表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
26/85

025 終末の日(ラグナロク)

※過激な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。

 遡る事、数分。

 ミズガルズ世界では。


「レオ!!この大群は一体何なんだ!?」


 海豚人族のルカが、目の前の“翼の生えた人間”と戦闘を行いながら、ポセイドン皇に問い質す。

 一体一体はそれ程の強さでは無い。

 ルカでも喋るくらいには余裕があった。


「もしかしたら...神の御使い...天使なのかも知れない」


 獅子人族のポセイドン皇が答えた。

 本人は実際に見た事の無い(僕を除く)種族で、見た目の特徴から特定したもの。

 天より舞い降りし神の御使い。

 それが意味する事は、世界の是正。


「天使だと!?相手は神か何かと言うのか?」


 豹人族のマークが、自身の知っている知識と照らし合わせて驚く。

 天上に住まう神々が相手では、万が一でも勝てる可能性が考えられ無くなるからだ。


「神の...軍団...私達なんかが、そんな相手に立ち向かえるの?」


 同じく豹人族のジェレミーが絶望の表情を浮かべていた。

 決して人の手で逆らえないのが神なのだと。

 天使がこの世界に来ている時点で、「破滅は免れないのでは無いのか?」と。


「これは...何が起きているのだ!?」


 誰も解る事の無い、目の前の現実。

 ポセイドン皇達は、それに抗いながら必死に抵抗をしていた。




 時を同じくして、ハデス帝国領では。


「プルート様!!彼奴らは天使の姿をしておりますが、一体、何者なのですか?」


 幽鬼族のデュナメスが、魂の選定者で、戦乙女ヴァルキュリーであるプルート皇に問う。

 プルート皇はアースガルズ世界出身の戦乙女ヴァルキュリー

 そこには本物の天使が居る。

 本物の神々が居る。

 目の前の、天使の姿を模倣した偽物と比べる事が出来る筈だと。


「さあのう?どうやら、妾にも解らん事があるようじゃ」


 ミズガルズ世界の創世から共に、この世界に居るプルート皇。

 だと言うのに、目の前の“天使”を知らない。

 いや、姿を真似た偽物をだ。


「プルート様!!此処は危険です!相手の一体一体は強くありませんが、数が多過ぎます!!」


 吸血鬼族のヴァイアードがプルート皇の身を案じる。

 目の前の状況を考えれば、正しい進言だろう。

 だが、正解では無い。


「何を抜かす。何処へ行こうが、こうなっては変わり無い。安全な場所など、とうに消え失せておるわ」


 無数の天使達による攻撃。

 その一つ一つの攻撃は大した威力では無い。

 だが、その数が尋常では無い程多い。

 束になれば国を壊すのも容易なのだ。

 既に逃げ場は無かった。


「グオオー!!!」


 鬼人族のオルグは、先陣をきって天使達と戦っていた。

 戦場のど真ん中。

 死地に居ると言うのに、何処か楽しそうなオルグであった。


「光あるところに影があり...相手の光が強ければ強い程、我等影の力も増すという事」


 骨人族のオクタウィアヌスは、神(光)の軍団に対抗すべく影の軍団を率いて戦っていた。

 数には数で対抗する。

 決して負けていない。


「ルシフェル様...何故でしょうか?今なら、快楽を伴う交じり合いが出来る気がします。はっ!?もしかして、この戦いを乗り越えた時のご褒美と言う事ですね?ハッキリと目に浮かびます。貴方様との■■■が!!」


 興奮の止まらない蛇人族のエキドナ。

 自分の中の何かが変わった事を感じているようだ。

 発作の如く恋慕する感情。

 妄想は止まらない。

 そして、攻撃も止まらない。

 エキドナの周囲に浮かぶ複数の魔念体。

 それぞれから魔法が発動され天使達を倒して行く。

 私の天使はルシフェル様だけなのだと。


「この世界はどうなってしまったのじゃ?妾の望みが叶う事など、これから先訪れる事は無いのか?...どうやら、それどころでは無さそうじゃがな」


 目の前の光景は地獄絵図。

 プルート皇は、知ってか知らぬか現実化した事を肌で感じてはいた。

 だが、今の局面を乗り越えない事にはどうしようも出来無い。

 望みは薄そうだ。




 同時刻、同じようにジュピター皇国でも熾烈な戦いが繰り広げられていた。


「キュクロプス!!ヘカトンケイル!!お行きなさい!!」


 魔科学者のメティスが、巨人の力を完全に制御したキュクロプスとヘカトンケイルに指示を送る。

 擬似魔核を完全なる魔核へと作り上げたメティス。

 その甲斐もあってか、二人は、普段は人間の姿をしている。

 自分の意思で巨人化が出来るようになったのだ。


「これが神の裁きだと言うのか?これが世界の滅びだと言うのか?例え、それが定められた運命だろうが、相手が神の軍団だろうが、我々人の心が挫ける事は無い!!」


 ジュピター皇国のゼウス皇が天使達に立ち塞がる。

 無数の天使達に囲まれていると言うのに、その様子から怯んだ感じは全く無い。

 しかも、複数の相手から放たれた攻撃を最小限の動きで避けてしまった。


「我等人の力を見よ!!如何にお前等が強大な力を持っていようとも、我等人は協力をして立ち向かう!!」


 そう宣言をしたゼウス。

 大剣を振るい、天使達を切り伏せて行く。

 その姿は、正に勇者。


「ゼウス!!やっちゃえー!!」


 ゼウスの胸の中で応援する妖精のニンフ。

 まるで、アトラクションに乗っているかのような雰囲気だ。

 だが、それが周囲の緊張を解いていた事も確かだ。




 三国から遠く離れた場所。

 ミズガルズ世界に辿り着いたばかりの魔物が居た。


「創生の樹の浄化。直ちに執行する!!」


 雷を全身に纏う人頭象身の魔物だ。

 右手を上に掲げ、魔力を込めて行く。


「天雷!!」


 それは、一瞬の出来事だった。

 考える暇も無い程の時間。

 きっと、痛みを感じる事も、後悔する事も与えなかっただろう。

 ミズガルズ世界は。

 人の居ない浄土と化した。




 こうして、九つの世界の内、八つの世界を回って来た人頭象身の魔物。


「これで、八つの世界の創生の樹の浄化が終了した。残すはこの世界のみ。そして、お前一人だけだ」


 目の前の魔物が何を言っているのか、僕には理解が出来なかった。

 人頭象身の魔物がそう言って突然、僕の前に現れたのだから。

 “八つの世界の創生の樹の浄化”?

