023 絶望
※残酷な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
僕は、世界に溢れている天使達を倒しながら状況を整理して行く。
仮想世界をぶち壊したのは、超レイドBOSSである創造神の姿をした“何か”だ。
何故“何か”と言うと、もともとイベントで設定をされていた創造神の能力を大きく逸脱しており、事前情報の行動AIと異なる動きを見せているからだ。
僕にはその理由が解らないが、目の前の悲惨な現状を見れば、世界に広がる全プレイヤーを始末しようとしている事が伺える。
その当の本人は、高みの見物を決めてから、その場から動いていない訳だが。
そして、創造神と一緒に光臨した四体の魔物と、世界を覆い尽くす程の無数の天使達、現実化したレイドBOSSである黄昏の神々達がこの世界を破壊していた。
皆が皆、好き勝手に動き回っている状態だ。
四体の魔物は、創造神から指示を受けている様子は無かった。
統制が取れている訳では無く、四体とも近くにいる“もの”を遊ぶように殺しているだけだ。
天使達は、唄いながらアースガルズ世界を越えて他の世界へと広がり続けている。
現実化した黄昏の神々は別の世界を目指して動き始めていた。
絶望が、九つの世界の集合体ユグドラシル全体へと広がっていた。
アースガルズ世界にバラバラに散り、殺戮を繰り返す四体の魔物達。
プレイヤー達は為す術が無く、見るも無残に殺されていた。
「プァーーーーーーン!!!」
突如、ユグドラシル全域にラッパの音が響き渡る。
それは、この世界の何処に居たとしても聞こえる大きさが鳴り響いていた。
「ラッパの音!?一体、何が...」
すると、そのラッパの音に呼応するかのように四体の魔物の能力が解放されて行った。
魔物達の体長を何倍も超える魔力。
それは、離れた場所に居たとしても一目で解る程の量が立ち上がっていた。
「くっ!四体とも凄い魔力量だな!?」
魔力量で言えば、ラグナロクRagnarφk最大級の保有量。
だが、魔力量の多さがそのまま戦闘力の強さになる訳では無い。
その所持している膨大な魔力も使いこなせなければ、ただの宝の持ち腐れだ。
現に、四体の魔物は、その身体能力のみで暴れているだけだから。
「プレイヤーの皆が...」
魔物の周りに居るだけで無残に殺されて行くプレイヤー達。
魂位の低い者は戦う事も許されず、為すがまま。
抵抗すら出来すに死を迎えるだけだった。
「個人で抗えているのは、中堅プレイヤーからか...」
この状況に抵抗しているのは魂位30を超えたプレイヤーのみ。
所謂初心者を脱却した、中堅プレイヤーと呼ばれる人だけ。
初心者はそう言ったプレイヤーに守られるか、何処かのパーティーに所属していない場合、直ぐに殺されていた。
「だけど...これが現実化した世界なら...死んだプレイヤーはどうなるんだ?」
誰かが言った、“現実化”と言う言葉が脳裏を過ぎる。
それが本当なら、この状況になって僕が最も不安に思う事がある。
それは、此処がラグナロクRagnarφkが現実化した世界ならば、「プレイしているキャラクターが死んだ場合どうなるのか?」と言う事。
そして、「現実世界でキャラクターを操作していた自分はどうなったのか?」と言う事。
「僕はここにいる...確かに。ここに存在をしているんだ」
これは感覚的な話になってしまい曖昧な答えになるのだが、本来(現実世界)の自分との接続が絶たれてしまった感触があった。
それはどう言う事か?
現実世界の自分が、そのままキャラクターへと全てを投影された妙な感覚だった。
それを踏まえると、新たに疑問に思う事が幾つか出て来たのだ。
感覚が絶たれた現実世界の僕はどうなったのか?
此処にいる僕とは別に活動をしているのか?
それとも肉体だけが残った植物状態なのか?
それらはもうログアウトが出来無い為、解る事が無いものだが。
「キャラクターが死ぬと...僕も、死ぬのか?」
そして、これが最も重要な事。
もし、この状態で死んだ場合、僕はどうなるのか?
正直、考えたくも無い事だ。
だが、此処は剣と魔法の世界。
当然、現実世界よりも死が近い。
まして今の状況なんて最悪なものだ。
目の前で死んで行くプレイヤーだった人々。
彼等と同じように僕も死ぬ可能性は十分にあるのだから。
「...」
だからこそ、僕が死んだ場合。
現実世界にいる僕へと戻る事が出来るのか?
