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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
転移転生・新世界
27/85

026 RE・BORN

 暗闇に光が広がって行く。

 それは、全く光の当たらない海底の底から光を求めるように海面へと浮上して行く、そんな感覚だった。

 僕の意識が、徐々に目覚めて行く。


(...ここは?)


 意識が覚醒し始めると、周囲の景色が視界に映り出す。

 そこには曇り空一つ無い青い空が広がり、その景色の端には深い緑の葉が揺れていた。


(見えるのは...空?...木?)


 どうやら、僕は仰向けの状態で寝ているらしい。

 心地良い太陽の日差しが身体に当たり、それがとても暖かい。


(...あれっ?声が出せない?)


 何故だろうか?

 思うように上手く口を動かせない。

 声を出そうにも口をパクパクと開け閉めするだけで、音を出す事が出来無い。


(身体も...動かせない?)


 いつも通り身体を動かそうとするが、自分の思い通りに動いてくれない。

 何だか、自分の身体では無く、他人の身体を操作しているみたいに。

 意識だけはハッキリしていると言うのに、僕の身体と心が、別々の生き物みたいに感じる。


(どうしたんだろう?...この違和感は何だ?)


 その時。

 大きな風が吹いて僕の全身を撫でた。

 すると、肌寒い感覚が全身を駆け巡る。

 これは、風が肌に直接当たっている感覚で、僕が服を着ていないと言う事を表していた。


(あれ?...僕は裸なのか?)


 何だか身体の感覚まで可笑しい。

 天を仰いだまま、その場から動く事が出来無い。

 視界を動かそうにも、自身の頭が重くて首を傾ける事さえ出来なかった。

 ただ、背中には柔らかい感触がある。

 その肌触りは、滑らかでかなり気持ち良いものだ。

 それは高級な、ふわふわした絨毯の上で寝ている心地良さだった。

 そして、此処が最も重要になる事だが、何故か周りのものが大きく感じる。

 視界に映るものは、空と木しか無いので、他のものと比べる事は出来無いのだが。


(もしかして...僕の身体は、小さくなっているのか!?)


 目の前の事態に困惑する。

 一体何が起きているのか?

 今がどうなっているのか?

 その答えが解らない。


(僕は...ゲームをしていた筈だよな?...それが...途中で...)


 現状を確認する為、状況を整理する為に覚えている事を順番に辿って行く。

 先ず僕は、IMMORPG“ラグナロクRagnarφk”をプレイしていた。

 次に、ゲームのイベント中に不思議な現象が起きて、ゲームからログアウトが出来無くなった。

 その仮想世界が現実化した世界で、周りのプレイヤーと、ゲームのNPCが殺されてしまった。

 そして、自分自身も敵の殲滅と引き換えに、最後は相討ちで終わった。


(もし、あれが...本当に現実化した世界ならば...僕は...確かに、あの時に“死んだ”)


 現実化したゲームの世界で“何か”が憑依をした創造神を倒した時、僕の意識が途切れて、暗闇へと飲み込まれた。

 それは睡眠時の感覚とは違う、全く別の感覚。

 眠るでは無く、消えると言う感覚だ。


(えっ?まさか、死んで...無かったのか?あれは...夢だったとでも?僕は、眠っていただけなのか?...いや、あの痛みや苦しみは忘れない...それだけは無いな)


 確かにあの時、僕の生命活動は止まった。

 確かにあの時、僕は最期を迎えたのだ。

 それが再び意識が目覚めてみれば、僕の知らない場所にいた。

 喋る事も、動く事も、そのどちらも出来ずに裸のままで。

 どうしてこうなったのだろうか?

 まだ、その理由は解らない。


(解らない事だらけだ...それに、動く事が出来ない...この状態で、どうすれば良いんだろう??)


 現状、身動きが取れない状態。

 僕には成す術が無かった。


『...』


 どうすれば良いのかと考えていると、何処からか音が聞こえた。


(あれっ?何か、聞こえる?)


 僕は、その音の出所を探すように周囲を見渡そうとする。

 だが、自分の思い通りに身体を動かせないので周囲を確認する事が出来なかった。

 一体、この音は何処から聞こえるのか?

 そもそも今の状態のままで良いのか?

 周囲に危険はあるのか?

 動けない状態で音だけ聞こえると言う事は、何かが迫って来ている合図なのか?

 色々と不安がよぎる状況で音の正体を探るべく注意する。


『マ...?』

(やっぱり!何か音が聞こえる!?)


 どうやら、その音は頭の中に直接響いているみたいだ。

 音が小さく、ところどころ途切れて聞こえるが、確かに機械的な音が聞こえた。

 僕はその頭の中に直接聞こえてくる音を聞き逃さない為に、目を閉じて集中した。


『マス...? ...マスター?』


 余計な事を考えずに、聞く事だけに集中する事でようやく聞こえた音。

 その機械音は、言葉を話している音声だった。

 どうやら僕は、頭の中で誰かに話し掛けられていたみたいだ。


(マスター!?...マスターって僕の事か?)


 マスターとは主人を表す言葉だ。

 一体、誰にそう言われているのか見当も付かない。

 それに、いつの間にか誰かのマスターになった覚えも無い。

 そう頭の中で疑問を浮かべた。

 すると、その疑問に呼応するように、僕の頭の中で鳴り響く機械音が答えてくれた。


『はい。マスターとはあなたの事です。ようやくマスターと繋がる事が出来ました』


 やはり、マスターと言う言葉は僕を指していた。

 どうやら、僕は頭の中で聞こえて来る声の主と繋がっているみたいだ。

 いや、繋がるってどう言う事だよ?


(これは、頭の中で考えた事がそのまま伝わるのかな?それに、この声って僕にだけ聞こえているの?)


 先程、頭の中で疑問を浮かべた事が相手に伝わっていた。

 それは僕が考えるだけで、その声の主と意思が共有されていると言う事。

 そこで新たに気になる事が出て来た。

 “その声は僕にだけ聞こえている”のかと言う事だ。


『はい。マスター。私はマスターの精神体の一部なので、私の声はマスターにだけ聞こえています。それに、マスター以外の方に私の声が聞こえる事や、マスターの考えが他人に漏れる事は絶対にありませんのでご安心下さい』


 どうやら声の主は、僕の精神体の一部と言う事らしい。

 なので、このやり取り自体が僕達の頭の中だけで完結している事なのだと。


(なるほど。じゃあ、僕が何故、君のマスターなのか教えて貰っても良い?)