 “残すはこの世界のみ”?

 “お前一人”?

 その一度の台詞に対して、重要な情報が詰め込まれ過ぎている。

 言葉の意味そのものは理解が出来るが、言葉の意味をそのまま受け取る事は出来なかった。

 じゃあ、それは現実化した世界に住む人間やNPCが、僕以外には生き残っていないって事なのか?

 それは、ミズガルズ世界のNPCであった海皇ネプチューン、マーク、ジェレミー、ルカ、亜人共和国ポセイドンの面々。

 ハデス帝国の冥府皇プルート、デュナメス、エキドナ、オクタウィアヌス、オルグ、ヴァイアード。

 新生ジュピター皇国の天空皇ゼウス、ニンフ、メティス、キュクロプス、ヘカトンケイル。

 アルフヘイム世界のエルフ王国。

 スヴァルトアルフヘイム世界のダークエルフ王国。

 ニタヴェリール世界のドワーフ王国に小人族の集落。

 ムスペルへイム世界の炎獄帝国。

 ニブルヘイム世界の氷獄帝国。

 ヨトゥンへイム世界の悪魔。

 ヴァナヘイム世界のヴァン神族。

 そして、今いるアースガルズ世界のアース神族。

 人頭象身の魔物が言っている事は、これらの世界が壊滅をしたと言う事だ。


(僕以外に...生き残りがいないだって?)


 実際にそれを目にした訳では無い。

 所詮、言葉だけの宣言だ。

 だと言うのに...

 僕の心は、ポッカリと穴が空いてしまったように虚しさが支配をしていた。



 この場から動く事が出来無い僕には真偽を調べようが無い。

 相手の言葉を鵜呑みにする訳では無いが、嘘を吐く必要も無い事だ。

 今の状況を考えれば、恐らく真実なのだろう。

 そう考えていると、僕を待たずに魔物は動き出していた。


「浄化を済ませて世界を創り直す!」


 雷撃を纏った魔物が、鋭い目つきで僕を捉えている。

 人頭象身の魔物と龍の挟み撃ち。

 ハッキリ言って最悪な状況だ。

 世界に溢れる天使達。

 黄昏のに神々。

 四体の魔物の内、最大最後にして最強の人頭象身の魔物。

 そして、突如現れた巨大な龍。

 それらに加えて、まだ子羊も、創造神も残っていると言うのにだ。


「くっ!こんなところで挟まれるとは」


 龍は地面を這って大地を腐敗させながら僕目掛けて向かって来ている。

 動きそのものは蛇に似ているが、そのスピードは段違いだ。

 僕はその龍の突撃を、飛行を使いながら上手に避けて行く。

 そして、そのまま大剣で反撃をしようと斬り掛かるが、不意に背後から気配を感じた。

 「ゾクッ!」と背筋が凍り付くような感覚で、見逃したら生命の危機に関するもの。

 慌てて身を翻し、それを確認する。


「なっ!?」


 それは人頭象身の魔物による攻撃。

 手に持つ魔法具ボウガンによって放たれた属性を纏った魔力矢。

 バチバチと放電をしながら飛来する魔力矢は雷速の速さで僕目掛けて飛んで来る。

 しかも、放たれたボウガンの矢は一発では無く連続で何発も。

 空気中の水分が焦げるような匂いを発し、蒸発させて周囲の気温を高めると同時に。


「ちっ!!」


 身体を捻り、飛来する無数の攻撃の合間を抜けて行く。

 浮遊と飛行で空を無理矢理駆け回り、攻撃の軌道に逆らわずにだ。

 どうやら、人頭象身の魔物による攻撃は、挟撃をしに来ている龍を気にせずに放たれた攻撃だった。

 その無数の矢は龍の身体を貫通していた。


「!?」


 敵味方の関係が無い攻撃に驚く。

 「連携をしている訳では無いのか?」と疑問が浮かぶが、相手の攻撃は続いている。

 悠長に止まって考える時間も無かった。

 しかも、身体に無数の穴を空けた龍は、その事を一才気にせず、僕の逃げ場を塞ぐように、離れた場所から段々と円を描くように距離を詰めながら、僕を囲う為に動き出していた。

 そうはさせまいと必死にその場から離れる。


「挟撃とは厄介な!?しかも、身体が再生を始めているだと!?...だから、相手の事を気にせず攻撃をしたのか?」


 龍の身体に空いた穴は直ぐに再生を始めていた。

 グチュグチュと細胞が膨れ上がり元の状態へと戻ろうとしている。

 その回復力が尋常では無い。

 しかも、龍がとぐろを巻き僕の周囲に壁が出来上がってしまった。

 迫り来る肉の壁。

 これは締め付けるつもりなのか?

 それとも押し潰すつもりなのか?

