001 ラグナロクRagnarφk
「“ラグナロクRagnarφk”へ、ようこそ!」
機械じみた音声が、そう言葉を告げた。
目の前に広がる仮想世界は、現実と見間違う程の映像だ。
三次元+αをフル活用した最新技術映像が、視界を埋め尽くすように広がり、ファンタジー世界を煌びやかに映し出していた。
そして、この物語の舞台となる世界“ユグドラシル”を象徴する巨大な世界樹が、目の前にあるのだ。
それは、然も樹海の中にいるような、雨上がり後の埃っぽい大地の匂いから、落葉した葉の酸っぱい匂いと、樹木が生い茂る青々しい匂いと共に。
「っ...」
世界樹の存在を前にして、声にならない音が喉から漏れ出ていた。
どうやら、口が勝手に開いていた事を認識出来無い程に圧倒されているようだ。
それこそ、“ユグドラシル”と言う世界を、その樹一つで支えている圧倒的巨大な世界樹に。
「凄いな...」
その世界樹には、ゴツゴツと隆起した太い幹がところどころに見受けられ、まるで、今すぐにでも動き出しそうな龍が暴れ回っているようだ。
見ている者に生命の神秘と、逞しさを教えてくれる、そんな光景。
横を見渡しても、その視界から見切れない世界樹の広大さが、その樹径の太さがおおいに目立つ。
上を見上げれば、自分の身長よりも大きい一枚の葉。
それが、世界樹の全面へと広がっていた。
地上からは世界樹の高さの先が見通せず、雲を突き抜けた先を、とこまでも、どこまでも天高く伸びて。
その周囲には、オーロラや巨大な光の輝きを放つ物体が、無数に世界樹を漂っている。
僕は今までの人生の中で、霊力や魔力などの異能な力を見た事も感じた事も無かったが、これがそうなのだと認識させられた。
“大きく”“多きく”その存在に魅了されて。
気が付けば、地上から上空へと移動が始まっていた。
空への移動が始まると、爽やかなお日様の匂いが世界樹を前に昂ぶった気持ちを落ち着かさせ、心地良い太陽の陽射しが全身にあたる。
僕の気持ちが落ち着いたところで、ふと我に返る。
すると、地面に足が着いていない事に気が付く。
これは、僕の視界だけが移動しているのかと勘違いをしていたようだ。
だが、どうやら、僕自身が移動をしていた。
突然、魔法をかけられたような、そんな自由自在に空を飛び回れる浮遊感を感じた時。
僕は自然と驚きが漏れ出ていた。
「あれっ?...身体が浮いている?」
空を浮いている感動を噛み締めていると、僕の後方から「バッサバッサ」と羽ばたく巨大な音が聞こえて来た。
その音に想像を掻き立てられ、僕の抑えられない好奇心が溢れ出して行く。
あれっ、空を飛ぶ物体って事は?
もしかして...
ずっと夢に見ていたファンタジーだ。
それを感じる為にも、しっかりと目に焼き付ける為にも、希望を抱いて後ろを振り向いた。
「!!」
そこには、僕が待ち望んでいた、伝説や空想上だけに存在する生物がいた。
「ドラゴン!!くーっ!!やはり、格好良いな!!」
そのあまりの嬉しさに、たまらず大声で叫んでしまった。
自然とその生物へと視線が引き寄せられて行く。
初めは全体をボンヤリと見渡していたのに、気が付けば隅々を舐め回すように見ていた。
その生物は巨大化したオオヨロイトカゲのようで、その背中には体長と同じ位の翼が生えていた。
大空を飛び回る黒いドラゴン。
「...あれは、光が吸い込まれているのか?」
世界に現存する黒のどれよりも黒い暗黒のドラゴン。
太陽の光を吸収しながら、僕の方に近付いて来る。
体長五〇mはあろう巨体が、翼を羽ばたかせ、圧倒的な質量で僕目掛けて迫って来ているのだ。
それを見た瞬間。
心臓の鼓動が脈打つスピードが早くなった。
首の裏から頭の先にかけてゾクゾクとした感覚が走り、頭の血の気が急激に下がって行く。
背中から冷たい汗が流れ、知らぬ間に身体が硬直していたようだ。
この場から逃げだしたいと言うのに、身体を動かせない恐怖に襲われていた。
あまりにも精巧に出来たそれに、本能で死を感じ取って。
弱肉強食と言うものを、種族の優劣と言うものを、絶対強者とはなんたるかを叩き付けられた。
(なっ!嘘だろ!?動けないぞっ!?どうなっているんだよ!)
近付いて来るドラゴンの口が大きく開いた。
自分の身長よりも大きい牙はとても鋭利で、それが口の中に無数に広がっている。
身体は動けないと言うのに、感覚だけが覚醒している所為か、目の前の牙を鮮明に映し出して行く。
僕は、それを何故か凝視してしまう。
これは異様な恐怖からなのか?
死の直前に感じる走馬灯のように、僕の集中が研ぎ澄まされていた。
脳が勝手に視覚を細切れにし、まるでスローモーションのように処理をして行く。
ドラゴンの開いた口が、無数の牙が、体感的にゆっくりと近付いて来ているのだ。
その動けない僕の身体を嘲笑うように、ドラゴンの動きは止まらない。
「っつ!!」
ドラゴンに噛み付かれた。
それと同時に、僕は、気を失ったかのように意識が途絶えた。
光の無い暗闇へと自我が飲み込まれて行く。
黒い闇に溺れるように、その意識は深く沈んで行く...
(ああ、こんな最期は嫌だな...)
あれ?
嫌だなって事は、僕の意識はまだあるのか?
そこで、痛みも無く死んでしまったのかと考えていたら、まだ自分自身の感覚がある事に気が付いた。
ボンヤリとした意識の中で身体を動かしながら、自身の生命の無事を確認して。
「...っ!?生きているっ!!」
安堵した瞬間、改めて驚愕する事実。
これは事前の触れ込み通りの情報だ。
細部まで美麗に作りこまれたグラフィック。
現実と間違う程の感覚共有。
その事実に僕は思わず戦慄してしまう。
五感から得られる情報は現実と遜色の無い、リアルそのものだから。
「これは...現実なのか?」
目の前の事態に訳も解らず困惑をしてしまう。
だと言うのに、ドラゴンが僕をすり抜けると同時。
世界が移動をしていた。
浮遊した状態のまま、一瞬にして場所が切り替わったのだ。
僕の目の前には、虹で出来た大きな架け橋が現れる。
その虹の橋を身体が自動的に進んで行くと、目の前に巨大な両開きの門が現れた。
「虹の架け橋に...巨大な...門?」
門の前には、腰に角笛をぶら下げて仁王立ちをしている番人が居た。
一目で高齢だと分かる顔立ちだ。
だが、身体から放つオーラや身に纏う装飾、その周囲を漂う雰囲気から神々しさと言うものを感じてしまう。
身に着けている装備は、門を守ると言う絶対守護者に相応しい代物。
背筋は真っ直ぐ伸び、老体とは思えぬ鍛え上げられた肉体。
その所為なのか?