 聞こえて来る声に関しての疑問は解けた。

 それならば、何故僕がその声の主(精神体の一部)のマスターなのか?


『それは、私がマスターの誕生と共に意識を持って生まれたからです。私は、マスターの一部でもあり、同一の存在でもあります。ですが、あくまでも精身体の一部で、対等では無いからです』


 何故、僕がマスターかと言えば、“僕”と“声の主”は“同一”ではあるが“対等”では無いとの事。

 声の主に対して、主導権はどんな時も僕が持っているみたいだ。


(これは、並列思考体って事なのかな...?それとも、多重人格の一部って事なのかな...?)


 精身体の一部。

 それは、僕とは別に思考をしている並列思考体なのか?

 それとも僕が作り出した人格の一部が浮き出ているのか?

 今現在では解らないので、僕は一旦、そう言うものだと割り切った。

 ただ、此処で新たな疑問が浮上した。

 それは声の主が最初に言った、“僕の誕生と共に意識を持って生まれた”とは、どう言う事なのか?


(...と言うよりか、僕の誕生って、どう言う事なのか詳しく教えて貰っても良い?)

『はい。マスター。先程、マスターは、この場所に、その姿(赤児)で誕生致しました。尚、正確に申し上げますと、“転生”でございます』


 声の主が言うには、僕はこの場所で丁度生まれたところらしい。

 そして、それはただ生まれた訳では無く、この身体(赤児)に“転生”をしたと言う事。


(やはり、僕の身体は小さくなっていたんだ。僕は、赤児になっていたんだね...でも、“転生”ってどういう事?)


 僕が感じていた違和感の正体。

 声の主のおかげで、ようやくその正体が解った。

 普段より見える景色が大きく見えて身体を上手く動かせなかった事。

 それは僕が赤児になっていたからだ。

 そして、此処で新しく出て来た言葉、“転生”。


『“転生”とは、肉体が生物学的な死を迎えた後に、新たな肉体、形態を得て生まれ変わる事ですが、マスターの場合、生物学的な死、寿命を全うした訳では無いので“輪廻転生”とは異なります。ですが、今の状態を鑑みても転生で間違い無いかと』


 人が生を受けて人生を全うした時、あるいは急遽死を迎えた時、その人の魂は再度、新たな姿として生まれ変わると言われている。

 それが、者であるのか、物であるのかは別としてだ。

 これが所謂いわゆる、“輪廻転生”と呼ばれるものだ。

 ただ、僕の場合、それに該当しないようだ。

 生まれ変わってこそいるのだが、どうやら、通常の輪廻転生では無いらしい。


(生物的な“死”を迎えた?でも、僕が死んだ訳でも無く、寿命を全うした訳でも無いなら、何故、僕は“転生”したの?)


 輪廻転生では無いのに、何故僕は“転生”したのか?

 それこそが、“今”一番知りたい情報だ。


『それは、仮想世界が現実化した事への影響だと思われます。マスター本来の肉体が、現実世界で健在かは解りかねますが、仮想世界で、現実化したキャラクターとしてのマスターは一度死んでおります。現実世界での肉体の生物学的な死ではありませんが、仮想世界でのキャラクターとしての肉体は死んでしまった為かと思われます』


 その答えは、ラグナロクRagnarφkの現実化にあった。

 それが仮初の世界の現実化だとしても、意識が共有されたキャラクターとしての肉体は死んでいるのだからと。


(現実化した事で、キャラクター(肉体)に魂(精神)が宿ったから...と言う事か)


 現実化した事で、架空のキャラクターに生命が吹き込まれた。

 そこには、確かに肉体が存在して、その肉体に魂が宿っていたのだから。


『そう思われます。ただ、記憶がある事からも通常とは違う特殊な転生だと思われますが』


 そして、輪廻転生をする時。

 新たなものへと生まれ変わる為に全てが浄化された後。

 その為、普通は記憶が残らない。

 だが、僕には記憶が残っている為に、それに当てはまらないと言う訳だ。


(特殊って言われても実感は無いけどね...でも、これで僕は生きる事が出来るんだね!!)


 通常とは違う特殊な転生。

 僕自身に記憶が残っている事からも、この転生自体が特別なものだろうが、僕には実感が全く無かった。

 但し、新しい肉体で生まれ変わったのならば。

 今度こそは人生を全うする事が出来るのだと、自分の意思で生きられるのだと、心から喜んだ。


(そう言えば、君は、僕の一部って言っていたけど、君自身は、どういった存在なの?)


 頭の中に聞こえる声の主は、僕の精身体の一部。

 何故その一部が、僕の精神や思考と別に存在しているのか?


『私は、マスターの中で“記憶”と“思考”を司っております』

「!?」


 『“記憶”と“思考”』。

 これは、ゲーム時代に手に入れた才能だ。

 ただ、この才能が、どう言った効果を生んでいたのか、僕には最後まで解らなかった事だけど。


(“記憶”と“思考”か。“思考”に関しては、君が意思を持って会話出来ているから何となく解るけど、“記憶”は、どんな効果があるの?)


 声の主と会話が出来る事からも、声の主が独立した自我を持っている事が解る。

 それはきっと、“思考”によるものだろう。

 では“記憶”は?


『はい。マスター。記憶に関しては、完全記憶であり、マスターの情報“全て”からマスターが見たもの“全て”と申し上げます』


 “記憶”が司るものは、決して忘却する事の無い“完全記憶”。

 その効果は、僕に関しての情報全てと、僕が見たもの全てらしい。


(僕の情報...“全て”をか。それは、転生前の...僕が生れた時から全部って事?)


 気になるのはその効果の範囲。

 情報の全てが何処を指しているのか?

 転生後に生まれた瞬間からの情報なのか?

 それとも、転生前の僕と言う人間全ての情報なのか?


『はい。転生前を含めたマスターの“全て”です』


 どうやら、その範囲は僕と言う人間全ての情報だった。


(そうか...じゃあ、現実の僕が“どんな状態”だったかを知っているんだね?)


