018 ジュピター皇国④
※過激な表現、性的な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
場面は少し前に遡る。
亜人共和国ポセイドン侵攻が始まり、海域を守護していたルカの船が撃破され、丁度ルカの意識が途切れる時。
[ジュピター皇国魔水艦内部]
白で統一された軍服を着こなす魔水艦士達。
その中で、片目を髪の毛で隠し、立派な髭を生やした老練の艦長が、目の前の光景を愉快に笑う。
「海戦を得意としている亜人共和国ポセイドンも、この魔水艦の手にかかれば容易い物だな。このまま一気に国ごと壊滅して、ジュピター皇国の力を見せ付けてやるとしよう」
五隻の魔水艦が足並みを揃えて、一糸乱れぬ隊列を組んで進行していた。
老練の艦長が乗る魔水艦を先頭に、周囲の部下達へと指示を出す。
今が侵攻の好機だと見て。
「魔導ミサイル装填準備!いつでも発射出来るように順次待機せよ!目標を捕捉次第、撃破へと移る!」
「サー!!イエスサー!!!」
魔水艦士は全員で声を揃えて返答をした。
規律や規範を乱す事を嫌う、艦長の教育の賜物だ。
常時、戦闘態勢を取りながらもポセイダル城を目指して進んで行く。
すると、この海域から離れた位置で、魔水艦部隊に見つからないように撃破されたルカ達の船に近付いて来る船があった。
「ルカ!?ちっ、一歩遅かったか...マーク達救出隊はルカ達を一人残らず救出してくれ!ジェレミー達救護隊は傷を負った救出者を優先に回復する事を専念してくれ!」
ポセイドン皇が矢継ぎ早に指示を出す。
現状出来得る事を想定し、何が必要なのかを考えた結果だ。
指示に足りない部分はあるかも知れないが、皆がそれをカバーするように動き出す。
「任せろ!」
「任せて!」
指示を受けたマーク達は、撃破されたルカ達守護隊を海の中から救出する為、即座に海の中へと飛び込んだ。
マーク達救出班は、海の中からルカ達守護隊を順次救出して行く。
「レオ!!安心しろ!!皆無事だ!!」
「うむ!!」
ルカ達の無事が確認出来ると、ポセイドン皇は三叉槍を天にかざし、その魔法具に秘められた特殊能力を解放し始めた。
掲げた三叉槍へと体外魔力が集まり出し、眩い光を周囲に放って行く。
やがて、その光はポセイドン皇を包み込んで行き、全身を光の膜で覆った。
その光の中でポセイドン皇の身体が、ぐにゃぐにゃと形を変えて行く。
すると、瞬く間にポセイドン皇が変身を遂げたのだ。
上半身は獅子人のままだが、下半身が魚の男性版人魚みたいに。
「では、私が先陣を切る!!」
ポセイドン皇は三叉槍を携えて、その姿のまま海の中へと飛び込ぶ。
海の中へと潜って行くポセイドン皇。
物凄い速さで海を泳ぎ、魔水艦を追い始めたのだ。
(後の事は、ゼウス殿!キュクロプス殿!頼んだぞ!!)