もしくは、ゲーム時代のように、死んだ場合ホーム拠点へと戻る事が出来るのか?
それとも...
本当の“死”が訪れてしまうのか?
「今の不確定な状況で“死”ぬ事なんて出来ないな...それに、この世界が現実化している可能性も十分に高いんだ」
たぶんだが、どれも僕が思い描いている結果にはならない気がする。
正確な事は、この状態で死んでみないと解らない事だが、僕はこの状態で死ぬ事がとても怖い。
この仮想世界が、現実化したのかも定かでは無い状況では安易に死ぬ事なんて出来無い。
まあ、簡単に殺されてしまう状況にいるのだけれど。
だからこそ、キャラクターの“死”と、自分の“死”が重なってしまう不安を感じていた。
「目の前の天使は本物なのか?それともプログラムされたものなのか?」
僕は自分の周囲に広がる天使達を全て倒したところ。
いや、これが現実化した世界ならば、“倒した”では無く、“殺した”になるのか?
だが、相手を殺したと言う事実を、全く実感出来ていない。
これは何故だろうか?
目の前の天使は人間に翼が生えた状態で、そこに実物があるのだ。
斬れば、血も、肉も、骨も、内臓も、その全てを確認する事が出来る。
ゲーム時代では直ぐに消えていった内臓も、その場に残ったままだ。
これで現実化したと言う信憑性は増している。
「だからと言って、このまま周りのプレイヤーを放って置く事は出来ない...だとしてもだ!僕に...プレイヤー全員を助ける事が出来るのか?」
だと言うのに、プレイヤーが死んでいる事を何処か他人事のように捉えている自分がいた。
傷付いているプレイヤーが居れば手を貸してあげたい。
襲われそうになっているプレイヤーが居れば守ってあげたい。
殺されそうになっているプレイヤーが居れば助けてあげたい。
そう言った気持ちは持っている。
だけどそれが、死と言うイメージに結び付かないのだ。
それはこれまでの間、僕が独りでプレイをして来た事にも起因しているのだろう。
仲間と言う感覚が無いのだから。
相手に対して感情を持っていないのだから。
僕はまだ、ゲームをしている延長上の感覚でいたのだ。
「そうか...僕はこれを現実として受け止められないのか。いや...受け止めたく無いんだ」
広がる光景は悲惨なもので、とても直視出来る光景では無い。
だからこそ、現実として受け止めたく無いのだと。
実感の出来ていない僕ではあるが、当然、プレイヤーを助けたいと言う気持ちは持っている。
困っている人がいたら手を差し伸べる、そんな善意をだ。
そして、今の状況と重なり、兼ねてより羨望していた気持ちが合わさった。
逆境に立ち向かい、窮地を救い出す英雄像が。
「いや、これを救ってこその英雄だろ!!そして、何よりも自分が“生きる”為に!!」
“生きる”と言う事。
それは、僕の中で何よりも強い感情だ。
僕と言う人間の根幹を成す部分で、生きる事に対しての渇望。
その為ならば、僕は自分の全てを懸ける。
「プァーーーーーーン!!!」
「!?」
その時、二度目のラッパの音が鳴り響いた。
これは戦いをしている最中の事。
一度目から二度目への間隔。
その正確な時間が把握出来ていなかった。
「また、ラッパの音!?」
世界に鳴り響くラッパの音。
一度目の時点では、正しい答えかは解らないが、四体の魔物の魔力量が増幅された。
だが、今度は目に見えた変化が起きていない。
周囲の変化も無さそうだ。
「この辺りの天使は一掃出来たけど、やはり、倒さなければならないのは、あの暴れ回る四体の魔物か...」
現状、プレイヤーに被害が多く出ているのは、無数に広がる天使達の攻撃よりも四体の魔物による攻撃。
魔物が歩くだけで人が死ぬ。
動くだけで周囲が吹き飛ぶのだから。
「今はまだ身体の動かし方を解っていないのか?...身体能力だけで動いている?...ならば、今の内に倒す!!」
四体の魔物の中で僕の一番近くにいる魔物は、牛頭人身の魔物。
その巨体を活かした膂力で破壊を繰り返している。