 もはや、飛んで避けられる状況では無かった。


「飛行では間に合わない...だったら!!」


 迫り来る壁が閉じる前に空間転移で壁の外へと抜け出す。

 直ぐさま反撃に移ろうと行動を開始した。

 だが、僕の背後には既に魔物がいた。

 空間の揺らぎを感知し、転移先へと回り込んでいた人頭象身の魔物。

 僕は振り返る事も出来ずに、防御体勢を取る事も出来ずに、魔物の攻撃をもろに受けてしまった。


「がはっ!!」


 正直、何の攻撃を受けたのか解らなかった。

 だが、身体に電流が流れ、僕の全身が感電をしながら弾き飛ばされている。

 その勢いのまま地面に叩きつけられてしまい、地中深くにめり込んで行った。

 上級属性の半減耐性があろうと関係無く、僕の身体の内臓を焦がす攻撃。

 皮膚は焼け爛れ、身体からは焦げた臭い匂いを発していた。


(転移後の隙を狙われた?...直撃を貰うとは全く余裕が無いぞ...)


 肺が潰されたのか?

 機能していないのか?

 上手く息が出来無い。

 声も出せない。

 意識が途切れそうな中、魔物と龍の追い討ちが迫って来ている。

 僕の身体の半身は、既に動かない状態だ。


(回復をしないと...)


 龍がとくろを巻いた先の遥か頭上から僕目掛けて落ちて来ているのが見える。

 人頭象身の魔物からは、極大の雷撃の魔法を放っているのが見える。

 僕は動ける半身を無理矢理動かし、痛みや麻痺を振り解いて身体を回復させた。


(パーフェクト・ヒール)


 聖なる光に包まれると同時に、僕の身体の怪我や体力が瞬時に完全回復をした。

 そして、直ぐにこの場から動く為、一呼吸で一度に肺へと酸素を取り込んだ。


「っすぅーーーー」


 身体は半分地面に埋まったままだが、相手の攻撃ギリギリのところで今度は二体の魔物から遠く離れた場所へと転移をする。

 転移前の僕が居た場所では、龍の体当たりによる攻撃で、まるで、隕石の衝突と同じようなクレーターが出来上がっていた。

 しかも、龍はその勢いのままに地中深くまで潜っている。

 それに、極大の雷撃がそのフィールド全体に落ちている。

 周囲に居た天使や黄昏の神々を関係無しに跡形も無く消し飛ばしてしまった。


(相打ちをしてくれるのはありがたいが、これはやばい...近くに居なくて良かった)


 二体の魔物から遠く離れた場所で、その威力に驚愕をする。

 だが、これから反撃(殲滅)をしなければならない。

 自分が生き残る為にも、それは必然だ。

 僕は空手の息吹を使用し、無理矢理呼吸を整えた。


「すっーーーーー。こぉーーーーーー」


 一度の深い呼吸で身体の機能を無理矢理立て直し、冷静さを取り戻す。

 すると、この付近にあるものを発見した。


「あれ...は?」


 その場にあったものはオーディンが愛用していた神槍グングニル。

 周りには人がおらず、他に何も残って無い。

 武器だけが此処に残っていると言う事は...

 主神であるオーディンが既にこの世界にはいないと言う事だ。


「ラグナロクRagnarφk世界の主神オーディンも討たれたというのか!?...だが、これが残っているなら!!」


 だが、グングニルが残っていると言う事は、僕に取っての吉報であった。

 それはグングニルが魔法具であり、最強の武器だから。

 グングニルの特性状、魔力が有る程それに相乗して威力を増して行く神具。

 今の現実化した世界なら、魔力を込められる際限が無くなっているのだから。

 神槍グングニルを拾いに行く。


(こう考えると、僕はいつも痛みと苦しみに抗っているんだな)


 僕がゲームを始めた頃。

 今までに経て来た数々のBOSS戦。

 イベントでの戦闘に個人戦。

 そこにはいつも傷だらけの自分がいた。

 だけど、その痛みがあるおかげで、僕は生を実感出来ているのだ。

 戦いはまだ終わっていない。

 最後まで抗って生きる為に戦うのだと。

 その思いが表情にも出ていたかも知れないが、思わず(ふっ)と心の中で笑ってしまった。


(世界の崩壊は既に始まっているか...これを乗り越えたところで...生き残る事が出来るのか?)


 回復アイテムのパーフェクト・マナポーションを使用して魔力を完全に回復させた。

 そして、すかさず魔力ブーストを使用し、一つの神具へと最大限の魔力を込めて行く。

 すると、神槍グングニルが魔力を吸収し、みるみる内に巨大化をして行った。

 更には聖属性の魔力を纏い、全てを破壊すべく究極の槍へと形を変えて行った。


「主神オーディンだろうが、これ程の魔力を一度に込めた事は無いだろう!!」


 グングニルのもう一つの特性。

 それは“必中貫通”。

 放たれた攻撃は、あらゆる事象を曲げて対象を必中で貫くと言う結果のみを生む。

 その対象は、人頭象身の魔物と龍。

 ついでに周囲に居る天使達や黄昏の神々も含めて。

 そして、龍が地中から姿を現した瞬間を狙う。


「全てを貫け!!神槍グングニル!!!」


 魔力を最大限込めて、僕の手から放たれた神槍は光速を超えた。

 地面、空間、天使、黄昏の神々、そして、人頭象身の魔物と龍。

 それらの存在そのものを全て消し去ったのだ。

  あれだけ強大な力を持った人頭象身の魔物も、主神を喰らい進化を果たした龍も、その一撃の下に葬り去った。

 神槍グングニルが通った後は“何も残らない”。

 その何も残らない空間を埋めようと、急激に空気が渦巻いて空間を補完して行く。

 これが神槍グングニルの最大威力であり、主神のみが持つ事を許された神具の特殊効果だ。

 だが、僕はそれどころでは無かった。

 攻撃に全魔力を使用しているので、保有魔力が空の状態。

 魔力欠乏症に襲われていた。

 身体の倦怠感と脳に行き渡っていない酸素。

 息苦しさと目ま苦しさ。

 酸欠にも似た症状に襲われているが、無理矢理身体を動かして回復させて行く。

 アイテムを取り出すのにも精一杯だ。


「はぁ、はぁ...魔力が枯渇するなんて、随分久しぶりの事たな...」


 魔力欠乏症の状態に、魔力を完全回復させたところで、一旦気持ちも身体も落ち着かせる。

 ようやく、四体の魔物を消滅させたところまで来たのだ。

 後は、封印の要となる子羊を倒せば破滅は免れる筈。

 何としても七つの封印が解かれる前に、是が非でも討伐をしなければならない魔物だ。

 既に、子羊の場所は解っている。


「七つの封印が解かれる前に、全てを終わらせる!!」


 そう意気まいて子羊を確認したところ、丁度ラッパを鳴らそうと口に運んでいる最中だった。


(なっ!?)