魔水艦が進んで行く方向に、突如。索敵レーダーに巨大なものが反応した。
「管制官より報告。進行方向に...巨大な〈岩礁α〉在り。もう一度復唱する。進行方向に巨大な〈岩礁α〉在り。至急、進行方向を変更すべし!」
管制官から艦長へと報告が入った。
それを受けた艦長は「進行ルート変更!進行ルートBから迂回してポセイドン城を目指せ!」と操舵士に指示を送る。
「はっ!直ちに進行ルートを変更。進行ルートBから迂回してポセイドン城を目指します!」
魔水艦の進路を変更しようと舵を切る。
すると、何故か索敵レーダーに反応が合った巨大な〈岩礁α〉も一緒に動き出した。
「管制官から報告!巨大な〈岩礁α〉に動き在り!至急対応をお願い致します!!もう一度、復唱致します!管制官から報告!巨大な〈岩礁α〉に動き在り!至急対応をお願い致します!!」
「何だ!?一体どうしたというのだ!?」
突如、訳の解らない報告が上がって来た。
「レーダーで解らないのなら、目測で確認しろ!潜望鏡は!?」
「既に確認しております!!...何だ!?...あれは!?」
「ザザーッ!」と言う通信障害と共に驚きの声が聞こえて来る。
「か、艦長!今すぐに引き返して下さい!!このまま...!」
突如、通信が途切れてしまった。
艦内が騒然とする中、艦長は状況確認をする為、潜望鏡の映像を艦長室に回すように指示を出す。
「至急、潜望鏡の映像をこちらに回せ!!直ちに確認を!」
艦長室のモニター型の魔法具に、潜望鏡から覗く映像が映し出された。
「ゴツゴツした...岩礁なのか?なんだ見辛いな?拡大急げ!!」
この距離からの映像を見ても良く解らない。
ハッキリと見えるように潜望鏡をズームさせて行く。
「なんだ?岩礁のように見えるが?...泡?」
岩礁αの周りには、空気の泡が一定時間毎に出現していた。
「空気?...まさか、呼吸か!?おい!泡の発生源を至急確認しろ!!」
潜望鏡の映像を動かし、泡の発生源を探すようにピントを合わせて行く。
ボコボコッと浮き上がる泡を順に追い、出所に近付いて行くと。
何かが水中で、突然ギョロッと動き出した。
「うわ!!!」
「どうした!?何か解ったのか!?」
「あ、あれは...せ、生物です!!」
報告を受けた艦長が、「やはり、生きているのか」と納得する。
そこからの行動は早かった。
「全艦!魔導ミサイル発射用意!標準を目前の物体〈岩礁α〉にセット!!」
五隻の魔水艦は、困惑をしながらも指揮権を持つ艦長の命令通りに動く。
装填してある魔導ミサイルの標準を巨大な岩礁αにセットする。
全艦発射準備が出来た事を艦長に報告すると。
「速やかに対象を破壊する!!全艦!撃てー!!」
魔導ミサイルが岩礁α目掛けて全弾発射された。
動き出した岩礁αを追跡するように、魔道ミサイルは海中を進んで行く。
そして、魔導ミサイルが全弾、岩礁αに着弾すると、対象物を巻き込んで爆発を起こした。
「どうだ!?」
映像を確認しながら対象物が破壊されたかを覗き込んでいる。
しかし、その期待は見事に裏切られてしまったようだ。
岩礁αだったものは、無傷でそこに残っていたのだから。
「じ、次弾装填用意!!くそっ!」
岩礁αは突如、素早く動き出した。
それまで塊のまま動いていた物が、形を崩しその正体を現して行く。
それは、巨大な人型の生物。
しかも、一つ目の化け物だったのだ。
「くそ!くそ!くそ!くそ!!なんなのだあの化け物は!?」
艦長が困惑しているところに、違う方向から魔水艦に近付いて来る反応があった。
だが、誰もその事に気付きはしない。
目の前の圧倒的脅威に、飲み込まれているのだから。
ポセイドン皇が海中を進み目標である魔水艦五隻を発見すると、泳ぎながら三叉槍に魔力を込め始める。
先程の自身を変身をさせた特殊効果とは違う、もう一つの特殊効果。
それを発揮する為にだ。
三叉槍に青い魔力の粒子が収束し出す。
中央に埋め込まれた宝玉を中心に、クルクルと渦巻きながら。
そして、あっという間に五隻の魔水艦へと近寄ると、ポセイドン皇はその身体に魔纏武闘気を身に纏った。
金色に輝くポセイドン皇が目標を狙い済まし、魔力が込められた三叉槍を五隻の魔水艦の中心に放り投げる。
「ふん!!」
勢い良く放たれた三叉槍は中心地点にまで一瞬で辿り着くと、不自然に勢い(動き)を止めてその場所で留まった。
すると、三叉槍から放たれる青い魔力が、周囲の海をかき回すようにうねりを上げ始めた。
中心部(三叉槍)に海水を吸い込むような、円形にグルグルと激しい海流を巻き起こして。