人の破壊。
自然の破壊。
そして、仲間である筈の天使の破壊。
魔物は見境無く破壊を繰り返していた。
それは魔物の好奇心を満たす為だけの行為。
「グモォーーー!!」
その叫び声は、僕には何処か喜んでいるように聞こえた。
歪な笑顔が強調された、とても醜い笑いだ。
「見た目は醜悪だな...無邪気だからこそたち性質が悪いのか。これこそ本当の悪魔だな」
どうやら、魔物は視覚だけを頼りに動いているようだ。
見えるものに反応をして、それを捕まえて殺して(遊んで)いる。
ならば、これ以上の被害を出さないように魔物を殺す。
僕は、それを実行に移して魔物の背後へと回った。
ただ、何と言ってもあの膂力に破壊力だ。
昔に戦った事のあるミノタウロスが赤児レベルで可愛く見える程。
近寄る事は出来無い。
そうした危険を考慮し、僕は離れた位置から魔法を放つ準備を始めた。
胸の前方で両手を重ねて握り、上下に口が開いたように構える。
魔力の収束、無詠唱。
どれもゲーム時代と変わらない感覚だ。
「全てを滅する!!ドラゴニック・レイ!!」
それは龍の咆哮を模した極光の魔法。
僕の両手より放たれたのは、極大の魔法レーザー。
空気中の水分を蒸発させながら周囲の天使を巻き込んで進んで行く。
その全てを焼き尽くす魔法レーザー。
物凄い勢いで牛頭人身の魔物へと当たった。
だが、僕が思った通りの結果を得る事は出来なかった。
その極光の魔法は、魔物が保有する膨大な魔力によって、均等に拡散するように防がれた。
「グモォオオー!!!!」
「魔法が拡散された!?...もしかして、物理攻撃しか効かないのか!?」
魔法でダメージを与えられなかった事により、魔物にダメージを与えられる攻撃は物理攻撃だけなのかも知れないと、そう思い立った。
どうやら、ゲームの特性は受け継がれているようだ。
魔法もスキルも使用出来るから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
但し、魔物の持つ身体能力を考えれば、相手に近付く事は危険が伴う事。
だが、倒す為にはその危険を乗り越えなければならないのだ。
「動きが単調な今なら相手の攻撃も読み易いか...ならば、スピードで圧倒する!!」
牛頭人身の魔物は身体が大きく力は強いが、敏捷性は然程無い。
ステータスが力に極振りされているパワー型だ。
魔物は魔法を受けた方向に身体を向き直し、僕を見据えた。
その視認が出来ると同時に、「ドス!ドス!」と動き出し全力で走り出した。
走る度に揺れる地面。
そこには巨大な足跡が残っていた。
「迫力が凄いな。だが、その程度の速さなら鈍間同然だろ!!」
大剣を構えて飛行で近付いて行く。
そして、その飛行の勢いのまま相手の攻撃を掻い潜り、胸(心臓)目掛けて刺突を繰り出す。
以前に戦った事がある牛頭人身型の魔物(変異種のミノタウロス)が胸に核を持っていたからだ。
核を持っている魔物は、核を破壊しない限り倒す事が出来無い。
僕は最短最速で核を破壊する為、胸(心臓)を攻撃する事にしたのだ。
その勢いのある飛行での刺突攻撃は、魔物を覆う魔力を突き抜けて相手の胸(心臓)へと到達した。
「くっ!!攻撃は刺さるが、身体が硬過ぎる!!」
魔物の剥き出しの皮膚が誇る、純粋な防御力。
どんな金属よりも硬い皮膚だった。
だが、僕の物理攻撃は魔物へと届く。
それが解っただけで十分な成果だった。
攻撃が当たると言う事はいずれ、「ならば倒せる!」のだと。
だが、胸の傷は、直ぐさま元の状態に戻ろうとグチュグチュと再生を始めていた。
相手には再生能力があったのだ。
「傷が再生しているだと?また厄介な能力を...だが、それを上回る速さなら...どうだ!!」
ならば、再生能力を上回る速さで攻撃をするしかない。
傷が再生する前に同じ箇所(胸)を徹底して攻撃する。
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し、胸の表面を削って行くと、ようやく魔物の核が見え始めた。