全く歳を感じさせなかった。
ちなみに、彼が角笛を吹く時、終末の時“ラグナロク”が訪れると言われている。
「見張りの神、ヘイムダルか!!わあ!格好いいな!」
ヘイムダルが僕を視認すると、目の前の巨大な門に何やら呪文を唱え始めた。
すると、複雑な模様の魔法陣が門を覆い、カチリと鍵が開く音が聞こえた。
両開きの重厚な門が、自動的にゆっくりと開いて行く。
「っ!?門が開いて行く?...光が!?...眩しい!!」
開き始めた門の隙間からは、光が溢れ輝いていた。
あまりの眩しさに思わず手で目を覆う程だ。
門が開けば、その入口には虹色の膜が張ってあり、向こう側が全く見えない。
「何だろう?虹色のゲート?...この先は、どうなってるんだ?」
門の向こう側が、僕の方からでは確認出来無いので解らなかった。
だが、僕の身体が、入口に向かって自動的に進み始めて行く。
「なっ!?まさか、ここを通るのか?」
身体が勝手に進む恐怖で「ゴクリ」と生唾を飲み込み、自然と目を閉じていた。
「!?」
僕が、その虹色の幕へと進入して行く。
それはヌルッとしたような、少しひんやりするような、何だか不思議な感覚だった。
(包まれている...のか?...何だか不思議な感じだ)
虹色の膜を抜けたところで、僕は恐る恐る目を開けて行く。
すると、目の前には、見渡す限りに広大な草原が広がっていた。
「草原?ここは、どこなんだろう?」
太陽の日差しを一杯に浴びた、心地良い草木の匂い。
それはまるで、大自然の中にいるような感覚で、僕の顔が自然と綻んでしまう。
深呼吸をしては、その空気をしっかりと味わった。
「すーっ、はー。...良い匂いだな」
草原を進んで行くと、辺りには祭壇や神殿、鍛冶場などがあり、様々な神族が集まっていた。
黄金で出来た宮殿には、男性の神族達。
純白で出来た宮殿には、女性の神族達。
「黄金の宮殿...グラズヘイム?純白の宮殿...ヴィーンゴールヴ?」
黄金の宮殿には、蒼を基調に黄金の装飾が施された装備を身に纏う女性達が、何か得体の知れないものを運んでいる。
その集団の女性達は、一人一人が完成された芸術のようであり、ことわざの『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』を体現している人物達だ。
あまりにも美しいその姿に、自然と魅了されてしまう。
ああ。
これが女神様なのかと。
「戦乙女...ヴァルキュリー」
この集団は、戦乙女“ヴァルキュリー”と称される女性達だ。
美しいだけで無く、戦闘でも大活躍するヴァルキュリーに虜になるゲーマーは多いだろう。
彼女達が運んでいるものを目を凝らしてよく見ると、それは世界樹の周りに漂っていた巨大な光の輝きと同一のものを運んでいた。
「そうか。ヴァルキュリーが運んでいる光の輝きは、“エインヘリャル”だったんだ」
エインヘリャルとは、生前に英雄と呼ばれる人物の魂だ。
黄金の宮殿“ヴァルハラ”に集められ、主神“オーディン”により選別をされた後に復活を果たし、終末の時“ラグナロク”を戦う為に集められた。
僕がそんな事を考えていると、地鳴りと共に、大地を駆ける蹄の音が大きく鳴り響いた。
それは爆発にも似た音を響かせ、大地を駆け回る八本足の馬の神獣。
「おお!スレイプニル!!」
この世界の主神の愛馬であり、地上だけで無く、空中までを自由自在に駆け回れる。
間違い無く、最強の軍馬だろう。
「いつか、乗ってみたいよな!あんなに、自由に動けたら気持ちよさそうだ!!」
騎乗してみたいと思いつつも、ステージは勝手に進んで行った。
そうして草原の先の光を抜けると、宇宙に似ている空間へと出た。
「ここは、ラグナロクの外?...宇宙?」
周囲には星々が散って輝いているが、一際大きな存在を示す星があった。
それは、世界樹が象徴的で、九つの世界を繋げている“ユグドラシル”。
先程までいた自分が居た世界を、僕は外から眺めているのだ。
「凄いな!外から見ると、世界樹があんなに大きいだなんて...とても、綺麗な世界だな」
初めて見る景色に感動を噛み締めてしまう。
現実には無い、仮想世界だけの素晴らしさと言うものを。
此処からは次々と場面が切り替わり、そのステージが自動的に進んで行った。
「わっ!?世界が、切り替わる!?」
青い海に囲まれた大地に、豊穣と平和を司る神々が住まう世界。
黒海に囲まれている、死を免れない人間の世界。
灼熱の大地に、炎の髪と溶岩の肌を持つ悪魔が支配する世界。
氷に覆われた大地に、死者を支配する神族と悪魔のハーフが居る世界。
エルフが住まう世界に、ダークエルフが住まう世界。
ドワーフや小人達が住まう世界。
そして、神族と敵対する、悪魔が支配する世界。
「これから...この世界で...やっと、自由に動けるんだ」
様々な種族が、自分の周りを縦横無尽に飛び交い、様々な魔物や神獣が、フェードアウトしながら映し出されて行く。
ユグドラシルと言う世界を、こう言うものなのだと僕に教えてくれているようだ。
その一つ一つの好奇心を満たしてくれる感覚を覚えながら、更なる探究心を求める感情が芽生え、目の前で映し出された映像を一生懸命に記憶して行った。
「九つの世界...早く、いろいろな世界に行ってみたいな!!」
これは映像の最後。
この世界を統べる、戦争と死の神“オーディン”が現れた。
光輝く無数のエインヘリャルから、何かを選別しているようだ。
その中でも、一際輝きを放つエインヘリャルに“オーディン”が力を注ぐ。
すると、眩い光と共に、エインヘリャルから英霊が具現化して行った。
その時、世界中に角笛が鳴り響いた。
神々と共に、最終決戦“ラグナロク”を迎えて。
此処で、β版には無かったオープニングが終了した。
メーカーがその労力を最大限に発揮し、細部まで繊細に作り込まれた圧倒的なグラフィック。
僕はそれを堪能し、思わず感動してしまった。
映像だけでは無く、五感を刺激する特殊効果や音楽。
そのたった数分に込められた圧倒的な技術で、僕は“ラグナロクRagnarφk”に魅了されたのだ。