それが徐々に大きくなり、周囲を飲み込むような巨大な渦を造り出した。
「さあ、ゼウス殿。後は頼んだぞ!!」
岩礁αの対応に追われいる魔水艦部隊。
彼等は今、何が起きているのか気付いていない。
すると、操作する魔水艦に突如として異変が起き始める。
魔水艦の進む方向とは逆に、何かに引っ張られる力が働き艦内が大きく揺れ始めたのだ。
「操舵士!!どうした!進んでいないぞ!」
「舵が利きません!突然、何かに引っ張られるような...」
前進しようとしても魔水艦が動かない。
それどころか後退をする始末。
「化け物といい、この状況といい、一体何が起こっているんだ!?状況把握をいそ. ..げっ!?」
艦長が目の前の異変に対処する為、艦内に指示を出すが途中で言葉が遮られた。
判断が間に合わなかったのだ。
艦内が上下回転しながらグルグルと揺れている。
屈強な男達の情けない悲鳴が艦内に響き渡っているのだ。
この悲鳴を最後にジュピター皇国への通信が途切れた。
「ぐわぁぁぁぁ!!!」
五隻の魔水艦は渦に飲み込まれてしまい身動きが出来無い状態。
まるで、ミキサーにかけられたようにかき混ざって行く。
渦に巻き込まれて身動きの取れない魔水艦を傍目に、巨大な生物である巨人キュクロプスが海面に浮上し頭を出した。
その大きな口を開けると、中に隠れていたゼウスが現れた。
「メティス様から頂いたこの魔法具!その力をとくと見よ!!」
両手に持つ一際大きな魔法具を天に掲げた。
そのゼウスが持つ魔法具には、体内の魔力が属性を変えながら収束を始める。
それに合わせて、空気中のマナも吸い上げているようだ。
魔法具に魔力が溜まり始めた時。
黄色の魔力がバチバチと弾けるように周囲に音を鳴らした。
(この虚脱感!くそっ!持ってくれよ!)
ゼウスに襲い掛かる魔力枯渇の状態。
しかも、ゼウスのみならず、キュクロプスからも尋常じゃない魔力が吸い上げられていた。
すると、空が急激に変化をし始め、黒い雨曇で覆われて行く。
空気中に電気が帯電するようにバチバチと音を鳴らしながら。
「雷霆ケラウノス!!!」
ゼウスが叫ぶと同時。
巨大な渦に向かって雷の嵐が落ちて行く。
「カッ!」と一瞬で無数の雷が落ちては、その範囲にあるものを全て消滅させて行く。
周囲に鳴り響く轟音と周囲を蒸発させて行く高温。
そのあまりの威力に破壊力。
目撃をしていたポセイドン軍の皆は口を揃えて、「これは魔法では無い...天変地異...」なのだと恐怖をしたそうだ。
「これは、恐ろしい力だな...」
いつの間にか船に戻っていたポセイドン皇。
目の前の凄まじい光景を目の当たりにし、魔法具から放たれた威力に畏怖をする。
もしも、これが「自分達に向けられたら?」と嫌な考えが頭を過ってだ。
「...」
船の上ではマーク、ジェレミー。
そして、救出したルカ達守護隊の全員が集まっていた。
ルカ達守護隊はジェレミー達救護班の治療の最中で意識を失っている状態だが。
すると、ゆっくりと船に近付いて来るキュクロプス。
魔法具を解き放ち、満身創痍になったゼウスが船に移ってはポセイドン皇に話し始めた。
「申し訳ございません...一国の国皇が居る前で、こんな無様な姿をさらしてしまい...」
ゼウスは船に降りると同時に、腰が砕けたように地べたに座り込んでしまった。
こんな時でも立場の違いに気遣うゼウス。
自分よりも立場が上の皇の前で姿勢(態度)を保てない事をすかさず謝った。
「そんな事は気にせずとも良い!ゼウス殿、キュクロプス殿!そなた等のお陰で助かったぞ!」
ポセイドン皇は、貴族の爵位(上下関係)や皇族の立場など細かい事を気にしていない様子。
そんな事よりも重要なものは、お互いを尊重する心なのだと。
奴隷と言う身分が多かった亜人達を解放した際、人権への改革に着手したのだから。
そして、無事に亜人共和国ポセイドンの危機を乗り越えられた事を喜んだ。
「ゼウス殿!キュクロプス殿!今一度お礼を言わさせて貰おう。本当にありがとう!!」
ポセイドン皇が頭を深々と下げた。
それを受けたゼウスは、人を助ける事が初めて自分の手で出来た事を照れる。
「ああ。私でも人の役に立てるんだ」と。
この思いは、クレタ島に隠れて篭っていたままでは決して得る事が出来なかった感情だ。
だが、正直に言えば自分の力では無い。
メティスから貰った魔法具に、キュクロプスの尋常じゃない魔力があって、ようやく成立する人助け。