「やはり!思った通り!」
僕の集中が高まり始めた頃。
相手の動きが鮮明になり、スローモーションのように見えて来た。
スピードで完全に圧倒している、今の状況。
それならば「このまま決める!」と攻撃を繰り出した。
一方、時を同じくして。
四体の魔物の内、別の魔物がいる違う場所では。
人頭象身の魔物の身体から内包される魔力が溢れ出していた。
それはせき止めていたダムの水が決壊して溢れ出すように。
「何だあの魔力量は!?ありえないだろう...」
この魔物に相対しているのは、ギルド“竜殺し”のギルド長、ジークフリートだ。
人頭象身の纏っている魔力量が明らかに可笑しいと顔が引き攣っていた。
そして、その目に見える膨大な魔力は、黄色に輝きバチバチと放電をしている。
「纏っているのは雷属性の魔力か...これは厄介だぞ」
雷属性の攻撃や魔法は、基本的に防御を貫通して来る攻撃。
しかも、結界を張るにしても、同じ上級属性以上で無いと防く事が出来無いのだ。
ただ、現実化した世界で同じような効果があるのかは、まだ解らない事だが。
「だが、走り回っているだけの今の内ならば!」
人頭象身の魔物は先程、召喚されたばかり。
その魔物からは知性を感じる事が出来ず、ただただ、本能のみで動いている状態。
言葉は悪いが、踏まれた者は運が悪かったのだろう。
安全を確保する為に石橋を叩いて渡っていたところ、相手の無責任な不注意で起こされた交通事故で殺されてしまったかのように、不遇としか言いようが無かった。
人頭象身の魔物が纏っている魔力は、近付いて触れただけで傷付くもの。
その為、傷付かない為にもジークフリートは同じスピードで横を併走して駆けて行く。
その膨大な魔力に触れないように、離れた距離から攻撃を与える為に。
「弾岩裂波衝!」
ジークフリートは大剣で地面を抉りながら下段から振り上げ、その削り取った地面(岩のような塊)を相手に叩き付ける戦技を繰り出した。
その剣撃は地面を抉ったまま真っ直ぐ魔物へと向かい、削り取った地面が弾丸のように飛んで行く。
魔物が纏う魔力を飛び越え、魔物の身体へとぶつかった。
「ブォーーーーーン!?」
像の鳴き声が響いた。
像の下半身は前足を上げて上半身を起こして動きを止める。
攻撃を受けた魔物は、身体にぶつかった物が何か探るように周りをキョロキョロ探し始めた。
その様子からも、どうやら痛みを感じていないようで、ただ気持ち良く走っていた事を止められた事が気に入らなかったようだ。
象の鼻が大きく揺れ、魔物の周囲を一周するように鼻を伸ばしながら振り払った。
それは先程のジークフリートの技よりも範囲が広く、盛り上がる地面も壁のようになって迫って来た。
「くっ!鼻を振るっただけでこの威力!?この身体の大きさは厄介だぞ!!」
魔物の背の高さだけでも四十mはあるのに、鼻の長さを合わせるとそれ以上の大きさになる。
ただただ、その大きく長い鼻を振り回すだけで必殺技となり、人々を殺す兵器となった。
ジークフリートは押し寄せて来る地面の壁を駆け登り、その勢いのまま空中へと飛んだ。
魔物の頭を越えた先から、その頭上から剣撃を繰り出す。
「断空千裂閃!」
ジークフリートは空中で物凄い速さで剣を振るう。
すると、無数の剣戟が閃光となり、魔物が纏う魔力を切り裂きながら空間ごと断って行く。
「グモォー!!」
ジークフリートは、此処でようやくダメージを与えている事を実感した。
目の前の魔物にも自身の戦技が通用し、傷を付ける事が出来るのだと。
「通用する!...これなら!!」
ジークフリートが魔物を攻撃しながら確認をして行く。
このまま「勝負を決める!」と。
そして、僕が居る場所とはまた違う場所。
この世界が現実化した事で、世界に住まうNPCにも異変が起きていた。
それはNPCであったキャラクター達が、現実化を得た事でプログラムと言う縛りが消え去り独立していた事。