『ラグナロクRagnarφk』
IMMORPG(Immersive Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、イマーシブ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)とは「没入型大規模多人数同時参加型オンラインRPG」の事だ。
専用コンソールを使用して背中から直接身体にコネクトする事で、データを脳へと直接送る事が出来る。
その為、現実世界での感覚を、仮想現実の世界で再現する事が出来るのだ。
軍事利用、医療の発展から始まり、人の欲望を満たす物として発展した技術なのだと。
世界中の国が、世界中の企業が、我こそはと、何年も競い合い研鑚した結果。
コストダウンをする事に成功し、一般家庭まで流通するようになった。
何故なら、人の探究心や欲望と言ったものが尽きる事は無いからだ。
今までは、戦闘メインのMMORPGが主流だったが、ラグナロクRagnarφkが現れてからは、その価値観がおおいに変わってしまった。
現実世界の感覚や体感を、擬似世界で存分に堪能する事が出来るのだから当然の結果だろう。
今後の主流となるべく、更に進化したIMMORPGなのだから。
このラグナロクRagnarφkは“ユグドラシル”を舞台に、アースガルズ、ヴァナヘイム、ミズガルズ、ムスペルヘイム、ニブルヘイム、アルフヘイム、スヴァルトアルフヘイム、ニタヴェリール、ヨトゥンヘイム、この九つの世界が存在していた。
選択出来る人種は、人間。
猫人や犬人などの亜人種。
サラマンダーやシルフなどの精霊種。
スライムやゴブリンなどの幻想種。
天使や悪魔など、合わせて五〇〇種類以上と様々だ。
そのグラフィックに関しても、別売りのクリエイトツールを使用すれば、もっと細かく調整が出来ると言うもの。
変な話、労力さえ払えば、種族は魔物だが、見た目は人間と言う事も出来てしまうのだ。
職業に関しても、戦士や武闘家の戦闘職系。
魔法使いや僧侶の魔法職系。
薬師や鍛治師の支援職系。
農民や商人の生活職系など、合わせて一〇〇〇職以上存在している。
ラグナロクRagnarφkでは、種族や職業にそれぞれ魂位が定められていた。
魂位は最大で一〇までだが、他の職業と併用が出来る。
今のところ併用出来る職業の数は限定されているが、様々な職業に就く事により、自分だけのオリジナルキャラクターが作成出来るのだ。
やりこめばやりこむ程、強くなると言う訳だ。
ゲームの楽しみ方は、人それぞれだろう。
冒険者として、魔物を倒して経験値や技や魔法の熟練度を上げたり、お金やドロップアイテムを手に入れて遊んだり、生産系のプレイヤーとして薬やアイテム、武器などの物作りをしたり、デザイナーとしてキャラや武器のグラフィックを変更したり、やり込み要素はプレイヤーによって無限大なのだ。
そして、いよいよ今日。
ラグナロクRagnarφkの正式サービスがオープンする日。
サービス開始前のβテスト版で、ゲームの世界観にのめり込んだ。
今日、正式サービスがオープンする日を僕はずっと待ち侘びていたのだ。
βテスト版では、残念ながらキャラクターメイキングや行動に制限があり、プレイヤーに出来る事が限定されていた。
だが、そんな事は正式サービスがオープンした時。
他者よりも優位に立てる事を考えれば、やらない訳が無かった。
それに特典ボーナスもあるので、尚更だ。
画面が切り替わり、五m四方の何も無い空間へと移動した。
中央には、青白い炎のような揺らめきが浮かんでいる。
この炎は、オープニングで流れたエインヘリャルと同一で、どうやら英霊の魂のようだ。
成る程。
この魂が、僕らしい。
「あなたのお名前を、教え下さい」
ふと、機械じみた音声が鳴り響いた。
名前か...
あまり考え過ぎても良くないし、拘り過ぎてもダサくなりそうだよな。
パッと思い付くのは、キュロスニ世、アレクサンドロス、カエサル、嬴政(始皇帝)、チンギス・ハン...信長?
あれっ?
どれも、現実世界で活躍した既存の英雄ばかりだ。
「うーん。こういうの苦手なんだよな」
僕は、自分のネーミングセンスの無さを自覚している。
その為、名付けをする際はどうしても悩んでしまうもの。
既存の英雄の名前は使い易いけど、その英雄と比べられても困ってしまう為だ。
「...だけど、一番好きなのは、ルシフェルなんだよね」
僕は結局、散々悩んだ挙句。
その名前の英雄と比べられたとしても、自分の好きなもので行く事を決めた。
“ルシフェル”と入力。
「それでは、性別をお決め下さい」
ディスプレイに選択肢が表示された。
[男性/女性]
僕は、[男性]を選択する。
「では、次に、種族を選択して下さい」
先程と同じように、ディスプレイには様々な種族が映し出された。
だが、選択出来るものは、基本種族と呼ばれるものだけである。
横にスクロールしながら、種族を変更して行く。
すると、表示されるグラフィックと共に、移動モーションや、攻撃時のモーションなどが映し出されて行く。
「おお!どれも格好良いな!...えーっと...あった。これだ!ルシフェルだから天使!これなら空を自由に飛べるし、なんと言っても翼が格好良いよね」
僕は、天使族を選択した。
すると、魂だけの存在だった僕から光が溢れ、徐々に肉体が形成されて変身をして行く。
見た目は人間と変わらないのに、背中には白い翼が生えていた。
勿論、デフォルトの状態なのだが、彫刻のように顔が整っている。
初期設定で十分に格好良い。
ちなみに、この段階で顔の輪郭や体型も調整出来る。
その為、僕は最初に時間を掛けてでもそれらを弄る事にした。
ゲームが始まれば、専用の場所でいつでも変更出来るのだが、面倒な事は後回しにしない主義だ。
「ルシフェルは堕天しちゃうけど、もともとは天界の長だし、最強格の一人だから、それに相応しい見た目にしないとね」
様々な文献、絵、モデルを参考にバランスを整えて行き、黄金比を取り入れて調整を行う。