 この時の心臓の高鳴り、脳内麻薬の分泌は一生忘れる事が無いだろう。

 緊張、焦り、不安、恐れ。

 それらの様々な感情が入り乱れ、初めて痛みでは無く、感情によって手足が思うように動かなかったのだから。

 だが、僕は頭で考えるよりも早く行動を開始していた。

 生に対する執着と言うものが、感情や身体を凌駕して行動へと移していたのだ。

 気が付けば、子羊の背後へと空間転移をし、それもラッパが口に含まれるぎりぎりの刹那。

 僕は背後から大剣を振り下ろしていた。


「てやー!!」

「メェーーーーー!!!」


 子羊の叫びが、世界にこだまする。

 七度目のラッパが鳴る寸前。

 全ての封印が解かれる寸前。

 無事に子羊を斬り殺す事が出来た。

 その子羊は、頭から真っ二つに分断し、臓器や核もろとも切断されていた。

 核を破壊された子羊は、その身体が維持出来なくなり勝手に崩壊をして行った。


「良かった...間に合った...」


 僕の心臓は、まだ「ドキドキ」と大きく鼓動をしていた。

 正直、これ以上の災厄があるとは考えられない。

 最後の審判を迎える寸前、そのギリギリのところで踏み止まる事が出来たのだ。

 これで残りは、数を減らした天使達に、黄昏の神々の生き残り。

 そして、創造神。


「後は、ここを乗り切れば!!」


 ユグドラシル世界はアースガルズ世界を除いて、既に壊滅をしている。

 だが、人頭象身の魔物が言っていた言葉。

 「創生の樹の浄化」と「世界の創り直し」。

 これが本当ならば...

 もしかしたら、一縷の望みがあるのかも知れない。

 目の前の敵、その全てを倒し、生き残りさえすれば何とかなるのでは無いか?

 世界樹であるユグドラシルがあれば、この世界は存続する事が出来るのでは無いのか?

 と、希望にも似た淡い期待をしている。

 もしかしたら、世界は修復が出来無いのかも知れない。

 抗う意味が無く、死が確定している事なのかも知れない。

 その助からない世界で、無意味に足掻いているだけなのかも知れない。

 だとしてもだ。

 僅かでも生き残れる可能性が残っているのならば、僕は全力で抗う。

 僕にとって生きると言う事は、常に全力を出す事なのだから。


「魔法もアイテムも出し惜しみしない!そして、生き残る為に...!!」


 生き残る為。

 敵を殲滅する為。

 そのどちらも両立する為に、天使達に黄昏の神々と対峙して行く。

 囲まれている周囲の相手の一挙手一投足を見逃さないように観察して、最善の行動を導き出して行く。


「全てを殺す!!」


 僕の持てる能力を全て活用する。

 常に周囲の状況を把握しながら、常に相手の行動の先手を取って行く。

 無駄な動き。

 無駄な思考。

 戦いの中でそれらを省き、行動そのものを洗練させて行く。

 意識する事、それ自体を忘れるくらいに集中して。

 そこで、ようやく辿り着く事の出来る世界がある。

 自分の感覚、全てが研ぎ澄まされた世界。

 “ZONE”。

 思考と行動の一体化。

 これまでの経験により蓄積された最適化への導き。

 自ら考えなくとも、自ら動こうとしなくても、勝手に成し遂げている状態。

 その意識と思考が沈んだところで、上から俯瞰して捉えている感じがとても心地良い。


「...」


 魔力を気にせず、回復アイテムを気にせず、常に全力で攻撃や魔法を放って行く。

 群がる天使達を。

 群がる黄昏の神々を。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 全ての天使。

 全ての黄昏の神々がいなくなるまで

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 思考も動きも殲滅する為だけに洗練されて行き、一才無駄の無い動き。

 状況に合わせた最善手が瞬時に導かれていた。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 どれ位の時が経ったのだろうか?

 それは短いのかも知れないし、長いのかも知れない。

 崩壊が始まっている中で、世界の終末の中で、僕は...

 まだ、生きているのだ。

 生きられているのだ。

 生き残れているからこそ希望を抱き、より生へと執着して行く。

 自分が助かる為に、全てを殺す。

 自分が生き残る為に、全てを殺す。


 殺す。


(あと少し)


 殺す。


(手を伸ばせば光が届くのだ)


 殺す。


(奇跡は目の前に)


 全てを殺す。


「やり遂げるんだ!!」


 そして、とうとう辿り着いた最終地点。

 ようやく、天使達、黄昏の神々を殲滅したのだ。

 そう。

 残すは、ただ一人。

 創造神だけだ。

 だが、創造神は未だにその場から動いていなかった。

 この状況になったとしても、余裕の表情で天空から僕を見下ろしている。

 その僕を見る目は、道端に落ちているゴミを見るような、とても冷え切ったものだった。


「ふむ。“良く頑張った”とでも褒めてやれば良いものか?ようやく、私もこの身体に馴染んで来たところだ」


 その声は、年老いた老人のようにも聞こえるし、成人したばかりの青年のようにも聞こえる。

 創造神が言葉を喋っただけだと言うのに、有無を言わさぬような圧倒的な威圧感を与え、今直ぐにでも跪きたくなる程。

 心臓は鷲掴みをされたように苦しく、呼吸をするのもままならない。


(何だ!?“何もされていない”のに気圧されているのか!?)