 僕が転生前から“生きる”と言う事に拘っていた根幹の部分。

 それは僕にとって、とてもパーソナルな部分を表している。


『はい。マスター』


 この時の僕は、声の主が発した言葉が既に聞こえていなかった。

 思い出すように、思い返すように、自分の世界へと没入していたから。


 僕は、現実世界に生まれたその瞬間から重い病気を患っていた。

 此処に転生する以前、僕はずっと病院で寝たきりの状態だった。

 どうやら出世時に、輸血用血液製剤からHIVに感染してしまい、僕は生まれた時からずっと闘病生活を送ってきたのだ。

 そして、進展があったのが七歳の時。

 AIDS(後天性免疫不全症候群)が発症してしまい、入院を余儀無くされた。

 発症してからは治療の為、そして治験も兼ねて、最新医療用マシンで生命の補助から身体の治療を行って来た。

 その医療目的の一環として、機械と身体を直接繋げて仮想世界を過ごして来たのだ。

 そして、入院生活を続けて10歳になった時。

 事態が急変した。

 もう、僕の寿命が長くないと余命宣告を受けたのだ。

 この時の気持ちは今でも忘れない。

 何故、僕が?

 何故、死ななければならないのか?

 そんなやるせ無い気持ちが、頭の中でグルグルと反芻をした。

 そうして僕は、余命宣告を受けてからは残りの生命を悔いの無いように生きたいと考えた。

 現実世界では、身体を動かす事が全く出来無いので、せめて仮想世界の中では自由に動きたいと。

 そして、現実世界と同様に五感から全てを疑似活動出来る“ラグナロクRagnarφk”と出会い、その世界で余命まで過ごそうと思っていたところでの転生だった。


(...それなら君に聞きたいんだけど、僕は一度、死んでいるんだよね?)


 既に自分でも解っている事を聞く。

 だが、確認をせずにはいられなかった。


『はい。マスターは一度、死んでおります。ですので、今の姿からも想像出来るように転生で間違い無いのです』


 声の主がハッキリと僕が死んでいると告げた。

 転生したとは言え、僕の人生が一度閉じた事を認識しては、僕の中で何かがガタガタと崩れて行く事を感じた。

 自身の死について認識をした僕は、気持ちの整理がまだついておらず、何処か上の空だ。


(そうか...ありがとう。君は...君の事は、何て呼べば良いのかな?)


 僕は、その浮ついた気持ちを紛らわしたいと考えた。

 声の主は、言わば僕との運命共同体。

 今後の人生を共にするならば、お互いに呼び合える名称が必要だ。


『私に名前はございません。マスターの好きなようにお呼び下さい』


 声の主はマスターに任せると答えた。


(...“記憶”と“思考”だっけ?元は、フギンとムニンが参考なのかな?でも、意思は一つだから違うのか...それなら...知、恵?知恵って、何て言うのかな?)


 フギンとムニン。

 それはラグナロクRagnarφkの舞台にて、主神オーディンに付き添う二羽のワタリガラスの事。

 ただ、声の主の人格や意識は、二人では無く一人なのだ。

 そこで記憶と思考を纏めて、一つの知恵として考えてみた。


『古ノルド語で連想するならば、ウィズドムです。北欧神話が広まった後の言語ならプロネーシス。又はソピアです』


 ラグナロクRagnarφkの世界は北欧神話がベース。

 古ノルド語という言語で表記されている事を考えれば前者。

 後に広まった言語で考えれば古代ギリシア語と言う事で後者となる。


(なるほど...それなら...プロネーシスが良いかな?うん!君はプロネーシスだ!)


 これは音の響きだけで決めさせて貰った。

 僕にとって何となくだが、字体と語呂が良かった為だ。


『マスター。御拝命致しました。真名を頂き、ありがとうございます』


 その無機質な機械音声からは、感情が読み取れ無い。

 だが、何となくだけどプロネーシスが喜んでいる気がした。

 ただ、真名なんて大層な言い方をされると、僕自身が困ってしまうのだが。

 だって、何らかの責任が生ずる形だよね?


(うん!プロネーシス!これから宜しくね!)


 これからずっと共にする精身体のプロネーシス。

 名前が決まった事で僕にとってより身近に感じる事が出来た。


『はい。マスター。宜しくお願い致します』


 挨拶が終わり、お互いの事が共有出来ると先程よりも暗い気持ちは晴れていた。

 但し、全ての気持ちが晴れた訳では無い。

 何故なら、それは死を経験してしまったからだ。

 ああ、そうか。

 僕は転生したのか。

 あれだけ死にたくなかったのに。

 あれだけ生きる事に執着したのに。

 あっさりと死んだのか。

 ...悔しいな。

 やっぱり。

 でも、生まれ変わったと言う事は、これからは自由に生きられるって事なのかな?

 病気はそのままで寿命が限られているのかな?

 どうなのだろう?

 病院で身体の中を知らべて貰わないと解らない事か...

 ただ、今は赤児だし、そもそも此処が何処だか解らないし、これからどうすれば良いのか?

 身体は動かないし、言葉を喋れないし。

 うーん...

 悩んでいるとプロネーシスから声が掛かる。


『マスター。こちらに“何か”が近付いて参ります』

「!?」


 そう言われたが、僕の視線からは空しか見えない。

 正直、その近付いて来ている“何か”が解らない。

 人なのか?

 動物なのか?

 それとも、得体の知れないものなのか?

 確かに、何らかの足跡が僕へと近付いて来ている事が解る。

 だが、僕は動く事が出来無いのだ。


「...」


 不安や恐怖、そして、緊張で身体が強張る。

 いや、どうすれば良いの?


「■■■■、■■■■■■■■■、■■■■■■■■?」

(あらあら、こんな場所に赤児が、どうしたのかしら?)


 聞こえて来たのは何かの言葉。

 しかも、今までに一度も聞いた事が無い言葉だ。


(...女の人の声?)


 僕は、動く事が出来る状態では無かった。

 それは、自分自身ではどうする事も出来無い状況。

 だが、近付いて来る足跡の方角から随分と、おっとりとした口調の女性の声が聞こえて来たのだ。

 その瞬間。

 僕の不安や恐怖、警戒をしていた緊張と言ったものが一瞬にして解かれて行った。

 ...良かった。

 得体の知れないモノでは無く、見知らぬ人であって。


(でも、この言葉は...一体、何て言っているんだろう?)