何故なら、ゼウスは標的へと標準を合わせて魔法具を発動しただけなのだから。
それでも、たったそれだけの事だとしてもだ。
自分が関わって目の前の危機を乗り越えた事が嬉しかった。
人から感謝される事が嬉しかったのだ。
だが、喜びに浸っている暇は無い。
この後に訪れる脅威に比べたら、目の前の出来事など些細なものでしかないのだから。
ゼウスが最後の力を振り絞って宣言をする。
「では、ここからジュピター皇国へと攻め込みましょう!」
ゼウスは宣言後、魔力枯渇の影響で気を失うように寝てしまった。
[ハデス帝国防衛線]
「ここに来るのは、試練以来に...なるのかな?」
自然が溢れるこの領地を見て、僕は懐かしんでいた。
此処に来たのは、つい最近の事だと言うのに。
「そうなの?ルシフェルが、ここに来たのはいつなのか知らないけど、でも、自然が溢れてマナに満ちた、とても良い国ね!」
ニンフが木々に囲まれた自然を前にして、とても嬉しそうに飛び回っている。
その飛び回った際に羽から広がる光の粉が、太陽の日差しに照らされてキラキラと輝く。
大自然と合わさった、その幻想的な光景はとても綺麗なものだ。
「うーん。空気もおいしいわ!」
目を閉じながら空気を大きく吸い込む。
ニンフは、此処ぞとばかりに自然を満喫していた。
だが、僕達には寄り道をする暇や遊んでいる暇は無い。
早急にも危険の迫っているハデス城を目指さなければならないのだから。
僕はニンフに構う事無く、目的地を目指して進んで行った。
すると。
「あ!ルシフェル置いてかないでよ!」
ニンフが慌てて僕の後ろから付いて来た。
そして、ピューと飛んで来ては、僕の胸の中へと潜り込んで来た。
どうやら、この場所がニンフのお気に入りの場所みたいだ。
胸からヒョコッと顔を出している姿が可愛い。
そうして他愛も無い会話をしながら進んで行くと、冥府皇プルートが居る、ハデス城が見えて来た。
「あそこに冥府皇プルートが...」
「わあー!!世界樹が近いおかげか、国中が純度の高いマナで溢れているわね!」
ニンフに教えて上げようと説明を始めたところで、僕の話をニンフが遮った。
感情最優先で目の前の状況にしか目線がいっていない。
まあ、魔力が力の源になる妖精だから仕方が無いのかも知れないが。
ハデス帝国は、ミズガルズ世界の中で一番世界樹に近い国だ。
冥府と呼ばれている為、故意に近寄る人物はいないのだが、その内実は、自然や、マナで溢れている楽園。
ニンフは精霊種の為、周囲からマナを吸収する事で生きている。
どうやら、この場所に居るだけで能力が強化され、普段よりも身体が軽いみたいだ。
と言っても、ニンフ自体もともと羽のように軽いんだけどね。
「じゃあ、このままハデス城に向かおうか?」
先程から僕とニンフの会話が噛み合っていない。
だが、僕達は行動を共にしている仲間だ。
一応聞いてみた。
「最高だわ!私、ずっとここにいたいわ!」
やはり、望んだ答えは返って来なかった。
僕は、無邪気にはしゃいでいるニンフを他所に、ハデス城へと向かった。
[ハデス城玉座の間]
玉座には、冥府皇プルートが砕けた姿勢で座っていた。
肘掛に肘を付き、手の甲で顔を支え、足を組んで大胆にだ。
皇としては、とてもふざけた態度をしている。
冥府皇プルートは、表向きは、この世界の統治者の一人。
だが、実際は主神オーディンからこの世界の魂の管理を任されている魂の選定者なのだ。
「ふむ。ルシフェルよ。久しぶりじゃのう。だが、いつの間に、妖精などを囲ったのじゃ?」
こちらをからかうように、「クククッ」と笑いながら話し掛けて来た。
相変わらずの性格をしているよ。
その表情を見ても解る通り、新しい玩具を見つけたと心底喜んでいる。
「ひぃっ!」
ニンフは、冥府皇プルートが内包する魔力の強大さに怯えてしまった。
すかさず僕の胸の中へと隠れる。
その場所でプルプルと震えては、小声で「...ルシフェル守ってね」と半泣きしながら僕の目を見た。
ただ、僕にはプルートが言った「囲った」の意味が解らず、それどころでは無かった。
頭に疑問を浮かべ、首を傾げてしまう。
「これは失礼。ルシフェルはまだお子様だったようじゃのう...」
僕を見て「クスッ」と一笑する。
そして、ゴニョゴニョと「妾の願いを叶えてくれるのはルシフェルじゃ。それまでは大事にして貰わんとな」と意味深な言葉を舌舐めずりしながら口に出していた。
プルートの言動は、僕では理解が出来無い。
だが、その瞬間。
ゾクッと背筋が凍った感覚に支配された。
何だか怖い...