 創造神と相対しただけだと言うのに、その神威に当てられ、身動きが出来無い自分が居た。

 その見た目はイベントの前情報通りだが、醸し出す雰囲気が“ゲームの中の誰か”に似ている気がした。

 ただ、僕はその人物の事を思い出す事が出来なかったけれど、記憶と言うよりかは心が反応している感じだった。

 それに、もし、創造神の言葉通りだとすれば、今まで高みの見物を決めていた訳では無さそうだ。

 どうやら、世界を現実化させた影響により、創造神の中の“何か”がその身体に馴染むまで時間が掛かったのだと。


「だが、残念だったな。他を幾ら倒そうが、私一人いれば全てが事足りるのだよ」


 あれ程いた創造神側の勢力が壊滅したと言うのに、創造神一人だけの状況になったと言うのに、その様子からは、何一つ焦っている雰囲気が無かった。

 もしかしたら、最初からこうなる事が解かっていたのか?

 それとも、最初から全てを一人でやるつもりだったのか?

 僕には解らなかった。

 そして、創造神が僕にそう伝えると、人差し指を親指に重ねて「ピン!」と指を弾いた。

 すると、僕の顔の横を、何かが物凄い速さで通り過ぎていった。


「!?」

「この“世界の権限”は、全て私が掌握しているのだから」


 それは、一瞬の出来事だった。

 煌く閃光と爆発にも似た轟音。

 舞台となるアースガルズ世界が、何もない更地と化したのだ。

 すると、此処に来て初めて創造神が笑った。

 その笑顔は、仮にも神と言う名称の付いた人物が見せる笑顔では無かった。

 それは...

 とても。

 とても歪なもので、おぞましい程の醜悪な表情をしていたからだ。

 そして、創造神が口にした言葉。

 “世界の権限”。

 もし、創造神の言う事が本当ならば、創造神はこの世界を好きなように弄れると言う事を表している。


「世界の...権限だと?何故、お前はこの世界を壊そうとしているんだ!?」


 僕はその言葉を聞いた時、心に酷く不安を感じた。

 権限とは、特定範囲における権利や能力を有する者の事を言うからだ。

 その特定範囲が世界規模となると、もう、僕にはどうする事も出来無いから。


「何故だと?そんな事は決まっておろう。人間総すべてを葬り去る為だ」


 然も、当たり前にその言葉を口にした。

 そこには喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、感情らしい感情が無い。

 創造神にとっては、極自然な行いであり、特段力を入れる事では無いのだと。


「お前は、あれか?自分の住処にゴキブリが紛れ込んだらそのまま共生をするのか?もしくは、ゴキブリを愛でて共存するとでも言うのか?」


 目の前の創造神からすれば、人間は害虫と同じ扱いなのだと。

 人間を者だとは思っておらず、物か何かだと本気で思っているようだ。

 害虫駆除業者の作業員が、害虫を駆除する事に、疑問も、抵抗も、何も覚えていないように。


「ふむ。その表情は納得がいっていないようだな...然も自分達が、世界に選ばれし存在だとでも言いたげな表情だ」


 人間が今の社会を、世界のシステムを作った事は間違い無い。

 だが、それは、人間こそが頂点に立つようにと、他の生物を牛耳る事で世界を改変して来たからこそだ。


「勘違いも甚だしい。お前ら人間が生物界の頂点に居るのだと思い違いをしているからこそ、そんな考えに至るのだ」


 創造神は、決して声を張り上げた訳では無い。

 怒気を込めた訳でも無い。

 だが、その言葉は直接脳へと働き掛け、身体が「ビクッ!」と萎縮してしまう。

 まるで、精神支配を受けているかのようで、身体を思うように動かせない自分が居た。


「お前ら人間こそが...どうして、世界の過ちだと気付けないのだ?」


 僕の事を哀れみの表情で凝視めて来る創造神。

 愚かな人間よ。

 お前は、「どうして理解をしないのだ?」と。


「...僕達人間が...世界の過ちだって?」


 何を持ってして人間そのものが世界の過ちになると言うのか?

 僕に解る筈も無かった。

 人間は、何か失敗をしたのか?

 人間は、何か罪を犯したのか?

 人間の中には、それらに該当する人物が居る事は間違い無いが、人間全員では無いのだから。


「うむ。その通りだろう?人間こそが神の創りし“失敗作”なのだと。過ち以外の何ものでも無いだろう?」


 元来、神が創りし人間は善なる自由意志を持つ者として生まれている。

 だが、今のこの世界では、その善なる自由意志は変貌を遂げ、全く別のものへと変化をしているのだと。

 創造神に憑依した“何か”が、そう答えた。


「神の創りし...失敗作?それは一体どういう意味なんだ!?」


 創造神を模った目の前の“何か”が自分で口にした事だ。

 “神の創りし”。

 と言う事は、少なくとも目の前の“何か”は、神では無い。

 ...だとすれば、一体、誰がこんな事をしていると言うのだ?


「ふむ。自分では気付く事が出来ないようだな?それもまた人間の“罪”と言う事か...この世界の歴史が始まって以来、六千年あまりの時が経つ訳だが、その間。一度も争いが無くなった事はあるのか?その事からも、はっきりと歴史が証明をしているだろう?人間こそが“罪”なのだと」


