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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
28/85

027 教会と現状

「ゴーン!!」


 教会の朝は、日の出を知らせる鐘の音と共に起きるそうだ。

 僕は、昨日早く寝た事もあって、その鐘の音で丁度、目が覚めた。

 だが、目が覚めると隣に見慣れぬ人の気配を感じた。


(!?)

「...う〜ん」


 吐息混じりの妙に艶やかな声。

 耳に侵入して来るその音がとても心地良い。

 その場に居るだけだと言うのに漂って来る甘い蜜のような香り。

 鼻腔をくすぐるとても良い匂いだ。

 僕はその人物をマジマジと凝視める。


(そうか...)


 日の当たらない部屋の中。

 その人物の長い髪が僕の腕に乗っている。

 絹のように滑らかな肌触りだ。

 額にうっすらと滲んでいる汗。

 相手の身体の温もりが肌と肌を通して伝わって来る。

 目を閉じているとより強調されている睫毛。

 長くフサフサと重力に逆らって真っ直ぐ上に伸びていた。

 筋の通った綺麗な形の鼻。

 柔らかさと弾力を併せ持った小ぶりな唇。

 女神のように美しい女性だ。


(...そうなんだ。僕は、“転生”したんだった)


 僕の隣で寝ている女性は、転生したばかりの僕(赤児)を拾ってくれた金髪の女性だ。

 知らない人物に知らない部屋。

 いつもと違う光景。

 そう。

 僕は生まれ変わったのだ。

 ラグナロクRagnarφkと言う、ゲーム世界のキャラクターに。

 ただ、そのキャラクターは赤児として退化しているのだけれど。


「...ゴーン!!」

(鐘の音が...全部で5回?)


 静かな早朝の中、鐘が数回音を鳴らしていた。

 もし、時間と言う概念が元の世界と一緒ならば、その回数は現時刻を告げているのだろうか?


(時間の刻み方が元の世界と同じなら、今は、朝の5時って事になるのかな?)


 風を通す為に開けられた木窓には布が掛けられており、太陽の日差しが遮られていた。

 まあ、太陽自体まだ昇っていないのだけれど。

 その為、部屋の中が暗く周囲の状況が確認出来無い。

 それに照明器具のような、電化製品などの便利な文明の利器は無いようだ。


(...ようやく、暗闇に目が慣れて来たようだ)


 暗闇に目が慣れて来たところで僕が最初に見えたものは、照明器具などが無い天井。

 これは憶測になるのだが、僕が居るこの部屋は、隣で寝ている名前の解らない女性の部屋なのだろう。

 でも、何でだろう?

 一人部屋にしては、かなり広く感じる。


(この部屋...一人で暮らすには広いよね?他に、一緒に住んでいる人が居るのかな?)


 今、この部屋の中には金髪の女性以外見当たらない。

 だが、この部屋の広さだ。

 もしかしたら、他に一緒に暮らしている人物が居るのかも知れない。


(部屋の中に他の人の気配は感じないけど...流石に女性一人では無さそうだもんな)


 それは現時点では解らない事だった。

 だが、僕は拾われただけの立場。

 一緒に住まわせて貰っているだけなのだ。

 僕が出来る事は、相手の好意や善意に甘える事だけ。

 もしも、他に一緒に住んでいる人物が居るならば、その相手の迷惑にならないように気を付けなければならない。


(...この世界でも...結局。僕は、他人ひとに“生かさせて貰っている”んだな)


 “生かさせて貰っている”。

 それは、人の手助けが無いと生きて行けない事を表していた。

 両親の居ない現実世界で一人。

 初めは病院から始まり、成長と共に施設へと移動し、病気が発症してからはまた病院へと戻る。

 そして、そのまま病院で最期を迎えた。

 ただ、僕自身救いな事は、病院や施設を転々としていた身の為、知らない場所や知らない人に対して、全く抵抗を持っていない事だった。

 まあ、その人物と話すかは、また別の話になるんだけどね。

 そうして生命の期限が定められていた僕の人生。

 周りの協力の下、懸命に生かさせて貰っていたのだ。

 僕は、それに応えようと一生懸命に生きた。

 一番は、自分自身が死にたく無かったからだけど。

 前の人生では相手の好意や善意に甘えるだけで、助けて頂いた人々に恩返しが出来なかった。

 それが生まれ変わった今、後悔として残っていた。

 だが、今の生まれ変わった新しい人生では、好意や善意を受けた恩に対して、しっかりと恩返しをしたい。


(ありがとうございます...いずれ、この御恩をお返し致します)


 僕が成長して自活が出来るようになるまでは、金髪の女性に全力で甘えさせて貰う。

 そして、僕が成長した暁には、自分が貰った御恩に対して持てる知識を最大限利用し、誠心誠意全力でお返しすると心に誓った。


(その為にも、先ずは、言葉を覚えるところから始めないと...)