顔、骨格、肉体、手足の長さ、その一つ一つを丁寧に調整しながらだ。
此処で、かなりの時間を浪費しているが、僕は時間を惜しまずに、完璧に仕上げて行く。
最後に、全体のバランスを整えればメイキングの終了だ。
「...出来た!これで完璧!!」
時間はかなり掛かったが、僕の満足の行くキャラクターが出来上がった。
その名前に相応しい姿を嚙締め、次の項目へと進んで行く。
「それでは、職業を選択して下さい」
種族選択時と同じように、ディスプレイに様々な職業が映し出された。
こちらも、やはり基本職業からの選択となる。
指でスクロールして行くと、スキルモーションや、魔法モーションが発動して行く。
種族も、職業も、どちらもだけど、このモーションを見ているだけで、軽く一日は潰せそうだ。
「やはり、ファンタジーなら、魔法でしょ!」
誰しもが経験あるとは思うが、成長期の最中。
他人には無い自分だけの固有能力が覚醒する事を夢見た事だろう。
テレビや映画のヒーローに憧れたり、アニメやライトノベルに影響を受け、純粋に自身の身体能力が、魔法や超能力が目覚め無双する事をだ。
俗に言う厨二病だ。
まあ、そんな僕は真っ只中なんだけどね。
その事に恥ずかしさは一切待ち合わせていない。
僕はスクロールを動かして行き、夢の世界を現実にするような気持ちで魔法使いを選択した。
「では、王の間へと送ります」
職業の選択が終われば、光の粒子が輝き、その光と共に転移を始めた。
移動した先は天井が高く、黄金で出来ている広場だ。
室内は、黄金がベースにされているが、下品さを全く感じず、その神聖さが神々しい。
天井には、クリスタルで出来たシャンデリアに、ルビーやサファイア、エメラルドなど、七色の宝石が豪華に装飾されていて、幻想的な輝きを放っていた。
地面、一面には、真紅を基調とした金の刺繍が細かく施されている絨毯が敷かれていた。
周りには、黄金に負けない最高級品質の装飾品や、価値が付けられないような芸術的な品物が多く飾ってある。
(こんな凄い住まいが...城があるんだな...わあ!...どれも高そうな物ばかり)
思い描いていた玉座の間よりも、数倍凄い事を感じ、自分の感性の乏しさを思い知った。
左右には神族、ヴァルキリー、天使、精霊、聖騎士などが一糸乱れず直立不動で並んで居た。
その階段を登った中央奥には槍が飾ってあり、玉座には神格を感じる人物が座って居た。
此処からでは、ハッキリと見える訳では無いが、玉座の裏に飾っている槍は、きっと主神が愛用する神話級の武器“グングニル”だろう。
(神槍グングニル...僕も、いずれああ言った武器が欲しいな)
そして、神格を感じる人物こそ、ユグドラシルの主神“オーディン”だ。
ウェーブがかった白髪に、自身の身の丈の半分程ある白く特徴的な長い髭。
右目は眼帯で隠されているが、左目に映し出している灼熱を凝縮されたように燃え上がる真紅の瞳が、王者の輝きを宿していた。
年齢を重ねて、自然と出来上がる皺が、目元や口角に現れているが、顔立ちや立ち振る舞いから圧倒的な威圧感を放っている。
(主神オーディン...やはり、凄い雰囲気を醸し出しているんだね。オーラと言うのか...?威圧感と言うのか...?何だろう?僕には解らないや)
身に纏う数々の装飾品、身を守る鎧、そのどちらも黄金で出来ており、その人物を際立たせていた。
玉座の両脇には二羽のカラスが、足元には二匹の狼が居た。
そして、主神オーディンから言葉が放たれた。
「ようこそ、ユグドラシルへ。其方を呼び覚ましたのは、このワシじゃ」
脳に響いて来る、心地良い低音に聞き入ってしまう。
声、喋り方、間の取り方、どれも魅力的なものだ。
「この世界は、終末に向かっておる。ミーミルの首が“ラグナロク”が近いと、ワシにそう告げたのじゃ。ヴァン神族や、悪魔たちが何やら不穏な動きを見せておる。世界の秩序を守る我らアース神族と、混沌を持たらす奴らとの戦いは、避けられそうに無いのじゃ」
ミーミルの首?
確か、オーディンの相談役で賢者だったかな?
アース神族における宰相ってところか。
「ワシらには、共に戦う英雄が必要じゃ。其方には、人間の世界ミズガルズに赴き、ヴァルキュリヤと共に、エインヘリャルに相応しい人物を探して欲しいのじゃ。必要な物は、こちらで用意させよう」
ヴァルキュリヤ。
ヴァルキュリーの軍団と言う意味だ。
「其方には、ヴァルキュリー“アルヴィトル”を従ける。詳しい事は彼女に聞いてくれ」
僕の目の前に出て来たのは、青を基調に黄金で装飾された鎧を身に纏うヴァルキリーだ。
銀髪翠眼、小顔で雪のように透き通った肌に、薄い桜色の唇。
一つ一つのパーツのバランスが良く、目尻が少し吊り上っているがキツイ印象を与え無い、大変美しい顔立ちだ。
手足が長く、指の先まで整っていて、身に纏う鎧と合わせて完成された芸術のようだ。
「本日より、私、アルヴィトルが、ルシフェル様に付き従います。これからは、何なりとお申し付け下さいませ」
お供ってNPC(Non Player Character)?
ゲームのガイド的役割なのか?
それとも、戦闘に参加するのかな?
僕が、そう考えていると、再び光の粒子に包まれて行った。
「オーディンが命ずる。ルシフェルにアルヴィトルよ。この世界の秩序を守るのじゃ!」
光の粒子が収束して行く。
それは眩い程の光だ。
そして、周囲をその光で埋め尽くしてしまった。
僕達は、その輝きと共に、再び何処かへと転移した。
「チュートリアルを、始めますか?」
オープニングの時やキャラクターメイキングの時と同じように機械じみた音声が、そう告げた。
此処は、オーディン達が住まう、ヴァルハラから転移している最中の謎空間。
宇宙のような、ワープゾーンのような、不思議で良く解らない空間だ。
[YES/NO]
ディスプレイに選択肢が出現した。
チュートリアルは個別指導、もしくは家庭教師と言う意味を持っている。
此処ではゲームの基礎を教えてくれる場所だ。
主に、戦闘面についてだけど。
戦闘そのものはβテスト版の時と変わってないのかな?