 この世界が生まれてから今日に渡り、その時代ごとに支配者が何度も入れ変わりを繰り返していた。

 その都度、大きな争いが起き、憎しみや悪意と言ったものが人間の魂を穢して来たのだ。

 そうして穢れた魂は新たなる争いを起こし、人の魂を何度も傷付けて来た。

 すると、その傷付いた魂は、いつの間にか善性から悪性へと変貌し、己では抑制の効かない欲望を生み出しては“罪”を犯す。

 欲望と“罪”の連鎖だ。

 その結果。

 “罪”は償う事の出来無い因子として魂に刻まれる事となり、脈々と後世に受け継がれて来たのだ。


「罪が問題と言うのなら、その罪を認める事で、贖罪をする事で、善なる未来を目指す事が出来るのが人間では無いのか?」


 人間は過ちを犯す生き物だ。

 平和な世の中でも犯罪は無くならいし、人を殺す事もある。

 だが、それを教訓にし、今後に活かす事が出来るのも人間だ。

 社会がルールを作り、人間がそのルールを守る。

 そうする事で善良なる世界を目指しているのだから。


「他者への侵略。他生物への侵略。他国への侵略。あまつさえ、法治国家として成熟をした世界でも人間同士で争いを続ける始末。これの何処に善なる未来があると言うのだ?」


 僕の考えを読み取った上での反論。

 善良なる世界を目指すだけなら誰でも出来るのだと。

 だが、それを実行する事は不可能で、争いは決して無くならないものなのだと。

 そんな綺麗事ばかりを言う人間は、理想だけを掲げ、結局は争いの渦中にいるまま。

 何年も、何十年も、平気で殺し合いを繰り返しているのだから。


「確かに人間の中には、邪悪な存在がいる事も確かだ。これまでの歴史の中で愚かな行いを重ねて来たのも事実だろう。だからと言って、全ての人間が邪悪な存在では無いだろうが!!人間の中にも善良で他者を思いやる事の出来る、心の清らかな者達もいるだろうが!!」


 悪事を行う者と、善事を行う者を一緒くたにしてはならない。

 中にはどちらにも属さない無関心者も居るが、その両方は全くの別物なのだから。

 そのどちらかに属するかは、生まれ持った環境による部分が大きいだろう。

 だが、それでも一〇〇人居れば一〇〇通りの人間が居る。

 生涯を通して、悪事を一切働く事の無い人間だって居るのだから。


「善良な...人間?心の清らかな...者達?」


 僕の言葉を聞いて、創造神が疑問を浮かべている。

 お前は、「自分で何を言っているのか解っているのか?」と言った表情だ。


「お前は、そう言った善良な人間も、邪悪な人間も一纏めにして葬り去るつもりなのか!?」


 創造神の姿をした“何か”は、どんな目的があってそんな事をするのか?

 例え目の前の“何か”が本物の神だとしても、僕はそれを許容する事は出来無い。

 神を模倣した行いだと言うのなら、尚更だ。


「...お前は、何を勘違いしているのだ?決して、人間の中に善良な者が居るのでは無い。同じく、人間の中に邪悪な者が居るのでは無い。人間の心の中に善と悪が等しく存在をしているのだ。それを左右するのはお前らの“欲望”だろう?」


 一〇〇人の人間が居れば一〇〇通りに分かれるのでは無く、一〇〇人全員が総べからずその両方を備えて居るのだと。

 一人の人間が善か悪で分かれるのでは無い。

 それを決めるのは人間が持つ“欲望”なのだと。


「...欲望?」

「他者よりも優れたい。他者よりも楽をしたい。他者よりも得をしたい。他者よりも褒められたい。そう言った欲望を叶える為に人から奪って来たのだろう?だからこそ、争いが無くならないのだ」


 人の欲望は利己的なもの。

 それを叶える為に他者を蹴落とし、相手から奪って来るのだ。

 だからこそ、人の心は堕落し、罪を重ねて行くのだと。


「...奪って来た?」

「では、一体。お前は何の為に戦って来たのだ?」


 突然の質問。

 だが、僕が戦う理由なんて一つしか無い。


「それは、この不条理な現実を生き残る為に!!」


 人間の欲望が際限無い事は僕も知っている。

 そう言った人物を目にした事もあるし、実際に被害を受けた事もある。

 だからこそ、目の前の事実をありのまま享受する事など出来無い。

 理不尽な現実に抗って自分の居場所を作らなければならないのだから。


「だから...お前は。殺して来たのだろう?」


 その言葉が胸に突き刺さる。

 身体を傷付けられるよりも「ズキッ!」と痛む精神。

 幾ら悲劇を気取ったところで、周囲から沢山の同情を得たところで、此処までに「お前がやって来た事は何だ?」と、そんな事実を突き付けられて。

 天使達を殺し、黄昏の神々を殺し、四体の魔物を殺し、そして、今に至るのだから。

 

「!?」


 僕は、決して好き好んで相手を殺して来た訳では無い。

 自分が生き残る為に、必死になっていただけだ。

 だが、奪うと言う事はこう言う事だったのかと理解する。

 そうなると、僕は、生きて行く上で何気無く奪って来たものが沢山あるのかも知れない。

 自分では気が付いていない事だけれど、他人からすれば奪われている事なのだと。

 友人、恋人、社会、名誉、地位。

 “競争し合う”、“お互いに切磋琢磨する”と言った、自分の都合の良いように言葉を言い換えているが、結局それらは奪い合っている事なのだと。


「お前が戦う理由は自己保身の為では無いのか?そこには勿論、己の欲望が含まれている。又は、友の為か?家族の為か?正義の為か?愛の為か?」


 人が戦う理由は千差万別だろう。

 誰しもが己の信念に基づいて行動をしているに過ぎない。

 だが、それも他者からすれば、全く別の視点に切り替わるのかも知れない。


「...」


 僕が信じるものは、自分自身で体験をした中で培った来た己の価値観だ。

 だが、それはきっと。

 自分の都合の良いように解釈したエゴなのだろう。

 自我、自惚れ、自尊心、自負心。

 どれも自分主体なのだから。


「お前だけでは無いのだよ。相手も同じように、そう言った理由の為に戦っているのだから。まさか、自分だけが正義の英雄だとでも思ったのか?それこそ己に都合の良い解釈では無いのか?」


 僕にとっては僕自身が主人公。

 それは当然だ。

 だが、相手からすれば相手も同じ事。

 相手の物語の中の主人公は、相手なのだから。


「憎しみ。悲しみ。怒りなどと言った感情は、突然外から訪れるものなのか?違うだろう。お前達の中で起きた事に対して湧き上がるものだろう。連鎖をしているのだよ。永遠に止む事の無い、負の連鎖が」