 まだ、この世界の言葉が解らない。

 女性の名前すら解らない。

 その為、僕が最初にやるべき事は言葉を覚える事だ。

 話せるようになれば、自分の意思を伝える事も、相手の意思を理解する事も出来るのだから。


(僕を拾ってくれた女性には、自分の言葉で、自分の意思で、しっかりと感謝を伝えたいな...)


 そこで、僕はある事を思い出した。

 僕から独立している精神体の一部、思考と記憶を司るプロネーシスの事だ。

 僕が寝ている時、その精身体の一部であるプロネーシスはどうしているのか?

 僕が寝ている時と同じように、その機能が停止しているのか?

 まあ、僕自身。

 寝ている時でも脳自体は休まずに動いているのだけれど。


(...プロネーシス、起きている?)

『はい。マスター。起きていると言う問いに対してですが、私は、記憶と思考の能力が停止する事はありませんので、その活動を休める事がありません』


 やはり、プロネーシスは活動を休める事が無く、絶えず記憶と思考が働いているようだ。

 ただ、その際限の無い容量の多さに僕は驚く。

 プロネーシスは、元の世界のあらゆる情報を記憶している上に、この世界のゲーム時代の情報までを記憶しているからだ。

 そして、今も尚。

 更新されて行く情報と言う記憶。

 その計り知れない膨大な量の情報が、僕の精身体の一部に収まっていると考えると不思議で仕方がない。

 まあ、魔法がある世界だ。

 三次元では無い、四次元の空間があるくらいだ。

 これは理論では説明出来無い事なので、最初からそう言うものだろうと納得して行く。


(...それは、疲れないの?)

『はい。マスター。私が疲れる事はありません。記憶と思考の能力は“世界が時を刻むように当たり前にあるもの”で、言わば止まる事の無い永久機関でございます。偶然にもそこに私と言う意思が加わっただけなので問題はありません』


 プロネーシスは、もともとゲームの才能と言う、記憶と思考を司る潜在能力(特殊能力)。

 そこに、転移と転生と言う偶然が重なった事で、プロネーシスと言う人格が形成されたのだ。

 ただ、あくまでも人格を持つ意思は副産物であり、記憶と思考の能力がメイン機能となっている。

 そして、その副産物には人間のような感情が有る訳では無い。

 その為、意思の磨耗や精神が磨り減ると言った事は、皆無なのだと。


(そうなんだ。...そういうものって事なんだね)


 全部を理解した訳では無い。

 だけど、プロネーシスとは会話が出来る。

 意思の共有が出来る。

 これからの僕は、時間がたっぷりとあるのだから。

 プロネーシスと心の中で会話をしていると突然、この部屋の扉が「ギイ」と音を立てて開く。


(あれっ!?...部屋に誰か入って来た!?)


 突然、部屋の中へと入って来る人物“達”。

 その足音から一人では無いと言う事だ。

 この状況に警戒をしようにも、僕は赤児の状態。

 もし、その人物達に何かをされたとしても防ぎようが無い。


(こんな朝早くに、一体誰が!?)

『マスター、問題ありません。部屋に来た人物達は、この部屋の主の従者です』


 僕の意思を汲み取ったプロネーシスが即座に答えてくれた。

 プロネーシスが僕を落ち着かせるように説明する。

 僕が就寝していた間も、プロネーシスは周囲を記録していて、既に、その人物達を確認していたみたいだ。

 それも絶えず、どんな些細な事も含めて。

 そこで僕は、プロネーシスに対してある疑問が生まれた。


(...プロネーシスって、周りが見えてるの?)


 最初は、僕の精身体の一部と言う事で、僕が見た物をプロネーシスは記憶(共有)しているのかと考えていた。

 だが、僕が寝ている間も、僕が目を閉じて視界が無い状態なのに、プロネーシスは周囲を把握していたのだ。


『はい。マスター。私には直接見ると言う視覚はありませんが、周囲の空間内全てを、記憶・把握しております。ただ、その空間の範囲は、マスターの魔力に依存しておりますが』


 どうやら、プロネーシスに視覚は無いようだ。

 だが、空間そのものを記憶・把握している。

 但し、その範囲は僕の魔力量に比例して、大きくも小さくもなるとの事。

 確かに思い返せば、僕もゲーム時代に集中が増した時、空間を把握すると言う似たような事が出来ていたが、プロネーシスは常時、絶えずにそれをしている訳だ。

 それは、とんでもなく凄い事では無いのか?