 その女性は何かの言葉を話していた。

 ただ、僕にはその言葉を理解する事が出来なかった。

 それは日本語では無い、僕の全く知らない言葉を喋っていたからだ。


(今の状況から...抜け出せるのか?それとも...)


 近付いて来ている人物が女性とは言え、安心する事は出来無い。

 足音が大きくなり、僕にどんどんと近付いて来る。

 期待と不安。

 僕の現状を照らし合わせれば、その両方の気持ちが入り混じっていた。

 助かるのかも知れない期待。

 そのまま放置されるのかも知れない不安。

 鳴り止まぬ鼓動の音が、とても煩い。

 そうして足音が近付くにつれ、ようやく僕の視界の端に人影が見え始めた。


「■■■■■?■■■■■■■。■■■■■■■■■」

(あらあらっ?そうなのですね。神の導きなのですね)


 その女性は、僕の顔をじっくりと覗いて話し掛けて来た。

 何故か、話している最中に一度空を凝視めてから、又、僕の方へと向き直したけど。

 僕にはその言葉が解らなかったが、ようやく、その声の女性を目の前で見る事が出来たのだ。


(!?)


 その女性は、白と青の修道服を着ているシスター(?)。

 白いベールを被って素顔を覆っているが、そこから覗く顔立ちは美の象徴。

 現実世界でも見た事が無いような、とても美しい女性だ。

 透き通るような雪のように白い肌。

 しかも、張りのある、きめ細やかな肌だ。

 そして、真っ直ぐ筋の通った鼻に、桃色の小ぶりな唇。

 その金色に輝く瞳は慈愛に溢れていて、くっきりとした二重にワサワサと長い睫。


(...女神...様?)


 僕が目の前の女性に目を奪われていると。

 女性が優しく微笑みながら僕を丁寧に包み込むように抱き上げてくれた。

 すると、緊張していた気持ちが全て解れて、自然と安堵して行く。


(良かった。知らない人の筈なんだけど...何故か、安心出来る人だ)


 女性は、自ら頭に巻いていたベールを外して、裸の僕へと巻き付けた。

 その時。

 ベールを外した女性は、絹のような滑らかさを持つ、長くて美しい金色の髪が露になった。

 その金色の髪が風になびく姿は、何処か神秘的で、絵画に描かれた女神のように芸術的だ。


(...とても、綺麗な人だな)


 人の温もりを感じたのは久しぶりの事だった。

 人に抱き締められた事なんて、一体いつ以来だろうか?

 僕にはそれすらも思い出せない。

 だが、それはとても心地良いものだった。

 女性に優しく抱き締められれば、僕の全身が暖かい光に包まれているような感覚を得た。


(...あたたかい)


 見ず知らずの僕を優しく包むその行為。

 伝えられない言葉では無く、その行動で感情を示して。

 「もう大丈夫だよ」、「安心してね」と、その行動で丁寧に伝えられているように。

 僕が気付いた時には、自然と涙が流れていた。

 それは今まで蓄積されて来た、寂しさ、苦しさ、悲しみが溢れ出るように。

 人目も憚らず、精一杯、泣き叫んでいた。


 僕は、母親を知らない。

 僕は、父親を知らない。

 僕には兄弟もいなくて、家族を知らない。

 虚弱な母親は、その命と引き換えに僕を生んでそのまま死んでしまった。

 父親も生まれた時には既にいなかった。

 生まれた時から病院で生活をして、闘病を続けて来た人生。

 何故、僕は生まれたのだろうか?

 何故、僕は健康な身体では無いのだろうか?

 自由に動く事も出来無い薬漬けの毎日。

 食事もまともに取れずに、栄養摂取の為の点滴ばかりで家庭の味を知らない。

 身体の成長も遅くて、自身の生命活動で精一杯の身体。

 何故、僕は一人なのか?

 何故、僕は家族がいないのか?

 母親に抱いて貰った事は一度も無い。

 父親に叱られた事も一度も無い。

 生まれてから今までずっと、家族の愛を知らずに育ち、家庭の温かさを知らずに育った。

 そんな僕は自分の境遇を恨み、見ず知らずの他人を羨む。

 なんで僕だけ?

 なんで皆は?

 妬みの気持ちは苦しくて、自分の感情を腐らせて行く。

 嫌な事ばかりを考えてしまい、生きる事が辛い毎日。

 どうして、お母さんは僕を生んだの?

 その疑問は解ける事が無く、もう聞く事も出来無い。

 じゃあ、僕を苦しめる為に生んだの?

 そんな答えの出ない想いを心に抱えて。

 辛い日々を繰り返して、痛くて、苦しくて、寂しくて、悲しい。

 暗くて、黒い嫌な気持ちが心を支配する。

 でも。

 そんな僕でもだ。

 心の底から強く望む想いは、“生きていたい”と“死にたく無い”。

 例え、それがどんなに辛い状況だとしても、精一杯生きていたいのだと。

 死に抗って、出来る限り長く生きたい。

 必死に。

 全力で。

 我武者羅に。

 生きて、生きて、生きて。

 それでも叶わず、死ぬその時まで。


 結局、思い返しても僕が現世で生まれた意味は解らない。

 その疑問も解けないままだ。

 でも...

 こうして、また生きる事が出来るのだ。

 その嬉しさが込み上げて感情を刺激する。

 この場所で、この世界で、僕は精一杯生きようと心に誓った。


 泣いている僕を見て、僕を抱え上げてくれている女性が、あやすように微笑んだ。

 「どうしたの?」、「もう大丈夫だよ?」と、その笑顔で優しく包むように。


「■■■。■■■■。■■、■■■■■■」

(大丈夫。大丈夫よ。もう、大丈夫だから)