もともと思考や感情に関しては自立をしていた事だが、固定された台詞、固定された行動範囲、固定された居場所から解放をされていた。
こうなると、それはもう人間と変わらないのだ。
今現在、仮想世界ラグナロクRagnarφkの舞台はメインストーリー攻略後の世界となっている。
それは神族と悪魔の最終決戦“ラグナロク”終了後で、九つの世界が平定済みの世界。
悪魔とヴァン神族との決戦に勝利したアース神族が統べる世界である。
黄金宮殿にて、「ガヤガヤ」とアース神族達が騒いでいるところ、二羽のカラス“フギン”と“ムニン”が情報を精査してオーディンに現状を伝えた。
すると、現状を把握したこの世界の主神であるオーディンが皆を制する。
「皆の者、よく聞くのじゃ!この世界ユグドラシルに再び破滅の危機が訪れた。これに立ち向かうは世界の秩序を守る我々じゃ。今一度世界の平和の為に力を合わそうぞ!!」
NPCから解放されたアース神族達は、オーディンの言葉に呼応して行く。
ゲームの設定上、最強格の面々が力を合わせるのだ。
それは、想像も出来無い程の最大戦力を生み出していた。
「では、いざ行かん!!」
オーディンの掛け声一つで、アース神族の全てが動き出した。
黄金宮殿の外に広がるのは無数の天使達と、イベントで設定をされていた黄昏の神々。
だが、生憎これらの相手は、アース神族の味方では無い敵対者達だ。
所詮、神々の姿を真似た偽物に過ぎない。
「我々の姿を真似た愚か者共め!!その姿で現れた事を後悔するが良い!!」
雷神トールが固有武器ミョルニルを振るい、その一撃で大勢の天使達を蹴散らして行く。
それに続くは、光の神バルトル、海と風の神ウル、軍神テュール、番人ヘイムダル達。
彼等が他のアース親族を先導するように敵対者の殲滅を開始した。
その誰もが天変地異レベルの攻撃を繰り出して行く脅威。
ユグドラシル最強戦力は伊達じゃ無い。
そして、主神であるオーディンは神槍グングニルを手に持ち愛馬であるスレイプニルに跨っていた。
目指すは黄金宮殿近くで暴れている四体の魔物の内の一体。
双頭の合成獣が居る場所だ。
片方は獅子の頭、片方は山羊の頭、尾が蛇になっている合成獣。
その合成獣は黄金宮殿近くに住むNPC(神族)やプレイヤーを殺しながら喰べていた。
「ふん!これは、悪魔より悪魔じゃのう。だが、当然その報いは受けて貰おうかのう!!」
その光景を見て怒りを覚えたオーディンが、自慢の愛槍グングニルを合成獣の魔物へと放り出した。
必中の神槍は、合成獣の獅子の頭を容易に貫く。
一瞬にして爆散するように弾けるその頭部は、かなりのグロテスクで目撃していた者にトラウマを残す程の映像だ。
だが、無事である片方の山羊の頭は、もう片方の獅子の頭が無くなった事を全く気にしていなかった。
それは何故か?
直ぐに獅子の頭が再生を始めていたからだ。
弾け飛んだ頭が無くなった箇所から、「ボコボコ」と新しい頭が生えて来ていた。
「ほう、再生能力か。だが、跡形も無く決し飛ばしてしまえば、そんなものは関係ないのう」
投擲した愛槍グングニルがオーディンの手元へと戻って来る。
そして、再度。
オーディンが投擲する構えを取ると、先程とは違った効果を発揮して行く。
大気中の魔力がグングニルへと集まり、どんどん吸収をして行く。
「シュコー」と言う音を立てて魔力を吸収し始めたグングニルは、徐々にその大きさを巨大化させて行く。
「この世界で混沌と暴れた事を後悔するが良い!我が憤怒の一撃で全てを屠る!グングニル!!」
オーディンは叫び声と一緒に力一杯投擲をする。
すると、魔力を纏ったグングニルはスパイラル状に回転をして行き、狙った対象を必中で貫く。
その結果。
オーディンの前方、グングニルが通った空間は何も残さない虚空空間となった。
虚空の文字通り合成獣、天使達、黄昏の神々を跡形も残さず消え去った。
一度目のラッパが鳴った同時刻。
違う場所でもプレイヤー達が奮闘を見せていた。