(...その範囲って、どれ位になるの?)

『現状の、マスターの魔力量ですと、最大で、この部屋二個分の範囲となります』


 成る程。

 その範囲を空間丸ごと把握出来ているのならば、事前に危険を察知出来る訳だ。

 今の赤児の状態を考えると、プロネーシスの空間把握能力は僕にとって大変助かる能力だ。


(どんな危険があるかは解らないけど、この能力があるなら、事前に察知が出来るって訳だ)

『はい。マスター』


 そうして僕達が頭の中でやり取りをしていると、部屋に入って来た人物達が、隣で寝ている女性の下へとやって来た。

 その人物達は、灰色の修道服を着ている二人の女性。


(灰色の...シスター?)


 実際はどうだか解らない。

 一人は見た目で言えば、15歳前後の女性。

 その女性は長身で、暗くて顔が良く見えないが、茶髪のベリーショート。


(この女性は背が高いけど、14~15歳くらいかな?)


 まだ太陽は昇っていない時間。

 だが、木窓に掛かっている布を外し、窓の外の光を少しでも部屋の中に入れようとしていた。


(まだ日差しは出ていない...だけど、それでも外の方が明るいんだな)


 そして、もう一人は、まだ年端も行かない少女。

 僕が拾われた日に、教会の玄関の前で待っていた少女だ。


(こっちの子は、7~8歳くらいかな?)


 その少女は、小学生低学年位の年齢だろう。

 長身の女性と同じように茶髪だが、こちらの少女は肩に掛かる位の髪の長さだ。

 幼いのに迷い無く行動をしている。

 少女が金髪の女性の下に来て、優しく身体を揺さぶる。


「■■■■■■■■■。■■■■■■■■」

(おはようございます。アナスターシア様)


 言葉は相変わらず解らないまま。

 だが、その従者二人の行動から、金髪の女性を起こしに来ている事が解る。


「う...んっ?」


 金髪の女性は、二人に起こされる事でようやく目を覚ます。

 すると、起こされた金髪の女性は、寝起きで頭が働いていない状態だと言うのに、「バッ!」と身体を起こしては直ぐさま僕の事を気に掛けた。

 何故だか、心配そうな表情を浮かべたまま僕の顔を覗き込んでは、何処か少し安心したようで、その後、僕の額に女性の額を重ねて何かを確認して来た。


(近っ!?)


 それは、最も原始的なやり方だが、きっと僕の体調(体温)を確認しているのだろう。

 そうして僕の体調の無事が確認出来ると、金髪の女性は「ホッ」と息を吐き、ようやく安心をした表情を見せた。

 その時。

 「ニコッ」と優しく微笑んで、言葉を何か喋る。


「■■■■」

(おはよう)


 僕は、女性に何を話し掛けられたのだろう?

 その言葉を理解する事が出来なかった。

 でも、何となく。

 その言葉は挨拶なんだろうと感じた。

 ただ、その言葉よりも、金髪の女性の美しく優しそうな笑顔の方が、とても印象に残った。


(女神の...微笑み?)


 もし、そのシーンを切り取って、絵画で描かれていたのならば、芸術として後世まで一生残り語り継がれて行く物だろう。

 笑顔で包み込む無償の愛として、女神の微笑みとして。

 

(ああ。やはり、この人の笑顔はあたたかいな...)


 今の僕には、もう知る事が出来無い事だ。

 だが、僕に母親が居たのなら、「母親とは、こんな感じだったのかな?」と考える。

 そして、解らない言葉に関しては、出来る限り早めに理解して行こうと。


(うん。言葉は少しずつ覚えて行こう)


 その間も、灰色修道服の女性達は行動をしていた。

 どうやら、金髪の女性の身の回りの世話は、灰色修道服を着ている二人の女性が全てを担当しているみたいだ。

 後に知った事だが、灰色修道服の女性達は、先に自分達の身を清めてから此処に来ている。

 そうして自分達の準備が出来てから、あるじである金髪の女性を起こすのだ。

 目を覚ました金髪の女性は、着替えから身の清めと、灰色修道服の二人にして貰う。

 身を清める場所は井戸場がある教会の外では無く、部屋に付属している水捌けの良い小部屋。

 そこは水瓶が置いてあるだけの、簡易な風呂場(?)になる。

 身を清めると言っても、シャンプーや、石鹸などは無く、身体を水で流して拭うだけ。

 その際、灰色修道服の女性達が魔法で水をお湯にしていたが。

 現代文明のような水を一瞬でお湯にする便利な魔法具などは無いようだ。


(ここは一度壊れてしまった世界...ゲーム時代の文明も、魔法具も、リセットされたって事なのかな?)