 僕にベールを巻き終えると、女性は僕の顔を覗き込んで笑った。

 その繊細な美しい手で、頬を優しく撫でて。

 女性が話す言葉は僕の知らない言語。

 だが、その行動で安心をさせてくれる。

 ああ、身体が温かい。

 全身がポカポカする。

 身体も、気持ちも、全てが温かい。

 何だか、嬉しい感情が止まらない。

 きっと、その身体と言う器から、気持ちと言う感情から、零れるように溢れているだろう。

 涙と言う見えるかたちで。


 すると、女性が僕を抱き抱えてこの場所から移動を始めた。

 僕に衝撃を与えないようにと、丁寧にゆっくりと歩いてだ。

 何やら森の中に入って行くようだ。

 その森の入り口で、先程まで僕達が居た場所を女性が振り返った。

 どうやら、僕は勘違いをしていたようだ。

 先程まで居た場所が、既に“森の中”だったのだ。

 僕は、目の前に広がる木々が森の入り口だと思っていた。

 だが、先程まで居た場所は10m平方の広場で、その広大な森の中の一部だったのだ。

 広場の中央にはとても大きな樹が生えており、色取り取りの花が咲き広がる不思議な場所だった。

 中央に頓挫する圧倒的主張。

 僕にはその大きな樹の周りが、虹色に光輝くように見えた。

 そう。

 まるで、此処が聖域だと知らせるように。


 振り返って何かの確認が終わると、女性は森の中へと進んだ。

 森の中の道は舗装されておらず、人が通る道としては非常に歩き辛そうな道。

 所謂いわゆる、獣道と呼ばれるもの。

 しかも、周りに生い茂る樹は逞しく、その樹齢が解らない程に成長を遂げていた。

 ただ、この状況を考えてみても、森の中を女性が一人で来ているので危険は無いのだと思う。

 それに女性自身、周りを警戒する様子が全く無いのだから。


 女性が森を歩く事10分程。

 ようやく、森の出口が見えて来た。

 その出口には、太陽の日差しが光のカーテンみたいに広がっている。

 僕達はその光のカーテンを通って森を抜けた。

 森を出ると直ぐに、教会らしき建物が見えた。

 どうやら、僕達が出て来たこの森は、その教会の裏手一杯に広がっているみたいだ。

 そして、その教会の正面口に回ると、木の扉の前で修道服を着た別の女性が立っていた。

 その女性は不安そうに、胸の前で祈りを奉げるように手を組んでいる。


(お祈り?しているって事は...ここって危険な森だったのか!?)


 足音でこちらに気付くと、その女性は安心したのか、不安で強張っていた表情は笑顔になり、祈りに込めていた力を抜いて脱力した。

  

「■■■■。■■■■■■■■■...■■、■■■■■?」

(良かった。無事だったのですね...まあ、赤児ですか?)


 この女性は、僕を拾ってくれた女性よりも小柄で、まだ七〜八歳位に見える少女だ。

 その優しそうな垂れた翠の瞳に、鼻の周りのそばかすが特徴的だった。

 少女は、女性みたいにベールを被っておらず、地頭が剥き出しだった。

 髪の色は茶色で、肩の長さまで真っ直ぐ伸びている。

 その茶髪の少女が軽く息を吐いて、安心したかのように喋り始めた。

 ふと、こちらの顔を覗くように見て。

 相変わらず、何を喋っているか言葉が解らない。

 どうやら、英語では...無さそうだ。


「■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■。■■■■■■■■■」

(今日から、ここで一緒に暮らすわ。神の導きです。大変ですが宜しくね)


 僕を抱えている女性が頭を優しく撫でながら茶髪の少女に伝える。

 すると、茶髪の少女は少し驚いた後にこちらを見て笑った。


「■■■■■■■。■■。■■■■■■■■!」

(神の導きですね。はい。精一杯頑張ります!)


 言葉は解らなかったのだが、何となく歓迎された気がした。

 その少女の笑顔から「これから宜しくね」と。


 教会に来ると、初めに僕は、井戸がある場所で身体を清められた。

 清められたと言っても、身体を水で洗うだけの話だが。

 この場所には、お風呂もシャワーも無い。

 身体を洗うと言う行為も、水で全身を流すだけ。


(石鹸やシャンプーは、無いのかな?)


 まあ、僕は洗って頂いている立場なので、水で身体を流すだけでも、とても有難い事だけど。

 ただ、僕は自分の身体を見る事が出来無い。

 見えないから確認する事が出来無いのだが、何だか、背中部分が嵩張っているように、少し変な感じがする。


(何だろう...この背中の違和感?)


 水で身体を洗い終われば、濡れた僕の身体を何かで拭いて貰えた。

 ただ、その身体を拭く物は、タオルみたいに柔らかくて吸収が良い物では無く、ゴワゴワとした硬い布で、無理矢理身体の水気を取った、そんな感じだ。

 そして、身体を拭き終えた時。

 服を着せるのでは無く、布を身体に巻き付けた。

 勿論、下着なんて物は無く、オシメなんて物も無い。

 排泄物は全て垂れ流しの状態だ。

 ただ、変な話。

 僕は寝たきりの状態が多かった為、他人に生命活動を救助されていたからこそ、そう言った羞恥心や罪悪感は無かった。

 これが普通の人ならば、かなり戸惑う事だとは思うけれども。

 しかし、後始末はそのまま放置するだけで、おしりも軽く水で流すだけ。

 衛生環境はかなり劣悪なものだ。

 現代社会において、此処は何処の田舎なのだろうと考えてしまう程だ。


(海外だから...文化が違うのか?)


 僕の身体が清め終われば、教会の中へと移動を開始した。

 教会への入り口である木で出来た両開きの扉を開けると、中は聖堂になっており、奥に女神像を祭った祭壇があった。

 ただ、この教会には、ガラスやステンドグラスと言った物は無く、木製の立て掛け開閉式の木窓だけ。

 但し、窓がある場所は、太陽の光が女神像を照らすように計算されていた。

 光が差し込むと女神像が輝いて見える。

 この聖堂からは、応接室、二階建ての居住空間のある部屋へと繋がっているようだ。

 他に部屋が何部屋かあるようで、意外と広いみたいだ。


 食事は赤児なので母乳を飲む事になる。

 固形物は食べられないし、流動食も無い。

 転生したばかりだと言うのに、これは詰んでしまったか?

 そう不安に思っていると、教会には金髪のシスター?とは別に乳母が存在していた。

 僕の他にも赤児が一人居るみたいで、どうやら、その子の母親みたいだ。


(いや...母親なのか?この人も随分と若く見えるし...)


 見た目で言えば14~15歳前後に見える。

 海外の人だから大人っぽく見えるけど...

 まあ、母乳が出る事からも見た目なんてものは当てにならないのだろうけど。


(それにしても...この人も異様に綺麗な人だな...人間なのか?)