まあ、受ければ直ぐに解る事か。
僕は、ディスプレイに映る画面から[YES]を選択した。
「それでは、チュートリアルモードへと移ります」
音声が鳴り終わると同時に身体全身が光の粒子に包まれ、果ての見えない無機質な空間へと転移した。
どうやら、障害物は何も無く、練習には持って来いの場所みたいだ。
その場所で僕は、自分の身体の感覚がどうなっているのかを確かめて行く。
「ようやく、身体を自由に動かせる事が出来るよ。感覚を調べて行かないとな」
プレイヤーは自分視点の目線となるので、背中の翼が見えない。
だが、肩甲骨辺りに違和感がある事からも間違い無いだろう。
白い生地で出来た衣装は、両肩からぶら下がっているだけ。
翼の為に背中部分が大きく開いており、膨らんだ生地を腰辺りで帯を巻いて止めていた。
では、先ずは能力を確認する事から始めて行く。
「ステータスオープン」
僕の目の前に透明なディスプレイが現れた。
他のゲームでも良く見慣れたものだ。
ただ、ラグナロクRagnarφkでは実体の無いタブレットみたいな物で、これなら僕でも簡単に操作が出来そうだ。
『ルシフェル』
称号:無し
種族:天使LV1
職業:魔法使いLV1
HP
20/20
MP
20/20
STR 10
VIT 10
AGI 10
INT 10
DEX 10
LUK 10
[スキル]
短剣技LV1 格闘技LV1 杖技LV1 弓技LV1
[魔法]
火属性魔法LV1 水属性魔法LV1 風属性魔法LV1
[固有スキル]
浮遊
チュートリアルモード中は、ステータス固定の無敵状態。
現在、見られる項目は能力値やスキル、魔法と言ったものだ。
これらの数値は本編でも変わらず、現在の僕の能力を表していた。
表示されている魔法は、職業の基礎魔法である三種類。
浮遊は、天使の固有スキルとなっている。
「このステータスが強いのか、弱いのか、今だとまだ解らないな...」
ステータス表示は、β版と表示方法が変更されていた。
β版では、LUKの項目が無かったのと、能力値が六〇~八〇の間で設定されていた。
そして、今回はスタート時点で、能力値がALL一〇。
これはβ版の結果を踏まえて、細かいステータス調整が入ったのだろう。
まあ、変更されたとしても、ゲームバランスはしっかりしている筈なのだ。
「それよりも、身体の感覚を確かめて行くか」
今そんな事を気にしても仕方が無いと頭を軽く横に振った。
そうして僕はキャラクター操作に慣れる為にも現実と同じように身体を動かして行く。
すると、頭の中で思い描いたイメージがキャラクターと連動し、全く同じ動きを再現して行く。
「うん。ズレがない!イメージするだけで、ここまでキャラクターと連動出来るなんて、やはり凄いな!」
自分の感覚、神経がキャラクターと完全同化している。
現実世界の自分はその場から動く事が無いが、脳でイメージした通りにキャラクターが動き出す。
「手に持っている質感...杖の重さ...これは、本物そのものだよ」
そして、キャラクターが持つ右手には、現実世界と同じように杖の質感や重量を感じる。
細かい手触りなども再現されており、本当にその場で持っているかのようだ。
後は、しゃがんだり、ジャンプしたり、翼を動かしてみたりと身体の動かし方を色々試しては調整して行く。
「ふー。この身体を動かしている時の、疲労感まで一緒って凄いよな!」
現実世界と同じように、この世界でも走れば疲れる。
動く事での制限は現実と変わらない。
ただ、レベルアップや能力が上昇すれば、それに応じた補正が加わり、動きそのものがアシストされて行く。
キャラクターを操作する感覚自体が、アップデートされるのだ。
まあ、システムをリアルモードからゲームモードに切り替えれば、全く疲れずにゲームをする事も出来るみたいだけどね。
僕としては、生をより実感出来るリアルモードの方が没入出来るので、ゲームモードを選択する事は絶対に無いけど。
「じゃあ、先ずは、浮遊を試してみるか」
空を浮く事に意識を集中させて、そのイメージに力を込めて行く。
これは完全なる見切り発車。
だと言うのに、身体から徐々に自重の重みが無くなり、地面から足が離れて行く。
「うん...浮いている!自由に浮いているぞ!!」
この浮遊は、背中の翼をバタバタと動かして空を飛ぶと言うよりは、翼を動かさずともその場所で停滞出来ている感覚。
浮く事による疲れは全く無く、空を自由自在に動く事が出来ている。
これが固有スキルの恩恵なのだろう。
僕はその浮遊の特性を掴む為にも、何度も何度も試しては、その能力を把握して行く。
「何だか、空を飛んでいる感覚とは違う気がするな...空中を漂っている感覚か?うん...大体、こんな感じかな?」
自分の納得が出来る感覚を掴んだ。
まあ、ゲームを進めて行けば嫌でも直ぐに慣れるんだろうけど。
「よし!じゃあ、次は戦闘だ!」
一通り身体の使い方を覚えたところで、戦闘を試してみる。
チュートリアルモード限定のエンカウントだが、部屋の中央には白線で区切られた円形のバトルフィールドがあり、そこに侵入すれば敵が現れる仕組みだ。
僕は、歩きながら白線を越え、バトルフィールドへと侵入して行く。
(見えない空気の壁を通り抜けた感覚かな?...フィールドの中は...息苦しさは無い...身体の感覚も、そのままだ)
バトルフィールドへと侵入した僕。
すると、黒い粒子が形を作りながら収束をし始め、その場に敵が出現する。
そこに現れた敵は、生臭く泥や血が混じったような獣臭を撒き散らかす、緑色の小鬼ゴブリンだ。
そのゴブリンの頭上には僕の視界の邪魔をしないようにと、β版には無かった固有名詞と横に伸びる赤いゲージが見えた。
「あれが、ゴブリン?しかし、においが酷いな...これは臭過ぎだよ...あれがHPゲージなのか?一体、どんな姿をしてるんだろう?」
僕は、目の前のゴブリンに注視する。
ゴブリンは、小学生高学年位の大きさで、大体一五〇cm位の身長だ。
耳が尖って長く、鼻は鷲鼻。
口は横に大きく裂けているようで、歯は鮫のように全てが尖っている。
人間とは違い、常に目の瞳孔が開いており、明らかな状態異常者だ。
腕や脚は細いのだが、とにかく身長に比べて長い。
骨が浮き出ているような痩せ型なのに、お腹の部分がポッコリと少し前に出ている感じだ。
ゴブリンは、様々なゲームで雑魚キャラ的な立ち位置だが、見た目だけで言えば、この世界のゴブリンはそのように感じない。