 明らかにゲーム時代よりも文明が低くなっている生活様式。

 ゲーム時代も、九つの世界によっては進んでいる文明はバラバラだったが、此処まで酷いものでは無かった。

 やはり、“世界が今一度、何も無いところからやり直している”とそんな感じを受けた。

 そして、金髪の女性の身体を清め終わると、白と青色の修道服に着替えをする。

 ただ、修道服への着替えも、金髪の女性本人がやらずに、必ず灰色修道服の女性達主体で着替えていた。

 身の回りのお世話は、全て二人の従者がやるみたいだ。


(主従関係...ここは、貴族社会になるのかな?)


 元の世界にも昔にあった制度だ。

 文明の向上や、人権の確保により廃れた制度だが、この世界では、まだそれがあるのかも知れない。

 そうなると、生きて行く上でいろいろと面倒になりそうだ。

 だが、まだ断言する事は出来なかった。


(一般人が虐げられる世界で無ければ良いんだけど...ここでは平民になるのか?)


 そうして一通りの準備が終わった時。

 全員で部屋の奥の祭壇へと向かい女神像に祈りを捧げる。

 これは全員が例外無く、地面に膝を着いて行われる。

 金髪の女性を筆頭に三角形を作り、灰色修道服の女性達が後ろに控えた形で。

 祈りを捧げる際に、何やら言葉を喋っているのだが、雰囲気的に感謝を述べているのだろう。


(これって、感謝の言葉を言っているんだよね?...何だか、ゲーム時代の呪文に似ている?)


 灰色修道服の女性達は、金髪の女性が述べる言葉に復唱してお祈りを捧げている。

 全員で祈りの言葉を述べて行くと、女神像の真下にある魔法陣が白色に光り出した。

 それは、祈りを捧げるごとに、魔法陣へと魔力が広がって。


(魔法陣?じゃあ、女神像は魔法具なのか!!)


 魔法陣が白色の魔力で満たされると、今度は、魔法陣の上に設置してある女神像に魔力が集まり始めた。

 どうやら、女神像に魔力を溜めているらしい。

 女神像は魔法具のようで、教会に取って何らかの役割を持っているみたいだ。

 ただ、この時は、女神像に魔力が溜まるだけで終わってしまったが。


(あれっ?何も起こらない?...ただの...神への祈り?...だけど、もう、そんな存在は居ないんだよな)


 ゲーム時代に居たアース神族や、ヴァン神族と言った神々は、現実化した際に殺されてしまった。

 世界の浄化として、あの忌々しい四体の魔物に全員が殺されたのだ。

 だが、そこである事に気付く。


(あれっ!?現実化した時に、世界中の人々も殺された筈だけど...目の前に居る?)


 現実化してからの創造神達との戦い。

 その戦いは、まさに“最後の審判”と呼ばれるものであった。

 世界に存在をしていた人々(NPC)や神々、そして、プレイヤーの死を、目の前で体験をした。


(全員、死んだ筈なんだよね?...いや、世界には生き残りが居たって事か?)


 だが、目の前には、こうして生きている人達が居た。

 と言う事は、あの戦いの生き残りがいるかも知れないと言う希望。


(じゃあ、神々にも...もしかしたら、プレイヤーにも生き残りが居る?)


 転生したばかりで、まだこの世界の事は何も解らない。

 それは僕が転生するまでの間に、どのくらいの時が経っているのかも。

 その文明も、歴史についてもだ。


(...)


 僕がそう悩んでいる間に、女性達の神への祈りが終わっていた。

 女神像への祈りが終わると、此処でようやく食事を取るみたいだ。

 食事の準備は全てを灰色修道服の女性が支度をする。

 ただ、それを食事と呼ぶには、あまりにもお粗末なものだった。

 主食は、雑穀をおかゆ状にしたポリッジと言う食べ物に似ていた。

 お肉や、お魚が、この食卓に並ぶ事は無く、キャベツやビーツ、ニンジンなどの茹で野菜が並んでいた。

 飲み水も一度沸騰させて、白湯にしてから飲んでいる。

 これは、この教会の衛生上の問題なのだろう。


(この場所(世界)では、食べる事も大変なのか...)