No.3ギルド、“魔法九帝”のギルドメンバー達だ。
それぞれが上級属性6種、特殊属性3種を合わせた上位9属性のどれか一つに特化したプレイヤーの集まり。
ギルド長は“魔九羅”と呼ばれるプレイヤーが務めている。
尻尾が九つある狐人の魔法使いで、二つ名が“九尾の賢帝”。
派手な着物のような和装が良く似合い、女性のような美しさを持つ男性。
ただ、その性格は見た目とは裏腹にかなり過激。
ギルドに所属しているプレイヤー全員が大雑把と言う攻撃特化型。
細かい戦略を立てるよりも、最上位魔法で敵味方関係無しに殲滅するゴリゴリの脳筋集団だ。
そして、今はギルドメンバーが分散し、戦場の至る所で魔法が放たれていた。
炎属性魔法の“インフェルノ”
灼熱の炎が大地を溶かしながら暴れ回る魔法。
氷属性魔法の“アプソリュード・ゼロ”
生物、無機物、空気、あらゆるものを凍らせる魔法。
大地属性魔法の“ヘルガイア”
地震、地割れ、地上のあらゆるものを飲み込む魔法。
雷属性魔法の“ディヴァイン・ヴォルト”
極大の雷が、全てを焦がし尽くす魔法。
聖属性魔法の“インディグネーション”
あらゆるものを浄化し、あらゆるものを討ち払う魔法。
闇属性魔法の“アビスフィア”
あらゆるものを闇へと誘い、闇へと飲み込む魔法。
時属性魔法の“タイム・スクエア”
時を支配して、時間の進行、逆行を自由自在に操る魔法。
空間属性魔法の“ディヴィジョン・ゲート”
空間を支配して、空間の拡大、縮小を自由自在に操る魔法。
生命属性魔法の“ユグドラシル・ドレイン”
生命を支配する。あらゆる生物のエネルギーを吸収して枯らす魔法。
世界を覆い尽す程の魔法が放たれている時。
ギルド長の魔九羅が戦っている相手が四体の魔物の内、最後の一体。
昆虫と獣の合成獣だ。
この魔物は、他の魔物同様に膨大な魔力が溢れているが、唯一、他の魔物と決定的に違う点があった。
それは、この合成獣には既に知性がある点だ。
合成獣が周りのプレイヤーを殺して一掃した後、次の獲物(魔九羅)を見つけた。
獲物を見つけた合成獣は、遠くから魔九羅を見て嗤っていた。
「苦腐腐。実現化した世界」
左手で口元を隠しているが、両端の口角が鋭く釣り上がっていた。
隠し切れない笑みが覗いている。
いや、隠す気が無いみたいだ。
反対側の右手で扇子を広げ、それをそのまま顔に持って行く。
「ある意味、私が望んでいた世界!まあ、現状は悲惨ですがね。だが、こうなってしまったのなら気兼ねなく魔法が撃ち放題ですね!」
魔九羅の優雅に舞うような所作がとても美しい。
だが、その所作とは裏腹に心が歪んでいる人物だ。
見た目と動きに対して、此処まで性格が釣合わないのは珍しい程。
「私の煩う心を満たさせて貰います!!」
遠くで嗤う合成獣に対して、遠距離から連続で魔法を放って行く。
それも魔九羅が使用出来る属性魔法を最大で何度も。
「肉体の破壊!精神の破壊!全ての破壊!そして、破裂!!破砕!!破滅!!」
魔物をその場から身動きさせないまま連続魔法で破壊して行く。
流石は、No.3ギルドのリーダーと言ったところだ。
恐ろしいまでの魔法攻撃が繰り広げられていた。
「苦破破破!何も出来ずに。死ね!!」
当たり前のように魔物を駆逐するが如く、得体の知れない魔物だろうが関係が無かった。
いつも通りの圧倒的な手数で。
いつも通りの圧倒的な威力で。
「このまま。死ね!!」と締め括ろうとしていた。
世界各地で、四体の魔物に対して様々な場所で上位ギルドが善処をしている頃。
その戦いの最中、二度目のラッパが鳴り響いた。
「また...ラッパの音だと?」
自衛する為にプレイヤー同士で隊列を組んでいた、その隊長が音に気付く。
世界に突如、鳴り響いた二度目のラッパの音。
すると、その音を聞いたプレイヤー達の中で、突然、異変を起こすプレイヤーが現れた。
先程まで指示通り隊列を組んでいたプレイヤーが、ラッパの音を聞くと、指示を無視するようにバラバラに動き出したのだ。