でも、それ以上に気になる事は、このちょっとした刺激臭だ。
とても臭い。
「よし!じゃあ、魔法から試そうかな!」
先ずは、魔法を試してみる事に。
ラグナロクRagnarφkでは、魔法はMPシステムである。
それぞれの魔法に消費MPが決められており、自分の所持MP量内で使用可能となっている。
レベルや種族補正や職業補正などでMP最大値が増減する仕組みだ。
MPの回復については、基本的に所持MP最大値÷二四時間の自然回復か、マナポーション使用による固定値回復か、スキルや魔法による回復だ。
都合良く、宿屋で寝て起きたら全回復なんて事は無く、結構シビアな設定である。
ただ、チュートリアルモード中はMPが固定されている為、使い放題ではあるけれど。
「最初はこの魔法から...」
では、実際に使用してみる。
魔法を使用するには、魔法名を発声するヴォイスアシストによる使用方法か、コンソールを使用したクリック式の使用方法の二択だ。
今回は、魔法名を発生するヴォイスアシストによる使用を試す。
足元は肩幅に広げ、姿勢は真っ直ぐ。
胸の高さに両手で杖を持ち、腕を相手に向けて真っ直ぐ伸ばす。
頭の中で火をイメージし、そのままファイアと発声する。
「ファイア!」
すると、自身を投影したキャラクターが呪文を唱え始めた。
ただ、極端に音量がセーブされているのと、何処の国の言語か解らなかった。
杖の前方にと赤い光の粒子が集まり出す。
この時、呪文を唱えている間は拘束時間があり、キャラクターを動かす事が出来無い。
杖の先に集まる赤い光の粒子が徐々に塊となって行く。
そして、キャラクターが呪文を唱え終わると、赤い光の塊が赤く発光し、その場から周囲へと拡散を始めた。
その拡散と同時に、距離の離れたゴブリンへと火が燃え上がる。
大きさで言うとニm程の高さで、キャンプファイアーで燃え上がる火と同じくらいだろうか。
その攻撃判定後、ゴブリンのHPゲージが三分の二まで減っていた。
だが、チュートリアルモード中なので、ヒットバック後にHPゲージが全回復する仕組みだ。
「くーっ!ファイア凄いよ!これだよ!これがやりたかったんだよ!」
無から火を作り上げる魔法に対して、心の底から感嘆する。
魔法自体はβ版でも使用していたが、その時よりもエフェクトやグラフィックは洗練され、魔法と言うものに磨きがかかっていた。
そして、憧れていた魔法を、現実世界で再現出来なかった事が、この世界では体験、体感出来ているのだ。
心の中でずっと思い描いていた事が、この世界では実現出来るのだと喜んだ。
「よし!じゃあ、他の魔法も試してみるか!」
今現在、使用出来る魔法は三種類だ。
僕は魔法の性能を調べて行くように、順番に使用して効果を確かめて行く。
では、次は水属性魔法のアクアを使用してみよう。
ファイアを使用した時と同じように、水を思い浮かべながらアクアと発声する。
「アクア!」
発声後、自動的にキャラクターが呪文を唱え始め、今度は青い光の粒子が収束し塊となった。
呪文の詠唱が終わると同時、青い光の塊が青く発光し周囲へと拡散する。
拡散後、ゴブリンへと水の塊が発現した。
ゴブリンの中心部から、水の塊が徐々に大きくなり、円を維持したまま広がって行く。
大体、ファイアの大きさと同じくらいまで広がり、ゴブリンは水の中で踠いていた。
円が最大まで広がりきると、水の塊はそこから弾けるように破裂した。
ダメージはファイアと同じくらいで、三分の二程ゲージを減らしていた。
「へえー!水弾とか水刃じゃあ無いから、ダメージを与えるイメージ無かったけど、ちゃんとダメージを与えられるんだな!溺水によるダメージなのかな?それとも破裂によるものなのかな?」
エフェクトとダメージの関係が解らないが、しっかりとした攻撃魔法だった。
ただ、魔法のエフェクトは素晴らしく、何も無いところから水の塊が発生する様子はとても幻想的だ。
「じゃあ、次に試すのは、ウインドだな。ウインド!」
キャラクターの呪文の詠唱に続き、今度は緑の光の粒子が収束する。
僕は、この粒子が収束するエフェクトだけでも、一晩中ずっと見てられそうだ。
そして、緑の光が塊となり発光すると同時、緑の光が周囲へと拡散した。
今度は、それと同時に風の塊がゴブリンへと向かい、周囲を巻き込んだ暴風となってぶつかった。
風自体は目に見えないものだが、肌では風速を感じるし、ゴブリンにぶつかるとノックバック効果があり風に吹き飛ばされていた。
こちらも、他の魔法と同じくらいのダメージで三分の二程、相手のHPゲージを減らしていた。
「風の威力が凄いな!ゴブリンを五mほど吹き飛ばしているし、ノックバック効果があるなら使い勝手が良さそうだよ!」
魔法使いは、基本的にステータス状、STR (攻撃力)やVIT (防御力)が低いので近接戦闘に弱いタイプである。
攻撃判定後にノックバックがあるなら、体制の立て直しや追加攻撃がしやすくなる。
ターン制のRPGとは違い、敵と戦闘中、攻撃を交互に繰り返す訳では無いのだから。
リアルタイムバトルなので魔法一つにしても、その効果により戦略の幅が広がる。
「魔法がどういうものかは一通り見る事が出来たし、じゃあ、他の行動もいろいろと試してみようかな?」
此処からは魔法そのものを検証して行くように、何度も使用してその特性を調べて行く。
魔法の発動の仕方は?
魔法を発声するヴォイスアシスト、もしくはコンソールから選択するのみ。(任意でキャンセル、ダメージによるキャンセル有り)
魔法は、杖が無くても使用出来るのか?
杖が無くても、発声によるヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。(装備は何でも有り)
体勢は、どのような形でも使用出来るのか?
体勢は関係無く、ヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。
浮遊状態で魔法は使用出来るのか?
浮遊中も問題無く、ヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。
魔法は身体のどの部分からでも使用出来るのか?
右手、もしくは左手のみ。
魔法の同時使用は出来るのか?
詠唱がある為、同時使用が出来無い。(但し無詠唱で魔法が使用出来るなら別かも?)
魔法の発動時間は?
キャラクターの呪文詠唱時間により固定。
魔法による硬直時間は?