 食事が出来上がると、先ずは、金髪の女性から食事を取るようだ。

 周りはそれを黙って待っているだけ。

 そうして金髪の女性が食べ終わってから、ようやく灰色修道服の女性達が食べ始める。

 どうやら、食卓に出された料理をそれぞれに取り(振り)分けるのでは無く、必ず金髪の女性が召し上がってから、その残りを皆で食べるみたいだ。


(これは...この世界における主従関係によるものなのかな?...何だか。変なルール...)


 僕の食事は今のところ母乳を貰えているのでそれでお腹一杯に満足が出来る。

 だが、目の前の食卓に広がる食事は、明らかに量が足りないと感じる。


(骨が浮き出る程ガリガリな訳では無いけど...明らかに、細いよね)


 女性達は、ゆったりとした修道服で身体のラインを隠しているが、良く見れば皆痩せている。

 身体に栄養が足りていないのだろう。

 その少ない食事が終わると、そこからはそれぞれの仕事に分かれて行動を開始して行った。

 金髪の女性は、祭壇の点検から教会や孤児院に関わる事務作業を。

 灰色修道服の女性達は、掃除に洗濯と言った雑用を。

 そうして、それぞれの作業が一通り落ち着いた頃。

 再び金髪の女性の部屋へと集まり、何かの本を見ながら皆で話し合っている。

 どうやら、金髪の女性が灰色修道服の女性達に何かを教えているようだ。

 これは勉強(教育)になるのかな?


(今現在の正確な時間は解らないけど、時間にすれば一五時くらいになるのかな?...あれは、何をしているんだろう?)


 作業も終わり、勉強会(?)のようなものが終われば、部屋に金髪の女性だけを残して、それぞれが別々に動き始めた。

 どうやら、此処からは自由時間になるらしい。

 すると、金髪の女性は何処からか楽器を取り出して来た。


(...楽器?あれっ?...何だか僕の事を見ている?)


 その楽器は、ハープのような弦楽器で今までに見た事が無い形をしていた。

 金髪の女性は、弦の一つ一つを指で弾いて音階を確かめて行く。

 そのズレを直すように、弦の張り具合を微調整しては正しい音に合わせ始めた。


(これは、何の音を基準に合わせているんだろう?...適当って感じは...しないけどな)


 僕には解らない音の基礎となる何かがあるようだ。

 そして、演奏を始める為の準備が終わると、僕の方を見て優しく微笑んだ。

 その瞬間。

 思わず「ドキッ」と鼓動が跳ね上がる。

 形容するとすれば、不浄なものを浄化させる、そんな笑顔だ。

 美しい。

 すると、金髪の女性がその楽器を奏でながら唄い始めた。


「♪♪♪~♪♪♪」

(えっ、凄っ!!それに...綺麗な声...これは、心地良いな)


 僕には何を唄っているのかは解らない。

 だけど、それはとても心地の良いメロディーだった。

 楽器の演奏も滑らかで、不快な部分を一つも感じなかった。

 僕は素人ながらも偉そうな事を言うが、その演奏は明らかに普通とは違い、熟練の奏者だけが成せる技術だと解かる程に完成されていた。

 楽器の演奏から唄とのバランス。

 物語のような起承転結を感じさせる曲の抑揚。

 メトロノームのような正確にテンポを刻める物が無い世界で、一切、崩れる事の無いリズム。

 それは、楽器を毎日演奏していたとしても「ここまで出来るものなのか?」と思ってしまう程。

 それこそ、天から才能を貰った唯一無二な感じを受ける。

 ただただ、圧倒されてしまう、その凄さ。


(唄が上手い人...演奏が上手い人は、この世界にも沢山いるんだろうな...でも、これが、惹き込まれるって事なんだろうな)


 金髪の女性は、時折僕を確認しながら演奏をしている。

 と言うよりかは、僕に演奏を聴かせてくれているようだ。


(...幼い頃に良質な演奏を聴くと、知性や感情表現が豊かになるんだっけ?)


 金髪の女性が、それを理解して実行している訳では無いだろう。

 これは純粋に、僕を楽しませるだけの演奏なのかも知れない。

 だとしてもだ。

 僕は時間を忘れる程に聴き入っている。

 元の世界では、音楽とほぼ無縁の関係だった。

 自分から好んで、何か音楽を聞く事はなかった。

 唯一、そんな僕が音楽に触れた過去。

 それは僕がまだ身体を動かせる事が出来た、その時だけ。

 今回も身震いをする程の感動を覚えているのだが、僕には、その時に受けた衝撃や感動が今でも忘れられない。

 あれこそ魂を揺さぶる歌。

 一番心に響いた歌だ。

 あれっ?

 その歌は...誰が唄ってくれたんだっけ?