「えっ!突然何だ!?」
「ぐぁー!!」
プレイヤー間での同士討ちが始まった。
錯乱したプレイヤーが、我武者羅に他のプレイヤーを攻撃している。
「どうしたのだ!?正気に戻るのだ!」
隊列を指揮していた隊長が、錯乱したプレイヤーを嗜める。
だが、そのプレイヤーは反応が無く、そのまま隊長へと斬り掛かった。
「なっ!?何をする!?」
訳も解らず、プレイヤーである人間同士の殺し合いが始まった。
隊長は目の前の攻撃をしっかりと防ぐ事が出来た。
だが、悲しい事に背後へと意識が行っていなかったのだ。
指揮を執っていた隊長は、無残にも錯乱した隊員に背後から頭を刎ねられてしまった。
転がる隊長の生首。
「どうして、私は地べたを転がっているんだ?」と、それが最期の景色だった。
四体の魔物と戦っている僕達には解らなかった事だが、二度目のラッパの音は、魂位の低いプレイヤー達に直接作用をしていた。
そして、舞台は僕と牛頭人身との戦闘に戻る。
胸の表面が削れて、核が見え始めた時。
「このまま決める!」と思っていると、三度目のラッパが鳴り響いた。
「プァーーーーーーン!!!」
「また、ラッパの音!?さっきから、これは何か起きているんだ!?」
ラッパの音が鳴り響いた時。
目の前の牛頭人身の魔物に異変が起こる。
僕は瞬時にその異変を察知し、魔物との距離を十分に取った。
その異変とは、もともと肥大化している魔物の筋肉が、更に膨張を始めた事。
僕の攻撃で胸が抉れて核が剥き出しになっていた魔物だが、膨張した筋肉が、その傷を覆うように膨れ上がって行く。
「核が沈んで行く!?それに...」
それまで牛頭人身の魔物は全身がバランスの良い筋肉美を誇っていたが、今はドーピングをし過ぎたボディビルダーみたいに、歪な筋肉のアンバランスな肉体へと変化を遂げていた。
肌の色もより黒くなり、纏う魔力は無色から赤色へと変わり、炎の属性を帯び始めた。
その場に立っているだけで地面は熔け、空気を焼いて行く。
喉がヒリヒリする暑さだ。
「身体がマグマみたいだ!!」
魔物が呼吸をするだけで吐き出す灼熱の息は、容易に金属を熔かして行く。
魔物に近付くだけで燃え上がる程の超高温の身体。
悲運な事に、その周りにいたプレイヤーやNPC、天使達を見境無く燃やして行った。
燃え上がる事で皮膚が爛れて行き、次第に骨が剥き出しにされて行く。
溶ける肉と溶ける内臓。
とても嫌な臭気が充満していた。
プレイヤーの悲鳴が周囲に鳴り響いているが、直ぐに声も残さず全てを燃やし尽くしてしまった。
「身体が変異し、超高温を放とうと魔物の動きは相変わらず我武者羅のままだな」
目の前の魔物は動きに精細が無く、結局その場で暴れているだけ。
僕に気が付く事も無く、と言うよりかは周りを一切気にしていない。
魔物が攻撃を受けた際、その攻撃に対して反応はするが、痛みに関しては全くの無反応だった。
「しかし、これだけ離れていても熱いとは...変化をした今でも物理攻撃しか効かないのか?」
魔物の性質は明かに変化をしていた。
初期状態は魔法が拡散され物理攻撃しか効かなかった。
だが、今は魔物自体が属性魔力を纏っている状態。
こうなると、対処法が二つの場合に分かれる。
一つ目が、物理攻撃が効かなくなり魔法攻撃しか効かなくなる場合。
二つ目が、物理攻撃は効くが魔法攻撃を吸収して更に強くなる場合。
このどちらかのパターンに切り替わるのだが、どちらに対しても無難な攻撃は物理攻撃。
その為、僕は物理攻撃から試して行く。
「あれだけ装甲の硬い魔物に弓矢が効くかは解らないけど...先ずは遠距離から攻撃を試してみるか」
装備を弓矢に切り替えて、試すように魔物を攻撃してみる。
僕が装備する弓矢は世界樹から作られた弓。
弓の中で物理攻撃が最強の弓だ。
どんな金属よりも硬さを、どんな木よりもしなやかさを持ち合わせている。
しかも、魔法効果を付与が出来る為、魔力体の生物にも攻撃が届く弓矢だ。
魔物に狙いを定めて矢を射る。