 やられたらやり返す。

 倍返しが基本の社会。

 当然、その反動は我が身に返って来るものだ。

 だからこそ、人間の争いが無くならず、罪を重ねてしまうのだと。

 一度犯した罪が償えないとは、こう言った理由からなのかも知れない。

 自分の悪口を言われれば、その相手に怒りが湧き、同じように罵倒をしてやりたくなる。

 自分の信じていたものに騙されれば、その事実に悲しみ、同じように絶望を与えてやりたくなる。

 自分の好きな人を殺されれば、その殺した相手を憎み、同じように殺してやりたくなる。

 確かに、これでは罪の連鎖が止まる事は無い。


「だからと言って、人間を全て殺して良い理由にはならないだろう!!」


 罪を犯した者に対しては、それ相応の罰が必要だろう。

 時には隔離する事も。

 だからと言って、罪を犯した者、その全員を殺す事は違う。

 そして、罪を犯していない者を殺す事も。

 この世界が、幾ら争いが無くなる事の無い世界だとしても、僕は殺される事を望まない。

 ただただ、相手から奪われる事など望まない。

 それは、誰しもが、ただ殺される事などを望んではいないのだから。


「殺して良い理由だと?だとすれば、人間を“生かす”理由も無いだろうが」

「!?」


 憎しみ合う事だけが、全てでは無い事は確かだ。

 実際に争いを起こさず平和に暮らして居る人々も居るのだから。

 だが、それは現実を見ていないだけなのだと。

 我関せず、いち傍観者に過ぎないのだと。

 ネットやニュースで流れる情報を、ただの言葉、ただの文字として捉え、決して自分から介入する事が無い。

 自分だけが安全なところで理想だけを語り、被害の受けない一方的な空想を語る始末。

 それは結局、世界を乱している行為なのだと。


「...良い加減、理解をするべきなのだよ。人間は創り直さなければならないのだと」


 人間が生まれた事は偶然なのかも知れない。

 もしくは、本当に神が創り出した者なのかも知れない。

 だが、魂に刻まれた罪の所為で負の連鎖が起き、人間そのものが壊れてしまったのだと。

 罪を犯したその一度が取り返しのつかないもので、二度と消え失せる事が無いのだと。


「罪の因子を何一つ持たない、真の愛だけに満ちた新たなる人間を生み出さなければならないのだと」


 だからこそ、罪の因子を取り除いた、悪意を持たない真なる人間を造り直さなければならないのだと。

 上辺だけの思いやり。

 上辺だけの慈しみ。

 上辺だけの愛。

 そう言った欺瞞だけの心では無く、真の愛を持った人間を。


「真の愛だって?」


 僕はその言葉に疑問を持った。

 愛を分別する目の前の“何か”も、結局は選別をしているのでは無いのか?

 自分の都合の良いように言葉を並べ、それっぽく語っているが、自分が頂点に居る世界で、自分の都合の良い人間だけを生かしたいのだと。

 そんなものは、ゲームの世界で街づくりでもしていれば良い事だ。

 もし、同じような事を本物の神が言ったとしても、僕はそれを否定する。

 すると、途端に相手から受けていた神威、威圧感と言ったものが薄れて行った。


「ああ、その通り。お前らが捧げいる愛は、もはや壊れたものなのだから。他者から奪う事でしか成り立たない愛。決して、見返りを求めない真なる愛では無いのだから」


 見返りを求めない事が真なる愛?

 それこそが都合の良い解釈だろう。

 僕には、その言葉が、人を愛する気の無い奴が言う言葉にしか聞こえなかった。

 愛はお互いに育んでこそ結び付いて行くものなのだから。

 そうか。

 お前も、僕と一緒なのだろう?

 人を愛した事も、人に愛された事も無い。

 だからこそ、そんな馬鹿げた事を言えるのだ。


「さて、お喋りはこれくらいで宜しいかな?お前は最後の一人だ。自分の殺される理由も理解せず、最期を迎えるのは嫌だろう?それに、私自身も納得が出来るものでは無いからな。さあ、私の悲願を達成する為にも、創生の樹の浄化を成すとしよう」


 子供が癇癪を起こし、砂場に出来上がった不恰好なものを真っさらにして造り直す。

 そんな感覚で言う目の前の“何か”。

 確かに、創造神と言う格に見合った言葉の重みは感じる。

 だが、その言葉に背景は伴っていない。


「結局は、己の悲願を達成する為だって?馬鹿にするなよ!!それもお前自身の欲望じゃ無いか!!」


 決して相入れる事の無い二人。

 お互いの信念も、価値観も、全く違うのだから当然だ。

 ならばこそ、決着をつけなければならないのだ。


「だったら、僕だって自分の欲望に忠実になってやるよ!!」


 今まで、満身創痍で無理をして此処まで来た。

 疲れや体力が関係無いところで僕の身体はずっと熱を帯び息は荒い。

 脳は酷使され動悸が止まらない。

 全身の筋肉は断裂し関節は軋んでいる。

 回復アイテムを使用しても治せない状態だ。

 もしかしたら、僕はもう...