「で、ここに来た本題は何ようじゃ?」
直ぐに真剣な表情に戻ったプルート。
先程の話には、どうせ僕が聞いても答えてくれないので、ハデス帝国にこれから訪れる脅威を説明して行く。
ジュピター皇国から、ハデス帝国への侵攻が始まる事。
その際、最新鋭の魔空挺で攻めて来る事。
それから、プリモシウィタスと、亜人共和国ポセイドンと、三箇所を合わせた同時侵攻だと言う事。
そして、その後に訪れるだろうミズガルズ世界の脅威をだ。
「ふむ。まさか、ユーピテルの小僧がそこまでの力を手にしているとはな。しかし厄介な事をしてくれたようじゃ」
プルートが少し困ったように天を仰いだ。
だが、これ位の事なら、まだ問題無いと直ぐにこちらへ向き直した。
「ふむ。そうじゃのう...この世界をかき乱した小僧には、ちと、きついお仕置きを据えるかのう」
その綺麗な顔で、邪悪な笑みを浮かべた。
すると、突然。
プルートは玉座に座ったまま、その姿勢を正した。
「五冥将よ!前に出ろ!」
凛とした表情で手を掲げ、玉座の後ろで横一列に並んでいた五冥将全員に命令を出す。
威風堂々とした、その姿を見れば、目の前のプルートが一目で皇だと言う事が理解出来る立ち振る舞いだ。
先程までの砕けた様子は無く、この場には重厚な緊張感が支配していた。
「「「「「はっ!!!!!直ちに!!!!!」」」」」
五冥将全員が返事をすると、プルートの目の前に全員が並び立った。
そして、プルートの方へと向き直し、その場に跪く。
「今回ばかりは、もう見逃せないところまで来たのじゃ!ユーピテルを放って置く事は、これ以上出来ん!!妾の管理するミズガルズを、これ以上は傷付けさせん!!五冥将よ!お主等の力。存分に働いてもらうぞ!」
身振り手振りで指示を出すその動きには力が込められていた。
周囲に溢れ出す怒気をはらんだ威圧感。
どうやら、僕が思っている以上に物凄く怒っていたようだ。
「鬼気迫るとは、こう言う事なのか」と初めて体験をし、理解をした。
この部屋の空気が異様に重い。
背筋には冷や汗が流れ、自然と顔を伏せてしまう。
ニンフに至っては、既に気を失っていた。
「ルシフェル!お前にも手伝って貰うからのう!ふふふっ。覚悟しておくのじゃ!」
笑顔で釣り上がった口角が怖い。
頭の血の気が、「サーッ」と一気に引いて行く。
これから一体どうなるのか?
僕には、全く想像がつかなかった...