(でも...音楽って凄いな!)


 僕がこの世界に生まれ変わってから、初めてちゃんとした音楽に触れた。

 まあ、転生前も短い人生しか生きていないのだが、僕がゲーム以外に初めて興味を持てたものだ。

 音を楽しむと書く音楽は、まさにその通りで、とても心地良くて楽しいものだった。


(そう言えば、この時って、他の従者の二人は何をしているんだろう?)


 僕がその感動を噛み締めている間、金髪の女性の従者である灰色修道服の女性達が何をしているかは解からなかった。

 そして、この自由時間が終わって日が暮れ始めた頃。

 灰色修道服の女性二人が部屋へと戻って来ては、再び食事の準備を始めた。

 どうやら、この教会では昼と夕方の一日二食(日によっては昼の一日一食)みたいだ。

 やはり、夕食時も例外無く、金髪の女性から食事を取って、食べ終わった残りを灰色修道服の女性達が食べ始める。


(一日二食...食べられたらか。基本的に、お腹一杯は食べられ無いんだね)


 食事が終われば、朝と同じように水(湯)浴びをする。

 一日の汚れを落とし、身体を綺麗にしてから早めの就寝と言う流れみたいだ。


(一日の活動時間そのものが短いのかな?まあ、星灯りが際立つとはいえ、夜になると外は真っ暗な世界だ。栄養面を考えても、寝るしか無いんだろうな)


 そして、金髪の女性は、就寝前に必ず女神像に祈りを捧げていた。

 どうやら、朝のお祈りとは違い、女神像から薄い膜が広がって行く事が解かった。

 それは、魔物の侵入を防ぐ結界が広がって行く感覚と一緒だった。


(結界?...教会を守る為のものか?)


 まだ、外の世界が解からない。

 魔物がいるのかも、どんな生物がいるのかも。

 それに、この世界の言葉も解らない。

 だが、今日一日で解かった事もある。

 それは名前。

 金髪の女性が“アナスターシア”。

 灰色修道服の成人をしている女性が“メリル”。

 少女の方が“メリダ”


(名前が解っただけでも、前進だね!少しずつ...少しずつ、確実に言葉を覚えて行こう)




 そして、教会に来て数日が経った。

 新たに解かった事は、教会には沢山の人が住んでいると言う事。

 修道服を着ている人で大体20人位。

 僕を拾ってくれた金髪の女性に、黒と白の修道服を着ている人が5人と、残りは灰色の修道服を着ている人達だ。


(ええと、修道服の色は、青色が一番上で)


 金髪の女性は、白と青の一番豪華な修道服を着ていた。

 その身なりや周囲との関係性から、教会で一番上の立場だと思われる。


(黒色が次で...)


 黒と白の修道服を着ている人達は、女性が3人、男性が2人。

 話を聞いただけなので詳しくは解らないが、黒色修道服の人達にも従者がいるとの事。

 一応、金髪の女性の次に偉い立場らしい。

 だが、教会にいる事は殆ど無く、何日も帰ってこない事が当たり前のようだ。

 僕はまだ、会った事が無い。


(灰色が、一番下と)


 残りの灰色の修道服を着ている人達は、女性に男性と丁度、半分くらい。

 その内の何人かが、青色修道服と黒色修道服を着ている人達の従者になるようだ。

 そして、修道服を着ていない人達も存在している。

 僕に母乳をくれる人と、僕と同じ日に生まれた、もう一人の赤児の女の子。


(僕と同じ日に生まれただなんて珍しいよね。でも、同い歳がいる事はとても嬉しいな!)


 ただ、この修道服を着ていない二人は、教会と、どんな関係を持っているのだろうか?

 今現在では、それがよく解からなかった。

 だけど、この世界で初めての同い歳。

 一緒に成長出来る事が嬉しかったし、僕が転生前から憧れていた友達が出来るのだから。


(まあ、お互いに喋れるまで、時間が掛かるんだろうけどさ)


 そして、僕はこの数日の間に試していた事がある。

 それは、魔法についてだ。

 ゲーム世界が現実化したこの世界で、魔法がどのように発動するのか?

 身体の中に魔力がある事は解かっているから、魔法自体は使える筈なのだ。

 ただ、この現実化した世界で、その魔法をどうやって使うのか?

 ゲーム時代は、ヴォイスアシスト、又はコンソールからの使用だったが、現状この身体は喋れ無いし、そもそもコンソールそのものが無い。

 では、呪文詠唱で発動が出来るのか?

 それとも魔法陣を使用するのか?


