 これは、属性魔法を使用する事が出来無い、僕の中で唯一の楽しみになっていた。

 元の世界の記憶やプロネーシスを頼りに、必殺技と呼ばれるものを再現しながらだ。


(漫画やアニメで見ていた必殺技の再現!!これが今、一番楽しい!!)


 僕は、漫画やアニメ、映画に出て来る主人公(英雄)と言うものに、人何倍も強い情景を抱いている。

 それは転生前、自分が満足に動けなかった事が起因しているのだが。

 その憧れの強さが、プロネーシスの知識が、常識と言うことわりを打ち破り、規格外へと成長して行く。

 真なる史上最強を目指して。

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