 その女性は、そう思いたくなる程の美しさを誇っていた。

 まあ、僕は、その人から母乳を貰えた事で生命を繋ぐ事が出来た訳だけど。

 プロネーシス曰く、これは相当運が良いとの事だ。

 何故なら、生まれたばかりの赤児は、母乳摂取で栄養や免疫をつくる為だ。

 母乳が飲めないだけで、死亡の確率がぐんと上がってしまう。

 後々、知る事になるのだが、この世界の赤児の生存率はかなり低いもの。

 状況を考えれば、転生して赤児(裸)のまま森の中に居た僕は、かなり危険な状態だったと言う訳だ。

 教会のシスター?に拾われて、本当に良かったと思う。


(ふあ~。何だか眠い...)


 体力が無い所為なのか?

 それとも、成長の為なのか?

 この身体は起きているだけでも時間が経てば直ぐに眠くなる。

 まあ、起きていてもどうせ動けないので、僕からすれば寝ている方が楽で、そっちの方が全然助かるのだけれども。

 相変わらず、この世界の言葉は解らないままだ。

 知らない世界に、知らない場所なのだから、当然なのか。

 一応、プロネーシスが言葉を全て記憶して、言語を解析してくれている。

 まだ、ハッキリとは解らないが、元の世界には無い言語らしい。

 僕自身も言葉を注意深く聞いてみるが、その言語がさっぱり解らない。

 周りにいる人達も僕(赤児)に話し掛ける事は無いし、親切に言葉を教えてくれている訳では無いので、その言葉は単純に右から左に流れるだけなので仕方が無いのだろうけど。

 これは、早く言葉を覚えなければと痛感した瞬間だった。


 そうして無事に一日を問題無く過ごす事が出来た。

 今僕が居るのは、森の中で拾ってくれた金髪の修道服の女性の部屋。

 ベッド?(木の箱の上に藁を引き布を被せた物)の上で、仰向けで寝ている状態。

 正直、赤児のまま意識がハッキリしているのはかなり辛い。

 喋る事も、動く事も、僕自身では何も出来無いのだから。


 でも。

 それでもだ。

 それでも、僕は生きているんだ。

 病院の白い天井を眺める事しか出来無い、寝たきりの生活では無くて。

 生命を繋ぐ機械音しか聞こえなかった無機質な部屋では無く、様々な生活音が聞こえる、生きていると言う実感。

 そして、点滴では無い、味のある食事。

 見える景色はその都度変わり、人と触れ合う事が出来る。

 機械に繋がられた冷たさでは無く、人の温もりで確かな優しさを感じて。

 生きていく上で、直接その身体に五感を得られる喜び。

 ああ、本当に。

 本当に、転生出来て良かった。


(今度こそ...生き抜いてやるぞ!)


 あれっ?

 そうだ。

 転生をしているんだった。

 僕は今の今まで忘れていたけど、“ラグナロクRagnarφk”がイベント中に現実化を世界。

 創造神の姿をした“何か”が言っていた事を鵜呑みにして良いのか解らないけど、仮想世界が現実化した世界では実際にログアウトも出来なかったのだから。


(プロネーシス!この世界って...地球なの?)


 その為、転生した僕が居るこの世界が何処なのかを確認する。

 本来なら、プロネーシスと話している時点で気付くべきだった、この世界を。


『いえ。この世界は地球ではございません。マスターは気付いてないようでしたが、マスターの背中には魔力で出来た翼があり、人間では無く天使になります。但し、翼は透明な為、他の方に見える事はございません」


 プロネーシスが丁寧に説明をしてくれる。

 そこでようやく、僕の背中の違和感の正体に気が付く事が出来た。

 背中には、他人に見る(触る)事が出来無い透明の翼があると言う事をだ。


「今現在では要因を説明する事は出来ませんが、何らかの力が働いた事で転生前にやられていたゲームのキャラクター“ルシフェル”のまま、赤児に退化した状態で転生されております。私の記憶データからゲーム時代のキャラクターと今のマスター(退化要因を抜きにして)を照らし合わせても、99.99%一致しております。その為、この世界はラグナロクRagnarφkの舞台である仮想世界が、事象そのものを無視して現実化した世界と言う事になります』


 僕が転生した先は、ラグナロクRagnarφkが現実化した世界なのだと。

 それに設定したキャラクターのまま、赤児になっていたみたいだ。

 

(えっ、そうなの!?だから、背中に違和感があったのか...これは、全然気付かなかったよ。じゃあ、この世界は地球では無く、剣と魔法のファンタジー世界って事?)

『はい。マスター。それに、私とマスターが意思疎通を出来ている事が、何よりの証拠かと思われます』


 どうやら、この世界はラグナロクRagnarφkの舞台である、ユグドラシル世界そのものらしい。


(確かに、それはそうなんだけど...プロネーシスは、僕の妄想が作り上げた精身体とか、死んだ時のショックによるもう一つの人格とか、はたまた、一時の気の迷いみたいなものかと思っていたよ!)


 病院生活を余儀無く過ごして来た世間を知らない僕は、普通と言う事が正直解っていない。

 ネットで調べ上げた嘘の情報を鵜呑みにしてしまう程なのだ。

 例え、そこに書かれている情報が間違っていたとしても、動いて調べる事が出来無い僕では実際に知る術が無く、嘘に気が付く事が出来無いからだ。


『マスター。それは違います。私自身は、もともとゲームキャラクターの所持する唯のギフトに過ぎませんでした。ですが、ゲームが現実化をする際、そのギフトの効力が現実化した事で意思を持って生まれる事が出来たのです。それまではデータ上の“記憶”と“思考”でしたが、現実世界のマスターを介して仮想世界と繋がる事で、仮想世界の情報、現実世界の情報、電脳空間の情報、それら全てを介しての現実化となる為、副産物としてその全ての情報が“記憶”され、そのあらゆる情報から”思考“する事で人格を得る事が出来たのです』


 どうやら、ただのギフトであったプロネーシスは、奇跡的な状況で生み出されたものらしい。

 それは、僕が入院生活をして行く上で治療の一環として機械に(電脳世界に)繋がっていた事が大きく起因している。

 そして、ギフトが“記憶と思考”だった事も、ゲームが現実化した事もだ。

 それらの事象が奇跡的に重なった事でプロネーシスの”記憶“の中には、ゲーム世界の情報から元の世界の情報全てが完全記憶されていたのだ。

 その記憶した情報から”思考“して行く事で、ただのギフトにしか過ぎない一能力が意思を持つ事が出来たのだと。


(確かに、β版の特典で『記憶と思考』のギフトを貰っていたな...じゃあ、プロネーシスは、偶然の産物って事?と言うか、記憶と思考って完全な外れギフトだと思っていたんだけど?)