(どうすれば、魔法が発動出来るか?だよね)


 ゲーム時代では、魔法使用時には呪文詠唱の為の拘束時間があった。

 キャラクターが呪文を唱えてから魔法が発生していたのだ。

 だが、呪文そのものが解らない。

 もしかして、魔法名だけを発声すればヴォイスアシストのようなものが働き、魔法が発動してくれるのか?

 取り敢えず、物は試しだ。

 転生後、初期状態へと戻り魂位の位階が始めからだとしても、キャラクターのままなら職業は魔法使いだ。

 そして、職業が魔法使いならば、三属性の魔法が使える筈。

 それは、火属性、水属性、風属性の三属性。

 だが、木造の教会で試せる魔法は限られている。

 僕が居る建物の中では、火属性魔法だと燃やしてしまう。

 水属性魔法だと部屋を濡らしてしまう。

 そうすると、風属性魔法が無難だろうか?

 ただ、キャラクターが唱えていた呪文の詠唱が解からない。

 それこそ、詠唱の際の言語が、僕の全く知らない言葉だから。


(今思えば、ゲーム時代の呪文詠唱もこの世界の言語に似ていたのかな?ただ、詠唱中の音声は、ほぼ聞こえなかったし、呪文の解析自体が出来なかったからな)


 解からない言葉に、呪文の詠唱。

 それ以外のやり方で、魔法が発動出来るのか?

 ゲーム時代、僕が固有スキルの無詠唱を所持していた頃。

 一応、魔法の効果をイメージするだけで使用が出来ていた。

 まずは、それを試してみる。


(ウィンド...ウィンド、ウィンド、ウィンド)


 心の中で魔法名を唱えながら、部屋の中に風が吹き通るイメージで魔法を思い浮かべた。

 それは、部屋の障害物に風が当たらないように、風が障害物を避けるようにだ。

 すると、身体のおへその部分から魔力が膨らんで行く事が解かる。

 その魔力が全身に行き渡り、循環をしている。

 うん。

 体内の魔力の揺らぎ。

 発動イメージ。

 この国の言語では無いのに手応えそのものは完璧だ。

 何だか、ゲーム時代の無詠唱で魔法を発動する際の感覚に似ている。


(ウィンド!)


 僕は心の中で、高らかに魔法名を発声した。

 すると、魔法名の宣言と共に、身体の中の魔力が放出された事が解かった。

 それは献血をしたかのように身体の中の血液が失われて行くような感覚。

 失い過ぎると危険だが、多少なら特に問題無いものだ。


(!?)


 だが、魔法が発動する事は無かった。

 その理由は解らないが、魔力が放出されただけで終わってしまったのだ。

 自身が思い描いていた風属性の魔法が発動する事も、体内の魔力が変化する事も無かった。


(発動しない!?...だけど、体内の魔力は減っている?何故だろう?)


 風属性の魔法は発動しなかったが、体内の魔力は外に放出されていた。

 それは、魔法は発動しなかったが、魔力だけが消費されたと言う事。

 どうやら、僕は魔法が“使用出来無い”みたいだ。


『マスター。魔法は発動しませんでしたが、確かに、マスターの体内から魔力は放出されていました。但し、ゲーム時代のようにステータス画面を開く事が、もう出来ません。なので、今の段階では、マスターの能力を確認する事が出来ません』


 ゲーム時代のように、メニュー画面を開く事が出来無かった。

 その為、僕のステータス画面を開く事も出来無い。

 何故かは解らないが、機能そのものが世界から除外されている。

 まあ、それを抜かしても、僕は生まれたばかりだから職業に就いていないのかも知れないけど。

 ステータス画面を開く事が出来無いので、種族、職業、各能力値、使用出来るスキルや魔法、それらが正確に解からなかった。

 だけど、魔力そのものだけ使える状態。


(魔法は発動出来ないけど、魔力は使えるって事か...でも、それなら問題無く魔力が増やせる!)

『はい。マスター。魔力を使用する事で、総魔力量は増えて行きます』


 能力は、魂位を上げる事以外にも、消費する事で能力を上げられる。

 現状、赤児なので魂位を上げる事は出来無い。

 ならば、魔力を消費して総魔力量を増やして行くのだ。


『では、魔力操作に魔力消費の訓練をして参りましょう』


 僕はプロネーシスに言われた通り訓練を開始する。

 身体の中の魔力を、おへその位置から全身に循環させて行く。

 それは、時計回りに循環をさせたり、反時計回りに循環をさせる訓練だ。

 もともとゲーム時代のプレイヤーだった僕は魔力を感じる事が出来ていたので、身体の中の魔力を問題無く循環させる事が出来た。

 但し、それは、循環をさせる事が出来ただけだ。


(魔力を循環させる事は問題無く出来るな...ただ、今の状態では拙いもの。精度や錬度を高めていかないとだな)


 魔力操作は始めたばかりで、魔力の動きや流れが悪い。

 こればかりは、イメージだけでは補えないらしい。

 実際に操作訓練をして行かないと、魔力操作の精度が低いままなのだ。


(なんせ時間はたっぷりあるんだ。丁寧に!確実に!)