呪文発生後に、コンマ何秒か硬直。
「ふーっ。大体、こんなところか?それに、低確率だけど、ファイアには火傷。アクアには溺水の追加効果を新たに発見出来た事が嬉しいな!」
検証が終わり、バトルフィールドの外で休憩を取る。
β版には無かった追加効果は、大体一〇分の一程の確率で発生していた。
効果としては、火傷も、溺水も、発生中、一定時間毎に追加ダメージを与えるもの。
但し、チュートリアルモード中では、ヒットバック後にHPゲージが全回復してしまう為、状態異常で相手を倒せるのかまでは解らなかった。
「β版との大きな違いは、追加効果くらいなのかな?...さて。次は、いよいよ戦闘だ!!」
此処からは、武器を各種装備した状態での戦闘を試して行く。
ラグナロクRagnarφkでは、現実世界にて身体を動かす事が苦手な運動音痴の人でも、キャラクターステータスによる感覚補正が加わるので身体能力が底上げされる。
初心者でも、戦闘のイメージが明確であり、キャラクターのステータスと自分のイメージがシンクロすれば、ラグナロクRagnarφk世界で初めて行う動きだろうが、即、実行出来るのだ。
更に、武器使用経験者や、格闘技経験者ならば、より明確に、より正確に動く事が出来る。
「先ずは、どれから試そうかな?」
僕の職業は魔法使いになるので装備が出来る武器は、ナイフ、小手、杖、弓の四種類のみ。
ナイフ、小手、杖は近接戦闘となり、弓は遠隔戦闘となる。
「それなら、ナイフから順番に試してみるか」
先ずは、ナイフから試してみる。
ナイフは刃長二五cm位のボウイナイフタイプで、相手を切る事は出来るが、投擲には向かない狩猟用のナイフである。
「ちゃんとした持ち方も知らないんだけど...」
戦闘については、攻撃モーションが決まっているわけでは無いので、現実世界と同じように、自由に攻撃が出来る。
ただ、ナイフを持った状態で我武者羅に攻撃をしたところで意味は無い。
攻撃の仕方によって、相手に与えるダメージが変わってしまう為だ。
切りつける攻撃にしても、ナイフの持ち方や切り方によってダメージが全然違った。
「何だか...デタラメって感じだな」
それに、攻撃する場所によっては、そもそもが切れなかったり、攻撃が弾かれたりと、ナイフを持っている手に反動が来て自滅する。
此処ら辺はかなりシビアで、現実世界と同じである。
但し、魂位が上がり、キャラクターのステータスが上昇すれば、感覚や筋力に補正がかかり、ナイフでも腕や足、首など硬い部分でも、その骨ごと切る事が出来るようになる。
「やっぱり、ナイフは扱いが難しいな...でも、心臓か、頭に刺せれば一撃で倒せるみたいだ」
ゴブリンや、他の魔物にも、人間と同様に心臓や脳があり、そこを攻撃出来れば一撃で倒せる。
だが、一部において、心臓や脳とは別に、核と呼ばれる器官が存在している精霊種や幻想種がいたり、BOSSと設定されている敵がいたりと例外もあるのだが。
「じゃあ、次は小手を試してみるか」
次は、バトルフィールドの外で装備を小手に変更したところで戦闘へと入る。
小手は革と鉄で出来ており、拳の部分、前腕の骨に添うように、その中心部に鉄が入っているガントレットタイプだ。
使いこなせれば、武器にも防具にもなる、攻防一体型の装備。
「手を覆う武器って、何で、こう格好良いのかな?」
ニヤけながら思わず出てしまった独り言。
「我が右手に眠る力!」とか言って敵を倒してみたいよ。
こう装備を変えただけで強くなった気分を味わえるのだから不思議だ。
実際はそんな事無いと言うのに。
「よし!これでバッチリかな!」
僕はガントレットを装着した状態で、先ずは両手の拳を握り、右手で頭を。左手で腹部をガード出来るように構えた。
そして、左足を前に出し、肩幅と同じくらいの歩幅で足を広げ、直ぐに行動へと移せるように膝は軽く曲た状態で、右足の踵を少し浮かせた。
見様見真似だが、ボクサーのように構えて。
軽く前後にステップを踏んで、体勢の窮屈さ、動きの出だしを調整して行く。
「じゃあ、早速戦ってみるか」
拳を構えたまま、ゴブリンに向かってステップを踏みながら前進して行く。
そして、左手でジャブを放ち、右手でストレートを放つ。
これは、ワンツーと呼ばれる攻撃だ。
その初めての攻撃は、綺麗にゴブリンの顔面を捉えた。
見事に相手を吹き飛ばす事に成功した。
「動きは...まあまあ、かな?でも、狙った所は殴れてないし...反撃もされているのか...うん。接近戦は練習あるのみだな」
身体の動きとイメージにズレがあった。
そのズレを、僕の理想通りのイメージに近づけるよう反復して埋めて行くしか無い。
そこから何回か攻撃を試したところ、ガントレットも当たる場所によっては相手に致命傷を与えたり、もしくは自身の拳を痛めるだけの結果となった。
人型の魔物なら、人間と同じように顎を撃ち抜けばノックアウトが出来るし、心臓辺りに強い衝撃を与える事が出来れば、相手の動きを一時的に止める事も出来た。
ハートブレイクショットってやつかな?
ただ、攻撃の瞬間。
自身の拳の握りが甘かったり、相手の骨の硬い部分や肘などを殴ってしまうと、小手の拳周りの鉄の部分が反発して、自身の拳を痛めてしまった。
「こんな...ところかな?よし!じゃあ、次は杖を試してみようかな」
一度フィールドの外に出て小手を外し、杖へと装備を変更する。
杖は、木製の長さ一〇〇cm位のロッドタイプ。
攻撃方法は、叩く、払う、突くの三種類となる。
杖を使いこなすのは難しいが、扱いを極めると接近戦も難なく対応出来る代物だ。
ただ、扱う者は、ほぼ魔法職であり、戦闘では後方支援が基本なので、杖の扱いを極める人はそんなにいないのだろうけど。
「ふぅっ。杖は、使い方のイメージが全く出来無いんだよな。指南書とかあれば、解るんだろうけど...まあ、最初だし、試す位にしておくか」
取り敢えず、持っている杖でゴブリンを思い切り叩いてみる。
「ダメージは、小手で殴った時と同じ位かな?じゃあ、次は...」
相手の攻撃を躱しながら懐へと侵入し、杖でゴブリンの足下を払う。
ゴブリンを転倒させると、そのまま頭を思い切り叩いてダメージを与えた後、追い打ちで鼻を鋭く突いた。
「おお!何だか、上手くスムーズに出来た気がする!今みたいに、連続で攻撃が出来れば倒せるな!」
初めての杖装備だと言うのに、攻撃をスムーズに繋げる事が出来て、僕はじんわりと嬉しくなった。
ただ、今以上に上手な杖の扱い方が僕には思い付かない為、早々に切り上げる事にする。
今度は、バトルフィールドから出て、杖から弓へと装備を切り替えて行く。