 ゲーム時代には、最後まで効果の解らない外れギフトだと思っていた。

 だが、現実化した事でとんでもない効果や性能を発揮する事になったのだ。


『私自身の誕生は、偶然でありますが、様々な事象が重なった結果でもあります。マスターとゲームを繋げるコンソールが、通常の独立型コンソールでは無く、コンピューター制御を行う為、電脳空間に繋がる医療用マシンからの接続であった事。マスターがゲーム世界に数多くあるギフトから『記憶と思考』のギフトを得た事。仮想世界ラグナロクRagnarφkが現実化した事。これらの条件が全て揃う事で、初めて私が誕生出来たのです。ただ、ギフトの『記憶と思考』の効果としては、全マップオート記憶に、魔法や戦技アーツやスキルと言った、習得度の減小がございました』


 確率としては、計り知れない程の天文学的な数字となる。

 一応、ギフトの効果も教えてくれたのだが、正直、僕としては実感を得る事は出来ていなかった。


(そうなんだ。でも、奇跡的な偶然だとしても、プロネーシスが一緒にいてくれる事は嬉しいよ!独りじゃないって...とても心強い事だから!ただ...ギフトの効果は、実感する事が出来ていなかったな。マップに関しては、もともとそういう仕様だと思っていたし。それに、魔法や戦技アーツやスキルは、いくら習得したところで使いこなせなければ意味が無かったからね)


 今まで独りだった僕にとっては嬉しい事だった。

 そして、ラグナロクRagnarφkの世界では、努力が実力に結び付く世界。


『はい。マスター。戦闘に関しては、マスターが仰る通りです。魔法や戦技アーツやスキルと言ったものは、本人が所持していても使いこなせなければ、役に立つ事がありませんので』


 魂位レベルを上げれば、魔法や戦技アーツやスキルと言った、それらを覚える事が出来る。

 だが、それは覚えただけの状態。

 魔法や戦技アーツやスキルは覚えたとしても、使いこなせなければ全く意味が無いものなのだから。


(そうだよね!じゃあ、キャラクターのまま転生しているのなら、ゲーム世界で覚えた、魔法や戦技アーツやスキルも引き継いてるって事?)


 僕がキャラクターのまま転生したのなら、気になる事はその能力だ。


『いえ、残念ですが、どうやらそうでは無いようです。私の意思がある事から、マスターが引き継いたものは、ギフトのみだと思われます。現状を鑑みてもマスターは、ゲームで表す魂位が、所謂いわゆるレベル1の状態だと思われます』


 どうやら、ギフト以外は初期状態のようだ。

 残念。

 強くてニューゲームとはならなかった。


(まあ、この姿を見れば当然か...でも、ここがラグナロクRagnarφkの世界ならば、頑張れば、頑張るだけ強くなれるって事だよね?もう一度、No.1を目指せるって事だよね?)


 僕が赤児の姿になっている事から考えてみても、それは間違い無いだろう。

 だが、此処がラグナロクRagnarφkと同じ世界なら、努力が実力に繋がる世界だ。

 それに、僕は一度死んでしまっているが、ラグナロクRagnarφk、No.1の実力を持っていたのだから。


『はい。マスター。努力した分だけ、マスターの力となります』


 プロネーシスが答える。

 それはこの世界でも同じなのだと。


(そっか...じゃあ、僕も...本当の英雄になれるのかな?)


 その僕の問いに、プロネーシスの意思が感情を持つように思考する。

 それは、マスターである僕が、自身の境遇でも最後まで諦めず生きる事を願い、それに伴う努力を最後の最後までして来た事を知っているからだ。

 余命宣告を受けてからも、定められた死の期限を乗り越え、強靭な精神力を持って限界を超えてまで生きて来た。

 痛みに抗い、家族のいない独りでも生きる事を望み、希望を忘れず最後まで努力をする。

 そんな僕だからこそ、『英雄になれるのです』と。

 足りない能力や知識はプロネーシスがサポートし、確実に『マスターが望む姿にさせてみせます』と。

 今度こそ、『マスターが好きなように生きて貰う為に』と。

 それが例え、何を望もうともだ。

 農夫を望むならば、最高の農夫に。

 商人を望むならば、最高の商人に。

 鍛冶師を望むならば、最高の鍛冶師に

 英雄を望むならば、最高の英雄に。

 『マスターがどんな事を望んでも、その最高を叶えてみせる』と、プロネーシスは思考した。


『マスターなら確実です。それに、私がサポート致しますので』


 僕はその答えに、プロネーシスの感情が初めて知れた気がした。

 今までの無機質な物からほんの少しの感情が芽生えたように。

 『マスターならば出来ます』と。

 そう力強く。


(本当に!?それは嬉しいな!!ありがとう、プロネーシス!!一緒に頑張ろう!!)


 僕は初めて、僕と言う人間が認められた事が嬉しくて、自然と心から感謝が出ていた。

 僕の望む事が叶えられるのだと。


『はい。マスター』


 僕は、この世界に転生し、新たに目指すべき目標が出来た。

 此処がラグナロクRagnarφkと同じ世界なら、魔法やスキルがある世界だ。

 但し、今はゲーム時代のように、ステータス画面を確認する事は出来無いのだが。

 そもそも赤児の状態なので、今の僕に何が出来るのかは解らない。

 それでも、プロネーシスのおかげで背中に翼がある事は教えて貰った。

 種族が天使だと言う事が解ったのだ。

 そして、種族が天使ならば、固有スキルに浮遊があり、空を浮かぶ事が出来る。


(じゃあ、先ずは、僕の出来る事を一つずつ検証してみようかな?)


 今の僕は、ベッドの上で仰向けの状態。

 ゲーム時代と同じように、空を浮かぶ事だけに意識を集中させてみる。

 僕自身が、その場から上空に浮遊する状態を思い描きながらだ。

 ...