 突然、不意に意識が落ちそうになる程の疲れが押し寄せ、細胞全てが悲鳴をあげて動くなと言われているようだ。

 それもその筈。

 もう、まともに動けている事が有り得ない状態だから。

 ただ、生きたいという願望のみで犠牲を省みず此処まで来た。

 後は目の前の創造神だけ。

 やり遂げるんだ。

 苦しみを解放する為に。

 地獄を抜ける為に。

 無理をしてでも、限界を超えてでも、寿命を減らしてでも、生き残る為に。

 出口の無い迷路を彷徨うのでは無く、迷路の壁を壊して其処から抜け出すように。


「僕が僕である為に!!この世界で生き残る為に!!」


 そして、僕は、創造神へと立ち向かって行く。


「バカな...どういう事だ!?支配が出来ないだと?」


 何やら創造神の様子が可笑しい。

 僕を見ながら、自分の思った事が出来ていないように感じる。

 だが、僕はやる事は変わらない。

 それが神と名称が付いた至高の相手だとしてもだ。


「相手が誰だろうが関係無い!!神だろうと...生き残る為に。殺す!!」


 そうして、お互いに戦闘をしてみて解った事だが、どうやら、この現実化した世界でも、超レイドBOSSであった頃の創造神の設定に変更が無い。

 物理攻撃と魔法攻撃に対してランダムで無効化されて行くが、攻撃の種類に全く差異が無い。

 それどころか、その現実化(憑依)した身体の所為で、スキルや魔法と言ったものに慣れていないようだ。

 創造神の中の“何か”は、ゲームの身体に馴染んだだけで、世界のシステムに馴染んだ訳では無いようだ。


「...まさか!?この私が、ゲーム世界の数値に依存しているとでも言うのか!?」


 創造神が思い通りに成らなくて叫んでいる。

 もともと創造神の中の“何か”は、ゲーム世界を現実化出来る程の能力を有していた。

 それは、まさに神と言われる力。

 その超常なる力を持っていた筈なのだ。

 だが、現実化した事で、創造神の身体を乗っ取った事で、それらの事が逆に能力を縛っているようだ。

 どうやら、ゲーム世界の能力と言うものを忠実に再現してしまったようだ。


「まさか...私が何も出来ずに終わるのか?」


 そうは言っているが、創造神の攻撃は確実に僕の生命を、僕の寿命を削っている。

 僕も何とか相手の回復能力を超えてダメージを与えているが、どうしても相手の反撃をその都度貰ってしまう。

 これは究極の我慢比べ。

 どちらが先に死ぬか?

 どちらが生き残れるか?

 だが、僕はこの状況でも必死で諦めない。

 最後まで奇跡を掴もうと身体を動かす。

 相手の行動に注意を払いつつ最後まで気を抜かずに。

 力を振り絞り吠える。

 我武者羅に体を動かし足掻く。

 足掻いて、足掻いて、生命が続く限り、相手の全てを消滅する為に。


「これで決める!!!」


 幾度と無く繰り広げた攻撃は一瞬の静寂の後終わりを迎える。


「バカな...身体が崩れて行くだと?」


 創造神の身体が徐々に崩れて行き、肉体の崩壊が始まった。

 長い戦いに、ようやく決着がついたのだ。

 天変地異が巻き起こる中での世界終末の戦いに...


「私の...願いが...これでは叶えられ無いでは無いか...」


 創造神の最期の言葉。


「■■■...運命...あらが...ない」


 それが何を意味しているのかは解らなかった。


 だが。

 やっと終わった。

 此処まで長かった...

 やっと地獄から抜け出せた。

 苦しみから解放される...

 精神はすり減り、身体は動きそうに無い。

 思考もだんだん機能しなくなり、意識が遠のく...

 意識が薄れて行く中。

 何かが変化をしていた。

 だが、それはもう僕には関係が無かった。

 何故なら、既に僕の身体も崩壊を始めていたから...


 ただ、

 ただ、

 ただ。

 生きていたかった...


 どうやら、僕は奇跡を起こせなかった。

 無数の天使達、階級の違う黄昏の神々、実装データの無い四体の魔物、そして、この騒動の中心人物である創造神。

 僕はその全てを殲滅したが、支払った代償が底知れ無い。

 僕と同じように実体化したプレイヤーの全て。

 ユグドラシルに住まう様々な種族の面々。

 この世界の神々のアース神族。

 そして、世界の主神であったオーディン。

 それはラグナロクRagnarφkの全てを失った。

 勿論、その中には“僕”も含まれて。

 『映画や漫画の主人公のように格好良く世界を救って無事に生還する』と言う事が出来なかった。

 世界も、人も、僕も、その全てが消えたのだ。

 舞台となった世界、九つの壊れた世界ユグドラシルだけを残して。


 ああ...


 沈んでいく...


 光が遠ざかる...


 意識が遠のく...


 深い、深い闇へと...


 そして、意識が消え行く中で鳴り響く音声。


 [神殺し]の称号を...

 [支配者]の称号を...

 [破壊者]の称号を...


 種族[天使]が[悪魔]に...

 [大天使]が[大悪魔]に...

 [主天使]が[堕天使]に...

 [神人]が[魔神]に...


 職業[召喚士]が[天魔を統べる者]に...


 全てのスキルをマスターした為[スキルマスター]に統合...


 全ての魔法をマスターした為[魔法マスター]に統合...


 固有スキル[自動体力回復(中)]が[自動体力回復(特大)]に...

 [自動魔力回復(中)]が[自動魔力回復(特大)]に...

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 新たに[再生]を獲得...

 [■■■]を獲得...

 才能[限■突■]を獲得...

 [能■■造]を獲得...

 [能■破■]を獲得...


 イベントの集計...

 「■■城」を獲得...


 もはや、これらを理解する事は出来ていなかった。

 最後まで生きるという思いは、最期となってしまった。

 既に僕の思考は...

 完全に停止をしていたのだから。
































 壊れた九つの世界ユグドラシルが、長い年月を掛けて再び世界樹へと集まり一つの世界として生まれ変わる。

 その壊れた世界を世界樹が繋げるように、埋めるように、補填をしながら地球のような丸い球体へと。


(...?)


 意識が...


(ここは?)


 意識が...徐々に覚醒して行く。


(ここはどこだ?)


 それは光が届かない筈の海底に一筋の光が照らして導いてくれるように。


(何処にいる?)


 深い闇のような意識の根底から自分と言う意識を認識する。

 意識に沈んでいた思考が機能を取り戻して行く。

 “無”となっていたものが、再び、生まれ変わるように活動を再開させた。


「ここは何処だ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