 魔力は、少し熱く感じるもの。

 その魔力は、おへそ(丹田)から生成されるのだが、血液のように流して全身へと循環させる。

 但し、魔力は先端に行く程、その操作が難しくなる。

 頭の先、指の先、足の先と。

 魔力操作の訓練は、自身の身体操作をする上でも役に立つ。

 元の世界でも、丹田から所謂いわゆる気と呼ばれるものを練る事で、身体強化、細胞活性化(治癒能力向上)、それらに活かす事が出来たからだ。

 気と魔力は呼び方が違うものだが、元を辿れば同じもの。

 言い方が違うだけで、同じ効果を発揮しているものなのだ。

 魔力操作だけで、その役割を補える上に、魔法(魔力変換)による強化が上乗せ出来る為だ。


(これは継続してと...問題なのは、魔力増量についてなんだよね)


 訓練を始めてから数日が経っているのだが、問題が一つだけあった。

 それは、魔力増量についてだ。

 ゲーム時代なら魂位が低い頃、魔力を使用して行けば直ぐに魔力量が増えていた。

 だが、この世界では使用するだけでは魔力量が増えなかったのだ。

 ただ、訓練をしていて魔力量が増えた時もあった事は事実。

 その違い、その理由は何故だろうか?


(プロネーシス?その理由が何故かは解かるのかな?)

『はい。マスター。ここ数日、私が思考した結果。それは魔力の枯渇状態が関係しているのだと思われます』


 どうやら、魔力が増えた時は体内の魔力が枯渇した翌日。

 枯渇状態から魔力が回復する時だけ、所持容量の器以上に増大をしたとの事だ。


(そうか!そういう事か!!魔力枯渇が関係あるんだね!!...だからか!プロネーシス、ありがとう!)

『いえ。マスターのお役に立てて良かったです』


 それが理由なら、ただただ、闇雲に魔力を使用しても増えない訳だ。

 だが、それではゲーム世界との相違点があると言う事。

 元の世界と、この世界ではことわりが違うのか?

 ゲーム世界が、そのまま現実化した訳では無い?

 今の時点では解からない事が多い。

 それに僕はまだ転生したばかり。

 ならば、今解っていることわりに従うのみだ。


(ただ、あの状態って...辛いんだよな...)


 魔力が枯渇した状態は、酷く気持ち悪い。

 三半規管が狂い、脳がずっと揺れているような。

 しかも、身体中に倦怠感が漂い、それこそ活力そのものが失われているように。


(痛みなら、どんなものにも耐えられる自身はあるんだけどな...だけど、僕が目指す英雄になる為には必要な事!)

『はい。マスター。魔力の増やし方が解かったのならば、目標まで一直線に進みましょう』


 そこからは魔力操作の精度を上げては、必ず毎日、魔力を枯渇させて魔力の容量を増やして行った。

 魔力枯渇の状態を毎日経験する事は、生半可では無い拷問を毎日受けているようなものだ。

 ただ、僕が赤児の状態で良かったと思う。

 もともと動ける状態では無いのだから、我慢をする事は気持ち悪さだけで済むのだから。


(後は、魔法が使えるようになればだね!)


 プロネーシス曰く、魔法とは、魔力を変換させて放出する事らしい。

 それを補うものが呪文や詠唱の役割なのだと。

 呪文が魔力を変換(属性変化)させる為の補助(手順)の役目で、それを詠唱する事で、強制的に魔力を変換させる事が出来るのだと。

 これがもし、魔力を変換(属性変化)させるイメージがハッキリしているのならば、呪文の補助(手順)無しで直接魔力を変化させられ、呪文の省略、もしくは無詠唱が出来るのではと。

 ただ、固有スキルを所持していれば、それらを省く事が出来るらしい。

 それに、イメージを明確にする事は時間が掛かるみたいだ。

 それは、日数なのか、月単位なのか。

 もしかしたら、年単位なのかも知れない。

 だけど、僕は確実に成長をしている。


(魔力訓練に魔力増量...ここから英雄への道が始まるんだ!!)

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