 おお!

 よし、成功だ。

 ちゃんと仰向けの状態のまま浮く事が出来ている。

 じゃあ、次は、その仰向けの姿勢から向きを変えて、直立する姿勢をイメージしてみる。

 すると、徐々に身体の向きが変わって行くのが解る。

 僕のイメージ通りに浮遊が出来ているのだ。

 これなら赤児の状態のままでも自力で移動する事が出来る。


(プロネーシス!ラグナロクRagnarφk世界の能力は、ちゃんとここでも使えるんだね!)


 この転生した世界で、ゲーム時代の能力が使用出来ている。

 その確認が出来た事で、僕が望む英雄への道が一歩進んだ。


『はい。マスター。固有スキルの発動、おめでとうございます』


 プロネーシスが無機質な音声で褒めてくれた。


(ありがとう!じゃあ、ここから僕が英雄になる方法について、プロネーシスに一緒に考えて欲しいんだけど、頼めるかな?)


 プロネーシスがギフトであった際の効果は、『記憶と思考』。

 その能力を最大限に活かす事をお願いする。


『承知致しました。それでは、英雄とは、どの強さを目指しますか?』


 僕の運命を決定する瞬間だ。

 お互いの意思を共有する為、プロネーシスが僕に尋ねて来た。


(明確な目標は、必要だもんね...だったら、史上最強(この世界の頂点)かな?)


 目指すなら史上最強。

 この世界のNo.1を目指すのだから当然だ。

 ただ、この時、僕は忘れていた。

 この世界が、望んだ事(努力した事)が叶う世界だと言う事を。

 そして、プロネーシスには僕の考えている言葉と、その言葉の持つ意味が違って伝わっていた事を。

 言葉だけでは、その違いが解らないのだから。


『承知致しました。史上最強(万物の理の頂点)ですね。それは、どんな物(物理、物量、物体)にも、どんな事(事実、事象、事態)にもですか?』


 プロネーシスは、自身の持てる全ての情報から最高点を思考して導き出した。

 そして、その言葉と言うものも、僕は間違って受け取っていた。


(うん!どんなもの(者、人物)にも!どんなこと(事、魔法)にも!全てにおいて!!)


 僕は、その言葉が持つ表面の意味だけを捉えて答えていた。

 最強の英雄を目指す事。

 ただ、その一点だけに絞って。


『承知致しました。全て(全般、全知、全能)においてですね。私にお任せ下さい』


 この時、僕はもっと特定して答えるべきだったのだ。

 プロネーシスが考える全てとは、まさに何事においてもだったのだから。


(流石、プロネーシス!頼りになるね!)


 その淀みの無い、心強い返答に頼もしくなった。

 再び、No.1を目指す事が出来るのだと。


『では、本日より早速、魔力訓練を始めて行きましょう。魔力訓練には、魔法に対するイメージトレーニング、魔力操作、魔力の質の上昇、強化を行います。肉体面においては、一二歳の成長期までは余分な筋力トレーニングは控え、身体操作、武器の使用操作の訓練に当てましょう。身体が出来始めてから筋力トレーニングを始め、効率的な魂位の上昇をして行きましょう。その際随時情報を集め、スケジュールの更新、改善を取りいれます』


 瞬時に導き出した答えは、あらゆる事実、あらゆる可能性を考慮したものだった。

 それも逐一、状況に合わせたアップデートを兼ねて。


(早っ!?あっという間に考えてくれて、プロネーシスは凄いね!でも、僕は、頑張る事だけは得意だから任せてよ!)


 この時、噛み合う事の無い会話が、二人の勘違いから偶然にも成り立った。

 その会話でのやり取りで、お互いの意思の合意(?)が出来た事で、史上最強を目指して行く。

 かたや、理の枠を超えて。

 かたや、常識の枠を超えて。

 そうして、万物の頂点へと。


 僕は、とても嬉しくなった。

 生まれてから生きると言う事は大変で、辛くて、悲しくて、苦しかった。

 だが、此処に来て初めて、人の温もりを知り、生きる喜びを知った。


 まだまだ喜ぶ事は一杯ある。

 まだまだ怒る事は一杯ある。

 まだまだ哀しい事は一杯ある。

 まだまだ楽しい事は一杯ある。

 様々な感情を刺激して、喜怒哀楽を感じる事が出来るのだと。


 色々なものを見る。

 色々なものを聞く。

 色々なものを匂う。

 色々なものを味わう。

 色々なものを触れる。

 様々なものを体験して、五感を感じる事が出来るのだと。

 

 そうして、この世界を一生懸命生きようと。

 僕は、新たな決意を表明した。


(今度こそは...生き抜くぞ!!)


 それから時間が経ち、太陽が沈んで周りを照らす光が消えた頃。

 修道服を纏った金髪の女性が部屋へと戻って来た。

 暗い中、火打ち石を使い、蝋燭に灯をともす。

 周囲を微かに照らす、その火の光が淡く儚いものだ。

 女性が寝ている僕へと近付いて来た。

 その寝顔を確認すると、優しく微笑み、祭壇のある部屋の奥へと移動して行った。


「■■■、■■■、■■■■■■■■■」

(女神様、どうか、私達をお導き下さい)


 地面に膝をついて、両手を胸の前に組む。

 首からぶら下げる十字架(中心部分に逆三角形の十字架)を両手で持ち、祈りを奉げる構え。

 女性は真剣な表情で祈り、そして、言葉を紡いでいった。


「■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■■■■■■」

(白の女神 ヴァイスエイル 祈りと導き 癒しと安らぎ 神々の祝福に 生命の息吹 大いなる恵みに 慈愛と感謝 聖なる加護を与えたまえ)


 魔法陣が女神像を中心に展開し、呪文の詠唱と共に白い光の粒子が集まる。

 その白い光の粒子が魔法陣から溢れ出し、女神像に螺旋状に絡まる。

 呪文の詠唱が終わると、女神像から光の輝きが拡散した。

 女神像を中心に、教会の周囲へと輝きが円形に広がる。

 白い光がドーム状にコーティングされ、暖かく心地良い光に包まれた。


「■■■■■■」

(神のご加護を)


 こうして、転生初日の夜が更けて行った。

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