放たれたその矢は空気、熱を切り裂いて真っ直ぐ魔物に向かった。
だが、魔物に矢が当たる直前にその物理攻撃が弾かれた。
「やはり物理攻撃無効か...ならば魔法で仕留める!!」
魔物が持つ炎の属性を沈静化する為にも氷魔法で攻撃をする。
「ローズ・アイスメイデン!!」
魔物の四方八方から氷の薔薇が咲いて行き氷のイバラが身体に巻き付いて行く。
徐々に中心部から氷の結晶が広がって行き、魔物を氷で出来た棺に閉じ込めた。
マグマのような身体は急激に熱を失い活動を停止させて岩のように固まって行く。
赤みがかった熱も煙を放ちながら徐々に冷めて行き、その色を完全に失っていった。
全身がゴーレムのような岩の塊に変貌を遂げたが、その活動は止まっている。
丁度、魔物の活動が止まった時。
上空にいた天使達の歌に変化が訪れた。
先程までは賛美歌のような綺麗な音色を奏でていたが、今度はアップテンポの激情のような歌声へと切り替わる。
「♪♪♪!」
重低音の波が揺らぎ、徐々に高揚して行く音の波。
天使達は唄いながら魔法を発動する。
その天使達が放つ魔法は、上空から地表ごとプレイヤーを壊して行く。
「天使の数が多い!プレイヤーがどんどん...」
僕は動きの止めた魔物を放置し、天使達に立ち向かった。
周りのプレイヤーを助けながら天使達を殺して行く。
だが、相手の方が圧倒的に人数が多い。
僕が天使を殺すよりも早く、周りのプレイヤー達が殺されて行く。
目の前のプレイヤー達を助ける事が出来ず、無惨にも天使達に殺されて行く光景は、僕の精神を急激に蝕んで行った。
「くそ!?また、助けられなかった!」
また一人と、僕の目の前で天使にプレイヤーを殺された。
僕は、その殺されたプレイヤーの事を知っている訳では無い。
更に言えば、思い入れがある訳も無く、全くの見ず知らずの赤の他人である。
だが、目の前で苦しむ人がいたら助けるだろう。
目の前で倒れている人が助けるだろう。
目の前で襲われている人が助けるだろう。
そんな人として当たり前の感覚に、誰しもが持ち合わせているちょっとした善意。
このゲーム世界で言えば、英雄として見合った能力が有る事での正義感。
そんなありふれた人助け。
しかし、今いる場所は敵味方が入り乱れる戦場。
しかも、その規模は世界全てと来ている。
僕自身、全てのプレイヤーを助ける事が出来無い事は解っている。
だが...
それでもだ。
「せめて、ここにいる人達だけでも...もっとだ。もっと早く動かないと!」
空を飛び回りながら物理、魔法と切り替えて攻撃をして行く。
プレイヤーを巻き添えにしないように、プレイヤーが近くにいる場所では物理攻撃と、プレイヤーが近くにいない場所では魔法攻撃と。その瞬間に切り替えて。
これはゲーム時代から変わらない事だが、この世界では魔法に敵味方の識別効果など無い。
フレンドリーファイヤもあるし、範囲回復魔法の誤射も普通にある事だ。
その判断は、僕が下すしかない。
もし、現実となったこの世界で間違った判断をしてしまえば...
「プレイヤーと天使をこっちで識別しながら!!判断を間違えれば...僕は“人殺し”になるのだから」
何よりもスピードが重要な局面。
だと言うのに、その場で瞬時に切り替え、その場で瞬時に対応しなければならない、決して間違る事の出来無い丁寧な行動が必要となる。
何故ならば、間違え=“人殺し”になるのだから。
まだ実感の出来無いゲームの延長上の感覚だとしても、流石に自分から“人”を殺す事は出来る筈も無かった。
「判断を見誤るな!集中...集中...集中!!」
ラグナロクRagnarφkの舞台ユグドラシルを埋め尽くして行く天使に黄昏の神々。
それに抗うのはプレイヤーやNPC達だ。
その時、再度ラッパの音が鳴り響く。
これで計四度目のラッパの音。
そして、ラッパが鳴る度に起こる異変。
そこで、ようやく僕は気が付いた。
「これは、ラッパが鳴る度に、世界の終焉に向かっているのか!?」