[ハデス帝国冥府プルーティア上空]
吸血鬼の王であるヴァイアードが空に浮いて、ジュピター皇国の動向を確認しているのだが、まるで、ヴィジュアル系バンドのヴォーカルのような姿勢を取っていた。
空中で逆さになりながら背筋を真っ直ぐ伸ばし、両手を自分の胸に抱え、左足をくの字に軽く膝を曲げていた。
目を閉じたまま周囲の状況を視ている。
相変わらず、きざったらしい格好がよく似合う人物だ。
「ようやく来ましたか...」
ヴァイアードは、全方位に魔力を薄く伸ばし、レーダーのように索敵をしていた。
ようやく、そのレーダーに敵が引っ掛かったようだ。
「相手との距離から...後、一〇分程ですか。...それでは、散りなさい!」
ヴァイアードのマントが複数の蝙蝠に変化し、周囲に散り散りになりながら移動を開始した。
その蝙蝠が連絡の手段。
冥府皇プルート、ヴァイアード以外の五冥将、僕へと情報を知らせる。
「では、夢幻魔空間の用意を致しましょうか。早速、魔力の塊を球体化させて...と」
ヴァイアードが自身の魔力を凝縮させた魔力球を作りだす。
いとも間単に作り出しているが、精密な魔力操作が必要になる高等技術だ。
「美しい!綺麗に仕上がりましたね」
「...ガハハ!ヨウヤク来タカ!」
仁王立ちをして待っていたオルグ。
ヴァイアードからの通信で、蝙蝠から連絡を貰うと待っていましたと笑った。
何だか、全身の筋肉も笑っているように揺れていた。
「デハ、ココニ!」
無骨なバスタードソードを地面に勢い良く突き刺した。
そして、両手に魔力を纏い、大きく左右に広げた。
離れた両手の魔力が、お互いに引き合うように繋が行く。
「グ!ガガガ!」」
オルグは、その両手を激しく叩き合ってグッと力を込めた。
更に、力を込める為。
声の出せる限界で叫んだ。
「グオォォォー!!!」
ヴァイアードと同じように、この場所に魔力球を作って行く。
だが、魔力を練る事が下手なオルグは、上手く球体に出来無い。
「ググググッ!」
魔力を両手で捏ねるように、無理矢理、形を整えて行く。
そうする事で、少し不恰好な魔力球を作り上げた。
「...デキタ。後ハ、皆ヲ待ツダケダ」
「うむ。来たようだな」
オクタウィアヌスが、表情の無い骨だけで喋っている。
窪んだ眼底には、赤い光が浮き上がり、それが不気味に光っていた。
「では、一仕事」
ヴァイアードと同じように魔力を凝縮させた魔力球を作り上げて行く。
体内の魔力を練り上げ、思い通りの形に仕上げて行く。
「ふんっ!!」
オクタウィアヌスは、瞬く間に魔力球を作り上げた。
「う~ん。やっと、私のところに来ましたね」
目を閉じている女性エキドナは、蝙蝠から魔力メッセージが込められた超音波を受け取った。
エキドナは、周囲の音を頼りに空間を把握しているようだ。
「ルシフェル様に...私の良いところを見て頂かないと」
そう言うと、エキドナは自身の唇に指を持って行き、指の先端を舌で舐めた。
そのピンク色をした塗れた舌先。
グニャンと極上な柔らかさが傍目からでも伺えるものだ。
どうやら、僕の事を思慕しながら自身の両腕を胸や股に回し、自分で自分を抱き締めている。
身体が「ビクン、ビクンッ」と波打ちながら快感を得ているようだ。
漏れ出る吐息と共に光悦の表情を浮かべて。
「んっ...気持ちが昂ぶってしまいましたわ...こんな姿は見せられませんね。ルシフェル様の事を考えると...時間が足りませんわ」
一度、深呼吸を入れて、その昂ぶる気持ちを無理矢理抑える。
股先を弄って濡れた指を口元へと持って行き、何か物足りなさそうに指を舐ていた。
ほんのり赤く火照った頬。
濡れて潤っている唇。
「ゴクリ」と鳴る喉。
そのどれもが妖艶な動きを見せる。
「ん~っ...それでしたら、早く終わらせて逢いに行けば良いわね」
口角が少しだけ吊り上った。
「そう言えば」と思い出したように、片手間で魔力球を作り出す。
こんな作業は他愛も無い事なのだと。
「ああ...ルシフェル様。早く、お逢いしたいわ」
この後も、エキドナの世界は止まらなかった。
「何もしないのはつまらないものだな...。ふむ。ようやく来たか」
デュラハンであるデュナメスが、蝙蝠の連絡を「待ち侘びたぞ!」と待っていた。
「戦いが無いと、こうもやる気が起きないものだな...玉座の間で見たルシフェル。あやつ。また、一段と強くなっていたな!」
ハデス帝国に着いてから、僕は冥府皇プルートとしか会話をしていない。
五冥将は、玉座の後ろから僕を見ていただけなのだ。
その時に感じた二つの嫌な視線。
一人は光悦な表情。