弓は単弓と呼ばれる物で、全長九〇cm程の木製の弓である。
「次は、弓だな。これならβ版で使用した事あるし、僕が上位職に就くまでのメイン武器になりそうだ」
戦闘スタイルとしては、魔法弓術士と呼ばれる遠距離型。
β版では短い期間の中、主に魔法メインで戦闘していたので、武器での戦闘をあまり経験する事が出来なかった。
その武器に関しては、ただ、何となくで弓を使用していた程度でしか無い。
「本当は、剣でバッサバサと敵を斬り倒したかったけど、僕はどうしても魔法をメインにしたかったからな...魔法も使えて、近接戦闘で剣で斬り伏せる!この先が楽しみで仕方ないよ!」
バトルフィールドに再度侵入すると、黒い粒子が集まりそこからゴブリンが現れる。
敵の出現と共に、先制攻撃で弓矢をゴブリンの頭目掛けて放つ。
β版で、弓を使用していた事もあり、放った矢が僕のイメージ通りに軌道を描いた。
すると、見事にゴブリンの頭を撃ち抜いた。
「単弓の性能で、これだけ出来れば、かなり上出来だろうな」
今装備している単弓は、木材で簡易に作られた物で、素材強度が低い装備。
頑張って飛ばすだけなら、最大射程距離五〇m行けば良い方で、逆に力を入れ過ぎると弓の方が耐えられず壊れてしまう。
装備にファンタジー要素の魔法が加われば話は別になるが、精度的にも一〇m先の獲物に当たれば達人級の腕前であり、五〇m先をピンポイントに狙う事など不可能に近いのだ。
「これで一通り試せたのかな?どれも、もう少し練習が必要だけど、直ぐには上手く出来そうに無いな」
そうして一通り武器の使用を試し、思い通りに身体を動かした僕は、チュートリアルを終了すべくバトルフィールドの外へ出る。
この無限に広がる空間にはゲートと呼ばれる扉があり、その扉を潜るとチュートリアルが終了する形だ。
これからラグナロクRagnarφkを心底楽しむ為にも、自分の思い描いた英雄になる為にも、ラグナロクRagnarφkで最強になる事が僕の目標である。
ラグナロクRagnarφkはファンタジー世界で有り、魔法やスキルは有るが、現実と同様に努力しなければ強くなれない。
スキル補正で感覚の上昇はあるが、能力を使いこなせないと資格があるだけの状態と同じである。
最強を目指す為にも、使用出来るものは全て使いこなし、全部の項目においてNO.一になる事が僕の目標だ。
「ここからは魔法だけじゃなく、武器での戦闘も頑張って行くぞ!」
そうしてチュートリアルルームに設置してあるゲートを抜けて行く。
一瞬、身体が無重力空間にいるような浮いた感じがした。
ゲートを一歩跨ぐと同時に、目の前の場所が切り替わり、部屋(空間)を移動していた。
ゲートを抜けた先の移動先は、一〇m四方の空間へと移った。
そこは会議室のような、部屋の中央には椅子が数席付属したテーブルが置かれていた。
室内に設置してある調度品は、全部が木材で出来ており、品質も平均的な物で特にボロい訳でも無さそうだ。
どうやら此処が、僕達の活動の拠点になるらしい。
他に部屋が四つ付いた一階建ての平家。
ディスプレイ上部に、拠点ポイントなるものが表示されているので、そのポイントを使用して「拠点の拡張が出来るんだろうな?」と考えた。
後で詳しく調べてみよう。
(あ、アルヴィトルだ...やはり、ものすごく綺麗な人だな)
僕の目の前には、アルヴィトルが待機していた。
アルヴィトルはNPC(Non Player Character)であり、ゲームの進行を手伝ってくれるサポートキャラだ。
プレイヤーの好みで、それぞれの造形を弄る事が出来て、成長も変化して行く自立成長型の僕専用のサポーターだ。
他の部屋に移動しようとするが、扉には鍵が掛かっている為、開かない。
どうやら、アルヴィトルに話し掛けないと先に進めないみたいだ。
僕はアルヴィトルに話し掛けた。
「ルシフェル様、お待ちしておりました。この世界の事はご存知ですか?」
[YES/NO]
(ええっと、何も解らないから)
[NO]
「この世界、ユグドラシルの勢力は、秩序を守る私達神族側と、混沌を起こす悪魔側に分かれています。主神、オーディン様が仰っていた“ラグナロク”とは、神族側と悪魔側の最終決戦の事を示しております。その為、終末の日、ラグナロクに向けて、悪魔側の勢力を少しでも排除しなければなりません」
史実では、アース神族と巨人の戦いだった。
巨人=悪魔の説があるから、そういう設定なのかな?
「解り易い指標として、勢力の優劣を示す、“ワールドカルマ”がございます。先ずは、そちらの天秤を御覧下さいませ。聖(秩序側)と闇(混沌側に)に分かれております。こちらの天秤は、現在、優勢な勢力側へと傾きます」
随分、豪華な装飾の天秤だ。
この部屋の格式と比べると、明らかに勿体無い代物。
ただ、その天秤からは、物凄く神秘的な力を感じる。
「勢力を排除する方法としては、大元の悪魔を倒すか、ワールドカルマを聖(秩序側)にする事が、悪魔側の弱体化に繋がります。ただ、悪魔を倒す事は現状難しい為、ワールドカルマを聖側(秩序側)へと持って行きたいと思います。争いなどの負の感情が、ワールドカルマの闇側(混沌側)を増幅しますので、人間同士で争い、世界の混沌を起こしている場合では無いのです。その為、これからルシフェル様には、人間が住む世界ミズガルズを統一して頂きます」
成る程。
出だしとしては、ありきたりだけど、とても解り易いね。
オープンワールドと言えど、いきなりラグナロクまで丸投げされても困ってしまうからね。
行動目的があれば、その指針に沿って動けるのだから。
「人間の勢力は、大まかに三つの勢力に分類されます。天空皇ユーピテルが統べるジュピター皇国。海皇ネプチューンが統べる魔獣諸国連邦ポセイドン。冥府皇プルートが統べるハデス帝国。この三大国家が争い合う事で、混沌を起こしております」
アルヴィトルの話通りなら、ミズガルズ世界は、ギリシャ神話がベースのストーリー。
「最も厄介な、ジュピター皇国は後回しにして、先に攻略をする国を、魔獣諸国連邦ポセイドンか、ハデス帝国の、どちらかに致しましょう」
[魔獣諸国連邦ポセイドン/ハデス帝国]
これは、どちらから攻略するのが良いのだろうか?
まあ、序盤なので、どちらでも良さそうだけど。
じゃあ...
[魔獣諸国連邦ポセイドン]
「かしこまりました。それでは準備致します。準備が出来るまで、少々お時間が掛かりますのでお待ち下さいませ」
メインストーリーはこんな感じなのか。
でも...
ようやくこれで、自由にまた動く事が出来る!!
ああ、楽しみだな!!