もう一人は血が滾るようにだ。
僕は、どちらの視線からも身の危険を感じていた。
「ジュピター皇国との戦いが終われば、もう一度手を合わせるか!うむ。それが良かろう!楽しみだ!!」
デュナメスは、手を胸の前で軽く合わせて魔力球を簡単に作り上げた。
頭の中は、僕と戦闘をする事だけを考えていた。
エキドナと同様。
片手間で、その作業を終わらせてしまったのだ。
デュナメスの胴体と離れた兜(頭)からは、笑い声がこだましていた。
「おお!これが蝙蝠による通信手段なんだ!?」
初めて見る連絡手段に感動する。
現実世界で手紙が届くように、その似た役割を蝙蝠がそのまま担っているみたいだ。
「不思議な...力を感じるわ。使役されている感じとは違うわね...誰かの...身体の一部って感じだわ!」
ニンフは戦闘能力が低いが、感受性が他人よりも優れていた。
魔力を操ったり、探ったりする事が得意なのだ。
直ぐに、この蝙蝠の特性を見抜き、僕へと教えてくれた。
「へえ。蝙蝠が鳴くと、メッセージが直接、脳に響いて来るんだな」
ヴァイアードの声で、メッセージがそのまま脳内再生される。
...皮肉にも、良くも知りもしない他人が聞けば、その言動は自信過剰で鼻につくものだろう。
だが、ヴァイアードの声は美声そのもの。
同姓でも聞き惚れてしまうものだ。
「じゃあ、魔力球は私が作るから、ルシフェルの魔力を私に頂戴ね!」
ニンフが僕の胸の前に浮かび、背を向けた。
これは、僕がニンフに触れて自分の魔力を譲渡する為。
「触れる場所は、どこでも良いの?」
目の前のニンフは、とても華奢で小さい。
身体のラインの流線美はバランスが良く綺麗なものだが、相手は裸で背中には羽が生えている。
その為、何処に触れれば良いのか迷ってしまう。
指で触れると、壊してしまいそうな気がするのだ。
「ええ!どこでも大丈夫よ!」
丁度、背中を向けている事もあり、何となく心臓に近い位置が良いのだろうと思った。
僕はそれを信じ、背中越しから心臓に触れるように指を触れた。
「んっ!それだと、くすぐったいわ」
僕の指が、背中から浮いているような、触れるか触れていないかの境目。
むず痒い感じらしい。。
「ルシフェル?もっと、しっかり触れて貰わないと魔力が貰えないわ」
「しっかりと触れて?...大丈夫なの!?」
「ええ」
加減が解らない僕。
だが、今度はハッキリとニンフに触れた。
それは人肌の温かさがあり、肌の弾力があるもの。
背中越しでも心臓の鼓動が指に伝わって来た。
こんなに小さいのに、こんなに細いのに、目の前がニンフが生きている事を教えてくれる。
その生命の力強さを実感した。
「...うん。それでOKよ。じゃあ、魔力を流して頂戴!」
僕は、自身のへその下。
丹田の場所から、ニンフの背中へと魔力を流すように、魔力を操作して行く。
丹田から心臓、肩、肘、手、指、ニンフの背中と経由して、出来る限りスムーズに魔力を流して行く。
「ぁんっ!凄いわ!こんなの!優しくも温かい魔力は初めてだわ!」
ニンフは、僕の魔力を受け取っては喜んでいた。
それは魂位の低いニンフでは、此処までの魔力量を保有する事が出来無いからだ。
但し、魔力を操作する事だけは得意なのだ。
先程、五冥将から教わったばかりの魔力球の作り方も一度で覚えた程。
「そのまま魔力を止めずに流し続けてね!」
僕から受け取った魔力を、ニンフは上手に練って行く。
次第にその魔力は形を変えて、魔力球を作り上げて行った。
「ニンフ凄いじゃないか!こんなにすぐ出来るなんて」
「えっへん!そうでしょ!私にかかればこんなもの!一瞬よ!」
実際は、そんな筈が無いのだが、何故かニンフの鼻が伸びているように見える。
その誇らしげなニンフ。
とても無邪気な笑顔で、屈託の無い笑顔。
行動も、表情も、可愛らしいものだ。
魔力球が出来上がると、その魔力球は白色に眩しく発光した。
「!?」
余りの眩しさに目を閉じてしまった。
すると、魔力球から放たれた光は、他の魔力球の光を求めるように、光の線が伸びて行く。
「これが、冥府皇プルートが言ってたやつか?」
僕は浮遊を使用し、上空からその光を追って行く。
白、赤、青、緑、茶、黒と順番に繋って行く光。
そして、その繋がった光は六芒星を描いた。
「これは凄い!六芒星が描かれると同時に、冥府プルーティアが現れるとは!!」
六芒星が描かれた場所は、障害物が何も無い草原。
その場所に、所謂プロジェクションマッピングのような映像が浮かび上がった。
ハデス城を含んだ冥府プルーティアの出現だ。
これは本物なのか?
それとも幻なのか?
見た目では全く判別が出来無いもの。
「本物にしか見えないよ...」
プルートに話を聞いた限りでは幻だった筈だ。
だが、通常の幻とは違う効果があると言っていた。
僕はそれを試しに、近寄って触ってみた。
「成るほど!これが夢幻魔空間か!まるで本物じゃないか!」
その幻には触れる事が出来るのだ。
勿論、その触感も再現されてだ。
「これで、ジュピター皇国を騙そうって手筈ね!」
目の前で起きた事を、ニンフと二人で感動する。
「これで僕達の役目は終わりかな...後は、冥府皇プルート自ら手を下すで良いんだよね?」
「ええ。そう言っていたわね。もう、怖いから近寄りたくないわ...」
僕達が頼まれた役目は、この準備だけだ。
此処から先は、冥府皇プルートが自らの手で片付けるらしい。
と言うか、久しぶりに暴れたいみたいだ。
これがまた、どうなるのか想像がつかない...
[ジュピター皇国魔空挺部隊]
「この兵器を造られたユーピテル皇は本当に恐ろしい方だ...こんな物があると知れば、落ち着いて眠る事も出来やしない...」
ジュピター皇国は魔科学による脅威、強いては、ユーピテルに対しての恐怖で支配されていた。
そう話すのは魔空挺艦長。
人間界の年功序列が基本となる社会で、唯一実力でその地位を掴み取った若い将校。
ユーピテルからは、その頭の回転の速さに、思考の柔軟性を認められ、この魔空挺部隊の隊長に任命されていた。
そんな彼も、ユーピテルへの恐怖心で従っているに過ぎないのだが。
「瞬く間に、跡形も無くなってしまったな...」
ジュピター皇国が誇る、最新魔科学兵器の魔導縮退砲。
地表を陥没させて、広大な土地を保有する冥府プルーティアを一瞬にして消してしまった。
ハッキリ言えば、この兵器さえあれば他国を滅ぼす事は容易い。
問題点があるとすれば、続けて撃てない事くらいだ。
一度の発射で、その縮退砲の威力により砲身が壊れてしまうからだ。
そして、魔導縮退砲の魔力の充電にも、魔空挺の飛行エネルギーとは別に、充電が一日必要になる。
「...これで本当に、良かったのか?」
跡形も無くなった荒野の上空で、自分が侵した事の大きさから、正義の思いと、後悔の思いが、入り混じって葛藤している。
すると、何も無い筈の荒野から光が収束を始めていた。
「なんだ?...あれは?」
モニターに映し出された映像では小さすぎて解らない。
解析班にすかさず指示を送る。
「あの光の部分を拡大しろ!!」
「はっ!直ちに!」
モニターの映像が少しづつ拡大されて行く。
「あの光は一体...」
徐々に、その光に近付いて行く。
「うーんなんだろうか?...えっ?ひ...と?」
光の先には蒼く煌く鎧を身に纏う人物が見えた。
「人なのか?...つ、翼?まさか!...天使かっ!?」
背中に純白の翼が生えていた。
その人物は豪華絢爛な槍を手に持ち、その武器に光が収束している。
そして、その槍をこちらに向けて投げるのが見えた。
「!?」
魔空挺の艦長は、この映像を最後に、最期を迎えてしまった。
その生命が閉じたのだ。
アルヴィトルと似た、ヴァルキュリーの正装である蒼と金の装飾の鎧を身に纏う冥府皇プルート。
「ふんっ!他愛も無いのじゃ!この世界を穢したお主等の魂。二度と回帰出来ると思うなよ」
怒りに満ちた冥府皇プルートの一撃だ。
自身に与えられた魂の選定者としての権限。
それを利用し、穢れた魂を消滅させた。
「...では後りは、五冥将、ルシフェル!頼んだぞ!!」
丁度その頃。
冥府皇プルート以外のメンバーは、夢幻魔空間を創った後に、合流地点であるオリュンポス山を目指していた。




